喫茶プリヤ 第五章 一話~天才外科医の野心

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写真はイメージです。

 

海堂康介はクハーヤ大学病院に勤める外科医。

腕が良く、見る目も確かで患者からは絶大な信頼を寄せられていて、第一外科のホープとして将来を期待されている。

将来は教授になること間違いなしと嘱望されていた。

 

「お疲れさまでした!」

「ああ、みんなもお疲れ」

 

手術を終えた康介は長時間の手術を終え、手術室を出るとそのまま更衣室に向かった。

今日も難しい手術だった。

しかし、無事に成功。

また一人、患者を救うことができた。

 

「先生、ありがとうございました」

 

手術を終えた患者の家族に康介が丁寧に説明する間も、家族は揃って深々と頭を下げて何度も何度も礼を言い続けた。

 

「今後のことですが、二週間くらいで退院できると思います」

「そうですか。本当にありがとうございました」

 

患者の家族への説明を終えた康介は、また更衣室に向かい白衣を脱いで私服に着替えた。

明日も手術がある。

しかもかなり難しい手術。

生きている人間の脳を取り出し、機械化された体に移し替える。

クハーヤ大学は名うての一流企業、フィロス電機と連携し、附属のクハーヤ大学病院で共同研究を行っていた。

フィロス電機が開発した機械化された人間の体に脳を移し替えることで、老いることもなく病気になることもない体に生まれ変わることができる。

人間の悲願、不老不死を手に入れることができるのだ。

肝心の脳の老化も、クハーヤ大学病院で開発した薬を飲むことで進まないようにできるところまで開発は進んでいた。

機械化された体に脳を繋げて完成した人間はシステマイザーと呼ばれ、その手術をできる者はスーリヤ国内で数えるほどしかいない。

その一人が自分なのだ。

康介は自分の仕事に誇りを持っていた。

その上、フィロス電機と懇意にしていれば何かと心強い。

研究のための資金提供や最新の手術を学ぶための情報提供と金銭的な援助、更には将来目指す教授選に出る際のサポート。

教授選に出るには医師としての技量ももちろん求められるが、票を集めるためには多くの同僚、他の教授からの支持を取り付けなければならない。

もちろん、金もかかる。

その金を提供してくれるのがフィロス電機。

自分は優秀な外科医で、フィロス電機が開発したシステマイザーの手術ができるのはクハーヤ大学病院では自分しかいない。

そんな自分をフィロス電機は全面的に支援してくれている。

そんな自負が康介にはあった。

こうして実績を積み、将来は外科の教授、クハーヤ大学病院の院長、いや、更にはクハーヤ大学の学長の座も狙うことができる。

康介は野心に燃えていた。

 

「海堂先生、今日もお疲れさまでした」

「うん。じゃあ、また明日」

 

着替えを済ませた康介は病院裏の職員通用口から外に出た。

今日はこれから医学部長の犬井の娘、みゆきと食事をする。

医学部長の犬井にも認められれば鬼に金棒。

自分は間違いなく教授になれる。

康介は恐いものなしだった。

 

「康介さん、お疲れさま。今日の手術も成功ね」

「うん、みゆきのおかげだよ」

「乾杯しましょう」

 

予約した高級レストランで康介とみゆきはシャンパンで乾杯した。

 

「どう?フィロス電機との研究はまだまだ続くんでしょう?」

「うん。今は機械化された体に生きた脳を繋げているけど、今後は脳内の記憶や人格、感情、思考をデジタル情報化して人工の脳を開発するんだ」

「まあ、すごいわね」

「人工の脳を開発するためには、多くのサンプルが必要だからね。病院に来た患者の中から無作為にサンプルを選んで、脳を摘出して神経細胞をデジタル情報化するところまで持っていくんだ」

「それは、つまり、患者を実験のために犠牲にするってこと?」

「まあ、そういうことになるよな。適当な病名をでっちあげて脳を摘出、その脳内の情報を取り出すんだから」

「まあ、いけないわねえ。そんなことしていいの?患者からは信頼されてるんでしょう?」

「医学の進歩のためじゃないか」

「うふふ、それもそうね」

「フィロス電機は何でもありだからな。医学の進歩は建前で、結局は金儲けさ。人間は老いたり病気になったりしたくない。システマイザーの需要はあるだろうな。実用化されれば高額な価格にもかかわらず、強欲な金持ち連中が札束を積んで頼み込んでくるだろうさ」

「そんなものかしらね?」

「そうさ。人間は大昔から不老長寿を、いや、不老不死を夢見てきたんだ。俺は、その夢を叶えてやるためにこの仕事をしているんだ」

 

康介が悪びれもせず言うと、みゆきも平然と頷いた。

 

「でも、康介さん。フィロス電機は最近、トップが変わったでしょう?」

「ああ、二階堂会長代理が事件を起こしたからな」

「恐いわよねえ。でも、心神喪失だったんでしょう?」

 

康介とみゆきは、少し前に起こったある事件の話を始めた。

フィロス電機の二階堂会長と養親組した若い会長代理。

まだ若く将来を有望視され各方面から期待されていたが、銃の乱射事件を起こして大量殺人を行い、鑑定の結果、心神喪失と判断され国内でも有数の病院、ヴィヤーナ病院に収容されていた。

 

「フィロス電機、大丈夫なのかしら?」

「これで二階堂家は終わりだな。二階堂会長は高齢で子供がいない。養親組して迎えた奴は事件を起こして心神喪失。でも、新しく会長の座に就いた安曇元副社長は、かなりのやり手なんだ。今までのフィロス電機は同族経営で古い体質だったけど、二階堂家と全く関係のない人間が経営のトップに立つことで、風通しは良くなるだろうな」

「それで、康介さんにも目をかけてくれるのね?」

「そうそう。フィロス電機も例の事件で付いてしまった良くないイメージを払拭するのに血眼になってるからな」

「新進気鋭の若手の天才外科医との繋がりでイメージアップね」

「まあな」

「そういえば、選挙に出る話はどうなったの?」

「ああ、それか。今すぐじゃなくてもいいと思うんだよな。まずは大学で教授になる。その後で、もっと歳を取ってからでも政治家はできるじゃないか。今は工藤教授が憲民党入りを狙ってるから、そっちとパイプを作っておけばいいさ」

「クハーヤ大学病院の先生方は、憲民党が大好きですものね」

「うん、そうだな。研究費をもらってくるために躍起だし、何かとおいしい話も多いしな」

 

康介はみゆきに言われて深く頷いた。

天才外科医。

康介は最近はどこでも、よくそう言われるようになっていた。

マスコミからも取材を受け、遠い地方からも康介の手術を受けたいと頼み込んでくる患者は増える一方だった。

元はといえば康介は生まれてすぐの頃に、養護施設の前に置き去りにされていた赤子だった。

施設で成長した康介は懸命に勉強してクハーヤ大学の医学部に入学。

大学入学後も苦学して学び、人一倍努力して医師になった。

そして、医学部を卒業後はめきめきと頭角を現し、才能を遺憾なく発揮して将来は教授か学長か。

康介は各方面からの期待を集めていた。

そんな康介が最終的に狙っているのは、与党の憲民党から立候補し政界に進出することだった。

その目的を果たすためにも、フィロス電機との繋がりは大事にしなければならない。

フィロス電機は多額の献金を憲民党に納め、憲民党の財政を支えているようなもの。

フィロス電機からの資金がなければ、憲民党の財政は維持できない。

今や、国を修めているのは政治ではなく、金に物を言わせる大企業ではないか。

フィロス電機は多額の献金を納める憲民党のスポンサーのようなもので、アンドロイド開発で他の追随を許さず独走している。

アンドロイド開発は憲民党が第一に掲げる重要政策で、その一環として康介が関わるシステマイザーの開発計画も進められていた。

金さえあればアンドロイドを購入して、面倒なこと、例えば高齢になった家族の介護をさせることができるが、金がない者は施設が不足する中、自分たちで介護も賄わなければならない。

こんな風潮の中で貧しい者は介護疲れで家族を手にかけたり、心中するという事件が後を絶たなかった。

康介は施設育ちで貧しい者の辛さは身に染みていたがだからこそ、そこから這い上がろうとする上昇志向に取り付かれていた。

貧しさから抜け出して勝ち組の流れに乗り、トップを目指す。

康介はそのために名門のクハーヤ大学、しかも最難関の医学部を目指した。

一つ一つ階段を昇るようにして、今の地位を築いた康介は更なる野心に燃えていた。