第四十九話~六十年後の未来に来てみたけれど

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秀彦は役者として本格的に活動し始めた。

秀彦の死んだ実の父親も好きだった作品、碧空の城の映画化で主役を任されることになったが、その前にテレビドラマ版も放送されることになっていて、秀彦は慣れない収録の現場で試行錯誤の連続だった。

秀彦が元々いた60年前の翔和の時代では映画は娯楽の王様だった。

現代では映画は廃れてはいないが、テレビの影響力が増していて、更に爆発的な勢いで普及したインターネットの世界が若者文化の主流だった。

碧空の城は映画だけではなく、テレビのスペシャルドラマ、ネット配信など様々な手段で公開され、最終的には劇場に客を呼び込もうという流れで製作された。

先にテレビドラマやネット配信版が公開され、その続きを劇場で見てもらおうという趣向になっていて、秀彦は不慣れなテレビやネット向けの撮影現場で懸命に取り組んでいた。

 

「佐東くん、テレビドラマの初回の視聴率、すごくいいよ!次回からもこの調子で頑張ろう」

「え、そうですか?」

「そうそう。ネット配信の方はチケットの売り上げもいいし。佐東くんの人気だね」

 

碧空の城のネット配信版はテレビドラマ版でカットされた部分が見られるという触れ込みで、有料でチケットを買う必要があったが予想以上の売り上げを伸ばしていた。

秀彦にとっては、娯楽の中心とは映画ではないかと思われたが、現代ではそうではなくテレビやネットらしい。

自分の何が受け入れられたのか秀彦にはわからなかったが、テレビ、ネット配信版の残りの回も気を抜くことなく務めようと秀彦は気を引き締めた。

 

「お疲れ様でしたー」

 

撮影が終わると秀彦はマネージャーと現場を後にした。

 

「ヒデ、今日もお疲れさん。次の撮影も頑張ろう」

「黒瀬さんもお疲れ様です」

「いやいや、ヒデほどじゃないよ。ところで、今日もヒデんチの前には、また”親衛隊”が来てんのかな」

「困りましたよね」

 

黒瀬マネージャーが言う”親衛隊”とは、秀彦の熱心すぎるファンのことだった。

どこから情報が漏れたのか、碧空の城がテレビドラマとネット配信で人気が出ると、それに比例するようにして秀彦の評価も高まっていたが、多くのファンが秀彦が家族と暮らす自宅に押しかけるようになっていた。

 

「多分、撮影所から尾行してきてたんだろうなあ」

「困るんですよね。この前なんて、近所の人の車とファンの方が接触しそうになって、事故になりそうだったんですよ」

「ホントだよなあ。ヒデ、引っ越した方がいいんじゃないか?」

「え?引っ越しですか?」

「もちろん、家族みんなでは難しいだろうから、ヒデだけでもどこか別のところに引っ越したらどうだ?セキュリティのしっかりしたところを事務所で探してもらえるだろ」

「そうですか?」

 

確かに、今のままでは近所迷惑極まりない。

家族も肩身が狭いのではないか。

そんなことを考えながら自宅に近付いてくると、やはり”親衛隊”がヒデを待っていた。

自宅前の小さな小路に多くのファンが、ひしめき合うようにして秀彦を待ち構えていた。

 

「あ!!ヒデちゃんよ!!」

「カッコいいー!!」

「ヒデちゃーん!!」

 

家の前で待ち構えていたファンは、秀彦が乗った車を取り囲むように集まってきた。

接触しては危ない。

黒瀬マネージャーが速度を落とすと、集まったファンは車の窓を叩いたり、前に立ち塞がろうとした。

 

「ヒデ、門扉の真ん前につけるから、降りたらそのまま玄関まで走っていけ」

 

最近になって秀彦の人気は過熱し、毎回、帰宅した時はわずかに開いている門扉から素早く敷地に入り、秀彦はそのまま玄関ドアまでの間を小走りして家に入っていた。

さすがに門扉の内側、家の敷地にまで入ってくるファンはいなかったが、ヒートアップする一方ではいつかは敷地に入ってくる者がいないとも限らない。

秀彦は家族にも、近隣の住人にも申し訳なく思っていた。

やはり、黒瀬マネージャーの言う通り、自分だけでも引っ越した方がいいのだろうか。

そんなことを考えながら、秀彦は開いている門扉を押して敷地に入り、素早く玄関まで走っていった。

 

「ただいまー」

「おかえりなさい」

 

秀彦が家の中に入ると孝蔵も帰宅していて、家族みんなが秀彦を迎えてくれた。

 

「やっぱり今日もいたでしょ」

「そうだね」

「もう、なんとかならないのかしら?あたしが家に帰ってきたら”なーんだ、お姉さんか”って言われたのよ」

 

美和子はなぜか秀彦の姉だと思われているらしく、不満そうだった。

 

「ねえ、お父さん、お父さんだってフィロス電機に勤めてることまで知られて嫌じゃないの?」

「美和子、確かに家族の情報まで知られてるのは気味が悪いよな。でも、それはヒデのせいじゃないだろう」

「うーん」

 

孝蔵が朝、出勤する時間帯、朝早い時間帯に既に秀彦の”親衛隊”が家の前にいることもあった。

 

「父さん、さっき、黒瀬さんとも話したんだけど、僕が引っ越すのはどうかな?」

「引っ越すって、どうするんだ?」

「事務所が、それなりのところを探してくれるんじゃないかって。それはそれでいいんじゃないかな」

 

確かに、芸能プロダクションなら加熱するファンのあしらい方も心得ているはず。

秀彦は家族のためにも引っ越すことを真剣に考え始めた。

 

 

 

第四十八話~六十年後の未来に来てみたけれど

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夕方まで優子の勉強を見てやった秀彦は、その日の勉強が終わると帰宅することにした。

空子も優子も夕食を食べていかないかと勧めてくれたが、秀彦は大学での自分の勉強も疎かにしたくなかった。

早めに帰宅して自分の勉強に取り組みたい。

役者としてスカウトされても、学業は疎かにしたくない。

そう考えて、空子と優子からの誘いはまた別の機会にして家路についた。

空子と優子が住むマンションは駅に近く、秀彦はぼんやりと考え事をしながら一人で歩いて駅に向かった。

夕方の帰宅ラッシュ時間に差し掛かり、駅では多くの学生や勤め人が行き交っていた。

秀彦が電車を待つ列に並んでいると、後ろの方から秀彦を呼ぶ声がした。

 

「佐東さーん!」

 

秀彦が声がした方を振り向くと、制服姿の佐伯まゆが立っていた。

 

「まゆちゃんじゃないか!」

「佐東さん、今、お帰りなんですか?」

「うん、ちょっと友達の家に寄ってたんだ」

「わあ、西条線に乗るんですか?」

「そうだね、家の近くに駅があるし」

「そうなんですね!私も西条線なんです!」

 

まゆに気付いた他の乗降客は一斉に注目した。

トップアイドルがプライベートで乗る電車の路線を、駅のホームで堂々と言ってしまっていいのだろうか。

秀彦の方がすっかり恐縮してしまった。

 

「まゆちゃん、その制服って…」

「はい、四つ葉女子中に行ってます」

「へえ、凄いじゃないか」

 

四つ葉女子中は、中高一貫のお嬢様学校として知られていて、難関の国立大学にも多数の合格者を出す名門校だった。

佐伯まゆは正体不明の美少女アイドル。

そんな先入観を持っていた秀彦は、ちょっと意外な気がした。

 

「あ、電車、来ましたね」

 

ホームに電車が滑り込むと、周りの乗客にもみくちゃにされながら、秀彦とまゆは電車に乗り込んだ。

 

「今日も電車、混んでますね」

 

秀彦とまゆは吊り革に掴まったまま話し始めた。

 

「そうだね、でも、意外だなあ。まゆちゃんほどのアイドルなら、マネージャーさんが送り迎えしてそうなのに」

「いつもはそうなんですけど、今日はマネージャーさんはどうしても他のお仕事があって」

 

まゆはたまには電車も良いものだと言いながらニコニコ笑い、学校では仕事と学業を両立をするために補講を受けたり、欠席した授業はレポートを提出したりしているのだと教えてくれた。

 

「大変だね」

「でも、佐東さんも大学生なんですよね」

「そうだね」

「どんなお勉強をしてるんですか?」

「今はまだ教養学部だけど、専攻は医学部に進みたいんだ」

「そうなんですか!すごーい!」

 

秀彦が将来は医者を目指していると聞いたまゆは、目を丸くして感心していた。

 

「頭いいんですね。やっぱり、タケシ役を任せられるだけありますよね」

 

タケシは碧空の城の中で秀彦が演じる主人公の役名で、まゆが演じるアンドロイドと対立し合う役どころになっていた。

 

「まゆちゃんだって、四つ葉に行ってるなんて凄いじゃないか」

「ええ、事務所の社長さんのおかげです」

 

まゆは電車の車内の人目を気にしつつ、小声で秀彦の耳元で呟くように教えてくれた。

 

「私は養護施設の出身なんです」

「うんうん…」

 

まゆが養護施設の出身だということは、プロフィールにも公表されていたが詳しいことは伏せられていた。

そんな大事なことを小声でとはいえ、電車の中で話して大丈夫なのか。

秀彦はできるだけまゆの口元に耳を近づけた。

 

「今の事務所の先輩が、施設にチャリティーで来てくれて。その時に社長さんにもお会いしたんです」

 

一目でまゆを気に入った所属事務所の社長が申し出てまゆと養子縁組を結び、小学校高学年になる頃にデビューさせ、学業に優秀だったまゆを見込んだ社長は四つ葉女子中を受験させていた。

 

「やっぱり凄いじゃないか。そうそう合格できるものじゃないんだろう」

「はい。社長さんには感謝しています。社長さん夫妻が私の両親です」

 

聞けば、まゆは社長夫妻が住むマンションの別の部屋に住んでいるという。

 

「まゆちゃん、もう止めようよ。電車の中で聞かれたらマズいだろう」

「いいんです。佐東さんはお兄ちゃんみたいなものですから」

 

まゆは屈託なかった。

正体不明の美少女アイドルというイメージがかなり解れ、秀彦は意外な素顔に触れた気がした。

 

「あ、私、次の駅で降ります」

「じゃあ、また。気をつけて帰るんだよ」

「はい!」

 

まゆは大きめのターミナル駅で降りていった。

優子が言っていたように、どこか人間離れした印象のまゆだったが、素顔は屈託のない少女そのものだった。

秀彦は安心したような、拍子抜けしたような気分だった。

ただ、とにかく美しい容姿と時折見せる大人っぽさ、あどけなさと無邪気さが同居するまゆに不思議な魅力を感じ、優子が言っていたような人間離れした何かも感じていた。

 

第四十七話~六十年後の未来に来てみたけれど

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「それで、このXをYに置き換えて公式を当てはめると」

「わあ、できた!さすがヒデくんね!」

 

秀彦は看護師を目指す優子の勉強も見てやっていた。

それでも、役者にスカウトされたこともあり、教えに来るのはこの日が最後だった。

 

「でも、ヒデくんも忙しくなっちゃうから、もう頼れないなんて寂しいわ」

「優子さんなら大丈夫だよ。それに空子だっているだろう」

 

スカウトされて以来、秀彦は演技のレッスンに通い始めたり、関係者に挨拶回りをしながら大学にも通っていた。

そんな中、フィロス電機でのアルバイトは退職していたが、大学のサークル活動、ボランティア活動は退部せず在籍したままだった。

 

「ヒデくん、でも実際問題、ボランティアを続けるのも難しくない?」

「うーん、それで考えたんだけど、役者の仕事をしながらボランティアってできないかなとも思うんだ」

「ん?役者としてって……チャリティー活動するってこと?」

「そう。売り上げの一部を寄付してる人っているじゃないか。とは言っても、僕がそこまで売れるかはわからないけど」

「ヒデくんならできるわよ!」

 

秀彦と優子が勉強の合間に雑談していると、空子が茶菓子を持ってきてくれた。

 

「そろそろ休憩時間ですね。お茶とお菓子をどうぞ」

「あら、空子、ありがとう。わあ、満月堂のイチゴショートじゃない!よく手に入ったわね」

「ええ、少し並びましたけど。佐東さん、しばらく来れなくなりますから奮発してみました」

 

空子は超人気店のショートケーキを買ってきてくれていた。

満月堂は若い女性に人気のケーキ店で、並んでもなかなか買えないほどの人気店だった。

 

「空子、本当に気が利くわね。それにしても、空子を動かしている大型のメインコンピューターがあるなんて知らなかった」

 

優子は秀彦からシルリーシステムの存在を聞かされ、空子に対してますます感心していた。

 

「はい、シル様は素晴らしいです。私たちのことを一体一体制御されているのです。私がこうしてお二人とお話ししたり、優子さんと楽しく暮らせるのも、シル様のお力のおかげなのです」

「そうね。あたしも見てみたいなあ、そのシル。ねえ、ヒデくん、シルの本体はどこにあるかは教えてもらえなかったんでしょう?」

「そうだね。でも、普通にスパコンと同じじゃないかな。大型コンピューターだって言うし」

 

そういえばシルリーシステムの本体はどこにあって、どんな姿なのか。

秀彦は、ぼんやりだがイメージしていた。

大型のスーパーコンピューターで、フィロス電機の社内のセキュリティーが厳しい場所にあるのだろう。

秀彦はそんな風にイメージしていた。

 

「それで、佐伯まゆってどう?やっぱり普段もぶりっ子なの?」

 

空子がケーキとお茶を置いて勉強部屋を出て行ってからも、優子は映画・碧空の城のことを尋ねてきた。

 

「いや、普通だよ。むしろ歳の割には落ち着いた感じかな」

「へええ、アンドロイドの役なのよね。適役ね、人間離れしたとこあるし」

 

確かに、間近で見るまゆの美しさは眩しいくらいだと秀彦は感じていた。

あどけなさの中に落ち着いた大人っぽさが漂う、不思議な美少女。

秀彦はそう感じていた。

 

「ヒデくんの話を聞いていたら、その、話の中に出てくるスカイゾーンと実際にあるシルリーシステムのイメージって重なるわね。ホントにあったんだ、自分の意思で考えることもできるコンピューターって。シルリーシステムも、人間を攻撃してきたりして!」

「ええ、それはないと思うよ」

「あら、そうかしら?」

「そうだよ」

 

確かに、自らの意思で思考ができるスーパーコンピューター・シルリーシステムは、碧空の城に登場するスーパーコンピューター・スカイゾーンとイメージが重なるところがあった。

もし、そのイメージ通りにシルリーシステムが人間を攻撃しようとしたら。

秀彦はそんな恐ろしいことは想像したくなかった。

シルリーシステムは空子を稼働させているが、空子には増えすぎた高齢者を処分しているのではないかという噂がある。

その噂がもしも本当だとしたら、空子を制御しているシルリーシステムこそが高齢者処分という恐ろしい計画を実行していることになる。

そんなことが現実にあったとしたら、碧空の城の物語の中で人類攻撃を企てて暴走するスーパーコンピューター・スカイゾーンと同じではないか。

実際に人間を攻撃し、支配しようというスーパーコンピューターが存在するとしたらこんなに恐ろしいことはない。

空子を信じて家族同然に接している優子のためにも、碧空の城の世界が現実にあってはならない。

人間を攻撃するスーパーコンピューターは、物語の中だけの存在であって欲しい。

碧空の城の台本を既に渡され読み込んでいる最中の秀彦は、そう願っていた。

しかし、秀彦がボランティア活動をしていたエンゼル病院でも、空子は高齢の患者を集めてバスに乗せどこかに送り出していたり、担当していた患者がいつの間にか姿を消していたりと不可解なことがあった。

碧空の城に登場する恐怖のスーパーコンピューター・スカイゾーンは、シルリーシステムのイメージそのもの。

開発者の田所はそう言っていたが、イメージはあくまでもイメージであって欲しかった。

 

 

 

 

第四十六話~六十年後の未来に来てみたけれど

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空子を稼働させるメインコンピューター・シルリーシステムについて、開発者の田所は説明を続けた。

 

「シルリーシステムは、ほぼ人間の思考回路と同じ構造になっています。自ら考え、意思を持ち、喜怒哀楽の感情も持っています。何か話しかけてみて下さい」

 

開発者の田所は自信たっぷりだった。

 

「こんにちは」

 

何を話しかけたら良いものか秀彦が迷っていると、まゆが気軽にパソコンのマイクに向かって挨拶した。

 

『こんにちは、佐伯まゆさんですね。お待ちしていました』

 

まゆが話しかけると、パソコンの画面に文字が表示された。

シルリーシステムは声を発することはできないようだったが、話しかけられれば聞こえてはいる。

それに対する答えをパソコンを通して表すことができる。

まゆの隣に座りながら、秀彦はその”会話”を横目で見ていた。

 

「佐東さんもお話ししてみて下さい」

 

秀彦の様子に気付いたまゆが笑顔で勧めてくれた。

 

「ええ、何を話せばいいのかな?」

『緊張なさらずに、何なりとお申しつけ下さい』

 

秀彦が独り言のように呟いたのをシルリーシステムは聞き逃さなかった。

 

「へええ、凄いね。ちゃんとわかってるんだ」

『はい。たいていの人間は、私がこうして受け答えできるとわかると驚きます』

「じゃあ、質問。空子を制御してるって聞いたけど、空子って何体もいるじゃないか。全部をちゃんと把握してるってことなのかい?」

『はい、もちろんです。私は全ての空子の電子頭脳と繋がり適正に動くように制御しているのです』

 

開発者の田所が言ったことと同じような返事が返ってきた。

秀彦は他にも基本的なことを尋ねてみたが、的確な答えがその都度返ってきた。

 

「いかがですか?シルリーシステムは?」

「凄く賢いんですね。びっくりしました」

「そうでしょう。知能は人間以上です」

 

シルリーシステムのようにアンドロイドを制御する大型コンピューターは、碧空の城の物語の中にも登場する設定になっていた。

秀彦は主人公として、その物語の中で大型コンピューターと対決するという筋書きになっていて、田所の話に熱心に耳を傾けた。

 

「碧空の城に出てくるスカイゾーンは、シルリーシステムみたいな物だと思って下さい。人間以上の能力を持ちアンドロイドを統率する。ある時から、スカイゾーンは人間を支配下に置くことを考え始め、暴走を始めるんですよね」

「田所さんも、碧空の城を読まれたんですか?」

「はい、読みました。映画製作のアドバイザーも任されましたから」

 

田所はやはり親切に答えてくれた。

碧空の城の映画化に当たり、田所は物語の中に登場する大型コンピューター・スカイゾーンの描き方についてアドバイザーとして参加していた。

 

「製作委員会の方から、いろいろお話をいただきました。私も読んでみたんですよ。碧空の城に出てくる大型コンピューター、スカイゾーンはシルリーシステムそのものですね。思考し、意思を持ち、多くのアンドロイドを制御し、人間に牙を剥く。大型コンピューターは自分の意思で動くことはできませんが、その問題も”端末態”を開発することで解決する。正に全知全能の存在として君臨しようとする。なかなか興味深い物語ですよね」

 

碧空の城は秀彦も読み通していたが、確かに田所の言う通りだと思った。

碧空の城にはスカイゾーンという大型コンピューターが登場し、統率するアンドロイドを使って人間を支配しようと企み始める。

スカイゾーンは大型コンピューターであるがゆえに、自分の意思で動くことはできないが、自由に動き回れる端末態を作り出して自分の意思を反映させる。

端末態は美少女アンドロイドの体を持ち、頭脳はスカイゾーンと繋がり、自由に行動することで動くことができないスカイゾーンの弱点を補い、その意思を実行する。

その美少女アンドロイドをまゆが演じることになっていた。

 

「まゆちゃん、聞いたかい?まゆちゃんの役、大変そうじゃないか」

「大丈夫です。頑張ります」

 

田所と秀彦の会話をじっと聞いていたまゆは、また笑顔になった。

 

「いやあ、フィロス電機も碧空の城製作委員会に名を連ねていますからね。いろいろ取材や見学も増えてきたんですよ。シルもそのことはわかって対応してますよ」

「シル?」

「あ、失礼。シルはシルリーシステムの通称みたいなものです。シルと気心が知れるようになると、みんな、シルって呼んでますよ」

 

100年前に発表された当時、碧空の城に登場する大型コンピューター・スカイゾーンにはモデルがなかったように思えたが、映画化される現代においてはそっくりの存在が実在している。

秀彦はそう思えた。

人間以上に思考し、意思や感情も持つ大型コンピューター・シルリーシステム。

これこそが正に、碧空の城の中のスカイゾーンのモデルになる存在なのだろう。

物語の世界に現実の世界が追いついた現代という時代。

碧空の城の物語の中のスカイゾーンのように、シルリーシステムが暴走することはないのだろうか。

物語はあくまでも物語のままであって欲しい。

碧空の城で主役を演じる者として秀彦はそう願うような気持ちになった。

 

 

第四十五話 ~六十年後の未来に来てみたけれど

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スカウトされた秀彦は、その話を受けて役者の世界に飛び込む決心をした。

所属事務所も決まり契約を済ませて、初めての仕事は製作発表の記者会見に出ることだった。

この様子はワイドショーにも取り上げられ、大学に行くと秀彦はキャンパス内で注目されるようになった。

 

「おーい、ヒデ。すっかりスーパースターだなあ。もうフェリフェリアのことなんて見向きもしてくれないんじゃねーの?」

 

秀彦が学食で昼食をとっていると、フェリフェリアのメンバーが声をかけてきた。

 

「颯太くん、そんなことないよ。ただ、あまり時間はなくなるけど」

「へ?気ぃ遣うなよ。これからは役者になってさ、売れてさ、女も選り取り見取りだな!ヒャーハッハッハッハッ!」

「俺、ヒデの親戚だって名乗り出ようかなー!ヒャッハッハッハッ!」

 

颯太をはじめとするフェリフェリアのメンバーは面白おかしく笑うだけだった。

 

「ヒデ、そうは言ってもまだそんなに忙しくもないんだろ。今晩、飲み会があるんだ。男が足りないから来ないか?将来の大スターが来るっていうなら、女の子も喜ぶし」

 

何のことはない、フェリフェリアが主催する飲み会のメンツが足りないので、颯太は声をかけてきただけだった。

 

「僕、これから行くところがあるんだ。マネージャーさんと待ち合わせてるし」

「へ?どこ行くんだ?」

「颯太くんには関係ないよ」

「なーんだ。つれない奴だなあ。ちょっとスカウトされただけでいい気になりやがって」

 

颯太にやっかみを言われても、秀彦は構うことなく学食を後にした。

その日は午後から大学の講義はなく、秀彦は正門前で待っていたマネージャーと落ち合った。

その日の午後からは出演することになった映画”碧空の城”の事前準備のため、空子の開発者に話を聞くという仕事が入っていた。

碧空の城はアンドロイドが物語のテーマになっているので、人間そっくりの外見を持ち、思考や意思、感情も人間並みに持つ空子のことを詳しく聞いたり、開発の裏話に触れてテーマを深掘りするための時間が設けられていた。

秀彦はスカウトされて役者になる決心をしてからは、フィロス電機でのアルバイトを退職していて、フィロス電機を訪れるのは最後にアルバイトとして出勤して以来のことだった。

秀彦以外に空子の開発秘話を聞くのは佐伯まゆで、広報部に集合することになっていた。

佐伯まゆは、作品の中では主人公のヒデと並ぶ重要な役回りで、アンドロイド役を演じることになっていた。

まゆのことはフィロス電機でのアルバイト中にも見かけたことがあり、ライブにも参加したことはあったが、直接顔を合わせて仕事を共にするのは初めてで秀彦は緊張していた。

 

「失礼します。佐東です」

「お、佐東くん来たか。まゆちゃん、もう来てるよ」

 

フィロス電機の広報部に来るとまゆは既に到着していた。

 

「こんにちは!佐東さん!」

 

まゆは広報部の応接スペースにマネージャーと並んで座っていた。

 

「よろしくお願いします!」

「あ、よろしくお願いします」

 

今までとは違い、仕事のパートナーとしてまゆには接しなければならない。

しかし、押しも押されもせぬトップアイドルに何を話したらよいものか。

キラキラ輝くようなまゆの笑顔に秀彦は圧倒されそうだった。

 

「じゃあ、開発部に行きましょうか」

 

広報部の担当者の案内で秀彦はまゆと一緒に開発部に向かった。

人間並みかそれ以上の思考や意思、感情も持つ空子を開発した技術者に話が聞ける。

これまでも病院でのボランティアを通して空子の性能の高さは実感していたが、”碧空の城”の出演者として更に深掘りしなければならない。

どんな話が聞けるのか、秀彦は期待しながらも緊張していた。

 

「田所さーん。お連れしました!」

 

開発部に着くと、多くの技術者が忙しそうにしていたが責任者らしき社員が対応してくれた。

 

「碧空の城の方ですね。初めまして、田所と言います。空子のプロジェクトのリーダーをしています」

 

秀彦とまゆは席に案内され、開発部の社員がパソコンを立ち上げてくれた。

パソコンの画面に向かい合った秀彦とまゆはヘッドホンもつけられた。

 

「こちらの画面でご説明します。まずは、空子の開発に至った経緯ですが」

 

田所の説明はヘッドホンを通じて流れ、映像もパソコンの画面に映し出された。

 

「空子の電子頭脳ですが、実はメインコンピューターがあります。全ての空子の個体は遠隔で操作され、そのメインコンピューターが管理しています。それはシルリーシステムと呼ばれていて……」

 

空子はフィロス電機が管理する大型コンピューターで制御されている。

広く世間に出回り、かなりの数の個体がある空子は一台の大型コンピューターが統率している。

秀彦にとって初めて聞く話だった。

空子は各自が高性能の電子頭脳を内蔵しているとは聞いていたが、それは大型のメインコンピューターで制御されている。

初耳な話だった。

 

「このシルリーシステムこそが、空子の高度な思考、感情の元になっています。謂わば、シルリーシステムこそが思考し、自分の意思や感情を持つ存在と言えます」

 

空子を制御するメインコンピューター自体が、思考することができる高い性能を持っている。

これも初めて聞く話だった。

自ら思考するコンピューターなどというものが存在するのか。

秀彦はイメージし難かったが、まゆの方を見ると何の違和感もなく聞いているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

第四十四話~六十年後の未来に来てみたけれど

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スカウトされ役者になるべきか否か。

秀彦は真っ先に孝蔵と美智子に相談してみたが、反対はされなかった。

大学は医学系に通っていたが、一年生、二年生まではまだ教養学部の課程であり、時間的に余裕がある。

その間にしかできないことをやってみるのも良いのではないか。

何事も若いうちに経験すると良い。

孝蔵と美智子の答えはそうだった。

やはり最後に決めるのは自分だとは思ったが、秀彦は大切な優子の意見も聞きたかった。

 

「そうなのね。月島一郎と赤沢信夫監督から口説かれたなんて、すごいじゃない」

「やっぱり、そうかな」

「そうよ。自分から売り込みをかける役者も多いけど、なかなかいい返事はもらえないんですって。その御眼鏡に敵うなんて、よっぽどのことよ。それにしても、ヒデくんのお父さんって若い頃は役者を目指していたのね。初めて聞いた」

 

秀彦は原因はわからないが60年前の世界でマンホールに落ち、現代の世界に落ちてきたことは話していなかったが、実の父親が若くして病死したことまでは優子に伝えていた。

 

「実のお父さんが果たせなかった夢を叶える。素敵なことだと思うなあ。今のお父さんとお母さんが言う通り、医学系でも二年生までは教養課程なんだから、その間にその時しかできない経験をしておくのもいいかもね」

「優子さんも、やっぱりそう思うかい?」

「そうね。教養課程の間に専攻を変更もできるんでしょ?ヒデくん、お医者さんになってもいい先生になれそうだけど、意外と文学部とかも向いてそう。よく本読んでるし、哲学が好きなんでしょう。哲学なら文学部よね」

 

優子は暇さえあれば読書に勤しんでいる秀彦に刺激を受け、看護師を目指す勉強をするうえでも影響されていた。

 

「あたし、中卒だからちゃんと本なんか読んだことなかったけど、ヒデくんと一緒にいたらすっかり本の虫になっちゃった。それが今の勉強にも役立ってるんだけどね」

 

深く考えすぎず、学生時代の思い出作りのつもりで役者の話を受けても良いのではないか。

向いてないと思えば、また戻ってくればいい。

優子はそうアドバイスしてくれた。

 

「碧空の城かあ。いい作品よね」

「やっぱりそうかな」

「そうそう。100年前にあの発想ができるのは凄いわ」

 

碧空の城は現代でいうところのアンドロイドと人間の対決を描く作品だった。

100年前の方が、アンドロイドは一般の人間には想像すらされてなく、実用化もされていないぶん自由な発想で描かれていた。

 

「でも、碧空の城って空子みたいなアンドロイドが出てくるじゃない。面白いのよねえ。風俗嬢をしてたあたしでさえ一気に読んじゃったもん」

 

碧空の城はベストセラーになっていて、優子も風俗嬢だった頃に読んでいた作品だった。

 

「逆に100年前だから自由に書けたのかもね。思考して、感情も持っていて、人間みたいな創造力も持つアンドロイド。それがどんどん進化して、人間に取って代わる。最初のうちは、アンドロイドは人間と共存していたのよね。なんだか、あたしたちと空子の関係みたいね。空子がいないところで言うのも変だけど」

 

その日、空子は病院の夜勤の業務があり留守にしていた。

100年前に書かれた小説・碧空の城は正に現代の世界を描いているとも言えるのではないか。

秀彦は読んでみてそんな風に考えていた。

アンドロイドといえば空子。

空子は今や病院や施設にはなくてはならない労働力になっていた。

若者が減り、高齢者ばかりが増える現代で貴重な働き手であり、アンドロイド人権法ができてからは空子はますます市民としての存在感を増していた。

秀彦が小学生の頃に病死した実の父親は、現代のこの世界を見たら何と言うだろうか。

減り続ける若い労働力を補うため、アンドロイドに市民権を与え国民として迎えた現代の光景を、死んだ実の父親なら何と言うだろう。

アンドロイドと人間は共存できるのか、できないのか。

そんなことを問いかけるのが、碧空の城のテーマになっていた。

 

「僕、やってみようかな。死んだ父さんが大好きだった作品だし。それに、テーマも今の僕たちが置かれている社会に重なるし」

「そうよね。空子が、もしも邪な心を持ったら……恐いことになるわよね」

「優子さんでも、そんなこと考えるのかい?」

「考えるわよ。空子は下手な人間よりも賢いし、感情も豊かよ。人間の方が考える力もない、感情も乏しい。そんな人間が増えてきて、本当にアンドロイドに取って代わられたりしてね。だから、碧空の城を今リメイクするのはタイムリーって感じね。あれに出てくるからくり人形は、アンドロイドのことでしょう。考え、笑い、泣き、怒り、空子そのものって感じね」

「死んだ父さんも同じことを言ってたよ」

「そうよね。人間以上になったからくり人形が恐い。みんな、心の中のどこかで考えているのかも。空子、賢くて、強くて。そういう存在が自分たちを脅かすのかも知れないって」

 

確かに空子は高性能で高度な思考を持ち、人間以上に感情が豊か。

それに加えて腕力も強い。

介護や医療の場で患者のためだけにその力を使うなら問題ないが、一転して空子が人間を裏切ったり牙を剥くようなことがあれば、人間は太刀打ちできるのか。

人間以上の能力をアンドロイドが持った時、対等であるどころか、人間はアンドロイドに打ち負かされてしまうかも知れない。

碧空の城でもそれがテーマになっていた。

これから作られる映画ではそのテーマどうは描かれるのか。

死んだ実の父親が好きだった作品で、父親が果たせなかった夢を体現する。

秀彦はそう決心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

第四十三話~六十年後の未来に来てみたけれど

本編の前にご案内です。

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~ここから本編~

映画のエキストラの臨時バイトを経験した秀彦だったが、それはあくまでも臨時であり、週に二度務めているフィロス電機でのアルバイトは変わることなく続けていた。

 

「おう、ヒデちゃん。二階堂社長がお呼びだよ」

 

フィロス電機の社員にしては珍しく気のいい秘書室副室長は、大学の帰りにアルバイトに出勤した秀彦に社長室に行くよう指示してくれた。

 

「気に入られるのも大変だよな。何か困ったことがあったら教えてくれよ」

 

秀彦は二階堂社長のお気に入り。

副室長もそのことはよくわかっていた。

週刊誌に写真を撮られ、若い女性社長と男子大学生の交際か?と面白おかしく騒がれもしたが、フィロス電機が圧力をかけて揉み消していた。

純粋にアルバイトとしての仕事の話、社長室の業務の話なら良いのだが、秀彦はそう考えて社長室のドアをノックした。

 

「失礼します。佐東です、社長、御用でしょうか」

「おお、佐東くん。どうだね、この前の話、考えてくれたかね?」

 

社長室にはエキストラとしてバイトをした時、秀彦に名刺を渡した月島一郎が待っていた。

 

「佐東くん、私が赤沢だ。よろしく頼む」

 

月島一郎の隣に座っていた初老の男が立ち上がって、秀彦に握手を求めてきた。

 

「佐東くん、お座りなさい。赤沢監督とは初対面ね」

 

月島一郎とフィロス電機の社長室を訪れていたのは、美和子が言っていた映画監督の赤沢氏。

どうやら秀彦目当てでフィロス電機を訪れてきたらしかった。

 

「佐東くん、監督も月島先生もあなたのことは高く買ってくれてるの。次の作品のイメージにぴったりなんですって。断るなんてもったいないわよ。こんないい話はないんだから」

 

二階堂社長と月島プロデューサー、赤沢監督とどんな接点があるというのか。

現代の芸能の話題に疎い秀彦は何と返したら良いのかわからないでいた。

 

「まあまあ、京子ちゃん。少し説明した方がいいんじゃないか?佐東くん、京子ちゃんは……二階堂社長は、昔アイドル活動をしていたことは知ってるよね?」

「ええ、と。はい」

 

二階堂社長は10代の頃、アイドルグループに所属して芸能活動をしていた。

ここまでなら秀彦もわかっていた。

 

「僕と赤沢監督は何度か京子ちゃんと仕事をしたことがあってね。京子ちゃんにはアイドルを辞めた後も女優として活躍してほしかったんだが…」

 

月島プロデューサーは芸能活動をしていた二階堂社長と、何度か仕事をしたことがあるのだと説明した。

 

「京子ちゃんほどの才能があれば、女優としても十分やっていけると思っていたんだが、北帝大学に進んだ時点で惜しまれつつ引退、キャリアを積んで社長にまでなったとは。つまり、何をしてもトップに立てるということだろう」

 

秀彦は知らなかったが、二階堂社長は単なるアイドルの枠に収まらず女優をしていた時期もあり、引退してしてからも月島プロデューサーとの付き合いは続いていたという話も聞かされた。

 

「それに、京子ちゃんは佐伯まゆを発掘した功労者でもあるしね。まゆをフィロス電機のイメージキャラクターに起用して、一気にトップアイドルに押し上げたのも京子ちゃんなんだ。君も佐伯まゆのようにトップに立てる素質はあると見受けられるよ。佐東くん、君の力を私たちに貸して欲しい」

 

つまり、秀彦に断らせないように、月島プロデューサーと赤沢監督は二階堂社長に間に入ってもらおうとフィロス電機を訪ねてきたのだった。

 

「ええ、僕にはそんな才能なんてありません」

「いいや、私の目に狂いはない。君は100年に、いや1000年に一度の逸材だ」

「困ったな……」

 

秀彦は前夜に小説を読みながら死んだ実の父のことを思い浮かべてはいたが、海の物とも山の物ともつかない役者としての道に踏み込んで良いものか、まだ迷いがあった。

死んだ実の父は確かに役者を目指していた時期があったが、かと言って安易にその世界に飛び込んで自分が通用するか自信はなかった。

 

「佐東くん、君に出てもらいたいのは『碧空の城』という作品なんだ。どうかな?」

「え!碧空の城ですか?!」

 

『碧空の城』は、昨夜、秀彦が読んだ小説で死んだ実の父親も愛読していた作品だった。

 

「碧空の城、10年前に一度映画化されているが、そのリメイク版を撮ることになってね。オリジナル版とはまたひと味違う作品に生まれ変わらせたいんだ。君を主演に起用して相手役は佐伯まゆでやろうと思っているんだ」

 

秀彦は昨夜『碧空の城』を読み、死んだ実の父親のことを思い返していた。

秀彦の実の父親は秀彦が小学生の頃、若くして病死していたが若い頃は役者を目指し、夢を諦めてからも文学や映画を愛していた。

『碧空の城』は死んだ実の父親が大好きだった作品。

その父親が好きだった作品で役者を務める。

これは、やはり何かの巡り合わせだろうか。

 

「わかりました。大事なことなので、家族とも相談していいでしょうか?」

「もちろんだよ。いい返事を待っているよ」

 

秀彦は今の父と母、孝蔵と美智子に改めて相談したうえで結論を出すことにした。