喫茶プリヤ 第二章 五話~無双の美貌

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イラストはイメージです。

 

仕事が絶好調の美沙はまた、所属事務所の社長・宮本とも急接近していった。

ある夜、美沙は宮本に食事に誘われた。

 

「美沙ちゃん、何でも好きなもの食べなよ」

「ええ、ありがとう」

 

スタイリストの見習いをしている頃は、コンビニ弁当を一人で味気なく食べることが多かった。

プリヤに通うようになって懐かしい味わい、ナポリタンスパゲティに舌鼓を打つことが増えたが、それでも昼食は手作りの弁当を仕事場に持参するなど、美沙は倹しい生活をしていた。

それが、美しく生まれ変わったことで生活が一変。

美沙は食事に誘ってくれる宮本が、自分に好意を持ってくれていることにも気付いていた。

仕事もプライベートも絶好調ではないか。

 

「そうだ、美沙。これ」

 

宮本は小さな小箱を取り出した。

 

「これ、俺の気持ちだから」

 

宮本が小さな小箱を開けると細めのリングが入っていた。

 

「今はまだ仕事が忙しいから、いきなり結婚なんて考えられないだろうけど」

 

宮本はそう言いながら美沙の右薬指に指輪をはめてくれた。

 

「わああ、きれい!」

 

小さなダイヤモンドが付いた指輪はキラキラ輝いていた。

男性から指輪を贈られるなど初めての美沙は輝くダイヤに魅せられた。

アステールの宮本社長といえば、業界内でもイケメンで知られていた。

創業者の父親が早く亡くなったことで、大学を卒業してすぐに社長に就任して10年。

未だ独身でイケメン、大手芸能事務所の社長という肩書きがあることで、宮本に言い寄る女は少なくなかった。

 

「俺さ、いろいろ勝手な噂を立てられてるけど、そんなに遊んでないよ。それにさ、変な性癖があるなんて噂を立てられてさ。困ったもんだよなあ」

 

一部の噂では宮本は女好きで遊び人、性的に偏った性癖があるだけではなく金遣いも荒く、生意気で鼻持ちならない男だと言われていた。

 

「ええ。心無い噂なんて、あたしは信じてないわ。武志さんは優しくて誠実な人よ。あたしなんかに手を差し伸べてくれて」

「そういえば美沙のこと、俺もあんまり知らないなあ」

「え、あ、それもそうね」

「美沙、今日は美沙のことを話してくれよ。美沙のことをもっと知りたいな」

「ええ、と」

 

ちょっと困った展開になった。

自分はスタイリスト見習いをしていた冴えない醜女。

それが、一晩で似ても似つかない美女に生まれ変わった。

こんな話を信じてくれる者はいないだろう。

何を話したらいいものか。

美沙は口を濁した。

 

「え、と。あたしは、田舎から出てきてバイトしてたの」

 

何か適当なことを言うしかない。

美沙は口から出まかせで無難なことを口にし出した。

 

「へえ、どんなバイト?」

「コ、コンビニとか、居酒屋さんとか」

「どうして田舎から出てきたの?」

「え、あの、なんとなく。田舎には何もないし」

「美沙の田舎はどこ?」

「あ、と。ほ、北海道よ」

「ふうん」

 

そういえば、デビューする時も自分のプロフィールは突き詰めて聞かれなかった。

とにかく仕事がトントン拍子で入ってきて、不思議な運命的な流れに乗って美沙は芸能界という海に漕ぎ出していた。

スタイリストになりたかったのは、華やかな世界に憧れたから。

幼い頃は女優を目指していたが、醜い美和は現実を知るにつれて夢を諦め裏方に徹することにしたのだった。

その裏方の仕事も、醜いためにいじめられたり、嘲笑されたり、ろくなことはなかった。

それが一晩で運命が180°変わった。

なぜなのだろう。

美沙はいつもそのことを考えていた。

 

「美沙、そろそろ帰ろうか」

「え、ええ。そうね」

「これから、俺の家に来ないか?」

「ええ、と」

 

美しく生まれ変わり、名うてのイケメン社長に誘われた。

これはチャンスなのだ。

 

「そうね。武志さんのお部屋も見てみたいし」

 

美沙はにっこり笑った。

 

「よかった。そうこなくっちゃ。今日のためにいい酒も買っておいたんだ。一緒に飲もう」

 

宮本はそんな美沙をますます気に入ったと、すっかり惚れ込んだようだった。

やっぱり何事も自分に都合のよいように動いている。

美沙は自分に自信を持ち始めていた。

明日は雑誌の対談の仕事がある。

対談相手は世界的にも知られている企業グループ、ペリウシアの総帥、倉橋大輔。

ペリウシアは古くからある企業グループで、様々な業種に強い影響力を持っていた。

最近ではフィロス電機との共同研究で、人間以上の性能を持つとされるアンドロイド・海子を開発したことでも話題だった。

美沙は美しくなってからというもの、仕事で会う男には必ずといっていいほど口説かれていた。

明日、対談する倉橋も自分を口説いてくるのだろうか。

どこに行っても、誰に会っても自分はモテモテ。

美沙は懸命に話しかけてくる宮本の言葉にもうわの空だった。

 

 

「美沙、楽しかった。また来いよ」

 

翌朝、宮本の家から仕事場に向かう美沙を宮本は笑顔で送り出してくれた。

もしかしたらパパラッチが張り込んでいるかも知れない。

一緒に家を出ない方がいい。

そう考えた宮本は、先に美和を仕事に送り出した。

美沙が部屋を離れ、マンション前に出てくると呼んでおいたタクシーが到着していた。

すっぴんの美沙はサングラスをかけ、顔を隠していた。

懇ろになった男の部屋から顔を隠して仕事場に向かう。

顔を隠してスキャンダルを避ける。

自分は女優になったのだ。

しかも、あれよあれよという間に人気女優に上り詰めた。

美沙は手で口元を隠しながらほくそ笑んでいた。

 

「はじめまして。宝生美沙です」

 

美沙が仕事場に着くと木村が先に到着していた。

宮本からの指示で木村は先に仕事場に入っていた。

対談が行われるホテルの部屋にやって来た美沙は、対談相手の倉橋ににこやかに挨拶した。

 

「わあ、やっぱり綺麗ですね。テレビで見るより何倍も綺麗だ」

 

倉橋は惚れ惚れするように美沙を見つめた。

そう、自分は誰もがため息をつくような絶世の美女なのだ。

美沙は美貌を讃えられるのにも慣れてきていた。

対談相手の倉橋の身の上も宮本に似ていた。

まだ30代と若く、父親の急逝を受けて会社のトップに立ち、独身でイケメン。

美沙はやはり自分には運が回ってきたとしみじみ感じていた。

知り合う男は金持ち、イケメン、社会的なステイタスが高い、更に美沙に対して好意的。

対談が始まり、受け答えをしてみると、倉橋も自分に好意を持っていると美沙は直感的に感じた。

 

「宝生さん、今日は楽しかったです」

「こちらこそ、ありがとうございました」

 

美沙はとびきりの笑顔で答えた。

 

「あのう、こんなことを言っては失礼かもしれませんが、お互いに連絡先って交換してもいいものなんでしょうか?」

 

きたきた。

それを待っていた。

出会う男たちは自分にメロメロ。

美沙は自信たっぷりに答えた。

 

「ええ、構いませんよ。ねえ、木村さん」

「そうですねえ。ぺリウシアの総帥なら、文句のつけようがないですよ。うちの宝生をよろしくお願いします」

 

美沙が木村に同意を求めると、木村も笑顔になった。

これでいいのだ。

自分の美貌に振り向かない男はいない。

トップ女優に上り詰めた自分に、マネージャーといえど文句は言えない。

また一人、いい男を捉まえた。

今度は巨大な企業グループの総帥。

しかも若くて独身、イケメン、もちろん金持ち。

美沙はにっこり笑顔を向けた。

 

「じゃあ、これから食事でもどうですか?」

「いいですよ。ね、木村さん、いいでしょ」

「うーん、マネージャーとしては…でも、ぺリウシアの総帥なら、いいかな」

 

輝くような美貌で何でも思い通りになる。

美沙はすっかり得意になっていた。

宮本には秘密にしていたが、美沙には他にも食事に行くような関係の男が複数いた。

共演した俳優、テレビ局の役員、メイクアップアーティストなどなど、どの男も美沙の美貌に夢中になっていた。

美しくなっただけで人生大逆転。

夢なら覚めないで欲しい。

美沙が思うのはそれだけだった。