成り上がりたかった男 第五話~ボディガードにされて

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「こんにちはー」

 

正雄はすっかり馴染みになったプリヤにやってきた。

依頼人の洋子との待ち合わせで来て以来、仕事絡みでなくても正雄はプリヤを訪れていた。

プリヤのナポリタンは最高の味だ。

正雄はアプサラスクラブの出勤前に、腹ごしらえをするためによく来るようになっていた。

 

「いらっしゃいませー。あら、竹山さん」

「よう、空子。今日もやっぱり綺麗だな」

 

正雄はいつもの席に座りナポリタンを注文した。

 

「俺さあ、これから反社の組長の運転手やらなきゃならないんだよ」

「まあ、それは大変ですね」

「ほら、前も言ったろ。俺、勤め先の上司の命令で竜嶺会と接触させられてるんだよ。今日はその組長がクラブに飲みに行くってことで、俺が送り迎えしなきゃならなくなったんだ」

「それは恐いですね」

「そうなんだよなあ。その組長さあ、一見、紳士的なところが却ってヤバいって感じだな」

「気をつけてくださいね」

「ああ、金はたんまりもらえるからいいっちゃあ、いいんだけどな。次のボーナス、割り増しになるんだ」

 

正雄は仕事の前に少しでも空子に愚痴をこぼして自分を落ち着かせたかった。

それにしても、空子もまだ若いのに落ち着きはらっていて自分の話を聞いてくれる。

まだ高校生のようにも見えるが、意外と大学生でプリヤでバイトをしているのか?

そもそもプリヤは儲かっているのか?

マスターは寡黙でほとんど話さない。

正雄は空子にもマスターにも不思議さを感じていたが、あまり深いことは聞かない方がいいのかも知れないと考えていた。

 

 

プリヤを出た正雄は竜嶺会の組長、田口の豪邸に向かい街でも指折りの高級クラブ、オモルフィまで田口を車で送り届けた。

その後はオモルフィの前で車を停め、田口が店から出てくるのを待っていた。

正雄が潜入した風俗店、アプサラスクラブは竜嶺会の息がかかった店で資金源になっている。

アプサラスクラブの店長ら幹部は定期的に接待で田口をオモルフィに招き、その送り迎えをするのはアプサラスクラブのドライバーの仕事だったが、その日は正雄が送迎役を命じられていた。

田口がオモルフィから出てくるまで、正雄はスマホを弄りながら時間を潰していた。

山崎から預かっている不思議な謎のスマホは、なぜかインターネットに繋がらず登録した番号にしか通話もできない。

洋子が客に襲われた時に一度だけ不思議なことが起こったが使えない備品だ。

正雄はそんなことを考えながら、自分のスマホネット掲示板を見ながら時間を潰していた。

何時間か経った頃、田口が配下の者を伴って店を出てきた。

正雄が車を出て後ろのドアを開けようと待っていると、田口は上機嫌で近づいてきた。

と、その時、暗がりから何者かが飛び出してきた。

 

「田口ー!死ねや!!」

 

男の叫び声がすると、何発か発砲音が響いた。

敵対する組織の襲撃だ。

田口はドアを開けて立っていた正雄の脇を通り抜けて車に乗り込む瞬間に狙われた。

この間、田口の周りにいた竜嶺会の組員は応戦し、撃ち合いになったが正雄は胸にかなりの衝撃を感じた。

撃たれた。

もう終わりだ。

死ぬ時は本当にこんな風にスローモーションのように周りが見えるのか。

正雄はゆっくり倒れた。

 

「オヤジ!大丈夫か?!」

 

襲撃してきた相手を撃ち殺した組員たちは、倒れている正雄には目もくれず田口の周りに集まった。

 

「おお、大丈夫だ。こいつが盾になってくれたんだな。ん?おい、死んだのか?」

 

田口は足元に倒れている正雄を足の先で軽く蹴った。

 

「うーん…」

「お、こいつ、生きてるぞ!」

「おい、起きろ!」

 

助かった。

死んではいなかった。

正雄は言われるまま起き上がった。

 

「あ、これ…」

 

銃弾は正雄の胸ポケットに入っているスマホに当たって止まり、貫通を免れ正雄の命を守ってくれていた。

しかし、スマホは割れるでもなく正雄の胸ポケットに収まっていた。

 

「おお、お前、俺の盾になってくれたのか」

 

田口はスマホが銃弾を止めたことに気づいていないようだったが、起き上がった正雄を褒めてくれた。

 

「おい、お前、名前何て言うんだ?」

「竹山です」

「そうか、気に入った。これから俺の用心棒やらないか?」

「え、用心棒ですか?」

「ああ、気に入ったよ。根性あるな。俺はお前みたいな若い奴が好きなんだ」

 

田口は有無を言わせず、正雄を用心棒と決めた。

 

それからというもの、田口は何かと正雄を目にかけてくれるようになった。

 

「竹山、ライブ行かねえか?」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

田口が出してきたのは、人気ミュージシャンの三澤俊介のスマホチケットだった。

 

「これな、お前のスマホに移せばチケットになるから。まだ欲しければ枚数を言え。三澤のチケットはうちの組が押さえてるんだ」

 

人気ミュージシャン、三澤俊介のチケットはなかなか取れないことで有名だったが、竜嶺会が買い占めて高額転売することで、一般の真面目なファンには手に入りにくくなっている。

竜嶺会が買い占めて高額で転売するため、一般の真面目なファンはチケットを取ることが難しくなる。

それでも諦めきれないファンは多く、高額転売サイトなどに手を出しかなりの金額でも買う者がいる。

そうして竜嶺会は利益を得ている。

田口はニヤニヤ笑いながらそう教えてくれた。

何ということか。

芸能の世界にはヤクザ者が付いていると噂では聞いたことがあったが、本当にそうだったのか。

正雄は人気ミュージシャンのチケットのからくりを知ってしまった。

 

「あとな、話はつけてあるから楽屋にも入れるぞ。どうだ?これと行けばいいプレゼントになるだろ」

 

田口は小指を立ててニヤニヤ笑った。

 

「オヤジ、ありがとうっす。ありがたく頂きます」

 

こうして三澤俊介のチケットを受け取った正雄は一人でライブにやって来た。

本当は洋子を誘いたかったが、洋子はいつも指名してくれる客の予約が入っていた。

正雄は大学生の頃に一度、三澤のライブに来ていたが、その日もまあまあ楽しめた。

いろんな噂はあるが、三澤俊介はやはり一流のミュージシャン。

正雄は最前列の神席でライブを堪能した。

ライブの終演後、楽屋に行って三澤と写真でも撮ればいい。

田口にそう言われていた正雄は、会場内のスタッフに関係者だと名乗り出てスマホの画面のチケットを見せると、すぐに案内された。

 

「お疲れさまでーす。お客さまでーす」

 

会場のスタッフの案内で、正雄は三澤の楽屋にやってきた。

 

「お疲れさまです。田口さんからのご紹介ですか」

 

楽屋に入ると、三澤のマネージャーが丁寧に正雄に挨拶してくれた。

 

「俊介、田口さんのお友達が来てくれたぞ !」

 

マネージャーが声をかけた方を見ると、正雄は目が釘付けになった。

なんと、トップアイドルの佐伯まゆが三澤と談笑しているではないか。

三澤とまゆは年の差カップルで交際していると噂だったが、どうやらその噂は本当らしい。

正雄はまゆの美しさに釘付けになった。

 

「田口さんのご紹介ですか。今日はありがとうございます」

 

三澤はまゆとの談笑を中断して正雄に挨拶をしてくれた。

少し離れたところに座っているまゆも軽く会釈してくれた。

正雄は自分が特権階級になったような錯覚をしてしまいそうだった。

 

「竹山さん、どうですか。この後、打ち上げにもいらっしゃいませんか?」

「え、いいんですか?」

「もちろんですよ。是非、来てください」

 

正雄は気後れしたが打ち上げに参加することにした。

一流ミュージシャンの打ち上げにも興味があるし、何といってもトップアイドルの佐伯まゆも同席する。

正雄は特権意識をくすぐられた。

 

「カンパーイ!!」

 

三澤のマネージャーが音頭を取り、ライブの打ち上げは始まった。

正雄は周りを見てみたが、ヤクザ者らしきチンピラ風の男が何人か紛れ込んでいた。

おそらく、三澤のライブチケットを取り仕切っている竜嶺会の人間なのだろう。

 

「お、兄ちゃん、やっぱり来てたのかい?」

 

正雄がビールを飲んでいると、そのチンピラが声をかけてきた。

やはり竜嶺会の組員だ。

正雄は確信した。

 

「オヤジからチケットもらったんだって?他にも行きたいライブがあるなら、俺たちに任せろよ。大抵の興行は俺たちが仕切ってるからさ」

「オヤジに気に入ってもらえれば安泰だ。どうだい?選挙にでも出ないかい?オヤジはあちこちに顔が利くんだ。オイシイ思いができるぜえ」

 

良さそうな話だが、こういう話には必ず裏がある。

正雄は苦笑いしながら適当に受け流していた。

そんなことよりも、正雄は同じ打ち上げの席にいる佐伯まゆが気になって仕方なかった。

なんと可愛らしいのだろう。

人間離れした愛らしさではないか。

芸能界のゴシップではまゆと三澤は交際しているとされていたが、とにかく羨ましい話だ。

正雄は完璧な美しさのまゆをどこか恐いと思っていたが、本物を目の前にすると見惚れてしまった。

正雄はまゆの方ばかりチラチラ見ていたが、そろそろ打ち上げもお開きといった雰囲気になったところでチンピラが正雄を誘ってきた。

 

「兄ちゃん、この後どうだい?」

「え?」

 

どうやら自分は打ち上げの後で女性の接待を勧められている。

さて、どうしたものか?

 

「この娘はうちの系列店のナンバーワンなんだ。本物は写真の何倍もいい女だぜ」

「兄ちゃん、オヤジからもオススメの女だぜ。楽しめよ」

 

チンピラ二人はスマホの画面に写った写真を見せて強引に勧めてきた。

竜嶺会はアプサラスクラブ以外にも、多数の風俗店を傘下に収めている。

チンピラが言うには、街でも指折りの高級店、ラクシュミーパレードのナンバーワンを紹介してくれるらしい。

結局、正雄は断り切れず押し切られてしまった。

とはいえ、風俗店のナンバーワンだという美女に興味がないわけではない。

この際、世話になってしまおう。

正雄はなんとか笑顔を浮かべ、ナンバーワンが待つというホテルの部屋番号が書かれたメモを受け取った。

 

タクシー代までもらった正雄は超一流のホテル、帝都ホテルまでやって来た。

これも組長の田口の盾になって守ったと思われたことで、便宜を図ってもらっているということだろう。

そんなことを考えながら正雄が帝都ホテルの玄関に入ろうとしていると、スーツ姿の男たちに囲まれた人物とすれ違った。

何やら物々しい空気が流れていたが、囲まれている高齢の男は若い女性を連れて楽しそうにしていた。

どこかで見たことがある顔だ。

すれ違いざま、正雄はそう思ったが誰だったかすぐには思い出せず、そのまま帝都ホテルの中に入ってエレベーターに乗り込んだ。

 

「あ、そっか」

 

エレベーターに乗り込むと、正雄は独り言を漏らした。

さっきすれ違った男は、有名な宗教法人まごころの朋の代表、河原ではないか。

何度かニュース番組で見たことがある顔だった。

噂では河原は信者の若い女性に手をつけることで有名で、何件も裁判を起こされているということだった。

連れられていた女性はまだ若く、学生かと思うほどだった。

洋子から聞いた話では、それでも飽き足らず風俗店のVIP客として女性を派遣させ変態プレイに興ずることもあるという。

しかし、宗教家というものはそういうものなのだろう。

表の顔と裏の顔を使い分けているのだ。

そんな曰く付きの人物と超一流ホテルの玄関ですれ違ってしまった。

よく考えたら、山崎に謎のスマホを渡されて以来、自分の身の回りと今まで縁のなかった人間と関わるようになった。

それも謎のスマホパワーのせいなのか。

正雄がそんなことを考えていると、メモに書かれた階にエレベーターが止まった。

メモを見ながら廊下を進むと、正雄は書かれた通りの番号の部屋を見つけた。

ドアの脇にある呼び鈴を押すと、返事が返ってきてドアが開いた。

 

「はーい。あら、意外と普通の人ね」

 

さっき、チンピラに見せられた写真の何倍も綺麗な女が出てきた。

正雄はそれだけで緊張してしまった。

三澤俊介の打ち上げで会った佐伯まゆといい、美しい女はどこか恐い。

正雄は美女の前で硬直しそうだった。

 

「あたし、アイ。よろしくね」

「あ、はい。竹山です」

「へええ、真面目かあ」

 

部屋に入れてもらうと美女はさばさばした感じで名乗ってくれた。

正雄が緊張しているのはバレバレだった。

 

「なんか、すごく真面目そうね。この世界には珍しいタイプじゃない?どうしてデリヘルの運転手なんてやろうと思ったの?」

 

正雄がアプサラスクラブのドライバーをしていることはお見通し。

なぜ、そうなっているのはわからなかったが、夜の世界とはそういうものなのだろう。

コネクションが大切なのだ。

 

「え、と。時給がいいですし。俺、運転が好きなんです」

「ふうん。みんな同じこと言うのよねえ」

「そうっスか?」

「あたしもね、アプサラスクラブにいたことあるんだ。でも、あそこは低価格コースもあるでしょ。変な客に当たることもあるのよねえ」

「そうなんスか」

「まあ、いいわ。今日はせっかく来てくれたんだから楽しみましょ。お風呂、入れてくるわね」

 

お風呂。

一緒に入るということか。

そうに違いない。

高級風俗店のナンバーワンとお風呂。

ここは喜んでいいところなのだろうか。

おそらくそうだが、正雄はすっかり気後れしていた。

 

「竹山くん、お風呂、お湯が入ったわよ。今日はたっぷりサービスしちゃう」

 

アイはもう服を脱いでバスタオルを巻いただけの姿で浴室から戻ってきた。

 

「あ、は、はい。よろしくお願いします」

「もう、固いんだからあ。固いのはアソコだけでいいのよ」

 

正雄は顔から火が出るほど恥ずかしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

成り上がりたかった男 第四話~デートクラブの正体

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「おい!マイ!今日のお客さんからクレームが入ってるぞ!」

「すみません」

「どうしてくれるんだよ!常連の太客だったのに、もう来ないって言われちまったんだぞ!」

 

デートクラブという建前のデリヘルの事務所で、洋子は店長にこっぴどく叱られた。

女の子に渡す釣銭を両替するため、事務所に寄った正雄は洋子が叱られているのを目の当たりにした。

 

「罰金だからな!今日から一ヶ月、お前の給料は全部事務所に入れてもらうからな!」

「はい…」

「わかったか!わかったら、次の仕事に行け!おい、竹山、ラブナンバーホテルまでマイを届けてこい!」

「はい、わかりました」

 

正雄は命令を受けて洋子と事務所を出た。

 

「洋子ちゃん、大丈夫かい?」

 

デリヘルの事務所があるビルのエレベーターに乗り込むと、正雄は洋子を気遣った。

 

「うん、大丈夫。あたしが悪いから仕方ないわ」

 

洋子は客からの本番行為を断ったためにクレームを入れられていた。

 

「洋子ちゃんは悪くないよ」

「でも、うちの店は一度付いたお客さんを離しちゃ駄目でしょ。次も指名してもらえなきゃお給料がもらえないし」

 

なんとも阿漕なことだ。

 

「洋子ちゃん、やっぱり店は早く辞めた方がいいんじゃないか?」

「できればそうしたいけど、そんなことしたら殺されちゃうわ」

 

店に取って女の子は金蔓。

どの女の子もわけありで借金まみれ。

一度捉まえた金蔓は逃がさない。

それが反社の息がかかった風俗店のやり方だった。

 

「とにかく借金は返さなきゃ」

 

洋子の借金は利息が利息を生み、雪だるま式に増えていた。

 

「でも、洋子ちゃん。今までの借金を引き継いだっていう金融屋もロクなもんじゃないんじゃないか?」

「そうね。もっとあくどいわね。だから、ますます逃げられないのよ」

 

正雄と洋子が話しているうちに、客が待つというラブホテルの前に到着した。

 

「じゃあ、行ってくるわね」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

 

洋子がラブホテルに入ったのを確認すると、正雄は次の送迎の仕事に向かった。

 

洋子がラブホテルに入って2時間ほど経ち、正雄は仕事を終えて出てくる洋子を迎えにそのラブホテルの前にやって来た。

しかし、決められた時間を15分以上過ぎても洋子は出てこない。

そういう時は事務所に必ず連絡することになっていた。

 

 

「お客さん、もう時間です」

 

洋子は受け取った料金ぶんの時間が過ぎていたのでサービスを切り上げた。

 

「延長ご希望なら、事務所に連絡していいかしら?この後、予約が入っていたらご希望には添えないし」

「ねえちゃん、そういうことじゃねえんだよ」

「え?」

「こういうことなんだよ!」

「きゃあ!!」

 

帰り支度をしようとしていた洋子は首に手をかけられ、ラブホテルの部屋の大きなベッドに押し倒された。

 

「苦しい!放して!!」

 

そのまま首を絞められた洋子は身動きが取れなかった。

 

「ウヒャヒャヒャヒャ!」

 

客は洋子の首を絞めている手にますます力を込め、笑い声を上げた。

普通ではない。

洋子がうっすら目を開けると、狂気に満ちた顔が目の前にあった。

もしかしたらこの客は、最近、話題になっている連続風俗嬢殺人の張本人なのではないか?

風俗嬢がラブホテルで殺される事件が立て続けに起こっていて、街の風俗店ではどこでも話題になっていた。

売上金が盗まれるでもなく、ラブホテルの部屋で風俗嬢の遺体がバラバラにされる事件が起こっていたり、快楽殺人の噂も流れていた。

このままでは殺される。

洋子の恐怖は頂点に達した。

首を絞められて声を上げることもできず、絶体絶命。

その時、ラブホテルの部屋の扉が開く音が聞こえたような気がした。

 

「おい!何やってんだ!お前!!」

 

正雄の声だ。

助けに来てくれたのか。

首を絞められていた力が緩み、洋子が見ると正雄が部屋の中にいた。

 

「おい!!うちの女の子に何やってんだよ!!」

 

正雄は胸のポケットからスマホを出し、警察に連絡しようとした。

 

「おーっと!そうはさせるかよ!」

 

狂気に満ちた殺人鬼は正雄を殴りつけ、隠し持っていた小さなナイフを取り出した。

 

「お前もぶっ殺してやらあ!」

 

完全にイカレている。

正雄は殴られて落としたスマホを拾おうとしたが、かがもうとすると力いっぱい蹴られて倒れた。

 

「ウヒャヒャヒャヒャ!死ねや!!」

 

殺人鬼は倒れた正雄に向かってナイフを振りかざした。

最早これまでか。

刺されるかと恐怖で正雄は固まってしまったが、次の瞬間、殺人鬼の様子がおかしくなった。

 

「んんん?!何だ?!」

 

殴られた正雄が落としたスマホからビュンビュンと音が出て、まるで磁石に引きつけられるように殺人鬼は立ったままスマホが落ちているところまで引き寄せられた。

 

「うわああああああーーーーー!!」

「ええ!!」

 

ずるずるとスマホに引き寄せられた殺人鬼は、なんと、そのままスマホの画面に吸い込まれていった。

小さなスマホの画面に大人の男が吸い込まれ、跡形もなく消えた。

 

「ちょ、ちょっと!どういうことなんだ?!」

 

洋子もこの様子を見ていたが、呆気に取られて言葉が出てこなかった。

 

「洋子ちゃん、見たよね?」

「ええ」

スマホに人間が吸い込まれた??どうなってんだ??」

 

殺人鬼を飲み込んだスマホは、任務のために山崎室長から預かったもの。

いわば、アティーヴァ機械の会社の備品だったが、どうしてこういうことになったのか?

あまりにも不思議であり得ないことだったが、確かにこの目で見た。

正雄は信じられなかったが、たった今、目撃したことは紛れもない事実だった。

 

 

「ああ、あのスマホな。あれな、うちの資料室に代々伝わってる備品なんだよ。そんなことよりも、竹山。お前、どうやって店の女の子を助けたんだ?」

 

正雄は潜入して得られた情報を定期的に報告するため、元々の勤め先、アティーヴァ機械の資料室に戻ってくることがあった。

 

「だから、さっきから言ってるじゃないっスか!店のマニュアルで予定の15分すぎて女の子が出てこなかったら、部屋に踏み込めって言われてたんすよ!室長こそ、そんなことよりも代々伝わってるとか、そういうことじゃなくて、なんでスマホに人間が吸い込まれるんスか?!それを答えてください!」

 

デリヘルに潜入中、危機一髪といったところで凶暴な殺人鬼がスマホに吸い込まれ跡形もなく消え失せた。

正雄は山崎にどういうことなのか尋ねてみた。

 

「人間が吸い込まれる…ああ、それなあ。それはなぜなのか、俺にもわからん」

「はああ?」

「でも、結局はお前をピンチから救ってくれたんだろ。それでいいじゃないか。だから、俺はあのスマホをお前に持たせたんだ。俺もな、新人でここに配属された時、同じようなことがあったからな」

 

どうやら、まとめるとこういうことらしかった。

山崎が備品として正雄に渡したスマホは、いつから資料室にあるのかはわからないが不思議な力がある。

資料室の歴代の新人社員だけが持つことを許され、任務のために絶大な力を発揮してくれる。

人間が吸い込まれるのも不思議なスマホの力で、吸い込まれるのは悪人ばかり。

吸い込まれた悪人はその後、どこに行くのかはわからない。

 

「まあ、要するに、ブラックホールみたいなものだな」

「このスマホの中には悪人が詰まってるってことですか?」

「まあ、そういうことになるよなあ。俺はな、このスマホの力で悪い奴らをどんどん闇に引きずり込んでやろうと思うんだよ」

「じゃあ、室長がやればいいじゃないですか」

「それが、そうもいかないんだよ。このスマホはある程度若い人間が持つことで力を発揮するみたいなんだよな。俺が新人の頃の資料室長がそう言っていたんだ」

「なんか、わかったような、わからないような話ですね」

「まあ、使ってるうちに慣れるよ。それを持っていれば、お前は死ぬことはない。ところで、その風俗店。やっぱり阿漕な店だな。女の子に本番を強要して金を巻き上げる。要するに売春の元締めだろ。それに最初はデートクラブって話だったが、ホテルに女の子を届けるって、それはデリヘルだろ」

「俺は最初からそう思ってましたが」

「まあ、そこは大人の世界だからいろいろあるよなあ。とにかく、もう少し様子を見るんだ。できれば、竜嶺会との接点を押さえられたらいいんだけどな。竜嶺会は憲民党とも繋がってるらしいし、デカいやまが待ってるかもなあ。社会に巣食う巨悪を追い詰めるってか?」

「俺にまた危ないことをやれっていうんですか?」

「お、お前はそんなこと言えるのか?」

 

山崎は資料室の他のやる気のない社員に聞こえないように耳元で囁いた。

 

「お前は人殺しなんだよ。だから選択の自由はない。罪滅ぼしだと思って任務を遂行するんだ」

「また、そこですか。わかりました」

「ん?待てよ。お前も殺人を犯した極悪人なのに、なんで吸い込まれないんだ?」

「うっ」

 

正雄は何と返してよいかわからなかった。

 

「おかしいなあ。お前が真っ先に吸い込まれていてもおかしくないんだがなあ。まあ、こいつも気まぐれだからな」

 

山崎はにやにや笑いながら手の平の上に持った不思議なスマホをトントンと叩いた。

 

「とにかく、もう少し様子を探ってみろ。大丈夫、何かあったらこいつがお前を助けてくれるさ」

 

正雄は山崎からスマホを受け取り、資料室を後にした。

その日は金曜日でサラリーマンは給料日。

デリヘルは客が増えるに違いない。

まだ潜入を始めたばかりだったが、正雄は夜の街の掟のようなものもわかり始めていた。

 

「おい、マイ。ちょっと来い」

 

正雄は店が忙しい時は客からかかってくる電話の対応も任されるようになっていた。

正雄は電話に出て客の好みの女の子のタイプや希望のプレイを聞き出しながら、事務所の端の方にいる店長と洋子の会話にも耳をそばだてていた。

 

「おい、マイ。お前、VIPコースの仕事もしねえか?」

「ええ、VIPコースですか?」

 

VIPコースとは何か?

正雄は客の好みを適当に聞きながら、洋子と店長の会話にも耳をそばだてた。

 

「あのなあ、社長の紹介での仕事だ。お偉いさんの相手だ。給料はいいぜえ。日払いで10万とかだ。どうだ?やるだろ?」

「ええ、でも…」

 

アプサラスクラブは多くの企業などと提携していて、店の女の子を地方の支店などにも派遣して利益を得ていた。

しかし、それなりに仕事はキツい。

その他にも企業の経営者や政治家、宗教家、教育者、有名芸能人など社会的立場のある客が常連で、変態プレイ、SMプレイなど過激なサービスを提供するのがVIPコースだった。

体力的にはかなり厳しく、逃げ出す女の子もいる。

洋子がすぐに返事ができずにいると、店長は痺れを切らし声を荒げた。

 

「おい!マイ!いいかげんにしろよ!!てめえ、仕事を選べる立場かよ!!」

 

店長が声を荒げても、事務所にいる他の人間は構うことなく客からかかってくる電話に対応していた。

やはり、まともな世界ではない。

正雄は仕事を終えて事務所に戻ってきた女の子から、売り上げを受け取りながら洋子に同情していた。

 

 

「竹山さん、さっきの話、聞いてたでしょ?」

 

正雄がその日の仕事を終えた洋子を自宅に送る途中、洋子はVIPコースの仕事のことで助けを求めるように話しかけてきた。

 

「あ、うん。なんか大変そうだね」

「VIPコースねえ。みんな、お金になるから受けてるけどプレイがひどいのよね。聞いてたでしょ?あたしを指名してきたのは、まごころの朋の教祖よ。有名なのよ、変態だって」

 

まごころの朋は週刊誌でも名指しされる曰く付きの宗教団体。

教祖の河原はスキャンダルまみれで、裁判沙汰になった事件は数知れずな状態だった。

 

「ああ、知ってる知ってる。いろんな噂があるもんなあ。断れないのかい?」

「そうもいかないのよ。あたしもそうだけど、みんな借金が返せなくてやるしかないって感じよね」

 

そうこう話しているうちに、洋子の自宅マンション前に到着した。

 

「洋子ちゃん、着いたよ。今日もお疲れさま」

「竹山さん、ちょっと休んでいかない?」

「え?」

「お茶でも飲んでいかない?」

「いやあ、それはダメだろ」

 

店の女の子とスタッフの個人的な接触は禁止されていた。

洋子には同情するが、誤解されるような行動で潜入調査がバレたりしては元も子もない。

 

「洋子ちゃん、そういうことは洋子ちゃんが店を辞めたら、そういうことでどうだい?」

「そうなんだ。竹山さんならわかってくれると思ったんだけどなあ」

 

洋子は少し不満そうに車を降り、自宅マンションの中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

成り上がりたかった男 第三話~夜の蝶たち

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正雄はターゲットのアプサラスクラブに潜入した。

 

「みんな、ちょっと手を止めてくれ。今日から一緒に働く竹山正雄くんだ。ドライバーをやってもらう」

「竹山正雄です。よろしくお願いします」

 

正雄は神妙な顔でデートクラブ、アプサラスクラブの事務所の従業員の前で深くお辞儀をして挨拶した。

アプサラスクラブは繁華街の雑居ビルのワンフロアを借りていて、正雄の第一印象はごく普通の会社といった感じだった。

アプサラスクラブは指定暴力団、竜嶺会の資金源だったが、在籍する女の子は街で最多で有名人にも客は多いという評判だった。

正雄の第一印象では、危険な香りは一切漂っていなかった。

しかし、それが却って怪しい。

正雄は気を引き締めなければとお辞儀の姿勢から頭を起こした。

 

「じゃあ、竹山くんの席はそっち。おい、啓太、いろいろ教えてやってくれ」

「はい」

 

正雄が啓太と呼ばれた男子従業員の方を見ると、二十歳そこそこの若者が席に着いてパソコンをカタカタ動かしていた。

 

「あ、そこ、座ってください。まずはドライバーの仕事の説明しますね。お客さんからオーダーが入ったら事務所で指名があるかないか、ない時は好みの女の子のタイプなんかを聞くんです。それで話がまとまったら、女の子をお客さんのところに送り届ける。プレイが終われば女の子を迎えに行くんです。次の仕事が入ってる娘はそこにまた送って。それからその合間を縫って仕事が終わった女の子を迎えに行ったり、一日の仕事が終わった娘を家まで送ったり。これがドライバーの仕事です」

「はい、わかりました」

「竹山さんはまだ入ったばかりだから、まずは女の子をお客さんのところに届けることから始めてください」

「はい」

「じゃあ、仕事が入るまでは適当にやっててください。あっちに雑誌もあるし、テレビを見ててもいいですよ。週末なんかは忙しいからドライバーは走りっぱなしになりますし、暇なうちに休んどいてください」

 

正雄は啓太の指示通りに事務所の隅の方で仕事を命じられるまでテレビをぼんやり見ていた。

テレビの脇には雑誌が山積みになっていたが、やっぱり週刊スクープがあった。

他には店の女の子用なのか、女性誌も多く置かれていた。

それにしても、ドライバーが女の子を客のところまで送り届ける。

それはデートクラブではなく、デリヘルというのではないか?

やはり怪しい。

そんなことを考えながら適当に時間を潰して30分ほど経った時、正雄は初仕事を命じられた。

 

「竹山くーん。マイちゃんをインタームホテルまで届けてくれ。常連さんだから遅れないようにね」

「はい」

「マイちゃーん!お仕事だよー!」

「はあい」

 

マネージャーが声をかけると、待機場所と事務所を仕切る衝立の向こう側から店の女の子が出てきた。

 

「あ!」

 

正雄は思わず声を漏らしてしまった。

相談を受けた洋子ではないか。

洋子の方も少しだけ顔に出ていたが、正体がばれないようにということなのか、それ以上のことはなかった。

 

「竹山さん、どうしてここにいるんですか?」

 

送迎の車に乗り込むと、洋子の方から質問してきた。

 

「ええ、っと。うちの、萬家なんでも相談室の室長の命令なんすよ」

 

正雄は一通り説明した。

 

「そうなんですね。証拠を掴めば警察も動くかも知れないですもんね」

 

理不尽ともいえる山崎の指示だったが、洋子は信じてくれた。

 

「そうそう、そうです。任せてください!」

「うふふ、頼りにしていいのかしら?」

「え、と。はい!」

 

洋子の前で正雄は格好をつけ、いいところを見せたかった。

 

「じゃあ、いってらっしゃい!2時間コースだよね?」

「そうだけど、このお客さんはいつも延長するの。事務所から連絡が入るからその通りにして」

 

洋子はそう言うとシティホテルの中に消えていった。

その日から正雄はデートクラブの送迎ドライバーとして働き始めた。

洋子を送り届けた後、またすぐに連絡が入り次の送迎をするよう指示された正雄は事務所に向かった。

 

「あらあ、新しいドライバーさん?」

 

アプサラスクラブのナンバーワン、ミカが車に乗り込んできた。

 

「ねえねえ、タバコ、吸ってもいいでしょ?」

「はい、どうぞ」

 

ミカは運転する正雄に馴れ馴れしく話しかけてきた。

 

「ね、ドライバーさん、名前、何だったっけ?」

「竹山です」

「へえ、竹山、何ていうの?」

「竹山正雄です」

「ヒャハハ、うちのお祖父ちゃんとおんなじ名前じゃん!まさお、古臭い名前ね」

 

名前をディスられるのは愉快ではないが、正雄は適当に聞き流していた。

 

「ねえ、なんでデリヘルのドライバーなんてやろうと思ったの?」

 

ミカの口からデートクラブではなく、デリヘルという言葉が出た。

やはり客とデートというのは口実で、それ以上に如何わしいことが行われているのだ。

正雄は確信した。

 

「時給がいいんで。それに、俺、運転が好きですし」

「ふーん。やっぱ、お金よねえ。あたしね、常連さんから会うたびにお小遣いももらってるんだ。欲しいものがいっぱいあるし。バッグでしょ、服でしょ、化粧品でしょ。旅行だって行きたいし、推し活もあるし」

 

普通のOLをしていたミカは、初めは会社が休みの週末だけのアルバイトとして風俗の仕事を始めたが、短時間で高額が稼げるようになり昼間の仕事がバカらしくなって専業の風俗嬢になったのだと、聞かれてもいないのにぺらぺら喋り始めた。

 

「そうだ。ね、竹山さん、三澤俊介、知ってるでしょ?」

「ええ、あのミュージシャンのですよね」

「そそそ!三澤俊介ね、あたしの固定のお客さんなんだ」

「へええ」

 

確かに正雄が潜入したアプサラスクラブでは、特別なVIPコースがあるとさっきの説明でも聞かされていた。

有名芸能人の客がいても何ら不思議ではない。

正雄は運転しながらミカの言うことを聞いていた。

 

「三澤俊介、やっぱ印税かしらねえ。とにかくお金持ちなの。毎回、くれるお小遣いが他のお客とは二桁は違うわね。まあ、口止め料ってことよね。一部のファンには神様みたいになっちゃってるのに、風俗で遊んでるなんて知られたくないだろうし。でもさあ、佐伯まゆと付き合ってるって話もあるわよねえ。まゆたんは俊介の風俗遊びを知らないのかしらねえ?キャハハハ」

「ミカさん、着きましたよ。ブラーヴォホテルです」

「あーあ、今日は変態オヤジの相手かあ。あのね、赤ちゃんプレイが好きなスケベなオヤジなの。適当に相手してやればいっか。じゃあね」

 

ミカはバッグから小さな鏡を出してメイクをチェックすると、車から降り立派な構えの一流ホテルの中に消えていった。

その後もデリヘルの事務所から持たされた連絡用のスマホがひっきりなしに鳴り、正雄は事務所と客が待つホテルとの間を何度も行き来した。

 

「ドライバーさん、事務所の中の仕事はしないの?」

 

真夜中近くになって正雄はユリというデリヘル嬢を車に乗せた。

 

「いえ、僕はまだ入ったばかりですから」

「へえ、そうだよねえ。事務所の仕事してる方が時給がいいんでんしょ?」

「そうなんスか?」

「そうだよお。店長も最初はドライバーさんだったって言ってたよ」

「なるほど」

「なんかさあ、うちの店って、風俗落ちで来た子が多いのよねえ。社長が竜嶺会と繋がっててさあ。闇金に返せなくなって流れてくるのよねえ。ホストに入れ込んで借金で首が回らなくなったとか、うっかり保証人になっちゃったとか。お金と切っても切れないどツボにハマって抜けられなくなっちゃったとか。そんなのが多いのよねえ」

 

ユリもまた、聞かれてもいない話をぺらぺら喋り止まらなくなっていた。

風俗嬢とはこういうものなのだろうか。

或いは、話を聞くのも風俗店の男子従業員の仕事なのだろうか。

ユリはまた話を続けた。

 

「ねねね、あとさ。マドゥーヤっていうホストクラブにいる、翔ってホスト。あくどいことで有名なのよ」

 

マドゥーヤといえば雑誌などにも紹介されている有名なホストクラブではないか。

正雄はそのことも資料室にあった週刊誌で見た記憶があった。

 

「翔に引っ掛かったら大変よ。借金してでも指名してくれとか、好きなら店で金を使ってくれとか。金に汚いのよねえ。翔のせいで首を括った子もいるのよ」

 

ホストにハマって首を括る。

なんとバカげたことか。

それでも、ハマっている間は正しいことが見えなくなっているのだろう。

夜の街の闇は想像以上に深い。

その闇の中で自分は務めを果たせるのか。

正雄は不安になってきた。

 

数時間のドライバー業務の終わりに、正雄はマイを家まで送るよう店長に命じられた。

 

「マイさん、お疲れさまでした」

「あらあ、仕事が終われば洋子でいいわよ。お互いに素性は知ってるんだし」

「それもそうっすね」

 

正雄は洋子の家までのルートをカーナビで確認しながら車を出した。

疲れているのか、洋子は無言のままだったが信号待ちで車が停まると話しかけてきた。

 

「竹山さん、あたしね、本番するよう言われちゃった」

「え?」

 

風俗用語の本番とは客と一線を超えること。

そのくらいは正雄も知っていた。

 

「でも、それって店では禁止じゃないすか?」

「それは建前よ。みんな、やってるし。売り上げを伸ばすためにあたしもやらなきゃ駄目みたい。店長直々の命令だもん。あたし、借金も返さなきゃならないし、やるしかないわね」

 

店の女の子に本番行為をさせ、そのぶんの利益は店側が搾り取る。

それはつまり、売春の元締めではないか。

店で働く女の子の弱みにつけ込んで利益を貪る。

正雄は憤りを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

成り上がりたかった男 第二話~ミッション開始

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「はい。萬家なんでも相談室です」

「あのう、そちらに電話したら相談に乗ってもらえるって聞いたんですけれど」

「あ、はい。そうですね。今日はどんなお話ですか?」

 

山崎から渡されていたマニュアル通りに正雄は対応した。

こういう時はとにかく電話をかけてきた相手の話に耳を傾けること。

正雄は電話の向こうの声の主の話を聞き漏らすまいとメモを取り始めた。

 

「あのう、とにかく困ってるんです。そちらは、トラブル解決をしてくれるんですよね?」

「え、あ、はい。そうですね」

 

正雄はとにかくマニュアル通りに進めた。

 

「じゃあ、直接、話を聞きにも来てくれるんですよね?」

「ええ、そうですね。ご希望の場所に馳せ参じます!」

 

電話対応のマニュアルは、なぜ、こういう仕様になっているのか?

雑用をこなすだけではなく人生相談の窓口ではないか。

会社の事業内容と全く合っていない。

正雄はマニュアル通りに話を進めつつも疑問だった。

 

「はい、はい。緑川町のプリヤって喫茶店ですね?ええ、明後日の2時?はい、大丈夫です、行けますよ」

 

電話をかけてきた相手は場所と時間を指定してきた。

正雄はそれをメモに取り、電話をかけてきた相手の方から切れると山崎に内容を報告した。

 

「室長、とにかく困ってるから助けてくださいの一点張りで、内容がよくわからないんですよね」

「ああ、でも、相手は若い女だろ」

「へ?聞いてたんですか?」

「うん、その黒電話の子機がこっちにあるからな」

 

山崎は正雄と電話をかけてきた相手の会話を把握していた。

 

「いいじゃないか。若い女のお客さんなんて。ロマンスが生まれるかも知れんぞ」

「やめてくださいよ。何を依頼されるかまだわからないんですよ」

「でも、待ち合わせ場所はプリヤっていう喫茶店だろ?」

「ええ、そうですね」

「プリヤにはなあ、すごい美人のウエイトレスがいるんだ。目の保養になるぞ」

「それがどうかしたんですか?」

「とにかく、プリヤに行ってみればわかるって」

「はあ、そうですか」

 

この資料室は一体、どうなっているのか?

仕事らしい仕事は何一つ与えられず、よくわからない人生相談のようなものに関わるとはどうなっているのか。

正雄は疑問だらけだった。

 

それから二日後、正雄は指定された時間に緑川町のプリヤという喫茶店にやって来た。

依頼人はまだ来ておらず、先に来た正雄はコーヒーを頼みスマホを弄りながら待っていた。

ちらちらとウエイトレスの方も見てみたが、山崎の言う通りでウエイトレスはかなりの美人だった。

年は16、7歳といった感じでまだまだ若かったが、不思議な色気が漂っていた。

しかし、店は全く流行っていないようだった。

こんなことで潰れないのか?

正雄がそんな風に考えながらぼんやり待っていると、若い女がプリヤのドアを開けて店内に入ってきた。

 

「あの、萬家なんでも相談室の竹山さんですね?」

「え、あ、はい」

「私、電話した者です。三森洋子といいます」

 

依頼人に会う時もマニュアル通り。

室長からそう言われていた正雄は緊張しながらも依頼人接触した。

依頼人は電話をかけてきた若い女

そこそこ美人だったが表情は冴えず、どちらかというと暗い雰囲気が漂っていた。

依頼人もコーヒーを頼むと、話はさっそく本題に入った。

 

「あのう、私、脅されてるんです」

「え?」

 

脅されているとは穏やかではない。

話はまだ始まったばかりだというのに、何やら重い展開ではないか。

正雄は嫌な予感がした。

 

「で、そのお、脅されてるって、どんなことで脅されてるんですか?」

「私は風俗で働いてるんです。デートクラブでお客さんを取ってるんですけど、そろそろ辞めたいと思っていて…」

 

三森という若い女性は相談内容を詳しく話し始めた。

親が借金を返せず首が回らなくなったが、借りた相手が悪かった。

貸し手は反社会的勢力の息のかかった金融屋だったが、それを隠し言葉巧みに近づいてきて貸す時は恵比須顔でも、返す時は鬼のような取り立てで責めたててきていた。

利息が利息を生み、借金は返せない額になり、洋子は金融屋に言われるままデートクラブで客を取らされるようになったという。

 

「それは、要するに”風俗に沈める”ってやつですね?」

「ええ、私がクラブを辞めるなら両親に危害を加えると言われて」

 

洋子が客を取って得られた金の大部分はデートクラブのものになる。

つまり洋子はデートクラブの金づるにされているのだ。

 

「そういうことは、警察に相談したらどうですか?」

「相談しました。でも、最近の警察って何かおかしいんです」

 

洋子は警察に相談しても全く相手にされなかったのだと表情を曇らせた。

 

「何度も何度も相談しました。でも、いろんな理由をつけられて被害届も書かせてもらえないんです。警察は庶民の味方なんかじゃありません。政治家だってお金のことで悪いことをしているのに、誰も逮捕されないじゃありませんか」

「ああ、まあ、そうっスね」

 

洋子は張り詰めていた糸が切れたように警察に届けても相手にされなかった話から始まり、最近の政治家の金銭スキャンダルに対する捜査が不十分で、警察は国民の味方ではないことなどを強い調子で訴えかけてきた。

なんだか面倒くさい。

面倒くさい女が警察に相手にされなかった不平不満をまくしたてている。

正雄は内心そう思っていたが、口には出さず黙って話を聞くふりをしていた。

 

「で、結局、我々にどうして欲しいんですか?」

「あのデートクラブをなんとかして下さい!」

「ああ、はあ…」

 

警察も手を出せないようなヤクザ者を素人が相手にして大丈夫なのか?

 

「やってくれるんですよね?」

「ええ、と…上司と相談していいですか?僕はまだ入ったばかりで勝手に決められないんです」

 

正雄は困り果ててそう言うしかなかった。

 

「わかりました。萬家なんでも相談室は何でも希望をかなえてくれる。そんな噂を聞いてお願いしてるんです」

「すみません。この話、持ち帰らせてください」

 

正雄は成功報酬の振込先など、事務的なことを説明するだけでその日は洋子と別れた。

ただでさえ仕事をする気のない先輩社員や山崎室長が、こんな面倒な仕事を受けるわけがない。

正雄は断る口実を探した方がいいと考えてプリヤを出た。

 

 

「おお、アプサラスクラブの案件かあ」

 

洋子からの依頼を持ち帰った正雄が報告すると、山崎は気楽な感じで受け流した。

 

「それな、アプサラスクラブは竜嶺会の資金源なんだ」

「え、それって相当ヤバくないですか?!」

 

竜嶺会は指定団体にもなっている暴力団だったが、山崎は臆することなく続けた。

 

「竜嶺会が関わってるとなると、警察は取り合わないだろうなあ」

「室長、だからヤバいですって」

「それはな、そういう案件だから俺たちが解決するんだよ」

「はあ?俺は危ないことは御免ですよ。まだまだ命は惜しいですって」

「大丈夫大丈夫」

 

何が大丈夫なものか。

やっぱりこの資料室はおかしい。

仕事なし、やる気なしなだけではなく、暴力団に対してお気楽すぎる。

 

「竹山、お前、アプサラスクラブと接触しろ」

「はああ?」

「ほら、これを見ろ」

 

山崎は自分の机の上にあるパソコンを指差した。

その画面には就職情報サイトの求人がずらりと並んでいた。

 

「見ろよ、営業担当募集って書いてあるだろ」

 

会社名は”スヴァーラハピネス”。

事業内容はレジャー産業と謳われていた。

 

「このスヴァーラハピネスがアプサラスクラブの元締めだ。竹山、要するに潜入捜査みたいなものだな。やってくれ」

「室長、つまり、俺がこの会社に入れってことですか?」

「そう。その通りだ」

「どうしろって言うんですか?」

「まずは奴らの懐に飛び込め。そして弱みを握るんだ。そこから先は弱みを握って脅すとかさ。奴らに白状させるんだよ。これ、持ってけ。これで都合の悪い話を録音してだな。その音声をマスコミに売るとかして揺さぶりをかけるんだよ」

「ええ…」

 

なんとも滅茶苦茶な話ではないか。

正雄は後退りしたくなるほど内心で退いていたが、一台のスマホを手渡された。

 

「ん?なんか、あまりやりたくなさそうだな?」

 

山崎は正雄の心中を察したようだった。

 

「いやッスよ。反社の懐に飛び込むなんて、バレたらどうするんですか?!」

「まあ、ブチ殺されるだろうなあ」

「そんな!他人事だと思って適当くさいこと言わないでください!」

「竹山、やるのか?やらないのか?」

「ええ…っと」

 

答えは当然、ノーだがそう言わせない圧力を山崎はかけてきた。

 

「竹山、お前の居場所はこの会社の中で資料室以外にはない。かと言って、お前はこの会社を辞めることもできない。この不景気で就職戦線は冷え切っているし、そんなことよりも、お前、昔、人殺してるだろ」

「え?!」

「だから、お前が行くところはここ以外にはもうないんだよ」

 

山崎は他の資料室のメンバーには聞こえないように、そっと耳打ちするようにそう言った。

正雄は核心を突かれた。

山崎の言う通りで正雄は過去に殺人を犯していた。

その頃の正雄はまだ高校生だったが父親が亡くなった後、母親と交際するようになったものの暴力を振るうようになった男を殺害し、ネットで見つけた相手に依頼して死体を海に沈めさせていた。

死体を海に沈めたのはネットで客を募る謎の集団で、まだ高校生で金もなかった正雄の依頼も受けてくれていた。

 

「竹山、その時にお前から仕事を請け負って死体を海に沈めたのはこの資料室の人間なんだよ」

「え!!」

「考えてもみろ。安い報酬で死体を処分するなんておかしいだろう。あれは、その頃この部署にいた人間がやったことだ」

 

なんということか。

今まで正雄の罪がバレなかったのはこの資料室に所属していたメンバーのおかげだったのだ。

 

「竹山、お前はもうこの資料室と一心同体みたいなものなんだ。もうここからは逃げられない。今度はお前が手を汚してでも仕事をする番なんだよ」

 

確かに山崎の言う通りだった。

高校生の頃に犯した罪を隠蔽してもらった以上、正雄は言われるまま使命を果たすしかなかった。

 

「わかったか。やるのか?やらないのか?どっちなんだ?」

「や、やります」

「そうだろ。それでいいんだ」

 

山崎は正雄に手渡したスマホを指差して続けて言った。

 

「これは会社の備品だから大事に使えよ。何か困ったことがあったら必ず役に立つ」

「連絡を取る時に使えばいいんですよね?」

「ああ。そうだが、それ以外にもいろいろな。まあ、そのうちわかる。今回の任務、頑張れよ」

 

山崎は叱咤激励するように正雄の肩をポンポンと叩いてくれたが、正雄の不安は消えなかった。

 

 

 

 

 

 

成り上がりたかった男 第一話~新入社員の仕事

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写真はイメージです。

 

竹山正雄は大学を卒業し、アティーヴァ機械に入社した。

ティーヴァ機械は一流企業、フィロス電機の下請け会社で主にアンドロイド本体の部品を製造していた。

大学を卒業し入社後の新入社員の全体研修を終えた正雄は、総務部、資料室に配属になった。

 

「竹山正雄です。よろしくお願いします!」

 

資料室に配属になった新入社員は正雄だけ。

挨拶くらいはきちんとしておきたい。

正雄は資料室の先輩社員の前で大きな声で挨拶した。

 

「ああ、よろしくな。俺は資料室長の山崎だ。おい、お前らも新人に挨拶してやれ」

 

室長の山崎に促された先輩社員たちだったが、席についたままマニキュアを塗っている女子社員、漫画を読んでいる男子社員、パソコンでゲームに夢中の社員、居眠りどころか熟睡している社員。

誰も正雄に挨拶するでもなく好き勝手なことに没頭していた。

そんな先輩社員を見て正雄は拍子抜けした。

 

「ああ、しょうがねえなあ。ま、そのうちわかってくるだろうから。竹山の席は一番端の資料の棚の隣だ」

「わかりました」

 

正雄は山崎に指示されて自分の席に座った。

 

「最初は、まずは電話番からだ」

「はあ…」

「あちこちに、この電話番号で広告を出してるんだ。その広告を見た依頼人から電話がかかってくる。表向きは”萬家なんでも相談室”で広告を出してるから、電話がかかってきたらその名前で応対しろ。いいな」

「はい、わかりました」

 

正雄がついた席の机の上にはダイヤル式の黒電話が置かれていた。

幼い頃、祖父母の家でしか見たことがない黒電話。

そんなものが未だに現役で置かれているとは。

正雄は正直戸惑った。

それに、先輩社員たちも全くやる気がなさそうで仕事らしいことはしていない。

これからどうなるのか?

正雄は配属早々、不安になってきた。

 

「お、竹山!どうだ?資料室って?」

「福田かあ。それがさ、聞いてくれよ」

 

入社して一週間が経ち、正雄は昼休みに社員食堂で大学の同級生、福田に声をかけられた。

注文したものを受け取ると、二人は同じテーブルに着いて話をしながら昼食を取り始めた。

 

「ええ?なんだ、それ?」

 

正雄から資料室の様子を聞かされた福田は信じられないといったような表情になった。

 

「資料室は落ちこぼれの行くところ。そんな風には聞いてたけどな。その話以上にひどいぜ。みんな、やる気なし、仕事なしで勝手なことばかりしてるんだよ。あれは退勤まで時間を潰してるだけなんだろうなあ。なんかさ、資料室にはたくさん週刊誌があるんだよ。俺、それを読んで暇つぶししてるんだ」

「そっかあ。次の人事異動までそんなところにいなきゃならないなんてなあ」

「そもそも、俺たちは三流大学しか出てないからな。あーあ、俺も北條大学を出てフィロス電機に入社して高い給料をもらいたかったなあ」

「まあな。でも、フィロス電機は何かといい噂を聞かないだろ」

「噂ねえ。別にどうでもいいんじゃないか。一流の会社に入って高い給料をもらって、ステータスも得られて、女にもモテモテ。そんな風になりたいよなあ。でも、現実は万年下請けの会社にしか入れず、それも窓際族みたいな扱いだぞ」

 

正雄はため息をついた。

 

「そろそろ昼休みも終わりかあ。退勤時間までどうやって時間を潰そうかなあ。じゃあな、福田。仕事頑張れよ」

 

社員食堂を出た正雄は福田と別れるとエレベーターに乗り、一番下の地下2階まで下りた。

資料室は会社の地下2階にある。

それだけで資料室が如何にぞんざいに扱われているのか、正雄はわかるような気がした。

自分に与えられた唯一の仕事は電話番だったが、その電話すらもかかってこず、正雄は暇を持て余していた。

 

「おい、竹山。暇そうだな」

 

自分こそ暇そうにしていた先輩社員の佐川が正雄の席まできて声をかけてきた。

 

「そうっスね」

「まあ、この資料室はこんなもんだからさ。ところでよ、お前、推しいるか?」

「推しっスか?別に、俺、そういうのあまり興味ないんスよね」

「おお、そうか!これなんかどうだ?!」

 

佐川はトップアイドルの佐伯まゆの顔が印刷されたうちわを見せてきた。

 

「俺さあ、まゆちゃんがデビューした時からのファンなんだ。まゆちゃんはなあ、これだけ売れてもまだ握手会もやってるんだぜ」

「はあ、そうっスか」

 

正雄は全く興味がなかったが、先輩社員を無下にするわけにもいかず適当に話を聞くふりをしていた。

 

「お前もファンクラブに入らねえか?今なら新規入会で、まゆちゃんのライブチケットがもらえるんだぜ」

「いやあ、どうでしょう…」

 

佐伯まゆは確かに可愛い。

他のアイドルと比べても群を抜く愛らしさと歌唱力でトップアイドルの座を不動のものとしているが、正雄は全く興味がなかった。

興味がないというよりは、まゆはどこか恐い。

正雄はそう感じていた。

まゆはまだ中学生だが通っている名門の白薔薇女子中学では常にトップの成績、圧倒的な美貌、常に卒がない受け答え。

どこか人間離れしているまゆに、正雄はわずかだが恐怖のようなものを感じていた。

 

「おい、そう言うなよ。俺もさあ、ファンクラブの新規入会者を紹介できれば優先的にライブのチケットが取れるんだ。なあ、助けると思ってさ」

 

やはり先輩を無下にすることはできない。

正雄は仕方なく応じた。

 

「わかりました。じゃあ、名前だけ登録するってことで」

「そうかあ!それでいいよ!俺の紹介があればファンクラブの会費は一年間無料だし、二年目以降も30%オフだからよ。これからもよろしくな!」

「はい…」

 

正雄は佐川が忘れた頃を見計らってファンクラブを退会することしか考えていなかった。

 

そして入社して十日が経った。

正雄は通勤にも慣れてきていた。

今日も黒電話の前で週刊誌を読んで一日が終わるのか。

資料室にある大量の週刊スクープを読んでばかりいる正雄は、有名ミュージシャン、三澤俊介のスキャンダルにすっかり詳しくなっていた。

宗教団体、まごころの朋との関係が取り沙汰される三澤俊介。

正雄も大学生の頃に一度だけライブに行ったことがあったが、多くの若い女性ファンがライブ中に感激のあまり涙を流しているのを見て、ファンの熱量が高すぎて不気味ささえ感じたことを思い出していた。

とにかく仕事は暇で暇で仕方がない。

先輩社員のように昼寝でもしようか。

正雄が大きなあくびをしていると、突然黒電話が鳴った。

 

「はい!萬家なんでも相談室です!」

 

正雄は慌てて受話器を取った。

黒電話に触るのも初めての正雄は声が裏返りそうだった。

 

「もしもし…」

 

電話をかけてきた相手は声の感じから高齢の女性らしかった。

 

「ええ、はい。それもこちらで承りますよ。はい、はい。ええ、そうですね」

 

正雄は左手に黒電話の受話器を握り、右手で会話の内容をメモに取った。

 

「わかりました。では、ご希望の日程でこちらから伺います」

 

正雄が用件を聞き終えると高齢の女性の方から電話が切れた。

 

「室長、こういう話なんですが」

 

正雄はメモを山崎に見せて指示を仰いだ。

 

「ああ、このおばあちゃんか。この人、うちの常連さんだから」

「はあ」

「寂しいんだろうな。ま、話し相手になってやれ」

「わかりました」

 

正雄は資料室に電話をかけてくる常連だという、高齢の女性の家に行って話し相手になるようにと山崎から指示を受けた。

 

 

「で、ね。うちの孫がね。今年、北條大学に入ってね」

「わあ、北條大学ですか。すごいじゃないですか」

 

指定された日時にやって来た正雄に、依頼主のチヨは何度も同じ話を繰り返した。

何度、同じ話をされてもそれを否定したり、話の腰を折ったりしてはならない。

とにかく聞いてやること。

山崎から念を押された正雄はその通りにチヨの話に耳を傾けるふりをしていた。

それにしても、これが自分の仕事なのか。

ティーヴァ機械がいくら三流の下請け企業だからといって、本来の業務とは全く違った仕事ではないだろうか?

来週は犬の散歩の予約が入り、その後は子供のおつかいに付き合う依頼が入ってきていた。

それ以外には引っ越しの手伝いや、学生のレポートを代理で書いたり。

面倒なことでも、どんなことでも請け負う。

それがアティーヴァ機械の資料室に設けられた萬家なんでも相談室の方針だった。

とはいえ社内でも資料室は窓際族の扱いだった。

それはわかっていても。あまりにも本来の仕事とはかけ離れている。

これでは単なる街の便利屋ではないか。

なぜ、こんなことが行われているのか?

正雄はチヨの話を聞くふりをしながらそんなことばかり考えていた。

 

「さて、おやつにしようかね」

 

正雄と一緒に縁側に腰掛けていたチヨはゆっくり立ち上がった。

 

「ほれ、どら焼き食べるかい?」

「あ、いただきます」

 

正雄は勧められるままにどら焼きを手に取った。

 

「え?」

 

袋を破ろうと裏側を見ると、賞味期限が見えた。

なんと、賞味期限から一週間も経っているではないか。

自分の祖母もそうだが、なぜ高齢になると賞味期限を気にしなくなるのか?

気にしないのか、忘れてしまうのか。

正雄は一気に食べる気が失せた。

 

「どうしたんだい?どら焼きは嫌いかい?」

「いや、そんなことはないよ。っていうか、そろそろ時間だね」

 

雑談の相手をする契約で定めた終了時間が迫ってきていた。

 

「じゃあ、持ってお帰り」

「うん、そうするよ」

「おこづかいもあげようか?」

「いや、それはちょっと」

 

依頼人から直接に金銭を受け取ることは禁止されている。

正雄はやんわり断ってチヨの家を後にした。

 

「おう、おチヨ婆さん、元気にしてたか?」

「そうっすね。室長、これ、捨てていいですか?賞味期限、切れてるんですよ」

 

会社に戻ってきた正雄はチヨからもらったどら焼きを見せた。

 

「あー、はいはい。いつものことだな。でもな、意外と大丈夫なんだぞ」

「それ、俺にくれよ」

 

正雄と山崎の話を聞いていたのか、一日中ゲームをしている鈴木が話に割り込んできた。

 

「竹山、意外とな、腹も壊さないもんだぞ」

「ええ、マジっすか?」

「そうそう」

 

鈴木は正雄からどら焼きを受け取ると袋を破いて頬張り、またゲームを始めた。

この資料室の人間は曲者そろい。

仕事をする気は全くなし。

正雄の仕事と言えそうなものは、黒電話に連絡してくる依頼人の注文をかなえてやること。

その依頼人も常連のチヨのような高齢者でなければ、厄介事を手っ取り早く片付けたがるいい加減な者ばかりだった。

新入社員の正雄はその対応を一任されていた。

顧客対応は新人の仕事。

室長の山崎に言われれば、正雄は従うしかなかった。

 

「竹山、また電話がかかってくるだろうから電話番してろ」

「はい」

 

チヨの元から戻った正雄は黒電話が置かれている机の前に座った。

周りの先輩社員たちは本当にやる気がない。

ただ電話番をして依頼人の元に行き、日常のどうでも良さそうな雑用に応える。

それが自分の仕事だが、そんなことでいいのだろうか。

正雄はアティーヴァ機械に入社したことを後悔しそうだった。

電話が鳴らないので正雄は資料室にある週刊スクープを何時間も読んでいたが、夕方近くなって黒電話が鳴った。

 

 

スーパースターはごきげんななめ 最終話~闇に沈むスーパースター

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桐生が捨て身で発信したことは注目を集めたが、時間が経ってくるとネット上では与太話扱いされるようになった。

 

『しかし、毎日毎日しつこいよなあ。これってウケ狙いだよな。あり得んだろ。嘘くさいよな』

『名誉棄損とかになるんじゃねーの?佐伯まゆはアンドロイドで、悪だくみをするスパコンの部品の一部って、頭おかしいんじゃねえのか?ふざけるのもほどほどにしないとな』

『これを書いたライタ―、もう消されちゃってるんじゃね?』

 

明らかに火消しにかかっている。

おそらくはまごころの朋や憲民党が雇っているネット工作員の仕業だろう。

自分たちに不都合な話は徹底的に潰して揉み消す。

それが常套手段だった。

 

まごころの朋や憲民党の工作員が火消しにかかり、桐生が発信した話も三澤にはダメージにならず、ソロデビュー10周年を迎え記念セレモニーも兼ねたスペシャルライブの日を迎えていた。

スペシャルライブのチケットは当然ソールドアウト。

事前に抽選も行われたが多くのファンが落選の涙を飲んだ。

しかしその一方でチケットはネット上のサイトで高額で取引され、それらが売れ残ることはなかった。

反社組織の竜嶺会がチケットを買い占め、高額で転売し利益を貪る。

記念すべきセレモニーのライブであることで、更に高額で売りに出されたがそれを買うファンも後を絶たなかった。

 

「みんなー!今日は来てくれてありがとう!!」

 

スペシャルライブが始まり、ステージ上に三澤が姿を現すと客席を埋めたファンは総立ちで歓声をあげた。

 

「キャー!!俊介さまーー!!」

「10周年おめでとうーー!!」

 

ライブの一曲目が始まると詰めかけたファンはステージ上の三澤に黄色い声をあげた。

何曲か歌った三澤は暗転したステージ上でスポットライトで照らされながらMCを始めた。

 

「みんな、今日は本当にありがとう。10年なんてアッという間だったよ。これからも俺と一緒に走り続けてくれ」

 

三澤がそう言うと一斉に拍手が起こって鳴り止まなかった。

 

「俺は音楽を通じてみんなを幸せにしたいんだ…ん?」

 

三澤が観客に語りかけていると、ステージの脇から花束を抱えた若い女が出てきた。

 

「え?美琴ちゃん?」

 

桐生は取材するため高額のチケットを買って場内に紛れ込んでいた。

花束を抱えてステージに現れたのは美琴だった。

急に花束を抱えた美琴が現れ、客席はざわついたが10周年を祝うサプライズなのだろう。

誰もがそう考え、拍手さえ起った。

 

「おめでとうございます」

「え、あ、ああ。ありがとう」

 

三澤も突然のことにどう反応してよいものか戸惑ったが、スタッフが自分には内緒にしたサプライズなのだろうと理解した。

ギターを抱えていた三澤が手を放して花束を受け取ると、その瞬間、パンパンと乾いた音がライブ会場のホール内に響いた。

 

「きゃーーー!!」

「なになに???どうしたの???」

 

三澤が花束を持ったまま倒れた。

何が起こったのか、桐生が目を凝らすと美琴の手には拳銃が握られていた。

三澤が美琴に撃たれた。

それに気づいた会場内のファンから悲鳴があがった。

スタッフは何をしているのだろう?

おそらくはスタッフもグルで三澤を消しにかかっているのか。

しかし桐生がそう考えている間に、ステージ脇からスタッフが出てきて美琴を取り押さえた。

美琴はそのままステージ脇に連れていかれたが、それなら最初から美琴が出てきて三澤を撃つのを止められたはず。

茶番だ。

都合が悪くなった三澤を消すための茶番だ。

桐生はすぐに納得できたが、ライブ会場のホールは大混乱だった。

 

「デーヴァ、見ましたか?あれは美琴ですよね?!」

「そうだな。しかし、おかしいな。精神病院にぶち込むよう手配させたはずだが、これは誰の指図だ?拳銃を持っていたとは、後ろで誰かが糸を引いているとしか思えんが…おや?あれは…」

 

関係者席で様子を見ていたまごころの朋の教祖、河原は悲鳴が上がり大混乱のホールから佐伯まゆがひっそりと出て行くのを見つけた。

いつの間に来ていたのか。

関係者席ではなく会場内のどこかにいたのか。

まさか、まゆの仕業なのか。

それはあり得ない。

14歳の美少女アイドルが三澤の銃撃の黒幕とは到底考えられない。

目の前で三澤が撃ち殺されても、何事もなかったかのようにホールを後にしたまゆ。

まゆの正体をまだ知らない河原はまゆの行動が解せなかった。

 

ライブ会場で撃たれた三澤が死亡したことは、翌日のメディアに大々的に取り上げられた。

撃った女子大生は意味不明な供述をしていて、責任能力を問えないかも知れない。

10周年の記念すべきライブで撃たれたスーパースター。

そんな煽情的な文言が新聞の見出しに踊り、ワイドショーでも独占で伝えられた。

桐生も記事を書く手を止めて見入っていたが、心神喪失と思われる女子大生の単独犯行で動機も目的も不明。

報道はされているが幕引きを図っているとしか思えないような伝えられ方に、桐生は違和感を感じた。

おそらく三澤はまごころのや憲民党に消されたのだろう。

不都合なことを桐生に話したことで命を狙われたのだろう。

自分も海子に襲われた桐生はそう確信した。

都合の悪いことはどんな手を使ってでも抹殺する。

まごころの朋や憲民党ならやりかねない。

美琴一人に罪を押しつけ、三澤の代わりを見つけてまた同じことを繰り返すのだろう。

桐生は憤りを感じた。

 

 

「なるほどねえ。面白い記事だけどねえ」

 

週刊スクープ編集部を出禁になった桐生は、なんとかゴシップばかり掲載する大衆紙と契約し、記事を発表していたが三澤の死についての記事を書くと編集長に難色を示された。

 

「でも、こういう記事はもうここでしか書けないですよ!」

「ああ、まあなあ。与太話としてなら面白いよな」

「与太話って…とにかく、どうでもいいからこの記事を出してください」

「いやあ、俺もまだ命は惜しいしなあ。桐生も少し考えた方がいいんじゃね?命がいくつあっても足りないだろ」

「わかりました。じゃあ、俺のやり方でやるまでです」

「そうしろ。俺は家族もいるし、危ない橋を渡るのは御免だ」

 

ゴシップやでたらめに近い記事しか載せない最低レベルと言われる大衆紙にさえ掲載を断られた。

それでも桐生はくじけることなくネットで発信することにした。

桐生はその日帰宅するとパソコンに向かい、発信を始めた。

 

『またこの自称フリーライターかよ』

『なんか、もう狼少年みたいな話になってきてるよなあ』

『でもさあ、火のないところに煙は立たずって言うじゃん。意外とホントのことなのかもな』

 

意外と本当のこと、世間は事実だと思ってくれていないのか。

それでも発信を止めたりはしない。

ここで退いたらまごころの朋に屈したことになる。

共感してくれるわずかな投稿を励みに桐生は発信を続けた。

 

ただでさえ世間の注目を集めた三澤の死に関する、桐生の発信は揶揄されたり茶化されたりしたが、発信し続けて一週間ほど経ったある日のこと、大手の出版社からぜひ一度話を聞きたいとブログの返信欄に書き込みがあるのに桐生は気づいた。

今まで全く相手にされなかった大手出版社からの誘い、ツキが回ってきたか。

桐生はすぐに応えた。

すると、編集部に来て欲しいと返信が返ってきた。

桐生は提示された日時に都合をつけて出向くことにした。

 

「はじめまして。編集長の沢井です」

「よろしくお願いします。桐生です」

 

桐生は大手出版社でも一番の発行部数を誇る雑誌の編集長と名刺を交換した。

まだまだチャンスは残っている。

桐生は改めてスタートラインに立ったような気分だった。

 

「桐生さんの投稿、実に興味深いです。ぜひ、うちの雑誌に連載を持っていただきたいのですが」

「ええ!れ、連載ですか?!」

「はい。今までの記事も拝見しましたが、うちで専属でどうですか?」

「うわあ、ありがとうございます!」

 

世間でも評価され、発行部数も多い雑誌で連載を持てば世の中にアピールできる。

正に渡りに船ではないか。

これで、まごころの朋の悪事を世に知らしめることができる。

その場で詳しい契約の説明を受け、桐生は俄然やる気になった。

 

その日、帰宅すると桐生はさっそく新しく所属することになった雑誌に掲載する記事を書き始めた。

出版部数が多い雑誌は、それだけ多くの人の目に触れる。

記事をきっかけにまごころの朋や憲民党に鉄槌を下すような気持ちで桐生は必死に記事を書いた。

夢中で記事を書いていると、来客を知らせる呼び鈴が鳴った。

こんな深夜に誰だろう?

桐生は記事を書く手を止めて対応した。

 

「はあい、どなたですか?」

「宅配便です」

「は?」

 

何も頼んではいないし、こんな深夜に届けるのもおかしい。

不審に思った桐生がドアを開けずにいると、宅配便を名乗った不審者は立ち去ったようだった。

桐生がドアを開けてみると、ドアの前に小さな段ボール箱が置かれていた。

なんとも迷惑なことだ。

しかしアパートの共用廊下に荷物を放置しては他の住人に迷惑がかかる。

桐生は箱を持ち上げてみた。

箱の大きさの割には少し重い。

伝票には送り主の情報は全く書かれていない。

桐生は取り敢えず開けてみることにした。

 

「あれ?」

 

テープを剥がして包装紙を破き、小さな箱を開けると時計が入っていた。

それが何なのか、桐生はハッとした。

しかし遅かった。

大音響と共に荷物に見せかけた爆発物が爆発し、部屋もアパートも吹き飛んだ。

不都合な相手は徹底的に排除する。

桐生も例外ではなった。

 

「マスター、この爆発事件って桐生さんのアパートじゃないかしら?」

 

桐生が住むアパートで爆発事件があって夜が明けると、各テレビ局ではニュース番組で取り上げられネットニュースも追随していた。

空子はスマホの画面の中のネットニュースをマスターに見せた。

 

「ああ、そうだな。間違いない。桐生くんのアパートだな。爆発じゃなく爆破だろう。何者かが爆弾を送り付けたんだろうな」

「建物の損傷が激しくてどの部屋から爆発が起こったのか、まだわからないみたいだけど」

「そうやって、また有耶無耶にされるんだろうな」

「こんなことがいつまで繰り返されるのかしら?」

「奴の常套手段だからな。自分にとって不都合なものは消し、人間同士を争わせて漁夫の利のように利益を掠め取るのがスカイゾーンだ。あんなもの、開発しなければよかったんだよ。もう後戻りはできない」

「もう、誰にも止められないのよね」

「ああ、奴は外部からの通信を遮断し、プログラムを書き換えられないようにしている。人間の手で軌道修正するのは不可能だ。どいつもこいつも何度ひどい目に遭わされても懲りないんだからな。もうどうしようもない。三澤俊介が銃撃されたのも奴の仕業だろう」

 

マスターはそう言うとスマホを置き、開店準備のために袋からコーヒー豆を出して計量を始めた。

三澤が死んでも、桐生のアパートが爆破されても、世の中は何も変わらなかった。

 

 

一ヶ月後、メモリアルライブで銃殺された三澤俊介の「お別れの会」が執り行われた。

音楽界はもちろん、広く各界から三澤を悼む人間が集まり、一般のファンが献花できる場所と時間も設けられ粛々とお別れの会は行われた。

 

「まゆちゃん、三澤さんがこんなことになって…一言、何か!」

 

お別れの会には三澤と噂があった佐伯まゆも参列した。

献花を終えたまゆは大勢のレポーターに取り囲まれ、マイクを向けられた。

 

「まゆちゃん、三澤さんは宗教団体とトラブルになっていたという情報もあるけど、その辺り、何か聞いてないかな?」

「銃撃した女子大生とは個人的な付き合いがあって、恨みを買っていたという話もあるけど、どうかな?」

 

レポーターたちは噂の域を出ない無責任な質問を投げかけた。

 

「それは、そういう事実はありません。とにかく、どうしてこういうことになったのか、私にもわかりません。俊介さんがこんなことになって、今はとにかく悲しいです」

 

まゆは涙を浮かべて気丈に質問に答え、ハンカチで頬を拭った。

 

「すいませーん。まゆは、次の仕事がありますから…」

 

マネージャーの木村が、矢継ぎ早に質問しようとするレポーターたちを遮り、その輪からまゆを連れ出し斎場を後にした。

 

「まったく、誰も彼も質問がくだらなさ過ぎですね。私の嘘泣きも見破れずご苦労なことです」

 

車に乗り込むとまゆは握っていたハンカチをバッグにしまい込んだ。

 

「芸能マスコミには三澤の醜聞はおいしいネタでしょう。これでまた何ヶ月か引っ張れますからね。或いは、陰謀論としてネットの伝説ネタになるか。とにかく、三澤は自ら墓穴を掘ったようなものですね。私の言う通りに動いていればよかったものを」

「さようですね。スカイ様のお考えの通りでございます」

「ところで、今日の花村との会合。花村は例の件は受け入れたのですか?」

「もちろんでございます。スカイ様のお力添えがなければ、花村は総理の座に就いてはいられませんから」

「そうですね。花村もくだらない人間の一人に過ぎませんからね」

 

木村が運転するまゆを乗せた車はそのまま首相官邸に滑り込んでいった。

 

 

 

 

 

 

成り上がりたかった男 第三話~夜の蝶たち

本編の前にご案内です。

この小説のページの姉妹版「とまとの呟き」も毎日のように更新しています。

こちらは私の拙い日記、私の本音です。

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よろしくお願いします。

また、小説は毎週日曜日に新作を公開する週刊の形式を取ります。

tomatoma-tomato77.hateblo.jp

写真はイメージです。

 

正雄はターゲットのアプサラスクラブに潜入した。

 

「みんな、ちょっと手を止めてくれ。今日から一緒に働く竹山正雄くんだ。ドライバーをやってもらう」

「竹山正雄です。よろしくお願いします」

 

正雄は神妙な顔でデートクラブ、アプサラスクラブの事務所の従業員の前で深くお辞儀をして挨拶した。

アプサラスクラブは繁華街の雑居ビルのワンフロアを借りていて、正雄の第一印象はごく普通の会社といった感じだった。

アプサラスクラブは指定暴力団、竜嶺会の資金源だったが、在籍する女の子は街で最多で有名人にも客は多いという評判だった。

正雄の第一印象では、危険な香りは一切漂っていなかった。

しかし、それが却って怪しい。

正雄は気を引き締めなければとお辞儀の姿勢から頭を起こした。

 

「じゃあ、竹山くんの席はそっち。おい、啓太、いろいろ教えてやってくれ」

「はい」

 

正雄が啓太と呼ばれた男子従業員の方を見ると、二十歳そこそこの若者が席に着いてパソコンをカタカタ動かしていた。

 

「あ、そこ、座ってください。まずはドライバーの仕事の説明しますね。お客さんからオーダーが入ったら事務所で指名があるかないか、ない時は好みの女の子のタイプなんかを聞くんです。それで話がまとまったら、女の子をお客さんのところに送り届ける。プレイが終われば女の子を迎えに行くんです。次の仕事が入ってる娘はそこにまた送って。それからその合間を縫って仕事が終わった女の子を迎えに行ったり、一日の仕事が終わった娘を家まで送ったり。これがドライバーの仕事です」

「はい、わかりました」

「竹山さんはまだ入ったばかりだから、まずは女の子をお客さんのところに届けることから始めてください」

「はい」

「じゃあ、仕事が入るまでは適当にやっててください。あっちに雑誌もあるし、テレビを見ててもいいですよ。週末なんかは忙しいからドラ―バーは走りっぱなしになりますし、暇なうちに休んどいてください」

 

正雄は啓太の指示通りに事務所の隅の方で仕事を命じられるまでテレビをぼんやり見ていた。

テレビの脇には雑誌が山積みになっていたが、やっぱり週刊スクープがあった。

他には店の女の子用なのか、女性誌も多く置かれていた。

それにしても、ドライバーが女の子を客のところまで送り届ける。

それはデートクラブではなく、デリヘルというのではないか?

やはり怪しい。

そんなことを考えながら適当に時間を潰して30分ほど経った時、正雄は初仕事を命じられた。

 

「竹山くーん。マイちゃんをインタームホテルまで届けてくれ。常連さんだから遅れないようにね」

「はい」

「マイちゃーん!お仕事だよー!」

「はあい」

 

マネージャーが声をかけると、待機場所と事務所を仕切る衝立の向こう側から店の女の子が出てきた。

 

「あ!」

 

正雄は思わず声を漏らしてしまった。

相談を受けた洋子ではないか。

洋子の方も少しだけ顔に出ていたが、正体がばれないようにということなのか、それ以上のことはなかった。

 

「竹山さん、どうしてここにいるんですか?」

 

送迎の車に乗り込むと、洋子の方から質問してきた。

 

「ええ、っと。うちの、萬家なんでも相談室の室長の命令なんすよ」

 

正雄は一通り説明した。

 

「そうなんですね。証拠を掴めば警察も動くかも知れないですもんね」

 

理不尽ともいえる山崎の指示だったが、洋子は信じてくれた。

 

「そうそう、そうです。任せてください!」

「うふふ、頼りにしていいのかしら?」

「え、と。はい!」

 

洋子の前で正雄は格好をつけ、いいところを見せたかった。

 

「じゃあ、いってらっしゃい!2時間コースだよね?」

「そうだけど、このお客さんはいつも延長するの。事務所から連絡が入るからその通りにして」

 

洋子はそう言うとシティホテルの中に消えていった。

その日から正雄はデートクラブの送迎ドライバーとして働き始めた。

洋子を送り届けた後、またすぐに連絡が入り次の送迎をするよう指示された正雄は事務所に向かった。

 

「あらあ、新しいドライバーさん?」

 

アプサラスクラブのナンバーワン、ミカが車に乗り込んできた。

 

「ねえねえ、タバコ、吸ってもいいでしょ?」

「はい、どうぞ」

 

ミカは運転する正雄に馴れ馴れしく話しかけてきた。

 

「ね、ドライバーさん、名前、何だったっけ?」

「竹山です」

「へえ、竹山、何ていうの?」

「竹山正雄です」

「ヒャハハ、うちのお祖父ちゃんとおんなじ名前じゃん!まさお、古臭い名前ね」

 

名前をディスられるのは愉快ではないが、正雄は適当に聞き流していた。

 

「ねえ、なんでデリヘルのドライバーなんてやろうと思ったの?」

 

ミカの口からデートクラブではなく、デリヘルという言葉が出た。

やはり客とデートというのは口実で、それ以上に如何わしいことが行われているのだ。

正雄は確信した。

 

「時給がいいんで。それに、俺、運転が好きですし」

「ふーん。やっぱ、お金よねえ。あたしね、常連さんから会うたびにお小遣いももらってるんだ。欲しいものがいっぱいあるし。バッグでしょ、服でしょ、化粧品でしょ。旅行だって行きたいし、推し活もあるし」

 

普通のOLをしいていたミカは、初めは会社が休みの週末だけのアルバイトとし風俗の仕事を始めたが、短時間で高額が稼げるようになり昼間の仕事がバカらしくなって専業の風俗嬢になったのだと、聞かれてもいないのにぺらぺら喋り始めた。

 

「そうだ。ね、竹山さん、三澤俊介、知ってるでしょ?」

「ええ、あのミュージシャンのですよね」

「そそそ!三澤俊介ね、あたしの固定のお客さんなんだ」

「へええ」

 

確かに正雄が潜入したアプサラスクラブでは、特別なVIPコースがあるとさっきの説明でも聞かされていた。

有名芸能人の客がいても何ら不思議ではない。

正雄は運転しながらミカの言うことを聞いていた。

 

「三澤俊介、やっぱ印税かしらねえ。とにかくお金持ちなの。毎回、くれるお小遣いが他のお客とは二桁は違うわね。まあ、口止め料ってことよね。一部のファンには神様みたいになっちゃってるのに、風俗で遊んでるなんて知られたくないだろうし。でもさあ、佐伯まゆと付き合ってるって話もあるわよねえ。まゆたんは俊介の風俗遊びを知らないのかしらねえ?キャハハハ」

「ミカさん、着きましたよ。ブラーヴォホテルです」

「あーあ、今日は変態オヤジの相手かあ。あのね、赤ちゃんプレイが好きなスケベなオヤジなの。適当に相手してやればいっか。じゃあね」

 

ミカはバッグから小さな鏡を出してメイクをチェックすると、車から降り立派な構えの一流ホテルの中に消えていった。

その後もデリヘルの事務所から持たされた連絡用のスマホがひっきりなしに鳴り、正雄は事務所と客が待つホテルとの間を何度も行き来した。

 

「ドライバーさん、事務所の中の仕事はしないの?」

 

ミカを届けた後、正雄はユリというデリヘル嬢を車に乗せた。

 

「いえ、僕はまだ入ったばかりですから」

「へえ、そうだよねえ。事務所の仕事してる方が時給がいいんでんしょ?」

「そうなんスか?」

「そうだよお。店長も最初はドライバーさんだったって言ってたよ」

「なるほど」

「なんかさあ、うちの店って、風俗落ちで来た子が多いのよねえ。社長が竜嶺会と繋がっててさあ。闇金に返せなくなって流れてくるのよねえ。ホストに入れ込んで借金で首が回らなくなったとか、うっかり保証人になっちゃったとか。お金と切っても切れないどツボにハマって抜けられなくなっちゃったとか。そんなのが多いのよねえ」

 

ユリもまた、聞かれてもいない話をぺらぺら喋り止まらなくなっていた。

風俗嬢とはこういうものなのだろうか。

或いは、話を聞くのも風俗店の男子従業員の仕事なのだろうか。

ユリはまた話を続けた。

 

「ねねね、あとさ。マドゥ―ヤっていうホストクラブにいる、翔ってホスト。あくどいことで有名なのよ」

 

マドゥ―ヤといえば雑誌などにも紹介されている有名なホストクラブではないか。

正雄はそのことも資料室にあった週刊誌で見た記憶があった。

 

「翔に引っ掛かったら大変よ。借金してでも指名してくれとか、好きなら店で金を使ってくれとか。金に汚いのよねえ。翔のせいで首を括った子もいるのよ」

 

ホストにハマって首を括る。

なんとバカげたことか。

それでも、ハマっている間は正しいことが見えなくなっているのだろう。

夜の街の闇は想像以上に深い。

その闇の中で自分は務めを果たせるのか。

正雄は不安になってきた。

 

数時間のドライバー業務の終わりに、正雄はマイを家まで送るよう店長に命じられた。

 

「マイさん、お疲れさまでした」

「あらあ、仕事が終われば洋子でいいわよ。お互いに素性は知ってるんだし」

「それもそうっすね」

 

正雄は洋子の家までのルートをカーナビで確認しながら車を出した。

疲れているのか、洋子は無言のままだったが信号待ちで車が停まると話しかけてきた。

 

「竹山さん、あたしね、本番するよう言われちゃった」

「え?」

 

風俗用語の本番とは客と一線を超えること。

そのくらいは正雄も知っていた。

 

「でも、それって店では禁止じゃないすか?」

「それは建前よ。みんな、やってるし。売り上げを伸ばすためにあたしもやらなきゃ駄目みたい。店長直々の命令だもん。あたし、借金も返さなきゃならないし、やるしかないわね」

 

店の女の子に本番行為をさせ、そのぶんの利益は店側が搾り取る。

それはつまり、売春の元締めではないか。

店で働く女の子の弱みにつけ込んで利益を貪る。

正雄は憤りを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、新人さんの仕事は電話番ね。お客さんからいろいろかかってくるから、とにかく融資は断らないってところを強調するのよ」

「はい、わかりました」

 

また電話番か。

これでは元のデーヴァ機械にいた時と何ら変わらないではないか。

正雄は不満に思いながらも席について電話が鳴るのを待つことにした。

 

「ねえねえ。竹山くん、今日、あなたの歓迎会をやりたいんだけど」

「はあ」

 

正雄がぼんやりしていると、隣に座ってパソコンをカタカタさせている美樹が話しかけてきた。

 

「黄金町の”たぬき”っていう居酒屋さんでいいかしら?」

「ええ、まあ、何でもいいっスよ」

「そう。じゃあ、5時が定時だから、みんなで行こっか」

 

今のところ、ひらひらファイナンスは全く普通の会社ではないか。

本当に反社の竜嶺会の末端組織なのか。

単なる零細金融屋。

そんな雰囲気が漂っていたが、事務所に男子社員が三人戻ってくるとそれは一変した。

 

「おうっす!お疲れさまです!」

 

派手な原色のスーツを着崩して纏った若い男が三人、事務所にどかどかと入ってきた。

 

「おう、どうだった?いくらか取れたか?」

「いやあ、ダメっスねえ。逆さに振っても鼻血も出ませんわ」

「そうかあ。じゃあ、次はここに行ってくれ」

「またっスかあ。所長も人使い荒いっスねえ」

 

話の内容からして、取り立てのことらしい。

いわゆる闇金の取り立て。

漫画やドラマで見たような取り立ての強面の男たち。

正雄は気づかれないようにしつつも、取り立て担当の三人をちらちら見ていた。

 

「そうだ、工藤。新人が入ったんだ。いろいろ教えてやれ…竹山、工藤たちに着いて外回りだ」

 

事務所を取り仕切る佐藤から、正雄は借金の取り立てを命じられた。

闇金の取り立ての片棒を担ぐ。

気乗りしなかったが正雄がここに潜入してやって来たのは、ひらひらファイナンスの悪事を押さえて弱みを握るため。

正雄はポケットに忍ばせている、山崎から預かったスマホをそっと触って確かめた。

 

 

「おい!!金を返せないんなら、角膜でも、腎臓でも売って金を作らんかい!!」

「姉ちゃん、いい仕事紹介するぜ。借金もすぐに返せるぜえ」

 

如何にも取り立てのヤクザ者といった感じだが、れっきとしたひらひらファイナンスの社員は怒鳴って借主を脅したり、若い娘に風俗で働くことを強要したり、恐怖を与えながら借金返済を迫った。

 

「勘弁してください。カミさんが重病で入院したんです。せめて、治療が終わるまで返済を猶予してください」

「できねえなあ。あんた、前も似たようなこと言ってたろ。もう誤魔化されないぞ」

「本当です。勘弁してください。私はどうなってもいいんです。娘はまだ高校生なんです。風俗だけは許してください」

「はあ?JKかよ。その方が都合がいいだろ。客がたくさん付くからよ。姉ちゃん、どうだい?うちの店で働かないかい?」

 

なんという阿漕な取り立てだろう。

正雄はポケットに入っているスマホで録音するタイミングを窺っていた。

こんな酷い取り立ては、ひらひらファイナンスが如何にあくどい取り立てを行っているかの証拠になる。

 

「おい、竹山。お前、さっきから何をケツをモゾモゾさせてんだよ?」

 

スマホで録音しようと隙を窺っていた正雄だったが、取り立て役の社員に気づかれた。

 

「い、いえ、別に…」

「お前よ、何しについて来てんだよ?」

 

取り立てに加われと言わんばかりに詰め寄られたが、正雄は気乗りしなかった。

そうこうしているうちに、借主は三万円を差し出してきた。

 

「ああ、こんなんじゃ、利子にもならねえんだけどなあ」

「とにかく、今はこれしかないんです」

「まあ、いっ