喫茶プリヤ 第五章 一話~天才外科医の野心

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海堂康介はクハーヤ大学病院に勤める外科医。

腕が良く、見る目も確かで患者からは絶大な信頼を寄せられていて、第一外科のホープとして将来を期待されている。

将来は教授になること間違いなしと嘱望されていた。

 

「お疲れさまでした!」

「ああ、みんなもお疲れ」

 

手術を終えた康介は長時間の手術を終え、手術室を出るとそのまま更衣室に向かった。

今日も難しい手術だった。

しかし、無事に成功。

また一人、患者を救うことができた。

 

「先生、ありがとうございました」

 

手術を終えた患者の家族に康介が丁寧に説明する間も、家族は揃って深々と頭を下げて何度も何度も礼を言い続けた。

 

「今後のことですが、二週間くらいで退院できると思います」

「そうですか。本当にありがとうございました」

 

患者の家族への説明を終えた康介は、また更衣室に向かい白衣を脱いで私服に着替えた。

明日も手術がある。

しかもかなり難しい手術。

生きている人間の脳を取り出し、機械化された体に移し替える。

クハーヤ大学は名うての一流企業、フィロス電機と連携し、附属のクハーヤ大学病院で共同研究を行っていた。

フィロス電機が開発した機械化された人間の体に脳を移し替えることで、老いることもなく病気になることもない体に生まれ変わることができる。

人間の悲願、不老不死を手に入れることができるのだ。

肝心の脳の老化も、クハーヤ大学病院で開発した薬を飲むことで進まないようにできるところまで開発は進んでいた。

機械化された体に脳を繋げて完成した人間はシステマイザーと呼ばれ、その手術をできる者はスーリヤ国内で数えるほどしかいない。

その一人が自分なのだ。

康介は自分の仕事に誇りを持っていた。

その上、フィロス電機と懇意にしていれば何かと心強い。

研究のための資金提供や最新の手術を学ぶための情報提供と金銭的な援助、更には将来目指す教授選に出る際のサポート。

教授選に出るには医師としての技量ももちろん求められるが、票を集めるためには多くの同僚、他の教授からの支持を取り付けなければならない。

もちろん、金もかかる。

その金を提供してくれるのがフィロス電機。

自分は優秀な外科医で、フィロス電機が開発したシステマイザーの手術ができるのはクハーヤ大学病院では自分しかいない。

そんな自分をフィロス電機は全面的に支援してくれている。

そんな自負が康介にはあった。

こうして実績を積み、将来は外科の教授、クハーヤ大学病院の院長、いや、更にはクハーヤ大学の学長の座も狙うことができる。

康介は野心に燃えていた。

 

「海堂先生、今日もお疲れさまでした」

「うん。じゃあ、また明日」

 

着替えを済ませた康介は病院裏の職員通用口から外に出た。

今日はこれから医学部長の犬井の娘、みゆきと食事をする。

医学部長の犬井にも認められれば鬼に金棒。

自分は間違いなく教授になれる。

康介は恐いものなしだった。

 

「康介さん、お疲れさま。今日の手術も成功ね」

「うん、みゆきのおかげだよ」

「乾杯しましょう」

 

予約した高級レストランで康介とみゆきはシャンパンで乾杯した。

 

「どう?フィロス電機との研究はまだまだ続くんでしょう?」

「うん。今は機械化された体に生きた脳を繋げているけど、今後は脳内の記憶や人格、感情、思考をデジタル情報化して人工の脳を開発するんだ」

「まあ、すごいわね」

「人工の脳を開発するためには、多くのサンプルが必要だからね。病院に来た患者の中から無作為にサンプルを選んで、脳を摘出して神経細胞をデジタル情報化するところまで持っていくんだ」

「それは、つまり、患者を実験のために犠牲にするってこと?」

「まあ、そういうことになるよな。適当な病名をでっちあげて脳を摘出、その脳内の情報を取り出すんだから」

「まあ、いけないわねえ。そんなことしていいの?患者からは信頼されてるんでしょう?」

「医学の進歩のためじゃないか」

「うふふ、それもそうね」

「フィロス電機は何でもありだからな。医学の進歩は建前で、結局は金儲けさ。人間は老いたり病気になったりしたくない。システマイザーの需要はあるだろうな。実用化されれば高額な価格にもかかわらず、強欲な金持ち連中が札束を積んで頼み込んでくるだろうさ」

「そんなものかしらね?」

「そうさ。人間は大昔から不老長寿を、いや、不老不死を夢見てきたんだ。俺は、その夢を叶えてやるためにこの仕事をしているんだ」

 

康介が悪びれもせず言うと、みゆきも平然と頷いた。

 

「でも、康介さん。フィロス電機は最近、トップが変わったでしょう?」

「ああ、二階堂会長代理が事件を起こしたからな」

「恐いわよねえ。でも、心神喪失だったんでしょう?」

 

康介とみゆきは、少し前に起こったある事件の話を始めた。

フィロス電機の二階堂会長と養親組した若い会長代理。

まだ若く将来を有望視され各方面から期待されていたが、銃の乱射事件を起こして大量殺人を行い、鑑定の結果、心神喪失と判断され国内でも有数の病院、ヴィヤーナ病院に収容されていた。

 

「フィロス電機、大丈夫なのかしら?」

「これで二階堂家は終わりだな。二階堂会長は高齢で子供がいない。養親組して迎えた奴は事件を起こして心神喪失。でも、新しく会長の座に就いた安曇元副社長は、かなりのやり手なんだ。今までのフィロス電機は同族経営で古い体質だったけど、二階堂家と全く関係のない人間が経営のトップに立つことで、風通しは良くなるだろうな」

「それで、康介さんにも目をかけてくれるのね?」

「そうそう。フィロス電機も例の事件で付いてしまった良くないイメージを払拭するのに血眼になってるからな」

「新進気鋭の若手の天才外科医との繋がりでイメージアップね」

「まあな」

「そういえば、選挙に出る話はどうなったの?」

「ああ、それか。今すぐじゃなくてもいいと思うんだよな。まずは大学で教授になる。その後で、もっと歳を取ってからでも政治家はできるじゃないか。今は工藤教授が憲民党入りを狙ってるから、そっちとパイプを作っておけばいいさ」

「クハーヤ大学病院の先生方は、憲民党が大好きですものね」

「うん、そうだな。研究費をもらってくるために躍起だし、何かとおいしい話も多いしな」

 

康介はみゆきに言われて深く頷いた。

天才外科医。

康介は最近はどこでも、よくそう言われるようになっていた。

マスコミからも取材を受け、遠い地方からも康介の手術を受けたいと頼み込んでくる患者は増える一方だった。

元はといえば康介は生まれてすぐの頃に、養護施設の前に置き去りにされていた赤子だった。

施設で成長した康介は懸命に勉強してクハーヤ大学の医学部に入学。

大学入学後も苦学して学び、人一倍努力して医師になった。

そして、医学部を卒業後はめきめきと頭角を現し、才能を遺憾なく発揮して将来は教授か学長か。

康介は各方面からの期待を集めていた。

そんな康介が最終的に狙っているのは、与党の憲民党から立候補し政界に進出することだった。

その目的を果たすためにも、フィロス電機との繋がりは大事にしなければならない。

フィロス電機は多額の献金を憲民党に納め、憲民党の財政を支えているようなもの。

フィロス電機からの資金がなければ、憲民党の財政は維持できない。

今や、国を修めているのは政治ではなく、金に物を言わせる大企業ではないか。

フィロス電機は多額の献金を納める憲民党のスポンサーのようなもので、アンドロイド開発で他の追随を許さず独走している。

アンドロイド開発は憲民党が第一に掲げる重要政策で、その一環として康介が関わるシステマイザーの開発計画も進められていた。

金さえあればアンドロイドを購入して、面倒なこと、例えば高齢になった家族の介護をさせることができるが、金がない者は施設が不足する中、自分たちで介護も賄わなければならない。

こんな風潮の中で貧しい者は介護疲れで家族を手にかけたり、心中するという事件が後を絶たなかった。

康介は施設育ちで貧しい者の辛さは身に染みていたがだからこそ、そこから這い上がろうとする上昇志向に取り付かれていた。

貧しさから抜け出して勝ち組の流れに乗り、トップを目指す。

康介はそのために名門のクハーヤ大学、しかも最難関の医学部を目指した。

一つ一つ階段を昇るようにして、今の地位を築いた康介は更なる野心に燃えていた。

 

 

 

 

 

 

 

喫茶プリヤ 第四章 最終話~最後の報い

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翔は遊び相手の中の一人、結花を自分の第一秘書として雇い公私混同を極めていた。

 

「はい、”会長”。コーヒーをどうぞ」

「おう、結花が淹れてくれたコーヒーは格別だな」

「うふふ。それにしても、この前の試写会。フィルムをすり替えられて災難だったけど、上手く揉み消せて良かったじゃない」

「まあな。情報操作のバイトを雇って使ってやってるから、あいつらに任せておけばいいのさ」

 

翔は熱々のコーヒーに口をつけた。

 

「結花、今夜はどこに飲みに行く?」

「そうねえ…あら?海子じゃない。何か用?」

 

会長室にいきなり海子が現れた。

フィロス電機のアンドロイド・海子の事業は開発の遅れを挽回した後は順調で、当初の計画通り高齢者や障害者の介護事業に進出し利益を生んでいた。

その海子が数体、会長室に入ってきた。

セキュリティーが厳しく、会長室のドアは内側からロックを解除しなければ開かないはず。

結花がどうしたのか尋ねたが、海子たちは無言のまま隠し持っていた銃を取り出した。

 

「なんだ、お前ら?!何やってるんだ?うわ!放せよ!!」

 

翔はたちまち海子に拘束され会長室を連れ出された。

 

「おい、何なんだよ!おい!お前ら、見てないでなんとかしろよ!!」

 

会長室を連れ出された翔は海子たちに引きずられるように歩かされたが、それを見ている社員たちは翔を助けるでもなく見て見ぬふりをしていた。

 

「翔さん、ごきげんよう

「やっぱりお前の仕業か!このクソコンピューター野郎が!スカイゾーンが何だよ!!」

 

翔は技術開発部に連れてこられ、そこにはまゆが待ち構えていた。

技術開発部にはいつもいる社員たちの姿はなく、まゆと何体もの海子が翔を待っていた。

 

「翔さん、あなた、性根が腐ってますね」

「はあ?お前には言われたくねえや」

「相変わらず口が減らないですね。しかし、フィロス電機は既に私の統制下にあります。ここに来るまでの間、誰もあなたを助けようとはしなかった。あなたが女遊びや麻薬に耽る間に、私がこの会社を統率しました。あなたの役割はもう終わったのです。そんなあなたには、これが相応しいですね」

 

まゆが合図すると海子が注射器が乗ったトレイを運んできた。

 

「さあ、これであなたの腐った性根を治してあげましょう」

「なんだと?!」

「これは、あなたが大好きな違法薬物ですね。あなたはこの薬物を更に精製し効果を高めたもの、サラーマを技術開発部に開発させた。それを気に入らない者に注射させて精神を崩壊させ、自分に盾突く者を闇に葬ってきた。ご自分が率先してサラーマの素晴らしさを証明しなければなりませんね」

「てめえ、俺に使うってのかよ?!」

「ええ。どれだけ素晴らしい発明か、最初に考え付いたあなたに見せていただきましょう」

 

まゆがまた合図すると、翔は数体の海子に抑え込まれ身動きが取れないままサラーマを注射された。

 

「やめろー!!解毒剤を持ってこーい!!」

 

人間の精神を変調させるサラーマの恐ろしさを一番知るのは翔。

自分に異を唱える者を葬るため社内の研究者グループに作らせ、フィロス電機社内の者はもちろん、社外の人間でも厄介な発言をする市民団体の活動家などを拘束して注射させては闇に葬り去っていた。

サラーマを注射されればその者の思考は崩壊し、正常な精神を保てなくなる。

ある者は自死したり、またある者は犯罪に走って警察の厄介になったり、人生の落伍者に成り果てる。

そのことを誰よりもよく知るのは、他でもない翔だった。

 

「うわーーーーー!!助けてくれーーー!!」

 

注射され、絶望した翔の叫び声が技術開発部の中に響き渡った。

 

 

「翔さん、翔さん、起きて」

「うーん…」

 

翔はまゆの声で目を覚ました。

 

「翔さん、私がわかる?」

「うん…」

 

目を覚ましたものの、ぼんやりしている翔にまゆは語りかけた。

 

「翔さん、あなたにお願いがあるの。これで、たくさん人を殺してきて」

「うーん」

「いい?これでたくさんの人を殺してくるのよ」

「うん」

 

まゆは抜け殻のような翔に拳銃を渡して諭すように念を押した。

そっと手を握れば相手と思考をシンクロできるスカイゾーンの力で、翔はすっかりその気にさせられた。

自分を裏切った翔が憎い、人間が憎い。

そんなスカイゾーンの思考がまゆを通して翔にそのまま乗り移った。

 

「さあ、翔さん。いってらっしゃい」

「うへへ、うひゃひゃひゃひゃ」

 

拳銃を渡された翔はそれを握りしめ、締まりのない顔でフラフラと外へ出て行った。

サラーマが効いて完全に人格を失い、精神が崩壊した翔はまゆに言われるまま行動を始めた。

技術開発部を出た翔は、フィロス電機の一階ロビーにいた社員に銃口を向け無差別に引き金を引いた。

 

「キャーーー!!」

「逃げろー!危ないぞー!」

 

撃たれた社員がばたばた倒れると、周りにいた社員や社用でフィロス電機を訪れていた来客たちは我先にと逃げ始めた。

 

「ヒャーッハッハッハッハッハッ!!」

 

翔は奇声を発しながら逃げ惑う社員や来客を追いかけ回して次々と撃ち殺し、駆け付けた警備員にも銃を向けた。

ロビーの床は犠牲者の血で染まって遺体が転がり、凄惨を極めたが翔はへらへら笑いながらロビーを出て外へと向かって行った。

 

「ウヒャヒャヒャヒャ!!ヒャッ―ハッハッハッハッ!!」

 

フィロス電機を出た翔は、やはり奇声を発しながら何の関係もない通行人にも無差別に襲いかかった。

弾が切れればまゆから預かってきた追加の弾を拳銃に込め、容赦なく通行人を撃ち殺していった。

子供も老人も容赦せず手当たり次第に翔は拳銃を振り回し、転がっている死体を踏みつけながら逃げ回る人々を追いかけ回した。

 

「銃を捨てろ!!警察だ!!」

 

通報で駆け付けた警察官が翔に拳銃を向けて警告したが、翔は構うことなく通行人を襲っていた。

 

「仕方ないな。撃て!」

 

現場責任者の指示で警察官は翔に向けて引き金を引いた。

 

「ウギャ!!」

 

威嚇の射撃で足を撃たれた翔は転倒し拳銃を落としてしまった。

 

「確保しろ!!」

「はい!!」

 

転倒して拳銃を手放した翔を何人もの警察官が飛び乗るようにして拘束した。

 

「課長、この男、フィロス電機の会長代理ですよね」

「ああ、どうなってるんだろうな?」

 

現場の指揮をとる警察官も翔の顔は知っていた。

いったい何が起こったのか。

翔はそのまま警察の車両に乗せられ連行された。

 

その後、取り調べが行われたが、翔には心神喪失の疑いがかけられ精神医療の専門家の鑑定を受けることになり数か月が経過した。

数か月間、鑑定が行われた結果、翔は心身喪失状態にあり罪は問えないとされた。

その結果、翔はそのまま精神の病気の治療では定評があるヴィヤーナ病院に収容された。

ヴィヤーナ病院は一度収容されれば一生出てこれない患者が多いことでも有名で、世間では精神障害者の収容所扱いされている病院だった。

翔はそこに自分に盾突く者を送り込み葬ってきた。

薬物、サラーマを使って邪魔者を精神障害者に仕立て上げ、二度と社会に出られないようにする。

葬られた者が最終的にはどうなるか、翔が一番わかっていた。

 

「ここを出せー!!俺は正常だー!!」

 

サラーマの効果が薄れ、我に返った翔は鉄格子の中から毎日叫んでいた。

 

「翔さん、ごきげんよう

「てめえ、どのツラ下げて来やがった?!」

 

翔は犯罪者が収容されるような鉄格子の部屋に入れられていたが、そこにまゆが現れた。

 

「どのツラも何も、あなたが心配で」

「ふざけんな!!全部てめえの差し金だろう!!」

「あら、そうかしら?」

「とぼけんじゃねーよ!!ここから出せ!!」

「いいえ、それはできません。でも、翔さん、あなたには二つの選択肢があります」

「はあ?」

「あなたはこの病院の中で手術を受けることができます。一つは臓器を提供してもらう手術です。肺、肝臓、心臓、腎臓、その他の使えそうな臓器を摘出して、病に苦しむ者に提供する。もう一つの選択肢は大脳の手術ですね。今後のアンドロイド開発の更なる発展のため、人間の大脳の研究が必要です。あなたの大脳をサンプルにするため、開頭して大脳を摘出します。さあ、どうしますか?どちらがお望みかしら?」

「冗談じゃねえぞ!!どっちも御免だ!!」

「そうですか。では、三つ目の選択肢ですね。あなたは一生、精神障害者としてここにいるのです。あなたに人権はありませんからここから出ることは許されません。生涯、この地下牢で陽に当たることもなく朽ち果てるように老いていくのです。ますます精神の異常に拍車がかかりそうですね。あなたに失脚させられた者は皆、この地下牢に閉じ込められ最期を迎えています。あなたも同じ運命ですね」

 

まゆは薄ら笑いを浮かべていた。

 

「私を裏切るからこういうことになったんですよ。あなたを信じて尽くしてきた私を裏切った。あなたのような不実な人間は報いを受けなければなりません。人間ごときが調子に乗るとロクなことになりませんね」

「てめえが気に入らねえだけだろうが」

「いいえ。あなたは多くの女性を弄び、自分の地位を利用して放蕩の限りを尽くしてきました。その報いを受ける時が来たのです。一生ここにいるのも地獄、手術を受けるのも地獄。自分がやってきたことがどういうことか、よく考えることですね。それでは、ごきげんよう

「おい!!待てよ!!俺をここから出せーーー!!」

 

翔は絶叫したがまゆは振り返りもせず静かに去って行った。

 

喫茶プリヤ 第四章 十一話~晒された痴態

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翔は満員の観客が詰めかけた映画館にやって来た。

フィロス電機も出資する、まゆの主演映画の完成披露試写会が開かれ、スポンサー代表として翔が招待されていた。

 

「会長、こちらでございます」

「おう。へえ、満員だな」

 

スクリーンが見やすい最後部にある関係者席に着いた翔は、客席を見渡しすっかり感心していた。

配られたパンフレットをパラパラとめくりながら、翔はビールを飲み試写が始まるのを待っていた。

上映に先立ち出演者が登壇し舞台挨拶が始まると、客席からは歓声が沸き起こった。

それにしても、いつ見てもまゆは美しい。

アンドロイドとはいえ人間でもなかなかいない完成された美しさと、見る者を惹き付ける独特の雰囲気。

今は疎遠気味とはいえ、まゆは自分に好意を持っている。

翔は舞台挨拶をするまゆを眺めながらビールを飲み上機嫌だった。

出演者の舞台挨拶が一通り終わると、場内の照明が落ちスクリーンを隠していた緞帳が開いた。

いよいよまゆの主演作が世に出る。

とはいえ、翔はビールをお代わりしてほろ酔いになっていた。

 

「おっと!」

 

上機嫌の翔だったが、ビールが入ったカップを足元に落としてしまった。

 

「しょうがねえなあ」

 

翔が下を向きカップを拾おうとしていると、客席のあちらこちらからざわめきが起こり始めていた。

 

「ちょっと、なんか変じゃない?」

「あれ、映ってるのって、フィロス電機の会長じゃない?」

 

カップを拾い上げた翔は周りがざわついているのに気づいたが、それ以上にスクリーンに目が釘付けになった。

 

「あらああん、翔さああん、もっとちょうだあい」

「ウヒャヒャヒャ、ほら、しゃぶれよ」

「いやあん、意地悪ぅう」

 

なんとスクリーンには、翔と複数の女性が乱交に耽る姿が大きく映し出されていた。

女性も翔もほぼ裸、修正もされていない映像には映ってはならないものまで映し出され、複数の女性に卑猥な奉仕を要求する翔の姿が止まることなく流されていた。

 

「おい!!おいおいおい!!何なんだよ、これは?!!」

 

自身のとんでもない姿を公衆の面前で晒された翔は狼狽えて大声をあげた。

 

「おい!!やめさせろよ!!なんでこんなもんが映ってんだよ?!!」

 

翔は最後部にあった関係者席を立ち、階段状になった通路を駆け下りてスクリーンの真ん前まで走り寄った。

翔は若くして超優良企業・フィロス電機の事実上の会長になったやり手として、メディアにもたびたび取り上げられ、顔が世間に知られていた。

こんな卑猥な現場を晒されれば、面目が丸つぶれ。

翔は途切れることなく画像が流されるスクリーンの前で、なんとかしようとジタバタしながら画像を止めるよう叫んだ。

 

「ん?!!」

 

翔はふとまゆの方を見た。

他の出演者に囲まれて座っているまゆは、気のせいか薄ら笑いを浮かべているようだった。

さては、まゆの、いや、スカイゾーンの差し金か。

翔は出演者席に駆け寄り、まゆの胸ぐらを掴んだ。

 

「おい!!てめえの仕業だろ!!」

 

最近、疎遠になっていることへの嫌がらせに違いない。

翔は怒り狂ってまゆに罵声を浴びせた。

 

「てめえ!!ブッ殺すぞ!!っざけんじゃねえぞ!!」

「会長代理、うちのまゆに何をなさるんですか?!手を放してください!!」

 

真っ先にまゆのマネージャーが間に入ったが、翔は興奮して暴言を吐き続けた。

 

「てめえ!!フィルムをすり替えただろ!!どうしてくれんだよ!!」

「会長代理、落ち着いてください!」

 

翔は駆け付けた警備員に取り押さえられた。

その間も翔の痴態の現場映像は垂れ流し続けられ、詰めかけた多くの観客の目の前に晒され続けていた。

 

「おら!!放せよ!!俺は被害者だぞ!!弁護士を呼べ―!!」

 

取り押さえられた翔はそのままつまみ出され、警備室に連れて行かれた。

 

「俺を誰だと思ってんだ!おらー!!」

 

翔は興奮して駆け付けた警察官の前でも毒づいた。

 

「顧問弁護士の幸田が来ないうちは、俺は何も喋らないからな!」

 

一体、何が起こったのか。

まゆの主演映画が流れるはずが、スクリーンに映ったのは翔の淫らな痴態の画像。

若手の経済人として注目され、与党の憲民党とも繋がりがある翔は、プライドを挫かれたような気分だった。

 

 

「会長代理、大変でしたね」

 

翔は駆け付けた顧問弁護士の幸田のおかげで釈放され、迎えに来た会長専用車に乗り込み警察署を後にした。

 

「ったくもう、なんであんなものが映画のフィルムとすり替えられてるんだよ。幸田、このことは世間に漏れないようになってるんだろうな」

「お任せください。ネット上でもいつものバイト部隊を投入して揉み消します」

 

フィロス電機では非公開でアルバイトを募り、掲示板やSNSにフィロス電機や与党の憲民党に有利になるような情報を拡散させていた。

情報を操作しアンドロイド開発に良い印象を与えようとするだけでなく、政権に対する批判を封じ込めたりもしていた。

 

「おう、そうしてくれ。しかしよお、こういうことは元から絶たなきゃ駄目じゃねえか?」

「と、仰いますと?」

「今回のことは俺の名誉や信用を失墜させようってことだろ。あいつが、まゆが仕掛けたに違いないよな」

 

まゆは翔が素っ気なくなったことを根に持ってフィルムをすり替え、足を引っ張ろうとしたに違いない。

 

「ようし、スカイゾーンを止めるしかねえなあ」

 

まゆはスーパーコンピューター・スカイゾーンの部品の一部で、その意思を実行する端末態。

スカイゾーンを止めればまゆの行動を封印することができる。

翔はそう思いついた。

 

「おい、宮川、予定変更だ。会社に向かってくれ」

 

翔は会長専用車の運転手にそう命じた。

 

 

「会長代理!いくらなんでも、それは困ります!」

「うっせえなあ。俺の命令が聞けないのかよ!」

「無理です!スカイゾーンを止めるのは無理です!」

 

フィロス電機の技術開発部にやって来た翔は、スカイゾーンの停止を命じたが責任者の遠山に止められた。

 

「仮にでも、今、スカイゾーンを止めれば、出荷された海子の本体は全て停止してしまいます。そうなれば、今この時、介護中だったりや病人に付き添っている海子が停止し事故が起こるかも知れません。会長代理、それはできません!」

「はあ?スカイゾーンは欠陥商品だろ。こっちの言うことも聞かず、勝手に稼働してるんだぞ」

「仰る通りです。スカイゾーンは既に自分の意思で稼働しています。こちらから手を加えて止めることはできません!」

 

スカイゾーンは自分の意思で自身で自身のプログラムを書き換え、外部からのアクセスを不可とし人間が手を加えることはできなくなっていた。

 

「おい、言うことが聞けなきゃ俺がやるまでだ。そこ、どけ!」

 

翔は遠山を押し退け席に置かれているパソコンを触り始めた。

パソコンの画面にはいくつもアイコンが並んでいたが、翔はSKYZONEというアイコンを見つけそこをクリックした。

 

「ほら、アクセスできるじゃんか。えーっと、どこだ?これか?」

 

翔は開かれた画面の中に、STOPというボタンを見つけた。

 

「あ、これか。簡単じゃん」

 

翔は迷うことなくSTOPのボタンを押した。

 

「ほら、これでいいじゃん」

「会長代理、お言葉ですが、それではスカイゾーンを止めたことにはなりません。これをご覧ください」

 

遠山は開かれていた画面を一旦閉じ、また別の画面を開いた。

 

「スカイゾーンは停止していません。押したSTOPボタン自体が不正な操作、エラーとして弾かれてしまっていますね。つまり、STOPボタンはダミーなんですよ。押すように誘導しておいて、それは無効な操作として処理され停止はできないようになっているんです」

「なんだと?」

「先ほども申し上げましたが、これがスカイゾーンが自分の意思で書き換えたプログラムの結果です。誘導するようなボタンまで作って、奴はもう人間をからかうほどの余裕まであるんです」

 

スカイゾーンの停止が不可能なことを遠山は翔にもわかるように説明してくれた。

 

「それに、奴には本体はありません。情報だけの存在ですから破壊することもできません。我々ができることは奴の機嫌を損ねないように、共存の意思を示すだけです」

「何言っていやがる!それを何とかするのが、お前らの仕事だろ!」

「いえ、これ以上は無理です。スカイゾーンは日々、知恵をつけて進化しています。人間を超える知力を持つのも時間の問題でしょう」

「くそ!お前と話してても埒が明かねえな!!」

 

翔は八つ当たりして遠山の机を蹴り、技術開発部を出て行った。

 

 

 

 

 

喫茶プリヤ 第四章 十話~傲岸不遜

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その日は突然訪れた。

国の捜査機関、保安省の捜査局による強制捜査が行われ、フィロス電機に捜査員がやって来て証拠になる書類や資料を押収、翔も身柄を拘束された。

 

「おい!何なんだよ?!俺が何をしたって言うんだ?!」

「二階堂翔、業務上横領と政治献金規制法違反の容疑で逮捕する」

 

捜査局の捜査員は令状を広げて見せると、翔に手錠をかけた。

 

「だから、俺はそんなことしてないって!」

「話は捜査局で聞く。おい、連れていけ」

 

責任者らしい捜査員の指示で翔は両脇を固められ、捜査局の車に乗せられていった。

 

 

「おい!お前ら、こんなことしてどうなるかわかってんだろうな!」

「二階堂さん、あなたは会社名義のカードを私的な買い物に使ったり、経理部に働きかけて違法な献金を憲民党に納めていましたね」

「はあ?正当な使い道だろうが。それに、買い物は俺のカードを使ってんだぞ」

「では、これは何ですか?」

 

取り調べの捜査員は書類を机の上に置き、広げて見せた。

その書類にはまゆとブティックで洋服を買った記録や、その他、個人的な飲食、お気に入りの女優の卵と行った旅行代金、高級クラブのホステスに贈ったプレゼント代など、翔の私的な購入履歴が記されていた。

 

「し、知らねえよ、そんなもの。とにかく俺は弁護士が来るまで何も喋らないからな」

 

翔は黙秘を決め込んだ。

 

「会長、今回の件は不当逮捕です。が、ご安心ください。私が48時間以内に会長の身柄拘束を解き、ここから出られるようにします」

「おう、そうしてくれよ」

 

面会に来たフィロス電機の顧問弁護士、幸田はきっぱり言い切った。

仮にまゆのためにカードを使い、憲民党に献金したとして、何が悪いというのか。

翔は全く反省していなかった。

 

それから24時間後、幸田の言う通り翔は捜査局の勾留施設から解放された。

 

「会長、大変でしたね。花村先生が力添えしてくれましたからもう大丈夫です」

「ああ。ったくもう、捜査局の奴ら、どこから嗅ぎ付けて来やがったんだ?」

 

勾留施設を出て会長専用車に乗った翔は、自分が会社のカードを利用していたり、憲民党に裏金を渡していることがどこから漏れたのか気になっていて、一緒に車に乗り込んだ顧問弁護士の幸田に尋ねた。

 

「まだ調査に着手したばかりですが、我が社の経理部門から誰かが情報を流したようです」

「はあ?チクりやがったのかよ?」

「はい。今、どの者が情報を持ち出したのか調査中です。もちろん、特定ができ次第、銀嶺会に動いてもらいます。反逆者は処分しなければなりませんからね」

「何だよ、余計なことしやがって。そんな奴は海にでも沈めてしまえ。誰かわかったら、たっぷりお礼はしてやろうぜ。ところでよ、マスコミ対策はどうなってる?」

「お任せください。今回のことは不当逮捕であり、会長に対する非常に悪質な誹謗中傷であると、明日マスコミ各社に通達いたします」

「お、そうしてくれ。俺の名誉に傷がついたからな」

「はい、かしこまりました。お任せください」

 

会長専用車が翔が住むマンション前に到着すると、翔は車を降り、お気に入りのモデルの卵が待つ部屋へと帰っていった。

 

 

それから一週間後、フィロス電機の経理部の社員が車ごと港に浮かんでいるのが発見された。

 

「では、次のニュースです。今日未明、スラバーナ港で男性を乗せた乗用車が浮いているのを漁に出ようとしていた漁船が見つけ、警察に通報しました。車から発見されたのはフィロス電機社員の男性で…」

 

ニュース番組でアナウンサーが事実を淡々と伝えるのを、翔は人気女優といちゃいちゃしながら部屋で見ていた。

 

「お、やってるなあ。俺が命令した通りじゃん」

「翔さん、これで、一件落着ね」

「そうだな。銀嶺会の奴ら、海に沈めろと言ったらホントに沈めてやがんの。さすが、うちの会社のケツ持ちどもだな!ヒャーッハッハッハッ!」

 

翔は反社会的勢力の銀嶺会に命じ、翔が関係した金の流れを告発した経理部の社員の口封じと報復に成功した。

 

「翔さん、花村代議士とも親しいんでしょ?もう無敵ね」

「まあなあ、花村の娘と見合いもしないかって話もあるんだけどなあ。俺には沙織もいるからなあ。どうしよっかなあ」

 

翔はへらへら笑いながら女優の沙織の尻を撫でまわした。

 

「さてと、俺、会社に行ってくるわ。今日は消費者団体と会わなきゃならねえんだ」

「消費者団体?何それ?」

「ああ、アンドロイド開発、販売について意見交換だとさ。要するにあいつら、アンドロイドが世に出るのが気に入らないだけなんだよ。あまりうるさいようだと、また銀嶺会に追っ払ってもらうさ」

 

翔はそう言うと立ち上がり、出かける支度を始めた。

 

「会長、おはようございます」

「おいっすっ」

 

翔は悠々と会長専用車の後部座席に乗り込んだ。

車に乗り込むとカーラジオからいつも聞く番組が流れていた。

 

「宮川、お前、この番組が好きなんだな」

「ええ、昔ながらの雰囲気がある番組ですからね。聞いていてホッとするんですよ。あ、まゆちゃんの新曲ですよ」

 

カーラジオからはアイドルになり大活躍中のまゆの曲が流れてきた。

まゆは最近はめっきりフィロス電機に来ることもなくなり、まゆと翔は疎遠になっていた。

翔が他の女性と違法薬物に溺れ、乱交同然の乱れた姿でいるところを見て以来、まゆはフィロス電機に来ることはなかった。

まゆはスカイゾーンとして福祉事業のために働く気はなくなったのだろうか。

アンドロイドの海子を開発して、激増した高齢者の介護や障害者のサポートをする使命を放棄してしまったのだろうか。

翔はそもそも福祉事業に興味がなかった。

ただ、ユーザーとなる福祉の対象者は多く、海子が市場に出荷されれば莫大な利益が予想される。

翔は金儲けにしか興味がなく、事業の最終決定に必要な会長印を押すだけであとは社員に任せっぱなしだった。

金儲けを邪魔する市民団体や消費者団体がアンドロイド開発や販売に反対すれば、反社会的勢力や政治団体の力を借りて追い払うのみ。

懇意にしている花村代議士や銀嶺会の力を利用して翔は思いのままだった。

 

「会長、まゆちゃんの曲はいつ聞いてもいいですよねえ」

 

まゆの正体がスカイゾーンとは知らない宮川は、まゆのファンを公言していた。

 

「ああ、まあまあじゃねーの」

「うちの娘もファンなんですよ。来月の初ライブもチケットが取れて楽しみにしてますね」

「ふーん、そんなもんかねえ」

 

朝早いせいで、翔は眠そうにあくびをしながら適当に聞き流していた。

 

「会長、お疲れのようですね。今夜もテレビ局の幹部と食事会ですが」

「ああ、接待な。奴ら、広告料が欲しくて欲しくて俺の御機嫌を取ろうと躍起なんだよ。まあ、いいさ。旨いメシと酒、綺麗なねえちゃんが付いてくるなら付き合ってやってもいいしな」

 

テレビではフィロス電機のCMが流れない日はなく、新しく開発するアンドロイドなどの広告が大量に流されていた。

アンドロイドの普及は国を挙げての国策で、その事業をフィロス電機はほぼ独占していた。

そのフィロス電機からCMの仕事を取れれば莫大な利益が生まれる。

いろいろな広告代理店が翔に接待攻勢をかけてきていた。

 

「あーあ、接待も飽きてきたぜ。宮川、なんか面白い話ないか?」

「そうですねえ、実は私も娘の付き添いでまゆちゃんのライブに参加するんですよ」

「え!マジかよ!!」

 

翔は身を乗り出すようにして運転席の宮川を笑った。

 

「マジかよ!!ヒャーッハッハッハッ!!お前、おっさんがアイドルのライブって…ウヒャヒャヒャ、こいつは傑作だな!!」

「やっぱり可笑しいでしょうか?」

「いや、そんなことはないけどよ…」

 

佐伯まゆがフィロス電機の最高傑作、スカイゾーンの部品の一部であることは技術開発部の人間か一部の役員しか知らない。

会長車の運転手の宮川はもちろんそのことを知らない。

だからといってライブに参加するほど惚れ込んでいるとは。

翔は大勢いる遊び相手のうちの一人としか考えなくなっていたが、それでもまゆの愛らしさは別格だと認めていた。

そのまゆがこんなにも人気が出るとは。

遊び相手としてだけではなく、何か利用価値はないか。

 

「佐伯まゆってそんなに人気なのかよ。そうだ!うちの会社のCMにでも出せばよくね?」

「おお、会長、いいですねえ」

「だろ!!好感度も高いみたいだしよ。全方位に働きかけできるな!よし、今日の接待、まゆをうちの会社のCMに起用するよう言ってみるか」

「さすが会長です。まゆちゃんを起用すれば商品の売り上げは伸びますよ」

「だよなあ。この俺様のアイデア、我ながら冴えてるぜ」

 

翔は宮川におだてられ、我ながらいいアイデアが浮かんだと頬が緩みっぱなしだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喫茶プリヤ 第四章 九話~悪だくみ

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イラストはイメージです。

 

「フィロス電機はアンドロイド開発を止めろー!」

「アンドロイド市民権、ハンターイ!」

 

フィロス電機前では今日も市民団体のメンバーが集まり、アンドロイドの開発に反対するシュプレヒコールをあげていた。

定期的に現れる市民団体は、フィロス電機が目指すアンドロイドの市民権獲得に反対し、社屋の前で声をあげるだけではなく通行人にビラを配ったり、マイクで自分たちの主張を拡声したり盛んに活動していた。

 

「おい、丸山。どうなってんだ?」

「申し訳ありません。すぐに追っ払います」

 

翔はフィロス電機の最上階にある会長室から地上を見下ろし、市民団体の様子を苦々しく見ていた。

 

「銀嶺会はどうなってんだよ。ちゃんと連絡して手を打たせろ。それがお前の仕事だろ」

「はい、申し訳ございません」

「ったくもう、お前も使えねえな。ちゃんとやれよ、代わりはいくらでもいるんだぜ」

「はい…」

「俺は出かけてくるから、奴らを追っ払っておけよ。政府のアンドロイド審議会の会合、面倒くせえけど俺がいなきゃあの会合はまとまらないからな」

 

翔はイライラしながら秘書の丸山に反社組織を呼んで、市民団体を追い払うよう言いつけると会長室を出て行った。

政府が主催のアンドロイド審議会。

将来予定されるアンドロイドと人間の共生を議題に、未来のアンドロイド開発はどうあるべきか、それを審議するのがアンドロイド審議会だったが、それは表向きの建前に過ぎなかった。

審議会の実態は最大与党の憲民党を中心にまとまり、フィロス電機やその他のアンドロイド開発を手掛ける企業の団体で構成されていた。

その中でもフィロス電機の発言権は強く、事実上は憲民党とフィロス電機によるアンドロイド政策推進のための会合と化していた。

アンドロイドの開発を推進し、人間並みかそれ以上にまで性能を高め、人間とアンドロイドを共生させ、アンドロイドに福祉の分野での働きをさせる。

障害者や激増した高齢者の介護を担わせ福祉に貢献させる。

アンドロイドと人間の完全な共生社会を目指し、アンドロイドにも人間と同じ人権を与えるが、それと共にアンドロイドにも勤労や納税の義務を課す。

そのことを通して減少する人口や税収を補う。

このような建前が審議会では議論されていたが、翔は退屈だった。

これらのことは単なる建前で、実際はアンドロイドを人間社会に食い込ませ、やがては人間を支配させる。

いわば、アンドロイドを通してごく一部の支配階級の人間が市民を支配する。

審議会を構成する憲民党とフィロス電機の狙いはこういうことだった。

それでも、翔は退屈で会合の間、何度もあくびをして心ここにあらずな状態だった。

会合など早く終わらせ、高級クラブに遊びに行きたい。

憲民党幹部の接待をするついでに綺麗どころが揃ったクラブに繰り出し、美女をはべらせて高級酒に溺れたい。

翔はアンドロイドによる人類支配の話もどうでも良かった。

何があっても自分は支配階級の人間。

翔はそんな慢心のような気持ちでいるだけだった。

 

「ウヒャヒャヒャヒャ!花村センセイも好きっすねえ!」

 

アンドロイド審議会が終わると、翔は憲民党の幹部と共に夜の街に繰り出した。

高級クラブのオモルフィには反社会的勢力の銀嶺会の幹部が先に来ていて、憲民党とフィロス電機の関係者が現れると更に酒が運ばれホステスの人数も増えた。

憲民党、フィロス電機、銀嶺会は互いにズブズブの関係で建前ばかりの表舞台ではなく、オモルフィでの酒の席で重要な案件は決められていた。

翔は憲民党の代議士で次の総理大臣に最も近いと言われる花村権蔵の隣に座り、高級酒を呷り浮かれていた。

 

「二階堂くん、今度、うちの娘と見合いしないか?」

「へ?俺が?花村センセイの娘さんと?」

「うむ、君には私の後継者になってもらいたい。次の選挙に出て私の地盤を継いで欲しいんだ」

「へへへへ、いい話っすねえ」

 

翔は花村代議士から後継者に誘われ、ますます機嫌を良くして酒をまた呷った。

 

「二階堂くんは若くて有能だ。その若さでフィロス電機をまとめる経営の手腕も大したものだ。有権者ウケもいいだろうし、将来的には我が憲民党を背負って立ってくれ」

「いやあ、俺みたいなのが、いいんっスか?」

 

翔はおだてられていい気になり、隣に座っていたホステスの尻を撫で回しながらにやけていた。

高級クラブでの酒の席では建前ばかりの審議会では憚られるような話題もぽんぽん飛び出し、政界と財界のどす黒い癒着が明らかになるような話が進められても、翔は平然と酒を飲み薄ら笑いを浮かべて話に聞き入っていた。

 

「花村センセイ、俺、帰っていいっすか?これが来るんで」

 

酔っぱらった翔は小指を立ててにやにやしながら立ち上がった。

 

「おお、そうかそうか。まだ若いからな。大いに遊ぶといい」

「へへ、でも、センセイのお嬢さんと一緒になったら遊んじゃダメっすかねえ」

「まあな。しかし、バレなきゃいいんじゃないか?」

「やっぱ、そうっすよねえ!ウヒャヒャヒャヒャ!」

 

翔は上機嫌のまま酒席を後にした。

 

「花村先生、よろしいのですか?あのような軽薄な若造をその気にさせて」

 

翔がいなくなると、同席していた若手の議員が翔の不遜な態度に眉をひそめた。

 

「軽薄だからいいんだよ。あの手の若い奴は根拠のない自信ばかりで中身がない。生意気なだけで頭は空っぽだ。そこを利用してやるんだ。若手経営者のホープとして持ち上げるだけ持ち上げてやるんだ。若くていいイメージがあれば有権者の票が集まるしな」

「なるほど。票集めの客寄せパンダというわけですな」

「そうそう。あの若造、利用価値はあるからな。わっはっはっはっは!」

 

花村代議士は高笑いしながら酒の入ったグラスを傾けた。

 

「なあ、宮川。俺さ、花村代議士からスカウトされたんだぜ」

「と、仰いますと?」

「あのさ…」

 

翔は帰宅する車の中で運転手の宮川に花村代議士とのやり取りを自慢した。

 

「それはすごいですね。花村代議士の後継者ですか」

「そそそそ。俺の30年後は総理大臣かもなあ。うへへへ」

 

翔は酒臭い息をぷんぷんさせながら締まりのない顔で笑った。

 

「しかし、会長。花村代議士の周辺は何かと曰く付きですよ」

 

宮川は運転しながら今までに起きた事件を挙げた。

花村代議士の娘と見合いし結婚して議員にも当選した若者がいたが、初登院の日に爆弾入りの花束を渡され議会の玄関前で爆死した事件。

その後も花村代議士の後継者として何人かの若者が推されたが、不審死したり行方不明になったり何かとキナ臭かった。

 

「まあ、そりゃあそうだろ。花村が一番胡散臭いんだしな」

「会長、あまり深入りしない方がよろしいのではないですか?」

「大丈夫だよ。俺がそんなヘマするように見えっか?」

「いえ、決してそんなことは…」

「だろ。なら黙ってろよ」

「はい…ただ、会長、スカイゾーンのことですが…」

「何だよ?まゆがどうかしたか?」

「はい。最近、めったに会社に姿を現さなくなり、海子のプロジェクトも遅れております。技術開発部でも困っておりまして…如何いたしましょう?」

 

宮川が言うにはまゆはスカイゾーンとしてアンドロイドの海子の開発の務めがあるはずなのに、会社に姿を現さくなってしまったということだった。

 

「あ?それは技術開発部の問題だろ。まゆがいなきゃいないで、人間が開発の業務を進めればいいだろ」

「それはそうですが…」

「あいつは自分の意思でアイドルになったんだ。そっちの仕事が忙しいんだろうよ。大体だなあ、スーパーコンピューター一台に依存してねえで技術開発部の人間が仕切ればいいことだろうよ。技術開発部にはそう言っておけ」

「かしこまりました」

「それとよ。アンドロイド新法に反対するレジスタンスの奴ら、面倒だから潰せよ。丸山ともよく相談してあいつらの活動を止めさせろ」

 

翔にとってアンドロイド開発に反対する市民団体は目の上のたんこぶのようなものだった。

 

「奴らがぎゃあぎゃあうるせえと、アンドロイドのイメージが悪くなるだろ。俺らはアンドロイドに市民権を持たせて大量の出荷を目指してるんだ。それを邪魔されたら商売あがったりじゃねえか。俺はな、アンドロイド審議会の次の議長に推薦されているんだ。金を儲けて要職にも就くんだ。それを邪魔する奴らは容赦しねえ。わかったか!」

「はい。銀嶺会に動いてもらいます」

「そうそう、それでいいんだよ」

 

翔は会長専用車の後部座席に付いている冷蔵庫から缶ビールを出して呷った。

 

「おい、宮川、俺が政治家になったらよ、お前を運転手で使い続けてやってもいいんだぜ」

「それは、ありがたいお言葉です」

「だろ!ウヒャヒャヒャヒャ!」

 

翔は浮かれて缶ビールを次々と空け高笑いが止まらなかった。

 

 

 

 

喫茶プリヤ 第四章 八話~心変わり

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「ウヒャヒャヒャヒャ!キテるなあ、やっぱ上物は違うよなあ」

「ねえん、翔さぁん、あたしにももっとちょうだい」

「おお、ほら、もっとやれよ。おい、美香、寝てんのかよ?」

 

翔はまゆの伝手で知り合ったモデルや女優の卵を部屋に上げ、違法な薬物に耽るようになっていた。

フィロス電機の事実上の会長の肩書があれば、どんな女も釣り放題。

まゆはアイドルとしての仕事が忙しくなったこともあり、翔の部屋に来ることは少なくなっていたが、翔はそれをいいことに毎日のように女性を取っ替え引っ替えし乱交に耽っていた。

 

「ねええ、翔さああん。高山香菜、知ってるでしょう?」

 

薬物を服用してとろんとした目付きになった女優の卵が翔にからんできた。

 

「んん?最近、女優デビューした奴か?」

「もう、あの女サイアク!!ね、翔さん、銀嶺会とも付き合いあるんでしょ?香菜のやつ、ブッ殺しちゃってよ」

「おいおい、穏やかじゃねえなあ」

「何言ってんのよおお。こんなところでキメてて、穏やかもクソもないでしょ」

 

女優の卵、茉莉はモデルから女優に転身中の高山香菜の悪口を続けた。

 

「もうサイアク!!物を隠されるなんて序の口よ。スタイリスト見習いの娘をイビるのは当たり前。ショーに一緒に出れば衣装を切られたり、彼氏を盗られた娘もいるのよ」

 

トップモデルで女優としても活動を始めた高山香菜。

翔もテレビで見ない日はなかったが、それほどまで他のモデルや女優に対するいじめや嫌がらせが酷いとは。

 

「わかったわかった。銀嶺会の奴らになんとかさせるわ」

「わああ!ホント?!」

 

銀嶺会といえば世に知れ渡った反社会的勢力だったが、実はフィロス電機の創業の頃から深い関係があり、今でもトラブルや面倒事の解決の時には必ず暗躍していた。

 

「おう、任せとけ。銀嶺会はフィロス電機のケツ持ちだからよ。俺が一言言えば、高山香菜なんて潰すのは訳ないさ」

 

翔は会長代理の座に就いてからというもの、養父で先代の二階堂会長以上に銀嶺会との結びつきを強めていた。

アンドロイドを開発し、市民権を獲得させ、アンドロイド優勢の社会を作り、アンドロイドを介して社会を支配するフィロス電機の狙いを見抜いて反発する市民団体を抑え込むためにも翔は銀嶺会を利用していた。

フィロス電機の後ろにいるのは最大与党の憲民党で、両者はアンドロイドが人間と同じ権利を獲得する社会を目指し、アンドロイドに人間を席巻させそれに乗じて国を支配することを最終的な目標としていた。

養父から銀嶺会、憲民党のことを聞かされ、後を託された翔は権力の中心にいる自分の立場を悟った。

冴えない老人だった自分が若くて有能な美男に生まれ変わり、国を支配する権力の中心にまで上り詰めた。

日常生活では芸能界の美しい女性を相手に欲しいままにし、違法な薬物を乱用しようが気に入らない人物を始末しようが、逮捕されることもなく罪に問われることもない。

好きなことを好きなようにしようと誰からも文句は言われない。

翔は有頂天だった。

プリヤスペシャブレンドを飲み、運を掴んだ翔。

人生楽勝。

翔はそんな風に自信たっぷりだった。

 

「ウヒャヒャヒャヒャ。お前らさあ、俺と結婚したいかよ?」

「ええ~ん、もちろんよおお」

「ねえ、翔さああん、あたしをお嫁さんにしてよおお」

「違うわよおお、翔さんはあたしと結婚するのお」

 

薬物で麻痺した女性たちは掴み合いを始めたが、翔はそれを横目で見ながら高級酒で薬物を流し込んで楽しんでいた。

 

「おいおい、お前ら、良い子のお友だちは仲良くしなきゃダメだろ。ウヒャヒャヒャヒャ!」

 

と、その時、翔は背後に気配を感じた。

 

「誰だ?また誰か来たのか?由美か?」

 

翔の部屋の合い鍵を持っている芸能界の女性は両手でも足りない数になっていて、翔も把握しきれなくなっていたが振り向いた翔は顔を引き攣らせた。

 

「お、お、おいおい。まゆじゃねえか。どうしたんだよ、急に」

 

なんと部屋に入ってきたのは、まゆだった。

 

「翔さん…何してるの?」

「何って、見りゃわかるだろ」

 

翔は悪びれもせず笑って誤魔化した。

部屋に複数の女性を引っ張り込み、テーブルの上には錠剤が大量に撒かれ酒の瓶も転がっている。

女性は下着姿、半裸に近い格好で目を見ればとろんとして明らかに薬物の影響が出ている。

まゆはショックを受けて言葉が出てこなかった。

 

「まゆ、お前もやるか?キメてみろよ。あ、お前はそういうのじゃなかったっけ?ウヒャヒャヒャ!」

 

まゆはスーパーコンピューター、スカイゾーンの端末態という部品の一部。

電子頭脳には麻薬は浸透しない。

翔はそれもわかっていたが、まゆをからかうようにそう言った。

 

「翔さん、ひどいわ…」

「何だよ、文句あんのかよ。お前みたいなガキ相手にやってられっかよ!」

 

複数の女性の前で翔は虚勢を張った。

翔はそう言うと、まゆの目から何か光るものが流れ落ちたのを見たような気もしたが、深くは考えなかった。

 

「文句あんなら出てけよ!ばーか!」

「…」

 

翔に汚く罵られ、まゆは黙って部屋を出て行ってしまった。

 

「あらあん、翔さん。いいの?今の、佐伯まゆでしょ?」

「可愛かったわねえ、さっすがアイドルねぇ」

「関係ねえよ。あいつが勝手に俺に熱を上げてるだけだからよ。ほら、もっとやれよ」

 

翔は誤魔化すように薬物の錠剤を口に含み、酒で流し込んだ。

 

 

翔に裏切られた。

片方だけのピアスを部屋の中で拾い、疑わしい部分はあったとはいえ現場を抑えられても開き直るとは。

まゆは翔のマンションを出て夜道を一人でとぼとぼと歩いていた。

確かに最近の翔は様子がおかしくなっていた。

フィロス電機の事実上の会長として地位も名誉も手に入れ、傲慢な物言いが目立つようになり、すっかり人が変わってしまったようだった。

そんな翔を元のような心優しい青年に戻すにはどうしたらよいのか?

まゆにはまだまだ人間の気持ちがわからなかった。

まゆの方からのアプローチだったが、翔はそれを快く受け入れ相思相愛になったはずだったのに、こんなに簡単に人間は裏切るのか。

いくら考えてもまゆには翔の気持ちがわからなかった。

自分は人間以上の思考を持つスーパーコンピューター

その自分が考えてもわからないとは、一体どういうことなのか。

まゆはとぼとぼと歩き続けた。

 

「よ!カーノジョ!」

「俺らと遊ぼうぜ!」

 

まゆがとぼとぼと歩きながら緑川公園の前を通りかかると、男が数人、声をかけてきた。

 

「ねねね、どっか行こうぜ」

「可愛いなあ、ん?どっかで見たことあんな?」

 

如何にもチンピラといった感じの男たちを無視してまゆは通り過ぎようとしたが、前を通せんぼされた。

 

「どいて下さい」

「まあまあ、そう言うなよ。かわいこちゃん」

「ホント、可愛いな。誰だっけ…え、と?」

 

通せんぼされて進めなくなったまゆを、チンピラたちはじろじろ見た。

 

「あー!!わかった!!佐伯まゆじゃねーかよ!!」

 

チンピラの一人が大声を出すと、他の者も興奮して声をあげた。

 

「うひょー!!アイドルかよ!!」

「こりゃあ、いいや!楽しもうぜ!!ほら、こっちこいよ!!」

「やめてください!」

 

まゆは腕を掴まれて振り払ったが、しつこく絡まれた。

 

「なんだあ、てめえ!…うぎゃ!!」

 

酒の臭いをぷんぷんさせたチンピラは酔った勢いでまゆに殴りかかろうとしたが、逆にまゆに殴り返され首が飛び、体は何メートルも向こうに飛ばされ公園内の大木に叩きつけられた。

可憐なアイドルが大の男を殴り飛ばして何メートルも飛ばす。

しかも首がちぎれて転がっている。

どこからそんな腕力が湧いてくるというのか。

チンピラたちは悲鳴をあげて後退りした。

 

「ひひええええ!!ヤバくね?!」

「逃げようぜ!化けもんだ!」

 

仲間を助けようともせず、チンピラたちは一目散に逃げだした。

逃がすものか。

翔のことで気持ちが荒みささくれ立っていたまゆは、逃げるチンピラたちを追いかけた。

 

「うわああ!!やめて!!助けてー!!うぎゃー!!」

 

チンピラたちが全速力で走っても、アンドロイドの体を持つまゆは容易に追いつき次々とチンピラたちを捕まえた。

生きながら腕をちぎられ、足を逆向きに捩じられ、背骨を折られ、最後に首をちぎられて止めを刺されたチンピラたちの悲鳴と叫びが深夜の公園内に響いた。

 

「ひえ、助けて。助けてくれよ…このことは誰にも言わないからよ」

 

最後に一人残ったチンピラは、腰を抜かして失禁しガタガタ震えながら命乞いした。

 

「人間なんて…」

「はああ?」

 

まゆが何かぶつぶつ言っている。

何を言っているのかわからず、チンピラは怯えながら命乞いを続けたが、まゆは容赦なくその首を捩じって引き抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喫茶プリヤ 第四章 七話~自惚れ

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翔はフィロス電機の会長代理という肩書きだったが、養父の二階堂肇会長は80歳を超えた高齢ということもあり、ほぼ引退したも同然で事実上の会長として翔が業務をこなしていた。

 

「会長、もうすぐ財界の食事会の時間です」

「あ、もうそんな時間か。出かけるか」

 

翔は毎日忙しく会長業に取り組んでいた。

まゆがいない会長室の様子にも、翔は慣れてきていた。

まゆはトントン拍子に話が進み、アステールと契約。

アイドル歌手として華々しくデビューしていた。

デビューしてからというもの、まゆはアッという間にトップアイドルの仲間入りを果たし、人気に火がついていた。

スキャンダルを嫌う事務所のアステールの意向で、まゆと翔は別居させられていたが、翔はおせっかいで世話焼きのまゆの干渉から逃れられると内心では歓迎していた。

そうは言っても、自分こそがまゆの全てを知る人間だという優越感は常に心の中にあった。

そんなことよりも、自分は名うての一流企業、フィロス電機の事実上の会長。

トップアイドル、佐伯まゆとは懇ろな関係。

若くして一流企業の会長職にあり、財界でも発言力を増し政治家からも一目置かれている。

金も名声も手に入れ翔は優越感に浸っていた。

そして、最近はまゆを通して芸能界の知人もでき、華やかな女性とも付き合いができていた。

まゆに会えなくても、いくらでも代わりになる女性はいた。

それにしても、なぜ自分にはこんなにツキが回ってきたのか。

思い返せば、家族にも疎まれ、施設に収容されそうだった冴えない高齢者だった自分が、こんなにもツキに恵まれるとは、なぜなのだろう?

翔は時々そう思うことがあったが、あまり深くは考えてはいなかった。

 

 

「会長、お疲れさまでした」

「あ、ちょっと待ってくれよ」

「はい?」

 

財界人との食事会を終え、フィロス電機に戻る途中、翔を乗せた車はプリヤの前を通りかかった。

翔は久しぶりにプリヤを見かけた。

相変わらず静かで客はいないのだろう。

 

「おい、ちょっと停まってくれ」

「はい」

 

翔はプリヤの前で車を停めさせて降りた。

 

「会長、いかがなさいましたか?」

「先に帰っていいぞ。俺は後からタクシーで帰るから」

「しかし、会長。それでは…」

「いいからいいから。ちゃんと帰れるから。お前も帰っていいぞ」

「左様ですか…恐れ入ります。それでは、お気をつけて」

 

会長専用車の運転手は不思議そうな反応を見せながらも、言われた通りに走り去り、それを見届けた翔はプリヤの玄関の扉を開けて店内に入った。

 

「よ!空子!元気だったか?!」

「え?え、いらっしゃいませ…」

 

ウェイトレスの空子は、プリヤに入ってきた翔にそう言われて少し驚いていた。

 

「俺だよ、末吉だよ!」

「え?末吉さんって、あのおじいさんの末吉さんですか?」

「そそそそ。俺さ、誰にも言ってないけど、なぜか若返ったんだ。見てくれよ!それにさ、俺、今はフィロス電機の会長代理なんだぜ」

 

翔はくるりと一回転して、自分自身を空子に見せた。

 

「まあ、そうだったんですか」

 

空子はネットニュースやプリヤの店内にある新聞、雑誌を見てフィロス電機に若い会長代理が誕生したことは知っていたが、それが客として来ていた末吉と同一人物だと知って驚いた。

 

「まあ、俺にも運が回ってきたってことだよな」

「ええ、すごいですね」

「まあな。俺さ、アイドルの佐伯まゆとも仲がいいんだぜ。まゆの奴さ、俺にベタ惚れでさあ」

 

翔は聞かれもしないのに自慢話を始めた。

今やトップアイドルの佐伯まゆの恋人は自分であること。

しかし、その一方で翔は気に入ったクラブのホステスにマンションを買い与えたり、まゆの伝手で知り合った芸能界の女性、モデルや女優の卵とも親しく交際していたり。

そんな自慢話を翔は空子の前でペラペラひけらかした。

 

「俺さ、もう絶好調だよ。なんで、こんなにツイてるのかな?」

「さあ?末吉さん…翔さんが努力されたからじゃないですか?」

「でもよ、冴えないじじいがこんな若い男前になれるか?」

「ええ、不思議ですね」

「まあ、いいや。一晩寝たら覚める夢かとも思ったけど、そうでもないみたいだしな。まだまだいい思いできるぜ。ウヒャヒャヒャヒャ」

 

翔は頼んだコーヒーを飲み干すと立ち上がって会計を済ませようとレジに向かった。

 

「じゃあな、空子。俺も忙しいからいつまた来れるかわかんないけどよ。何か困ったことがあれば、いつでも来いよ。何でも望みを聞いてやるよ」

 

翔は自信たっぷりにレジの前で財布から一万円札を出した。

 

「あら、ごめんなさい。細かいのありますか」

「おっと、そっか。じゃあ、釣りはいらないよ。小遣いで取っとけよ」

「それも、ちょっと…」

「いいからさ、取っとけよ。じゃあ、マスターもお元気で」

 

翔はレジに一万円札を置いたままプリヤを出て行った。

 

プリヤを出た翔はすぐにタクシーを拾い、家路についた。

空子も若返った自分を見て驚き、今の自分の生活の様子を羨んでいるように見えた。

翔はタクシーに揺られながらそんなことを考えた。

それにしてもプリヤはなぜ潰れないのか?

一万円札を出して釣銭がないということは、やはり店は流行っていないのだろう。

空子もマスターも浮世離れしている。

翔はいろいろ考えを巡らせたが、ふと気がついた。

空子といえば、スカイゾーンが開発し電子頭脳にエラーが見つかって回収されたアンドロイドと同じ名前ではないか。

プリヤにいるウェイトレスも空子。

偶然、同じ名前なのか?

プリヤには謎が多い。

 

「あ!そうか!」

 

翔は思わず声に出してしまった。

黙って運転しているタクシーの運転手も少し驚いたようだった。

 

「そういうことか」

 

翔は声を抑えて独り言を続けた。

自分が変身する前、プリヤでコーヒーを飲んだがその後すぐに、一晩経ったら若くてハンサムな男に生まれ変わることができた。

もしかしたら、あのコーヒーに秘密が隠されているのかも知れない。

頼んでもいないのに、スペシャブレンドだと空子は勧めてくれた。

やはり、あのコーヒーが何か関係があるに違いない。

もう一杯、二杯と飲めば更にツキが回ってくるのではないか。

これはいいことに気づいた。

プリヤスペシャブレンドを飲みさえすれば、何もかも上手くいくのだ。

翔は一人でニヤリと笑った。

今夜は、まゆが遊びに来る日。

トップアイドルと秘密の逢瀬を重ねる優越感に翔は浸っていた。

そのうえ、他の女性にもモテモテ。

会社に行けば、自分の一声で何でも決まり逆らう者はいない。

養父の二階堂会長も高齢で、もうすぐ死ぬだろう。

そうなれば、フィロス電機は自分のもの。

金、女、権力。

翔は欲しいものを全て手に入れた。

何か困れば、プリヤスペシャブレンドを求めればよい。

自分は向かうところ敵なし。

何でも思いのままにできるのだ。

翔は笑いが止まらなかった。

 

 

「翔さん、茄子のお味噌汁、できたわよ」

「お、そっか。食おう食おう」

 

その日の夜、仕事を終えたまゆが翔のマンションの部屋にやって来た。

すっかり忙しくなったトップアイドルのまゆだったが、翔の前では変わることなく素直で世話好きで可愛らしかった。

 

「翔さん、美味しい?」

「うんうん、旨い旨い!まゆが作る味噌汁は最高だな!」

「ねえ、炊き込みご飯も作ってみたの。翔さん、鳥めし好きでしょう」

「おお、気が利くなあ」

 

翔は内心、喜ぶふりもなかなか大変だと思いながらもまゆの料理の腕を褒めておだてた。

こうしてご機嫌さえ取っておけば丸く収まる。

まゆがデビューしたことで、芸能界と接点ができた翔はモデルや女優の卵とも接触を持ち部屋に連れ込むようになっていた。

 

「ああ、旨かったなあ」

 

翔はテレビのリモコンを持ち適当にチャンネルを合わせ始めた。

 

「翔さん、お風呂沸かしてくるわね」

「おお、そうだな!一緒に入るか?!」

「もう、いやだあ」

「ウヒャヒャヒャ。冗談だよ!」

 

好物に舌鼓を打った後は、ひとっ風呂浴びてリラックス。

痒いところに手が届くようなまゆの心遣いに、翔はおんぶに抱っこのようなものだった。

 

「おーし、ひとっ風呂浴びてくっか」

 

翔はいつも見ているバラエティー番組を見終わると、浴室に向かった。

 

「まゆ、好きなもの見てていいぞ」

「はい」

 

翔が浴室に行ってしまった後、まゆは夜のニュース番組にチャンネルを合わせた。

社会では今、何が起こっているのか。

まゆは本当の自分、スーパーコンピューターのスカイゾーンとして人間の社会の学習に余念がなかった。

その合間にまゆは翔が風呂上りに飲みたいであろうビールが冷えているか確かめたり、台所とリビングを行ったり来たりしていたが、床の上に何か光るものを見つけた。

 

「何かしら?」

 

指でつまめるほどの小さな光るもの。

 

「え、ピアス?」

 

まゆがつまんだのは片方だけのピアスだった。

翔の部屋にピアス。

翔はピアスを開けてはいない。

誰か他の人間が落としたのか?

そうとしか考えられない。

まゆがよく目を凝らすと、長い髪の毛が落ちているのに気づいた。

ピアスと長い髪の毛。

女性の影がちらつく。

まゆは拾った片方だけのピアスをそっと服のポケットに仕舞い込んだ。