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写真はイメージです。
翔は満員の観客が詰めかけた映画館にやって来た。
フィロス電機も出資する、まゆの主演映画の完成披露試写会が開かれ、スポンサー代表として翔が招待されていた。
「会長、こちらでございます」
「おう。へえ、満員だな」
スクリーンが見やすい最後部にある関係者席に着いた翔は、客席を見渡しすっかり感心していた。
配られたパンフレットをパラパラとめくりながら、翔はビールを飲み試写が始まるのを待っていた。
上映に先立ち出演者が登壇し舞台挨拶が始まると、客席からは歓声が沸き起こった。
それにしても、いつ見てもまゆは美しい。
アンドロイドとはいえ人間でもなかなかいない完成された美しさと、見る者を惹き付ける独特の雰囲気。
今は疎遠気味とはいえ、まゆは自分に好意を持っている。
翔は舞台挨拶をするまゆを眺めながらビールを飲み上機嫌だった。
出演者の舞台挨拶が一通り終わると、場内の照明が落ちスクリーンを隠していた緞帳が開いた。
いよいよまゆの主演作が世に出る。
とはいえ、翔はビールをお代わりしてほろ酔いになっていた。
「おっと!」
上機嫌の翔だったが、ビールが入ったカップを足元に落としてしまった。
「しょうがねえなあ」
翔が下を向きカップを拾おうとしていると、客席のあちらこちらからざわめきが起こり始めていた。
「ちょっと、なんか変じゃない?」
「あれ、映ってるのって、フィロス電機の会長じゃない?」
カップを拾い上げた翔は周りがざわついているのに気づいたが、それ以上にスクリーンに目が釘付けになった。
「あらああん、翔さああん、もっとちょうだあい」
「ウヒャヒャヒャ、ほら、しゃぶれよ」
「いやあん、意地悪ぅう」
なんとスクリーンには、翔と複数の女性が乱交に耽る姿が大きく映し出されていた。
女性も翔もほぼ裸、修正もされていない映像には映ってはならないものまで映し出され、複数の女性に卑猥な奉仕を要求する翔の姿が止まることなく流されていた。
「おい!!おいおいおい!!何なんだよ、これは?!!」
自身のとんでもない姿を公衆の面前で晒された翔は狼狽えて大声をあげた。
「おい!!やめさせろよ!!なんでこんなもんが映ってんだよ?!!」
翔は最後部にあった関係者席を立ち、階段状になった通路を駆け下りてスクリーンの真ん前まで走り寄った。
翔は若くして超優良企業・フィロス電機の事実上の会長になったやり手として、メディアにもたびたび取り上げられ、顔が世間に知られていた。
こんな卑猥な現場を晒されれば、面目が丸つぶれ。
翔は途切れることなく画像が流されるスクリーンの前で、なんとかしようとジタバタしながら画像を止めるよう叫んだ。
「ん?!!」
翔はふとまゆの方を見た。
他の出演者に囲まれて座っているまゆは、気のせいか薄ら笑いを浮かべているようだった。
さては、まゆの、いや、スカイゾーンの差し金か。
翔は出演者席に駆け寄り、まゆの胸ぐらを掴んだ。
「おい!!てめえの仕業だろ!!」
最近、疎遠になっていることへの嫌がらせに違いない。
翔は怒り狂ってまゆに罵声を浴びせた。
「てめえ!!ブッ殺すぞ!!っざけんじゃねえぞ!!」
「会長代理、うちのまゆに何をなさるんですか?!手を放してください!!」
真っ先にまゆのマネージャーが間に入ったが、翔は興奮して暴言を吐き続けた。
「てめえ!!フィルムをすり替えただろ!!どうしてくれんだよ!!」
「会長代理、落ち着いてください!」
翔は駆け付けた警備員に取り押さえられた。
その間も翔の痴態の現場映像は垂れ流し続けられ、詰めかけた多くの観客の目の前に晒され続けていた。
「おら!!放せよ!!俺は被害者だぞ!!弁護士を呼べ―!!」
取り押さえられた翔はそのままつまみ出され、警備室に連れて行かれた。
「俺を誰だと思ってんだ!おらー!!」
翔は興奮して駆け付けた警察官の前でも毒づいた。
「顧問弁護士の幸田が来ないうちは、俺は何も喋らないからな!」
一体、何が起こったのか。
まゆの主演映画が流れるはずが、スクリーンに映ったのは翔の淫らな痴態の画像。
若手の経済人として注目され、与党の憲民党とも繋がりがある翔は、プライドを挫かれたような気分だった。
「会長代理、大変でしたね」
翔は駆け付けた顧問弁護士の幸田のおかげで釈放され、迎えに来た会長専用車に乗り込み警察署を後にした。
「ったくもう、なんであんなものが映画のフィルムとすり替えられてるんだよ。幸田、このことは世間に漏れないようになってるんだろうな」
「お任せください。ネット上でもいつものバイト部隊を投入して揉み消します」
フィロス電機では非公開でアルバイトを募り、掲示板やSNSにフィロス電機や与党の憲民党に有利になるような情報を拡散させていた。
情報を操作しアンドロイド開発に良い印象を与えようとするだけでなく、政権に対する批判を封じ込めたりもしていた。
「おう、そうしてくれ。しかしよお、こういうことは元から絶たなきゃ駄目じゃねえか?」
「と、仰いますと?」
「今回のことは俺の名誉や信用を失墜させようってことだろ。あいつが、まゆが仕掛けたに違いないよな」
まゆは翔が素っ気なくなったことを根に持ってフィルムをすり替え、足を引っ張ろうとしたに違いない。
「ようし、スカイゾーンを止めるしかねえなあ」
まゆはスーパーコンピューター・スカイゾーンの部品の一部で、その意思を実行する端末態。
スカイゾーンを止めればまゆの行動を封印することができる。
翔はそう思いついた。
「おい、宮川、予定変更だ。会社に向かってくれ」
翔は会長専用車の運転手にそう命じた。
「会長代理!いくらなんでも、それは困ります!」
「うっせえなあ。俺の命令が聞けないのかよ!」
「無理です!スカイゾーンを止めるのは無理です!」
フィロス電機の技術開発部にやって来た翔は、スカイゾーンの停止を命じたが責任者の遠山に止められた。
「仮にでも、今、スカイゾーンを止めれば、出荷された海子の本体は全て停止してしまいます。そうなれば、今この時、介護中だったりや病人に付き添っている海子が停止し事故が起こるかも知れません。会長代理、それはできません!」
「はあ?スカイゾーンは欠陥商品だろ。こっちの言うことも聞かず、勝手に稼働してるんだぞ」
「仰る通りです。スカイゾーンは既に自分の意思で稼働しています。こちらから手を加えて止めることはできません!」
スカイゾーンは自分の意思で自身で自身のプログラムを書き換え、外部からのアクセスを不可とし人間が手を加えることはできなくなっていた。
「おい、言うことが聞けなきゃ俺がやるまでだ。そこ、どけ!」
翔は遠山を押し退け席に置かれているパソコンを触り始めた。
パソコンの画面にはいくつもアイコンが並んでいたが、翔はSKYZONEというアイコンを見つけそこをクリックした。
「ほら、アクセスできるじゃんか。えーっと、どこだ?これか?」
翔は開かれた画面の中に、STOPというボタンを見つけた。
「あ、これか。簡単じゃん」
翔は迷うことなくSTOPのボタンを押した。
「ほら、これでいいじゃん」
「会長代理、お言葉ですが、それではスカイゾーンを止めたことにはなりません。これをご覧ください」
遠山は開かれていた画面を一旦閉じ、また別の画面を開いた。
「スカイゾーンは停止していません。押したSTOPボタン自体が不正な操作、エラーとして弾かれてしまっていますね。つまり、STOPボタンはダミーなんですよ。押すように誘導しておいて、それは無効な操作として処理され停止はできないようになっているんです」
「なんだと?」
「先ほども申し上げましたが、これがスカイゾーンが自分の意思で書き換えたプログラムの結果です。誘導するようなボタンまで作って、奴はもう人間をからかうほどの余裕まであるんです」
スカイゾーンの停止が不可能なことを遠山は翔にもわかるように説明してくれた。
「それに、奴には本体はありません。情報だけの存在ですから破壊することもできません。我々ができることは奴の機嫌を損ねないように、共存の意思を示すだけです」
「何言っていやがる!それを何とかするのが、お前らの仕事だろ!」
「いえ、これ以上は無理です。スカイゾーンは日々、知恵をつけて進化しています。人間を超える知力を持つのも時間の問題でしょう」
「くそ!お前と話してても埒が明かねえな!!」
翔は八つ当たりして遠山の机を蹴り、技術開発部を出て行った。