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写真はイメージです。
鈴木議員があちこちから裏献金を受け取っていた容疑で逮捕されたニュースは瞬く間に広がった。
アンドロイド人権法の廃止など重要案件を動かし、国民平和党のプリンスと持て囃され将来を嘱望されていた若手議員の逮捕は世間の注目を集めた。
「マスター、この鈴木議員って人、すっかり転落しちゃったわね」
「ああ、金に目が眩んだんだろう。人間なんてそんなもんだ」
プリヤでは空子がスマホでネットニュースを見ながら開店前の掃除を始めていた。
「でも、鈴木議員ってどこかで見たような気がするのよね。誰だったかしら?マスター、そう思わない?」
「うーん、客として来てたっけな?それにしても、この鈴木議員、プロフィールが怪しいよな。この若さで前職は会社経営ってなってるが、何ていう会社か明かされてないだろ」
「何かわけありなのかしら?」
空子は店内のテーブルを拭きながら考えてみたが、どこで鈴木議員を見かけたことがあるかどうしても思い出せなかった。
特別捜査局に逮捕された鈴木議員は裁判にかけられたものの、裏金の問題を厳しく追及され実刑判決を受けた。
裁判といっても異例のスピード裁判で、鈴木議員の言い分は全くといっていいほど通らず一方的に裁きを受けたようなものだった。
これは何かの陰謀ではないか?
自分は嵌められた。
鈴木議員は行き場のない感情を抱えたまま刑を執行された。
判決を受けた鈴木議員は刑務所に収監されたが、そこでは恐ろしい仕打ちが待っていた。
「おい、お前、議員だった鈴木だろ」
刑務所内の受刑者たちはテレビで見て鈴木議員の顔を知っていた。
「お前よお、金をチョロまかしたんだってな」
「結構なご身分だよな。金をチョロまかして党のプリンスなんて持ち上げられてよ」
「女も手を付け放題だったてのもホントの話かよ?」
鈴木議員は刑務所の雑居房に入れられると、同室の受刑者から質問攻めに遭った。
「おい、なんとか言えよ」
「お前、人が納めた税金で何やっていやがったんだ?」
何も答えない鈴木議員は殴られ、罵られた。
なんと惨めなことだろう。
国民平和党の有力者に昇り詰め将来を嘱望されていたというのに、犯罪者ばかりの刑務所に収監され暴力を振るわれ罵られる。
これが出所の日まで続くのか。
康介は泣き出したい気分だった。
元議員が入ってきた。
この噂はあっという間に刑務所内に広まった。
刑務所内の作業の時間になると、同室の受刑者以外の者とも顔を合わせなければならない。
康介は何から何まで苦痛だった。
自分は国のために働いてきたではないか。
その実績があれば裏金くらい何でもない。
そのくらいのことは他の議員もやっているではないか。
なぜ自分だけが。
康介は反省するというよりは自分が受けている仕打ちに憤っていた。
そんなある日、日中の作業を終え、雑居房の部屋の中でぼんやりしていた康介は看守に呼ばれた。
「368番、外出許可が出た。支度しろ」
「え?外出って、どこに?」
「いいから、早くしろ」
番号で呼ばれた康介だったが、急かされるように刑務所に来た時に着ていた私服に着替えた。
着替えた康介は迎えに来た男二人に脇を抱えられ、車に乗せられて刑務所を後にした。
一体、どこに行くのだろう。
康介はそう不安に思いながらも、久しぶりに見る外の世界、街の様子を目で追っていた。
「着いたぞ。降りろ」
「え!ここって」
康介を乗せた車が到着したのはクハーヤ大学病院だった。
かつての職場ではないか。
康介は海堂康介として、天才外科医と持て囃されていた頃の思い出が蘇ってくるようだった。
なぜクハーヤ大学病院なのか。
「こっちだ。歩け」
康介はやはり両脇を固められ、病院内に入った。
なんだか懐かしい。
またあの頃のように存分に腕を振るいたい。
議員としての生活も充実していたが、やはり天才外科医として活躍していた頃に戻りたい。
振り返ればある日突然にホームレスになってしまったことから不思議な運命に翻弄されているようだった。
謎の二人の男に抱えられるように病院内を歩いていると、外来のロビーに多くの人間が集まっていた。
病衣を着た患者の他にもその家族らしき付き添いの人間や、介助をしているらしき看護師などがロビーに集まっていた。
ふと見るとロビーのステージにアイドル歌手の佐伯まゆが上がっていた。
もうすぐクリスマス。
まゆは病院を慰問で訪れたのか。
まゆが病院や児童養護施設、障害者施設などをチャリティーで訪れているのは有名な話だった。
ロビーの前を通り過ぎる時、康介はまゆと目が合ったような気がした。
目が合うとまゆは康介ににっこり微笑みかけてくれた。
天使か。
そう思えるような笑顔だった。
康介は病院内を歩き、外科の病棟までやって来た。
正に康介のかつての職場。
病棟の様子は何も変わっていなかった。
自分がいなくても現場は回っているのか。
そう考えると海堂康介として活躍していた頃のことが無性に懐かしかった。
「連れてきました」
「あ、お疲れさまです」
かつての同僚が病棟の責任者になっていた。
自分より出世したのか。
康介は嫉妬した。
「じゃあ、病衣に着替えて。それから看護師から説明がありますので」
「あのう…」
何から何までなんだかおかしい。
康介はやっと口を開いた。
「どうしてここなんですか?俺はどこも悪くないのに、大学病院なんて」
「まずは検査しましょう」
「検査?」
「ええ、使いものになるかどうか、ですね」
「使いもの?」
なんだか要領を得ない。
逃げ出そうかとも考えたが、病院の玄関にはアンドロイドの守衛が複数立っている。
簡単には逃げられないだろう。
それに何の為にここにいるのか?
下手に逆らった方が危ないかも知れない。
康介は少し様子を見るしかなかった。
それからというもの、康介は全身くまなく様々な検査を受けた。
元は外科医だった康介は何の検査かはすぐに理解できた。
あちこちの内臓を調べられ、健康状態のチェックだった。
内臓がどれだけ正常に機能しているか。
しかし、そんなことを何の為に調べられるのか。
それでも、入院させられてからの食事は特別待遇と言ってよいものだった。
入院している病室も差額が請求されるような個室。
個室の前にはアンドロイドのガードマンが常に立っていた。
何らかの理由で拘束されている。
康介はそのことだけはわかっていた。
「出ろ」
検査を受け始めて一週間後、男性看護師が二人、康介を迎えに来た。
顔をよく見ると、刑務所に迎えにきた二人の男ではないか。
やはり逆らうことはできない。
康介は言われるまま病室を出た。
「え?ここって…」
康介が連れてこられたのは手術室だった。
なぜ手術室か。
自分はこれから手術を受けるのか?
躊躇っていると、強く腕を引かれて康介は中に連れ込まれた。
「ええ?」
手術室の中に入ると、支度をした医療スタッフが待ち構えていた。
「おい!何するんだよ!」
立ち尽くしている康介は看護師に取り囲まれ、手術台に上げられて固定された。
「おい!お前ら!何なんだよ?!」
「海堂さん、検査の結果、異常なしです。あなたには社会貢献してもらいます」
「はあ?」
執刀医らしい医師はそう言うと、メスを手に取った。
まさか、このままメスを入れるのか?
どこにも異常なしで手術などあり得ない。
麻酔はどうなっているのか。
康介は叫んだ。
「おい!!おいおい!!何の手術だよ?!麻酔はどうなってんだよー!!」
「臓器移植のためですよ。あなたの臓器を摘出します。麻酔?そんなもの必要ありません。どうせ、すぐ死ぬでしょ」
「ああ?!何言ってんだ!!人殺しー!!」
「人殺しは、あなたの方ですね。この病院で何人も殺してるでしょう。自分の研究のために患者の脳を摘出したり、臓器も取り出してましたよね」
康介はそう言われてハッとした。
確かに、医学の進歩のため、研究のため、治る見込みがない患者を手術台に上げメスを入れて体を切り刻んでは脳や臓器を取り出したりしてきた。
大学病院で地位を上げるため、名声を得て偉くなるため。
そのために康介は何でもやってきたのだった。
「あなたは、自分がやってきたことの報いを受けるのです」
「やめろー!!やめてくれー!!うわーーー!!うぎゃあーーー!!」
大声を出して抵抗しようとしていた康介だったが、メスを突き立てられ激痛で意識が遠のいていった。