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写真はイメージです。
人気アイドルの佐伯まゆは交際中のミュージシャン、三澤俊介のために今日も得意料理のなすのみそ汁を振る舞う。
「旨いなあ。やっぱり、まゆが作るみそ汁は最高だよ」
「うふふ、そう言ってもらえると嬉しい」
まゆは14歳の中学二年生、三澤は32歳の年の差カップルだが、二人は全く気にしておらず誰にも知られていない特別な事情があった。
「私は偏見のない俊介さんが好きよ。私がアンドロイドだと知っても、何も変わらず接してくれているし」
「ああ、最初はびっくりしたけどな。でも、まゆの美しさは人間離れしてるじゃないか。アンドロイドだと言われて納得だよ」
実はまゆはアンドロイド。
しかもこの国にいる全てのアンドロイドを稼働させているスーパーコンピューター、スカイゾーンの部品の一部。
そのことを知っても三澤は変わることなくまゆに接していた。
「まゆ、お前がスパコンの部品だってこともびっくりしたけど、よく考えたら面白いじゃないか。スパコン、スカイゾーンには本体がない。しかし、意思を持つスカイゾーンはその意思を実行する動ける体が欲しかった。それで技術者に作らせたのが、まゆだ。それにしてもよくできてるよな。人間と全く変わらない。俺も言われるまで全然わからなかったよ」
「あなたも物好きね。アンドロイドに惚れるなんて」
「俺は人間だろうがアンドロイドだろうが、中身で勝負さ。人間でもつまらない女はたくさんいるしな。まゆは素晴らしいよ。知的で聡明でとにかく話が面白い」
「そうね。あなたがミュージシャンとして有名になった途端、手のひらを返してまとわりつく女が急に何人も現れたんですものね」
「そうそう。グレースとしては鳴かず飛ばずだったけどな。ソロになってヒットが出たら、途端に自称の親戚が増えたり、俺を見下していた女どもが持ち上げてくるようになったりな」
三澤はロックバンドとしてデビューしたが当時はなかなか売れず、無名の時代を経てバンドは解散しその後ソロとしてブレーク、一流ミュージシャンの仲間入りを果たしていた。
「ああ、旨かったなあ。毎日まゆの手料理を食べられて俺は幸せだよ」
三澤は食事後の後片付けを手伝い終わると、テレビをつけてスマホでSNSのチェックを始めた。
「あーあ、まただよ」
「また?」
まゆも濡れた手を拭きながら三澤のスマホの画面を覗き込んだ。
「こいつらさあ、何考えてんだろうな?気持ち悪いイラストとかさ。妄想が全開のコメントとかさ」
三澤はSNSを開いてため息をついた。
ブレーク後の三澤にはかなりの数の熱狂的なファンが付いていた。
SNSでも三澤は人気で、似顔絵のイラストを投稿するファン、疑似恋愛のようなコメントを投稿するファン、中には三澤を過剰に神聖視する投稿も絶えることがなかった。
「もうこいつら何なんだろうな。でも、社長がファンサのためにも生の声を聞いとけって言うからさ」
ライブのMCなどでファンが喜ぶような話をするために、SNSで情報を拾う。
三澤は所属事務所の社長直々に、SNSをチェックするように命じられていた。
「なあ、まゆ、これって俺だよな?」
三澤はSNSに投稿されたイラストを指差した。
「そうじゃないかしら?」
「やっぱ、そっか。俺さあ、王子様みたいに思われて気持ち悪いんだよ。何だって、こんなイラスト描いて投稿するんだろうな?見てる方が恥ずかしいよ。あとさ、俺のことを可愛いとか、そんなこと言うのも止めて欲しいよな。ホントに気持ち悪いよ」
「確かにそうね。ライブの時の衣装もなんとかならないのかしらね?」
三澤は背中まで伸ばした長い髪、透き通るような白い肌で目鼻立ちのはっきりした美男だった。
その見た目のために王子様のようなイメージが先行し、ライブでは煌びやか衣装を纏うことが多かった。
スパンコールがたくさん付いた上着に、スタイルの良さを強調するパンツ、長身を引き立てる洒落たブーツ。
まるで少女漫画から出てきたかのような三澤の姿に、ファンは熱狂し歓声をあげるのだった。
「俺、王子様なんてもう嫌だよ。俺は純粋にロックをやりたいんだ。でも、今の路線の方が金になるからさ。事務所はやっぱり商売の方が大事なんだよな」
「そうよねえ。でも、今の事務所の社長さんには恩義があるんでしょう?」
「ああ、ずっと売れなくて無名だった俺を切り捨てることなく見守ってくれたからな。社長には足を向けて寝られないよ」
「何かいい方法はないかしら?俊介さん、一方的に王子様にされちゃってるわよね」
「まったく、勘違いした奴ばかりさ。あとさ、やたらと"感謝、感謝"とか言う奴もやめて欲しいよな。俺は好きなことを好きなように表現したいだけなんだ」
「俊介さん、もう神様みたいになっちゃってるのよね」
「そうそう、それそれ。俺は新興宗教の教祖さまかよ。そういうのじゃないんだよなあ。どいつもこいつも思い込み激しすぎ。俺さあ、イメージを損ねたりしたら刺されるんじゃねえかなと思うんだよ」
「そこまではないと思うけど、俊介さんのファンは思い詰めてるみたいで確かに恐いわね」
三澤は自分が過剰に神格化されることに戸惑いを隠せないでいた。
「でも、金のためか。全ては金だよな」
無名の頃、金銭的に苦しかった三澤だったがヒット曲が出てCDの売り上げが伸びるようになるにつれ、手が届かなかったものも容易に手に入るようになり、生活は激変していた。
「うふふ。夢を捨てるな、権力に踊らされるな。そう歌っているあなたの夢は、高級マンション、スポーツカー、そして美女。でしょ?」
「まゆ、やっぱり賢いな。わかってるじゃないか。そうさ、ミュージシャンなんて女にモテたい。カッコいい車に乗りたい。豪邸に住んで旨い酒を飲みたい。だから楽器をやり始めるんだよな」
「俊介さんは正直ね」
「まあな。ライブのチケットも売り切れ続出、高額な転売チケットを買ってまで参加する奴らまでいたりな。結構なことだよ」
三澤は一通りSNSを眺めるとスマホをテーブルの上に置いてテレビのリモコンを持ち、適当にチャンネルを変えた。
「こういう時は、お笑い番組でも見るのがいいよな」
「そうね、お風呂沸かしてくるわね」
まゆは常に甲斐甲斐しく三澤の身の回りの世話をしていた。
「まゆ、おはよう!」
「おはよう、真美」
まゆはアイドル活動をしながらも中学校に通っていた。
所属事務所の社長が親代わりになり、名門の白薔薇女子大学付属の中学校に通っていた。
一番の仲良しの真美と校門の前で会うと、まゆはおしゃべりしながら教室へ向かった。
「昨日、見たよ。フィロス電機の新しいCM。まゆ、やっぱり可愛い」
「そうかなあ。あのCM、スタッフが入れ替わって新しい人ばかりだったからすごく緊張したの」
「ええ、そうなんだ。でも全然可愛く仕上がってた。ねね、三澤さんは何て言ってるの?」
「うーん、別に。特に何も言ってなかったけど」
「そんなもの?」
「うん、そんなもの」
「それだけラブラブってことなのね」
三澤とまゆが交際していることは真美しか知らなかった。
芸能界の噂にはなっていても確証を掴まれることはなく、出所のはっきりしない噂が一人歩きしているだけだった。
「あーあ、でもさあ。まゆと三澤さんのことを知ったら、うちのお姉ちゃんおかしくなっちゃうんじゃないかなあ」
真美の姉は白薔薇女子大の学生で、三澤の公式ファンクラブの創設者としてファンクラブの会長も務めていた。
「お姉ちゃん、のめり込んじゃってるからなあ。三澤さんに彼女がいるなんて知ったら半狂乱ね。三澤さんのファンはみんなそうよね。三澤俊介は神なんだもの。でも、それってどうなんだろうね。三澤さん、嫌がってるんでしょう?」
「まあね。SNSが苦手みたい」
まゆと真美は教室に着いてもおしゃべりを続けた。
「あー、わかるわかる。変なイラストとかでしょ。あれはねえ、妄想が爆走してるって感じよねえ」
「そうそう。王子様キャラとか、神格化されてるのが気に障るみたいね」
「わかるー。あたしもお姉ちゃんにうっかりしたこと言えないもん。何かあれば、三澤さんをバカにするのかって突っかかってくるし。どうかしてるわよねえ。大学でも三澤さんの素晴らしさを宣伝して回ってるのよ。正に”布教”ね。三澤さんのファンって宗教の信者みたいよね。なんだか気持ち悪い」
「なんとかならないのかしらね」
「まゆ、三澤さんと結婚しちゃえば?」
「結婚かあ」
「もちろん、いますぐはできなくても、まゆが大人になってからでいいんじゃない?そのくらいやらないと取り巻き連中は目が覚めないわよ」
まゆと真美が話し込んでいるところへ、クラス担任が教室に入ってきた。
「起立ー。礼、おはようございます」
「おはようございます」
クラス委員が号令をかけると教室中の生徒は担任に礼をして挨拶した。
白薔薇女子中学は白薔薇女子大の付属で偏差値は高く、人間教育、躾が厳しいことでも有名だった。
多くの生徒がエスカレーター式に大学に進学し、有名企業に就職する名門という面以外にも、まゆのように芸能活動をするなど課外活動に積極的に取り組む生徒にも理解があった。
しかし通っている生徒は普通の女子中学生。
朝のホームルームが終わると一時限めの古典の授業が始まったが、真美は隣の席のまゆに手紙を書いて渡してきた。
『ねえねえ、まゆは白薔薇女子大まで進みたいの?でも、あたしはお姉ちゃんを見てたらちょっとねえ…お姉ちゃんは三澤さんに夢中だけど、他の学生はいい会社に入ってお金持ちのお婿さんを見つけてって感じの人が多いし。夢がないわよねえ』
まゆが真美から渡された手紙を読んでいると、古典の教師に気づかれて注意された。
「そこ!佐伯さんと相田さん!授業に集中してください!」
真美はバツが悪そうな顔でぺこりと教師の方に向いて頭を下げた。
「あーあ、疲れたなあ。授業ってやっぱ退屈よねえ。まゆはいいなあ、頭が良くて。芸能活動をフルにしてても試験はいつもトップの成績じゃない。どうしたらそんな風になれるの?」
古典の授業が終わり次の授業までの短い休み時間に、真美は大きく欠伸をしながら席を立った。
「特別なことなんかしてないわよ。授業はつまらないけど、集中して聞いて要点を掴むのよ」
「ふうん。それが芸能活動との両立の秘訣?」
「まあ、そんなところ」
「どうでもいいけど、白薔薇女子大かあ。あたしはエスカレーター式に進学できても行きたくないかな。お姉ちゃんを見てたら遊ぶことばかりで、要領よく就職できればいいって感じだし」
真美の姉、美琴は白薔薇女子大学の2年生で文学部で英文学を専攻していた。
美琴は大学のサークル、軽音楽同好会の創設者で部長も務めていた。
ただ、軽音楽同好会というのは大学側から公認サークルとして認めてもらい、活動費を支給してもらうための建前だった。
実態は美琴がのめり込んでいる三澤俊介のファンクラブで、学内はもちろん、他大学にも三澤の良さを広め、更にファンを増やすことを目的とした活動が中心だった。
「美琴、俊介さまのチケット、どうだった?」
「早智子かあ。うーん、全滅…」
「やっぱそっかあ。今回は今まで以上に厳しいわよねえ」
「そうなのよねえ」
「美琴はファンクラブの創設者で会長でもあるのに、それでもチケットがはずれるなんてねえ」
「まあ、みんなが平等にチケットを取れるように優先購入はなし。それもわかるんだけど、チケットは一体全体どこに行っちゃうのかしら?」
「それなら、これじゃない?」
「え?」
美琴と早智子は部室に入ってきた由美の方を見た。
「ほら、もうこんなの出てるわよ」
由美はスマホの画面を美琴と早智子に見せた。
「ああ!もう転売されてる!」
「どういうこと?!さっき、当落の結果メールが届いたばかりじゃない!」
スマホの画面にはチケットの売買サイトが表示されていた。
三澤俊介のライブツアーの各会場のチケットの売ります、買いますの画面だったが、圧倒的に多いのは『売ります』の情報だった。
美琴と早智子も自分のスマホで売買サイトを見てため息をついた。
「ちょっとお、どうなってんの?マハーラホールのライブなんて、10万で出てるじゃない」
「これでも買う人がいるのよね」
「あり得ないわ!当落の結果が出たばかりじゃない!」
「これは意図的に買い占めてそれを放出してるってことよね」
「落選組が殺到するのを見越して今のタイミングで出品、買わせようってことよね」
美琴たちは高額で売られているチケットを見てまたため息をついた。
三澤のライブのチケットはかなりの人気で、販売以前に抽選が行われ当選者だけがチケットを手に入れることができた。
それにしても、なぜ高額でチケットを転売する者にチケットが当たるのか?
なぜ、高額転売をするような不届き者にチケットが当たり、真面目に抽選に参加している者が落選するのか?
美琴たちは不条理を嘆くしかなかった。
「ワッハッハッハッハッ!三澤くん、君もなかなか愉快な男だな。気に入ったよ」
三澤俊介は所属事務所の社長の口利きで高級クラブ、オモルフィの酒席にいた。
そこには反社会的勢力の竜嶺会の組長の田口、フィロス電機会長の安曇、憲民党幹事長の原山が同席し華やかな夜の女性を侍らせながら酒を酌み交わしていた。
「ありがとうございます。いつかご挨拶をと思っていたのですが、なかなかスケジュールが合いませんで」
「いやいや、構わんよ。三澤くんのおかげでうちの組も潤ってるんだ。次のツアーもどの会場もチケットは完売じゃないか」
「ええ、田口さんたちが買い上げてくれるからです」
「ワッハッハッハッ!こちらこそ三澤くんのファンはお得意さまさ。プロモーターがうちの組にチケットを回してくれるからな。それを何倍もの高額で転売してボロ儲けだ」
「ええ、事務所もとにかくチケットが完売さえすればいいですからね」
とにかく取れないことで有名な三澤のライブチケットだったが、からくりがあった。
竜嶺会がプロモーターから便宜を受けチケットを買い取る。
買い取ったチケットは竜嶺会が転売する。
それもかなりの高額で転売し利益をたっぷり搾り取る。
その利益は竜嶺会の資金源になっていて、三澤のライブ以外の多くの有名アーティストのチケットも同じようなものだった。
「チケットが完売だの、なかなか取れないだの。それもまた、三澤俊介が如何に売れているかの証みたいなものだからねえ」
「ええ、そうですね。とにかく売れればいいんです。僕がミュージシャンとして如何に売れているかステイタスになりますし、事務所も儲かります。何せ、チケットが手に入らなかったファンもグッズだけは買いに会場に来ますし。それに、田口さんと仲良くさせて頂ければ、芸能界を渡って行くうえで心強いですし」
「何だと?チケットもないのに会場に来ると?」
「はい。グッズを買いに来てるだけみたいですね」
「はああ?何だそれは?そりゃあ、笑いが止まらんな」
「グッズの売り上げはライブの収支をプラスにするためには欠かせないんですよ」
「オヤジ、この前のツアーでは会場限定販売のペンダントを買うために、数時間以上も並んだ奴らがいたみたいでっせ」
同席していた竜嶺会の構成員が素早く検索して関連トピックを出し、三澤のファンのSNSのアカウントの画面を田口に見せた。
「ほお、なるほど。この寒空に数時間も並ぶ。狂気の沙汰だな。みんな、バカなのか?ワッハッハッハッ!三澤くん、君も隅に置けないねえ」
「まあ、そうなんでしょうね。多くのファンは僕がグレースにいた頃からの追っかけです。僕のことを神様か何かだと思い込んじゃってるんでしょうね」
「そんなものかねえ。まあ、いい商売させてもらっているから、ファンは大事にしないとなあ。ま、どうせ、そのグッズとやらも我々が買い取って高額で転売、商売させてもらうだけなんだがな。ワッハッハッハッハッ!」
田沢は酒をしこたま飲み上機嫌だったが、チケットの話がひと段落するとまた別の話を振ってきた。
「そうだ、三澤くん。面白い男を紹介しようか?」
「ええ、どんな人ですか?」
「まごころの朋ってあるだろう」
「あの、宗教のですか?」
「そうそう。まごころの朋で新しい広告塔を探しているんだ。やってみないか?」
「へえ、それは面白そうですね」
「だろ?もちろん、タダでとは言わん。報酬は弾むよ。私は教祖の河原とも親しいんだ。奴はなかなか気のいい男でねえ。三澤くんのことを高く買ってるんだ」
「それは光栄ですね」
「君の追っかけは多い。それをそっくりそのまま入信させればかなりの利益になる。それに、まごころの朋は民順党の支持母体だ。民順党はもうすぐ憲民党と協定を結び連立を組む。その連立が更にアンドロイド新党とも組み大連立を完成させる。君の追っかけに民順党を支持させれば、連立与党に投票する人数が増える。次の選挙では更に議席を伸ばして、我々が天下を取ろうということだ。君にも悪いようにはしないよ」
田沢はぐいっと酒を飲み干しグラスを空けながらにやにや笑った。
「どうだ?いい話だろ?ほら、三澤くん、飲んで飲んで」
「ええ、結構なお話ですね。いただきます」
三澤は田口から注がれた酒をぐいっと飲み干した。
「三澤くん、来週からまたツアーだな。稼ぎ時だ」
「ええ、田口さんのおかげで商売繁盛です」
「ワッハッハッハッ!君はわかってるねえ。美男でいい男だし、何人もの女を泣かせてきたんだろう」
「田口さんほどではないですよ」
「ほお、なるほど。ワッハッハッハッ!じゃあ、河原にも君のことを話しておくよ」
田口は上機嫌でまた三澤のグラスに酒を注いでくれた。
一週間後、三澤はライブツアーの初日を迎えた。
美琴はチケットの抽選にはずれたものの、急病で行けなくなった友人から譲り受けツアー初日のライブに参加できることになり胸を躍らせていた。
いつも通り、ライブグッズを購入するファンが長い列を作り、美琴も早智子と共に並んで順番を待っていた。
「美琴、良かったじゃない。優子は可哀想だけど空席を作るわけにはいかないもんね」
「うん。優子のぶんも楽しまなきゃね」
長い列に加わり順番が回ってきて、美琴と早智子はお目当てのグッズを手に入れることができた。
「良かったわね。キーホルダー買えて」
「これ、人気なのよねえ」
「ね、まさかとは思うけどさ」
早智子は列を離れるとスマホで何か検索を始めた。
「ああ!やっぱり!」
「え?もしかして、もう転売?!」
「そうそう!ちょっと、これ見てよ!」
美琴が早智子のスマホの画面を覗き込むと、売買サイトでは今売られている三澤のライブグッズが早くも転売されていた。
「これって、会場限定、数量限定のキーホルダーじゃない!」
「ひどいわねえ。一つ5万だなんて」
「ありえないわね!」
「どういうことかしら?いつも不思議なのよね。販売が終わってすぐのタイミングで転売されてるなんて」
美琴と早智子は憤りながらも入場を待つ列に並び、回ってきたスタッフからチラシを受け取った。
これから予定されている他のアーティストのライブのお知らせなどが主なものだったが、早智子が一番下のチラシに気づいた。
「ちょっと、美琴。これって…」
「え?」
早智子が指摘したのは三澤のファンクラブのお知らせだった。
「三澤俊介、オフィシャルファンクラブ『ブルーエイジ』のお知らせって?」
「なんかおかしくない?俊介さまの公式ファンクラブは、あたしたちのSフレンズだけよね?」
「電話してみよっか?」
公式ファンクラブは自分が創設して代表を務める団体であるはず、新しい公式ファンクラブを立てるなどという話は聞いたことがない。
美琴は首を傾げながら早智子と入場を待つ列を離れ、チラシに書いてある連絡先に電話してみた。
「はい、ヴィスヴァ―サでございます」
チラシに書かれていた連絡先に電話すると、三澤の所属事務所の窓口に繋がった。
「あのお、三澤さんのオフィシャルファンクラブ、ブルーエイジって何ですか?私は公式ファンクラブ代表の相田ですが」
「相田さま、いつもお世話になっております。ブルーエイジですが、今後は事務所直轄のオフィシャルファンクラブとして活動して参ります」
「え?そんな話は聞いていません」
「もちろん、相田さまの活動は否定しません。相田さまには引き続きオフィシャルファンクラブの代表を務めて頂きたいと考えております。ただ、公式には今後はブルーエイジが三澤の応援窓口となります」
今日のライブでも三澤から話すのでそれを聞いてもらいたい。
電話に出た事務所のスタッフはそう勧めた。
「どう?何かわかった?」
「うん。事務所で公式ファンクラブを立ち上げたから、今までの私たちの活動、Sフレンドはそっちに統合するんだって。でも代表は今のままあたしってことらしい」
「へえ、じゃあ、なんでわざわざ新しく公式のファンクラブを作ったのかしら?」
「うーん、なんだかすっきりしないわよね」
美琴と早智子はなんだか割り切れなかった。