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イラストはイメージです。
それにしても、ある朝、目覚めたらなぜ美女に生まれ変わっていたのか。
美しく生まれ変わることで、夢だった女優の仕事ができるようになり、富も名声もある男とも懇ろになれた。
美沙に夢中になるのは宮本や倉橋だけではなかった。
高価なブランドものやアクセサリーを買ってもらうのは当たり前。
宮本にはマンションや高級車も買ってもらっていた。
これも美しく生まれ変わったから。
美沙は仕事でテレビ局に来ていたが、トイレに入って手を洗いながら鏡で美しい顔をしげしげと眺めた。
「あらあ、来てたの?」
香菜がトイレに入ってきたが、美沙は反応せず無視を装った。
まだ醜い姿の頃、さんざんいじめられたのを美沙は忘れていなかった。
「ちょっと、返事くらいしなさいよ。なによ、ちょっと売れっ子になったからって。事務所ではあたしが先輩なのよ。無視してんじゃないわよ」
「おはようございます」
美沙は事務的に返した。
「なによう、その態度は。あんたね、調子に乗ってんじゃないわよ。あんた一人くらい、潰すのは簡単なのよ」
香菜は初対面の時から美沙が気に入らないようだった。
無意識のうちに元は醜い美和だったことが伝わっているのだろうか。
「あんたね、生意気なのよ。社長のお気に入りだからって、いい気になるんじゃないわよ。ふーん、社長の正体、知らないんだあ」
宮本の正体とは何のことか。
美沙は怪訝そうに香菜を見た。
「あ、反応したあ。やっぱ知らないんだあ。自分で社長に聞いてみたら?社長、バラされたくないんでしょうね。ま、あたしも噂で聞いただけなんだけどね」
「どういうこと?」
「だーかーらー、自分で聞いてみなさいよ」
香菜は化粧を直すと、ふふんと鼻で笑いながら出ていった。
相変わらず誰にでも嫌みを言い、少しでも弱い者だとわかれば容赦なくいじめる。
香菜は何も変わっていなかった。
香菜のような人間には天罰が下るべき。
美沙はまだ醜い頃に受けた仕打ちを忘れてはいなかった。
「キャハハハ!そうそう!最高ねー!!」
その日の夜、仕事を終えた香菜はクラブのVIPルームで酒を呷りながら、いつも連んでいる仲間と夜遊びに耽っていた。
「香菜、これ、試してみろよ。上物だぜ」
「へー、いい感じねえ」
香菜は仲間が差し出した錠剤を手に取った。
いつも連んでいる仲間と酒を飲みながら違法薬物を摂取しては、乱交まがいのふしだらな行為に耽る。
香菜は錠剤を一粒飲んだだけで恍惚とした表情を浮かべ、酒をがぶ飲みした。
「酒、酒、酒、持ってきなさいよー!キャハハハ!!」
VIPルーム内で香菜と仲間たちが騒いでいるところへ、飲み物が乗ったトレイを持ったボーイが入ってきた。
「キャハハハ!!」
違法薬物の錠剤を飲み、我を忘れて声をあげている香菜にボーイは黙って近づいた。
「へ、なに?」
傍らに立ったボーイが、ポケットを探るようにしているのに気づいた香菜は顔を上げたが、次の瞬間、香菜は悲鳴をあげた。
「キャアアアアアアアアア!!」
ボーイがポケットから小瓶を出し、香菜の顔に液体をかけた。
一体、何事か。
VIPルーム内のチンピラたちも狼狽えた。
「おい!香菜!どうした?!」
「顔が!顔が熱いー!!」
「見せてみろ。うわ!!」
香菜は苦しそうに顔を手で覆っていたが、それをどけさせて見ると目を背けたくなるような酷いことになっていた。
香菜の顔は焼け爛れて見るに耐えず、元の美しい顔は見る影もなくなっていて、香菜の座っていた辺りはテーブルや椅子の一部が溶けていた。
何か物を溶かすような薬品が使われたのか。
「やべえな!硫酸か?!」
「香菜、しっかりしろ!!」
チンピラたちは大慌てで救急車を呼んだが、香菜は泣きながら苦しそうに悶えていた。
その次の日、トップモデルで女優の香菜がクラブのVIPルームで襲われたうえ、顔に硫酸をかけられたニュースが世間に電撃的に広まった。
「マスター、どうしたのかしらね?」
プリヤの開店前、配達された新聞をラックに立てかけながら、空子はざっと一面を眺めていた。
スポーツ紙はどれも香菜の事件を一面に掲載していた。
「さあなあ。何か恨みじゃないか。こういう華やかな世界の裏側はドロドロしているんだろう」
「毎日毎日、物騒ね」
開店時刻になると空子はプリヤの出入り口の鍵を開け、店内の照明をつけたが、開店するや、すぐに客が一人入ってきた。
「いらっしゃいませー」
入ってきたのは若くて美しい女だった。
空子は女性客を見てすぐに気付いた。
今、人気の女優、宝生美沙ではないか。
空子は水の入ったコップを美沙が座っている席のテーブルの上に置いた。
「空子、久しぶり」
「え?」
人気女優が自分のことを知っているのか?
空子は不思議に感じた。
「空子、あたし。美和よ」
「美和さん?」
「そう、美和よ。あたし、生まれ変わったの。ちょっと前に朝、起きたらこの顔になっていたのよ。考えてみたんだけどね、プリヤスペシャルブレンドを飲んだら次の日こうなっていたの。プリヤスペシャルブレンドのおかげじゃないかしら」
何と言うことか。
人気女優の宝生美沙は以前の常連客、美和だった。
美沙はプリヤスペシャルブレンドを飲んだことで、醜女から美女に生まれ変わったと信じている。
「そうだったんですか」
「ね、空子なら信じてくれるでしょ?」
「ええ、世の中には不思議なことってあるものですね」
「空子のおかげよ」
「いいえ。それは美和さんが…美沙さんが強く願ったからですよ」
「そうかな?」
「そうです。世界を動かすのは人の心ですから」
「そっか。そうよね」
美沙はすっかり気を良くして、今の生活を語り出した。
「素敵ですね」
「でしょ。空子も今度来れば?あたしの友達だって言えば、オッケーだから」
「いえ、私はそんな立派な方とは…」
美沙は付き合いのあるぺリウシアの倉橋総帥の別荘に来ないかと、空子を誘った。
「美沙さん、幸せそうで良かったです」
「うん、すっごい幸せ!」
「でも、一つだけ約束してください。プリヤスペシャルブレンドの力を悪用してはなりません」
「もちろんよ!わかってるってば!」
「美和さんのことですから、大丈夫ですよね」
「そうね。でもね、昨日、モデルの高山香菜が襲われたでしょ」
美沙は香菜が襲撃された事件のことに触れた。
「いい気味よね。顔に硫酸かけられたんでしょ。香菜はもう終わりね。あ、あたしのせいじゃないわよ。確かに、香菜にバチが当たればいいとは思ったけど。それにしても、何でも願いが叶うようになっちゃったわ」
美沙は席を立ち、ラックに立てかけられたスポーツ紙を持ってきた。
「天罰よね。あたし以外にも香菜にいじめられてた人は多いの。みんな、香菜がいなくなればいいと思ってただろうし。ホント、いい気味だわ」
「そうだったんですか」
「あ、そろそろ帰らなきゃ。今日は昼から仕事なの。空子、また来るわね」
美沙はプリヤの店内の壁掛け時計を見上げた。
「マスターもお元気で。じゃあね、空子」
美沙はにっこり微笑んでプリヤを出ていった。
「マスター、美和さん、生まれ変わっちゃったのね」
「そうだなあ。よほど綺麗になりたかったんだろうな」
「すごくモテてるみたいだけど、身を持ち崩さなきゃいいわね」
「どうかな。人間はそう強くはないからな。プリヤスペシャルブレンドの力に頼りきらなきゃいいんだが」
マスターは週刊誌をぱらぱら捲っていたが、それを閉じると他のスポーツ紙と一緒にラックに立てかけた。