スーパースターはごきげんななめ 第三話~暴走するサークル

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写真はイメージです。

 

憧れの三澤とただならぬ仲になった美琴は、新しいファンクラブ・ブルーエイジの責任者も任されすっかりやる気になっていた。

大学に着くと美琴は軽音楽同好会の部室に向かった。

今日は大学構内で三澤の良さを広めるためにビラを撒く。

大学構内でのビラ配布は大学側から許可を取る必要があったが、三澤の事務所が働きかけてくれてあっさり許可が下りていた。

三澤のためならどんなことも厭わない。

美琴は部室に到着すると、ドアの前に届いていたビラの束を解き始めた。

 

「えー、これ、全部撒くのー」

「ずいぶんたくさんあるのねえ」

 

部室に一番乗りした美琴の後でブルーエイジのメンバーがやって来たが、どんと積み上げられたビラの山を見て少し驚いていた。

 

「みんな、俊介さまの良さを広めるためじゃない!」

「まあねえ、美琴の言う通りだけど」

「じゃあ、やりましょうよ」

「うん。でも美琴、最近、なんか張り切ってるわよね」

「ホントホント!お肌なんかツヤツヤじゃない。なんかいいことあった?」

「うふふ。教えなあい」

「わかったあ!彼氏できたんだあ!!」

「ねね、どんな人?」

 

部室に集まってきたブルーエイジのメンバーは囃し立てた。

 

「もう、そんなことはどうでもいいから。正門前でビラ撒きするわよ」

 

美琴は適当に分けたビラの束をメンバーそれぞれに割り当て、正門に向かうよう促した。

 

 

「三澤俊介ファンクラブ、ブルーエイジでーす」

「よろしくお願いしまーす」

 

ブルーエイジのメンバーは正門前に立ち、ビラ撒きを始めた。

美琴に賛同するメンバーは多く、白薔薇女子大のキャンパスでも盛んにビラ配りをするだけではなく構内にポスターを貼ったり、学外でもレコードショップに会員申し込みの用紙を置いてもらうなど、積極的に会員を増やそうと努めていた。

大学からは公式のサークル、軽音楽同好会として活動費を受け取っていたが実際の活動は三澤俊介公式ファンクラブ、ブルーエイジ以外の何ものでもなかった。

 

「あーあ、お姉ちゃん、またやってるよ」

 

真美は下校時、姉の美琴が白薔薇女子学園の正門前で仲間と共にビラ配りをしているのを見つけた。

 

「ねえ、まゆ、三澤さんはどうなの?ファンクラブが新しくなってさ」

「うーん、別に。変わったことはないわね」

「だよね。なんか、お姉ちゃんたちが勝手に熱を上げてるって感じよね。お姉ちゃん、家でも三澤さんの話ばっか。前から宗教みたいで気持ち悪いと思ってたけど、ますます熱量が増してるのよねえ」

「そうなんだ」

「それにね。お姉ちゃん、行動がなんか怪しいの」

「怪しいって?」

「持ってるバッグとか使ってる化粧品とか。チャメルのバッグとか持つようになったのよ。まさかとは思うけど、パパ活とか始めたのかしら」

「確かに。普通の大学生が自分で買えるものではないわよね」

「誰かに買ってもらった。そうとしか考えられないわよね。お父さんやお母さんには友達から借りたとか言い張っているけど怪しいなあ。最近、帰りも遅いし。絶対、男が関わってるわよね。ねえ、まゆもそう思わない?」

 

チャメルといえばセレブ御用達の高級ブランド。

真美は美琴がどうやってそれを買い求めたのか疑問に思っていた。

 

「それにこの前ね、初めて朝帰りしたのよ。三澤さんのマハーラホールのライブに行って、そのまま朝まで帰ってこなかったの。お父さんにもお母さんにもいろいろ言われて。でも、大学の友達と朝まで飲んでたって。その一点張り。ねえ、でも、それってどう思う?どこか外泊したんじゃないかと思わない?」

「ふうん。そうなんだ」

 

三澤のマハーラホールでのライブの日、まゆは写真集の撮影で海外に行っていた。

その後、帰国したまゆが三澤の部屋に戻ってくると、枕に長い髪の毛が付いているのを見つけていた。

三澤も髪を長く伸ばしていたが、よく見ると髪質が違っていた。

他の誰か、おそらくは女が部屋に来ていた。

まゆはずっと怪しんでいた。

 

「それにしてもお姉ちゃん、大丈夫なのかなあ。ますます三澤さんに身も心も捧げてるって感じよねえ。なんか変な宗教に引っ掛かったみたい。まゆもそう思わない?」

「うーん。どうなのかしら?」

「絶対おかしいって。三澤さんを神様みたいにありがたがって、サークルみんなで絶賛するなんて気味が悪いわよ」

 

まゆは真美の言葉を軽く受け流したが裏の事情は把握していた。

ブルーエイジは宗教団体「まごころの朋」が作った組織で、宗教活動を前面に出さず会員を増やすための隠れ蓑。

まごころの朋に若い女性を多く取り込んで、影響力を強めるために入信する者を増やす。

美琴を始めとするファンはそのために、三澤を慕う気持ちを利用されていることに全く気づいていなかった。

まゆは三澤を通じてそのからくりを知っていたが、真美の前では口に出さなかった。

 

更に美琴とそれに賛同する学内のブルーエイジ会員は、SNSでも三澤の広報活動に余念がなかった。

三澤の所属事務所が作ったマニュアルがありその通りに投稿すれば良かったが、それ以上に自主的に三澤を絶賛する投稿をして盛り上げていた。

美琴と仲間たちは嬉々として一日に何回も投稿し、三澤に批判的な投稿を見つければマニュアル通りに一斉に叩いていた。

とにかく三澤への批判は許さず絶賛しなければならない。

異論は認めない。

そんな空気がブルーエイジの中に溢れるようになり、美琴はその旗振り役でメンバーを一つにまとめあげていた。

まとまった思いはいつの間にか暴走を始めていた。

一致団結して三澤を讃える仲間を増やそうと尽くすことが、メンバー一人一人に求められていた。

そんなある日のこと、軽音楽同好会の部室で行われたミーティングの席でメンバーの彩音がこんな発言をした。

 

「ねえ、みんな。俊介さまのために盛り上がるのはいいんだけど、ちょっとやり過ぎじゃない?」

「えー、どういうこと?」

「いくら事務所からの指示だからって、SNSの批判的な意見を封じ込めようとするのっておかしいと思うの。それに大して興味もない人にしつこく勧めたり、それもどうなのかしら?」

 

彩音はブルーエイジの活動そのものを批判するようなことを言い出した。

 

「俊介さまが素晴らしいのはわかるけど、それを絶対視してそうじゃない意見は封じ込める。これじゃまるで変な宗教みたいよね。他の人はそんなに興味ないって。それを引き込むよう働きかけたりして大きなお世話じゃないの?やり過ぎじゃないかしら」

 

なんということか。

ブルーエイジの活動を批判し、おかしな宗教呼ばわり。

 

「ちょっとお、彩音!何言ってんのよ!」

「あたしたちの活動を否定することは、俊介さまを否定することよ!」

彩音!あんた、自分が何言ってるかわかってんの?!」

 

彩音の発言にブルーエイジのメンバー全員が一斉に噛みついた。

 

「でも、ちょっとやり過ぎじゃない?前から思ってたけど、とにかく絶賛して異論は認めないみたいなのはおかしいよ。みんな、どうしちゃったの?」

 

彩音が言い返すととますます激しい反論が飛び出した。

 

「当たり前でしょ。俊介さまのどこがおかしいって言うのよ?」

「おかしいわよ。ライブのチケットだってグッズだって販売開始と共に転売されてるし、俊介さ…三澤さんには何か裏があるわよ」

「じゃあ、彩音はチケットやグッズの転売はどうしたらなくなると思ってんの?それが俊介さまのせいだって言うの?」

「それは…」

「ほら、答えられないじゃない。中傷じみたこと言うのはやめてよね!」

「もういい。あたし、付き合いきれない。辞めさせてもらうわ」

 

彩音は立ち上がるとそう言い捨てて部室を出ていった。

 

「おかしいのは彩音の方よねえ」

「そうよそうよ!あたしたちの俊介さまを貶めるような物言いは許せないわ!」

「美琴がこんなに一生懸命やってるのに、バカにしてるわよねえ」

 

軽音楽同好会の部室に残ったメンバーは口々に彩音を非難した。

 

それからというもの、ブルーエイジのメンバーは彩音を無視して避けるようになった。

学内で会っても目も合わせず、試験前の勉強会にも呼ばずノートも貸し借りしない。

当然、軽音楽同好会からは締め出され、彩音に対する陰湿ないじめが始まった。

ほんの少しブルーエイジの活動を批判しただけで徹底的な無視。

彩音はやはりやり過ぎだとひしひしと感じていた。

学内にある彩音の私物ロッカーが壊されたり、SNSで事実無根な噂が流され、個人情報を晒されたり。

個人情報が流されたことで、彩音は夜道で怪しい男から付けられ危ない目に遭ったり。

熱を上げているミュージシャンのことで、皆が向いている方向と違うことを言っただけでこんな仕打ち。

ここまで叩かれるとは彩音も考えてもいなかった。

しかし、夜道で怪しい男から被害を受けそうになったのは常軌を逸している。

彩音はそのことを警察に届けることにした。

 

「なるほどねえ。誹謗中傷を受けて個人情報が晒されて、ねえ」

 

警察に届けに出向いた彩音だったが、担当の警察官はまるでやる気がないようだった。

 

「でも、実害は出てないんでしょ?」

「出てます!襲われそうになりましたし!住所まで晒されてるんですよ!」

「ああ、でもねえ。警察では実害がないと動けないんだよねえ。襲われてはいないんだよね?」

 

まるで被害届は出させないとでも言わんばかりの警察官の態度に、彩音は憤った。

 

「そういうことは、弁護士さんにでも相談した方がいいんじゃないの?」

「警察は助けてくれないんですか?!」

「だからあ、実害が出てないと警察は動けないんだよ」

 

なんということか、警察は取り合ってくれない。

のらりくらりと要領を得ない。

彩音は椅子から立ち上がった。

 

「もういいです!」

「あ、そう。気をつけて帰ってね」

 

警察官は厄介払いができたと言わんばかりの態度で、相談室のドアを開けて彩音を面倒そうにあしらった。

どうも納得できない。

彩音は腹立たしさが募った。

電車に乗り、なんとか反撃する方法をじっと考えてみたが、あることを思いついた。

SNSで攻撃されたのなら、SNSで反撃すればいいのだ。

既にあるアカウントは把握されているが、別にアカウントを作ってはどうか。

自分にできるのはそれだけだが、海よりも広いSNSの世界で誰かの目に留まれば良い。

彩音は電車の中だったが、スマホで新しいアカウントを作り投稿を始めた。

三澤俊介のファンクラブ・ブルーエイジの過激な行動について、異を唱えればいじめのような仕打ちを受けて身の危険も感じたこと、警察に相談しても相手にされず何か裏があるのではないか?と考えたこと。

彩音は立て続けに投稿をしたが、すぐに反応する返信が返ってきた。

しかしその多くが彩音の投稿に対する非難めいた内容で、中には暴言混じりのものもあった。

その他は彩音の投稿を茶化すもの、嘲笑するものも多く、中には精神障害者呼ばわりする返信も付いた。

非難する返信以外にも馬鹿にしたようなものも多く、もしかしたらブルーエイジのメンバー以外の人間も関わっていて批判的な返信を返してきているのではないか?

素早く返ってくる批判的な返信の多さに彩音はそう感じた。

それにしてもなぜ、こんなにも三澤を擁護するのだろう。

しかも反応が返ってくるのが異様に速い。

彩音は薄気味悪さのようなものを感じた。

単なる女子大生中心のサークルがここまで徹底して相手を叩けるものだろうか。

まるで彩音のことを見張って、不都合なものを消しにかかってきているようではないか。

彩音がそんなことを考えている間にも批判的な返信の件数はどんどん増えていった。

 

そうして何日か経ったが、相変わらず彩音の投稿にはそれを否定するような返信が付いていた。

SNS上のこととはいえ、多勢に無勢。

彩音は心が折れそうだったが、ふと一件の返信が目に付いた。

 

『イチゴさん、こんにちは。ペガサスといいます。毎日、繰り返している投稿のことで詳しくお話を伺いたいな。会えますか?』

 

彩音は最初はいたずらだと思っていたが、ペガサスからのメッセージは毎日続いた。

 

『僕はジャーナリストなんだ。ぜひ、お話を伺いたいな。ダイレクトメッセージを送るから、返信待ってるよ』

 

このメッセージの後、すぐに彩音のアカウントにダイレクトメッセージが届いた。

メッセージを送ってくれるペガサスはジャーナリスト。

本当かどうかはよくわからないが、本物ならブルーエイジのおかしな行動の裏にあるものが何なのかわかるかも知れないし、その異様さを世間にわかってもらうことができるかも知れない。

とにかく異論を認めず、皆で同じ方向を向き暴走している。

ブルーエイジのメンバーから直接されるだけではなく、ネット上でも不特定多数の者が彩音を攻撃してくる。

三澤を擁護するだけでなく批判を許さない者は、ブルーエイジのメンバーだけではないのだろう。

実行する者が意図的にまとめられているのではないか?

彩音は真実を知りたかった。

彩音は数日、様子を見たがペガサスからのアプローチは途切れることはなかった。

知らない人物と一対一で会うのは恐いような気もしたが、昼間のうちに人目につく場所なら大丈夫ではないか。

とにかく今は味方が欲しい。

まるでカルト教団のようになってしまった仲間たちのことを誰かに知って欲しい。

彩音はペガサスからの誘いに乗ってみることにした。

 

『ペガサスさん、いつもありがとう。わかりました。一度お会いしたいです』

 

彩音がダイレクトメッセージでこう送るとすぐに返信が返ってきた。

 

『こちらこそありがとう。じゃあ、場所や日にちを相談させてもらうね』

 

ペガサスは待ち合わせ場所や詳しい日時を提示してくれた。

 

『僕はこんな感じだよ』

 

そんなメッセージと共にペガサスを名乗る人物の写真が送られてきた。

ペガサスはまだ若い感じだが、大学2年の彩音よりは少し上、27、8歳くらいに見えた。

職業はフリーライターで、本名は桐生誠。

ブルーエイジの活動に関心を寄せて、取材しようと考えていると自己紹介が添えられていた。

見た感じは怪しげな雰囲気はない。

おかしな人物だったら取材を断って帰ってもいい。

彩音はそう考えて桐生と会うことに決めた。