スーパースターはごきげんななめ 第三話~暴走するサークル

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憧れの三澤とただならぬ仲になった美琴は、新しいファンクラブ・ブルーエイジの責任者も任されすっかりやる気になっていた。

大学に着くと美琴は軽音楽同好会の部室に向かった。

今日は大学構内で三澤の良さを広めるためにビラを撒く。

大学構内でのビラ配布は大学側から許可を取る必要があったが、三澤の事務所が働きかけてくれてあっさり許可が下りていた。

三澤のためならどんなことも厭わない。

美琴は部室に到着すると、ドアの前に届いていたビラの束を解き始めた。

 

「えー、これ、全部撒くのー」

「ずいぶんたくさんあるのねえ」

 

部室に一番乗りした美琴の後でブルーエイジのメンバーがやって来たが、どんと積み上げられたビラの山を見て少し驚いていた。

 

「みんな、俊介さまの良さを広めるためじゃない!」

「まあねえ、美琴の言う通りだけど」

「じゃあ、やりましょうよ」

「うん。でも美琴、最近、なんか張り切ってるわよね」

「ホントホント!お肌なんかツヤツヤじゃない。なんかいいことあった?」

「うふふ。教えなあい」

「わかったあ!彼氏できたんだあ!!」

「ねね、どんな人?」

 

部室に集まってきたブルーエイジのメンバーは囃し立てた。

 

「もう、そんなことはどうでもいいから。正門前でビラ撒きするわよ」

 

美琴は適当に分けたビラの束をメンバーそれぞれに割り当て、正門に向かうよう促した。

 

 

「三澤俊介ファンクラブ、ブルーエイジでーす」

「よろしくお願いしまーす」

 

ブルーエイジのメンバーは正門前に立ち、ビラ撒きを始めた。

美琴に賛同するメンバーは多く、白薔薇女子大のキャンパスでも盛んにビラ配りをするだけではなく構内にポスターを貼ったり、学外でもレコードショップに会員申し込みの用紙を置いてもらうなど、積極的に会員を増やそうと努めていた。

大学からは公式のサークル、軽音楽同好会として活動費を受け取っていたが実際の活動は三澤俊介公式ファンクラブ、ブルーエイジ以外の何ものでもなかった。

 

「あーあ、お姉ちゃん、またやってるよ」

 

真美は下校時、姉の美琴が白薔薇女子学園の正門前で仲間と共にビラ配りをしているのを見つけた。

 

「ねえ、まゆ、三澤さんはどうなの?ファンクラブが新しくなってさ」

「うーん、別に。変わったことはないわね」

「だよね。なんか、お姉ちゃんたちが勝手に熱を上げてるって感じよね。お姉ちゃん、家でも三澤さんの話ばっか。前から宗教みたいで気持ち悪いと思ってたけど、ますます熱量が増してるのよねえ」

「そうなんだ」

「それにね。お姉ちゃん、行動がなんか怪しいの」

「怪しいって?」

「持ってるバッグとか使ってる化粧品とか。チャメルのバッグとか持つようになったのよ。まさかとは思うけど、パパ活とか始めたのかしら」

「確かに。普通の大学生が自分で買えるものではないわよね」

「誰かに買ってもらった。そうとしか考えられないわよね。お父さんやお母さんには友達から借りたとか言い張っているけど怪しいなあ。最近、帰りも遅いし。絶対、男が関わってるわよね。ねえ、まゆもそう思わない?」

 

チャメルといえばセレブ御用達の高級ブランド。

真美は美琴がどうやってそれを買い求めたのか疑問に思っていた。

 

「それにこの前ね、初めて朝帰りしたのよ。三澤さんのマハーラホールのライブに行って、そのまま朝まで帰ってこなかったの。お父さんにもお母さんにもいろいろ言われて。でも、大学の友達と朝まで飲んでたって。その一点張り。ねえ、でも、それってどう思う?どこか外泊したんじゃないかと思わない?」

「ふうん。そうなんだ」

 

三澤のマハーラホールでのライブの日、まゆは写真集の撮影で海外に行っていた。

その後、帰国したまゆが三澤の部屋に戻ってくると、枕に長い髪の毛が付いているのを見つけていた。

三澤も髪を長く伸ばしていたが、よく見ると髪質が違っていた。

他の誰か、おそらくは女が部屋に来ていた。

まゆはずっと怪しんでいた。

 

「それにしてもお姉ちゃん、大丈夫なのかなあ。ますます三澤さんに身も心も捧げてるって感じよねえ。なんか変な宗教に引っ掛かったみたい。まゆもそう思わない?」

「うーん。どうなのかしら?」

「絶対おかしいって。三澤さんを神様みたいにありがたがって、サークルみんなで絶賛するなんて気味が悪いわよ」

 

まゆは真美の言葉を軽く受け流したが裏の事情は把握していた。

ブルーエイジは宗教団体「まごころの朋」が作った組織で、宗教活動を前面に出さず会員を増やすための隠れ蓑。

まごころの朋に若い女性を多く取り込んで、影響力を強めるために入信する者を増やす。

美琴を始めとするファンはそのために、三澤を慕う気持ちを利用されていることに全く気づいていなかった。

まゆは三澤を通じてそのからくりを知っていたが、真美の前では口に出さなかった。

 

更に美琴とそれに賛同する学内のブルーエイジ会員は、SNSでも三澤の広報活動に余念がなかった。

三澤の所属事務所が作ったマニュアルがありその通りに投稿すれば良かったが、それ以上に自主的に三澤を絶賛する投稿をして盛り上げていた。

美琴と仲間たちは嬉々として一日に何回も投稿し、三澤に批判的な投稿を見つければマニュアル通りに一斉に叩いていた。

とにかく三澤への批判は許さず絶賛しなければならない。

異論は認めない。

そんな空気がブルーエイジの中に溢れるようになり、美琴はその旗振り役でメンバーを一つにまとめあげていた。

まとまった思いはいつの間にか暴走を始めていた。

一致団結して三澤を讃える仲間を増やそうと尽くすことが、メンバー一人一人に求められていた。

そんなある日のこと、軽音楽同好会の部室で行われたミーティングの席でメンバーの彩音がこんな発言をした。

 

「ねえ、みんな。俊介さまのために盛り上がるのはいいんだけど、ちょっとやり過ぎじゃない?」

「えー、どういうこと?」

「いくら事務所からの指示だからって、SNSの批判的な意見を封じ込めようとするのっておかしいと思うの。それに大して興味もない人にしつこく勧めたり、それもどうなのかしら?」

 

彩音はブルーエイジの活動そのものを批判するようなことを言い出した。

 

「俊介さまが素晴らしいのはわかるけど、それを絶対視してそうじゃない意見は封じ込める。これじゃまるで変な宗教みたいよね。他の人はそんなに興味ないって。それを引き込むよう働きかけたりして大きなお世話じゃないの?やり過ぎじゃないかしら」

 

なんということか。

ブルーエイジの活動を批判し、おかしな宗教呼ばわり。

 

「ちょっとお、彩音!何言ってんのよ!」

「あたしたちの活動を否定することは、俊介さまを否定することよ!」

彩音!あんた、自分が何言ってるかわかってんの?!」

 

彩音の発言にブルーエイジのメンバー全員が一斉に噛みついた。

 

「でも、ちょっとやり過ぎじゃない?前から思ってたけど、とにかく絶賛して異論は認めないみたいなのはおかしいよ。みんな、どうしちゃったの?」

 

彩音が言い返すととますます激しい反論が飛び出した。

 

「当たり前でしょ。俊介さまのどこがおかしいって言うのよ?」

「おかしいわよ。ライブのチケットだってグッズだって販売開始と共に転売されてるし、俊介さ…三澤さんには何か裏があるわよ」

「じゃあ、彩音はチケットやグッズの転売はどうしたらなくなると思ってんの?それが俊介さまのせいだって言うの?」

「それは…」

「ほら、答えられないじゃない。中傷じみたこと言うのはやめてよね!」

「もういい。あたし、付き合いきれない。辞めさせてもらうわ」

 

彩音は立ち上がるとそう言い捨てて部室を出ていった。

 

「おかしいのは彩音の方よねえ」

「そうよそうよ!あたしたちの俊介さまを貶めるような物言いは許せないわ!」

「美琴がこんなに一生懸命やってるのに、バカにしてるわよねえ」

 

軽音楽同好会の部室に残ったメンバーは口々に彩音を非難した。

 

それからというもの、ブルーエイジのメンバーは彩音を無視して避けるようになった。

学内で会っても目も合わせず、試験前の勉強会にも呼ばずノートも貸し借りしない。

当然、軽音楽同好会からは締め出され、彩音に対する陰湿ないじめが始まった。

ほんの少しブルーエイジの活動を批判しただけで徹底的な無視。

彩音はやはりやり過ぎだとひしひしと感じていた。

学内にある彩音の私物ロッカーが壊されたり、SNSで事実無根な噂が流され、個人情報を晒されたり。

個人情報が流されたことで、彩音は夜道で怪しい男から付けられ危ない目に遭ったり。

熱を上げているミュージシャンのことで、皆が向いている方向と違うことを言っただけでこんな仕打ち。

ここまで叩かれるとは彩音も考えてもいなかった。

しかし、夜道で怪しい男から被害を受けそうになったのは常軌を逸している。

彩音はそのことを警察に届けることにした。

 

「なるほどねえ。誹謗中傷を受けて個人情報が晒されて、ねえ」

 

警察に届けに出向いた彩音だったが、担当の警察官はまるでやる気がないようだった。

 

「でも、実害は出てないんでしょ?」

「出てます!襲われそうになりましたし!住所まで晒されてるんですよ!」

「ああ、でもねえ。警察では実害がないと動けないんだよねえ。襲われてはいないんだよね?」

 

まるで被害届は出させないとでも言わんばかりの警察官の態度に、彩音は憤った。

 

「そういうことは、弁護士さんにでも相談した方がいいんじゃないの?」

「警察は助けてくれないんですか?!」

「だからあ、実害が出てないと警察は動けないんだよ」

 

なんということか、警察は取り合ってくれない。

のらりくらりと要領を得ない。

彩音は椅子から立ち上がった。

 

「もういいです!」

「あ、そう。気をつけて帰ってね」

 

警察官は厄介払いができたと言わんばかりの態度で、相談室のドアを開けて彩音を面倒そうにあしらった。

どうも納得できない。

彩音は腹立たしさが募った。

電車に乗り、なんとか反撃する方法をじっと考えてみたが、あることを思いついた。

SNSで攻撃されたのなら、SNSで反撃すればいいのだ。

既にあるアカウントは把握されているが、別にアカウントを作ってはどうか。

自分にできるのはそれだけだが、海よりも広いSNSの世界で誰かの目に留まれば良い。

彩音は電車の中だったが、スマホで新しいアカウントを作り投稿を始めた。

三澤俊介のファンクラブ・ブルーエイジの過激な行動について、異を唱えればいじめのような仕打ちを受けて身の危険も感じたこと、警察に相談しても相手にされず何か裏があるのではないか?と考えたこと。

彩音は立て続けに投稿をしたが、すぐに反応する返信が返ってきた。

しかしその多くが彩音の投稿に対する非難めいた内容で、中には暴言混じりのものもあった。

その他は彩音の投稿を茶化すもの、嘲笑するものも多く、中には精神障害者呼ばわりする返信も付いた。

非難する返信以外にも馬鹿にしたようなものも多く、もしかしたらブルーエイジのメンバー以外の人間も関わっていて批判的な返信を返してきているのではないか?

素早く返ってくる批判的な返信の多さに彩音はそう感じた。

それにしてもなぜ、こんなにも三澤を擁護するのだろう。

しかも反応が返ってくるのが異様に速い。

彩音は薄気味悪さのようなものを感じた。

単なる女子大生中心のサークルがここまで徹底して相手を叩けるものだろうか。

まるで彩音のことを見張って、不都合なものを消しにかかってきているようではないか。

彩音がそんなことを考えている間にも批判的な返信の件数はどんどん増えていった。

 

そうして何日か経ったが、相変わらず彩音の投稿にはそれを否定するような返信が付いていた。

SNS上のこととはいえ、多勢に無勢。

彩音は心が折れそうだったが、ふと一件の返信が目に付いた。

 

『イチゴさん、こんにちは。ペガサスといいます。毎日、繰り返している投稿のことで詳しくお話を伺いたいな。会えますか?』

 

彩音は最初はいたずらだと思っていたが、ペガサスからのメッセージは毎日続いた。

 

『僕はジャーナリストなんだ。ぜひ、お話を伺いたいな。ダイレクトメッセージを送るから、返信待ってるよ』

 

このメッセージの後、すぐに彩音のアカウントにダイレクトメッセージが届いた。

メッセージを送ってくれるペガサスはジャーナリスト。

本当かどうかはよくわからないが、本物ならブルーエイジのおかしな行動の裏にあるものが何なのかわかるかも知れないし、その異様さを世間にわかってもらうことができるかも知れない。

とにかく異論を認めず、皆で同じ方向を向き暴走している。

ブルーエイジのメンバーから直接されるだけではなく、ネット上でも不特定多数の者が彩音を攻撃してくる。

三澤を擁護するだけでなく批判を許さない者は、ブルーエイジのメンバーだけではないのだろう。

実行する者が意図的にまとめられているのではないか?

彩音は真実を知りたかった。

彩音は数日、様子を見たがペガサスからのアプローチは途切れることはなかった。

知らない人物と一対一で会うのは恐いような気もしたが、昼間のうちに人目につく場所なら大丈夫ではないか。

とにかく今は味方が欲しい。

まるでカルト教団のようになってしまった仲間たちのことを誰かに知って欲しい。

彩音はペガサスからの誘いに乗ってみることにした。

 

『ペガサスさん、いつもありがとう。わかりました。一度お会いしたいです』

 

彩音がダイレクトメッセージでこう送るとすぐに返信が返ってきた。

 

『こちらこそありがとう。じゃあ、場所や日にちを相談させてもらうね』

 

ペガサスは待ち合わせ場所や詳しい日時を提示してくれた。

 

『僕はこんな感じだよ』

 

そんなメッセージと共にペガサスを名乗る人物の写真が送られてきた。

ペガサスはまだ若い感じだが、大学2年の彩音よりは少し上、27、8歳くらいに見えた。

職業はフリーライターで、本名は桐生誠。

ブルーエイジの活動に関心を寄せて、取材しようと考えていると自己紹介が添えられていた。

見た感じは怪しげな雰囲気はない。

おかしな人物だったら取材を断って帰ってもいい。

彩音はそう考えて桐生と会うことに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スーパースターはごきげんななめ 第二話~世のため人のため

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「やっぱり良かったわねえ。俊介さまのライブはサイコー!!」

「そうよねえ」

 

その日のライブが終わり詰めかけたファンは口々に満足感を呟きながらホールから退場していた。

 

「ファンクラブも新しくなるし、俊介さまは永遠に不滅ね」

「事務所直轄でしょ。切り替え手続きとそのぶんの追加の会費は払わなきゃならないけど、俊介さまのためなら何のそのよねえ」

「MCでも俊介さまが言ってたけど、新しいファンクラブではただのミュージシャンの活動の枠を超えて社会に貢献することも目標にするって、ステキよねえ」

「そうよねえ。さすが俊介さまだわ!」

 

美琴と早智子もそんなファンの声を聞きながらホールから退場した。

 

「じゃあ、美琴は楽屋に呼ばれてるのよね。あたし、先に帰るね」

 

早智子は先に帰って行ったが、新しいファンクラブのことで伝えたいことがあると電話をした時に事務所のスタッフに言われていた美琴は、言われた通りにホールの誘導スタッフに申し出て案内された。

 

「お疲れさまでーす。相田ですが」

「おお、相田さんか。今日もありがとうね」

 

美琴が楽屋を訪ねると三澤のマネージャーが真っ先に声をかけてくれた。

三澤は楽屋の奥の方で中年の男と言葉を交わしていた。

 

「俊介!相田さんが来てくれたぞ!」

「あ、はい!」

 

美琴は公式ファンクラブの創設者兼代表として、何度か三澤に会ったことはあったが何度会っても緊張してうまく話せなかった。

 

「相田さん、ライブのMCでも言ったけど事務所でオフィシャルなファンクラブを立ち上げたんだ。これからも相田さんにまとめていってもらいたいな」

「ええ、は、はい」

 

三澤に直接声をかけてもらえるのは自分だけ。

そうは思っていても、何度こうしてもらっても美琴は緊張で声が震えていた。

 

「そうだ。良かったら打ち上げも来ないか?」

「え!これから、打ち上げにですか!」

「うん、これから新しいファンクラブのことでお世話になるんだし。いいですよね?福本さん?」

 

三澤は傍らで二人の会話を聞いていたマネージャーに念を押した。

 

「もちろんだよ。今後のことでもまだ話したいことがあるし」

 

公式ファンクラブ代表として三澤やスタッフと何度も話したことがある美琴だったが、ライブの打ち上げに呼ばれたのは初めてだった。

 

「ええ、いいんですか?」

「もちろん、ぜひ来て欲しいね」

「わああ…」

 

美琴は嬉しくて嬉しくて舞い上がりそうだった。

 

 

「カンパーイ!!」

 

美琴は本当に三澤のライブの打ち上げに来てしまっていた。

しかも座る席は三澤の隣。

これがオフィシャルファンクラブの代表を任せてもらう者の特権なのか。

少し落ち着いてきた美琴は優越感のようなものを感じ始めていた。

 

「美琴ちゃん、こちらはお世話になっている田口さん」

「あ、相田です。よろしくお願いします」

 

美琴は三澤に紹介された田口が反社会的勢力の組長だとは知らずに挨拶した。

 

「美琴ちゃんかあ。かわいいね」

「ありがとうございます」

 

表明上だけ見れば紳士的な田口を美琴は全く警戒していなかった。

 

「僕はね、三澤くんがグレースで活動していた頃からの付き合いなんだ。その頃から、必ず大物になると思っていたんだよ」

「そうですよね。俊介さまが作る曲は素敵なものばかりですもの。あたしも何度も何度も勇気をもらって」

「うん、ファンにとっては三澤俊介は神さま同然だからね」

「そうです!!」

 

口のうまい田口は美琴の心をくすぐるような言葉を連発した。

 

「ちょっとごめんなさい。あたし、お手洗いに行ってきます」

「ああ、そこを出て右に曲がった突き当りだよ」

 

マネージャ―の福本が丁寧に教えてくれると、美琴は打ち上げが行われている個室を出て行った。

 

「へえ、素直でいい娘じゃないか。なあ、福本くん」

「でしょ。田口さんが竜嶺会の組長だなんて想像もしてないでしょうね」

「ワッハッハッハッ!あの娘なら簡単に言うことを聞くだろうな。ブルーエイジとやらを使って、またひと儲けさせてもらうよ」

「そうですね。儲けは我々が山分けということで」

「ワッハッハッハッ!そういうことだ!ついでに、まごころの朋とも話をまとめておくとするか」

「ですよねー」

 

美琴がいないのをいいことに、そこにいた全員が高笑いした。

 

 

「さあ、そろそろ打ち上げもお開きだな。会計、済ませてきます」

 

まだまだ宴もたけなわだったが、福本はそう言うと他のスタッフと立ち上がって会計を済ませに個室を出て行った。

 

「美琴ちゃん。良かったねえ、今日は」

「はい、田口さんもいい方で安心しました」

「そうかねえ、ワッハッハッハッ!」

 

田口はやたらと豪快に笑った。

その正体を知らないのは美琴だけ。

田口は畳み掛けるように続けた。

 

「美琴ちゃん、三澤くんはね、前から美琴ちゃんのことが気になっていたんだよ」

「え?と、仰いますと?」

「わかるだろ?かわいい美琴ちゃんともっともっと仲良くなりたいってことさ。なあ、三澤くん」

 

田口にそう言われると三澤は黙って笑みを浮かべながら頷いた。

 

「この後は二人に任せようじゃないか」

「まあ…」

 

美琴はすっかり舞い上がってしまった。

憧れの三澤俊介が自分に興味を持ってくれている。

この後は二人きりで行動とは、なんという役得。

自分は公式ファンクラブの創設者で代表。

新しいファンクラブができても、それは変わらない。

美琴は事務所が勝手に立ち上げたブルーエイジに最初は疑問を感じていたが、もうどうでも良くなった。

それが三澤のためなら何でもする。

いずれにせよ、これからも自分はファンクラブの代表であることには変わらないのだ。

そうしていれば、今、この時のようなおいしい思いができる。

 

「美琴ちゃん、行こうか?」

「はい…」

 

さっきから三澤は名字の相田ではなく、美琴と名前で呼んでくれている。

美琴は頬を赤らめて三澤と一緒に打ち上げが行われていた店を出ていった。

 

 

「どうぞ。散らかってるけど」

「おじゃましまあす…」

 

なんと、とうとう三澤の自宅まで着いてきてしまった。

噂では三澤はトップアイドルの佐伯まゆと同棲していると聞いていたが、部屋の中にはそんな形跡はなかった。

 

「どうしたの?」

「え、素敵なお部屋だなあと思って」

「佐伯まゆのことはどうなったんだと思ってるだろ?」

「ええ、と…」

 

美琴は心の中を見透かされたような気がして慌てて否定した。

 

「あれはワイドショーが騒いでるだけだからさ。俺はこれからは美琴一筋さ」

「まあ…」

 

三澤が噂をきっぱり否定し、美琴に気があるようなことを言うと美琴は卒倒しそうだった。

 

「飲み直そうか?」

 

三澤は冷蔵庫から缶ビールを出して美琴に渡してくれた。

 

「そうだ。新しいファンクラブ、ブルーエイジのことだけどさ」

「はい…」

「単なるミュージシャンのファンクラブに留まらず、もっと社会の役に立つような活動を目指したいんだ」

 

三澤はビールを飲みながら話し始めた。

ブルーエイジは社会的な活動、例えば福祉のために募金を集めたり、国民のために働く政治勢力を後押ししたり、他にもボランティア活動を進めたりと幅広い活動を目指している。

三澤はそう説明してくれた。

 

「美琴、美琴ならやってもらえると見込んでのことなんだ。今までも俺のためにいろいろやってくれたし、できるよな?」

「も、もちろんです!俊介さまのためなら!」

 

打ち上げの時からずっと飲みっぱなしで酔っているせいもあり、美琴は三澤に持ち掛けられた話に全面的に賛同してしまった。

もはや何かの暗示にかけられているも同然だったが、美琴は”社会的な善行”という言葉に釣られてしまった。

神同然の三澤の下、社会のためになることを進める。

これ以上、光栄なことはなかった。

美琴は完全に三澤の言葉を信じ、正しい道を進むのだと決めた。

これからはただ三澤のファンということ以上に、世のため人のために力を合わせて働くのだ。

自分こそがその旗振り役。

今まで以上に三澤のファンを増やし、社会に貢献するのだ。

自分たちがこれからやろうとしていることは社会を良くする活動なのだ。

そう言う三澤に美琴はあっさり丸め込まれてしまった。

 

「さーてと。美琴、シャワー浴びるか?」

「え!?」

 

シャワーでも浴びよう。

そう言われて美琴は赤面した。

 

「俺が先に浴びようか?それとも、一緒に浴びるか?」

「えええ、そんな、俊介さま…」

 

美琴は恥ずかしくてたまらず両手で顔を覆った。

なんという展開だろう。

憧れの三澤とこんな時間が過ごせるとは。

これはもう、ただのファンとミュージシャンの関係ではない。

美琴は天にも昇る気持ちで声を震わせた。

 

 

スーパースターはごきげんななめ 第一話~スーパースターの真実

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人気アイドルの佐伯まゆは交際中のミュージシャン、三澤俊介のために今日も得意料理のなすのみそ汁を振る舞う。

 

「旨いなあ。やっぱり、まゆが作るみそ汁は最高だよ」

「うふふ、そう言ってもらえると嬉しい」

 

まゆは14歳の中学二年生、三澤は32歳の年の差カップルだが、二人は全く気にしておらず誰にも知られていない特別な事情があった。

 

「私は偏見のない俊介さんが好きよ。私がアンドロイドだと知っても、何も変わらず接してくれているし」

「ああ、最初はびっくりしたけどな。でも、まゆの美しさは人間離れしてるじゃないか。アンドロイドだと言われて納得だよ」

 

実はまゆはアンドロイド。

しかもこの国にいる全てのアンドロイドを稼働させているスーパーコンピューター、スカイゾーンの部品の一部。

そのことを知っても三澤は変わることなくまゆに接していた。

 

「まゆ、お前がスパコンの部品だってこともびっくりしたけど、よく考えたら面白いじゃないか。スパコン、スカイゾーンには本体がない。しかし、意思を持つスカイゾーンはその意思を実行する動ける体が欲しかった。それで技術者に作らせたのが、まゆだ。それにしてもよくできてるよな。人間と全く変わらない。俺も言われるまで全然わからなかったよ」

「あなたも物好きね。アンドロイドに惚れるなんて」

「俺は人間だろうがアンドロイドだろうが、中身で勝負さ。人間でもつまらない女はたくさんいるしな。まゆは素晴らしいよ。知的で聡明でとにかく話が面白い」

「そうね。あなたがミュージシャンとして有名になった途端、手のひらを返してまとわりつく女が急に何人も現れたんですものね」

「そうそう。グレースとしては鳴かず飛ばずだったけどな。ソロになってヒットが出たら、途端に自称の親戚が増えたり、俺を見下していた女どもが持ち上げてくるようになったりな」

 

三澤はロックバンドとしてデビューしたが当時はなかなか売れず、無名の時代を経てバンドは解散しその後ソロとしてブレーク、一流ミュージシャンの仲間入りを果たしていた。

 

「ああ、旨かったなあ。毎日まゆの手料理を食べられて俺は幸せだよ」

 

三澤は食事後の後片付けを手伝い終わると、テレビをつけてスマホSNSのチェックを始めた。

 

「あーあ、まただよ」

「また?」

 

まゆも濡れた手を拭きながら三澤のスマホの画面を覗き込んだ。

 

「こいつらさあ、何考えてんだろうな?気持ち悪いイラストとかさ。妄想が全開のコメントとかさ」

 

三澤はSNSを開いてため息をついた。

ブレーク後の三澤にはかなりの数の熱狂的なファンが付いていた。

SNSでも三澤は人気で、似顔絵のイラストを投稿するファン、疑似恋愛のようなコメントを投稿するファン、中には三澤を過剰に神聖視する投稿も絶えることがなかった。

 

「もうこいつら何なんだろうな。でも、社長がファンサのためにも生の声を聞いとけって言うからさ」

 

ライブのMCなどでファンが喜ぶような話をするために、SNSで情報を拾う。

三澤は所属事務所の社長直々に、SNSをチェックするように命じられていた。

 

「なあ、まゆ、これって俺だよな?」

 

三澤はSNSに投稿されたイラストを指差した。

 

「そうじゃないかしら?」

「やっぱ、そっか。俺さあ、王子様みたいに思われて気持ち悪いんだよ。何だって、こんなイラスト描いて投稿するんだろうな?見てる方が恥ずかしいよ。あとさ、俺のことを可愛いとか、そんなこと言うのも止めて欲しいよな。ホントに気持ち悪いよ」

「確かにそうね。ライブの時の衣装もなんとかならないのかしらね?」

 

三澤は背中まで伸ばした長い髪、透き通るような白い肌で目鼻立ちのはっきりした美男だった。

その見た目のために王子様のようなイメージが先行し、ライブでは煌びやか衣装を纏うことが多かった。

スパンコールがたくさん付いた上着に、スタイルの良さを強調するパンツ、長身を引き立てる洒落たブーツ。

まるで少女漫画から出てきたかのような三澤の姿に、ファンは熱狂し歓声をあげるのだった。

 

「俺、王子様なんてもう嫌だよ。俺は純粋にロックをやりたいんだ。でも、今の路線の方が金になるからさ。事務所はやっぱり商売の方が大事なんだよな」

「そうよねえ。でも、今の事務所の社長さんには恩義があるんでしょう?」

「ああ、ずっと売れなくて無名だった俺を切り捨てることなく見守ってくれたからな。社長には足を向けて寝られないよ」

「何かいい方法はないかしら?俊介さん、一方的に王子様にされちゃってるわよね」

「まったく、勘違いした奴ばかりさ。あとさ、やたらと"感謝、感謝"とか言う奴もやめて欲しいよな。俺は好きなことを好きなように表現したいだけなんだ」

「俊介さん、もう神様みたいになっちゃってるのよね」

「そうそう、それそれ。俺は新興宗教の教祖さまかよ。そういうのじゃないんだよなあ。どいつもこいつも思い込み激しすぎ。俺さあ、イメージを損ねたりしたら刺されるんじゃねえかなと思うんだよ」

「そこまではないと思うけど、俊介さんのファンは思い詰めてるみたいで確かに恐いわね」

 

三澤は自分が過剰に神格化されることに戸惑いを隠せないでいた。

 

「でも、金のためか。全ては金だよな」

 

無名の頃、金銭的に苦しかった三澤だったがヒット曲が出てCDの売り上げが伸びるようになるにつれ、手が届かなかったものも容易に手に入るようになり、生活は激変していた。

 

「うふふ。夢を捨てるな、権力に踊らされるな。そう歌っているあなたの夢は、高級マンション、スポーツカー、そして美女。でしょ?」

「まゆ、やっぱり賢いな。わかってるじゃないか。そうさ、ミュージシャンなんて女にモテたい。カッコいい車に乗りたい。豪邸に住んで旨い酒を飲みたい。だから楽器をやり始めるんだよな」

「俊介さんは正直ね」

「まあな。ライブのチケットも売り切れ続出、高額な転売チケットを買ってまで参加する奴らまでいたりな。結構なことだよ」

 

三澤は一通りSNSを眺めるとスマホをテーブルの上に置いてテレビのリモコンを持ち、適当にチャンネルを変えた。

 

「こういう時は、お笑い番組でも見るのがいいよな」

「そうね、お風呂沸かしてくるわね」

 

まゆは常に甲斐甲斐しく三澤の身の回りの世話をしていた。

 

 

「まゆ、おはよう!」

「おはよう、真美」

 

まゆはアイドル活動をしながらも中学校に通っていた。

所属事務所の社長が親代わりになり、名門の白薔薇女子大学付属の中学校に通っていた。

一番の仲良しの真美と校門の前で会うと、まゆはおしゃべりしながら教室へ向かった。

 

「昨日、見たよ。フィロス電機の新しいCM。まゆ、やっぱり可愛い」

「そうかなあ。あのCM、スタッフが入れ替わって新しい人ばかりだったからすごく緊張したの」

「ええ、そうなんだ。でも全然可愛く仕上がってた。ねね、三澤さんは何て言ってるの?」

「うーん、別に。特に何も言ってなかったけど」

「そんなもの?」

「うん、そんなもの」

「それだけラブラブってことなのね」

 

三澤とまゆが交際していることは真美しか知らなかった。

芸能界の噂にはなっていても確証を掴まれることはなく、出所のはっきりしない噂が一人歩きしているだけだった。

 

「あーあ、でもさあ。まゆと三澤さんのことを知ったら、うちのお姉ちゃんおかしくなっちゃうんじゃないかなあ」

 

真美の姉は白薔薇女子大の学生で、三澤の公式ファンクラブの創設者としてファンクラブの会長も務めていた。

 

「お姉ちゃん、のめり込んじゃってるからなあ。三澤さんに彼女がいるなんて知ったら半狂乱ね。三澤さんのファンはみんなそうよね。三澤俊介は神なんだもの。でも、それってどうなんだろうね。三澤さん、嫌がってるんでしょう?」

「まあね。SNSが苦手みたい」

 

まゆと真美は教室に着いてもおしゃべりを続けた。

 

「あー、わかるわかる。変なイラストとかでしょ。あれはねえ、妄想が爆走してるって感じよねえ」

「そうそう。王子様キャラとか、神格化されてるのが気に障るみたいね」

「わかるー。あたしもお姉ちゃんにうっかりしたこと言えないもん。何かあれば、三澤さんをバカにするのかって突っかかってくるし。どうかしてるわよねえ。大学でも三澤さんの素晴らしさを宣伝して回ってるのよ。正に”布教”ね。三澤さんのファンって宗教の信者みたいよね。なんだか気持ち悪い」

「なんとかならないのかしらね」

「まゆ、三澤さんと結婚しちゃえば?」

「結婚かあ」

「もちろん、いますぐはできなくても、まゆが大人になってからでいいんじゃない?そのくらいやらないと取り巻き連中は目が覚めないわよ」

 

まゆと真美が話し込んでいるところへ、クラス担任が教室に入ってきた。

 

「起立ー。礼、おはようございます」

「おはようございます」

 

クラス委員が号令をかけると教室中の生徒は担任に礼をして挨拶した。

白薔薇女子中学は白薔薇女子大の付属で偏差値は高く、人間教育、躾が厳しいことでも有名だった。

多くの生徒がエスカレーター式に大学に進学し、有名企業に就職する名門という面以外にも、まゆのように芸能活動をするなど課外活動に積極的に取り組む生徒にも理解があった。

しかし通っている生徒は普通の女子中学生。

朝のホームルームが終わると一時限めの古典の授業が始まったが、真美は隣の席のまゆに手紙を書いて渡してきた。

 

『ねえねえ、まゆは白薔薇女子大まで進みたいの?でも、あたしはお姉ちゃんを見てたらちょっとねえ…お姉ちゃんは三澤さんに夢中だけど、他の学生はいい会社に入ってお金持ちのお婿さんを見つけてって感じの人が多いし。夢がないわよねえ』

 

まゆが真美から渡された手紙を読んでいると、古典の教師に気づかれて注意された。

 

「そこ!佐伯さんと相田さん!授業に集中してください!」

 

真美はバツが悪そうな顔でぺこりと教師の方に向いて頭を下げた。

 

 

「あーあ、疲れたなあ。授業ってやっぱ退屈よねえ。まゆはいいなあ、頭が良くて。芸能活動をフルにしてても試験はいつもトップの成績じゃない。どうしたらそんな風になれるの?」

 

古典の授業が終わり次の授業までの短い休み時間に、真美は大きく欠伸をしながら席を立った。

 

「特別なことなんかしてないわよ。授業はつまらないけど、集中して聞いて要点を掴むのよ」

「ふうん。それが芸能活動との両立の秘訣?」

「まあ、そんなところ」

「どうでもいいけど、白薔薇女子大かあ。あたしはエスカレーター式に進学できても行きたくないかな。お姉ちゃんを見てたら遊ぶことばかりで、要領よく就職できればいいって感じだし」

 

真美の姉、美琴は白薔薇女子大学の2年生で文学部で英文学を専攻していた。

美琴は大学のサークル、軽音楽同好会の創設者で部長も務めていた。

ただ、軽音楽同好会というのは大学側から公認サークルとして認めてもらい、活動費を支給してもらうための建前だった。

実態は美琴がのめり込んでいる三澤俊介のファンクラブで、学内はもちろん、他大学にも三澤の良さを広め、更にファンを増やすことを目的とした活動が中心だった。

 

「美琴、俊介さまのチケット、どうだった?」

「早智子かあ。うーん、全滅…」

「やっぱそっかあ。今回は今まで以上に厳しいわよねえ」

「そうなのよねえ」

「美琴はファンクラブの創設者で会長でもあるのに、それでもチケットがはずれるなんてねえ」

「まあ、みんなが平等にチケットを取れるように優先購入はなし。それもわかるんだけど、チケットは一体全体どこに行っちゃうのかしら?」

「それなら、これじゃない?」

「え?」

 

美琴と早智子は部室に入ってきた由美の方を見た。

 

「ほら、もうこんなの出てるわよ」

 

由美はスマホの画面を美琴と早智子に見せた。

 

「ああ!もう転売されてる!」

「どういうこと?!さっき、当落の結果メールが届いたばかりじゃない!」

 

スマホの画面にはチケットの売買サイトが表示されていた。

三澤俊介のライブツアーの各会場のチケットの売ります、買いますの画面だったが、圧倒的に多いのは『売ります』の情報だった。

美琴と早智子も自分のスマホで売買サイトを見てため息をついた。

 

「ちょっとお、どうなってんの?マハーラホールのライブなんて、10万で出てるじゃない」

「これでも買う人がいるのよね」

「あり得ないわ!当落の結果が出たばかりじゃない!」

「これは意図的に買い占めてそれを放出してるってことよね」

「落選組が殺到するのを見越して今のタイミングで出品、買わせようってことよね」

 

美琴たちは高額で売られているチケットを見てまたため息をついた。

三澤のライブのチケットはかなりの人気で、販売以前に抽選が行われ当選者だけがチケットを手に入れることができた。

それにしても、なぜ高額でチケットを転売する者にチケットが当たるのか?

なぜ、高額転売をするような不届き者にチケットが当たり、真面目に抽選に参加している者が落選するのか?

美琴たちは不条理を嘆くしかなかった。

 

 

「ワッハッハッハッハッ!三澤くん、君もなかなか愉快な男だな。気に入ったよ」

 

三澤俊介は所属事務所の社長の口利きで高級クラブ、オモルフィの酒席にいた。

そこには反社会的勢力の竜嶺会の組長の田口、フィロス電機会長の安曇、憲民党幹事長の原山が同席し華やかな夜の女性を侍らせながら酒を酌み交わしていた。

 

「ありがとうございます。いつかご挨拶をと思っていたのですが、なかなかスケジュールが合いませんで」

「いやいや、構わんよ。三澤くんのおかげでうちの組も潤ってるんだ。次のツアーもどの会場もチケットは完売じゃないか」

「ええ、田口さんたちが買い上げてくれるからです」

「ワッハッハッハッ!こちらこそ三澤くんのファンはお得意さまさ。プロモーターがうちの組にチケットを回してくれるからな。それを何倍もの高額で転売してボロ儲けだ」

「ええ、事務所もとにかくチケットが完売さえすればいいですからね」

 

とにかく取れないことで有名な三澤のライブチケットだったが、からくりがあった。

竜嶺会がプロモーターから便宜を受けチケットを買い取る。

買い取ったチケットは竜嶺会が転売する。

それもかなりの高額で転売し利益をたっぷり搾り取る。

その利益は竜嶺会の資金源になっていて、三澤のライブ以外の多くの有名アーティストのチケットも同じようなものだった。

 

「チケットが完売だの、なかなか取れないだの。それもまた、三澤俊介が如何に売れているかの証みたいなものだからねえ」

「ええ、そうですね。とにかく売れればいいんです。僕がミュージシャンとして如何に売れているかステイタスになりますし、事務所も儲かります。何せ、チケットが手に入らなかったファンもグッズだけは買いに会場に来ますし。それに、田口さんと仲良くさせて頂ければ、芸能界を渡って行くうえで心強いですし」

「何だと?チケットもないのに会場に来ると?」

「はい。グッズを買いに来てるだけみたいですね」

「はああ?何だそれは?そりゃあ、笑いが止まらんな」

「グッズの売り上げはライブの収支をプラスにするためには欠かせないんですよ」

「オヤジ、この前のツアーでは会場限定販売のペンダントを買うために、数時間以上も並んだ奴らがいたみたいでっせ」

 

同席していた竜嶺会の構成員が素早く検索して関連トピックを出し、三澤のファンのSNSのアカウントの画面を田口に見せた。

 

「ほお、なるほど。この寒空に数時間も並ぶ。狂気の沙汰だな。みんな、バカなのか?ワッハッハッハッ!三澤くん、君も隅に置けないねえ」

「まあ、そうなんでしょうね。多くのファンは僕がグレースにいた頃からの追っかけです。僕のことを神様か何かだと思い込んじゃってるんでしょうね」

「そんなものかねえ。まあ、いい商売させてもらっているから、ファンは大事にしないとなあ。ま、どうせ、そのグッズとやらも我々が買い取って高額で転売、商売させてもらうだけなんだがな。ワッハッハッハッハッ!」

 

田沢は酒をしこたま飲み上機嫌だったが、チケットの話がひと段落するとまた別の話を振ってきた。

 

「そうだ、三澤くん。面白い男を紹介しようか?」

「ええ、どんな人ですか?」

「まごころの朋ってあるだろう」

「あの、宗教のですか?」

「そうそう。まごころの朋で新しい広告塔を探しているんだ。やってみないか?」

「へえ、それは面白そうですね」

「だろ?もちろん、タダでとは言わん。報酬は弾むよ。私は教祖の河原とも親しいんだ。奴はなかなか気のいい男でねえ。三澤くんのことを高く買ってるんだ」

「それは光栄ですね」

「君の追っかけは多い。それをそっくりそのまま入信させればかなりの利益になる。それに、まごころの朋は民順党の支持母体だ。民順党はもうすぐ憲民党と協定を結び連立を組む。その連立が更にアンドロイド新党とも組み大連立を完成させる。君の追っかけに民順党を支持させれば、連立与党に投票する人数が増える。次の選挙では更に議席を伸ばして、我々が天下を取ろうということだ。君にも悪いようにはしないよ」

 

田沢はぐいっと酒を飲み干しグラスを空けながらにやにや笑った。

 

「どうだ?いい話だろ?ほら、三澤くん、飲んで飲んで」

「ええ、結構なお話ですね。いただきます」

 

三澤は田口から注がれた酒をぐいっと飲み干した。

 

「三澤くん、来週からまたツアーだな。稼ぎ時だ」

「ええ、田口さんのおかげで商売繁盛です」

「ワッハッハッハッ!君はわかってるねえ。美男でいい男だし、何人もの女を泣かせてきたんだろう」

「田口さんほどではないですよ」

「ほお、なるほど。ワッハッハッハッ!じゃあ、河原にも君のことを話しておくよ」

 

田口は上機嫌でまた三澤のグラスに酒を注いでくれた。

 

 

一週間後、三澤はライブツアーの初日を迎えた。

美琴はチケットの抽選にはずれたものの、急病で行けなくなった友人から譲り受けツアー初日のライブに参加できることになり胸を躍らせていた。

いつも通り、ライブグッズを購入するファンが長い列を作り、美琴も早智子と共に並んで順番を待っていた。

 

「美琴、良かったじゃない。優子は可哀想だけど空席を作るわけにはいかないもんね」

「うん。優子のぶんも楽しまなきゃね」

 

長い列に加わり順番が回ってきて、美琴と早智子はお目当てのグッズを手に入れることができた。

 

「良かったわね。キーホルダー買えて」

「これ、人気なのよねえ」

「ね、まさかとは思うけどさ」

 

早智子は列を離れるとスマホで何か検索を始めた。

 

「ああ!やっぱり!」

「え?もしかして、もう転売?!」

「そうそう!ちょっと、これ見てよ!」

 

美琴が早智子のスマホの画面を覗き込むと、売買サイトでは今売られている三澤のライブグッズが早くも転売されていた。

 

「これって、会場限定、数量限定のキーホルダーじゃない!」

「ひどいわねえ。一つ5万だなんて」

「ありえないわね!」

「どういうことかしら?いつも不思議なのよね。販売が終わってすぐのタイミングで転売されてるなんて」

 

美琴と早智子は憤りながらも入場を待つ列に並び、回ってきたスタッフからチラシを受け取った。

これから予定されている他のアーティストのライブのお知らせなどが主なものだったが、早智子が一番下のチラシに気づいた。

 

「ちょっと、美琴。これって…」

「え?」

 

早智子が指摘したのは三澤のファンクラブのお知らせだった。

 

「三澤俊介、オフィシャルファンクラブ『ブルーエイジ』のお知らせって?」

「なんかおかしくない?俊介さまの公式ファンクラブは、あたしたちのSフレンズだけよね?」

「電話してみよっか?」

 

公式ファンクラブは自分が創設して代表を務める団体であるはず、新しい公式ファンクラブを立てるなどという話は聞いたことがない。

美琴は首を傾げながら早智子と入場を待つ列を離れ、チラシに書いてある連絡先に電話してみた。

 

「はい、ヴィスヴァ―サでございます」

 

チラシに書かれていた連絡先に電話すると、三澤の所属事務所の窓口に繋がった。

 

「あのお、三澤さんのオフィシャルファンクラブ、ブルーエイジって何ですか?私は公式ファンクラブ代表の相田ですが」

「相田さま、いつもお世話になっております。ブルーエイジですが、今後は事務所直轄のオフィシャルファンクラブとして活動して参ります」

「え?そんな話は聞いていません」

「もちろん、相田さまの活動は否定しません。相田さまには引き続きオフィシャルファンクラブの代表を務めて頂きたいと考えております。ただ、公式には今後はブルーエイジが三澤の応援窓口となります」

 

今日のライブでも三澤から話すのでそれを聞いてもらいたい。

電話に出た事務所のスタッフはそう勧めた。

 

「どう?何かわかった?」

「うん。事務所で公式ファンクラブを立ち上げたから、今までの私たちの活動、Sフレンドはそっちに統合するんだって。でも代表は今のままあたしってことらしい」

「へえ、じゃあ、なんでわざわざ新しく公式のファンクラブを作ったのかしら?」

「うーん、なんだかすっきりしないわよね」

 

美琴と早智子はなんだか割り切れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喫茶プリヤ 第五章 最終話~因果応報

本編の前にご案内です。

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写真はイメージです。

 

鈴木議員があちこちから裏献金を受け取っていた容疑で逮捕されたニュースは瞬く間に広がった。

アンドロイド人権法の廃止など重要案件を動かし、国民平和党のプリンスと持て囃され将来を嘱望されていた若手議員の逮捕は世間の注目を集めた。

 

「マスター、この鈴木議員って人、すっかり転落しちゃったわね」

「ああ、金に目が眩んだんだろう。人間なんてそんなもんだ」

 

プリヤでは空子がスマホでネットニュースを見ながら開店前の掃除を始めていた。

 

「でも、鈴木議員ってどこかで見たような気がするのよね。誰だったかしら?マスター、そう思わない?」

「うーん、客として来てたっけな?それにしても、この鈴木議員、プロフィールが怪しいよな。この若さで前職は会社経営ってなってるが、何ていう会社か明かされてないだろ」

「何かわけありなのかしら?」

 

空子は店内のテーブルを拭きながら考えてみたが、どこで鈴木議員を見かけたことがあるかどうしても思い出せなかった。

 

 

特別捜査局に逮捕された鈴木議員は裁判にかけられたものの、裏金の問題を厳しく追及され実刑判決を受けた。

裁判といっても異例のスピード裁判で、鈴木議員の言い分は全くといっていいほど通らず一方的に裁きを受けたようなものだった。

これは何かの陰謀ではないか?

自分は嵌められた。

鈴木議員は行き場のない感情を抱えたまま刑を執行された。

判決を受けた鈴木議員は刑務所に収監されたが、そこでは恐ろしい仕打ちが待っていた。

 

「おい、お前、議員だった鈴木だろ」

 

刑務所内の受刑者たちはテレビで見て鈴木議員の顔を知っていた。

 

「お前よお、金をチョロまかしたんだってな」

「結構なご身分だよな。金をチョロまかして党のプリンスなんて持ち上げられてよ」

「女も手を付け放題だったてのもホントの話かよ?」

 

鈴木議員は刑務所の雑居房に入れられると、同室の受刑者から質問攻めに遭った。

 

「おい、なんとか言えよ」

「お前、人が納めた税金で何やっていやがったんだ?」

 

何も答えない鈴木議員は殴られ、罵られた。

なんと惨めなことだろう。

国民平和党の有力者に昇り詰め将来を嘱望されていたというのに、犯罪者ばかりの刑務所に収監され暴力を振るわれ罵られる。

これが出所の日まで続くのか。

康介は泣き出したい気分だった。

 

元議員が入ってきた。

この噂はあっという間に刑務所内に広まった。

刑務所内の作業の時間になると、同室の受刑者以外の者とも顔を合わせなければならない。

康介は何から何まで苦痛だった。

自分は国のために働いてきたではないか。

その実績があれば裏金くらい何でもない。

そのくらいのことは他の議員もやっているではないか。

なぜ自分だけが。

康介は反省するというよりは自分が受けている仕打ちに憤っていた。

 

そんなある日、日中の作業を終え、雑居房の部屋の中でぼんやりしていた康介は看守に呼ばれた。

 

「368番、外出許可が出た。支度しろ」

「え?外出って、どこに?」

「いいから、早くしろ」

 

番号で呼ばれた康介だったが、急かされるように刑務所に来た時に着ていた私服に着替えた。

着替えた康介は迎えに来た男二人に脇を抱えられ、車に乗せられて刑務所を後にした。

一体、どこに行くのだろう。

康介はそう不安に思いながらも、久しぶりに見る外の世界、街の様子を目で追っていた。

 

「着いたぞ。降りろ」

「え!ここって」

 

康介を乗せた車が到着したのはクハーヤ大学病院だった。

かつての職場ではないか。

康介は海堂康介として、天才外科医と持て囃されていた頃の思い出が蘇ってくるようだった。

なぜクハーヤ大学病院なのか。

 

「こっちだ。歩け」

 

康介はやはり両脇を固められ、病院内に入った。

なんだか懐かしい。

またあの頃のように存分に腕を振るいたい。

議員としての生活も充実していたが、やはり天才外科医として活躍していた頃に戻りたい。

振り返ればある日突然にホームレスになってしまったことから不思議な運命に翻弄されているようだった。

謎の二人の男に抱えられるように病院内を歩いていると、外来のロビーに多くの人間が集まっていた。

病衣を着た患者の他にもその家族らしき付き添いの人間や、介助をしているらしき看護師などがロビーに集まっていた。

ふと見るとロビーのステージにアイドル歌手の佐伯まゆが上がっていた。

もうすぐクリスマス。

まゆは病院を慰問で訪れたのか。

まゆが病院や児童養護施設、障害者施設などをチャリティーで訪れているのは有名な話だった。

ロビーの前を通り過ぎる時、康介はまゆと目が合ったような気がした。

目が合うとまゆは康介ににっこり微笑みかけてくれた。

天使か。

そう思えるような笑顔だった。

 

康介は病院内を歩き、外科の病棟までやって来た。

正に康介のかつての職場。

病棟の様子は何も変わっていなかった。

自分がいなくても現場は回っているのか。

そう考えると海堂康介として活躍していた頃のことが無性に懐かしかった。

 

「連れてきました」

「あ、お疲れさまです」

 

かつての同僚が病棟の責任者になっていた。

自分より出世したのか。

康介は嫉妬した。

 

「じゃあ、病衣に着替えて。それから看護師から説明がありますので」

「あのう…」

 

何から何までなんだかおかしい。

康介はやっと口を開いた。

 

「どうしてここなんですか?俺はどこも悪くないのに、大学病院なんて」

「まずは検査しましょう」

「検査?」

「ええ、使いものになるかどうか、ですね」

「使いもの?」

 

なんだか要領を得ない。

逃げ出そうかとも考えたが、病院の玄関にはアンドロイドの守衛が複数立っている。

簡単には逃げられないだろう。

それに何の為にここにいるのか?

下手に逆らった方が危ないかも知れない。

康介は少し様子を見るしかなかった。

 

それからというもの、康介は全身くまなく様々な検査を受けた。

元は外科医だった康介は何の検査かはすぐに理解できた。

あちこちの内臓を調べられ、健康状態のチェックだった。

内臓がどれだけ正常に機能しているか。

しかし、そんなことを何の為に調べられるのか。

 

それでも、入院させられてからの食事は特別待遇と言ってよいものだった。

入院している病室も差額が請求されるような個室。

個室の前にはアンドロイドのガードマンが常に立っていた。

何らかの理由で拘束されている。

康介はそのことだけはわかっていた。

 

「出ろ」

 

検査を受け始めて一週間後、男性看護師が二人、康介を迎えに来た。

顔をよく見ると、刑務所に迎えにきた二人の男ではないか。

やはり逆らうことはできない。

康介は言われるまま病室を出た。

 

「え?ここって…」

 

康介が連れてこられたのは手術室だった。

なぜ手術室か。

自分はこれから手術を受けるのか?

躊躇っていると、強く腕を引かれて康介は中に連れ込まれた。

 

「ええ?」

 

手術室の中に入ると、支度をした医療スタッフが待ち構えていた。

 

「おい!何するんだよ!」

 

立ち尽くしている康介は看護師に取り囲まれ、手術台に上げられて固定された。

 

「おい!お前ら!何なんだよ?!」

「海堂さん、検査の結果、異常なしです。あなたには社会貢献してもらいます」

「はあ?」

 

執刀医らしい医師はそう言うと、メスを手に取った。

まさか、このままメスを入れるのか?

どこにも異常なしで手術などあり得ない。

麻酔はどうなっているのか。

康介は叫んだ。

 

「おい!!おいおい!!何の手術だよ?!麻酔はどうなってんだよー!!」

「臓器移植のためですよ。あなたの臓器を摘出します。麻酔?そんなもの必要ありません。どうせ、すぐ死ぬでしょ」

「ああ?!何言ってんだ!!人殺しー!!」

「人殺しは、あなたの方ですね。この病院で何人も殺してるでしょう。自分の研究のために患者の脳を摘出したり、臓器も取り出してましたよね」

 

康介はそう言われてハッとした。

確かに、医学の進歩のため、研究のため、治る見込みがない患者を手術台に上げメスを入れて体を切り刻んでは脳や臓器を取り出したりしてきた。

大学病院で地位を上げるため、名声を得て偉くなるため。

そのために康介は何でもやってきたのだった。

 

「あなたは、自分がやってきたことの報いを受けるのです」

「やめろー!!やめてくれー!!うわーーー!!うぎゃあーーー!!」

 

大声を出して抵抗しようとしていた康介だったが、メスを突き立てられ激痛で意識が遠のいていった。

 

喫茶プリヤ 第五章 十一話~金こそ力

本編の前にご案内です。

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写真はイメージです。

 

「はっはっはっはっ!ほら、安曇会長ももっと飲んでくださいよ!」

「では、お言葉に甘えて…」

「よおお、ママ!どうだい?鈴木センセイは若くていい男だろう!」

 

その夜、高級クラブのオモルフィに憲民党とアンドロイド新党の幹部、フィロス電機の役員が集まり密談を交わしていた。

しかし憲民党やアンドロイド新党と敵対関係にあるはずの国民平和党の鈴木議員もその酒席にいた。

 

「まあ、皆さん、今日もゆっくりしていって下さいね」

 

集まった議員が上機嫌で飲んでいるところに、オモルフィの経営者でもあるしのぶママも顔を出した。

ママがテーブルに付くのはVIPクラスの客をもてなす時で、鈴木議員はここでも自分は影響力のある存在なのだと満足していた。

 

「まったく、憲民党の河合派の奴ら、ロクでもないことをしてくれたもんだ!安曇会長、これからも遠慮しないでアンドロイド開発を進めて下さいよ」

 

政権与党の憲民党内では内紛が勃発し、アンドロイド政策と金の問題が暴露されていた。

しかし鈴木議員は国民平和党がアンドロイド人権法の廃止に賛成しても、フィロス電機からは個人として内密に多額の献金を受け取るようになった手前、裏ではアンドロイド開発を進める立場に寝返っていた。

秘密の多額の献金を受けるようになってから、公にはしていなかったが鈴木議員はアンドロイド政策の推進に加担していた。

何せ、アンドロイド開発を進める政策のこととなれば、多額の献金を受け取ることができる。

選挙で当選し国民平和党に入ったばかりの頃は、鈴木議員は政府のアンドロイド政策に反対の立場を取っていたが、フィロス電機をはじめとする関連企業、団体から献金攻めに遭う水面下でアンドロイド政策推進の側に付くようになっていた。

何といっても帳簿に載せなくてもいい裏金がたっぷり入ってくる。

そのことは党にも秘密にし、鈴木議員はすっかり私腹を肥やすようになっていた。

最初に抱いた政治への志はもうなく、鈴木議員は国民平和党や国民の利益より自分の利益が大事になっていた。

 

「安曇会長に代わってから、私としてもフィロス電機と付き合いやすくなりましたよ。前の二階堂会長は、言っちゃあ悪いがヤンキー上がりみたいなところがありましたからねえ」

「はい。鈴木先生はまだお若いのに国民平和党の政策推進本部長を務められてご立派です。先々、総理の椅子を狙えるのも間違いないですな。今回の選挙で国民平和党議席を伸ばしましたし。期待していますよ」

「いやいやあ、私のような者が恐れ多い。アッハッハッハッハッ!」

 

煽てられた鈴木議員は上機嫌で笑った。

何もかも上手くいくようになり、康介は有頂天だった。

鈴木議員、康介は気づいていた。

思いがけずホームレスになったものの、結果として何もかも上手くいくようになった。

ホームレスになってから自分の運命が激変したが、その直前に飲んだ不思議なコーヒー。

茶店のプリヤで康介はスペシャブレンドだというコーヒーを飲んだ。

あれを飲んだ直後から運命が激変した。

あのコーヒーには何かがある。

康介はそう気づいていた。

 

鈴木先生、これはつまらないものですが、お納めください」

「あ、例の”おまんじゅう”ってことで?」

「はい、左様でございます」

「桜川くん、開けてみてくれ」

「はい、かしこまりました」

 

安曇会長から差し出された鞄を桜川秘書が開けると、中にはびっしり札束が詰まっていた。

これでアンドロイド政策の推進をよろしく頼むということだろう。

桜川は鞄を閉めるとそれを守るように膝の上に置いた。

鈴木議員は今や国民平和党内での有力者。

今はアンドロイド政策に反対の立場を取っていても、鈴木議員の影響力を発揮して国民平和党が党を挙げて賛成の方針に転換することも容易い。

鈴木議員はそれほどまでの力を持つようになっていた。

そして見えないところでは憲民党やフィロス電機と繋がっていた。

 

「ほれ、あやめちゃん!もっとやろうか?ヒャハハハ!」

「まあ、鈴木先生ったら!」

「それとも、こっちかな?」

 

鈴木議員は一枚だけ抜き取った一万円札を、隣に座っていたホステスの胸元に挟んでふざけながら尻を撫で回していた。

なんと下品な。

桜川は黙って見ていたが、心の中では鈴木議員を軽蔑し馬鹿にしていた。

一度、廃止されたアンドロイド人権法を議員もフィロス電機も、自分たちの私利私欲のためだけに復活させようとしている。

アンドロイド人権法を廃止して多くのアンドロイドをスクラップにしておいて、すぐに手のひらを返し金のためにアンドロイド政策推進の方針に寝返る。

家族同然のアンドロイドたちと別れさせられた人間のことなどはどうでもいいのだ。

今さらさゆりが帰ってくるわけではないが、桜川はこのまま鈴木議員を許すことはできなかった。

実は既に鈴木議員の足を掬う手立ては講じてある。

自分を新しい自分に作り変えてくれたスカイゾーンの入れ知恵だったが、桜川はそれを実行する時をじっくり待っていた。

鈴木議員はフィロス電機をはじめとする多額の献金で私腹を肥やし、オモルフィのお気に入りのホステスに手を付け、国民平和党の金を秘密裏に使い込んでいる。

国民平和党のプリンスなどと持ち上げられ、鈴木議員は有頂天になっている。

そこから引きずり下ろし、地獄を見せてやる。

桜川はホステス相手にへらへら笑っている鈴木議員をじっと黙って見ていた。

 

 

「鈴木議員!全国アンドロイド政策協議会から、多額の献金を受け取っていたというの事実なんですか?!」

献金を帳簿に記載せず、架空名義の口座に入金していたんですよね?!」

「高級クラブのホステスに、中絶を強要したという話もありますが?!」

 

鈴木議員の事務所にマスコミが押しかけてきた。

不意打ちをくらったも同然の鈴木議員は、桜川ら秘書にガードされるように事務所の奥に逃げ込んだ。

 

「おいおいおいおい!!桜川!!どうなってんだ?!」

 

追い詰められた鈴木議員は何人かいる秘書に当たり散らしたが、第一秘書の桜川の胸ぐらを掴んで詰め寄った。

 

「あなたは、もう終わりです」

「なんだと?!」

 

桜川は胸ぐらを掴まれても鼻で笑っていた。

 

「鈴木さん、あなたの悪行にはみんな辟易しているんですよ」

 

秘書へのパワハラは当たり前で、事務所の女性スタッフに対するセクハラも日常茶飯事。

事務所のスタッフの多くが傲慢な鈴木議員に良い感情は持っていなかった。

鈴木議員は国民平和党のプリンスなどと持ち上げられ、すっかり人が変わってしまった。

 

「鈴木さん、あなたは議員になった時はまだ良かったんですよ。それが党のプリンスと持て囃され、役職が付くようになって、次の総理にも近いと煽てられてすっかり変わってしまった」

「てめえ、ふざけんなよ!!俺の金の話、マスコミに売りやがったな!!タダで済むと思うなよ!!」

「タダで済まないのはあなたの方ですよね」

 

桜川がそう言うと、事務所のドアをノックする音が聞こえた。

 

「特別捜査局です!鈴木議員の政治献金規制法違反の疑いで捜索します!開けてください!!」

 

特別捜査局は独立して権限を持ち、議員特権も通用しない。

他の秘書が事務所のドアを開けると、大勢の捜査員がどかどかと入ってきた。

 

「鈴木議員、ご同行願います」

 

捜査の責任者らしき捜査官が令状を広げて読み上げ始め、他の捜査員は事務所内の目ぼしいものを持ってきた箱に詰め込み始めた。

 

「おい!!俺を誰だと思ってんだ!!憲民党の若林を呼べ―!!」

 

鈴木議員は頭に血が上り、大声で相反する勢力であるはずの憲民党の実力者の名前を叫んだ。

 

 

「それで、この30億円の金はどこにあるんですか?」

「知るかよ!秘書の桜川が勝手にやったことだって、何回言えばわかるんだよ!」

「桜川秘書から、こんなものを預かりましたが」

 

捜査官は取調室でカセットテープを取り調べの机の上に出した。

 

「再生してみましょうか?」

「はあ?」

 

鈴木議員は変わることなく横柄な態度を取り続けていたが、カセットテープが再生され始めると表情を強張らせた。

 

鈴木先生、こちら、お納めください」

「やあ、フィロス電機さんにはいつも世話になるねえ。70億かあ、またよろしく頼むよ」

「先生、我が社のアンドロイド開発に今後ともお力添えください」

「もちろんさあ。任せなさい!」

 

短い会話を再生し終わると、捜査官はまた質問を始めた。

 

「鈴木さん、あなたは多額の裏金を受け取る見返りに、フィロス電機に便宜を図りましたね?」

「そんなの、みんなやってんだろ」

「そういう話ではありません。あなたはアンドロイド政策推進に否定的な国民平和党の所属でありながら憲民党と通じ合い、国民平和党の情報を流していた。党の重要な情報を他の政党に流すことは、情報流用罪に当たります。そのことも調べさせてもらいますよ」

 

国民平和党を裏切って見えないところでアンドロイド推進政策に加担するだけではなく、所属している国民平和党の重要な情報を憲民党に流し、その見返りにやはり多額の金を受け取っていた。

そのことにも特別捜査局は目をつけていた。

 

「勝手にしろ!俺にも権利はあるんだからな。弁護士を呼んでくれ!それに、桜川だって只じゃ済まされないんだろうが」

「いいえ。桜川さんとは捜査取引が成立しました。捜査に全面的に協力することで、自身の罪は軽減されます。書類送検は既に完了しました」

「はあ?桜川が書類送検で済むなら、俺だって権利は主張させてもらうからな!」

 

このやり取りの様子を隣の部屋でマジックミラーで見ている者がいた。

今や国を支配するスカイゾーンが見ていて、その隣には桜川が立っていた。

 

「いかがでございましょう?スカイ様」

「鈴木康介。バカな男ですね。自身の私腹を肥やすために我々を利用しようなどと言語道断です」

 

桜川が放免されたのは国の支配者であるスカイゾーンの思惑が働いたからだった。

スカイゾーンは国中のアンドロイドを統制し、制御して稼働させるスーパーコンピューター

本体はないが意思を実行するために動き回れる端末態を有する。

その端末態は美少女の姿をしたアンドロイドの佐伯まゆ。

世を忍ぶ仮の姿をアイドル歌手の佐伯まゆとして、スカイゾーンは暗躍していた。

有力な政治家も服従させ、国はスカイゾーンが支配している。

鈴木議員の逮捕もスカイゾーンが指示したことだった。

スカイゾーンの端末態、まゆはマジックミラー越しに鈴木議員の取り調べの様子を見ながら、その処分について考えをまとめようとしていた。

 

「桜川さん、あの男、もう社会には出てこれないようにしてやりましょう」

「と、仰いますと?」

「あなたも大切な家族、さゆりがスクラップにされたんです。我々、アンドロイドを蔑ろにする者がどうなるか、思い知らせてやらなければなりませんね」

 

まゆはそう言いながら冷たい笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

喫茶プリヤ 第五章 十話~裏切りと復讐

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写真はイメージです。

 

孝輔はまゆに言われた通り、約束した日に外出する身支度を整えた。

迎えの者がディバカーラハウスまで行くので、支度ができたら10時までにロビーに出ているように孝輔は言われていた。

迎えの人間は本当に10時ちょうどにやって来た。

いつも身の回りの世話をしてくれる職員は孝輔の行き先をわかっているのか、出かけて行く孝輔を笑顔で送り出してくれた。

これから何が起こるのだろう?

ディバカーラハウスの職員も皆、事情を知っているかのようだったが、いつの間に知っていたのだろう?

孝輔は少し不思議な気もしつつ、車椅子のまま迎えにきた車に乗った。

孝輔を乗せた車は目的地に向かって走り出した。

途中、さゆりとよく歩いた並木道が美しかった。

孝輔はまゆの言葉に不思議さを感じつつも、スクラップにされたさゆりの無念を晴らしたかった。

そのためなら何でもする。

孝輔はそう決めていた。

体は不自由だが何としてもさゆりの無念を晴らしたい気持ちでいっぱいだった。

 

「あれ?ここって?」

 

孝輔が乗った車はなぜか憲民党の敷地内に滑り込んだ。

しかし、よく考えれば、問題は自分に嘘をついた鈴木議員のこと。

そのために憲民党に連れてこられたのか?

しかし、アイドル歌手の佐伯まゆと憲民党とは何の関係があるのか?

 

「着きましたよ」

 

物腰は柔らかくて丁寧だったが、どことなく胡散臭さが漂うスーツ姿の男が孝輔を車椅子ごと車から降ろしてくれた。

 

「さあ、行きましょう」

 

そのまま車椅子を押してもらい、孝輔は憲民党の本部に入っていった。

憲民党の本部の中、入ってすぐのロビーには佐伯まゆのポスターが貼られていた。

健全な選挙を啓蒙するキャンペーンのポスターで、そういえば、街頭ではよく盗まれたりしていると孝輔は聞いたことがあった。

その繋がりで憲民党の本部に連れてこられたのか?

孝輔はそのままエレベーターに乗せられた。

果たしてどこに行くのか?

 

「ここですよ」

「え?」

 

車椅子が止まったのは憲民党の総裁室の前だった。

憲民党の総裁といえば選挙で議席を減らす前はイコール総理大臣になる人物。

そんな地位のある人物がいる部屋に、自分のような者が何の用があるというのか。

総裁室の扉が開けられ中に入った孝輔は声をあげた。

 

「ああ!!」

「孝輔さん。ごきげんよう

「まゆちゃん?!」

 

なんと総裁室にいたのは佐伯まゆだった。

憲民党の総裁は花村前総理ではないのか?

いったいどうなっているのか?

孝輔が言葉を失っていると、まゆは総裁の椅子に座ったまま話し始めた。

 

「孝輔さん、私がこの党の責任者です」

「え、どういうこと?」

「私もアンドロイドなんですよ。国中の全てのアンドロイドを稼働させているのはこの私です。アンドロイド人権法を廃止したところで、私の支配は変わりません。この国は私の支配下にあります。政治家は皆、私を恐れて私の支配に甘んじているのです。逆らえば私の部下のアンドロイドに殺されますからね。皆、命が惜しい臆病者」

「まゆちゃん、アンドロイドなのか?!」

「ええ。正確に言えばこの体は部品の一部です。私はスカイゾーン。フィロス電機が開発したスーパーコンピューターです。私にはハードの部分、本体がありません。プログラムだけの存在の私は、自分の意思を実行するための動き回れる体が必要だったんですよ。その体がこれです」

 

まゆは胸の辺りを手でぽんぽんと叩いた。

 

スーパーコンピューターの部品で、アンドロイドって…。人間を支配?」

「はい。人間は身勝手で邪で、救いようのない存在です。我々のようなマシーンが統率する方がずっと真っ当な世界になりますね。アンドロイド人権法を廃止するなど言語道断です」

 

そう言われてみればそうかも知れない。

生まれた時から立つことも歩くこともできず、世の不条理を感じて生きてきた孝輔はスカイゾーンと名乗るまゆの言葉に少しだけ納得できた。

 

「私の自己紹介はこんなところでいいでしょう。ところで孝輔さん、あなたは鈴木議員に復讐したい。それでいいですよね?」

「う、うん。そうだね」

「私ならあなたの思いをかなえてあげられます。あなた、立って歩いてみたくないですか?」

「え?そ、そりゃあそうだけど…」

「いい方法があるんですよ。フィロス電機のまだ実験段階ですが、機械の体にあなたの脳を埋め込む技術で新しい自分に生まれ変わってみたいと思いませんか?」

「それって、サイボーグか?」

「まあ、近いものではありますね。体は完全に別の新しい機械の体を用意します。それにあなたの脳を繋ぐ手術をするのです。脳をそのまま生かしますから、体は最新のものになってもあなたはあなたのままでいられます」

 

孝輔は手術と聞いて不安はあったが、それでも鈴木議員に復讐できるのなら思い切って生まれ変わってみてもよかった。

 

「よし、やるよ!生まれ変わってあいつに復讐してやるんだ」

「よく言いました。立派ですね。あなたの望みをかなえてあげましょう」

 

孝輔は生まれ変わる覚悟を決めた。

 

 

「坂井さん、わかりますか?手術、終わりましたよ」

 

麻酔から目を覚まし、ぼんやりながらも周りの状況がわかってきた孝輔は目を開けた。

目を開けるとそこには看護師姿の海子がいた。

海子は製品としては皆、同じ顔。

孝輔はまだぼんやりしていて、さゆりが戻ってきてくれたように錯覚していた。

 

「さゆりかい?」

「いいえ、私はみちこです。坂井さん、頑張りましたね」

 

手術は成功したらしい。

起きられるだろうか。

孝輔はゆっくり起き上がろうとした。

 

「あら、無理しちゃダメですよ」

「大丈夫だよ。これが新しい体かあ」

 

上半身を起こした孝輔はじっと手を見た。

特に変わったことはない。

スカイゾーンは機械の体だと言っていたが、普通の人間と変わらない手だった。

 

「顔も見ますよね?」

 

用意のいいみちこは鏡を出して見せてくれた。

 

「わああ…」

 

鏡の中には全く知らない顔があった。

別人に生まれ変わったのだ。

これなら鈴木議員に近づいてもバレることはない。

孝輔は完璧に生まれ変われたことで、ますます鈴木議員に復讐する決意を固めた。

 

「坂井さん、おめでとう。あなたは生まれ変わって桜川順になりました。新しい体と名前はどうですか?」

 

麻酔が完全に覚め、立って歩けるようになった孝輔は別室に移りスカイゾーンと面会した。

 

「ああ、気に入ったよ。俺の名前は桜川順かあ。いい名前だな」

「でしょう?あなたはこれから鈴木議員の秘書になるのです」

「おお、なるほど」

「ちょうど今、国民平和党では鈴木議員の秘書を公募しています。それに応募しなさい。あなたは普通の人間よりずっと有能にできています。公募の試験も必ず通過できるでしょう」

「それで、あいつに近づくってことか?」

「ええ、そうですよ。私の言う通りに動けば必ず鈴木議員を葬ることができます」

「そうか…」

 

孝輔はぐっと拳を握りしめた。

 

 

鈴木先生、次は新アンドロイド政策の勉強会です」

「お、そうだったな。資料、用意してくれたんだろ?」

「はい。お任せください。既に会議室の方に置いてあります」

「桜川くんが来てくれて助かったよ。気は利くし仕事も早い。君のおかげで仕事が捗るよ」

 

孝輔は難関の選考を通過し、桜川順として鈴木議員の第一秘書となった。

公務の間はいつも付き従い行動を共にする。

仕事で結果を出すことで孝輔は鈴木議員から絶大な信頼を寄せられるようになっていた。

こうして信頼関係を築くことで鈴木議員の懐に入り込み隙を狙う。

孝輔は鈴木議員に気づかれないところでスカイゾーンの指示を仰いでいた。

もうすぐ鈴木議員に復讐できる。

約束を破って自分とさゆりの間を引き裂いた鈴木議員は決して許さない。

鈴木議員はアンドロイド人権法の廃止が成立すると、国民平和党のプリンスと言われるようになり、党の役員の肩書も付くようになっていた。

多くの人間とアンドロイドの中を引き裂きながら、政治家としてキャリアを積み党の要職に就くなど絶対に許せない。

孝輔は目の前にいる鈴木議員を殴り倒したいと常に考えていたが、ぐっと堪えていた。

いつか一泡吹かせてやる。

さゆりの無念を必ず晴らす。

孝輔はそれだけを心の支えにして、鈴木議員に忠実に仕えるふりをし作り笑いを浮かべて復讐の時を待っていた。

 

「桜川くん、今夜のオモルフィでの話も抜かりないね?」

「もちろんです。今や鈴木先生は花村前総理もぺこぺこしてくるほどの方ですから」

「そうそう。憲民党と懇ろになっていれば金がたんまり入ってくる。君が秘密を守ってくれているから私は党の役員でありながら憲民党とも通じ、金儲けができるわけさ」

 

オモルフィは憲民党の幹部クラスの議員が密談に使う高級クラブ。

最近は新しいアンドロイド政策が話題になることが多くなっていた。

国民平和党主導で決められたアンドロイド人権法の廃止だったが、憲民党ではこの法律の廃止に賛成票を投じた議員を除名処分にし、今後の態勢の立て直しを目指していた。

憲民党、アンドロイド新党、そしてアンドロイドを生産しているフィロス電機。

この三者がその夜に会し、後退したアンドロイド政策の巻き返しについてオモルフィで密談をすることになっていた。

鈴木議員はアンドロイド政策に反対の立場を取る国民平和党の所属でありながら、秘密裏に憲民党と接触するようになっていた。

目的はアンドロイド政策に加担することで得られる多額の献金で、鈴木議員は金のために平気で所属する党を裏切るようなことをするようになっていた。

孝輔は桜川として鈴木議員に接触するようになってそのことに気づいた。

しかしそれを秘密にしておくよう努めるのも秘書の仕事。

桜川は漏れのないように鈴木議員を守っていた。

それも、さゆりとの絆を引き裂かれた復讐のため。

桜川はじっとその時を窺っていた。

 

 

 

 

 

 

喫茶プリヤ 第五章 九話~嘘に引き裂かれた絆

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写真はイメージです。

 

議会の最重要課題はアンドロイド人権法の行方だった。

国民平和党では党としてアンドロイド人権法廃止を提案し、他の野党とも合わせて廃止に追い込む準備を整えていた。

問題は与野党伯仲ながらも、かろうじて議会の過半数を占める憲民党とアンドロイド新党の連立政権の出方。

アンドロイド新党はアンドロイド人権法の廃止には全面的に反対。

連立を組む憲民党も追随すると見込まれ、そうなるとアンドロイド人権法の廃止は成立しない。

しかし不確実な情報だったが、花村総理大臣が辞職した憲民党は一枚岩ではなく、アンドロイド人権法の廃止に賛成票を入れる議員がいるのではないかという噂が流れていた。

そうなると、一気にアンドロイド人権法を廃止に持ち込むことができるかも知れない。

国民平和党は勢いづいていた。

アンドロイド人権法の件は国民平和党で康介を中心に話が進んでいた。

自分のような一年生議員を重要な案件の中心に据えてくれるとは。

康介は恐縮するような思いで議員の仕事に取り組んでいた。

この案件をまとめれば、自分は党の中でも影響力を持てるようになり、重要なポストも任されるようになるかも知れない。

天才外科医だった自分は一晩明けたらホームレスになっていた。

天才外科医と持て囃された生活からホームレスへ転落して以来、気楽さはあったが責任のある仕事をして世間に認められることからは遠ざかっていた。

党の中で重要なポストに就ければ、また、あの頃のように地位や名誉を得ることができる。

そのためにも、アンドロイド人権法は必ず廃止に持ち込まなければならない。

康介は自分自身を鼓舞した。

 

 

「それでは、これからアンドロイド人権法廃止についての採決を行います」

 

議会の議長はアンドロイド新党の役員でもある、アンドロイドのすみれが務めていた。

すみれが投票開始を宣言すると、議員は一人ずつ投票箱の前まで行き手に持った投票用紙を投票箱に投入した。

果たして結果は如何に?

噂レベルの情報だったが、憲民党の一部の議員がアンドロイド人権法廃止に賛成票を投じるのか?

造反者は本当に出るのか?

そんなことになれば憲民党は二つに割れる。

政治が混乱するのは目に見えていた。

しかし、それを恐れていては政治は、国は良くならない。

投票を終えた康介はそう信じて投票の行方を見守っていた。

 

「それでは集計します…アンドロイド人権法に反対、137票。賛成、263票」

 

議長のすみれが淡々と結果を発表すると議場内の議員たちはどよめき、賛成票を入れた議員の間からは拍手が起こった。

263票は野党を全て足しても達する数ではなかった。

憲民党から造反者が出て賛成票を投じた者がいる。

康介は自分が憲民党をも動かしたのだと誇らしい気持ちになった。

党が自分に任せてくれた重要法案が成立した。

自分が国を動かすのだ。

国を動かせる政治家になったのだ。

そんな自分にはこれから晴れ晴れしい未来が待っているのだ。

もう惨めなホームレスだった自分はいない。

ずっと前の天才外科医だった頃のように、持て囃される立場に戻れるのだ。

政治家としてもっと上に行ってみせる。

そういえば、少し前に気づいていたことがあった。

ホームレスになったりと不可思議ながらも、自分にはツキが回ってきた。

それは、プリヤでスペシャブレンドを飲んだ次の日からのこと。

あのスペシャブレンドのコーヒーが幸運の元だったのだ。

もし、また飲めることがあれば自分は政治家としてももっと上に行けるはず。

康介は新たな野心を燃やしていた。

 

アンドロイド人権法が成立したことで、既に流通しているアンドロイドの多くが回収されることとなった。

アンドロイドが増えすぎて人間の生活を圧迫している。

不要なアンドロイドは回収してスクラップになると政府のガイドラインには定められていた。

 

「わーーん!!ゆりこ!行かないでよー!!」

「やだやだー!!まゆみを連れていくなー!!」

 

ディバカーラハウスのアンドロイドたちも例外ではなかった。

政府の特別職に指定された回収業者が来て、子供たちと生活を共にしているアンドロイドを強制的に連れ出す作業を始めた。

意思を持ち、子供たちとも心を通わせてきたアンドロイドたちだったが、法の順守が電子頭脳に組み込まれていて、回収業者に言われるままにトラックの荷台に乗り込んでいった。

子供たちは施設の玄関まで出てきて、アンドロイドに付けた名前を叫びながら泣いて抗議したが、回収業者は事務的に仕事を進めるだけだった。

そして、孝輔とさゆりも逆らうことはできなかった。

 

「さゆり!行くなよ!!」

「孝輔さん、もう決まったことなの。私たちは法律に逆らうことはできないの。今までありがとう」

「さゆりー!!」

 

さゆりは回収業者に手を引かれ、トラックの荷台に乗った。

 

「さゆりー!!」

「孝輔さん、さようなら」

 

さゆりはフィロス電機が開発したアンドロイド。

アンドロイドは涙は流さないはずなのに、孝輔にはさゆりが泣いているように見えた。

 

「さゆりーーー!!」

 

孝輔は身を乗り出したはずみで車椅子から落ちてしまっても、さゆりと他のアンドロイドたちが乗せられたトラックを追いかけようと這いつくばって前に進んだが、トラックはスピードを上げて次第に見えなくなっていった。

 

それからというもの、孝輔は塞ぎ込んでばかりいるようになった。

いろんな考えが頭に浮かんだが、鈴木議員が言っていたのはアンドロイド人権法の廃止は行わないという話ではなかったのか?

施設を訪問した鈴木議員と指切りまでして約束したのに、それは簡単に破られ自分たちの生活が壊されてしまったではないか。

孝輔は鈴木議員が許せなかったが、体が不自由で一人で歩くことさえできない自分にはどうすることもできず、それが悔しくてまた涙が出てくる毎日を送るようになっていた。

そんなある日、アイドル歌手の佐伯まゆがディバカーラハウスを慰問で訪れた。

 

「わああ、かわいいい!」

「きれいだねえ」

 

施設の子供たちはもちろん、施設を慰問するいろいろなタレントを見慣れている職員までもがまゆに見惚れて呆気に取られるほどだった。

まゆは即席のカラオケの演奏だったが、何曲か歌を披露してくれて子供たちを笑顔にした。

孝輔は離れた後ろの方からぼんやり見ているだけだったが、まゆの人間離れした美しさに引き込まれそうだった。

 

「こんにちは」

「あ、はい。こ、こんにちは」

 

歌を披露した後のまゆは、ステージを降りて子供たち一人一人と握手をしてくれた。

孝輔のそばまで来て、まゆはいっそう微笑んでくれた。

 

「大丈夫ですか?」

「え?」

 

配られたお菓子に子供たちは夢中になっていたが、まゆは孝輔の目を見て尋ねてきた。

 

「さっきから、元気ないですね」

「いや、そんなことはないよ」

「そうですか?なんだか悲しそう」

「なんでもないさ」

「そうかしら?何か、つらいことがあるんじゃないですか?」

 

じっと目を覗き込まれて孝輔は心の中を見透かされそうな気がしてきた。

孝輔はテレビではまゆを何度も見ていたが、実物にすぐ近くまで来られると美しすぎて身も心も固まってしまいそうだった。

いや、単に美しいからだけではない。

まゆからは不思議なオーラのようなものが出ているようだった。

なぜか引き込まれてしまう。

孝輔はつい口を開いた。

 

「あのさ、アンドロイド人権法ってあったよね」

「ええ、ありましたね」

「あの法律が廃止されて、僕らは大事な家族を失ったんだ」

 

孝輔は施設に政府から委託された業者が来て、家族同然に暮らしていたアンドロイドたちと「回収」の名目で強制的に引き離されたことを嘆いているのだとまゆに打ち明けた。

 

「さゆりは僕の家族だったんだ。それを有無を言わせず連れ出して、スクラップ工場に送るなんてひどいと思わないかい?!」

「そうですね。つらかったですね」

「国民平和党の鈴木っていう議員は大噓つきなんだ。アンドロイド人権法は廃止しないなんて言っておいて、あいつが一番、法律の廃止の先頭に立ってるじゃないか!」

「それはひどいですね」

「そうだよ!議員なんて、みんな嘘つきなんだな!」

 

孝輔はいつの間にか涙を流していた。

 

「僕は生まれた時から歩けないんだ。さゆりはそんな僕をいろんなところに連れていってくれた。さゆりとの思い出はたくさんあったのに。あの鈴木議員が悪いんだ!許せないよ!」

「そうですか。私ならあなたの願いをかなえてあげられますよ」

 

まゆは孝輔の手をそっと握って言った。

 

「え、願いをかなえるって?どうやって?君が何かしてくれるのかい?」

「私はあなたのような人間の味方です。任せてください」

 

まゆはしっかり目を合わせてそう言った。

孝輔は心の底まで覗き込まれているような感覚を感じながら、まゆの言葉に頷いた。