スーパースターはごきげんななめ 第四話~真っ赤なスポーツカー

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写真はイメージです。

 

彩音は桐生と名乗るフリーライターとの約束通り、指定された場所に時間通りにやってきた。

桐生と彩音は緑川町駅の北口、トップアイドル・佐伯まゆの新しいCDの巨大広告の前で落ち合うことになっていた。

しかし、約束の時間になっても桐生は現れない。

いたずらか、からかいだったのか。

30分ちかく待って彩音は帰ろうとしたが、全力で走って向かってくる男が見えた。

 

彩音ちゃん!待って待って!」

 

送られてきた写真よりはもう少し若く見えたが、駆け寄ってきたのは確かにペガサスと名乗っていた桐生だった。

 

「ごめんごめん!原稿の打ち合わせが長引いちゃってさ」

 

桐生は肩で息をしながら名刺を取り出し渡してくれた。

フリーライター・桐生誠”。

名刺にはそう書いてあった。

 

「俺、怪しい者じゃないから」

「ええ、はい。それはわかります」

 

桐生がどんな記事を書いているのかはわからなかったが、悪人ではないらしい。

彩音はそんな印象を受けた。

 

彩音ちゃん、俺の行きつけの喫茶店があるんだ。そこで落ち着いて話そうか?」

「ええ、わかりました」

 

茶店なら危ないことはない。

彩音は桐生について行くことにした。

 

「ここ。古くてあんまり流行ってないけど、落ち着くんだよねえ」

 

彩音が桐生に連れてこられたのは、プリヤという喫茶店だった。

桐生の後に着いて中に入ってみると、店内には1960年代から70年代のようなレトロな雰囲気が漂っていた。

まるで何かの物語に出てくるようなレトロな店内。

店内にはメイド服を着た若いウエイトレスとバーテンダーのような中年の男がいた。

彩音が生まれる前からあるようなレトロな雰囲気も悪くない。

彩音は桐生と向き合って、赤いビロード風のふかふかの椅子に座った。

 

「桐生さん、しばらくですね。お忙しかったんでしょう?」

「空子、相変わらずきれいだな。いやあ、貧乏暇なしさ。でもさ、次はでかい記事が書けそうなんだ」

「そうなんですね。読むのが楽しみです」

「頑張っからな。ブレンドコーヒー、2つくれよ」

「かしこまりました」

 

空子と呼ばれたウエイトレスは注文を取ると、カウンターの向こうにいる中年の男にそれを伝えていた。

ウエイトレスを名前で呼ぶほど、桐生はこの店に通い常連のようになっているのか。

プリヤの雰囲気は悪くない。

彩音は桐生に少し興味が湧いた。

 

「さてと、彩音ちゃんの話。三澤俊介のファンクラブの話。今日はたっぷり聞かせてもらうよ。その前に、これ、見てもらえるかな」

 

桐生は持っていたリュックサックから何枚か写真を出して広げた。

 

「これって…三澤さんが写ってますけど…」

 

彩音は三澤が何人かの中高年の男たちと写っている写真を手に取った。

 

「うん。緑川町にあるオモルフィっていう高級クラブから奴らが出てきたところを撮ったんだ。三澤俊介と一緒にいるのは、フィロス電機の会長、安曇。宗教法人のまごころの朋の代表で教祖の河原。そして、竜嶺会の組長の田口だ。三澤は胡散臭い連中と付き合いがあるってことさ。特に河原は曲者だ。いろんな団体を隠れ蓑にしてまごころの朋の会員、信者を獲得しようとしているんだからな」

「ってことは、ブルーエイジもそうってことかしら?」

「ビンゴ!!」

「ええ?!ブルーエイジはそんなことに利用されてるんですか?」

「そう。まごころの朋はいろんな団体に取りついて信者を増やし、政治にも影響力を持たせて自分たちに都合のいい社会を作ろうとしてるんだ」

 

桐生は河原が宗教団体まごころの朋のトップで芸能界にも顔が利くだけでなく、政治家ともズブズブの仲なのだと彩音に教えてくれた。

 

「そんな怪しい人と繋がりがあるだなんて…」

「それだけじゃない。三澤はもうまごころの朋に取り込まれてしまっているんだ。というか、三澤はまごころの朋を利用してやるくらいのことは考えてるだろうな」

「そんなあ、ショックです…でも、確かにみんな、何かに憑りつかれたみたいで熱量がすご過ぎて。特にブルーエイジの代表者が熱心過ぎて恐いくらいなんです」

「それは、もう三澤の女か何かになっちゃってるんじゃないか?」

「え!そうなんですか?」

「いや、冗談だよ。でも、今までも三澤と付き合いがあった女性たちはいつの間にか消えていたりな。怪しいなあ。三澤は今は佐伯まゆと付き合ってるだろ。佐伯まゆも謎だらけだ。児童養護施設の出身で所属事務所の社長が親代わりだと言っているが、取材すればするほど辻褄が合わないことが出てくるんだよ。そのまゆと付き合う三澤もどうなんだろうな。とにかく、彩音ちゃんの仲間はまごころの朋に上手く利用されてるんだよ」

「ええ、そんな…」

 

彩音は驚いたものの、異様に熱量が高いブルーエイジの活動は宗教のようだと感じていて納得した。

 

「まごころの朋は、ずいぶん前から三澤俊介に目を付けていたんだ。若い女性ファンがかなりの人数いるからな。しかも、三澤は神のように盲信され大きな影響力がある。この熱量をそのまま利用して、自分たちの組織に取り込めば多くの信者を獲得できるってことさ」

「それは、信者を増やしてお布施を多く取ろうということですか?」

「もちろん。しかし、それだけじゃない。まごころの朋は民順党の支持団体だ。そうやって選挙で獲得する票数を増やし、政治への影響力を増して自分たちの天下を取ろうということだろうな」

「そうだったんですか…」

 

彩音は三澤が宗教団体と繋がりがあると聞かされて驚いたが、その影響力を利用されているとなれば合点がいく話だった。

 

彩音ちゃんの投稿を攻撃してきたのは、ブルーエイジのメンバーだけじゃなく、まごころの朋のメンバーも含まれているだろうな。三澤俊介には神でいてもらわなければ都合が悪い奴らが躍起なんだよ。まごころの朋はネットで世論誘導をするための工作員を雇っている。SNSなんかでバイトを集めてそいつらに同じような投稿をさせてるんだ」

「じゃあ、ブルーエイジのメンバーはまごころの朋に入信させられてしまうんですか?」

「そうだね。もうそうなってると思うけどね」

「ええ?そうなんですか?!」

「それはまごころの朋の常套手段だからね。そのブルーエイジのメンバーも徐々に洗脳されていくんじゃないかな。三澤俊介は神、そんな風にシンボルを盲信する感情は利用されやすい。この先はまごころの朋の号令に従い、扇動され、とんでもないことに加担させられるんだろうな」

「それは大変!止めさせないと!」

 

三澤のことで異を唱えたばかりに、いじめのような仕打ちを受けても彩音は仲間が大切だった。

 

「いやあ、それは、もう駄目だろうなあ。彩音ちゃんの友達を思う気持ちはわかるけどさ」

 

桐生は軽く首を横に振った。

 

「まごころの朋は恐ろしいカルト集団だ。一度捉まえた人間は絶対に放さない。三澤も厄介な奴らに目をつけられたもんだ」

「そんな、三澤さんも酷い目に遭わされるなんて」

「それは三澤次第だな。まごころの朋に協力するか、しないか。どちらの態度を取るかで運命は決まる。俺は、三澤はうまくやると思うよ。本当は世渡り上手な抜け目のない男だって聞いてるからさ」

 

桐生は業界での三澤の評判を話し始めた。

 

彩音ちゃん、彩音ちゃんや他の仲間は三澤俊介は神だと思ってるだろ。善良な人格者で清廉潔白だと思ってるだろ」

「そうです。俊介さまは素晴らしい方です」

「俊介さま…って…」

 

桐生は失笑を漏らした。

 

「ごめんごめん。でもさ、そういうところがおかしいんだよ。ミュージシャンの追っかけがおかしいんじゃないよ。過剰な神格化がおかしいんだ。よく考えてごらん。三澤は普通に人間だよ。それを一点の曇りもない正しいだけの存在だと崇めるのがおかしいんだよ。知らないのかい?世間では三澤俊介の追っかけは宗教みたいで恐いと変な意味で評判なんだよ。あ、だから、まごころの朋に目をつけられたってことか」

「じゃあ、どうしろって言うんですか?」

「冷静になって考えようってことさ。友達がまごころの朋に利用されてもいいのかい?さんざん利用されて、最後は外国に売り飛ばされて行方知れずになってもいいのかい?」

「え?どういうことですか?」

「まごころの朋は民順党の支持団体だ。最初は選挙の時の投票要員として、或いは世論誘導のためのSNS工作員として使われる。しかし、その後は政治家のオッサンどもの性接待要員にされたり、強制労働とかな。強制労働はフィロス電機の工場に行けばわかるよ。無給でアンドロイドの本体の組み立てとかを延々とさせられるんだ。普通はこの辺りで精神に変調を来したり、何かがおかしいと気づく。そうなると外国の人身売買組織との取引に使われるんだ。遠い遠い知らない国に売り飛ばされて、売春させられたり、臓器売買に巻き込まれて臓器を取られたりな。そうなると、後は死あるのみだよな。しかし、死んだところで弔われるわけでもなく、国に帰れるわけでもない。知らない国でひっそりと掘られた穴にでも埋められてそのまま放置さ」

 

俄かには信じがたい話に彩音は黙ってしまった。

 

「でも、俊介さま…三澤さんはそんなことしませんよね?」

「ああ、そうだよ。そうだけど、若い女性のファンが多いから利用されてるんだ。正確に言えばそれだけじゃない。それなりの報酬も受け取ってるし、利用されてるだけじゃないな。この写真に一緒に写ってる連中とグルだ。それは言える」

「そんな…」

「すぐに信じられなくてもいいよ。でも、彩音ちゃんも仲間たちの行動はおかしいとは思ってるんだよね?」

「ええ、まあ。そうですけど」

「俺は今話したことを世間に公表しようと思ってるんだ。話は単に有名ミュージシャンのファンクラブのおかしな行動だけじゃない。その裏に隠れたとんでもないこと、宗教団体や政治家、大企業がやってるヤバいことをみんなに知ってもらいたいんだ」

「告発するってことですか?」

「そういうことだね。彩音ちゃんにも三澤のことや友達の変な話で知ってることを教えて欲しいな」

「でも…」

 

自分に何をしろと言うのか?

桐生は三澤のことを悪く言っているだけではないか。

もし桐生の言う通りだったとしても、巨悪に立ち向かって自分に何ができるというのか。

彩音は気が乗らなかった。

 

「ごめんなさい。私、協力できません」

 

彩音は申し訳ないと頭を下げて立ち上がった。

 

「帰ります。せっかくですけど、桐生さんのお話にはついていけません。これ、コーヒー代です」

 

彩音は千円札を一枚テーブルの上に置くとプリヤを出ていった。

 

プリヤを出た彩音が信号が変わって横断歩道を渡っていると、信号待ちをするひときわ派手な真っ赤なスポーツカーが目についた。

見るつもりはなくても、つい見てしまいそうになるくらい派手な高級スポーツカー。

彩音が見るともなく見ると、なんと、助手席に美琴が座っているではないか。

スポーツカーの窓にはスモークが貼られていて、光の加減で助手席はうっすら見えても運転席に誰が乗っているのかは見えなかった。

彩音は運転席にいるのが誰なのか確かめたかったが、横断歩道で後ろから次から次へと人が来る。

立ち止まることもできずにいるうちに信号が変わり、スポーツカーは大きなエンジン音をたてて走り去って行った。

あんな派手な高級スポーツカーの持ち主になれるのは、どんな人間なのだろう。

彩音はさっきの桐生の言葉を思い出していた。

 

 

「ただいまー」

 

三澤は美琴を自宅に送り届けると、まゆと同棲する部屋に帰ってきた。

 

「おかえりなさい。お風呂沸いてるわよ」

「おお、まゆは本当に気が利くな」

 

三澤は背負っていたギターケースをソファの上に置いて上着を脱いだ。

 

「そうだわ、俊介さん。こんなことが起こってるけど」

 

まゆは自分のスマホの画面を三澤に見せた。

 

「へ?またかよ」

 

まゆのスマホの画面にはネットニュースの三澤の噂話の話題が載っていた。

 

「女子大生風の若い女とドライブする俺ねえ。事実無根だな。こういう連中は面白おかしく書きたいだけなんだよな」

「あら、そうかしら?俊介さん、前から聞こうと思ってたんだけど枕についていた長い髪の毛は何?」

「え?ああ、そんなもの、あったっけ?」

「ごまかさないで。あれは俊介さんの髪じゃないでしょ」

「いやあ、さすがまゆ。お見通しか。仕事だよ、仕事」

 

三澤は苦し紛れの言い訳をした。

 

「仕事で枕に長い髪の毛がつくのかしら?」

「だからさ…」

 

髪の毛の主は自分のファンクラブの代表者で、ファンクラブごと手なずけるために先ずは代表者から誘惑しその気にさせた。

全ては手を組んでいるまごころの朋からの指示。

三澤はそんな言い訳をした。

 

「俺は嫌だったんだよ。でも、まごころの朋の教祖から直々の命令でさ」

「なんだか嘘くさいわね」

「ほら、よくあるじゃないか。枕営業みたいなもんだよ」

枕営業?…いいわ。今回は許してあげる。ただし、次はないわよ」

「頼むよ、まゆ。信じてくれよ」

「次からは気をつけてね」

「も、もちろんだよ!あ、風呂、入ってくるわ」

 

三澤は顔を引き攣らせながらリビングを出て行った。