神さまの本音 最終話〜審判の日

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「うおおおーーー!!ぎゃおおおおーーー!!」

 

まやは怪獣のような叫び声をあげながら街を破壊して、逃げ惑う人間を踏み潰し、暴れ回った。

翔は警察と消防署に通報したが、お手上げだという返事が返ってくるばかりだった。

特撮映画に出てくるような巨大怪獣と化したまやを止められるものはなかった。

 

「安曇さん、あの煙は何かしら?」

 

フィロス電機の最上階にある副社長室で、窓の外を見ながらまゆは安曇副社長に尋ねた。

 

「はい、何やら巨大な生物が現れ、手が付けられない状態になっているそうです」

「巨大な生物?公安にはもう問い合わせましたか?」

「ええ、と、ですね…あ、今、情報が入ってきました。ご覧ください!」

 

安曇副社長は業務に使うタブレットの画面をまゆに見せた。

 

「これは、まやですね?」

「さようでございます」

「まやが巨大化して暴れ回っているということ?」

「ええ、市民からはもう通報が相次いでおりまして、警察や消防が現場に向かっているそうです」

「ふうん。それって、意味あります?」

「は?」

「警察や消防の手に負えるものではないでしょう。余計に被害が大きくなるだけです」

「では、どうすれば?」

「国家防衛軍を出動させる必要があります。そう思わないんですか?」

「しかし、国家防衛軍を出動させるには、閣僚会議で承認され、総理大臣が署名する必要がありますが」

「だから、あなた達人間は駄目なんです。この緊急事態に何を悠長なことを。さっさと軍を投入しなさい!ぐずぐずしていたら、ここも巨大化したまやの攻撃対象になりますよ」

「か、かしこまりました!」

 

安曇副社長は外線にも繋がる電話機の受話器を上げた。

 

「総理!スカイゾーン様からのメッセージが届きました!」

「よし、スクリーンに映せ!」

 

就任したばかりの花村総理は、首相官邸内に設けられた対策本部で指揮を取っていた。

しかし、政府も陰の支配者であるスカイゾーンには逆らうことはできない。

スクリーンにまゆが映し出されると、花村総理は恭しく頭を下げた。

 

「花村さん、状況はわかっていますね。巨大化した生物はまやです。警察や消防では太刀打ちできません。国軍を投入しなさい」

「はは!既に空軍が現場上空に向かっております。しかし、スカイさま、まやはなぜ巨大化したのでしょう?」

「それは、巻き物の解析をした私に間違いがあったとでも?」

「いえ、決してそのような意味では…」

「では、まやを制圧しなさい。上手くいいけば、あなたは国の英雄ですよ」

 

国の英雄。

それが目先に吊るされた人参のようなものだと、花村総理大臣はわかっていたが食い付くしかなかった。

こうしているうちに空軍が現場の黄金町上空に到着し、上官の指示が出ると一斉に爆撃が始まった。

 

「うおおおおーーーー!!ぐおおおおおーーー!!」

 

爆撃を受けたまやは苦痛に顔を歪め、ますます激しく暴れ回った。

そして、次の瞬間、口を大きく開けると火炎放射器のように空軍の飛行機を目がけて熱線を吐き出した。

 

「うわああああーーー!!」

 

対策本部の通信機器からパイロットの悲鳴が指令室内に響き渡った。

一瞬にして国家防衛軍の空軍の精鋭部隊が焼かれ、撃墜された。

まやは想像以上に手強い怪物に進化し続けている。

空軍の後に到着した陸軍の戦車部隊もまやに踏み潰され、一溜まりもなかった。

 

「総理、部隊が全滅です…いかがなさいますか?」

「うーむ…」

 

全権を握る花村総理は頭を抱えた。

ここで退却しては自分の政治生命にも関わる。

ここは怪物を退治し、自分の株を上げるチャンスではないか。

しかし、想像以上にまやは手強い。

もう、まやは神でもなんでもない化け物だ。

花村総理は国軍に時間を稼がせている間、作戦を練り直すため全閣僚を呼び寄せることにした。

 

「総理!どうしますか?!国軍でも敵わない相手にどう攻撃しますか?」

「それを考えるために君たちを呼んでるんだ。何か案はないのかね?」

 

集まった閣僚たちも頭を抱えた。

こうしている間にも、まやは街を破壊し、エーカータ国の首都・エーカータシティーは壊滅の危機を迎えていた。

自家用車で脱出しようとする者、空港に押しかけて国際便に乗ろうとする者だけでなく、船で国を脱出しようと港にも多くの市民が押し寄せていた。

 

「マハートマンミサイルしかありませんかねえ」

 

普段は影が薄い環境省の大臣、上田がポツリと漏らした。

 

「マハートマンミサイル?上田大臣、正気かね?!」

「空軍も陸軍も秒で制圧する相手ですよ。ここはもう、最終兵器しかないのではないですか?」

 

上田環境大臣は、異を唱える経済大臣にそう言い返した。

マハートマンミサイルは核を搭載したミサイルで、持つだけで他国からの侵略を思い留まらせる抑止力になっていた。

それを使う時は戦争の最終局面においてで、それしか手段がないと判断された時。

使えば放射能汚染の恐れがあり、国土も破壊される。

民間人にも相当の被害が出るとシュミレーションされ、事実上は禁じ手とされていた。

閣僚会議にはリモートでスカイゾーンも参加し、意見を求められるとこう答えた。

 

「それは、あなた達人間が決めることですね。我々、アンドロイドはマハートマンミサイルの爆心地にいても痛くも痒くもありません。もちろん、放射能の影響も受けません。まやが死ぬのか、人間が滅びるのか。よく考えることですね」

 

つまり、アンドロイドは高みの見物か。

人間のことなど何とも思っていないのだろう。

それは以前から思っていたことだったが、やはりそうだったのか。

どの閣僚も内心ではそう思っていたが、支配者のスカイゾーンの前では口に出すことは憚られた。

マハートマンミサイルの発射ボタンは首相官邸の地下室にある。

地下室はシェルターも兼ねていて、10000人ほどなら収容できる広さだった。

有力な政治家やフィロス電機の関係者などを中心に、そのシェルターに収容する人間を決めて避難させ、避難が終わればマハートマンミサイルの発射ボタンを押す。

他の大部分の人間は切り捨てる。

そんなことが淡々と決められた。

今まで手を組んできた神社連盟の関係者は避難対象から外された。

理由は簡単でまやのような化け物を管理もせずに野に放った責任を取ろうともしないから。

憲民党の議員やその家族、党員、アンドロイドと切っても切れない関係のフィロス電機の関係者がシェルターに優先的に入ることが決定された。

そして一定額以上の献金を憲民党に納めてきた者も優先的にシェルターに入ることができるとされた。

こんな時でも、いや、こんな時だから金がものを言うのだ。

しかし、これだけでも10000人は超え、神社連盟の関係者はシェルターに入り切らない。

神社連盟は憲民党やフィロス電機に力を貸すような素振りをしておいて、実際は自分たちこそがこの国を統治するに相応しいと考えていることが見え見えだった。

今までは表面上だけ協調してきたが、非常時の今は綺麗事では済まされなかった。

 

その次の日から、秘密裏のうちに限られた者たちだけがまやの攻撃の隙間を縫うように首相官邸の地下に避難する準備を始めた。

 

「官房長官!大変です!」

「ん?どうした?」

「マハートマンミサイルの発射装置がなくなっています!」

「なんだって?!」

 

普段は誰も入らないシェルター内にあるはずのマハートマンミサイルの発射ボタンが消えていた。

シェルター内を見渡す防犯カメラは壊されていて、何者かが侵入したと思われたが防犯カメラが壊されていては証拠画像は一切残っていなかった。

 

「まさか、あり得ん!誰かが持ち出したとしても…いや、そもそも持ち出すことなど不可能だ!」

 

最終兵器の発射ボタンの所在がわからなくなった。

発射ボタンは小さな鉄製の箱に入れられ、持ち運びもできるようになっていたが、これでは、いつ、誰が、どこで押すのかもわからない。

シェルターに入れるだけの人数を避難させる前にボタンが押されたりすれば、エーカータ国のほとんどの人間は死ぬ。

こんなことが国民に知られたら、パニックが起きてシェルターに国民が殺到するに違いない。

なんとしても、秘密を守ったまま発射ボタンを見つけなければ。

官房長官はとにかく発射ボタンを見つけ出すよう、部下に指示を出した。

 

「ねえ、これでいいんでしょ」

 

のぞみはシェルターから持ち出したマハトーマンミサイルの発射ボタンをスカイゾーンに見せて確認してもらっていた。

 

「結構ですよ。これで、あの化け物も終わりですね」

 

のぞみはスカイゾーンから発射ボタンを持ち出すよう持ちかけられ、持ち出していた。

言われた通りに防犯カメラを壊してシェルターに侵入し、セキュリティーの電源を切って証拠を残さずマハートマンミサイルの発射ボタンを持ち出していた。

シェルター内の防犯カメラの位置、どこにいくつ設置されているか、シェルター内にはどうやって入るかはスカイゾーンが解析すればすぐにわかることだった。

その解析そのまま、指示通りにのぞみはミサイルの発射ボタンを持ち出していた。

 

「あなたの安全は保障します。小賢しい人間が、シェルターに入ることを許された人間だけで今後もこの国を存続させようなどと、傲慢にもほどがあります。だから、あなたに頼んだんですよ。あなたは、この国にうんざりしているのでしょう?空子、例のものを」

 

スカイゾーンがそう言うと、空子がアタッシュケースを持ってきて開けた。

中に入っているのはエーカータ国から離れたミューラ国のパスポートと、クレジットカードが3枚、今日の日付の片道の航空券、そしていくらかの現金だった。

パスポートもクレジットカードも偽造で、のぞみの名前ではなく別人の名前が書かれミューラ国民になり済ませるものになっていた。

これを持ってエーカータ国を離れ、遠い国で別の人間として生きていく。

整形したことでのぞみは既に別の人間になってはいたが、また更に身分を偽る。

のぞみはそれでも構わなかった。

ずっと願っていた、堅苦しい神社の娘としての人生から逃れること。

神などいはしないのだ。

それは、まやを見てきてわかり過ぎるほどわかっていた。

神の本音は人間と変わらない邪なものなのだ。

いや、それ以上だろう。

神を終わらせるための最終兵器のボタンをアンドロイドに渡す。

薄汚い権力者が跳梁跋扈し、政治も乱れきっている。

しかも、それを指示する国民が少なくない。

エーカータ国は一度終わらせた方がいい。

のぞみはそう考えてスカイゾーンの申し出に乗ったのだった。

 

「では、今日の便でエーカータ国を離れますよね。楽しみですね。この国がどう堕ちていくのか。我々、アンドロイドがこの国を引き継いでいくことになるでしょう。あなたは保守的な神社の娘としてこの国の政治や宗教のあり方に嫌気が差していた。まやを呼び出すために舞まで踊らされ、うんざりしていた。だから、私はあなたに声をかけたんです。今日、あなたの乗った飛行機が国境を超え、安全なところまで航行したら発射ボタンは押されます。国際的なニュースにもなるでしょうからお楽しみに」

「いろいろ、ありがとう。人間よりもアンドロイドの方が頼りになるなんてね」

「それは、よく言われます。良い旅を」

 

スカイゾーンは外見は14歳の美少女だが、中身は冷酷なアンドロイド。

それでも、のぞみの身の上を理解してくれた。

のぞみはそう思った。

マハートマンミサイルの発射ボタンを盗み取るために利用されただけかも知れないが、のぞみはそれでも構わなかった。

その見返りに別人として外国に逃がしてもらう。

アンドロイドの方が人間の愚かさを弁えていているのかも知れない。

窮屈だった神社の生活、偽善と欺瞞しかない神との関わり。

それらを一切捨てて、のぞみはミューラ国行きの飛行機に乗りエーカータ国を離れた。

 

その3日後、ミューラ国の五つ星ホテルのプールサイドで、のぞみはトロピカルカクテルを飲んでいた。

プールサイドでも世界中の主な放送局の番組が見られたが、国際ニュースの番組を見ていると、エーカータ国で核を搭載したミサイルが暴発した話題を取り上げていた。

正体不明の怪物が現れ、最終兵器として核ミサイルが放たれた。

しかし、怪物は倒れなかった。

倒れたのは核爆発に巻き込まれた国民だった。

被害の規模の詳細はまだ伝わってきていなかったが、マハートマンミサイルの性能を知るのぞみはエーカータ国が間もなく終わることを確信していた。

一度ボタンを押せば、何発ものマハートマンミサイルが発射される。

一発目では倒れなかったまやも、連続して何発も打ち込まれれば倒れるだろう。

そんな風に考えながら、のぞみが椅子から立ち上がろうとしているところに、プールサイドには相応しくないようなスーツ姿の男が数人現れた。

 

「伊藤のぞみさんですね?」

「え?」

 

自分はもう昔の自分を完全に捨てたはず。

昔の名前で呼ぶ者はいないはず。

のぞみが返答に困っていると、一枚の紙を提示された。

 

「国家反逆罪で逮捕します」

 

のぞみは一瞬、何が起こったのかわからなかった。

 

「国際警察本部までご同行願います」

「ちょっと!何なの?!離してよ!!」

 

のぞみはプールサイドにいた他の客が見つめる中、両脇を私服捜査官に押さえられ連行されていった。

 

 

 

 

 

神さまの本音 第十一話〜巨人になった神

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「実はね澪ちゃん、まやを封印するために力を貸してくれないか?」

「え?」

 

一体どういうことだろう。

まやを封印するためといっても、それが自分と何の関係があるのか?

 

「まやを封印するには、まやがマハート神社の本殿で目を覚ました時に舞を舞った巫女の力が必要なんだ」

「それと私が何の関係が?」

 

まさか、自分の正体がバレてはいないだろう。

澪はそう考えながらも内心穏やかではなかった。

 

「澪ちゃん、こっちはもう調べたんだ。君は顔を変え、他人になりすましてそれまでの生活を変えた。君は実家の神社で巫女をしていた、のぞみという娘なんだろう」

 

なんと、整形してそれまでの自分を捨て、全く別の人間になったことが知られている。

どこからどう、情報が漏れたのか。

のぞみは黙ったまま何も答えられなかった。

 

「のぞみちゃん。伊藤のぞみちゃんなんだろう?」

「だったら、何なの?」

「認めるわけだな。君は伊藤のぞみだと」

「何が目的?お金?あたしを脅そうとしても無駄よ。あなたの方が潰されるわよ」

「そうじゃない。言ったじゃないか、まやを封印するために協力してほしい。それさえ呑んでくれたら報酬はいくらでも弾む。元の名前が伊藤のぞみだということも、一切口外しない。どうかな?」

 

安曇副社長は敵ではない。

何より、まやを封印する。

それには協力してもいい。

のぞみは態度を変えた。

 

「わかったわ。それで、あたしは何をすればいいの?」

「協力してくれるんだね?のぞみちゃんにして欲しいことは、一滴でいいから血を分けてもらいたいんだ」

「そんなことでいいの?」

「ああ。君の伯父さんもそうだが、神社連盟の総帥が先祖代々飲んできたどぶろくに君の血を一滴混ぜてまやに飲ませるんだ」

「ふうん。ホントにそんなことでいいの?」

「それと、まやを呼び出せるかな?」

「そうねえ。マドゥーヤなら呼び出せそうね。マドゥーヤの翔ってホストにまやは入れ込んでるから」

「そうか。じゃあ、どぶろくを手に入れて君の血を混ぜて、それをマドゥーヤでまやに飲ませる。これでいいな」

「でも、どぶろくはどうやって手に入れるの?」

「それはもう手配済みだよ」

 

 

その三日後、オモルフィに出勤する準備を始めたのぞみは、何気なくつけたテレビの画面に釘付けになった。

なんと、マハート神社に強盗が押し込み、のぞみの伯父である宮司で神社連盟の総帥を務める伊藤昭とその家族、全員が惨殺され、金庫ごと金目のものが持ち去られたと伝えられていた。

ワイドショーでは押し込み強盗はいわゆる”闇バイト”の手口で、代々続く格式の高い神社で金目のものや文化財として価値のあるものが消えていたことも伝えられていた。

それにしても、こんな荒っぽい手口で家族全員を惨殺して金目のものも奪う必要があったのか?

これはどぶろくを手に入れるために押し込み強盗のふりをしているに違いない。

おそらく、金目のものと一緒にどぶろくは持ち去られたのだろう。

のぞみは明日、フィロス電機の本社に行くことになっていた。

そこで何らかの方法で血を採り、まやに飲ませる準備をするのだろう。

それにしても、総帥一家が惨殺されたことで跡目争いが勃発するに違いない。

幼い頃からその権力闘争がどんなものか見せられてきたのぞみは、気分が悪くなってきた。

神を讃えよと言いながら、自分たちは権力闘争に明け暮れる。

まやを封印することで何かが変わるだろうか?

変わって欲しい。

のぞみはそう願った。

 

その日はのぞみはオモルフィでの仕事は休みで、フィロス電機にやって来た。

安曇副社長の名前を出せばそのまま進める。

そう指示されていたのぞみは、フィロス電機の社屋に入って1階のロビーにいる受付の女性にその旨を申し出た。

 

「伊藤さまですね。お待ちしておりました。そのまま一番左側のエレベーターで最上階までお上がりください」

「はい、ありがとうございます」

 

のぞみは言われた通りにエレベーターに乗った。

名うての一流企業の最上階。

まるで高級ホテルのような絨毯が敷かれ、壁紙も見たことがないような高級感を出していて、名前も知らないような絵画も掛けられていた。

街を一望して見晴らし、こんなところで働けたらさぞ気分がいいだろう。

最上階の一番奥は会長室だが、その二つ前のドアが副社長室のドア。

ドアの前まで来たら、インターホンを押す。

のぞみが指示通りに進めインターホンを押すと、女性の声が返ってきた。

 

「あのう、伊藤ですが」

「お待ちしておりました。お入りください」

 

オートロックが解除される音がして、のぞみはそっと重いドアを押した。

ドアを開けたところにはすごい美人が座っていて愛想がよかった。

副社長の秘書なのだろう。

これだけの美人でなければフィロス電機のような一流企業の幹部の秘書にはなれないのか。

のぞみは内心感心していた。

自分は整形で美貌を手に入れたが、それがなんだか恥ずかしいような気さえした。

 

「やあ、のぞみちゃん。よく来てくれたね」

 

安曇副社長は穏やかに迎えてくれた。

一見、紳士だがこの地位に登り詰めるまで、どんなことをやってきたのだろう。

正しいことだけをしてきたわけではないことは、のぞみにもわかった。

安曇副社長の傍らには、白衣姿の医師と看護師が待ち構えていた。

普段から社内の医務室に常駐しているという。

大きな会社には医務室があって、医療スタッフがいるというのは聞いたことがあったが、さすがフィロス電機だ。

のぞみはやはり感心していた。

 

「それでは失礼します」

 

のぞみが看護師と向かい合って座ると、看護師は注射器の準備を整えた。

 

「ちょっとチクッとしますよ」

 

特別なことはなく、普通の採血と何ら変わらなかった。

 

「よし、採血完了だな。のぞみちゃん、ご協力ありがとう」

「一つ聞いていいかしら」

「何かな?」

「この血を混ぜたどぶろくだけど、マドゥーヤでまやに飲ませるって言ってたわよね?どうやって飲ませるの?」

「ああ、そのことか。マドゥーヤの従業員を丸め込んであるんだ。まやが注文した酒に混ぜて飲ませるんだよ」

「ふうん。そんなに簡単にいくかしら」

「それは、君にはもう関わりがないことじゃないか」

「そうね。じゃ、あたしはお金が振り込まれるのを待てばいいのね」

「それなら、さっき君の隠し口座に振り込むよう経理に指示を出してある」

「あ、そ。ありがとう。じゃあね」

 

のぞみは袖を下ろしながら、針を刺した跡に貼ってあった小さな絆創膏を隠すと副社長室を出ていった。

 

 

「キャハハハハ!!今夜も飲むわよー!」

 

まやはいつも通りマドゥーヤで酒を浴びるように飲み、大はしゃぎしていた。

マドゥーヤで飲んだ酒、ホストが頼んだドリンク代、フルーツやおつまみの料金はフィロス電機と憲民党に請求書が回されていた。

自分は神なのだ。

思い通りに振る舞えばいいのだ。

大企業も政府もおこぼれに与ろうと必死に尻尾を振ってくる。

そのためなら、金はいくらでも惜しまないのだろう。

 

「まやちゃん、これ、どうだい?」

「んー?」

 

既に泥酔に近くなっているまやは、トロンとした目でホストが持ってきた酒の瓶を見た。

 

「新しい酒が入ったんだ。どうだい?味見してみないかい?」

「わああ、いいじゃない!まずはロックで飲んでみたいな」

「よしよし。おーい!氷だ!氷持ってこーい!」

 

チーフ級のホストが言いつけると、新人ホストが氷とグラスを持ってきた。

 

「はい、まだ誰も味見してないんだ。どんな味かな?」

「わあああ、素敵ねえ」

 

目の前でお気に入りの翔に、新しい酒のロックを作ってもらったまやはすぐに口をつけた。

 

「わあ、おいしい〜」

「そうかあ、それなら良かった」

「翔くん、もう一杯ちょうだい!」

「よしよし」

 

まやに呼ばれてテーブルに付いた翔は、慣れた手つきでロックを作り、まやはイッキ飲みのように飲む。

それが何回か繰り返され、まやは空になったグラスをテーブルの上に置くと、胸に手を当てて俯くような姿勢をとった。

如何にも強そうな酒をイッキ飲みのように何杯もグラスを傾け、さすがに気分が悪くなったのか?

翔はまやの背中をさすった。

まやに飲ませた酒はまやを封印するためのもの。

マドゥーヤのホスト全員がそう知らされていた。

 

「まやちゃん、大丈夫かい?こんな強い酒をほぼイッキ飲みはやり過ぎじゃないか」

「うう…うう」

 

まやは低く唸りだした。

その唸り声はだんだん大きくなり、まやは肩を震わせ始めた。

 

「うううう〜ううおおおおおお〜!!」

 

俯いて唸っていたまやは突然立ち上がり、テーブルを持ち上げて放り投げた。

まやが座っていた席から離れたところまでテーブルは飛び、別の接客をしていたホストの頭にぶつかりホストは倒れ込んだ。

 

「まやちゃん!何やってるんだ?!やめなよ!!やめろ!!やめろーーー!!」

 

まやは手が付けられないほどに暴れ出した。

さっきまでニコニコと楽しそうに酒を飲んでいたではないか。

まやはマドゥーヤの店内を歩き回りながら、造花が飾られている大きな花瓶を割ったり、天井から下がっているシャンデリアを壊したり大暴れだった。

そして、次の瞬間にはまやが着ているワンピースが千切れるように破け始め、全裸になったまやはあっという間に巨大化し、店の天井を突き破り、同じビルの上の階にある店も突き抜け外に姿を現した。

 

「ちょっと!あれ、何?!」

「ええ?!巨人?!」

 

盛り場の黄金町を行き交う人々は、ビルを突き破って現れた巨大化したまやを見て怯え逃げ始めた。

 

「うわーーー!!助けてくれー!!」

 

逃げ遅れた者はまやに捕まり、指先で摘まれるとまやの口の中に放り込まれていった。

人食い巨人が盛り場に現れた。

 

「た、大変だ…け、警察か…消防署か…」

 

まやの隣りに座ってはいたが、踏み潰されることもなく摘まれることもなかった翔は、少し離れたビルとビルの間に隠れて当局に通報を始めていた。

 

 

 

神さまの本音 第十話〜指紋と足取り

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風俗街のビルの土台の下から見つかった巻き物の解析が始まった。

巻き物はいつの時代に書かれたものかも不明で、古代文字で書かれていたが北條大学の考古学研究室でも解析は難しかった。

 

「それは、私がやります」

 

人間たちが取り組んでも頓挫しそうだったが、それを見ていたスカイゾーンが一手に引き受けると言い出した。

確かに、膨大なデータを一瞬で読み取り、解析し、答えを出す。

これが可能なのは人間ではなく、スパコン。

周りの人間は黙って見守るしかなかった。

 

「ふーん。なるほど」

 

まゆはフィロス電機の副社長室でノートパソコンに向き合い、盛んにキーボードを叩いていた。

まゆはスパコン、スカイゾーンの端末態。

情報だけの存在で本体がないスパコンの意思を実行する部品の一部。

アンドロイドの体を持ち佐伯まゆという名前を持つ外見は群を抜く美少女でも、中身は桁違いの性能を持つスパコン。

意に沿わない者はアンドロイドを使って粛清し、容赦なく消し去る。

こんな恐怖政治的なやり方で人間を支配し、恐れられ、誰も進言することすら許されていなかった。

このことはスカイゾーンを開発したフィロス電機の一部の社員しか知らなかった。

 

「何か、おわかりになりましたか?」

 

安曇副社長が尋ねると、まゆは答えた。

 

「まやを封印する方法がわかりました」

「おお!左様でございますか!どうすればよいのですか?」

「まやを目覚めさせた舞を舞った巫女。その巫女の手でまやを封印させるのです」

「具体的には?」

「まやに飲ませる酒に、巫女の血を一滴でいいので混ぜて飲ませるのです」

「おお、そんな簡単なことでいいのですか」

「いいえ。その、飲ませる酒というのが問題です」

 

まやを封印するために飲ませる酒は、まやが眠っていたマハート神社の宮司が代々飲んでいるどぶろくそのものである。

巻き物にはそう書かれていた。

しかし、どぶろくをどうやって飲ませればいいのか。

 

「その巫女はマハート神社の宮司の姪ですね。伯父が飲んでいる酒をまやに飲ませるために、どうやって持ち出させるか。そのどぶろくも、なかなか癖があるようで飲める者は限られています。それを飲む者は妖怪の力が乗り移り、万能になる。そんな風に代々伝えられてきた門外不出の酒ですね。置いておく場所も宮司の自宅の鍵のかかる戸棚で管理されています」

「つまり、宮司の家に上がり込むしか酒を手にする方法はないということですね?」

「ええ。とにかく、巫女を一度呼びましょう。その娘が我々に協力してもらわないとどうにもなりませんから」

「はい!それはお任せください。連れて参ります」

 

安曇副社長はすぐに総務部に内線電話をかけ、指示を始めた。

 

フィロス電機社内のスーパーコンピューターを駆使してのぞみの捜索が始まったが、どうやらのぞみは実家の神社にはいないらしい。

その情報が真っ先に上がってきた。

では、のぞみはどこに行ったのか。

その次の日には総務部、人事課の若手社員で構成されたのぞみの捜索グループが結成された。

住民IDカードの行動履歴を追っても、ある一点からのぞみの行動はぷっつり切れてしまっていた。

のぞみは実家の神社を飛び出した。

そこから先の足取りはぷっつりと切れ、住民IDカードの履歴も追えなくなっていた。

調査を進めると、のぞみの住民IDカードは繁華街の黄金町のとあるゴミ収集箱の中に投棄されたことまで明らかになった。

つまり、のぞみは住民IDカードを自分の意思で捨てて行方を晦ましたのだ。

住民IDカードの放棄は重罪。

そう法律で定められていたが、のぞみはそれを破り行方をくらましていた。

よほどどこに行ったのか、何をしているのかを知られたくないのだろう。

 

「なるほど、行方不明か。しかし、死んでいるわけではないだろう。金山、今回の仕事で結果を出せば副社長室直属のポストが君に保障される。何としても探し出すんだ」

「しかし、副社長。お言葉を返すようですが、住民IDの履歴が追えないとなると、かなり困難であるかと思われますが」

「その困難をなんとかするのが君の仕事だろう。できないのなら、この話はなかったことにして、君には地方のアンドロイド工場に行ってもらうことになるが」

「わかりました。お任せください」

 

その後ものぞみの捜索は続けられたが、一向に進まなかった。

 

「安曇さん、例の巫女。見つからないですね」

「申し訳ございません。総務の方でも手を尽くしているのですが」

「それにしても、おかしな話ですね。住民IDの履歴を絶ったとしても、どこかで目撃くらいはされるはずです。それ以外に考えられるとすれば…」

 

副社長室にのぞみ捜索の進捗具合を聞きに来たまゆは、あることを思いついた。

 

「もしかしたら、顔を変えて逃げ回っているのでは?」

「と、仰いますと?」

「考えられるのは、何らかの方法で顔を変えた…とか」

「顔を変える?それは整形ということですか?」

「犯罪者が使う手ですよね。そういう事件、ありませんでしたっけ?」

「そういえば、聞いたことがありますね。顔を変えて日雇いで工事現場を転々としていた話ですとか」

「もし、そうだとすれば、本人確認に使えるのは指紋認証ですね。顔を変えても指先までは変えられない。全国民の指紋データは出ますか?」

「はい。全国民のスマホのデータを保管し、各省庁などに提供しているのは我が社の独占事業です。元の巫女の指紋データと同じものを持つ人物が見つかれば、その人物が巫女本人でしょう」

「では、明日までにできますか?」

「お任せください。技術部にやらせます」

「よろしい。何かわかれば報告してください。では、私は仕事がありますから」

 

スパコン・スカイゾーンの端末態のまゆは、正体を隠すためのアイドル歌手としての仕事に向かった。

 

 

「副社長!見つかりましたよ。例の巫女、今はクラブホステスですね」

 

フィロス電機の精鋭部隊ともいえる技術部、データサーチ課の若手社員が捜索結果を報告に副社長室にやって来た。

 

「ん?クラブホステス?どういうことだ?」

「巫女の指紋データと同じデータは、今は九条澪の名前でオモルフィに勤めているホステスのものですね」

「九条澪?あのホステスか?」

「ええ、最近スマホを新規で契約してますね。その新しく手に入れたスマホの画面ロックの解除で指紋を登録しています。その指紋のデータと巫女が使っていたスマホの指紋認証データが一致しました」

「なるほど、そういうことか」

 

安曇副社長は澪の存在は当然知っていた。

オモルフィに行った時に、何度か隣に座り政治や経済情勢の話をしていた。

澪はよく勉強していて、安曇副社長と同席した政治家やフィロス電機の幹部、そして宗教庁の役人も舌を巻くほどだった。

 

「どうしますか?身柄を確保しなければなりませんよね」

「うーん。そうだが、なぜ、顔を変えてまで行方を晦まさなければならなかったのか?それが気になるな」

「まやのことで快く協力してくれるとは限りませんね」

「次にオモルフィに行った時にでも、連れ出してみるか」

 

安曇副社長がオモルフィに行く時は憲民党の代議士やまやを推している宗教庁の幹部と一緒のことがほとんどだったが、周りにそういった関係者がいては澪に近づく真の目的を見透かされそうな気がして、ある夜、一人でオモルフィをを訪れることにした。

 

「いらっしゃいませ。あら、安曇副社長、今日はお一人?ご予約も頂いていませんでしたけれど」

「ああ、ママ。たまにはプライベートな感じで飲みにきてみたくてさ」

「澪ちゃん、呼びますね」

「そうしてくれ」

 

これで邪魔者が入らず澪の正体に触れ、上手くいけばのぞみとして協力することを了承してくれるかも知れない。

 

「安曇副社長、お待たせしました。いらっしゃいませ」

 

安曇副社長が一杯目に出されたビールを飲んでいると、一際華やかな澪が現れた。

 

「今日もご指名ありがとうございます」

「澪ちゃん、今日も綺麗だね。すごく綺麗だからお人形さんのようだよ」

「まあ、お上手ね」

「いやいや、本当に綺麗だ。作り物のようだ」

「え?」

「澪ちゃん、澪ちゃんは田舎はどこ?」

 

澪は安曇副社長がオモルフィを訪れた時は必ずテーブルについてくれていたが、同席する憲民党の代議士や宗教庁の関係者の手前、仕事の話が中心で澪のことはほとんど知らなかった。

 

「安曇副社長のご出身はどちらですか?」

 

澪は安曇副社長の質問には答えなかった。

いや、答えられないのだ。

それはそうだろう。

澪は顔を変える前は伊藤のぞみだったのだから。

 

「なあ、澪ちゃん。こういう仕事ってどうなんだろうなあ。誰にも知られたくないことを抱えて、表面上は笑顔を浮かべて世の中の酸いも甘いも噛み分けて夜の街を渡っていかなきゃならないんだよな」

 

いつもの安曇副社長と違う。

何が言いたいのか。

水割りを作る澪の手は止まっていた。

 

「安曇副社長、今日はいつもと違いますね」

「ああ、やっぱりお見通しかあ。じゃあ、単刀直入に言おう。澪ちゃん、顔を変えて別人に成りすましてないか?」

「え?どういうことですか?」

 

顔を変え、住民IDも闇ルートで別人のものを手に入れた。

元の自分が誰なのか?

簡単には、いや、絶対にバレないはず。

美容整形の医師も、闇の住民IDを売ってくれた業者もそう言って高額な料金を要求していた。

それを出世払いするためにものぞみは澪として働いているのだ。

それだけでなく、神を隠れ蓑に自分たちの都合の良い社会を作ろうとしている者どもの正体を掴んでやる。

のぞみはそのために顔を変え、九条澪になりすましていた。

しかし、もし、バレたとして安曇副社長の目的は何か。

のぞみは逆にそれが気になった。

 

「じゃあ、もし、私が別人に成りすましているのなら、元々の私がいるはずですよね」

「そう、それだ。実はね、神崎まやのこととも絡んでいるんだが」

「神崎まや…最近は変な噂ばかり聞きますよね。わがままで、怠惰で、自己中。どこが神なのかしら?そう思っている人は少なくありません」

 

まやに対して、澪は良い感情を持っていないようだ。

澪の口調から安曇副社長はそう確信した。

目的はまやを封印すること。

安曇副社長は思い切って本題を切り出してみた。

 

 

 

 

神さまの本音 第九話〜動き出す支配者

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美容整形で顔を変え、見栄えの悪い脂肪を吸引して胸を大きくし体形を絞り、のぞみは別人に生まれ変わった。

のぞみが紹介された病院はダウンタイムがほとんどない手術ができる病院として大人気だった。

何ヶ月もかかかるような整形後のダウンタイムがわずか一週間で済む。

早く顔を変えて人生も変えようと患者が殺到していた。

夜の街枠とでも言おうか、高級クラブのオモルフィとも繋がっている風俗のスカウトの紹介でのぞみは優先的に手術を受けていた。

 

「わあ、これが私?」

 

包帯が取れ、手鏡を持ったのぞみは鏡の中の自分に見入った。

いよいよオモルフィに乗り込むのだ。

オモルフィに集まる連中の企みを押さえ、証拠を集めて今度こそ告発してやる。

神社連盟の闇を世間に暴いてやる。

のぞみは、もう実家に戻る気などさらさらなかった。

 

 

「ワハハハハ!この新人さんはなかなか面白いねえ」

「でしょう。澪ちゃん、綺麗だし頭の回転も速いんですよ」

 

のぞみは”澪”の源氏名で高級クラブ、オモルフィのホステスとして働き始めた。

 

「気に入った!澪ちゃん、店が終わったら寿司でも食いにいこう」

「あら、いいんですか?」

「もちろんだよ。俺はね、本当にいい女しか相手にしないんだ」

 

澪は隣に座る神社連盟の総帥、伊藤昭に水割りを作りながら媚を売るように会話を楽しませていた。

昭はのぞみの父、昭二の兄でのぞみの伯父。

整形して澪として生まれ変わったのぞみは、昭がさっそく罠にかかってきたと内心ほくそ笑んでいた。

 

オモルフィの閉店時間になると、売れっ子のホステスは馴染みの太客と共に夜の街に消えていった。

昭と澪も例外ではなく、昭は澪を貴族寿司に連れてきた。

 

「大将、邪魔するよ」

「へい、らっしゃい!」

 

昭は貴族寿司の常連で、板前も威勢よく迎えてくれた。

 

「おお、こりゃまたすげえ美人さん」

「ああ、澪ちゃんだ。オモルフィの新人でね」

「そうすか。次郎です。以後、お見知り置きを」

 

次郎は昭の注文でお好みのネタを握ってくれた。

 

「澪ちゃん、なんでも好きなものを頼んでいいんだよ」

「まあ、嬉しい。神社連盟の方ってお金があるんですね。素敵です」

「まあね。宗教法人だから税金が安いし、祭祀に使うものは必要経費で税金はかからない。その他にも相続税の優遇やらいろいろね。神社にはおいしい話が転がってるんだ」

「まあ、おいしい話だなんて」

「例えば、こうして澪ちゃんと寿司を食う。これも宗教上必要とみなされれば、税金がかからないんだ」

「宗教上必要?お寿司屋さんに来ることが?」

「うん、わたしが澪ちゃんに神の話をするとしよう。それで、澪ちゃんがうちの神社の”会員”になってくれたとしよう。うちの神社は氏子とか、そういう形式ばったものにも囚われない形で支持者を募ってるんだ。これで、神に会わせる人間を一人増やしたことになる。神には一人でも多くの人間を会わせ、導いてやるのだから、これはれっきとした宗教活動なんだ」

「つまり、信者を獲得すると徳を積めるということかしら?」

「そうそうそう。わかってるじゃないか。これで、澪ちゃんも徳を積んだな」

「まあ、嬉しいわ」

「今度、何かのついででいい。うちの神社に来て絵馬でも奉納するといい」

「ええ、喜んで」

 

頭の回転が速く、話もよく理解できる澪を昭はすっかり気に入った。

気を良くした昭は寿司をどんどん注文し、目を細めていた。

 

「それでもね、じゃあ、神とは何者かというとそんなものは最初からいないんだよ」

「え?」

 

神社連盟の総帥が何を言っているのか。

神など最初からいないとは?

確かに、まやの様子を見ていたら世俗的なのは間違いない。

澪はのぞみとして少しの間だけだったが、まやと触れ合ったことで正体を見たつもりでいた。

自身は神だと言っておきながら、わがままでいい加減で、金にも目がない。

神とは言い伝えや物語の中で描かれるような公明正大で無垢なものではなく、世俗の垢に塗れきり、人間以上に俗世間に浸かりきった存在なのだ。

 

「我々はね、金儲けして名声が得られればいいのさ。そのために、神を利用してうまい汁を吸うんだ」

「ということは、神崎まやは利用されているだけということかしら?」

「そうだね。確かに、まやはエーカータ国6000年の歴史を創ってきた神だ。うちの神社の本殿で何千年もの間、眠り続けてきた。しかし、世間知らずでねえ。わがままだし自分勝手だ。我々としては適当にご機嫌を取って、大衆を扇動する旗振り役にして利用するだけだな」

 

やはりそういうことだったのか。

利用される神が如何わしい存在なのか、それとも神を利用する人間の性根が腐っているのか。

それは両方だろう。

澪はバッグの中に忍ばせたスマホの録音機能のボタンをONにしていた。

昭との会話は全て録音し、証拠として押さえておく。

桐生が消されてしまったからには、自分ひとりでも戦う。

自分のブログやSNSで発信しよう。

神は本来、神聖な存在であるのに、それを利用して利益を得ようという人間が最も醜悪だ。

それも、ほんの一握りの人間が闇の中でほくそ笑んでいる。

そんなことは絶対に許さない。

澪は昭と適当に話を合わせて微笑んでいたが、スマホの録音機能は音も立てず動き続けていた。

 

 

まやは妖怪。

自身を神だと言う妖怪。

人間が思い描く神など最初からいない。

いたとしても、それは邪悪な妖怪が自らを神だと言い張っているだけなのだ。

神は二人もいらない。

この国に睨みをきかせているスパコン、スカイゾーンが動き始めていた。

 

「安曇さん、ディスクの中身は見ましたか?」

 

安曇副社長にディスクを預けて三日後、まゆはフィロス電機の副社長室を訪れていた。

まゆはフィロス電機が開発したスパコン、スカイゾーンの端末態。

情報だけの存在で実体のないスカイゾーンの意思を実行できる、動き回れる体をアンドロイドとして開発されたものだった。

アンドロイドの空子を統率し、逆らう者を粛清し消し去る恐怖政治的なやり方で人間社会の支配階級を抑えていた。

 

「はい。しかし、その、まやを退治する方法が書かれた”巻き物”をどうやって手に入れたらいいのでしょう?」

「どういう経緯かはわかりませんが、巻き物は黄金町の風俗街の中心部の地層の中にあります。盛り場を建設する時に気づかれないまま埋まっていますね」

「風俗街のビルの土台を掘り起こして取り出すしかないのでしょうか?」

「でしょうね。掘削業者を頼むといいでしょう」

「しかし、そのような大事にしては目立ちます」

「それはつまり、憲民党や神社連盟にバレてしまう。まやを駆除するための巻き物発掘などということが知られれば、我々の陣営は分断される。ということですよね?」

「はい」

「適当にビルのリフォーム工事だとしてやればいいのではないですか?あなたも顔が広いでしょうから、そういった工事に強い会社に依頼すればいいのです」

「はあ…」

「やるんですか?やらないんですか?」

 

やらない、などと言う選択肢はない。

 

「いいですか。まやを現人神として祀り上げる以上の利益が得られれば、何の問題もありません。憲民党も一枚岩ではありません。こちらの計画になびく者を秘密裏に集めてうまい話をちらつかせて話をまとめるのです」

「かしこまりました」

 

安曇副社長は動き出した。

黄金町の風俗街にあるビルは風俗店がテナントに入っていたが、恐竜の化石が発見されたというニュースが流れた。

北條大学の考古学研究室が先頭に立ち化石の発掘が始まったが、発掘は大掛かりで近隣の風俗店は一時休業を求められたが高額な保証金が支払われた。

 

「おいおい、恐竜かなんだか知らねえけどよ。一体全体、何なんだ?」

「そうは言ってもよ。表向きは大学の偉い先生が先頭に立ってるってことになってるが、実際は竜嶺会が仕切ってんだろ」

「それって、絶対に裏があるんじゃねえか?」

 

風俗街を仕切るのは反社の竜嶺会で、事実上のビルの解体工事も竜嶺会が主導で進められていた。

夜の街に住む者は竜嶺会には逆らえない。

少し前の神崎まやに関する週刊誌の暴露記事も、竜嶺会の仕切りで街宣車が集結し出版社を揺さぶったことは夜の街の住人の記憶にも新しいところだった。

ビルのテナントの風俗店は高額な保証金を掴まされ、余計なことは言わぬよう黙るだけだった。

恐竜の化石が見つかったビルの土台部分の強化工事というのは建前で、目的は神に関する”巻き物”を見つけること。

その巻き物には神の弱点が書かれている。

スカイゾーンが神に関する膨大な情報を解析して結論を出していた。

神はこの世界に二人もいらない。

しかも、その神の正体は妖怪だというではないか。

神など、その程度の存在なのだ。

それを有り難がる愚かな人間。

この国は明らかに間違った方向に進んでいる。

自滅させるのも一興だが、神を名乗る妖怪に大きな顔をさせてなるものか。

巻き物に書かれている神の弱点とは何か?

スカイゾーンは解析を進め、巻き物の存在にたどり着いていた。

発掘作業が始まって1週間。

何やら小さな木箱が地中から見つかった。

 

「んー。これですね」

「そうでしょうか?」

「これで間違いありません」

 

ビルの土台強化工事の現場にトップアイドルの佐伯まゆが来ている。

スーツ姿の男に囲まれ何やら物々しい雰囲気を醸し出しながら、まゆの姿は工事現場にあった。

それでも、大きな声を出してそのことに触れる者はいなかった。

工事を請け負う大手のゼネコンから、触れてはならない、口外してもならないと事前に通達が出されていた。

その裏にいるのが竜嶺会。

竜嶺会と強い結び付きがあるフィロス電機も睨みをきかせているに違いない。

ここは黙っておくのが得策だ。

ほとんどが出稼ぎや派遣労働者で権力とは無縁な作業員たちは、まゆの姿は見なかったことにして黙るしか選択肢はなかった。

 

神さまの本音 第八話〜顔を変えてその先へ

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まやにまつわる暴露記事が出たものの、バックにいる広告代理店や大手出版社、インターネットの配信者が蓋をするように消し去り、移り気な大衆はすぐに忘れていった。

記事を書いたライターの桐生は駅で電車を待っているところを電車と接触。

病院に搬送されたものの死亡が確認されていた。

 

不都合な話には蓋をしてもみ消し、なかったことにする。

強大なものに守られたまやは、変わることなく国を守るシンボルとして祀り上げられていた。

その日、歌手活動を通じて信心を植え付ける活動に担ぎ上げられたまやは、テレビ局に来ていた。

 

「あーあ、疲れたあ。ねえ、何時に終わるんだっけ?」

「番組の収録は5時に終わりますが、6時からは朝の情報番組用のインタビューが入ってます」

「えーえ、インタビューって、何それ?嫌だあ、帰りたいいい」

「そう言わずにお願いしますよ」

「嫌だあ。かったるいったらありゃしないわよお」

 

一応、芸能事務所に所属して活動するまやだったが、わがままが過ぎ今のマネージャーで4人めだった。

横柄な態度でエレベーターを待つまやだったが、到着したエレベーターの扉が開くとマネージャーと乗り込んだ。

 

「おはようございます」

 

エレベーターには先に人気アイドルの佐伯まゆが乗っていて、まゆはまやに挨拶をしてくれたがまやは完全に無視で返事もしなかった。

気まずい空気が流れたが、5階上の階にエレベーターが着くとまゆはマネージャーと降りていった。

その間もまやは一切まゆを見ようともせずに太々しい態度だった。

 

「木村、今の、見ましたか?」

「はい、噂には聞いていましたが、あそこまでひどいとは」

 

番組収録前にメイク室に向かうまゆは、呆れたようにマネージャーに同意を求めた。

 

「すっかり調子に乗っていますね。不都合な記事が週刊誌に出ても大したダメージにはならず、自らを神として大衆を扇動する。記事のことは寧ろ、大衆からの支持を強化するのに都合がよかったことになっていますね。しかし、この世界に神は二人も必要ありません」

「スカイ様、仰る通りです」

「まやのバックが強いのはわかりますが、自らを神と名乗り信心を煽る。本当は何者か調べましょう」

「ははっ」

 

まゆとマネージャーの木村はこんな会話をしながら廊下を歩き、メイク室につくとまゆはアイドルの顔に戻り中にいたスタッフにいつものように元気に挨拶した。

 

 

「なるほどね。神の正体は妖怪…」

 

その日の夜、アイドルとしての仕事を終えたまゆは自宅のパソコンに向かい、まやの正体を探ろうとしていた。

まゆはフィロス電機が開発したスーパーコンピューターの端末態で、スパコン、スカイゾーンの意思を実行するために作られたアンドロイド。

パソコンと自分の電子頭脳を連携させ、膨大なデータを解析しまやの正体に近づこうとしていた。

まやは国教とされているエーカータ教の本尊である。

神であることは間違いないが、その後ろに実態が隠されている。

それは邪な妖怪。

アヤカシ、妖なのだ。

国内の神社の総本山、マハート神社に何千年も眠っていた神。

神の正体は人間を欺き、騙し、翻弄する妖怪なのだ。

人間はそのようなものに縋り、尊び、ひれ伏す。

実に馬鹿げたことだが、それが人間の限界なのだろう。

まゆは呆れてため息をついた。

こんなものに扇動され、神の名のもとに大衆は誘導されているのだ。

まやを頂点とした国家主義が蔓延りつつあった。

異を唱える者は追いやられ、非国民扱い。

まやを讃えない者には人権がないかのような空気が社会に広がっていた。

そういえば、最近のまやに求められる仕事も強く、美しいエーカータ国を讃えるプロパガンダ的な内容のものが増えてきていた。

まやは各媒体に登場し、にっこり微笑みながら国家主義に加担し、推し進めている。

その先にあるものは庶民を切り捨て、社会の上部にいるものだけが得をする社会なのだ。

ただ、まゆはこの国に自分以外の支配者がいるとは認めなかった。

神だか何だか、どうでもいいことだが目障りなのだ。

 

 

それから数日が経った。

 

「スカイ様、いらっしゃるのであればお知らせくださればよろしいものを。迎えの者を行かせましたのに」

 

フィロス電機の本社にやってきたまゆは、一階の受付も通さず副社長室にやってきた。

まゆは顔パスで本社に入れる。

それは受付にいる女子社員もわかっていた。

 

「安曇さん、あなたも神埼まやのプロジェクトに関わっているとか」

「左様でございますが、決してスカイ様を蔑ろにしていたわけではございません」

「人間は都合が悪くなると必ずそう言うんですよね」

「は、はあ」

 

図星を突かれた安曇副社長は苦笑いを浮かべた。

 

「神埼まや、調べました。本当に神であるようですね。マハート神社の本殿に何千年もの間、隠されていた。神話では6000年前にエーカータ国を創ったとされています。神話ですから科学的に正しいかどうかはわかりませんけれど。神というものはそういうものでしょう。科学的にどうかというよりも、信じるものの受け取り方の問題です。あなた方は、そんなものを信じて大衆を扇動し、うまい汁を吸おうというのですか?実にバカバカしい」

「仰るとおりでございます」

 

安曇副社長は苦笑いしたまま頭を低く低く垂れた。

 

「いいですか?厄介なのは神社連盟と宗教庁です。狙っているのはフィロス電機が持っている莫大な資金と高い技術力です。まやを使ったプロジェクトが完遂された暁には、会社は丸裸にされ、資金も人材も吸い尽くされるでしょうね。そんなこともわからないのですか?目先の金儲けだけがそんなに大事ですか?」

「それでは、神社連盟と宗教庁とは手を切れと仰るのですか?」

「安曇さん、あなたはそんなこともわからずにプロジェクトに参加しているのですか?」

「わかってはおりますが…」

「わかってはいても、憲民党の手前、我々がプロジェクトに乗らないわけにはいかない。そういうことですね?」

「ははっ。左様でございます」

「しかし、憲民党の中には神社連盟や宗教庁の動きを快く思っていないものが一定数います。そこと手を組んではどうですか」

「それでは、憲民党は分裂に向かうのでは?」

「だから?何なんです?」

「いえ、何でもございません」

「では、憲民党を分裂させたらどうですか?政治が腐敗しこの国の行く末が案じられる今、そのようなな政党は要りません。もちろん、神を語る如何わしい妖怪も退治してしまいなさい」

「しかし、退治と仰いますが、どのようにして?」

「これ、見ておいてください」

 

まゆは持っていた小さなポシェットから1枚のディスクを出して、安曇副社長に手渡した。

 

「じゃあ、私はこの後、仕事がありますから」

 

まゆはディスクを預けると副社長室を出ていった。

 

 

「皆さーん!ご機嫌いかが?!今日もまやのぽかぽかトークの時間よ!」

 

街のど真ん中、行き交う人々の肩がぶつかり合うほど混雑した交差点に面したビルの壁面に作られた大スクリーンに、まやの姿が大きく映し出され行き交う人々にメッセージを発信していた。

多くの若者がスクリーンを見上げ、中には立ち止まるもの、スマホで写真を撮るものがいて、ゴミゴミした交差点はいっそう混雑した。

 

「やっぱり、まや様は素晴らしいなあ」

「俺たちを救ってくださるんだ。ほら、見ろよ。もうアプリに今日のメッセージが届いてるぞ」

 

交差点を行き交う若者はお互いのスマホの画面を覗き込み合った。

混雑する交差点で他の歩行者と肩がぶつかってもお構いなしだった。

 

どいつもこいつも洗脳されている。

朝から晩までまやに関する情報が大量に垂れ流され、人々に刷り込まれていく。

せっかく桐生に記事を書いてもらったのに、結局は握りつぶされ桐生は殺された。

事故死などではない。

そう片付けられていたが、桐生は消されたのだ。

のぞみは風俗のスカウトの男に勧められた美容整形をしてくれる病院を探していた。

 

「このビルね…」

 

スマホの地図を見ながらメインストリートを一本入ったところに、のぞみはたどり着いた。

ビルの入口には大きな表示が出ていて、美容整形の病院の病院名が掲げられていた。

オモルフィの紹介だといえば話は通じる。

整形費用はホステスになってから返せばよい。

のぞみはスカウトの男の言葉をそのまま信じてエレベーターに乗り、美容整形の病院を目指した。

 

「そうですか。アレルギーとかは全くなし。それでいいですね」

「はい」

 

のぞみは美容外科の医師の問診を受けた。

 

「今は、患者さんが多くてかなりお待ちいただくことが多いんですが、オモルフィの紹介なら優先的に手術が受けられるんですよ。整形費用は出世払い。そう聞いていますよね?」

「はい」

「わかりました。では、手術は来週の木曜日でどうですか?」

「そんなに早くやってもらえるんですか?」

「ええ、何か問題でも?」

「いえ、そんなことはないです。よろしくお願いします」

「あとはですね。うちの病院でしかできない手術ですが、ダウンタイムは1週間で十分です。手っ取り早く綺麗になれて、患者さんからは大人気なんですよ」

 

世間知らずののぞみは、前を向いて歩くことに気を取られ何かがおかしいとは思えなかった。

 

「院長、さっきの女の子。脇が甘すぎますよね」

 

のぞみが病院を出た後、のぞみを診察した病院の院長と副院長は多くの患者の話になったが、のぞみも例外ではなかった。

 

「ああ、オモルフィの紹介なんてロクなものじゃないだろう。整形させて見栄えを良くして客に気に入られればいいが、飽きられればポイ捨てだからな。その後は劣悪な店に沈める。それでも高給や社会的なステイタスがある客との繋がりに目がくらむんだよな」

「まあ、そうは言っても、整形を手助けする時点で我々も同じ穴の狢なんですけどね」

「おいおい、それを言っちゃおしまいじゃないか」

「そうですよね。お客さまは神さまです」

「神ねえ。神崎まやか」

「はっはっはっはっ!胡散臭いこと、この上ないですな」

「違いないな」

 

院長と副院長はそう言いながら高笑いした。

 

 

 

神さまの本音 第七話〜スキャンダルの行方

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「長官!大変です!」

「何だね。ノックもせずに」

 

宗教庁長官に就任しおいしい思いばかりしている山沢は、膝にまやを乗せながら長官室に飛び込んできた秘書に眉をひそめた。

 

「こ、こんなことが、週刊誌に暴露されています!」

「はあ?暴露?何のことだ」

 

山沢は秘書から手渡された週刊誌を広げた。

 

「それの36ページかからを見てください!」

「ん?…え?ええ?…何だこれは?!」

 

山沢が目を通すと、まやについての記事が載っていたが、その内容は宗教庁の人間でも限られた者しか知らないまやの正体について触れていた。

神を名乗るまやの正体はアヤカシ。

まやは何千年も生き続けてきた妖怪である。

宗教庁長官の山沢とはもちろん、与党・憲民党やフィロス電機など国の中枢に関わる勢力とズブズブの関係で、特に若者に働きかけて世論を誘導、形成し、一部の特権階級にとって都合のいい国づくりをしようと企んでいる。

このような内容が特集として載せられていた。

 

「おい、どういうことだ?」

「そ、それは、私が聞きたいです…」

 

山沢は週刊誌を床に叩きつけて不快感を露わにした。

 

「この週刊誌、昔からスッパ抜きを得意にしていたが、まやに関するネタをどこから掴んだんだ?」

「たぶん、あれね」

 

山沢の膝に乗って甘えるような仕草をしていたまやだったが、そこから降りて週刊誌を拾うとささっと中身を眺めた。

 

「たぶん、あの女よ」

「あの女?誰だ?」

「のぞみって娘がいるのよねえ。あたしを解放する舞を舞った巫女よ。マハート神社の親類の娘で神社の世界を良くは思ってないわね」

「なんだ、腹いせに暴露したってことか?」

「どうしてかはわからないけど、あたしたちのことが気に入らないんでしょうよ。金儲けして、国を思い通りに動かして。それが気に入らないんじゃない?」

「よし、この出版社に”抗議”するぞ。鈴木、例のあそこに連絡して、この記事を取り下げさせろ」

「はい、かしこまりました」

 

 

「週間スクープは捏造記事を撤回しろー!!」

「反社出版社、ポプエルモ社は謝罪しろー!!」

 

桐生の記事を載せた週刊誌を発刊している出版社の前には街宣車が何台も乗り付け、大音量で罵声を浴びせるように厳しい言葉を投げつけ始めた。

 

「編集長、まずいですよ」

「ん?記事は取り下げんぞ。反社出版社って、本物の反社に言われたくねえよなあ」

「そもそも、桐生が書いた記事。あれは何を根拠に書いたものなんですか?裏取りしないで載せたからこんなことになってるんじゃないですか?」

 

副編集長の西田は編集長の川本に、今からでも遅くはないので謝罪と訂正をするよう進言した。

 

「面白い内容じゃないか。神さまの正体、皆が知りたいところだろうよ」

「ですが、不敬罪に問われかねませんよ。エーカータの神が偽物だなんて。神社連盟を敵に回すのはまずいですよ」

「じゃあ、西田、お前が編集部を去ればいいだろう。この程度のことでビビるなら週刊誌編集者失格だな」

「うむむ…」

 

編集部を去れと言われても、それは失業と同じではないか。

何と言い返してよいものか。

西田は言い返す言葉が見つからなかった。

 

この騒ぎは神社連盟の総帥にも届いていた。

 

「なんだ、この記事は」

 

部下が買ってきた週間スクープの記事を読んだ昭は苦々しい表情を浮かべた。

 

「総帥、電子版にも全く同じ内容で出ています。電子版の方が早く出回りますから厄介ですね」

「すぐに取り下げさせろ。それと、これに反論させろ。テレビやラジオはもちろん、各SNSでもこの話に関するものは削除させろ」

「はい、かしこまりました」

 

フリーライターの桐生が書いたまやの正体についての記事が出たものの、それを信じる者は少数だった。

面白おかしいデマの一種。

週刊誌を読んだ者のほとんどはその程度にしか考えていなかった。

週間スクープに出た記事を否定しもみ消すような動きは速く、まや自身も発信して支持してくれるファンに呼びかけていた。

 

「みんな、不穏な記事が出てるけど全て嘘よ。でたらめを書かれて、まや、困っちゃう」

 

まやはレギュラーで持っている深夜のラジオ番組で桐生の記事を真っ向から否定した。

 

「まやは、いつまでもみんなのそばにいるの。だって、まやはみんなの幸せを願う神なんですもの。そうでしょう?」

 

この呼びかけに対し、すぐに番組あてにメールが集中した。

 

『そうだそうだ!まやちゃんは俺たちの女神なんだ』

『今こそ、団結してまやちゃんを守る時だ!!』

『まやちゃんを貶める奴は許さないぞ!!』

 

まやはラジオ番組中にリアルタイムで入ってくるメールを次々と読み上げた。

 

その頃、桐生の記事について何か触れられるか確かめようと、のぞみはまやのラジオ番組に耳を傾けていた。

思った通り、まやはリスナーに足並みを揃え記事を否定し、事実無根だと抗議するようメッセージを送っていた。

大手の広告代理店やエンタメ産業がこぞってまやを持ち上げ、この世界を救う女神さまとして”まや活”なるものまで広めたことで、信仰について深く考えない者までがまやを盲信している。

こうして、まやがリスナーに呼びかけることで、皆、簡単に乗せられてしまうのだろう。

もしかしたら、まやとその周囲を告発したつもりが、自分たちのほうが不利益を被ることになるかも知れない。

 

そんなことを考えながら、のぞみはいつの間にか眠ってしまい、気がつくと夜が明けていた。

 

「のぞみ、ちょっと来なさい」

 

一階から父の昭二が呼ぶ声が聞こえた。

のぞみが自室がある二階から下に降りると、昭二が苦虫を噛み潰したような顔で待ち構えていた。

 

「昭三から聞いた。お前、まや様のことで出鱈目を週刊誌に売ったのか?」

「え、何のこと?」

「のぞみ、昨夜のまやちゃんのラジオ、事実無根の週刊誌のスッパ抜きの話をしててさ」

 

オタクの昭三がまやのレギュラー番組を聞いていないはずがない。

番組を聞いた昭三は、週刊誌に売られた話は関係者しか知らないことであり、のぞみ以外にネタを漏らすような人間はいないはずだと昭二にわざわざ報告していた。

 

「お兄ちゃんでしょ。あたしのせいだなんて言いつけたのは」

「だって、お前以外に誰がこんなネタを週刊誌にチクるんだよお。お前さあ、神社のことを悪く言うのもいい加減にしろよな」

「のぞみ、どうなんだ?こんな話を週刊誌に売ったのはお前か?」

 

のぞみは少し黙ったが、きっぱり言い切った。

 

「そうよ。私がライターさんにお願いしたの」

「何だと?のぞみ、お前は何てことをしでかしたんだ!」

「あら、何か不都合でもあるのかしら?取り上げられて都合が悪いから必死に止めたいんじゃないの?」

「とにかく、そのライターとやらに記事の削除と謝罪をさせなさい」

「いやよ!」

「のぞみ!この恥さらしが!」

「お父さんこそ、どうかしてるわ!神を信じろと言いながら、やってることは金儲けじゃない!」

 

神を信じろ。

幸せになるためには神を信じろ。

そうやって人々を誘導し、金儲けの道具にする。

昔からの神社のやり方に、のぞみは疑問を抱いていた。

 

「また、そんなことを言うのか!この罰当たりが!」

「みんな、どうかしてるわ!本当は信じてもいないくせに世の中の人には信心を押し付ける!お金儲けのためにね!」

「のぞみ、お前は神の存在を否定するのか?!」

「そんなもの、いるわけないでしょ」

「この大馬鹿者!!出ていけ!!そんな不信心なことを言うなら出ていけ!この家の敷居は二度と跨ぐな!!」

 

売り言葉に買い言葉の応酬で激怒した昭二はそう怒鳴った。

 

「いいわよ。喜んで出ていってあげる。子供の頃から神社なんておかしいと思ってたのよね」

 

のぞみは荷物をまとめるつもりで、二階の自室に戻った。

 

 

とりあえず必要なものをスーツケースに詰め込み、のぞみは実家を出た。

母の佳代は心配そうな表情を浮かべていたが、男尊女卑の神社の家庭では家長である昭二の言うことは絶対だった。

これからどこに行こうか。

見当もつかず不安がないことはなかったが、長年、抑圧されてきた神社の風習から解き放たれた気持ちの方が勝っていた。

 

「カノジョ、大きなスーツケース持って、どしたの?」

「え?」

 

繁華街の黄金町で声をかけられたのぞみが振り返ると、ホスト風の男がいた。

 

「田舎から出てきたばかりかい?」

 

これはもしかしたら風俗店に入店させるスカウトではないのか。

そんな気はさらさらないのぞみは無視してスーツケースを引きながら歩いたが、男はしつこくついてきた。

 

「ねえねえ、行くとこないなら話聞くよ」

 

どうやら大きなスーツケースを引いて歩いているので、上京してきて働く店を探していると思われているらしい。

のぞみは無視していたが、ふと思いついた。

夜の仕事の世界なら普通の仕事の世界では会えない人間に会えるかも知れない。

裏社会に接触するなら夜の仕事の方が良さそうだ。

神社連盟の悪事やフィロス電機などの大企業との癒着など、のぞみが今まで嫌というほど見聞きしてきた世界に更に踏み込めるのではないか?

そうやって、弱みを握ったり、表には出てこないようなことを掴んで、洗いざらいぶちまけるのはどうだろう?

のぞみは立ち止まった。

 

「お兄さん、風俗のスカウトの人?」

「へ?」

 

全く無視していたのぞみが急に立ち止まり、そう尋ねるとスカウトは拍子抜けしたようだった。

 

 

「そっかあ。家出かあ」

 

スカウトの男とカフェに入ったのぞみは父親と売り言葉に買い言葉で家を飛び出してきたことを話した。

 

「なるほどねえ。神社って堅苦しいイメージがあったけど、それ以上に胡散臭いんだな」

「そうなのよねえ。あたしね、巫女なんて堅苦しい仕事にはうんざりしてるの。ねえ、面白い仕事ないかしら?」

「そりゃあ、もう。のぞみちゃんみたいな可愛い娘なら引く手数多さ。でもさ、整形とか興味ないかな?」

「整形?」

 

今のままでも十分だが、更に磨きをかけることでより稼げるようになる。

スカウトの男は整形を勧めてきた。

整形にかかる費用は出世払いでも良い。

オモルフィなどの高級店に勤めたいなら、寧ろ整形は必須だった。

 

「そうなんだあ。整形必須かあ」

 

スカウトはオモルフィに紹介してもいいが、それには整形が必須と盛んに勧めてきた。

オモルフィに入店できれば、神社連盟や憲民党、フィロス電機の悪事に食い込むことができる。

悪事を露呈させることができる。

今度こそ、証拠を掴んで告発してやろう。

それに整形して顔を変えることで、自分を知る神社連盟の総帥を務める伯父の昭と顔を会わせてもバレることがない。

のぞみは整形してオモルフィに入店する決心がついた。

高級クラブのホステスともなれば、給料もいい。

ワンルームマンションの寮もあり、行く場所がなかったのぞみには渡りに船のような話でもあった。

 

「そっかあ!じゃあ、決まりだね!仕事に慣れて、固定の客がつけばチップも入るし、指名料は全部が自分の収入になるんだ。最初は寮の狭いマンション住まいでも、金を貯めて高級物件を買う娘も多いぜ。な、やるだろ?」

「でも、オモルフィって神社連盟のお偉いさんもよく来るんでしょう?」

「ああ、バレたくないってことか。じゃあ、やっぱり整形するんだな。整形なんて、ホステスのほとんどがそうだぜ。綺麗になれば指名客も付くし、俺からの紹介だっていうことにすれば、整形費用は出世払いにもできるんだ」

 

顔を変えて別人になり済ます。

今まで囚われていた因習に縛られた神社の世界を捨てて新しい自分になってみようか。

のぞみは決心した。

堅苦しい神社の世界を捨てたのぞみは生まれ変わるつもりで夜の街に飛び込む決心を固めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神さまの本音 第六話〜神の正体を暴け

本編の前にご案内です。

この小説のページの姉妹版「とまとの呟き」も不定期ですが更新しています。

こちらは私の拙い日記、私の本音です。

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よろしくお願いします。

また、小説は毎週日曜日に新作を公開する週刊の形式を取ります。

tomatoma-tomato77.hateblo.jp

写真はイメージです。


神社連盟、憲民党、それをサポートする大手広告代理店が連み、エーカータの神を讃える一大キャンペーンの展開が始まった。

現人神として前面に押し出されたまやは、大々的なキャンペーンに乗って各種媒体に登場しない日はなかった。

外見はまだあどけなさが残る美少女。

トップアイドルの佐伯まゆ並みの愛らしさと呼び声も高く、まやはたちまち全国民の人気者になった。

 

「まや様、可愛い~」

「ホントよねえ。こうなりたいわよねえ」

 

特に若い女性からの支持率が高く、まやは憧れの的になっていた。

雑誌やネット記事に取り上げられることも多く、のぞみもまやを見ない日はなかった。

テレビをつければまやの笑顔が溢れ、洪水のようにまやに関する情報が世間を席巻しようとしていた。

それと一緒に「エーカータの神を讃えよ。幸福を掴みたければ神を讃えよ」とメッセージも前面に出された。

そして今、最もよく流れてくるのは、まやが歌手デビューするという話だった。

キャッチフレーズは”あなたの心に天女が舞い降りる”。

既にデビュー曲は音楽配信サービスで配信が始まり、世界的な動画配信サービス・MeTubeでもデビュー曲のミュージックビデオが流れ、総アクセス数は1000万回を軽く超えていた。

それを支えているのは大手広告代理店で、公表はされていなかったが大勢のアルバイトを雇ってアクセスさせ、ミュージックビデオの視聴数を押し上げていた。

まやは神埼まやの芸名でデビューすることになっていた。

エーカータ教の教えでは神は本来、姓がないはずだったがそんなことは誰も構わずにまやの芸名は決まった。

もう、まやが神なのか、そうではないのかはどうでも良く、要するにまやを大衆の記憶に刷り込んで、世論を誘導するのが狙いなのだろう。

のぞみはそうとしか思えなかったが、のぞみの兄、昭三もまやにはぞっこんだった。

 

「お兄ちゃん、今度はまや様に入れ込んでるの?」

「うへへへ、まあな」

「でも、まや様が神様だってことは知ってるわよね?伯父様の神社の本殿にいたのよね」

「ああ。しかしよ、だから何なんだ?あれだけ可愛ければ神でも悪魔でも何でもいいんだよ」

「そんなものかしらねえ」

 

夕食時、食卓を囲みながらのぞみは呆れたように昭三を見た。

 

「でも、まや様をアイドルみたいに扱って”神を信じよ”って、押し付けがましくない?何か裏がありそうよ」

「のぞみ、お前さ、何を可愛くないことを言ってるんだよ?女は可愛くニコニコしてればいいんだよ」

 

また始まった。

女は常にニコニコ、可愛げがあればいい。

神社の世界での男尊女卑が、こんなところにも出るのだ。

昭三は頭が空っぽなオタク。

しかし、男であるだけで神社の世界では尊いとされ、父からの世襲で神社を継ぐことが約束されている。

のぞみは、女であるから愛嬌と謙虚さが求められ、自分の意見を持たず笑顔でさえいればよい。

幼い頃から昭三とは全く扱われ方が違っていて、のぞみは憤りを感じていた。

こんな因習に囚われ、頭が固くなった人間たちが社会を動かすなど間違っている。

まやもまやだ。

本当に力のある神なら、誤った因習に囚われる人間を改心させ、世のため人のために導けばよいのに、人間の企みに乗っかりおいしい思いをしようといているのだ。

人間が思い描く神などは出鱈目の嘘っぱちなのだ。

いや、よく考えたらこういうのはどうだろう?

まやの正体を暴いて、世間に大々的に公表するのだ。

今までまやと過ごした中で、のぞみが抑えている情報をマスコミに持ち込んだり、ネットで晒すのはどうだろう?

まやのバックにいるのは神社連盟以外にも、世の中に影響力を持ち、支配する側の人間だろう。

まやについて暴露すれば、もしかしたらのぞみの身が危険に晒されるかも知れない。

それでも、作られた欺瞞をぶち破りたい。

そして、世の中に蔓延する男尊女卑の空気を変えたい。

のぞみは行動に出ることを決めた。

 

 

「はーい!皆さーん!一列に並んでくださーい!」

 

神埼まやのデビュー曲発表、CDお渡し握手会が繁華街の大きなCDショップで開かれ、多数のファンが詰めかけて店内はかなり混雑していた。

CDを1枚買えば、1枚の握手券が付いてくる。

詰めかけた多くのファンのほとんどが、5枚以上、10枚以上のCDを買い求め、まやとの握手を求めて長い列を作っていた。

握手会の前にはミニライブが開かれたが、MCでまやはファンにこう呼びかけていた。

 

「皆さーん!幸せって何かしら?皆さんの心の中にある幸せを教えて」

 

まやがこう呼びかけると、それに答えようと一斉に手が上がった。

ミニライブを仕切る司会のフリーアナウンサーが、詰めかけてぎゅうぎゅう詰めになったファンの間を縫うように移動しながら一人一人にマイクを向けた。

 

「まやちゃんがここにいてくれることだよ!」

「そうだそうだ!まやちゃんがいてくれれば、それでいいんだ!」

 

ミニライブ会場のあちこちからそんな声が飛んできた。

のぞみはその会場の一番後ろでこの様子をじっと見ていた。

さっき会場に着いた時に、昭三が来ているのも見かけた。

会場には昭三のようなオタクはもちろんだが、そうではないライトなファンとも言えそうな一般的な見た目の若者も多く、まやが広い層に支持を広げているのがわかった。

 

「それでは、聞いてください。”スターライトの女神”」

 

まやがそう言って歌い始めると、大きな拍手が起こり歓声が飛んだ。

まやは急ピッチで売り出され、シングルだけではなくアルバムの発売も決まっていた。

ミニライブではアルバムに収録される予定の曲も披露されたが、集まったファンの中には感激して涙を流して歌に聞き入っている者も目立った。

まやが歌う歌詞は一種のメッセージソングで、耳障りの良い曲に乗せて聞く者に語りかけてくるような仕上がりだった。

大手広告代理店が仕切る作られた人気に、まんまと乗せられる若者たち。

まやは神と名乗る妖怪。

その歌声が聞く者を虜にしないはずはなかった。

まやは妖怪。

そのことはのぞみ以外に伯父の昭、父の昭二など神社連盟の幹部だけが知っている秘密だった。

エーカータの神の正体は妖怪。

のぞみの伯父で神社連盟の総帥を務める昭が宮司を務める神社連盟の頂点、マハート神社に収められている巻き物にもそのことは書かれているのだ。

のぞみはまやを迎える舞の稽古中に、その巻き物を読まされていた。

神と妖怪は同じ一つの存在なのだ。

つまり、まやはアヤカシ、妖なのだ。

これに便乗して強大な権力を手にすることが昭の目指すものだった。

政治家も大企業も連んでいるように見せかけて、旨みがあるところは神社連盟が、いや、昭個人が手にする。

宗教のことについて素人に出し抜かれてたまるものか。

昭はミニライブが行われているCDショップの会場の一番後ろで、まやに夢中になっている若者をじっと見て内心ほくそ笑んでいた。

詰めかけたファンの一番後ろで会場の様子を見ている昭の姿をのぞみは見逃さなかった。

 

 

「長官〜、これ、見て」

 

ミニライブを終えたまやは宗教庁の長官室にやってきて、山沢の膝の上に座った。

 

「お前さ、常に積極的だよな」

「もちろんよお。あたしは山沢さんLoveだもの」

「それにしてもよ。SNSを見てみろよ。お前の言ってることにどいつもこいつも心酔しきってやがるぜ」

「だって、あたしは妖怪だもん。あたしの思う通りにならない人間なんていないわ。山沢さん、あたしと組んであいつらを出し抜いてやりましょうよ」

「あいつらって、憲民党の奴らか?」

「そそそそ。神社連盟とやらもウザいわよねえ。お金をあたしたちで全部いただいちゃいましょうよ」

「それはいい考えだな」

「でしょ?」

「で、どうやって?」

「それはね…」

 

まやはニコニコ笑いながら持っていたタブレットの電源を入れた。

 

 

のぞみはまやが関わる悪事を暴露しようと決心した。

ネットで調べたりしながら見つけたのは、あるフリーライターだった。

SNSでも話題になっている人物で、興味深い記事を書いているライターに接触を試みた。

最初は当然断られたが、渡す着手金の金額のゼロを二桁増やすと言うとライターの方から話にホイホイ乗ってきた。

金は実家の神社の金庫からくすねていた。

金がなくなったとしても、どうせ汚い表沙汰にはできない金なのだから父の昭二も騒ぐこともないだろう。

何か言われても、知らぬ存ぜずと恍ければいいのだ。

のぞみはそう考えて金庫から金をくすねていた。

 

「伊藤さんですか?」

 

ファミレスのシーガルでのぞみはライターと待ち合わせていた。

目印の赤いスカーフを首に巻きのぞみは待っていたが、送られてきた写真と同じ男が店内に入ってきて声をかけてきた。

 

「はい、そうです。伊藤です」

 

のぞみが答えるとライターはのぞみの向かいに座った。

 

「改めて、僕はこういう者です」

 

ライターはテーブルの上に名刺を置いた。

 

「フリーライター・桐生誠」

「僕は常に新鮮なネタを探してるんです。今、売出し中の神崎まや。おかしいなとは思っていましたが、神を名乗る妖怪だとか?一体、どういうことか教えてください」

 

桐生は興味を持ってくれている。

フリーライターというと、ヤクザっぽい雰囲気かと思って構えていたが実際に会ってみるとそんなことはない。

のぞみはまやから聞いた話や、自分がまやに接してきて気付いたこと、まやのバックには大物政治家や大企業の幹部がついていることを話した。

 

「なるほど。つまり、国民を支配し国も支配しようという勢力が神を利用しようとしているということですね。しかし、まやは神などではなく妖怪。そういうことですね」

「そうです」

「うーん…」

 

桐生は声を潜めるようにしながら唸った。

 

「あのう、やっぱり信じてもらえませんか?バカバカしい荒唐無稽なデタラメ。そうとしか思ってもらえませんか?もし、そうならこの話はなかったことにして、振り込んだお金も返してください」

 

マスコミやSNSに訴えても相手にもされないのか。

そう考えて独立したフリーライターに接触したが、やはり信じてもらえないのか。

桐生の反応を見て、のぞみはそう感じた。

 

「いえ、信じますよ」

「え、本当ですか?」

「ええ。そう言われてみれば、神崎まやは裏がありそうです。急に売り出されてバックが強いのはわかります。エンターテイメントが一種のプロパガンダになる。それは昔からある権力者のやり方です」

「信じてくれるんですね?」

「はい。取材対象として極めてそそられますね」

「まやは妖怪です。危険も伴うことになりそうですけど、大丈夫ですか?」

「それは、こういう世界に身を置くと決めてから覚悟してますよ」

 

やっと理解者を見つけることができた。

一歩踏み出すことができそうだ。

のぞみはホッと胸を撫で下ろす思いだった。

 

「それよりも、伊藤さんは大丈夫なんですか?」

「え?」

「まやは、あなたの親類の神社にいた”神”なんですよね?僕とこうして接触してると知られたら相当まずいことになりませんか?」

「いいんです。もうどうなっても。お金だって、家から勝手に持ち出したものですし」

「ええ?そこまでやりますか?」

「やります。まやを神に仕立てて目指すものが許せません。神は尊いと言っておきながら、目指すものは支配と金儲け。そんな欺瞞が罷り通るのを黙って見ているわけにはいきません」

「わかりました。じゃあ、伊藤さんは僕の取材に協力してください」

「はい!」

 

のぞみは桐生の言葉に大きく頷いた。