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写真はイメージです。
「こんにちはー」
正雄はすっかり馴染みになったプリヤにやってきた。
依頼人の洋子との待ち合わせで来て以来、仕事絡みでなくても正雄はプリヤを訪れていた。
プリヤのナポリタンは最高の味だ。
正雄はアプサラスクラブの出勤前に、腹ごしらえをするためによく来るようになっていた。
「いらっしゃいませー。あら、竹山さん」
「よう、空子。今日もやっぱり綺麗だな」
正雄はいつもの席に座りナポリタンを注文した。
「俺さあ、これから反社の組長の運転手やらなきゃならないんだよ」
「まあ、それは大変ですね」
「ほら、前も言ったろ。俺、勤め先の上司の命令で竜嶺会と接触させられてるんだよ。今日はその組長がクラブに飲みに行くってことで、俺が送り迎えしなきゃならなくなったんだ」
「それは恐いですね」
「そうなんだよなあ。その組長さあ、一見、紳士的なところが却ってヤバいって感じだな」
「気をつけてくださいね」
「ああ、金はたんまりもらえるからいいっちゃあ、いいんだけどな。次のボーナス、割り増しになるんだ」
正雄は仕事の前に少しでも空子に愚痴をこぼして自分を落ち着かせたかった。
それにしても、空子もまだ若いのに落ち着きはらっていて自分の話を聞いてくれる。
まだ高校生のようにも見えるが、意外と大学生でプリヤでバイトをしているのか?
そもそもプリヤは儲かっているのか?
マスターは寡黙でほとんど話さない。
正雄は空子にもマスターにも不思議さを感じていたが、あまり深いことは聞かない方がいいのかも知れないと考えていた。
プリヤを出た正雄は竜嶺会の組長、田口の豪邸に向かい街でも指折りの高級クラブ、オモルフィまで田口を車で送り届けた。
その後はオモルフィの前で車を停め、田口が店から出てくるのを待っていた。
正雄が潜入した風俗店、アプサラスクラブは竜嶺会の息がかかった店で資金源になっている。
アプサラスクラブの店長ら幹部は定期的に接待で田口をオモルフィに招き、その送り迎えをするのはアプサラスクラブのドライバーの仕事だったが、その日は正雄が送迎役を命じられていた。
田口がオモルフィから出てくるまで、正雄はスマホを弄りながら時間を潰していた。
山崎から預かっている不思議な謎のスマホは、なぜかインターネットに繋がらず登録した番号にしか通話もできない。
洋子が客に襲われた時に一度だけ不思議なことが起こったが使えない備品だ。
正雄はそんなことを考えながら、自分のスマホでネット掲示板を見ながら時間を潰していた。
何時間か経った頃、田口が配下の者を伴って店を出てきた。
正雄が車を出て後ろのドアを開けようと待っていると、田口は上機嫌で近づいてきた。
と、その時、暗がりから何者かが飛び出してきた。
「田口ー!死ねや!!」
男の叫び声がすると、何発か発砲音が響いた。
敵対する組織の襲撃だ。
田口はドアを開けて立っていた正雄の脇を通り抜けて車に乗り込む瞬間に狙われた。
この間、田口の周りにいた竜嶺会の組員は応戦し、撃ち合いになったが正雄は胸にかなりの衝撃を感じた。
撃たれた。
もう終わりだ。
死ぬ時は本当にこんな風にスローモーションのように周りが見えるのか。
正雄はゆっくり倒れた。
「オヤジ!大丈夫か?!」
襲撃してきた相手を撃ち殺した組員たちは、倒れている正雄には目もくれず田口の周りに集まった。
「おお、大丈夫だ。こいつが盾になってくれたんだな。ん?おい、死んだのか?」
田口は足元に倒れている正雄を足の先で軽く蹴った。
「うーん…」
「お、こいつ、生きてるぞ!」
「おい、起きろ!」
助かった。
死んではいなかった。
正雄は言われるまま起き上がった。
「あ、これ…」
銃弾は正雄の胸ポケットに入っているスマホに当たって止まり、貫通を免れ正雄の命を守ってくれていた。
しかし、スマホは割れるでもなく正雄の胸ポケットに収まっていた。
「おお、お前、俺の盾になってくれたのか」
田口はスマホが銃弾を止めたことに気づいていないようだったが、起き上がった正雄を褒めてくれた。
「おい、お前、名前何て言うんだ?」
「竹山です」
「そうか、気に入った。これから俺の用心棒やらないか?」
「え、用心棒ですか?」
「ああ、気に入ったよ。根性あるな。俺はお前みたいな若い奴が好きなんだ」
田口は有無を言わせず、正雄を用心棒と決めた。
それからというもの、田口は何かと正雄を目にかけてくれるようになった。
「竹山、ライブ行かねえか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
田口が出してきたのは、人気ミュージシャンの三澤俊介のスマホチケットだった。
「これな、お前のスマホに移せばチケットになるから。まだ欲しければ枚数を言え。三澤のチケットはうちの組が押さえてるんだ」
人気ミュージシャン、三澤俊介のチケットはなかなか取れないことで有名だったが、竜嶺会が買い占めて高額転売することで、一般の真面目なファンには手に入りにくくなっている。
竜嶺会が買い占めて高額で転売するため、一般の真面目なファンはチケットを取ることが難しくなる。
それでも諦めきれないファンは多く、高額転売サイトなどに手を出しかなりの金額でも買う者がいる。
そうして竜嶺会は利益を得ている。
田口はニヤニヤ笑いながらそう教えてくれた。
何ということか。
芸能の世界にはヤクザ者が付いていると噂では聞いたことがあったが、本当にそうだったのか。
正雄は人気ミュージシャンのチケットのからくりを知ってしまった。
「あとな、話はつけてあるから楽屋にも入れるぞ。どうだ?これと行けばいいプレゼントになるだろ」
田口は小指を立ててニヤニヤ笑った。
「オヤジ、ありがとうっす。ありがたく頂きます」
こうして三澤俊介のチケットを受け取った正雄は一人でライブにやって来た。
本当は洋子を誘いたかったが、洋子はいつも指名してくれる客の予約が入っていた。
正雄は大学生の頃に一度、三澤のライブに来ていたが、その日もまあまあ楽しめた。
いろんな噂はあるが、三澤俊介はやはり一流のミュージシャン。
正雄は最前列の神席でライブを堪能した。
ライブの終演後、楽屋に行って三澤と写真でも撮ればいい。
田口にそう言われていた正雄は、会場内のスタッフに関係者だと名乗り出てスマホの画面のチケットを見せると、すぐに案内された。
「お疲れさまでーす。お客さまでーす」
会場のスタッフの案内で、正雄は三澤の楽屋にやってきた。
「お疲れさまです。田口さんからのご紹介ですか」
楽屋に入ると、三澤のマネージャーが丁寧に正雄に挨拶してくれた。
「俊介、田口さんのお友達が来てくれたぞ !」
マネージャーが声をかけた方を見ると、正雄は目が釘付けになった。
なんと、トップアイドルの佐伯まゆが三澤と談笑しているではないか。
三澤とまゆは年の差カップルで交際していると噂だったが、どうやらその噂は本当らしい。
正雄はまゆの美しさに釘付けになった。
「田口さんのご紹介ですか。今日はありがとうございます」
三澤はまゆとの談笑を中断して正雄に挨拶をしてくれた。
少し離れたところに座っているまゆも軽く会釈してくれた。
正雄は自分が特権階級になったような錯覚をしてしまいそうだった。
「竹山さん、どうですか。この後、打ち上げにもいらっしゃいませんか?」
「え、いいんですか?」
「もちろんですよ。是非、来てください」
正雄は気後れしたが打ち上げに参加することにした。
一流ミュージシャンの打ち上げにも興味があるし、何といってもトップアイドルの佐伯まゆも同席する。
正雄は特権意識をくすぐられた。
「カンパーイ!!」
三澤のマネージャーが音頭を取り、ライブの打ち上げは始まった。
正雄は周りを見てみたが、ヤクザ者らしきチンピラ風の男が何人か紛れ込んでいた。
おそらく、三澤のライブチケットを取り仕切っている竜嶺会の人間なのだろう。
「お、兄ちゃん、やっぱり来てたのかい?」
正雄がビールを飲んでいると、そのチンピラが声をかけてきた。
やはり竜嶺会の組員だ。
正雄は確信した。
「オヤジからチケットもらったんだって?他にも行きたいライブがあるなら、俺たちに任せろよ。大抵の興行は俺たちが仕切ってるからさ」
「オヤジに気に入ってもらえれば安泰だ。どうだい?選挙にでも出ないかい?オヤジはあちこちに顔が利くんだ。オイシイ思いができるぜえ」
良さそうな話だが、こういう話には必ず裏がある。
正雄は苦笑いしながら適当に受け流していた。
そんなことよりも、正雄は同じ打ち上げの席にいる佐伯まゆが気になって仕方なかった。
なんと可愛らしいのだろう。
人間離れした愛らしさではないか。
芸能界のゴシップではまゆと三澤は交際しているとされていたが、とにかく羨ましい話だ。
正雄は完璧な美しさのまゆをどこか恐いと思っていたが、本物を目の前にすると見惚れてしまった。
正雄はまゆの方ばかりチラチラ見ていたが、そろそろ打ち上げもお開きといった雰囲気になったところでチンピラが正雄を誘ってきた。
「兄ちゃん、この後どうだい?」
「え?」
どうやら自分は打ち上げの後で女性の接待を勧められている。
さて、どうしたものか?
「この娘はうちの系列店のナンバーワンなんだ。本物は写真の何倍もいい女だぜ」
「兄ちゃん、オヤジからもオススメの女だぜ。楽しめよ」
チンピラ二人はスマホの画面に写った写真を見せて強引に勧めてきた。
竜嶺会はアプサラスクラブ以外にも、多数の風俗店を傘下に収めている。
チンピラが言うには、街でも指折りの高級店、ラクシュミーパレードのナンバーワンを紹介してくれるらしい。
結局、正雄は断り切れず押し切られてしまった。
とはいえ、風俗店のナンバーワンだという美女に興味がないわけではない。
この際、世話になってしまおう。
正雄はなんとか笑顔を浮かべ、ナンバーワンが待つというホテルの部屋番号が書かれたメモを受け取った。
タクシー代までもらった正雄は超一流のホテル、帝都ホテルまでやって来た。
これも組長の田口の盾になって守ったと思われたことで、便宜を図ってもらっているということだろう。
そんなことを考えながら正雄が帝都ホテルの玄関に入ろうとしていると、スーツ姿の男たちに囲まれた人物とすれ違った。
何やら物々しい空気が流れていたが、囲まれている高齢の男は若い女性を連れて楽しそうにしていた。
どこかで見たことがある顔だ。
すれ違いざま、正雄はそう思ったが誰だったかすぐには思い出せず、そのまま帝都ホテルの中に入ってエレベーターに乗り込んだ。
「あ、そっか」
エレベーターに乗り込むと、正雄は独り言を漏らした。
さっきすれ違った男は、有名な宗教法人まごころの朋の代表、河原ではないか。
何度かニュース番組で見たことがある顔だった。
噂では河原は信者の若い女性に手をつけることで有名で、何件も裁判を起こされているということだった。
連れられていた女性はまだ若く、学生かと思うほどだった。
洋子から聞いた話では、それでも飽き足らず風俗店のVIP客として女性を派遣させ変態プレイに興ずることもあるという。
しかし、宗教家というものはそういうものなのだろう。
表の顔と裏の顔を使い分けているのだ。
そんな曰く付きの人物と超一流ホテルの玄関ですれ違ってしまった。
よく考えたら、山崎に謎のスマホを渡されて以来、自分の身の回りと今まで縁のなかった人間と関わるようになった。
それも謎のスマホパワーのせいなのか。
正雄がそんなことを考えていると、メモに書かれた階にエレベーターが止まった。
メモを見ながら廊下を進むと、正雄は書かれた通りの番号の部屋を見つけた。
ドアの脇にある呼び鈴を押すと、返事が返ってきてドアが開いた。
「はーい。あら、意外と普通の人ね」
さっき、チンピラに見せられた写真の何倍も綺麗な女が出てきた。
正雄はそれだけで緊張してしまった。
三澤俊介の打ち上げで会った佐伯まゆといい、美しい女はどこか恐い。
正雄は美女の前で硬直しそうだった。
「あたし、アイ。よろしくね」
「あ、はい。竹山です」
「へええ、真面目かあ」
部屋に入れてもらうと美女はさばさばした感じで名乗ってくれた。
正雄が緊張しているのはバレバレだった。
「なんか、すごく真面目そうね。この世界には珍しいタイプじゃない?どうしてデリヘルの運転手なんてやろうと思ったの?」
正雄がアプサラスクラブのドライバーをしていることはお見通し。
なぜ、そうなっているのはわからなかったが、夜の世界とはそういうものなのだろう。
コネクションが大切なのだ。
「え、と。時給がいいですし。俺、運転が好きなんです」
「ふうん。みんな同じこと言うのよねえ」
「そうっスか?」
「あたしもね、アプサラスクラブにいたことあるんだ。でも、あそこは低価格コースもあるでしょ。変な客に当たることもあるのよねえ」
「そうなんスか」
「まあ、いいわ。今日はせっかく来てくれたんだから楽しみましょ。お風呂、入れてくるわね」
お風呂。
一緒に入るということか。
そうに違いない。
高級風俗店のナンバーワンとお風呂。
ここは喜んでいいところなのだろうか。
おそらくそうだが、正雄はすっかり気後れしていた。
「竹山くん、お風呂、お湯が入ったわよ。今日はたっぷりサービスしちゃう」
アイはもう服を脱いでバスタオルを巻いただけの姿で浴室から戻ってきた。
「あ、は、はい。よろしくお願いします」
「もう、固いんだからあ。固いのはアソコだけでいいのよ」
正雄は顔から火が出るほど恥ずかしかった。