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写真はイメージです。
「やっぱり良かったわねえ。俊介さまのライブはサイコー!!」
「そうよねえ」
その日のライブが終わり詰めかけたファンは口々に満足感を呟きながらホールから退場していた。
「ファンクラブも新しくなるし、俊介さまは永遠に不滅ね」
「事務所直轄でしょ。切り替え手続きとそのぶんの追加の会費は払わなきゃならないけど、俊介さまのためなら何のそのよねえ」
「MCでも俊介さまが言ってたけど、新しいファンクラブではただのミュージシャンの活動の枠を超えて社会に貢献することも目標にするって、ステキよねえ」
「そうよねえ。さすが俊介さまだわ!」
美琴と早智子もそんなファンの声を聞きながらホールから退場した。
「じゃあ、美琴は楽屋に呼ばれてるのよね。あたし、先に帰るね」
早智子は先に帰って行ったが、新しいファンクラブのことで伝えたいことがあると電話をした時に事務所のスタッフに言われていた美琴は、言われた通りにホールの誘導スタッフに申し出て案内された。
「お疲れさまでーす。相田ですが」
「おお、相田さんか。今日もありがとうね」
美琴が楽屋を訪ねると三澤のマネージャーが真っ先に声をかけてくれた。
三澤は楽屋の奥の方で中年の男と言葉を交わしていた。
「俊介!相田さんが来てくれたぞ!」
「あ、はい!」
美琴は公式ファンクラブの創設者兼代表として、何度か三澤に会ったことはあったが何度会っても緊張してうまく話せなかった。
「相田さん、ライブのMCでも言ったけど事務所でオフィシャルなファンクラブを立ち上げたんだ。これからも相田さんにまとめていってもらいたいな」
「ええ、は、はい」
三澤に直接声をかけてもらえるのは自分だけ。
そうは思っていても、何度こうしてもらっても美琴は緊張で声が震えていた。
「そうだ。良かったら打ち上げも来ないか?」
「え!これから、打ち上げにですか!」
「うん、これから新しいファンクラブのことでお世話になるんだし。いいですよね?福本さん?」
三澤は傍らで二人の会話を聞いていたマネージャーに念を押した。
「もちろんだよ。今後のことでもまだ話したいことがあるし」
公式ファンクラブ代表として三澤やスタッフと何度も話したことがある美琴だったが、ライブの打ち上げに呼ばれたのは初めてだった。
「ええ、いいんですか?」
「もちろん、ぜひ来て欲しいね」
「わああ…」
美琴は嬉しくて嬉しくて舞い上がりそうだった。
「カンパーイ!!」
美琴は本当に三澤のライブの打ち上げに来てしまっていた。
しかも座る席は三澤の隣。
これがオフィシャルファンクラブの代表を任せてもらう者の特権なのか。
少し落ち着いてきた美琴は優越感のようなものを感じ始めていた。
「美琴ちゃん、こちらはお世話になっている田口さん」
「あ、相田です。よろしくお願いします」
美琴は三澤に紹介された田口が反社会的勢力の組長だとは知らずに挨拶した。
「美琴ちゃんかあ。かわいいね」
「ありがとうございます」
表明上だけ見れば紳士的な田口を美琴は全く警戒していなかった。
「僕はね、三澤くんがグレースで活動していた頃からの付き合いなんだ。その頃から、必ず大物になると思っていたんだよ」
「そうですよね。俊介さまが作る曲は素敵なものばかりですもの。あたしも何度も何度も勇気をもらって」
「うん、ファンにとっては三澤俊介は神さま同然だからね」
「そうです!!」
口のうまい田口は美琴の心をくすぐるような言葉を連発した。
「ちょっとごめんなさい。あたし、お手洗いに行ってきます」
「ああ、そこを出て右に曲がった突き当りだよ」
マネージャ―の福本が丁寧に教えてくれると、美琴は打ち上げが行われている個室を出て行った。
「へえ、素直でいい娘じゃないか。なあ、福本くん」
「でしょ。田口さんが竜嶺会の組長だなんて想像もしてないでしょうね」
「ワッハッハッハッ!あの娘なら簡単に言うことを聞くだろうな。ブルーエイジとやらを使って、またひと儲けさせてもらうよ」
「そうですね。儲けは我々が山分けということで」
「ワッハッハッハッ!そういうことだ!ついでに、まごころの朋とも話をまとめておくとするか」
「ですよねー」
美琴がいないのをいいことに、そこにいた全員が高笑いした。
「さあ、そろそろ打ち上げもお開きだな。会計、済ませてきます」
まだまだ宴もたけなわだったが、福本はそう言うと他のスタッフと立ち上がって会計を済ませに個室を出て行った。
「美琴ちゃん。良かったねえ、今日は」
「はい、田口さんもいい方で安心しました」
「そうかねえ、ワッハッハッハッ!」
田口はやたらと豪快に笑った。
その正体を知らないのは美琴だけ。
田口は畳み掛けるように続けた。
「美琴ちゃん、三澤くんはね、前から美琴ちゃんのことが気になっていたんだよ」
「え?と、仰いますと?」
「わかるだろ?かわいい美琴ちゃんともっともっと仲良くなりたいってことさ。なあ、三澤くん」
田口にそう言われると三澤は黙って笑みを浮かべながら頷いた。
「この後は二人に任せようじゃないか」
「まあ…」
美琴はすっかり舞い上がってしまった。
憧れの三澤俊介が自分に興味を持ってくれている。
この後は二人きりで行動とは、なんという役得。
自分は公式ファンクラブの創設者で代表。
新しいファンクラブができても、それは変わらない。
美琴は事務所が勝手に立ち上げたブルーエイジに最初は疑問を感じていたが、もうどうでも良くなった。
それが三澤のためなら何でもする。
いずれにせよ、これからも自分はファンクラブの代表であることには変わらないのだ。
そうしていれば、今、この時のようなおいしい思いができる。
「美琴ちゃん、行こうか?」
「はい…」
さっきから三澤は名字の相田ではなく、美琴と名前で呼んでくれている。
美琴は頬を赤らめて三澤と一緒に打ち上げが行われていた店を出ていった。
「どうぞ。散らかってるけど」
「おじゃましまあす…」
なんと、とうとう三澤の自宅まで着いてきてしまった。
噂では三澤はトップアイドルの佐伯まゆと同棲していると聞いていたが、部屋の中にはそんな形跡はなかった。
「どうしたの?」
「え、素敵なお部屋だなあと思って」
「佐伯まゆのことはどうなったんだと思ってるだろ?」
「ええ、と…」
美琴は心の中を見透かされたような気がして慌てて否定した。
「あれはワイドショーが騒いでるだけだからさ。俺はこれからは美琴一筋さ」
「まあ…」
三澤が噂をきっぱり否定し、美琴に気があるようなことを言うと美琴は卒倒しそうだった。
「飲み直そうか?」
三澤は冷蔵庫から缶ビールを出して美琴に渡してくれた。
「そうだ。新しいファンクラブ、ブルーエイジのことだけどさ」
「はい…」
「単なるミュージシャンのファンクラブに留まらず、もっと社会の役に立つような活動を目指したいんだ」
三澤はビールを飲みながら話し始めた。
ブルーエイジは社会的な活動、例えば福祉のために募金を集めたり、国民のために働く政治勢力を後押ししたり、他にもボランティア活動を進めたりと幅広い活動を目指している。
三澤はそう説明してくれた。
「美琴、美琴ならやってもらえると見込んでのことなんだ。今までも俺のためにいろいろやってくれたし、できるよな?」
「も、もちろんです!俊介さまのためなら!」
打ち上げの時からずっと飲みっぱなしで酔っているせいもあり、美琴は三澤に持ち掛けられた話に全面的に賛同してしまった。
もはや何かの暗示にかけられているも同然だったが、美琴は”社会的な善行”という言葉に釣られてしまった。
神同然の三澤の下、社会のためになることを進める。
これ以上、光栄なことはなかった。
美琴は完全に三澤の言葉を信じ、正しい道を進むのだと決めた。
これからはただ三澤のファンということ以上に、世のため人のために力を合わせて働くのだ。
自分こそがその旗振り役。
今まで以上に三澤のファンを増やし、社会に貢献するのだ。
自分たちがこれからやろうとしていることは社会を良くする活動なのだ。
そう言う三澤に美琴はあっさり丸め込まれてしまった。
「さーてと。美琴、シャワー浴びるか?」
「え!?」
シャワーでも浴びよう。
そう言われて美琴は赤面した。
「俺が先に浴びようか?それとも、一緒に浴びるか?」
「えええ、そんな、俊介さま…」
美琴は恥ずかしくてたまらず両手で顔を覆った。
なんという展開だろう。
憧れの三澤とこんな時間が過ごせるとは。
これはもう、ただのファンとミュージシャンの関係ではない。
美琴は天にも昇る気持ちで声を震わせた。