喫茶プリヤ 第三章 十四話~人身売買

本編の前にご案内です。

この小説のページの姉妹版「とまとの呟き」も毎日更新しています。

こちらは私の拙い日記、私の本音です。

下のバナーをクリックで「とまとの呟き」に飛べますよ。

よろしくお願いします。

tomatoma-tomato77.hateblo.jp

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここから本編です。

写真はイメージです。

 

あおいを殺してしまってからゴーストライターの役割をしてくれる者がいなくなり、和也は新しいゴーストライターを紹介してもらうのを待つ日々だった。

花村議員の伝手で優秀なゴーストライターを紹介してもらうことになっている和也は、日々を怠惰に過ごしていた。

 

「ヒャーッハッハッハッ!」

 

和也は深夜のバラエティー番組を見ながら酒を呷り爆笑していた。

その時、来客を知らせるインターフォンが鳴ったが、こんな時間に誰が訪ねてきたのか、和也は重い腰を上げて対応した。

 

「はい、どなた?」

「和也、あたし。開けて」

「へ?」

 

インターフォンのモニターの画面に映ったのは瑠美だった。

 

「瑠美、何だよ、こんな時間に」

「いいから、話したいことがあるの。お願い、開けて」

 

瑠美は何やら切羽詰まった様子で、和也がロックを解除してやると数分もしないうちに部屋にやってきた。

 

「おい、約束もなしにどうしたんだ?こんな時間に」

「和也、バレちゃったのよ」

「あ?何が?」

 

和也は面倒そうに酒を呷り続けていた。

 

「あたしがデーバ重工の機密を持ち出してること、バレちゃったのよ」

「ああ?なんだって?!」

「あたし、今日で会社を懲戒解雇されたの。警察にも告発されるわ!」

「え?何だって?!俺が関わってるってこともバレたのかよ?」

 

ひたすら自分だけがかわいい和也は瑠美の身の上はどうでも良かったが、思いがけない火の粉が飛んでくるとなれば穏やかではなかった。

 

「それはないと思うけど。でも、どこに機密情報が流れたのかは調べてるみたい」

「何だよ、それは。どーすんだよ!フィロス電機や俺が絡んでることがバレたら、ただじゃ済まねえだろ!」

「だから来たんじゃない!どうすればいい?」

「それはこっちのセリフだろ!おい、瑠美、とんでもないことしてくれたな!」

「そんな、あたしは和也のために働いたのよ!」

 

和也に責められ、瑠美は泣き出した。

 

「しょうがねーなあ」

 

和也はグラスに残っていた酒を一気に飲むと、どこかに電話をし始めた。

 

「伏木田さん、俺です。遅い時間にすみません、実はちょっと面倒なことになって」

 

和也はトラブル処理を任せている伏木田に電話して状況を伝えた。

 

「はい、はい、そうなんですよ。ええ、はい、わかりました。連れていけばいいんですか?」

 

何を話しているのか。

瑠美は和也がどこの誰と、何の話をしているのか、不安そうに見守っていた。

 

「よし、瑠美、話つけてやったぜ。明日、俺と行こうぜ」

「行こうぜって、どこに?」

「瑠美のこと、逃がしてくれるって人がいるんだ」

「それが、今、話してた人?」

「ああ、そうだよ」

「誰?」

「そんなの、誰だっていいだろ!捕まりたくないんじゃねえのかよ!」

「ごめんなさい…」

 

詳しいことを尋ねられて不快そうな表情になった和也を前にして、瑠美は黙った。

 

「明日の晩、迎えに来てくれるってよ。それまで、ここを一歩も出るなよ。いいな」

「はい…」

 

何がなにやらわからないが、会社の機密情報を盗み横流ししていたとなれば刑事告発は免れない。

刑務所行きは確定したようなもの。

それを免れるなら。

瑠美はそう考えて和也に言われるままだった。

 

「おーし、話は片付いたな。そろそろ寝るか。泊まってくだろ、って言うか、お前、追われてるんだもんな。ウヒャヒャヒャ」

「笑い事じゃないわよ」

「ごめんごめん」

「そういえば、和也、カーペット変えた?」

「ん?ああ、まあな」

 

瑠美は和也の部屋のリビングのカーペットが以前来た時のものと変わっていることに気づいた。

 

「なんか、向こうの部屋と色が合ってなくない?」

「そうか?いいんじゃないか、それはそれで」

 

和也は笑いながら誤魔化した。

それもそのはず、あおいを殺してしまい、あおいの血で汚れたカーペットを処分して新しいものを大急ぎで用意したのだから。

トラブル処理の伏木田が手配した業者が持ってきたものを、和也はそのまま使っていただけだった。

 

 

次の日、和也が仕事に出かけている間、瑠美は一人で過ごしていたが、早くも瑠美のことはニュースになっていた。

一流企業のデーバ重工で、アンドロイド開発にまつわる機密情報が盗まれたこと。

その情報がライバル会社に流れている可能性のあること。

容疑者の元女性社員が行方を暗ましていること。

ニュースキャスターは淡々と事実を伝えていたが、身を隠した瑠美は見つかるのではないかと思うと気が気ではなかった。

和也は自分のことを安全な場所に隠してくれると言っていたが、どこの誰が匿ってくれるというのか。

瑠美はやはり落ち着かなかった。

そのまま夜まで瑠美は一人で過ごしていたが、夜の10時近くに和也が帰宅した。

 

「おい、瑠美。そろそろ迎えが来る頃だ。支度しろよ」

 

和也に急かされたものの、着の身着のままで出てきた瑠美は特別な支度をするまでもなかった。

そうこうしているうちに、和也のスマホにどこかから着信し、短い会話を済ませた和也はまた瑠美を急かせた。

 

「瑠美、迎えがきたぞ。下に降りよう」

「和也…」

「ん?」

「本当に信じていい人なの?その、助けてくれるって言う人」

「おい、いい加減にしろよ。そんなに疑うなら帰れ!ムショに入りたいのかよ?!」

「ごめんなさい。信じるわ」

「だろ、さっさと行くぞ」

 

瑠美は和也に言われるままに部屋を出て、和也について行った。

マンションのエントランスを出ると黒い車が停まっていて、若い男が二人、車から降りて待っていた。

 

「おう、これがさっき話してた女だ。よろしくな」

 

和也は顔見知りであるかのように男たちに話しかけ、瑠美は言われるまま車に乗り込んだ。

一体、どこへ行くのか。

瑠美は不安はあったが、このままでも告発され罪を問われる。

今は和也を信じるしかない。

そう自分に言い聞かせていた。

 

「着きましたぜ」

「おう。おい、瑠美、降りろ」

 

街を通り抜け、車が着いたところは港の外れだった。

いくつも倉庫が並び、こんな夜更けに人が寄り付く場所ではない。

瑠美はそう思ったが、言われるままにするしかなかった。

 

「お嬢さん、あんたはこっちだよ」

 

和也も車を降りたので、そちらに行こうとした瑠美は車で迎えにきた男に呼び止められた。

 

「お嬢さん、あんたはそこの倉庫の中だ。ほら、こっちこっち」

 

瑠美は言われるままついて行ったが、倉庫の扉が開き中の様子が目に入るとギョッとした。

 

「何、これ?」

 

倉庫の中には同じくらいの年頃の若い女性が大勢いた。

まるで集められてきたかのように倉庫内にいる若い女性たち。

一体、これから何が始まるのか。

不安に駆られた瑠美は和也を呼んだが、瑠美が声を出すと倉庫の奥の方から中年の男が出てきて止められた。

 

「おいおい、大きな声出してんじゃねえぞ。ここまで来て、じたばたしてんじゃねえぞ!」

 

ドスの利いた声で凄まれ、瑠美は口をつぐんだ。

車で迎えに来た男たちといい、倉庫内で睨みを利かせている男といい、普通ではない。

倉庫内に集められたらしき若い女性たちは、諦めきっているような表情を浮かべていた。

 

「ねえ、あなた、騒がない方がいいわよ」

 

それでも、瑠美に話しかけてくれる同い年くらいの女性がいた。

 

「あたしたちは、朝が来る前に船に乗せられるの。聞いてるでしょ」

「え?船に乗せられるって、何のこと?」

「聞いてないの?」

 

瑠美と同い年くらいの女性はこう言った。

 

「あたしたちは売られていくのよ。奴隷や売春婦としてね。闇金の借金が返せなくなったとか、犯罪に手を染めて逃げられなくなったとか、弱みがあって日本にいられなくなった女は物と同じなの。竜嶺会、知ってるでしょう。竜嶺会がブローカー、外国の奴隷商人にあたしたちを紹介すれば手数料ぶんのお金を受け取れるから、あたしたちを逃がすふりをしてここに売りにくるの。あなたをここに連れてきた人もそうなのよ」

 

何ということか。

和也は自分を助けるかのようなことを言っておいて、反社会的勢力の人身売買の片棒を担いでいたとは。

しかし、今さら気づいても逃げようがない。

瑠美は絶望した。

 

「旦那、またいい娘、連れてきてくれましたねえ」

「まあな。元優良企業の美人秘書。このプロフィールはそそるだろ」

「そうっすねえ。使えそうっすねえ」

「ウヒャヒャヒャヒャ。だろ!」

「金の方は、いつもの口座に振り込んどきますよ。聞きましたよお、その口座は隠し口座だから税務署にも見つからないって。さすが花村先生の次期後継者っすね」

「ヒャーッハッハッハッハッ!そうなんだよなあ!もう止められねーな!!」

 

和也が高笑いしていると倉庫から女性たちが連れ出され、船に乗り込むよう急かされ始めていた。

喫茶プリヤ 第三章 十三話~隠蔽と自信

本編の前にご案内です。

この小説のページの姉妹版「とまとの呟き」も毎日更新しています。

こちらは私の拙い日記、私の本音です。

下のバナーをクリックで「とまとの呟き」に飛べますよ。

よろしくお願いします。

tomatoma-tomato77.hateblo.jp

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここから本編です。

写真はイメージです。

 

あおいが飛び出して行ってしまってから、和也はそれをいいことに夜な夜な他の女性を部屋に連れ込んでいた。

 

「和也さんったら、あたしの他にも付き合ってる人がいるんでしょう?」

「そんなことないよ。俺は瑠美一筋だからさ」

 

和也は他の女性にも同じようなことを言っては、日替わりで違う女性と楽しんでいた。

自宅マンションに帰ってきた和也は、瑠美の肩を抱いたままエレベーターのボタンを押した。

和也はデーバ重工の社長秘書をしている瑠美を言いくるめ、貴重なアンドロイド開発のデータを盗ませてそのデータをフィロス電機に横流しして利益を得ていた。

今夜は瑠美とたっぷり楽しもう。

和也はエレベーターを降りて部屋の玄関前までやって来た。

 

「あれ?鍵が開いてるな?」

 

玄関のドアのノブに触れると鍵が開いたままになっていた。

朝、出かける時に鍵をかけ忘れたのか。

和也は深く考えずに瑠美と一緒に部屋に入った。

 

「うわわわ!!」

 

灯りをつけた和也は驚いて後退りした。

灯りがついた部屋の真ん中にはポツンとあおいが座っていた。

 

「あおい!!何やってんだ、お前!!」

「え?この人、誰?」

 

和也が複数の女性と同時進行で付き合っているとは知らない瑠美は、部屋の真ん中に女性が座っているのを見て和也に問うた。

 

「ちょっと!和也、どうなってんのよ!!」

 

和也はそんな瑠美には構わず、座ったままのあおいを問い詰めた。

 

「あおい!何やってんだ、お前?!」

「和也、許せない。あかねのこと、あなたの仕業でしょ!!」

「はあ?何言ってんだ?」

「あたしが襲われたのも、あなたのせいね」

「はあ?何のことだよ?!」

 

和也は確かにあおいのことを花村代議士に相談はしていた。

花村代議士は任せておけとだけ言ったが、あおいの襲撃はもちろん、あかねのことをあおいに問われても和也は関知していなかった。

 

「和也、さては、花村の力を使ってあたしたちを始末しようとしたのね」

「あ?知らねーよ!何なんだよ?!」

 

あおいは惚ける和也を睨みつけて立ち上がったが、その手には包丁が握られていた。

何をするつもりか、和也が身構えているとあおいは包丁を振り回して襲いかかってきた。

 

「和也!許せない!!死んでお詫びしなさいよ!!」

「うわ!よせ!やめろ!!」

 

瑠美のことはそっちのけで和也は部屋の中を逃げ回り、瑠美は呆然と二人を見ているだけだった。

 

「和也!あなたを殺して、あたしも死んでやる!」

 

あかねを殺されたあおいは、半狂乱になって和也を追いかけ回した。

 

「やめろっつってんだろ!!」

 

和也はあおいを取り押さえたが、あおいは暴れて包丁を振り回していた。

 

「おい!動くなって!!やめろ!!……あ!!」

「うう……!!」

 

包丁を振り回していたあおいだったが、揉み合ううちに自分の腹に包丁を突き立ててしまった。

そのまま倒れたあおいの腹からは大量の血が流れて、みるみるうちに床に広がった。

 

「和也!どうするのよ!!」

 

二人の揉み合いを見ているだけだった瑠美だったが、慌てふためいて大声をあげた。

 

「やべえ、やっちまったな」

「救急車、呼びましょうよ」

「それは駄目だろ。俺、捕まっちまうよ」

「じゃあ、どうするのよ?!」

 

あおいは腹に包丁が刺さったまま動かない。

即死状態なのかはわからなかったが、この状況では和也が罪に問われてしまう。

 

「そうだ!こういう時は…」

 

和也はどこかに電話をし始めた。

 

「もしもし、加原です。あのう、ちょっと面倒なことになって…」

 

どこの誰に連絡しているのか。

瑠美にはわからなかったが、和也は今の状況を説明していた。

 

「わかりました。15分後に到着ですね」

 

そう言うと和也は電話を切った。

 

「和也、誰に連絡してたの?!」

「うん、これで大丈夫だ」

「え?」

 

瑠美が状況を理解できずにいると、本当に15分で誰かが訪ねてきた。

和也がロックを解除すると、大きなスーツケースを引いた男が二人と、もう一人眼鏡をかけた男が部屋にやって来た。

 

「加原さん、大変なことをしてくれましたね」

「申し訳ありません」

「前にも同じようなことがありましたよね。死体の処理も手間がかかるんです、少しは自重してください」

「わかりました。気をつけます」

 

いったい何の話をしているのか。

瑠美が呆気にとられていると、スーツケースを引いてきた男二人はあおいに息があるかどうかを確かめていた。

 

「駄目ですね。死んでます」

「わかった。処理しろ」

「はい」

 

あおいはもう呼吸をしていなかった。

それを確認すると男たちはあおいの体を折り曲げて畳み、スーツケースの中に押し込めた。

スーツケースの鍵が閉められると、眼鏡の男が表情ひとつ変えずに和也にこう言った。

 

「あとはこちらで処理します。マスコミには漏れないようにしておきますが、最近はネットニュースがうるさいですからね。何か聞かれても一切答えないように。いいですね」

「わかりました。処理、よろしくお願いします」

 

和也が深々と頭を下げると、眼鏡の男は一瞥しあおいの死体が入ったスーツケースを二人の男に引かせて部屋を出て行った。

 

「ちょっと、あの人たち、何?何なの?」

「ああ、いろいろ世話になってるんだ。瑠美、このことは誰にも言うなよ」

 

謎の眼鏡の男は花村代議士の私設秘書の伏木田で、トラブル処理を専門に担当していた。

スーツケースを引いていたのは、花村代議士とも関わりの深い反社会的勢力、竜嶺会の構成員。

花村代議士と繋がりのある人間がトラブルに巻き込まれた時に現れては問題を揉み消していた。

和也は何か困ったことがあれば連絡するようにと教えられていた番号に電話して、伏木田と竜嶺会の構成員を呼んだのだった。

 

「そんな人たちと知り合いだったの?」

 

瑠美は眉をひそめた。

 

「まあな。ああいう人間と繋がるのも悪くはないんだぜ。今みたいに不都合なことはなかったことにしてくれるしな」

「だからって、竜嶺会なんて手の付けられない連中でしょう」

「そういう奴らとも繋がっておかないと、この世界じゃやっていけないんだよ」

「そうかしら?」

「そうだよ」

「そうかしら。そういう人とは関わらない方がいいと思うけど。花村代議士だっていい噂は聞かないし」

「うるせえなあ。俺に指図すんのかよ。お前がデーバ重工のデータを俺を通してフィロス電機に売ったってバラしてもいいんだぞ」

 

和也が居直ると瑠美は口をつぐんだ。

 

「お前だって、俺と付き合ってればいい思いができるんだ。俺は、スーパースターの加原和也なんだからな」

 

和也は自信たっぷりにそう言い切った。

 

喫茶プリヤ 第三章 十二話~姉妹の悲劇

本編の前にご案内です。

この小説のページの姉妹版「とまとの呟き」も毎日更新しています。

こちらは私の拙い日記、私の本音です。

下のバナーをクリックで「とまとの呟き」に飛べますよ。

よろしくお願いします。

tomatoma-tomato77.hateblo.jp

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここから本編です。

写真はイメージです。

 

「お姉ちゃん、二人で頑張っていこうよ」

「あかね、お姉ちゃんのことはいいから。大学だって行きたいんでしょう」

 

半同棲状態だった和也のマンションを飛び出したあおいは、妹のあかねの元に身を寄せていた。

 

「お姉ちゃん、ここも引っ越そうよ。あんな男の援助で暮らすなんて真っ平御免!二人で暮らせるアパートでも探そうよ」

 

あおいから話を聞いた妹のあかねは、和也からの援助で暮らしているマンションを出て、姉妹で暮らそうと提案した。

 

「あたしもバイトとか始めるから。ねえ、お姉ちゃん。子供が生まれたら、お姉ちゃんだって働けないだろうし」

「あかね、あんたはいいから。勉強しなさい」

「じゃあ、どうやって子供を育てるの?」

「生意気言ってないで。ほら、遅れるわよ」

「あ、ホントだ!行ってきまーす!」

 

学業優秀なあかねは、和也の援助で有名私立の女子高に通っていた。

和也の横暴さに愛想を尽かしたあおいだったが、子供を産んでもあかねに学業を続けさせるにはどうしたらいいか模索していた。

和也に対する意地もあり、あおいは絶対に子供を産み、育てようと固く決心していた。

そのうえで、あかねには学業を続けさせたかった。

自分とは違い、あかねは学業優秀。

あかねの夢は医師。

その夢をかなえさせるにはどうしたらいいか。

できれば、在宅でもできる仕事はないだろうか。

育児と両立できる仕事はないだろうか。

あおいはあかねが登校後、小一時間ほどパソコンに向かい情報を仕入れていた。

在宅の仕事はあっても給料は圧倒的に安い。

これでは生まれてくる子供とあかねを養い、あかねを大学に行かせることは難しい。

クラブのホステスにでも復帰するしかないのか。

あおいがため息をついてパソコンから離れようとした時、手元においていたスマホに非通知で着信した。

非通知とはいったい誰からなのか。

 

「もしもし」

 

あおいが電話に出ると、聞いたことのない男の声だった。

 

「八代あおいさんだね」

「はい、そうですけれど」

「お宅の妹さん、あかねちゃん、事故に遭って病院に運ばれたよ」

「ええ?!」

 

あかねが事故に遭った。

しかし、それにしても非通知でかけてくるとは。

あおいはいたずら電話ではないかと聞き返した。

 

「いたずらなんかじゃないよ。信じられないならホスピターレ病院に行ってみな」

 

非通知で連絡してきた相手はそれだけ言うと一方的に電話を切った。

ホスピターレ病院といえば、街でも有名な総合病院だった。

あおいは取る物も取り敢えず病院へと急ぐことにしたが、慌てて部屋を出て鍵をかけ一階まで降りてくると、人相の悪い男が三人エントランスを出たところに待ち構えるようにして居た。

 

「ちょっと、すみません」

 

あおいが脇を通り抜けようとすると、不意に腕を掴まれた。

 

「何するんですか?!離して下さい!」

「まあ、そう言うなよ」

「俺たちと遊ぼうぜ」

「何ですか?!警察呼びますよ!」

 

さっき非通知でかかってきた不審な電話といい、エントランスで待ち構えるようにして居た男たちといい、何かがおかしい。

あおいはスマホを取り出し、警察に連絡しようとしたがスマホを取り上げられてしまった。

 

「おら!こっち来いや!」

「ちょっと!やめてください!」

 

あおいは大声をあげたが、エントランス脇の人目につかないゴミ出しスペースに連れ込まれていきなり殴られて転倒した。

 

「おらおらおらー!死ねや!」

「助けて!誰かー!!」

 

三人の不審な男はあおいを取り囲んで腰や腹を狙ったように激しく蹴った。

このままではお腹の子が危ない。

怪しい男たちの狙いはそれなのか。

あおいは必死にお腹を庇ったが、三人がかりで蹴られては庇いきれなかった。

まさか、子供は邪魔だと言っていた和也の差し金なのか。

そんなことも頭をよぎったその時、マンションの住民なのか誰かが大声で止めに入ってくれた。

 

「おい!!お前ら、何やってんだ!!」

「うわ、やべえ!おい、ずらかるぞ!!」

 

あおいに暴力を振るっていた三人の男は、見つかるやいなや大慌ててで逃げ出し、停めてあった車に乗って猛スピードで走り去った。

 

「大丈夫ですか?!」

「ありがとう…ございます」

 

あおいは腹の痛みに耐えきれず、絞り出すように答えた。

 

「血が出てるじゃないですか!救急車呼びましょう!」

 

助けてくれたマンションの住人は、出血しているあおいを見て大急ぎで救急車を呼んでくれたが、あおいは意識が遠のいていった。

 

それから、どのくらい時間が経ったのか。

気がつくとあおいは病院のベッドの上にいた。

腹の痛みはまだ治まらず、お腹の子供はどうなったのかだけが気がかりだった。

誰も来てくれないのか、あおいは手元のナースコールを押してみた。

 

「八代さん、大丈夫ですか。先生のお話、聞けますか?」

 

ナースコールで来てくれた看護師に車椅子に乗せてもらい、あおいは医師の説明を聞くことにした。

歩こうにも足に力が入らない。

お腹の子供は無事なのか、あおいはそれだけが心配だった。

 

「八代さん、担当医の鈴木です。今の状況をご説明しますね」

「はい、よろしくお願いします」

「まず、お子さんですが、残念です」

「ええ!」

 

恐れていた通りだった。

あおいのお腹の子は流産してしまった。

腹や腰を強く蹴られたことで、子供は死んでしまった。

担当医は丁寧に説明してくれたが、あおいはショックでうわの空だった。

やっぱり、不審な男たちは和也の差し金に違いない。

許せない。

あおいは担当医の説明を聞きながら、子供の死を悲しむと同時に和也に対する憤りで涙をポロポロ零していた。

説明が終わった後も安静にしていなくてはならない。

病室に戻ったあおいは、まだ涙を零しながら和也に対する怒りで体を震わせていた。

その時、また非通知で電話がかかってきた。

ベッドの脇の床頭台の上に置いたスマホに、あおいは手を伸ばした。

 

「もしもし」

「八代あおいさんだね」

「はい、そうですけれど」

「この通話、動画も見れるはずだ。いいもの見せてやるから、動画もオンにしてみな」

 

一体全体どういうことか。

不審に思ったが、あおいは言われた通りに画像を見ながらの通話に切り替えた。

 

「ええ?!」

 

動画を見たあおいは目を疑った。

送られてきた動画の中で、あかねが体に重りを巻き付けられ怪しげな男たちに手足を掴まれていた。

 

「これから、妹さんの死体を海に放り投げて捨てる。ヒャーッハッハッハッ!!」

「何やってるの?!やめて!やめなさいよ!!」

「もう遅いって、この娘はもう死んでるんだ。おい、やれ」

 

電話をかけてきたリーダー格の男の指示が出ると、あかねの手足を掴んでいた男たちが勢いよくあかねの体を海に放り投げた。

 

「あかねーーーーー!!」

 

スマホの小さな画面の中で、重りをつけられたあかねの体はたちまち沈んでいった。

何という酷いことをするのか。

何の為にこんな酷いことをするのか。

あおいは悲しみと悔しさで一人ぼっちの病室で声をあげて泣いた。

これも和也の差し金なのか。

和也の背後には黒い噂が絶えない政治家や大企業の幹部がいる。

そんなろくでもない人間と繋がる和也ならやりかねない。

怒りに震えるあおいはベッドから降りて着替え始めた。

このままおとなしく寝ているわけにはいかない。

あおいは医師や看護師の目を盗んで病院を抜け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

喫茶プリヤ 第三章 十一話~厄介払い

本編の前にご案内です。

この小説のページの姉妹版「とまとの呟き」も毎日更新しています。

こちらは私の拙い日記、私の本音です。

下のバナーをクリックで「とまとの呟き」に飛べますよ。

よろしくお願いします。

tomatoma-tomato77.hateblo.jp

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここから本編です。

写真はイメージです。

 

沢村から奪い取ったアマチュアミュージシャンの曲を、和也は自作のものとして発表したが、やはり目論見通りヒットして和也の評価はますます高まった。

盗作などチョロいもの。

そう得意になっている和也を、事情を知らないマスコミは持て囃していた。

デビューしてすぐに開催した全国ツアーは、何ヵ所も追加公演が加えられ、どの会場もチケットはソールドアウト。

それ以外にも、和也がライブのMCで客席のファンに語りかける内容も話題を集めていた。

 

「お、こっちの番組でも話題だな」

 

和也は朝食をとりながらテレビのワイドショーにチャンネルを合わせた。

ワイドショーでは和也がライブ中のMCでファンに語りかける言葉が取り上げられていた。

 

『みんな、聞いて欲しいことがあるんだ。今、議会ではアンドロイド人権法というとても大事な法律が審議されているんだ。これは本当に大事な法律だから、国民投票も行われる。そこでだ、明るい未来のためにアンドロイドとの共存について考えてみてほしい…僕らの未来は僕らが作るんだ』

 

和也がこのように客席に呼びかける映像がテレビの画面に映し出され、アンドロイド人権法に賛成の立場のワイドショーのコメンテーターは、この法案が成立することで未来は薔薇色だと絶賛し、尚且つ和也に対しても好意的な意見を述べていた。

それもそのはず。

ほとんどのテレビ局がぺリウシアからの出資を受けてその管理下にあり、アンドロイド人権法の成立に向かって計画を推し進める政府と癒着していた。

アンドロイド人権法に対する賛成票を投じるよう働きかけるキャンペーンは大々的に展開され、各種世論調査でもこれに賛成票を投じると回答する国民が過半数に迫る勢いだった。

和也はこのキャンペーンに加担することで、推進派の中心人物である花村代議士やアンドロイド開発に力を入れるフィロス電機からも様々な便宜を図ってもらっていた。

 

「あおい、欲しいものがあったら何でも言えよ。買ってやるからさ」

「あたしは、別に欲しいものなんか」

「いいから、遠慮するなよ。ブランドもののバッグでも、宝石でも、何でも買ってやるよ」

 

多額の現金をあちこちから受け取るようになった和也の生活は日に日に派手になっていた。

 

「さーてと、仕事に行ってくるわ」

「今日はレコーディングだったわよね」

「そうそう、メシはいらないからな」

 

ワイドショーを見て機嫌のいい和也は口笛を吹きながら悠々と出かけて行った。

食事はいらない。

和也はまたどこかで女と遊んで帰ってくるに違いない。

それでも、あおいは和也を待つことにした。

 

 

「ただいまー」

 

その日の夜、深夜に和也は上機嫌で帰宅した。

 

「おかえりなさい」

「おう、まだ起きてたのか。寝てていいって言ったろ」

「和也、聞いてほしいことがあるの」

「何だよ、改まっちゃって」

「今日、病院に行ってきたんだけど」

「何だよ、どこか具合でも悪いのかよ」

「あたしね、子供ができたの」

「へ?」

 

和也は冷蔵庫から出したミネラルウォーターを飲む手を止めた。

 

「あたしと和也の子よ」

「おい、ちょっと待てよ。俺の子だって証拠でもあんのかよ」

「証拠って、あたしと和也はずっと一緒にいるじゃない」

「やめてくれよ。俺、ガキなんていらないぞ…お前さあ、俺と結婚したいのかよ?冗談じゃねえや、俺のイメージってものがあるだろ。今、結婚なんてできないからな」

「それでもいい。あたし、一人で生んで一人で育てるから」

「金だけ出せってことかよ」

「お金もいらない!」

「とか何とか言って、ガキが大きくなったら集ってきやがるつもりだな」

「ひどい!そんなこと言ってないじゃない!」

「どうでもいいから堕ろせ」

 

和也はリビングの隣の部屋に置いてある金庫のダイヤルを回し始めた。

 

「何やってんの?」

「ほら、この金で堕ろしてこいよ」

 

和也は金庫の中から札束を出してあおいに渡した。

 

「それか、これ持って消えろ。余計なことは喋るなよ」

「何、これ?馬鹿にしないでよ!」

 

あおいは札束を押し返すとそのまま部屋を飛び出していった。

それ以来、仕事の現場にもあおいは姿を見せなくなってしまった。

芸能ニュースを見ても和也に隠し子がいるといったような話題はなく、あおいは口外していないようだったが、あおいが子供のことを公にするかも知れないと思うと和也は落ち着かなかった。

しかし、あおいのことを気にしつつも、和也は仕事に追われる日々だった。

そんなある夜、和也は京田総帥に伴われて高級料亭にやって来た

 

「わあ、すごいっスねえ。政治家の先生って、ホントにこういうところでメシ食ってるんスねえ」

 

高級料亭では座敷で花村代議士が先に来ていて和也と京田を待っていた。

あおいのことは相変わらず気になっていたが、これも仕事のうち。

和也は興味津々でドラマで見るような料亭の中をしげしげと眺め回した。

 

「加原くん、君のおかげでアンドロイド人権法に賛成を投じるという声が、若者を中心にますます高まっている。今日は労ってやろうと思ってね。何でも好きなものを食べたらいい。酒も一級品が揃ってるしな」

「ありがとうございます、先生」

 

和也は知名度を活かして次の選挙に出馬しないかと、花村代議士から打診されていた。

次期総理大臣とも言われている花村代議士の後継者として政界入りしないかとも勧められていた。

以前から花村代議士に会えば必ずその話になっていて、あおいが出て行く前にはよくあおいとも相談していた。

あおいの意見は否定的だった。

以前にも花村代議士の後継者とされる若者は何人かいて、議員になっても爆弾テロで命を落としたり、自殺したりと不審な点があり、そのことであおいは和也が花村代議士に接触することに反対していた。

それでも、和也は耳を貸さなかった。

有力者と接点を持ち、上昇していくことの何が悪いと言うのか。

既に和也のバックには有力政治家がいると世間では囁かれていた。

アンドロイド人権法の国民投票で賛成票を投じるキャンペーンに参加し、ライブのMCではそれを呼びかける。

一部のメディア、ネットの交流掲示板などでは、政治色の強くなった和也に批判的な論調も目立つようになっていた。

 

「加原くん、あることないこと、うるさく言ってくる奴らもいるが、そんな雑音に耳を貸す必要はない」

「先生、やっぱそうですよね。俺、気にしてないっス」

「その意気だ。やっぱり、私の後継者に相応しいな。今度、うちの娘にも会わないかね」

「おお、いいっスねえ。先生のお嬢さんなら美人でしょうねえ」

「こらこら、お世辞を言うな。わっはっはっはっはっ!」

 

気を良くした花村代議士は和也のグラスになみなみと酒を注いでくれた。

和也は最初のうちは得意になって酒をぐいぐい飲んでいたが、酔いに任せてあおいのことを口にし出した。

 

「先生、実は女のことで…」

「なるほど、そうか。それは厄介なことになったな」

 

花村代議士は和也から注いでもらった酒を飲みながら話を聞いていた。

 

「ええ、どうしたらいいんスかね」

「その手の女は厄介だな。思い詰めて何をしでかすかわかったものじゃない」

「うわあ、ヤバいっスねえ」

「よし、それは私に任せてくれ」

「え、いいんスか?」

「ああ、アンドロイド人権法のことで、君はよくやってくれたからねえ」

 

花村代議士がにやりと笑うと、京田も調子を合わせるように笑いながら酒をを飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

喫茶プリヤ 第三章 十話~スマホの中の嘘

本編の前にご案内です。

この小説のページの姉妹版「とまとの呟き」も毎日更新しています。

こちらは私の拙い日記、私の本音です。

下のバナーをクリックで「とまとの呟き」に飛べますよ。

よろしくお願いします。

tomatoma-tomato77.hateblo.jp

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここから本編です。

写真はイメージです。

 

「ただいまー」

「おかえりなさい。今日も遅かったのね。ごはん、食べるでしょ。カレー作ったの」

 

深夜に帰宅した和也をあおいはいつものように穏やかに迎えてくれた。

 

「あ、わりい。メシなら済ませてきた」

「そうなの…」

 

和也はあおいとは半同棲の状態になっていた。

衣装係のスタイリストとしてだけではなく、私生活でもあおいは和也を支えていた。

 

「毎日、遅くまで仕事で大丈夫?」

「あ、うん。風呂入って寝るわ」

 

あおいには仕事で遅くなると言ってはいたが、和也には他にも懇ろな間柄の女性が何人もいた。

オモルフィのホステスのすみれ、デーバ重工で社長秘書をしている瑠美、その他にも遊び相手には事欠かなかった。

 

「あ、お風呂ね。今、沸かし直すから」

「いや、いいよ、シャワーで済ませるから。お前も早く寝ろよ」

 

和也は上着を脱いで浴室に向かった。

和也がいなくなると、あおいはテーブルの上に置きっ放しになっている和也のスマホに目が向いた。

仕事、仕事と言ってはいるが、本当なのだろうか。

ライブの打ち上げにお気に入りのファンを呼んだり、楽屋係のアルバイトの学生にちょっかいを出したり、あおいは自分の目が届く範囲でも女好きになってしまった和也に不安を感じていた。

出会ったばかりの頃は誠実で純粋だった和也が、代議士や大企業の幹部など有力者と関わるようになってから変わってしまった。

和也がシャワーを浴びている間に、まだ自分が知らない和也の秘密を確かめてみたい。

そう思ってあおいは和也のスマホに手を伸ばした。

通話の履歴、通信アプリの履歴、それらを覗き見ると女性の名前で何件も記録が残っていた。

やはりそうか。

自分以外にも和也には女性がいる。

半同棲状態で食事の支度をしたり、生活のいろいろな世話を焼いているあおいは憤りを感じた。

 

「おーい、シャンプー切れてるぞー」

 

そこへ和也がタオルで頭を拭きながらリビングに戻ってきた。

 

「あ?おい!何やってんだ、お前!!」

 

テーブルの上に置いたはずのスマホをあおいが覗くように見ているのに気づいた和也は、あおいの手からもぎ取るようにスマホを取り返した。

 

「おい!あおい、勝手に俺のスマホ見んなよ!!」

「和也、美里って誰?瑠美って誰?!…みなみって、ライブの楽屋係の学生バイトの娘じゃないの?!」

 

美里はすみれの本名だったが、それ以外にも複数の女性の名前のことであおいは問い詰めた。

 

「うっせえなあ。お前に関係ねーだろ!」

「仕事だって言ってて、他で遊んでたのね?!」

「仕事の付き合いだよ。その美里って女はクラブのホステスだしな」

「付き合いって、どんな付き合い?!」

 

和也とあおいは言い争いを始めた。

 

「だーかーらー!お前に関係ねーってんだよ!!」

「和也、変わっちゃったね。あの花村って代議士と関わるようになって変わっちゃったね」

「はあ?どーでもよくね?」

「ねえ、花村と関わるのはやめて」

 

花村代議士は次の総理大臣候補と持て囃されていたが、黒い噂も絶えなかった。

和也は花村代議士が推進するアンドロイド人権法の国民投票で、賛成票を投じるよう働きかけるキャンペーンに関わることで便宜を図ってもらっていた。

アンドロイド人権法に対して賛成票を投じるよう呼びかける運動に和也は関わることで、金銭を受け取ったりCDやライブのチケットを買い取ってもらったりしていた。

買い取られたライブのチケットはプロの転売屋に流れ、高く転売することで得られた利益が和也にも還元されていた。

とにかく、金、金、金。

和也の元には花村代議士を通じた利益の一部が流れていた。

 

「はあ?今さら、それはねーだろ」

「和也が心配なのよ。花村代議士の噂は知ってるでしょう?あんな人と関わったらロクなことにならないわ。ねえ、もうこんなことはやめて」

「うるせえなあ!!」

「きゃあ!」

 

花村代議士と手を切るよう捲し立てるあおいに和也は手を上げた。

 

「お前は俺の言う通りにしてればいいんだよ!このバカ女!お前に何がわかるってんだよ!クソが!!」

 

殴られて床に倒れたあおいを和也は何度も何度も蹴り、口汚く罵った。

 

「だいたいなあ、お前の妹が施設を出られて高校に行けてるのは誰のおかげなんだよ!!」

 

幼い頃に両親を亡くしたあおいは施設の出身で、まだ施設に残っている妹がいたが、和也の援助で施設を出て暮らし高校に通うようになっていた。

 

「おい、どうなんだ!!」

「ごめんなさい。言い過ぎました…」

「そうだろ!松野豊と俺とどっちがまともなんだよ!!」

「和也…さんです」

 

ゴーストライターを辞めれば一時期風俗の仕事をしていたことを関係者にバラすと嘗てあおいは松野豊に脅されていたことがあった。

 

「わかりゃあいいんだよ!仕事の話に口出すなよ!」

「はい、わかりました」

 

和也は頭に血が上るといつもあおいに暴力を振るっていた。

あおいは和也に強いことが言えずにいたが、それでも花村代議士との関係は疑問視していた。

 

「お前はな、俺に言われた通りにしてればいいんだよ!」

「はい…」

「おい、新曲、できたのかよ?」

「まだ、です」

「早くしろよ!覚えなきゃならねーだろ」

「はい」

 

松野豊のゴーストライターをしていたあおいには作詞と作曲の才能があった。

今、あおいの才能を利用しているのは落ちぶれた松野豊ではなく和也だった。

あおいは自分よりずっと優れた才能がある。

そこに目をつけた和也は、あおいを利用して発表する曲の売り上げを伸ばしていた。

 

「ったく、もう。口には気をつけろよ。もう寝る。明日は朝メシいらないからな」

「はい」

 

和也は翌日は早い時間からレコード会社で打ち合わせの仕事が入っていた。

 

 

「おはよーございまーす」

 

次の日の朝、和也はマネージャーの木村と共に所属するパールヴァティ―レコードにやって来た。

 

「あ~~ふ。眠いっスねえ」

 

木村とエレベーターに乗ると、和也は大きなあくびをしながら眠そうに目をこすった。

エレベーターには木村と和也しか乗っていなかったが、途中で停まるとアマチュア時代に曲を持ち込んでいた頃に対応してくれていた沢村が乗ってきた。

 

「お疲れさまです」

 

沢村の方から挨拶してくれたが和也は完全に無視、木村が代わりに応えていた。

今となってはパールヴァティ―レコードを支える売れっ子ミュージシャンになった和也の方が立場は上。

レコード会社の一社員に過ぎない沢村は恐縮したように木村に愛想笑いを振り撒いていた。

 

「あ!!」

 

沢村が声をあげたので何かと和也が視線を向けると、沢村の持っていた大きな封筒から紙が何枚もバラバラとエレベーターの中に落ちて広がった。

どうやら封筒を逆さまに持っていたらしい。

下向きになった封筒の口から紙が何枚も落ちてきていた。

 

「あーあ、何やってんだよ」

 

和也は笑いながら封筒から落ちた紙を拾ってやった。

 

「何だ、これ?」

 

拾った紙は楽譜だった。

和也はつい習慣で楽譜をじっと見た。

 

「へえ、沢村。これ、誰が書いたんだよ?」

「あ、それですか。それはアマチュアの持ち込みです」

 

沢村はいつの頃からか和也に敬語を使うようになっていた。

 

「ふーん。沢村、お前変わり映えしないな。まだアマチュアの相手なんかしてるのかよ」

 

和也は必死に楽譜を拾っている沢村を嗤った。

 

「これ、なかなかいいじゃん」

 

和也は自分が拾った楽譜をちらりと見ただけで、その完成度の高さに気づいた。

 

「沢村、その封筒の中身、俺にくれよ」

「え?駄目ですよ、そんなの。この曲を持ち込んだアマチュアミュージシャンは、うちの会社でも期待してるんですから」

「はあ?俺を誰だと思ってんだよ」

 

和也は凄んで沢村が持っている楽譜も取り上げた。

 

「ちょっと!加原さん!!」

「この曲、俺がもらうから」

「それは困りますよ!」

「おい、沢村、俺の言うことが聞けねえのかよ」

「え、し、しかし…」

 

和也のバックには花村代議士やぺリウシアの総帥、京田がついている。

和也に逆らうことは、花村代議士や京田に逆らうこと。

業界では知らない者がいない周知のことだった。

もちろん、マネージャーの木村も止めることはできない。

和也はアマチュアミュージシャンが書いた優れた曲を掠め取り、自分の楽曲として発表するつもりでいた。

 

「沢村、いいな。このことはなかったことにするんだ。これは、俺の曲なの」

「は、はい。もちろんです」

「お前も大変だよなあ。大したことないアマチュアの相手なんかさせられてよ。嫌だったら、こんな会社辞めたらどうだ?俺がいい再就職先を見つけてやるからよお。ヒャーッハッハッハッハッ!!」

 

エレベーターが停まると、沢村は和也からの嘲笑を背中に受けながらそそくさと降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

喫茶プリヤ 第三章 九話~出会いと凋落

本編の前にご案内です。

この小説のページの姉妹版「とまとの呟き」も毎日更新しています。

こちらは私の拙い日記、私の本音です。

下のバナーをクリックで「とまとの呟き」に飛べますよ。

よろしくお願いします。

tomatoma-tomato77.hateblo.jp

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここから本編です。

写真はイメージです。

 

花村代議士に関わったことで、和也はフェニックスホテルに頻繁に出入りするようになった。

ホテル内にはジムとプールがあり、会員制で既存の会員の紹介がなければ入会できなかったが、和也は花村代議士の紹介を受けて最高ランクの会員権を手に入れていた。

 

「こんにちは。よくお会いしますね」

 

少し前から気になっていた美女が和也に挨拶してくれた。

高級ホテル内の会員制プールは土曜日でも空いていて、ゆったりした時間が流れていた。

 

「加原和也さんですよね。いつもいらっしゃってるんですね」

「ええ、まあ」

 

今や自分を知らない人間を見つける方が難しい。

すっかり売れっ子ミュージシャンになった和也は、声をかけられるのにも慣れっこになっていた。

声をかけてきた美女も芸能関係者なのだろうか。

それでもおかしくないくらいの美貌だった。

今の和也の周りには女性の影が絶えなくなっていた。

いつも食事を作ったり和也の身の回りを世話してくれるあおい、フェニックスホテルで一夜を共にしてから親密になったすみれ、その他にもライブの打ち上げに適当に選んだファンを呼び、その女の子たちとも和也は懇ろになっていた。

自分はとにかく運が向いてきたのだ。

女性も選り取り見取り。

和也はプールの美女を食事に誘った。

 

「どうです?この後、食事でも」

「まあ、いいんですか?」

「ええ」

 

売れっ子ミュージシャンの自分に誘われても美女は落ち着いている。

やはり芸能関係者なのか。

遊び慣れている相手の方が何かと都合がいい。

和也と美女は意気投合し、プールサイドを離れてフェニックスホテル内のレストランに向かうことにした。

 

「すみません、予約してないんですけど」

「はい。今の時間は御予約がなくてもご利用できます。ご案内いたします。こちらへどうぞ」

 

レストランのボーイは和也の顔を覚えていた。

原則、予約制のホテル内の高級レストランも和也は顔パス同然で入れた。

これも花村代議士のおかげ。

アンドロイド人権法の国民投票キャンペーンで、花村代議士の意向に沿えば美味しい思いができる。

ミュージシャンとして成功できただけではなく、女性にもモテて以前では考えられなかったような贅沢な生活ができるようになった。

和也はアンドロイドが人間社会を席巻するとしても、自分だけは有力な人間の威光を笠に着ていい思いができるのだと気楽に考えるようになっていた。

 

「何食べます?」

「そうねえ、パスタなんかどうかしら?」

「そうですか…いや、この店のお勧めはですね」

 

和也は慣れた感じで美女にこのレストランの一押し料理を勧めた。

 

「じゃあ、私もそれで」

 

二人は和也が勧めた同じものを頼むことにした。

 

「そうだわ、まだ名前もお教えしてませんでしたね。私は堀越瑠美です。仕事はデーバ重工で社長秘書をしています」

「へえ、すごいですね」

 

デーバ重工といえば、フィロス電機とアンドロイド開発のシェアで1、2位を争っている大企業だった。

和也はすっかり感心した。

 

「デーバ重工の社長秘書ならこのホテルのジムの会員権は手に入りますよね」

「ええ、勤続5年以上の社員で所定の会費を納めた者という規定はあるんですけれど」

「それで、社長秘書を5年も?」

「いいえ、最初は総務の仕事をしていたんですけど、去年から秘書課に移動になって」

 

なるほど、超優良企業の社長秘書。

遊び相手にはちょうどいい。

和也は瑠美を勝手に自分のリストに加えた。

うまくいけば、デーバ重工の内側の話も聞き出せるかもしれない。

聞き出した情報をフィロス電機側に流せば、フィロス電機が一歩でも二歩でも先を行けるかもしれない。

フィロス電機に貢献すれば、ますます美味しい思いができる。

瑠美は利用価値がある。

こういう巡り合わせにも恵まれる自分はやはり運が向いてきているのだ。

和也は内心ほくそ笑んでいた。

 

 

「今日はごちそうさまでした」

「じゃあ、家まで送りますよ」

 

食事を終えた和也は車を停めてあるホテルの地下駐車場まで瑠美を連れてきた。

 

「いいんですか?送って頂いたりして」

「いいですよ。お安い御用です。家はどこですか?」

「山の手町です」

「あ、緑川町の向こう側ですね。行きましょう行きましょう」

「はい、じゃあ、お言葉に甘えて」

 

和也が車を出すと二人はまた取り留めのない話を始めた。

瑠美はすっかり自分を気に入ってくれたようだ。

自分に靡かない女はいない。

和也は自信満々だった。

これでデーバ重工の秘密も喋ってくれれば、なお好都合。

和也は瑠美を利用する気に満ち満ちていた。

 

「あ、そこを右側に曲がったところで停めてください」

「はい。あ、このマンションですか?きれいなマンションですね」

 

和也は築浅で瀟洒な白いマンションの前で車を停めた。

 

「じゃあ、またプールで」

「はい、おやすみなさい」

 

瑠美は小綺麗な白いマンションの中に消えていった。

瑠美を見送った和也はあおいが待っているであろう自宅へと車を走らせた。

あおいは今日の夕食は何を作って自分を待っているのだろうか。

今日は瑠美と食事をしたので帰っても食べられない。

帰りが遅くなった言い訳は適当にしておけばよい。

あおいは文句を言ったことはなかった。

そんな風に考え事をしながら車を走らせていると、一軒の喫茶店が目に入った。

喫茶プリヤ。

まだ建設作業員をしていた頃、よく行っていたが最近は足が遠のいていた。

ウェイトレスの空子と寡黙なマスターはどうしているだろうか。

和也はなんとなく気になった。

そういえば運が向いてきたのはプリヤに出入りした後のこと。

最後に尋ねた時にスペシャブレンドのコーヒーを飲んだが、その後、自分はツキが回ってきた。

もしかしたら、絶好調の秘密はプリヤにあるのかもしれない。

和也はプリヤに寄ってみることにした。

 

「こんばんは」

「いらっしゃいませー。あら、加原さん」

 

プリヤには駐車場がないらしい。

和也はそれでもあまり気にすることなく、プリヤの正面に堂々と路駐したまま店内に入ってきた。

 

「よお、空子。元気そうだな」

「加原さんもご活躍で、良かったです」

 

和也はにっこり笑う空子にコーヒーを注文した。

 

「空子、例のスペシャブレンド。プリヤスペシャブレンド、また頼むよ」

「あら、プリヤスペシャブレンドは一杯限りなんです。ごめんなさいね」

「え、そうなのか?いいじゃん、もう一杯くらい」

「うーん、それはできないことになっているんです」

「そっか、なら仕方ないな」

 

和也はやや不満そうにしつつも、アメリカンコーヒーを頼んだ。

 

「なあ、空子。不思議なんだけどさ」

 

和也は最近の自分の話を始めた。

花村代議士や二階堂会長、京田総帥など有力者と組むことになったり、女性にモテモテだったり、よく考えてみればプリヤスペシャブレンドを飲んでから自分の運命が変わった。

プリヤスペシャブレンドは何かの魔法なのか?

しかし、空子もマスターも笑顔を見せるだけだった。

 

「まあ、俺はプリヤ様様だと思ってるからさ。ほら、松野豊っていたろ」

「ええ、あのシンガーソングライターの方ですよね」

「そうそう。あいつさ、今じゃすっかり落ちぶれて夜中のテレビショッピングとかに出るくらいしか仕事なくなったんだぜ」

「歌のお仕事がなくなっちゃたんですか?」

「それがさ、歌の仕事ったって地方の小さなキャバレー回り、ドサ回りやってんだよなあ」

 

和也は自分の歌を盗作した松野豊の凋落ぶりを嗤った。

 

「な、傑作だろ?ヒャーッハッハッハッハッ!!偉そうにアーティスト気取りでいやがってよ、テレビショッピングに出て大袈裟にすごいですねー!とか合いの手入れるのが今の奴の仕事なんだぜ!ざまあ見ろだよなあ」

「ええ、売れなくなっちゃったんですね」

「そそそそ!!いい気味だぜ!!さあてと、帰るか。家で女が待ってるからな」

「加原さん、お気をつけて」

「おう、また来るからな!」

 

アメリカンコーヒーを飲み干した和也は上機嫌で帰っていった。

 

 

 

 

 

 

喫茶プリヤ 第三章 八話~仕事の話

本編の前にご案内です。

この小説のページの姉妹版「とまとの呟き」も毎日更新しています。

こちらは私の拙い日記、私の本音です。

下のバナーをクリックで「とまとの呟き」に飛べますよ。

よろしくお願いします。

tomatoma-tomato77.hateblo.jp

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここから本編です。

写真はイメージです。

 

仕事の話をする。

こう言われるとホステスたちは立ち上がり席を離れた。

自分はいてもいいのだろうか。

和也は落ち着かなかった。

 

「加原くん、君にもぜひ聞いておいてもらいたい話があるんだ」

「え、僕にですか?」

 

京田総帥にいきなり話を振られた和也は、大物政治家の花村代議士、名うての大企業・フィロス電機の二階堂会長を前にして縮み上がりそうだった。

 

「アンドロイド人権法のことは知っているよね?」

 

京田に尋ねられた和也は正直に答えた。

 

「はい。ニュースで見るくらいですけど」

「うん、それでいい。実はね、そのアンドロイド人権法、いよいよ国民投票に持ち込まれそうなんだが、どうも反対派の方が巻き返してきていてね。そこで、関心が薄い若者層を取り込み、賛成票を投じるようキャンペーンを張ることにしたんだ」

 

アンドロイド人権法はアンドロイドにも人間と同じ権利を認め、市民として社会に受け入れるための法律だったが、議会では賛成と反対が拮抗し決定のために国民投票で決着をつける決議が議会で承認されていた。

今までは単なる機械として人間が一方的にアンドロイドを使ってきたが、アンドロイド人権法が成立すれば市民の一員として人権が認められる。

納税や勤労の義務は負うが、それ以上に選挙権を持ったり職業選択の自由を得たり、人間との結婚も可能になり、人間と全く同じ権利をアンドロイドが持つことになる。

これに対して好意的な人間もいれば、抵抗を感じる人間もいた。

アンドロイドが人間と同じ権利を持てば、人間がアンドロイドに席巻されるのではないか。

反対派はそれを恐れ根強い反対運動を続けていて、賛成派の旗色は悪かった。

 

「反対派の偏見は根強い。しかし、何としてもアンドロイド人権法は成立させなければならない。アンドロイドは人間より優秀だ。社会に入り込めば人間を凌駕する。そこが我々の狙い目なんだ。アンドロイドに人間を支配させるが、それはつまりアンドロイドをコントロールしている我々がこの社会を支配するということなんだ。そうですよね、花村先生?」

「うむ。京田くんの言う通りだ。アンドロイドを使って我々がこの社会を支配する。わっはっはっはっ!」

 

花村代議士は酔っぱらっているせいか、上機嫌だった。

京田が言うのはつまりはこういうこと。

アンドロイド人権法を成立させ、社会の中の至るところにアンドロイドを送り込む。

人間を凌駕する性能を持つアンドロイドに人間社会を支配させ、その裏でアンドロイドを動かしている一部の支配層がその他大勢の人間を支配する。

和也は呆気にとられた。

 

「そこでだ、加原くんには国民投票に無関心な若者に働きかけて欲しいんだ」

「はい…」

「もうすぐ、政府の方からアンドロイド人権法の国民投票を呼び掛ける広報活動が始まる。テレビやラジオ、雑誌やインターネットといった媒体で大々的な若者向けのキャンペーンを展開する。アンドロイドは素晴らしい、アンドロイドとの共存はバラ色の未来だと若者に働きかけ、賛成票を投じさせるんだ。そのために、加原くんに白羽の矢が立ったという訳なんだ」

 

胡散臭さしか漂ってこないが、大物代議士の花村、大企業・フィロス電機の会長の二階堂、そして世話になっている京田を前にして、和也には断るという選択肢はなかった。

 

「加原くん、これから君にはCMに出てもらったり、いろいろやってもらうが、佐伯まゆちゃんとのコラボも企画されているんだ」

「え、僕が、まゆちゃんと共演ですか?」

「そう、まゆちゃんも若者には人気があるからね。彼女と君とでバラ色の未来を若者にアピールするんだ。それに、まゆちゃんは中高年層にも支持者が多い。コラボすることで、君も年齢が高い層からの支持が得られると思うよ。そうすれば、新しい客層を開拓できるよな」

「そんな…僕にそんな大役が務まるでしょうか?」

「なあに、そう堅苦しく考えることはない。我が憲民党からも最大限のバックアップをさせてもらうよ。わっはっはっはっは!」

 

京田の話を聞きながら和也がオドオドしていると、花村代議士は上機嫌で笑いながら何も心配ないと豪語した。

アンドロイドを通じた支配を主導しているのは憲民党であり、その支配を通じて憲民党が国を支配しようとしていた。

その計画に加担することで自分も支配する側につくことになる。

そんなことをして大丈夫なのだろうか。

思いがけないことに巻き込まれそうだが、逃げられるはずもなく和也は黙って話を聞くことしかできなかった。

 

「よし。話はまとまったな。加原くん、今後は広告代理店の方から話が行くと思うから君は何も心配しなくていい」

「はい、総帥…」

「よし!これで仕事の話は終わりだ!おーい!女の子たちを呼べ!」

 

上機嫌の花村代議士が手をパンパンと叩くと、ホステスたちが戻ってきた。

 

「加原くん、今日は仕事の話もまとまったしな…すみれちゃん、今日はたっぷりサービスしてやってくれ」

「うふふ、かしこまりました。加原さん、行きましょう」

 

オモルフィのナンバーワンホステス、すみれが和也の手を取るとボーイが上着を持ってきてすみれの肩にかけた。

 

「え?何ですか?」

「加原くん、すみれちゃんは君のことが気に入ったみたいだ。二人で仲良くな」

 

花村代議士に嗾けられるようにすみれは和也の手を引き、和也はそのまま立ち上がった。

どうやら二人でどこか別の場所に行けということらしい。

 

「あの、どこへ行こうっていうんですか?」

「うふふ、いいところよ」

 

すみれはオモルフィを出ると手を挙げてタクシーを停めた。

 

「フェニックスホテルまで行ってください」

 

すみれがそう言うとタクシーは走り出した。

フェニックスホテルといえば、超一流で名高いホテル。

そこに何の用があるというのか。

さっきまで聞かされていた”仕事の話”にも関わることなのか。

何にせよ、高級クラブのナンバーワンホステスとホテルに行くということは、そういうことなのだろう。

しかし、和也には断るという選択肢はなかった。

花村代議士や二階堂会長、京田の顔を潰すようなことはできる訳がなかった。

 

「着いたわよ」

「え、あ、はい!」

 

フェニックスホテルの煌びやかなエントランスにタクシーがつくと、すみれはタクシーチケットを運転手に渡しタクシーを降りていった。

和也も遅れないよう後についていくと、すみれは慣れた感じでフロントの前に立った。

 

「あのう、花村です」

「はい、お待ちしておりました。いつもありがとうございます」

 

花村代議士の名前で予約してあるらしく、フロントのベテランと思しきホテルマンはすみれに丁寧に答えていた。

 

「最上階のお部屋でございます。ごゆっくりどうぞ」

「ありがとう。和也さん、行きましょう」

 

アッという間に有名ミュージシャンになった自分をホテルマンが知らないはずがない。

しかし、ホテルマンはそんな感情は噯にも出さなかった。

 

「ね、和也さん。今日はたっぷりサービスしちゃう。楽しみましょうね」

 

エレベーターに乗ると、すみれは腕を組んできて体を密着させた。

やっぱり”接待”なのか。

ここまできては逃げられない。

和也はあおいのことを思い浮かべたが、どうすることもできなかった。

 

「花村先生、和也さんのために一番いい部屋を取ってくれたのね」

 

最上階につき、部屋のドアを開けて中に入るとすみれは抱きついてきた。

 

「うわ!!」

「あらあ、遠慮しなくていいのよ。シャワーでも浴びましょうか?」

「いや、って言うか、すみれさんはこんなことでいいの?」

「こんなことって?」

「いや、だから、僕たち、今日初めて会ったんだよね」

「そうだけど?」

「僕は、その…わかるけど、こういうことは、ちゃんとした段階を踏んで…」

「何言ってるの?」

 

すみれは戸惑っている和也を見ながら笑い出した。

 

「あなたは私たちのパートナーとして認められたのよ。これからアンドロイド市民権計画のために働いてもらうんだから、その”ご褒美”ね。私はずっと前から花村先生のお客様をこうして接待してきたの。私に恥をかかせるの?」

「いや、そうじゃないよ」

 

すみれは完全にプロの女性で自分より何枚も上手。

そのバックには花村代議士がいる。

逆らえる相手ではなかった。

 

「じゃあ、いいじゃない。それとも”彼女”に申し訳ないとか思ってるの?」

「いや、そんな人はいないよ」

「じゃあ、あたしのお客様ね。あなたは、もう引き返せないの。この国で生きるなら花村先生について行った方がいいわよ。シャワー、先に浴びるわね」

 

すみれは上着を脱ぎバスルームのドアを開けた。