皇女 イズミ 最終話~皇女の最期

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「あ~~飲み過ぎた…」

 

翔は目が覚めると自分の部屋にいた。

オモルフィのことは途中から記憶がなかった。

国民の輪の誰かが部屋に送り届けてくれたのだろう。

翔は国民の輪が提供してくれたマンションで新しい生活をスタートさせていた。

それにしても豪勢なマンションだ。

まだ殺し屋としての実績もない自分にこんな高級物件を与えてくれるとは。

とにかく二日酔いで頭が痛い。

翔はとりあえずシャワーを浴びることにした。

 

 

「さあてと、なんか仕事、来てっかなあ?」

 

翔はお昼の情報バラエティー番組にチャンネルを合わせながら、スマホを覗き込んだ。

他愛ないメルマガが何通も来ていたが、翔はそろそろそれらも配信停止にしょうかと考えていた。

しかし、メルマガに混じって仕事のメールは来ていた。

国民の輪の専属ヒットマンは他にも何人かいるらしいが、何件も依頼があり選び放題ではないか。

おそらくだが、能力に見合った仕事しか配信されないのだろう。

合宿中からパッとしなかった者は、大した仕事はもらえないだろう。

翔は自分に来た仕事の依頼を眺めながらそう考えていた。

翔に来ているのは国民の輪の活動の邪魔になる左派の政治家や活動家、ジャーナリスト、企業の役員などについての依頼だった。

さあ、その中でも最も報酬が多い仕事に決めよう。

すぐにでも応募しないと他の殺し屋に仕事を取られてしまうかも知れない。

翔は最も報酬が高い企業の役員殺害の仕事に応募しようと考えた。

国民の輪に対抗する民主協働党に多額の献金を出している企業。

デーヴァ重工の会長の首を取れば、高級外車1台ぶんの報酬が支払われる。

翔は迷わず応募ボタンを押した。

ボタンを押すとすぐに返信が返ってきた。

仕事を実行する日時、ターゲットを狙う場所などなど、仕事に必要な情報が送られてきた。

殺し屋稼業といっても今どきの連絡や指示はオンラインがほとんどで、元締めが国民の輪であることはわかっていたが、担当者がどんな人物かは知ることもできなかった。

しかし、そんなことは何も問題ではない。

とにかく一攫千金だ。

仕事は手短に済ませて空いた時間で遊び惚けよう。

翔は殺し屋稼業をゲーム感覚で捉えていた。

 

 

翔は初仕事、デーヴァ重工会長狙撃に成功し、部屋に戻ってまたスマホを眺めていた。

会長の死亡がテレビのニュースで流れる頃には、翔の口座にかなりの金額が振り込まれていた。

翔はまだ20代前半。

高額の金が振り込まれても、老後のことを考えればまだまだ足りない。

そう考えた翔はその後もヒットマンの仕事をこなし、そのたびに高額な報酬を得ていた。

そんなある日、一風変わった依頼が舞い込んできた。

 

「え?これって?」

 

送られてきたファイルを開くと、さくらの顔写真が目に入ってきた。

さくら殺害の仕事が舞い込んできた。

理由は先代のミカドを暗殺した国賊であるから。

ミカド絶対主義を唱える国民の輪では、先代のミカドを暗殺した人物を血眼になって探していた。

それがさくらだった。

国粋主義を是とする国民の輪は、反逆者を探して始末しようと躍起になっていた。

報酬は当然、かなりの高額。

翔が一生遊んで暮らせるほどの金額だった。

この仕事を納めればヒットマンを辞めてもいいかも知れない。

翔は迷わず応募ボタンを押した。

その後はいつも通り事務的なやり取りが続くだけだった。

ターゲットのさくらを狙う日時、場所などがファイルで送られてきた。

ターゲットは国民の輪のシンボル、ミカドを暗殺したヒットマンのさくら。

さくらは殺し屋の仕事でビルの屋上でターゲットを狙う。

その背後からさくらを狙い仕留める。

翔に送られてきた仕事の手引きにはそう書かれていた。

 

「ん?何だ、こりゃ?」

 

翔は後から送られてきたファイルに気づき開いてみた。

 

「ええ?マジかよ…」

 

開いてみたファイルの内容を読んでみると、さくらに関するいろいろな情報が明らかにされていた。

翔も知らなかったさくらの正体。

それはかなり意外なもので翔は驚いたが、国家の重要機密に触れた翔に国民の輪の上にいるこの国の支配者の直属の手先とならないかと誘いの文言も書かれていた。

殺し屋のセミナーで優秀な成績を修めた翔に対する、いわばスカウトのようなものだった。

国民の輪の上にはエーカ帝国そのものを支配する闇の支配者がいて、その支配者が翔を評価してくれていた。

勝ち馬に乗りお零れに与りたい。

翔は簡単に闇の支配者に靡いた。

 

 

 

「さ・く・ら・ちゃん」

 

それから一週間が経ち翔は指示された通りのビルの屋上にやってきて、さくらに声をかけた。

指示のファイルにはそんなことは書かれていなかったが、翔は自分の判断を優先させさくらに直接話しかけた。

 

「え?翔くん?!」

「さくらさん、何やってんの?」

「何って…」

 

翔にスマホを覗き見されたことを知らないさくらは、仕事の現場に翔が現れたことにかなり戸惑った。

 

「殺し屋、だろ?」

「え?」

「惚けったってお見通しさ。さくらさんは殺し屋になったんだ。そして父親のミカドを殺したんだ」

「どうしてそのことを…」

「まあ、そんなことはどうでもいいじゃん。俺も今はさくらさんと同じ仕事なんだよねえ。知らなかったろ。それにしても自分の親父さんを殺すなんて、さくらさんも酷いなあ」

「あたしは、ミカド制は要らないと思うから仕事を受けただけよ。っていうか、ミカドがあたしの父だって、なぜ知ってるの?」

「ああ、ちょっと小耳に挟んでさ。さくらさん、さくらさんは本当はイズミっていうんだろ」

「ええ?!」

 

忘れかけていたくらいの昔の名前で呼ばれ、さくらはかなり驚いた。

 

「イズミ、お前も馬鹿な女だなあ。よりによってミカドをブチ殺すなんてよ。その理由がミカド制はエーカ帝国には必要ないってことか。お前は王族に生まれたことを忌み嫌い、親父であるミカドと縁を切った。王族から離れ自由の身になるために顔を変え、偽物の住民IDを手に入れ、他人に成り済ました。そして、金に目が眩んで殺し屋稼業に手を出した。って、まあ、こんなところだろ」

 

翔はイズミがこれまで辿ってきた道のりを見てきたかのように語ると、イズミはまた驚いた。

 

「どういうこと?なぜ、そのことを?」

「あーん。じゃ、図星ってことか」

「誰から聞いたの?」

「国民の輪って知ってっか?」

「あの、極右の政党でしょ」

「そそそ。奴らのボスが誰か知ってっか?」

「岡本の首は私が取ったわ」

「ウヒャヒャヒャ!そうじゃねーよ!国民の輪のボスはな、スパコンだよ!」

スパコン?」

「ああ、俺も見たわけじゃねーからよくわからんが、どの政党も人間以上に力のあるスパコンの言いなりなんだとよ。政治家なんて金の亡者だし、叩けば埃の出る体だ。その弱みを握られ身動きが取れなくなってる奴らばかりなんだよ」

 

イズミは翔の言うことをすぐには信じられなかった。

スパコンが政治を支配する世界。

まるでSFではないか。

 

「そのスパコンはどこにあるの?人間を支配するって、そんなことってあるの?」

「ああ、どーなんだろうなあ。そこまでは俺も知らん。ただ、名前はついてるみたいだぞ。スカイ、スカイ…なんちゃら。忘れちまったなあ。まあ、金さえ振り込んでくれればいいけどな。と、いうわけで、俺はイズミのお命ちょうだいに来たわけだ。その支配者のスパコンからの指示さ。凄腕ヒットマンは一人だけでいいんだ。それは俺だ」

 

翔はそう言うと、鞄からすばやくピストルを出してイズミの肩を撃ち抜いた。

 

「うう…」

 

血を流して倒れたイズミに翔はまたピストルを向けた。

 

「なあ、イズミちゃん。ミカドをブチ殺してこの国を自由と平等の国にしようと思ったらしいけど、それ、幻想だから」

 

翔はにやにや笑いながら今度はさくらの脚を撃った。

 

「いったあいい…」

 

撃たれた痛みに顔を歪めるイズミを見ながら翔はまた続けた。

 

「俺もこんなことはしたくないんだけどな。だけど、命令してくるスパコンには逆らわない方がいいみたいなんだ」

「なんで?なんで、あたしがこんな目に遭わなきゃならないの?」

「イズミちゃんさ、殺し屋稼業以外にも余計なことに首を突っ込んだだろ?」

 

図星を突かれた。

殺し屋稼業の元締め、闇夜の獣の一部にこの国を支配する闇の支配者に反旗を翻す計画が持ち上がっていた。

闇の支配者の正体は不明瞭だが、まずは尻尾を掴もうとするところから闇夜の獣のメンバーは動き始めていた。

自分たちを頭から抑えつける支配者がいては勢力拡大が進まない。

闇夜の獣は政界にも進出し、自分たちの理想の社会を作ろうと企んでいた。

イズミも闇夜の獣の中でそう企む勢力に加担し、情報集めなどを率先して行っていた。

 

「だーかーらー。そういうのがスパコンの気に障ったんだろ。考えりゃわかるだろ。バッカじゃねえの。ウヒャヒャヒャヒャ。そのスパコンよ、どうやって調べたのかはわからんが、イズミちゃんの正体もお見通しってことさ」

「それで、あたしのことを消しに来たのね?」

「そうだよ。余計なことを嗅ぎ回るうるせえハエは駆除しないとなあ」

 

翔はピストルの狙いを定めた。

 

「じゃあな、イズミちゃん。向こうの世界で自分がブチ殺した親父さんと仲良くやんな。ホンッとにバカだな。王族のままでいたら、蝶よ花よで一生安泰だったのに。俺みたいなクズに殺されるのかよ。スパコンがこんなこと言ってたぜ”人間は自ら破滅を招く愚鈍な存在だ”とさ。極右だろうが左翼だろうが人間は争い合うことを止められない。自分だけが正しいと思い込み、自分に都合のいいものしか見ない。いつまで経っても進歩がなく、滑稽でしかない。と、偉いスパコン様が言ってたぜ。全く仰る通りだよなあ。王族だろうが政治家だろうが、一般の庶民だって自分だけが正しいと思い込み、自分と意見が違う奴は消えろと思ってるんだからな。俺は上手くスパコン様に取り入ってオイシイところだけ頂くのさ。ウヒャヒャヒャヒャ」

 

王族の身分を嫌い、自由と平等に生きたかっただけなのに、どこでどう間違ってしまったのか。

殺し屋稼業に走ったのが駄目だったのか。

動けなくなり痛みに苦しむイズミを見ながら翔は引き金を引いた。

最後に銃声が一発響き、頭を撃ち抜かれたイズミはそのまま首を垂れた。

 

「ようし、一丁上がりだな。チョロいチョロい」

 

翔はその場で写真を撮り、仕事を受ける時にも使う殺し屋専用のアプリで送って仕事の完了を報告した。

これでまた多額の報酬が手に入る。

殺し屋稼業は引退だが、どういうわけか翔に惚れ込んだスパコンはそれなりのポストを用意してくれたと言う。

自分の何が気に入られたかはわからないが、今は勝ち馬に乗ろう。

翔はイズミを放置したまま黙って立ち去った。

 

 

 

 

皇女 イズミ 第九話~闇を欺け

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翔は”殺し屋本舗”にコンタクトを取ってみた。

翔のスマホにはこんな答えが返ってきた。

2週間の合宿セミナーに参加し、殺しの基礎から応用までを学ぶ。

合宿の最終日に検定試験があり、それに合格すれば殺し屋として仕事の依頼を受ける。

今どきの効率重視の”養成講座”だったが、殺しの仕事の報酬はかなりの高額だった。

銃撃するターゲットにもよるが、有名政治家や大企業の幹部を狙えば普通のサラリーマンの何年ぶんもの給料に近い金を手にすることができる。

こんなおいしい話は他にはない。

怪しさ満点だったが、それはホストの世界でも同じこと。

翔は自分の感覚が麻痺しているとわかっていたが、今さら堅気に戻れるわけでもなく闇の世界に突き進むだけだった。

殺し屋本舗はざっくりと何をすれば良いのかを翔に答えてくれた。

合宿に参加するためには5万円の受講料を振り込む必要があったが、マドゥーヤのナンバーワンホストをしている翔にははした金だった。

翔は全てのことをさくらには黙ったまま進めた。

さくらとの付き合いもステップアップの一段階でしかないのだ。

殺し屋本舗と接触するのは胡散臭さ満点だったが、破格の高報酬に翔はすっかりその気になっていた。

自分も殺し屋になれればホストでいるよりももっと稼げる。

翔を突き動かしているのは金への執着だけだった。

 

 

「え!マドゥーヤを辞めるですって?」

 

ホストの仕事が休みの日、翔は半同棲をしているさくらの部屋で今後のことを言い出した。

 

「お店、辞めてどうするの?他の店に移るの?」

「いや、そうじゃないよ。俺、前から思ってたんだけど大学に行きたくてさ」

「それで、お店を辞めて勉強に専念するってこと?」

「ああ。俺、中卒だし。将来、さくらさんを幸せにするにはきちんと大学へ行って、ちゃんとした仕事をしなきゃと思ったのさ」

 

翔は嘘八百を並べ立てた。

本当は超進学校から北條大学に進み、卒業後はフィロス電機に入社して技術者をしていた超エリートだったが、職務上知り得た機密情報を裏社会に流して利益を得ていたことで解雇されホストの世界に流れ着いていたのだ。

 

「それでさ。来月、俺、マドゥーヤで仲が良かった奴らと旅行に行くんだ。ホストの卒業旅行みたいな感じでさ」

 

翔は旅行代理店からもらってきたパンフレットを広げ、さくらを安心させた。

 

「へえ、2週間のプランなんてあるんだ。翔くんは今まで頑張ってきたからいいんじゃない。旅行から帰ってきたら受験勉強を始めるんでしょ」

「うん。俺は中卒だから、まずは高卒の資格検定に受からなきゃならないし。これから忙しくなるなあ」

 

翔は白々しい嘘にまた嘘を重ねて、さくらを完全に欺こうとしていた。

さくらもそれを全く疑っていなかった。

 

その1ヶ月後、翔は旅行に行くと言ってマンションの部屋を出ていった。

この後、自分も乗ったマイクロバスで翔が殺し屋の合宿セミナーに行くとは、さくらは全く想像すらしていなかった。

翔は内心ほくそ笑んでいた。

さくらを騙すのはチョロい。

こんなに簡単に騙され相手を疑いもしないのに、殺し屋が務まっているとは。

翔はさくらに隙があることを心の中で嗤っていた。

自分はさくら以上の殺し屋になってみせる。

さくらのスマホを覗き見した時に、さくらは実は凄腕の殺し屋として闇夜の獣から重宝され、かなり高額の報酬を得ていることを翔は知った。

チョロいさくらが殺し屋として重宝されている。

ちゃんちゃら可笑しいではないか。

自分ならもっと上手く立ち回って、闇夜の獣の幹部からの信任を勝ち取ってみせる。

翔は野望に燃えていた。

 

殺し屋になる合宿セミナーはなかなか厳しいものだった。

合宿の途中で脱落しひっそり帰って行く者も少なくなかった。

来た時に乗っていたマイクロバスに乗せられ、合宿会場を去って行く。

しかし、翔はそんな脱落者を横目に頭角を現していた。

合宿セミナーの講師からも絶賛され、名前まで聞かれた。

合宿に入った時点で参加者一人一人にコードナンバーが与えられ、その番号で呼ばれていたが、群を抜いて優秀な翔は講師役の殺し屋の先輩たちに注目されていた。

すぐにでも殺し屋として通用するだろうと絶賛され、翔はいい気になっていた。

 

 

そうして2週間が経った。

脱落者を除く合宿の参加者は食事の時に使う大広間に集められ、闇夜の獣のトップと思われる老人から合宿終了の挨拶を受けた。

見るからに胡散臭い村田という老人。

殺し屋あがりなのか。

翔はそんなことを考えながら老人の話を聞いていた。

 

「はーい、それでは、これでセミナーの全日程は終了でーす!30分後にバスが出ますから、それまでに荷物をまとめてまたここに集まってくださーい!」

 

老人の挨拶が終わると号令をかけられ、合宿の参加者たちはそれぞれの部屋に戻っていった。

 

「あ、君君。君は残ってくれ。コードナンバー8413だよね?」

「え、あ、はい」

 

大広間を出ようとしていた翔だけが残るよう声をかけられた。

 

「君ねえ、筋がいいねえ。どうかね?この仕事、受けないかね?」

 

講師役を務めていた殺し屋の一人がそう言いながらタブレットの画面を見せてきた。

翔がそれを覗き込むと、こう書いてあった。

『国民の輪、専属スタッフ募集』

 

「へ?何スか、これ?」

 

「極右政党の国民の輪、知ってるよね?次の選挙では大幅に議席を増やして、政権交代、政権を取ることを目標にしてる団体なんだ」

「へえ、よくわかんないッスけど、政権を取るとなれば、金の匂いがぷんぷんッスねえ」

「そうそうそう。それでいいんだ。君も金は欲しいだろう」

「もちろんッス!」

「じゃあ、これ以上の話はないな。専属だから固定給+成功報酬+ボーナスもありということで」

「うひょー!ごっつあんッス!」

 

翔は難しい政治の話に全く興味はなかったが、金になるならとにかくその話に乗りたかった。

合宿が終わり街に戻れば、大学受験を目指すという嘘をついたままさくらとの半同棲も解消し殺し屋稼業で稼ぐつもりだったが、思ってもみないおいしい話が目の前にぶら下がっているではないか。

翔はしてやったりと満面の笑みで国民の輪専属の殺し屋になることを受け入れた。

 

「ええ?この部屋を出て行くの?」

「ああ、受験に専念したいからさ」

 

合宿から戻った翔はさくらの部屋に置きっ放しの自分の私物をスーツケースに詰め込み始めた。

 

「俺さあ、予備校とかも通いたいし。とにかく勉強に集中したいんだ。さくらさんと別れるつもりはないよ。それはわかってくれよ」

 

翔はホストの仕事を始めてから身に着けた巧みな話術でさくらを煙に巻こうとしていた。

ホスト時代に貯めた金の全てを注ぎ込むくらいの気概で、中卒から大学受験を目指したい。

そう言う翔をさくらは疑うこともしなかった。

 

「わかったわ。じゃあ、翔くんが大学に合格したら、その時はまたよろしくね」

「おっす!!」

 

翔はさくらと指切りをすると、スーツケースを引いて部屋を出ていった。

上手くさくらを丸め込めた。

翔はさくらの部屋を出たその足で国民の輪の本部にやってきた。

全ては闇夜の獣の指示だった。

 

「信田さん、例の殺し屋、来ましたよ」

「おう、通せ」

 

岡本亡き後、国民の輪のトップに立ったのはナンバーツーの信田だった。

国民の輪の党首室に通された翔は、恭しく頭を下げて挨拶した。

実態は全くわからなかったが、とりあえず政治の世界の実力者の前では神妙に振る舞っていた方がよかろう。

翔は笑顔で顔を上げた。

 

「ふうん。あんた、元ホスト?」

「え、あ、はい」

 

党首の席に座る信田は机の上に置かれているタブレットを見ながら質問してきた。

 

「ホストねえ。給料は悪くないんだろ?なんで辞めてまでこんな商売やるの?」

 

意外と意地の悪い質問ではないか。

それでも、この政治団体の専属になればホスト時代の何倍もの報酬が得られる。

翔は作り笑いを浮かべながら答えた。

 

「ええ、と。難しいことはわかりませんが、とにかく高額の報酬が魅力的ですね」

「要するに、金目当てか」

「ええ、いやあ、何て言ったらいいのか…」

「まあ、いいさ。あんたにやってもらいたいことは、抜かりなく邪魔者を消すことだ。それさえやってもらえれば、うちとしても何も言うことはない」

「はい、よろしくお願いします」

 

意地の悪い質問だと思ったが、仕事をしてさえいればいいのか。

翔はまた内心ほくそ笑んでいた。

 

 

「ヒャーッハッハッハッ!!」

「おい、あけみ。酒、注いでくれ」

 

その夜、国民の輪の幹部は高級クラブのオモルフィに繰り出し、綺麗どころを侍らせて乱痴気騒ぎに耽っていた。

国民の輪の関係者が来る時はいつもそうだ。

オモルフィのホステスたちは皆、そう思っていた。

 

「あら、こちらの方、初めましてかしら?」

 

オモルフィのナンバーワンホステス、あけみが翔に声をかけてくれた。

 

「そうッス!あ、あざっす!」

 

翔はあけみに作ってもらった水割りを飲みながらニヤニヤ笑っていた。

 

「あけみちゃん、この若い奴は我が党の希望の星なんだ」

「まあ、そうですか。次の選挙の公認候補かしら?」

「ああ、先々そういうことがないとは言えないな。一つ、よろしく頼むよ。田中翔くんだ」

 

国民の輪専属の殺し屋などということには一切触れず、信田は翔の肩をぽんぽん叩きながらあけみに紹介した。

 

「これからは、こういう若手にどんどん前に出てもらわないとな。翔、ほら、もっと飲め」

「ゴチになりまーす!」

 

翔はホストの頃からの軽薄さを隠すでもなく、調子に乗ってつまみやフルーツも注文し始めた。

 

「翔、あけみちゃんも目をかけてくれてるんだ。どうだ、本当に選挙に出ないか?」

「俺、頭悪いッスよ」

「ああ、神輿は軽ければ軽い方がいいんだ。なかなかいい男だし、若い有権者にアピールするには打って付けだ」

 

信田は盛んに翔をおだてた。

翔はバカのふりをして惚けていたが、一応、国民の輪のHPやSNSなどで党の方針や政策など一通り目を通していた。

国民の輪の主張は古き良きエーカ帝国を取り戻すこと。

男系中心の家庭づくりだけでなく会社組織なども男性優先とし、封建的な男尊女卑によって男性優勢の社会を作る。

高齢化対策のため出生数向上を目指すが、そのために女性を家庭に押し返す政策を推し進める。

ざっくりまとめるとこのような感じか。

わかりやすい言葉でまとめられていて、翔と同世代の若者の支持を急速に伸ばしているのは翔も納得だった。

ナショナリズム復古主義は思考を停止した者に受け入れられやすい。

権威的なものに縋れば自ら考えるなくてもいい。

人間は楽な方に楽な方に流れるものだ。

翔は国民の輪のスローガンの要点を掴んでいた。

 

「…って、感じッスよね?信田さん?」

「ほお、なかなかよく勉強してるじゃないか。中卒だと言っているが地頭は良さそうだな。ますます気に入った。次の選挙では公認候補に推薦しよう」

「ウヒャヒャヒャ!参ったな!俺も政治家センセイか!また一儲けできちゃいますよ!」

「おいおい、もうそっちの心配か」

 

信田はかわいい息子を見るような目で翔を見た。

 

「そうッスよ!信田さんだって、だから政治家になったんスよね?」

「おお、なかなか痛いところを突いてくるねえ。政治家の素質があるんじゃないか?」

 

信田も冗談交じりに返した。

 

「政治家かあ。悪くないッスね。総理大臣でも目指そうかあ。ウヒャヒャヒャ!」

 

翔はあけみが作ってくれる水割りを何杯もがぶ飲みし、酔った勢いで大口を叩きすっかりいい気になっていた。

 

 

皇女 イズミ 第八話~危ない彼氏

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さくらが仕事を終え、仮住まいで滞在しているホテルの部屋に戻ってきてテレビをつけると、ちょうどニュースをやっていた。

仮住まいとはいえ、さくらはもうネットカフェを渡り歩くのではなく、闇夜の獣の援助でホテル住まいを始めていた。

部屋のテレビに映っているのは臨時のニュース速報らしかった。

 

「大惨事が起こってしまいました!ミカドが狙撃され、崩御されました!」

 

テレビの中では見たことのあるニュースキャスターが興奮気味に、ミカドの銃撃、崩御を伝えていた。

犯人はどんな人物か、何が狙いか。

急遽、出演することになったのだろう。

専門家だと称する知識人がミカドの狙撃について意見していた。

上を下への大騒ぎとは正にこのことだ。

それにしてもミカドが撃たれただけで蜂の巣を突いたような大騒ぎ。

ミカド制のこういうところが気に入らないのだ。

エーカ帝国国民ならミカドを慕い、尊敬して当たり前。

そうでない者は非国民扱い。

さくらは世の中に蔓延しているこういう空気が気に入らなかった。

殺し屋としてミカド制を潰すためなら何でもする。

そんなことを考えながらふとスマホを見ると、約束の金額が振り込まれているではないか。

いや、それ以上だ、

ゼロが2つ多い。

成功報酬も上乗せで支払われるとは聞いていたが、本当に振り込まれた。

マンションが何軒か買えるほどの金額が、さくらの秘密口座に振り込まれていた。

やはり、ミカドの首を取った報酬は大きい。

さくらは明日、分譲マンションのモデルルームに行こうと決めた。

優秀な成績で殺し屋のセミナーを終えたさくらに、闇夜の獣はホテル住まいを続けてもよいと言ってはいるが、さくらは殺し屋などいつまでもやる仕事ではないと考えていた。

次のターゲットは国民の輪の党首、岡本。

さくらが闇夜の獣に逆指名して撃つことに決めたターゲットだった。

岡本を仕留めたら殺したい人間はいない。

その後は一生遊んで暮らせるだけの金を稼いだら殺し屋稼業は辞めよう。

さくらはそう考えていた。

 

結局その後、岡本の首は難なく取れた。

ミカドに比べれば岡本の警備はないも同然。

さくらは岡本が国民の輪の党本部に姿を現し、建物の中に入る間のわずかな瞬間を逃さなかった。

党本部から離れたビルからの狙撃だったが、望遠のスコープを使って狙いを定めるのは難しくなかった。

離れたビルから狙いを定めたことで、さくらは誰にも見つかることなく仕事を終えそのまま静かに立ち去った。

そして、仕事の後は速やかに報酬が振り込まれる。

過激な主張でSNSでは”カルト教団”とも揶揄される国民の輪。

何かと話題になる党首の岡本の首を取ったことで、報酬はやはり桁が違っていた。

何と言ってもミカドの首を取ったことで、さくらは他の殺し屋とは違う待遇を受けていた。

報酬の桁が違うのはそのためなのだ。

しかし、あと2、3件の仕事を受けたら殺し屋も辞めよう。

さくらはそう考えていた。

報酬も十分に得られるだろうし、そうなると働く理由がない。

一生遊んで暮らせるほどの報酬が振り込まれれば、何か好きなことで店でも出して悠々自適に暮らそう。

さくらはそう決めていた。

そんなことよりも、今日はホストクラブに行こう。

さくらはミカド狙撃の超高額な報酬が振り込まれててから、ホストクラブで散財するようにもなっていた。

今のさくらにはホストクラブで散財する金額もはした金だった。

殺しの仕事と仕事の合間、退屈になるほどの時間が余りさくらは習い事を始めたり暇つぶしになることを探していたが、ホストクラブ通いもその一つだった。

王族でいた頃は自由がなく、ホストクラブ通いのようなはしたない遊びに耽るなど考えたこともなかったが、自分はもうあの頃のような籠の鳥ではないのだ。

さくらは自分は自由の翼を手に入れたのだと満足していた。

 

「いらっしゃいませー!!あ、さくらさん、こんばんはッス!!」

 

ホストクラブ、マドゥーヤにさくらが着くとお気に入りのホスト、翔が迎えてくれた。

翔はマドゥーヤのナンバーワンホストで、巧みな話術でさくらの自尊心を満たしてくれていた。

 

「さくらさん、今日も綺麗っスね」

「翔くん、今日もお上手ね」

 

さくらの周りには他のホストも集まってきて盛んにおだててくれた。

シャンパンタワーをしたり、くだらない話を聞いてもらったり、さくらはいつもそうだが気分が高揚して満足感に浸っていた。

 

「翔くん、今日はお寿司でも食べにいこっか?」

「あざーす!ゴチになりまーす」

 

さくらはマドゥーヤに来るといつもそうだが、ホストクラブの閉店後はお気に入りの翔を連れ出して高級寿司店やBarに立ち寄り、そのままさくらが住む高級マンションで次の日の昼頃まで二人で過ごしていた。

 

「ああ、お寿司美味しかったわねえ。もうお腹いっぱい!」

「俺、風呂の湯、溜めますよ」

 

ホストクラブで遊んだ後は二人で食事をして、そのままさくらの住むマンションに帰ってくる。

こんな生活が週に5、6日続いていた。

 

「ねえ、翔くん。もう、ここに住んじゃえば?」

「え、いいんッスか?」

「いいの、いいの。そう思って一人じゃ広い間取りの部屋を買ったんだし。っていうか、結婚しよっか?」

「うひゃああ、逆プロポーズっスか!」

 

翔はまんざらでもなさそうな反応だった。

金なら唸るほどあるさくらは、翔を養ってもよいとさえ考えていた。

 

「あたしね、何かお店でもやりたいのよねえ。ごはん屋さんとかどうかな?翔くんに手伝ってもらえたら嬉しいなあ」

「そう言ってもらえて、俺も嬉しいッス!」

 

これはオイシイ展開ではないか。

翔は遠慮する素振りを見せながらも心の中ではほくそ笑んでいた。

 

「翔くん、マドゥーヤももう辞めたら?」

「え、ホスト辞めてさくらさんの専属ッスか?」

「そうね。専業主夫もいいんじゃない?」

「ウヒャヒャヒャ!俺、料理なんてできないッスよ」

「いいのよ、少しずつでも覚えれば」

「そっかあ、さくらさん専属。専業主夫かあ…あ、そろそろ、お湯が溜まるころッス」

 

翔はにやけながらバスルームの様子を見に行った。

 

「さくらさん、お湯、沸いたッスよ」

 

翔はリビングでテレビを見ているさくらにそう声をかけた。

 

「何見てるんっスか?へ?ニュース?」

 

テレビでは報道番組をやっていて、政治の話題を取り上げていた。

 

「それでは、正田さんは国民の輪の今後はますます不透明とお考えですか?」

「そうですね。岡本党首は何者かに銃撃された。その銃撃した人物は何者か?これは必ず解明しなければなりませんね」

 

テレビの報道番組や週刊誌、ネットニュースなどでも知られているジャーナリストが、国民の輪の党首・岡本が銃撃されて死んだ事件の解説をしていた。

さくらはそれを見ながら鼻で笑いたい気分だった。

いつまで岡本銃撃の話題を引っ張るのだ。

岡本は極悪人だから消されたのだ。

『強いエーカ帝国を取り戻す』『エーカ帝国国民は全てミカドの子』『何千年も続いてきたエーカ帝国は唯一無二』

こんなナショナリズムには反吐が出る。

だから頭を吹っ飛ばしてやったのだ。

さくらは国民の輪の白々しいスローガンに辟易していた。

ナショナリズムを煽るのは結局は金儲けのためのくせに、よくもまあ恥ずかしげもなく偉そうな主張をできたものだ。

偉そうなジャーナリストも、何も本質を理解していない。

さくらは誰も何もわかっていないことが馬鹿馬鹿しいことこの上なく、テレビを見ながらせせら笑っていた。

その様子を見ていた翔がさくらに尋ねた。

 

「さくらさん、何を笑ってるんスか?」

「ああ、別に。政治家なんてあくどいことばかりして恨まれて当然でしょ。誰かに殺されちゃったのよねえ」

「へえ、俺はそもそも政治になんか興味ないッス」

 

それはそうだろう。

ホストなどという人種は如何に面白おかしく生きて、金儲けをするかだろう。

今、報道番組で取り上げられている岡本がどんな人物で、国民の輪がどんな団体か。

翔は全く興味がないに違いない。

況してや、さくらが岡本を銃撃したなど夢にも思っていないだろう。

しかし、さくらは翔のそんなところが一緒にいて楽だった。

 

 

数時間後、隣でぐっすり眠っている翔が目を覚まさないようにさくらはそっとベッドを抜け出した。

スマホをチェックするとまた仕事の依頼が入っていた。

危うく見逃すところだったが、さくらに依頼される仕事はもう他の殺し屋には持ち掛けられる案件ではなくなっていた。

さくらだけに依頼される枠のようなものがあり、多少、返信が遅くなっても大目に見られていた。

昨日は少し飲み過ぎた。

さくらは目覚ましのシャワーを浴びようとバスルームに向かった。

 

さくらが寝室を出て行くと、翔は静かに起き上がった。

目は覚めていたが寝たふりをしていたのだ。

翔は枕元に放置されたままのさくらのスマホに手を伸ばした。

さくらはホストクラブでも派手に遊んでいるが、どこからそんな収入を得ているのか?

翔はその謎を解こうとさくらのスマホを覗き見する気でいた。

 

「んー?画面ロックか…」

 

思った通り、さくらのスマホには画面ロックが設定されていてすぐには中を覗けなかった。

 

「んん、と。パスワードは$#%>_#*%…かあ。チョロいな」

 

ホストになる前はフィロス電機で技術者として働いていた翔は、素早くパスワードを読み取り画面ロックを解除した。

 

「へへ、やっぱ素人だな。チョロいチョロいww」

 

翔はさくらのメールやSNSへの接続の履歴、ネットバンクの入金の記録を画面に表示させると自分のスマホで写真に撮って記録した。

 

「何だ、これ?闇夜の獣?ここからかなりの額が入金されてるな。何の団体だ?」

 

翔はとにかくさくらのスマホの画面を写真に撮り、自分のスマホに入れていった。

そうこうしているううちに、バスルームの方から物音がした。

さくらがシャワーを終えたのだろう。

翔は何食わぬ顔をして画面ロックをかけ直し、さくらのスマホをまた枕元に置いた。

 

「あら、翔くん。起きてたの?」

「ああ、俺もシャワー浴びよっかな」

「そうしたら?さっぱりして気持ちいいわよ」

 

何も知らないさくらはいつもと変わりなく翔と言葉を交わした。

翔はさくらに勧められるままシャワーを浴びながら、盗み取ったさくらの情報について考えていた。

闇夜の獣、殺し屋本舗、外国の秘密口座専門の銀行…。

怪しげで胡散臭い相手とさくらはやり取りしているらしい。

口座に振り込まれているのはかなり高額の金額だが、何をすればそんな金を振り込んでもらえるのか?

殺し屋本舗…文字通りの殺し屋か?

闇夜の獣とは何者か?

盗み取った情報を精査し、さくらの秘密をつかみ、自分も肖りたいものだ。

ホストの仕事以上に大金を掴めるチャンスではないのか?

さくらにはまだ利用価値があるが、大金が振り込まれるカラクリがわかればもう用はない。

シャワールームを出た翔は作り笑いを浮かべながら、キッチンで朝食の支度をするさくらに近づいた。

 

「さ・く・らちゃん。目玉焼きでも作ろっか」

「あら、いいのよ。テレビでも見てて」

「そっか。じゃ、お言葉に甘えて」

 

翔はタオルを首にかけたままリビングのソファに座り、テレビのリモコンを手にした。

テレビをつけると朝の情報番組が流れ、トップアイドルの佐伯まゆのコンサートツアーの話題が取り上げられていた。

 

「あー佐伯まゆかあ。この娘もなんか胡散臭えんだよなあ。さくらさんもそう思うだろ」

「どうなのかしらねえ。確かに、憲民党のポスターになったり、ちょっと変よねえ」

「ちょっと?いやいや、絶対おかしいって。ヒャハハハ」

 

翔はいつも以上に快活に声をあげて笑った。

 

 

 

皇女 イズミ 第七話~人の心を捨てて

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その次の日から、セミナーの参加者は殺しの基礎から学び始めた。

まずは教室のような部屋で受ける講義形式の時間があり、理論を学び始めた。

それ以外にも映像を見て実際に武器を使うのはどうしたら良いかを学んだり、それに慣れてくるとセミナーが始まって一週間後にはいよいよ実習も始まった。

殺しの実習とはどんなことをするのか?

それは宿泊場所を出た外で行われた。

昔は遊園地だったのかと思われる開けた場所があり、そこにぼろぼろの服を着た男が数十人連れてこられた。

 

「皆さーん!この"元囚人"をこれから放しますから好きなように撃っていいですよー!」

 

合図のホイッスルが鳴ると、囚人だという男たちは足に付けられていた重りをを外され放たれた。

ここで躊躇うようでは殺し屋失格なのだ。

さくらは逃げ回る囚人を裕太を殺した国民の輪や、カラハ国防十字隊だと思って銃の照準を合わせ引き金を引いた。

民主協働党と敵対しているのは、極右政党の国民の輪。

裕太が死んだ事件の背後には国民の輪がいるに決まっている。

”民主協働党、講演会爆破””民主協働党、嫌がらせ”で検索すれば、面白おかしく事件を語る勝手な投稿が溢れていた。

さくらはそんな投稿を見て無責任な世の中にも憤っていた。

 

「ウヒョー!!すげえなあ!!」

 

さくらと同じように銃で囚人を撃ちまくっている参加者たちは歓声をあげていた。

さくらたちに与えられた銃は動物用のもので、人間に当たると体がバラバラになって飛び散るほどの破壊力があった。

逃げ回る人間に弾が当たると体がバラバラになって肉片が飛び散る。

普通に考えれば目を背けたくなる光景だったが、さくらは目の前の標的を撃つ快感のようなものに支配されていた。

飛び散ってバラバラになるのは、裕太を殺した連中なのだ。

さくらはそう考えながら、逃げ惑う囚人を片っ端から撃ち殺していった。

 

「はーい!それでは研修終了でーす!各自の成績をまとめますから少々お待ちください!」

 

係の合図で射撃を止め、参加者たちは誰がトップになるか楽しみに待っていた。

射撃訓練の係は楽しいゲームを競い合っているかのように何かを数えていた。

残虐なゲームの結果を楽しみに待つ。

人の心を失わなければそう考えることはできない。

ならば、自分はもう人の心はなくしたのだ。

復讐のためにさくらは人の心を捨てる決意を固めていた。

 

「では、成績を発表します!コード番号7823がトップに立ちました!」

 

セミナーに来てからは参加者は名前ではなく、コード番号で呼ばれていた。

さくらのコード番号は7823。

殺し屋になってもこの番号で仕事を受け、報酬を得ることと定められていた。

 

 

その後も殺し屋になるための様々な講習をうけ二週間のセミナーを終えると、参加者は大広間に集められた。

参加者がざわざわ私語に耽っていると、若いスタッフに付き添われて老人が姿を現した。

元は宴会場だったと思われる大広間にはステージがあり、置かれていたマイクスタンドの前に老人は立った。

 

「えー、皆さん、セミナーお疲れさまでした。これでみなさんも殺しのプロです。最初は小物のターゲットから始めてもらいますが、徐々にレベルアップしてですね。そうなると、お金も稼げます。裏稼業ですから税金もかかりませんし、正に濡れ手で粟。仕事の依頼は皆さんのスマホに送信します。一斉に送信しますから、一番早く気づいてアクセスしたもの勝ちです。あ、申し遅れました。私は”闇夜の獣”代表の村田と申します」

 

闇夜の獣。

聞いたことがない組織名だったが、老人の話を聞く限りそれが殺し屋の元締めの組織らしかった。

仕事は闇夜の獣を通じて依頼される。

大広間に集められ、話を聞いていた参加者たちはざわめいた。

 

「それではですね、私の話はここまでです。これから皆さんは来た時に乗っていたバスにまた乗って街に戻ってもらいます。スマホのチェックだけ気をつけてください。仕事にあぶれてもこちらは責任は取れませんから」

 

そう言うと村田と名乗った老人は、またスタッフに付き添われて大広間を出ていった。

 

 

「おい、さっきの胡散臭えじじい、何なんだろうな」

「要するに元締めだろうな。殺し屋の元締め、胡散臭えことこの上ねえなあ」

「でもよ、スマホに来る依頼をこなせば金がもらえるんだろ。オイシイっちゃあオイシイ話じゃねえか?」

 

セミナーの参加者は殺し屋になるための講義を全て終え、山奥の廃業旅館を出たマイクロバスは街に向かっていた。

バスの中ではセミナーの参加者たちが闇夜の獣について、あれこれと言い合っていた。

その会話を聞きながらさくらはバスに揺られていたが、そんなくだらないことよりも自分は国民の輪の代表を務める岡本を仕留めたいのだ。

スマホに依頼が来る前に、いわば”逆指名”のような形で殺すターゲットを指定できないだろうか。

岡本を仕留めることだけは、他の者に横取りされたくない。

さくらはそんなことを考えていた。

 

マイクロバスは街に入ると何ヶ所かで停まり、乗っていた参加者は都合がいいところでバスを降り街の雑踏の中に紛れて消えていった。

さくらは黄金町の駅前でバスを降りたが、山奥からバスに揺られて疲れていた。

殺伐としたセミナーを終えたさくらは、プリヤに向かったが店のドアには”臨時休業”の札がかかっていた。

なぜ、臨時休業なのか?

よく考えたら、プリヤのマスターも堅気とはいえない雰囲気が漂っていた。

人は見かけによらぬもの。

自分もそうだが、あのマスターも何か裏稼業に関わっているのかも知れない。

さくらはそんなことを考えながらプリヤを離れた。

ネットカフェでシャワーでも浴びようか。

駅前のネットカフェにチェックインし、個室に入ったさくらはその前にスマホをチェックした。

 

「え?」

 

なにげなく画面を覗き込んださくらは、スマホに届いている通知を二度見した。

 

「これって…」

 

さっそく殺しの依頼が届いているではないか。

ターゲットはミカド。

さくらの父、ミカドがターゲットになっている。

どういう理由でミカドがターゲットになっているのか?

さくらはそれが知りたくてすぐに返信してみた。

 

さくらからのメッセージにすぐ答えが返ってきた。

 

『コードナンバー7823。さっそく仕事です。使用する銃はこちらで用意しています。これから指示する場所に来なさい』

『こちらから質問してもいいかしら?』

『ええ、いいですよ。どんなことですか?』

『ミカドがターゲットって、それはなぜ?』

『左派の過激派からの依頼です。彼らはミカドは身分差別の象徴だと主張しています。生まれながらに尊いとされ、特別扱いされるミカドとその一族。これが差別でなくして何だというのか?ミカドは抹殺されるべき対象なのです。この国の自由と平等のためにミカドは抹殺しなければならない。これが闇夜の獣に持ち込まれた左派の過激派の依頼です』

 

確かに、それも一理ある。

さくらもミカド一族に生まれ、国民が不景気に苦しむ時でもミカド一族だけは何不自由ない生活が保障されるのは何かがおかしいとずっと考えていた。

ミカド一族が贅沢な暮らしをする一方で国民は生活苦に喘ぎ、それでもミカド一族はそれをおかしいとも思っていない。

閉ざされた一族の中で窮屈な思いをしていたさくらは自らの意思でそこを出た。

そして、今、問題の本質であるミカド暗殺の計画を知った。

ミカドが死ねば国内は大混乱だろう。

 

『コードナンバー7823。我々は単にターゲットの殺害だけではなく、世直しをするためにこの活動を展開しているのです。ミカド制を廃止し、自由で平等な社会を目指す。それが我々の目指すものです。この仕事、受けますよね?』

 

どうやらメッセージに反応したことで、任務を断ることはできないようだった。

 

『あの、この仕事を受けるとして。お願いがあります』

『どんなことですか?』

『仕留めたい相手がいるのです。その者を私に殺らせてください』

 

スマホに届いたメッセージの相手は一瞬だけ黙ったが続けた。

 

『なるほど、それは誰ですか?』

『国民の輪の党首、岡本です』

『国民の輪の岡本。極右政党の党首ですね。わかりました、認めましょう。それでは、ミカドの件は受けるんですね』

『はい』

 

さくらがそう返すと、すぐにファイルが送られてきた。

指示通りにファイルを開くと、地図や建物の名前が示された。

どうやら、ここが取引の場所らしい。

ここに行って銃を受け取り、ミカド暗殺の詳しい話を聞くことになるのだろう。

父であるミカドを自分が暗殺する。

さくらは闇夜の獣の主張は尤もなことだと賛同できた。

同じ人間なのにミカド制はそれを分断するものなのだ。

自分も常に窮屈な思いをして生きてきた。

今がそれを終わらせる時なのだ。

何より、裕太の仇をとるために岡本をターゲットにする。

そのためなら何でもする。

さくらの決意は固かった。

ミカドを撃つのは裕太の仇を取るためなのだ。

裕太への思いだけがさくらを突き動かしていた。

 

さくらのコードナンバーは7823。

闇夜の獣の使者とは雑居ビルの中にある事務所のような部屋で落ち合った。

 

「それで、こっちがミカドを仕留める銃です。使い方は合宿でやりましたよね?7823は優秀な成績を修めていますから期待していますよ」

 

用意された銃は猟銃のようなものだったが、組み立て式で持ち歩いても銃とはバレない作りになっていた。

そして、ミカドを狙う場所、ミカドがパレードを行う道路沿いのビルの屋上が指示された。

 

「では、他に質問は?」

「いえ、大丈夫です。わかりました」

「ミッションの成功を祈ります。それでは」

 

短いやり取りを済ませると、さくらは事務所を出て雑居ビルを離れた。

ミカドは国の祝日、エーカ帝国独立記念日を祝う祝賀パレードで街中を練り歩くことになっていた。

そこを狙うのが今回のミッション。

三日後さくらは指示されたビルの屋上にやって来た。

ミカドが来るまでじっと待っていたが、その間いろいろなことを考えていた。

ミカド一族に生まれ窮屈な生活だと感じていたこと、国民は生活苦に喘いでいてもミカド一族だけが贅沢三昧だったことへの疑問、それでも、幼い頃は父のミカドと宮殿の庭で無邪気に遊んだこと。

ミカドも悪人ではないのだ。

父としては真っ当でさくらの幸せを願ってくれていたに違いない。

その父をこれから暗殺しようとしているのだ。

迷いがないわけではなかったが、やはり、ミカド制は終わらせなければならない。

全ての国民が自由に平等に生きられる社会を目指すためにはミカド制は不要なのだ。

自分はエーカ帝国のためにミカド狙撃をやろうとしているのだ。

しかし、そんなことよりも裕太の仇を取るのだ。

ミカド暗殺を受けることで、国民の輪の岡本を仕留める逆指名ができた。

これでいいのだ。

さくらは自分にそう言い聞かせた。

 

ビルの屋上で待つこと30分ほど。

賑やかな音楽隊の演奏が聞こえてきた。

ミカドがパレードをする時は必ず宮中音楽隊が共に練り歩き、パレードを一層華やかなものにしていた。

ミカドを乗せたオープンカーが近づいて来る。

よく考えたら、オープンカーでパレードとは狙撃してくれと言っているようなものではないか。

さくらは銃の安全装置を解除し、スコープを覗き込んで照準を合わせた。

裕太の仇を取るために殺し屋となり、その初仕事が父の暗殺。

これも何か、運命の巡り合わせなのだろう。

さくらは裕太のために殺し屋として生きることを決めていた。

ミカドを乗せたオープンカーが十分に近づいてきた。

さくらは何の躊躇いもなく引き金を引いた。

パン!と発砲音がした次の瞬間、ミカドの頭はスイカ割りのスイカのようにバラバラになって吹き飛んだ。

頭部を吹き飛ばされたミカドはオープンカーの車内に倒れ込み、沿道からだけでなく、ミカドの車の前後の車からも悲鳴があがった。

 

「キャーーーーー!!」

「何だなんだ!!どうしたーーー!!」

 

ミカドが狙撃され頭部を吹き飛ばされた。

沿道に集まっていた国民も、前後をゆっくり走っていた車に乗る他の王族からも悲鳴があがりパニック状態に陥っていた。

さくらはその様子を見ながら、ミカドが確実に死んだことを見届け、銃を畳むとそっとビルの屋上を離れた。

 

 

皇女イズミ 第六話~闇と繋がる時

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裕太は民主協働党の宮本議員の講演会で受付を手伝うことになっていた。

講演会の会場になるホテルの一番大きい宴会場の扉の前に受付が置かれ、裕太は用意された椅子に座って机に向かい参加者が来るのを待っていた。

講演会を聞きに来る参加者の名簿があり、会場に入る際に本人が来たかを確認することになっていて、少しでも不審に思うことがあれば身分証の確認も行うよう裕太は指示されていた。

明らかな不審者は通報の対象であり、正反対の主張をする憲民党や極右政党の国民の輪から妨害が入らないかには気をつけるようにとも指示が出ていた。

しかし、大部分は顔なじみの支持者や党員、議員の家族などで裕太は意外と気楽だと拍子抜けしそうなほどだった。

 

「よお、竹内!忙しそうだな!」

「何言ってやがる。それは俺が暇そうだって言いたいのかよ」

 

裕太が北條大学支部の代表を務める自由民主青年連盟のメンバーも次々と会場に現れた。

現職議員の話を聞いて勉強しよう。

自由民主青年連盟に属する学生の多くは、将来は国政に出て社会を変える志を持っていた。

裕太もそうだった。

受付の時間が過ぎたら、裕太も会場に入り宮本議員の講演を聞こうと考えていた。

そろそろ受付の時間が終了する。

裕太は受付を離れる準備を始めたが、中年の男が近づいてきた。

 

「あ、すみません。受付はもう終了しました」

「何だよ、せっかく来たんだ。入れてくれよ」

「はあ。お名前は?」

 

裕太は仕方なく、鞄にしまった参加者名簿を取り出した。

 

「山川昭吉だ」

「山川昭吉さま…え、と。お名前が見当たりませんが」

「そりゃそうだろ」

「え?」

 

裕太は山川昭吉という名前を探したが、そんな名前は名簿にはなかった。

山川と名乗る男は受付のテーブルの上に、白い風呂敷でくるまれた四角い箱を置いて黙って立ち去った。

 

「何だ?これ?」

 

裕太が白い風呂敷をほどこうとすると、大音響が響き渡った。

ホテルの一番大きい宴会場のドアが吹き飛び、真っ黒な煙がもくもくと上がり、一部は火が起こっていた。

 

「おーい!!」

「何だ何だ?!!」

 

宴会場の中にいた関係者はもちろん、同じ階にいた関係者も何が起こったのかと騒然となった。

 

「消火しろー!!」

 

何かが爆発したのか、火が起こり、大急ぎで備え付けの消火器の噴射が始まった。

その間にも消防署に通報する者、議員の安全確保に動く者、ホテルのフロアは大騒ぎになった。

 

「竹内くん!竹内くん!ああ、もうダメか…」

 

至近距離で爆発物に触れてしまった裕太は顔面がぐちゃぐちゃに破壊され、上半身の損傷が激しくとても生きているとは思えない状態だった。

 

民主協働党の講演会の会場で、爆発物が爆発した。

この爆発で複数の怪我人と死者が出た。

その頃さくらは裕太と同棲するアパートの部屋で、夕食の支度に取り掛かろうとしていた。

時間を把握するため時計代わりにテレビをつけていたが、夕方のニュースでさくらは事件を知った。

最初は音だけを聞いていたが、講演会での爆発の話が耳に入るとさくらは手を止めて噛り付くようにテレビの前に座った。

 

「この爆発で北條大学の三年生、竹内裕太さん、21歳が病院に運ばれましたが死亡が確認されました」

 

テレビの中のアナウンサーは淡々と事実を伝えていた。

裕太が死んだ?!

さくらは信じられなかった。

裕太に何かあったら連絡するようにと言われていた電話番号に、さくらは連絡してみた。

 

「あのう、竹内くんと大学で親しい者ですが…」

 

繋がったのは裕太が慕っていた民主協働党の宮本議員の秘書の携帯電話だった。

 

「青山さんですね?竹内くんから聞いています。今ですね、竹内くんの親御さんがこちらに向かっています。竹内くんに会いたい気持ちはわかりますが、こちらから連絡するまで待ってもらえますか?」

 

やっぱり裕太は死んだのか。

とはいえ、両親を差し置いて自分が出て行くわけにもいかない。

さくらは一人で涙に暮れた。

 

それから一週間後、電話が繋がった宮本議員の秘書から連絡があり、さくらは民主協働党の本部まで出かけた。

裕太は爆発を至近距離から受けて即死状態だった。

爆発物については講演会を主催した民主協働党に対する悪質な嫌がらせの疑いで警察が捜査を始めた。

裕太が住んでいたアパートは、もうすぐ裕太の両親が解約するという。

さくらは秘書から業務連絡のような話を聞かされただけだった。

 

「青山さん、お気の毒ですが。それと、警察から捜査のために事情を聞かれるかも知れませんから、その時は協力してください」

 

裕太は生前、あんなに民主協働党のために活動していたのに、死んでしまえば呆気ないものだ。

さくらは涙を拭いながら党本部を出た。

 

裕太の両親が裕太の荷物を取りにアパートの部屋まで来る。

同棲のことは秘密にしていたから、自分の荷物をまとめた方がいいだろう。

バレることはないとはいえ、自分は偽りの住民IDで生きる仮初めの人間なのだ。

さくらは裕太亡き今、静かに身を引くことにした。

 

大きなリュックサックを買い、自分の荷物を詰め込んださくらは取り敢えずネットカフェにやって来た。

自分が住むアパートを探さなくてはならなくなったが、今日は取り敢えずネットカフェに泊まろう。

さくらは駅前の大きなネットカフェにチェックインした。

プリヤの前まで行ってはみたものの、既に閉店時間になっていた。

レトロな昔ながらの喫茶店だから、夕方を過ぎれば店を閉めるのか。

さくらは仕方なくネットカフェにやって来た。

 

24時間フリータイムプランで、さくらは狭いながらもプライバシーが守られる個室に入った。

スマホは持っているが動画の配信サービスで映画を見たりするなら画面が大きいパソコンの方がいい。

さくらは好みの映画を検索して探し視聴を始めた。

フリータイムプランにはソフトドリンク飲み放題のサービスが付いていて、さくらはジュースを飲みながら映画を見てスマホではSNSを眺め、適当に投稿もして憂さ晴らしすることにした。

 

さくらはアカウントを作っている交流系のSNSにログインした。

いつものように他愛ないやり取りが続いていて、さくらは没頭するように努めた。

裕太の死、今までの生活が崩れ去ってしまったこと、それらを忘れたくてさくらは投稿を続けていた。

投稿をするとそれに対するリプライが付くことが多かったが、普段から交流のあるユーザーが絡んでくれた。

さくらは悲しみを忘れようと投稿を繰り返していたが、初めてリプライを付けるユーザーに気づいた。

ハンドルネームは”殺し屋本舗”。

なかなか風刺の利いた、ブラックユーモア的なハンドルネームではないか。

リプライにはこんなことが書かれていた。

”殺し屋、募集中。あなたも殺し屋になって復讐しませんか?”

ずいぶんキツいジョークだ。

さくらは最初はそのくらいにしか思っていなかった。

しかし”殺し屋本舗”は、さくらにダイレクトメールを送ることを許可して欲しいと呼びかけてきた。

なんだか怪しい感じもするが、嫌ならブロックしてしまえば良い。

裕太を失ったばかりのさくらは復讐できるものならやってやろうかという気にもなって、殺し屋本舗からのダイレクトメールを許可するボタンを押した。

 

『ダイレクトメールの許可設定、ありがとうございます。当方は表立っては不可能な殺しを実行するアカウントです。あなたも殺し屋になって恨みつらみを晴らしませんか?』

 

まるで、今のさくらの胸の内を見透かすようなメッセージではないか。

裕太を殺した人間になんとしても復讐したい。

裕太との平和な日常を突然奪った人間が許せない。

殺してやりたいくらいだ。

正に絶好のタイミングで”殺し屋”と繋がれた。

殺し屋になってもいいかも知れない。

さくらは興味本位のような気持ちだったが、殺し屋本舗に尋ねてみた。

 

『こんにちは。すごく興味があります。どうしたら殺し屋になれますか?』

『当アカウントが主催するセミナーがありますから、それにお申し込みください』

 

どうやら殺しの手ほどきを伝授してくれるセミナーがあるらしかった。

さくらは迷いもあったが、そのセミナーに参加してもいいと考えた。

裕太の仇を取れるなら、なんでもする。

 

『どうすれば、そのセミナーに参加できますか?』

『これをご覧ください』

 

殺し屋本舗は詳しいことが書かれたファイルを送ってくれた。

さくらがそれを開くと、セミナー場所まで乗る送迎バスの乗車場所、セミナーの日時などが詳しく書かれていた。

死んだ裕太のためにも、これはもう行くしかないのではないか。

さくらは覚悟を決めた。

 

 

その一週間後、さくらはマイクロバスに揺られある場所に向かっていた。

マイクロバスは他にも殺し屋になるためなのだろうか、若い男が何人も乗っていた。

マイクロバスは満員で、殺し屋になりたい者がこんなにもいるのかとさくらは妙に感心していた。

 

「はーい、皆さん。着きましたよ」

 

到着したのは古ぼけた温泉旅館のような建物だった。

どうやら、廃業して廃墟になった建物を使って殺し屋のセミナーが行われるらしい。

それだけでも胡散臭さ満点ではないか。

一緒にマイクロバスに乗ってきた案内係もやはり胡散臭い。

これだけの人数を集められるのなら、資金は豊富なのだろうがその原資はどこから来ているのか。

何から何まで如何わしい空気が漂っていたが、さくらはもう後に退く気は失せていた。

 

「なあ、そこのカノジョ」

「私ですか?」

「私ですか?…って、このセミナーに女はあんた一人だろ」

 

初日のレクチャーを終えると、参加者は大広間のような場所に集められた。

昔は温泉旅館だったと思われる建物には、宴会にでも使っていたのか大きな広間があった。

その大広間での食事の時間になると、さくらは他の参加者に声をかけられた。

 

「なあなあ、そんなに美人なのになんで殺し屋になろうなんて思ったんだよ?」

 

他の参加者は全員が男。

美人のさくらはいろいろな意味で他の参加者の関心を集めていた。

 

「それは、あなたがたと同じよ。誰でも殺してやりたい人間の一人や二人いるでしょう。そういうことよ」

「へええ。俺さあ、こんな美人にならブチ殺されてもいいなあ」

 

女だと思って軽く見ているのか。

この男こそ殺してやろうか。

さくらはまだ殺しのレクチャーを受けていなかったが、不愉快な相手を消せるのなら殺しの手口を教わるのも悪くないと思った。

さくらはそそくさと食事を済ませ、大広間を出た。

他の参加者が使う寝室とは離れた別棟にさくらが使う部屋があった。

廃業した温泉旅館の建物で、別棟にぽつんと一人。

幽霊でも出そうな不気味さだったが、さくらはそんなものは信じていなかった。

一番怖いのは人間なのだ。

さくらはそんなことを考えながら敷かれている布団に潜り込み、スマホSNSのサイトを見ながらいつの間にか眠りに落ちていった。

 

 

皇女 イズミ 第五話~この国を変えたい

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青山さくらとして生まれ変わったイズミは、大手を振って大学に通い今まで以上に友達を作り自由な生活を謳歌していた。

 

「へえ、さくらってマハラーダ大学に行ってたんだあ」

「カッコイイなあ。帰国子女じゃん」

 

美人で快活、海外の大学から難しい編入試験に合格して入学してきたさくらは、常に羨望の眼差しを向けられていた。

そのプロフィールが偽造の住民ID屋が設定した嘘のものだとは誰も疑ったりしなかった。

 

「じゃあ、あたし、サークルがあるから」

「あ、そっかそっか」

 

講義が終わるとさくらはささっと講堂を出ていった。

 

「ね、サークルって自由民主青年連盟でしょ?」

「え、そうなの?」

 

さくらが出ていった後、女子学生たちは噂話を始めた。

 

「なーんか変なのお。せっかく可愛いのに、サヨクの活動家と連んでるなんてさあ」

「政治的な思想集団ってドン引きよねえ」

「そんなことよりも、どうやって楽に単位を取っていいところに就職するかよねえ」

「ねえねえ、その青年連盟の竹内くんとさくらって一緒に歩いてるの、よく見かけるわよね」

「そうそう、どうなってるのかしら?付き合ってるって感じの距離感よね」

「でも、竹内くんはイズミが大学に来なくなってなんとも思わないのかしら?」

「どうなのかしらねえ。左翼の活動家だし。ねえ、優子、優子がイズミと一番仲が良かったじゃない?何か変わったことあった?」

「うーん、別にないけど。確かに竹内くんはイズミを心配してる感じでもないし、ちょっと変よね」

「左翼の活動家だから、内ゲバでイズミはどこかの山にでも埋められちゃったんじゃない?王族庁はイズミは急病で療養生活に入ったって発表してるけど、ホントはどうだかわからないわよね」

「えー、やだあ。綾子ったら変なこと言わないでよお」

 

多くの女子学生は政治には興味がなく、さくらが所属する自由民主青年連盟から距離を置いていて無責任な噂話に耽っていた。

 

「それにしてもイズミのこと、やっぱりおかしいわよね」

 

女子学生たちは大学に来なくなってしまったイズミの噂話も始めた。

イズミは病気療養を理由に大学を休学した。

王族庁が発表しニュースにもなっていたが、女子学生たちは何かがおかしいと考えていた。

 

「ね、病気療養って嘘くさいと思わない?普通に元気にしてたのに、急に大学に来なくなって急に王族庁から発表があったのもなんかおかしいし」

「そうよね。イズミってさ、王室のこと嫌ってたわよね。山に埋められたんじゃなきゃ、蒸発でもしたんじゃないかなと思うけど」

「あーあり得る。でもさあ、竹内くんは大学に来てるじゃない?イズミが蒸発したら、竹内くんも一緒に消えるはずでしょ。付き合ってるんだし」

「さあねえ。王族って私たちみたいな一般庶民にはわからないことがあるんでしょうね」

 

女子学生たちはイズミを案じてなどなく、王族のスキャンダルに興味本位な関心を持っているだけだった。

 

 

 

「こんにちはー」

 

女子学生たちがそんな噂話を広めているとは知らず、さくらは自由民主青年連盟の部室にやって来た。

 

「お、さくらちゃん来たか。裕太なら四講めに行ったから、待ってるといいよ。はい、これ飲みな」

「ありがとう」

 

自由民主青年連盟の部室にいた学生が、コーヒーを淹れてくれた。

実は自由民主青年連盟の部員だけは、さくらの正体を知っていた。

ラーメン店”大将”の店主、篠原から部員たちに真実が伝えられ決して口外することなく皆でさくらを守るよう団結していた。

自由民主青年連盟が目指すものの一つに、ミカド制の廃止がありミカドの娘でありながらそれを望むさくらはそのシンボル的存在だった。

ミカド制が象徴するものは身分で国民を分けることであり、全ての国民が平等に差別されず生きられる社会を目指す自由民主青年連盟の考えと相反するものだった。

さくらは打倒ミカド制のシンボルであり、さくらも自分がそう扱われることに賛同していた。

 

「あーあ。またこいつらだよ」

「カラハ国防十字隊か。今度は何だ?」

「エーカ帝国の人口減少は男女平等があるからだ、なんて言い出しやがったぜ」

「でもよお、人口が減少してもアンドロイドで補うんだろ?」

「こいつらに、そういうまともな論理は通用しないんだよなあ。奴らが目指しているのは封建主義だ。男尊女卑、富裕層優遇、軍備増強…真っ当な国民を弾避けくらいにしか考えてないんだよ。当然、純血な昔からのエーカ人にしか市民権を与えず、外国籍の人間は排除。結局成立したけど、アンドロイド人権法に最後まで反対してたのもこいつらだよな」

 

自由民主青年連盟の部室では、パソコンの画面に映し出だされているネットニュースを見ながら部員が意見を言い合った。

 

「カラハ国防十字隊は極右政党”国民の輪”の別働隊だからな。ミカドを頂点とする国家主義を目指してるんだ。国民が主権者ではなくミカドを主権者とし、要するに権力者に都合のいい国を作ろうとしてるんだよな。ミカドも利用されてるに過ぎないのさ。なあ、さくらちゃん」

 

「そうね。お父さまは世間知らずだから、政治の世界で生きるような強かな人に簡単に言いくるめられちゃうと思うわ」

「まあ、さくらちゃんの前で言っちゃあ悪いが、ミカドは単なるボンボンでバカ殿だよな。海千山千の国民の輪の党首、岡本の手にかかれば簡単に手なずけられちまうだろうな」

 

ミカドはバカ殿。

さくらは可笑しくて思わず吹き出した。

 

「さくらちゃん、可笑しいかい?」

「もう、最高ね!そうよ、お父さまはバカ殿なの」

 

さくらは堪えきれず笑い出した。

 

「お爺さまは三十年戦争を終わらせた英雄だけど、お父さまはそれを継いだだけ。お爺さまが苦労して築き上げたものを棚からぼたもちみたいに受け継いだだけね」

「そうそう、今のミカド、グルジャーラ17世はその先代のグルジャーラ16世が残したものを食い潰してるだけなんだよな。でもよお、三十年戦争もグルジャーラ16世が引き起こしたことで、グルジャーラ16世はA級戦犯だっていう学説もあるよなあ」

 

ミカドが歴史に残る大戦争三十年戦争を引き起こしたA級戦犯かどうかは、もう何十年も論争になっている事項で、グルジャーラ16世がA級戦犯だとする学説を支持する新聞社が過激派に襲撃される事件も何度も起こっていた。

 

「そのグルジャーラ16世を神格化してるのも、カラハ国防十字隊や国民の輪なんだよなあ。過去の過ちを反省せずに国家主義を煽る。最低な奴らだな。そのうえ、人口減は女の権利を認めてるからで、女の権利を剥奪しようなんて言ってやがる」

「馬鹿げてるのは、それに賛同する人間がいることだよな。俺たちみたいな若い世代にもそういう奴らがいるなんてイカレてるぜ」

 

自由民主青年連盟の部室に来ると、活発な議論を聞けてさくらは何回首を縦に振っても足りないくらいだった。

個人を大切にしない全体主義的な主張は受け入れられない。

さくらはずっと昔からそう考えていた。

王族の身分を離れることに成功し、こうして志を同じくする仲間とも出会えた。

その仲間と国を良くしていくことがさくらの願いだった。

 

部室で自由民主青年連盟のメンバーが王族の話、イズミの父、グルジャーラ17世とその父、グルジャーラ16世の戦争責任の話をしていると裕太が部室に現れた。

 

「おーっす」

「おう、来たか」

 

講義を終えた裕太は売店で買ってきた缶コーヒーを開けた。

 

「イズミ、今日、晩飯、何食う?」

「そうねえ。カレー作ろっか?」

 

さくらになったイズミと裕太は裕太のアパートで同棲生活を続けていた。

さくらは料理の腕を磨き、今の一番の得意料理はカレーだった。

今日はさくらも裕太ももう講義がない。

ゆっくり帰って二人でカレーでも作ろうか。

話がまとまり、缶コーヒーを飲み干すと裕太はさくらを連れて部室を出た。

 

 

「我々はー!エーカ帝国の本来の主権を取り戻しー!」

 

さくらと裕太がキャンパスを歩いていると、カラハ国防十字隊の北條大学支部に所属するメンバーが正門の近くで演説をしていた。

 

「よろしくお願いしまーす」

 

演説だけでなくビラ撒きも行われていて、捨てられたビラが何枚も地面に落ちて正門に向かう学生たちに踏みつけられていた。

そのビラには次の集会の案内が印刷されていて、日時と場所が書かれ通行中の学生たちに働きかけるものになっていた。

 

「さくら、なんかおかしいと思わないか?」

「どんなこと?」

「俺たちは大学構内で演説やビラ撒きが制限されてるのに、カラハ国防十字隊の奴らは大っぴらに活動して勧誘紛いのことも許されてるなんてさ」

「そうよね」

「あいつらに見つかると面倒くせえことになるから、十三条門から出ようぜ」

「そうね、そうしましょう」

 

カラハ国防十字隊と敵対する自由民主青年連盟。

その北條大学支部のリーダーを務める裕太は、カラハ国防十字隊に見つからない方がいい。

正門に向かっていたさくらと裕太は引き返すように別の門に向かった。

 

正門に集まっていたカラハ国防十字隊を避けて別の門を通ってキャンパスを出た後、さくらと裕太は二人で同棲しているアパートに帰ってきた。

 

「さ、カレー作りましょ」

 

さくらは帰宅するとすぐにエプロンを付け台所に立った。

イズミからさくらに生まれ変わり料理を必死に勉強して、いくつかのレパートリーは得意料理といえるほどさくらは腕を上げていた。

もちろん、裕太も手伝ってくれる。

二人で台所に立つ時間は何よりも幸せな時間だった。

 

「明日は宮本先生の講演会ね」

「そうそう、朝から駆り出されるけど少しでも国民に正しいことを知ってもらわないとな」

 

裕太が北條大学支部の代表を務める自由民主青年連盟は、革新系の野党、民主協働党の関連団体で選挙になればボランティアとして手伝うだけでなく、普段から議員の活動をサポートするスタッフとして活動していた。

裕太は明日開かれる民主協働党の議員の講演会の受付スタッフとして働くことになっていた。

 

「裕太、やっぱり、いつかは民主協働党に入党して政治家を目指すの?」

「そうだな。俺はこの国を変えたいんだ。憲民党の金権政治やカラハ国防十字隊の国粋主義がまかり通るような社会じゃダメだと思うんだ。カラハ国防十字隊は極右政党の国民の輪とも繋がってるし、あいつらを放置してちゃ国が間違った方向に行ってしまうだろ」

「確かにそうね」

 

さくらは王族だった時は選挙権がなかったが、偽造とはいえ住民IDを得たことで政治に参加する権利を得ていた。

 

「次に選挙があれば、あたしも投票できるのね。なんだか楽しみだったりして」

「ああ、そう考えるとミカドはただのお飾りだな。別に普通の人間だろ。さくらの親父さんなんだし。それを伝統がどうのって尤もらしいことを言ってミカドを利用して国粋主義を煽る。愚の骨頂だな」

「あたしもそう思う。王族は外の世界を知らないの。大昔の伝統だけにしがみついて、何も変わらない、変えようとしない。惰眠を貪ってるだけなの」

「そうそう、宮本先生も同じようなことを言っているから、明日の講演会も楽しみだな」

 

籠の中の鳥のような王族の生活から離れ、さくらはやっと自分らしさを手に入れたと考えていた。

 

「そうだ。また、あの喫茶店に行きたいわね」

「ん?プリヤのことか?」

「そう。あの空子っていうアンドロイド、もっと話してみたい気がするの。アンドロイド人権法も成立したんだし。アンドロイドの方が変な人間よりマシだと思うのよね」

「そうだよなあ。俺はさ、どうしてコーヒーを飲んだらイズミが別人になったのか。その理由というか、秘密を知りたいな」

 

明日の講演会が終わったらプリヤに行こう。

裕太とさくらはそう決めた。

 

 

皇女イズミ 第四話~動き出した別の人生

本編の前にご案内です。

この小説のページの姉妹版「とまとの呟き」も不定期ですが更新しています。

こちらは私の拙い日記、私の本音です。

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よろしくお願いします。

また、小説は毎週日曜日に新作を公開する週刊の形式を取ります。

tomatoma-tomato77.hateblo.jp

写真はイメージです。

 

イズミは篠原に着いて、裕太と一緒に小さな喫茶店の前まで来た。

 

「イズミちゃん、話してたのはここだよ」

「プリヤ?普通の喫茶店ね」

「そうそう、学生時代に連んでた奴がやってる店でさ」

 

篠原はそう言いながら喫茶店のドアを押して開けた。

 

「いらっしゃいませー!あら、篠原さん、しばらくでしたね」

 

篠原の顔を見ると、ウエイトレスがそう話しかけてきた。

顔見知りなのか?

イズミはウエイトレスの方を見た。

ウエイトレスは16、7歳くらいでメイド服を着ていてかなりの美少女だった。

 

「おお、篠原。どうした?ご無沙汰だったな」

「ああ、貧乏暇なしってやつさ。イズミちゃん、裕太、まあ座んなよ」

 

篠原に促され、イズミと裕太はボックス席に座った。

ボックス席はふわふわの赤いベルベットのような生地で、店内の雰囲気はとにかくレトロだった。

雰囲気は悪くない。

イズミは真っ先にそう感じた。

 

「ご注文を伺います」

 

美少女ウエイトレスがメモ用紙とボールペンを持って席まで来てくれた。

よく見るとトップアイドルの佐伯まゆに雰囲気が似ている。

じっと凝視するのも失礼かと思いながら、イズミは美少女ウエイトレスの方をちらちら見ていた。

 

「うーんと、コーヒーをくれよ。あ、こっちの女の子にはプリヤスペシャルで」

「篠原さんとこちらの男性の方は、オリジナルブレンドでよろしいですね?」

「ああ、そうしてくれ」

「かしこまりました」

 

美少女ウエイトレスは笑顔で注文を受けてくれた。

コーヒーができあがるまで、篠原は喫茶店プリヤの店主との縁を説明してくれた。

 

「ここのマスターとは北條大学時代からの付き合いでさ。マスターは桜木っていうんだが、桜木は卒業後はフィロス電機の技術者に、俺はデーヴァ重工の開発部に、就職先は分かれたけど連絡を取り合ったり、たまには飲みに行く仲だったんだ。ただ、お互いに仕事が忙しくなって学生の時のように行き来はできなくなったけどね」

「学生時代からのお友達なんですね」

「そうそう、俺も桜木もいろいろあったけど、今は収まるところに収まったってところだな。ところで、イズミちゃん。空子がそんなに気になるかい?」

 

イズミは美少女ウエイトレスに気づかれないようにちらちら見ていたが、篠原はそれに気づいていた。

 

「あ、ええ。すごく可愛いなと思って。それに、どこかで見たことがあるような気もします」

「そりゃそうだな。空子はフィロス電機が開発して、大々的に売り出したアンドロイドだ」

「あ!そうそう!それそれ!」

 

イズミは思い出した。

超一流企業、フィロス電機が開発した高性能のアンドロイド・空子だ。

議会でも空子の人権が議論され、人間と同じ権利を認めるアンドロイド人権法も成立した。

アンドロイドが市民になる時代がきたのだ。

 

「じゃあ、空子はこのお店を手伝うためにいるんですね?」

「ああ、まあ、そういうことだな。いろいろあったみたいだが。なあ、桜木、それでいいよな!」

 

篠原がカウンターの向こうにいるマスターに声をかけると、マスターは黙って頷いた。

 

「大将、このコーヒー、すっごく美味しい!」

 

皆でとりとめのない会話をしていると、注文したコーヒーが運ばれてきた。

イズミだけが店のオススメらしいプリヤスペシャブレンドに口をつけたが、あまりの美味しさにイズミは声をあげた。

 

「気に入ったかい?プリヤのスペシャブレンドコーヒーは、他の店には絶対に真似できないものなんだ」

「なんだか素敵ね」

「まあ、そのうちに、いろいろわかるさ」

 

レトロな雰囲気のプリヤの店内はとにかく静かだった。

 

 

「じゃあ、気をつけて帰れよ」

「大将、今日はごちそうさまでした」

 

イズミが礼を言うと、篠原は付け加えるようにこう言った。

 

「そうだ。プリヤスペシャブレンドのことなんだが、後でびっくりするようなことが起きるぞ。その時は真っ先に俺に連絡してくれ」

「びっくりするようなことって?」

「すぐにわかるよ。じゃあな」

 

篠原はイズミと裕太と別れ、駅の方に向かって歩いて行った。

 

篠原と別れたイズミと裕太は寄り道することなく、まっすぐアパートに帰ってきた。

古くて狭いオンボロアパートだが、裕太といられるならそれ以上の幸せはない。

二人は毎晩、狭い部屋の中で布団を並べて休んでいた。

その次の日の朝もいつも通りにイズミは目覚めた。

独立した洗面所はなく、台所で洗面器を使い毎朝顔を洗っていたが、ふと鏡を覗き込んだイズミは二度見どころか三度見、四度見して声をあげた。

 

「ええ?!え、え、ええー!!」

 

なんと鏡の中には全くの別人が映っているではないか。

 

「裕太!裕太、起きて!!」

「うーん、何だ?今日は三講めからだから、もう少し寝かせてくれよ」

「裕太ってば!あたしを見て!!」

「んー…あれ?え、え、えええー!!」

 

イズミを見た裕太も驚いて声をあげた。

なんと、イズミが別人になっているではないか。

 

「ええ!!どうなってんだ?!」

「ね、どうなっちゃってるのかしら?」

「うーん、昨日、大将が言ってたよな”びっくりするようなことが起こる”って」

「それが、こういうこと?」

「とにかく、ラーメン大将に行ってみるか。開店前の仕込みをやってるだろうからさ」

「そうね、何がどうなちゃってるのか、教えてもらわないと」

 

裕太は大急ぎで自転車の後ろにイズミを乗せて篠原のところに向かった。

 

「大将ー!!」

「んー?何だ?」

 

開店前だったが、仕込みをしているであろう厨房側にある裏口から裕太が声をかけると中から返事が返ってきた。

 

「大将、見てくれよ!イズミ、こんなことになっちまった!」

「おお、思った通りだな」

「思った通りって?」

 

篠原は意外に冷静だった。

 

「イズミちゃんだけにプリヤスペシャブレンドを飲ませた理由がこれさ。俺さ、顔を変えたらどうかって言ったろ。その通りになったじゃないか」

 

篠原は説明を始めた。

 

「プリヤスペシャブレンドにはな、不思議な力があるんだ。一口飲めば見た目はもちろん、運命も変わる。新しい自分に生まれ変わるんだな。それが、イズミちゃんの望みなんだろ。顔を変えればどこに行こうが探されても見つかることはない。イズミちゃん、これで自由の身だな」

「ええ…そうだったのね。なんだか不思議過ぎて、信じてもいいのかしら?」

「もちろんだよ。それと、これ、用意しといたよ」

 

篠原は厨房の隅に置かれている小さな鞄を目の前で開けてくれた。

 

「これは何?」

「住民IDカードとこれからの手続きに必要なもの一式だよ。イズミちゃんは今まで王族だったから住民IDがないだろ。これからは一般市民として生活するから、必ず必要になる。これが揃えば、誰にもバレることなく一般市民になれるよ。但し、この住民IDは偽造だけどね」

「偽造って、大丈夫なの?」

「ああ。こっち系の専門業者がいて、過去を捨てたい人間や、外国に行って人生をやり直したい人間、その他にも訳ありの人間が挙って利用してるんだ」

「へえ、そんなものかしら」

「ああ、そんなものだよ。安心して大丈夫だよ」

 

イズミはそう言われて住民IDカードを手に取った。

カードには”青山さくら”という名前が書かれていた。

 

「顔写真はまだ付けてないから、今、撮るか」

 

篠原はスマホをイズミに向けた。

 

「ほら、いい顔してくれよ。はい、チーズ」

 

写真を撮り終わると、篠原は住民IDカードが入っていた鞄から何かを取り出した。

 

「で、この端末に写真を読み込ませれば住民IDカードに写真が登録されるんだ」

 

篠原が慣れた手つきで操作すると、住民IDカードの空欄だった写真の欄に今のイズミの顔が浮き上がった。

 

「まあ、住民IDってこうやって作るのね」

「ああ。まあ、これは裏社会のやり方だけどな」

「え、そうなの?」

「住民IDを偽造して違う人間になりすますのはよくあることさ。昔なじみの奴がそれで商売してて、そこからこのカードメーカーを借りてきたんだ」

「なんだかよくわからないけど、上手くいったのね」

「ああ、そうだよ。これでイズミちゃんは青山さくらだ。あ、北條大学の学生証も作っておかなきゃな。ここに行けば作ってもらえるから行ってきな」

 

篠原はスマホの画面に出ている地図と施設名を見せてくれた。

 

「ニコニコハウス?偽造の書類を作ってるようには見えないけど」

「そうそう、摘発されたりしないようにさ。表向きはおもちゃ屋ってことになってるけど、店主に合い言葉”赤い鳥は空を飛べない”と言えば受けてもらえるから大丈夫さ」

 

コーヒーを飲んだことで顔が変わった。

今まで持っていなかった住民IDをもらえたが、それは偽造されたもの。

大学にも通えるよう、やはり偽造の学生証ももらえる。

イズミは狐につままれたような気分だったが、王族の身分を捨て一般の国民になれるならそれで良かった。

 

 

「裕太、大将が言ってたお店ってここよね?」

 

イズミと裕太は篠原に教えてもらった”おもちゃ屋”にやって来た。

 

「うん、そうだな。ニコニコハウスって書いてあるし」

 

店の看板には篠原が言っていた通り”ニコニコハウス”と書かれていた。

 

「普通に入っていってもいいのよね?…すみませーん!」

 

イズミは店の中に向かって声をかけた。

 

「あいよー!誰だーい?」

「赤い鳥は空を飛べない!」

 

イズミは篠原に教えてもらった通りの合い言葉を返した。

すると、すぐに店の奥から年配の男が出てきた。

 

「おお、あんたがイズミちゃんかい?そっちは、裕太だな」

 

篠原が言っていた通り、合い言葉を言うと店主の男は愛想よく接してくれた。

 

「んーと。北條大学の文学部、哲学科の学生証。青山さくらの名前で、だよね?」

「はい、そうです」

「それなら、もうできてるよ」

 

店主の男は店の奥に入って行ったが、すぐに戻ってきた。

 

「これだね。よく見てみてくれ」

「わあ、本物と変わらないですね」

 

青山さくら名義の学生証を渡されたイズミは、手に取って感心した。

 

「あとね、青山さくらは北條大学に編入試験を受けて合格した設定になってるから、普通に大学に通って大丈夫だよ」

「え!そうなんですか?それって、どうやって設定したんですか?」

「へへへ。それは内緒さ。それがわかっちゃったら、俺の商売上がったりだからさ、そこは勘弁してくれよ」

「わかりました。不思議だけど、これであたしは別人として生きていけるんですね。ありがとうございました」

「ああ、元気でやんな。篠原にもよろしくな」

 

イズミと裕太はおもちゃ屋、ニコニコハウスを出て家路についた。

歩道が混雑していて二人は自転車を押しながら並んで歩いたが、イズミに向けられる視線が普通ではないのに気づいた。

擦れ違う人間のほとんどがイズミをじっと見つめ、中には振り返る者、二度見する者もいた。

 

「裕太、どうして、みんなジロジロ見るのかしら」

「ああ、たぶん、すげえ美人だからじゃねえかな」

「やっぱり、そう?」

「うん、もう、作り物みたいな綺麗さだからな。俺は悪い気はしないよ。こんな美人が俺の彼女だなんてさ。元のイズミも可愛かったけど、今はもっと綺麗になって嬉しいよ」

「裕太ったらあ、嬉しいこと言ってくれるじゃない」

「俺は、どんなイズミでも守っていくよ。いつか、必ず結婚しよう」

 

新しく生まれ変わったイズミだったが、裕太は変わることなく愛してくれていた。