喫茶プリヤ 第二章 十一話~悪だくみ

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写真はイメージです。

 

「ねえ、いつまでやってるつもりかしら」

 

倉橋の死後、京田と暮らし始めた美沙はテレビのワイドショーを見て、苦々しい表情を浮かべながら出かける支度をしていた。

 

「まあ、あることないこと、噂を立てれば視聴率が取れるからな」

「でも、あまりしつこいと名誉棄損じゃない?もう終わった話なんだから、どうのこうの言われる筋合いはないじゃない。それに警察だって買収してあるんだから、何を言おうが私は無実なのよ」

 

ワイドショーでは倉橋の死の不審な点を検証し、まるで他殺であるかのようにコメンテーターが推理を披露していた。

倉橋の車は港の波止場から落下し、海中から引き上げられていた。

ブレーキ痕がない状況から事故か自殺が疑われていたが、海中を捜索した結果、倉橋の遺体は見つかってはいたものの損傷が激しく確認までに時間がかかり、DNA鑑定でやっと倉橋本人だと判断されるほどだった。

そして警察が出した結論は自殺。

その後、葬儀も済ませ美沙は不幸な未亡人として世間の同情を買っていた。

 

「まあ、美沙が犯人だとは一言も言ってないけどな。視聴者は勝手にそう思うかもな。まあ、いいじゃないか。消費されるゴシップと同じようなものだ。そのうち、みんな忘れるさ」

「そうかしら?」

「そんなことよりもフィロス電機のことだよ。奴ら、うまい話に乗ってきたじゃないか。海子のバージョンアップで共同研究の話に乗ってくるとはな。一気に飲みこんでやるか」

 

予てから業務提携しているぺリウシアグループとフィロス電機は、アンドロイドの海子のバージョンアップの件で共同で研究する契約を結んだばかりだった。

倉橋の後を継いだ美沙はフィロス電機の役員と何度も会い、契約に漕ぎつけていた。

 

「フィロス電機は海子の開発に予想以上に金がかかって、それを回収しようと躍起なんだ。こっちから資金援助を持ち掛けたら引っ掛かってきたな」

「それで最終的には株式を買収するのね」

「そうそう。美沙の天下だよ」

「またまた、あなたがぺリウシアのトップに立ちたいんじゃなくて?」

「もちろんさ、俺も役員として名を連ねる。俺が狙っているのはフィロス電機の技術力だ。海子のプロジェクトは俺が成功させる。この計画のために倉橋総帥には消えてもらったんだ」

 

京田はフィロス電機の買収に執着していた。

 

「俺の兄貴が生きていたら何と言うだろうな」

「ああ、自殺したお兄さん」

「うん。兄貴は海子の前に開発された空子の開発者なんだ。しかし、空子の開発は途中で止まってしまった。何か表沙汰にできない事情があるんだろう」

 

京田の兄はフィロス電機の技術者だったが、アンドロイドの空子の開発に関わった後、自ら命を絶っていた。

 

「要するに、あなたはお兄さんの復讐のためにフィロス電機を手中に収めたい。そういうことね」

「うん。来週の海子の初回発表会、必ず成功させなきゃな。ぺリウシアがなければ開発も進まないと思い知らせてやる」

「頑張ってね。”技術部長さん”」

 

美沙は”空子”と聞いて喫茶店のプリヤにいたウェイトレスのことを思い浮かべたが、ただのウェイトレスが高度に開発されたアンドロイドなはずがないと軽く考えていた。

仮にプリヤにいるウェイトレスの空子がアンドロイドだったとして、自分に何の関係があるというのか。

プリヤスペシャブレンドの力は絶大だったが、自分は空子とはもう何の関係もない。

そう考えて大して気にしてはいなかった。

 

「あら、もうこんな時間。じゃあ、お墓の打ち合わせ、行ってくるわね」

 

出かける支度を終えた美沙はふと時計を見た。

 

「フィロス電機の二階堂会長との食事会、来週だったわよね」

「そうそう、美沙の美貌で骨抜きにしてやろう」

「もう、よしてよ。うふふ。じゃあ、行ってくるわね」

 

美沙は倉橋の墓を建立する相談に出かけて行った。

若くして夫に先立たれた不孝な未亡人を演じる美沙だったが、夫の後を継ぎぺリウシアの総帥の座に就くことが決まっていた。

倉橋の死を受けて、次のぺリウシアグループの総帥となることが決まった美沙は女優の仕事は引退。

今後は企業グループのトップとして邁進することになっていた。

次はフィロス電機を買収し、その後で最高責任者になる。

名声と富を得ようとする美沙は恐いものなしだった。

ある日突然に美女に生まれ変わってからというもの、全てが思い通りに進み欲しいものは手に入れてきた。

これがプリヤスペシャブレンドの力。

これからの自分はまだまだ上昇を続けるに違いない。

美沙は自信に満ち溢れ目の前にあるフィロス電機買収に向かって、その野心を燃え上がらせていた。

 

一週間後、美沙は京田を連れてフィロス電機の経営陣と会食に臨んだ。

 

「まあ、会長さんったら。お上手ね」

「いやいや、本音ですよ。宝生さんは本当にお綺麗だから眩しいですな。ワッハッハッハッ」

 

食事会の席には美沙と京田、フィロス電機の二階堂会長、山本社長、安曇副社長が集まり、和気藹々と進んだ。

 

「海子の開発が成功すれば、海外にも高く売りつけて大儲けですな。宝生さん、その時はよろしく頼みますよ」

「もちろんですとも。レグヌム王国はお得意さまですから高く売りつけましょう」

 

海子は人間型のアンドロイド兵器。

戦闘能力が高く高度な電子頭脳も内蔵していて、自身の判断力で敵を見分け確実に倒す。

その開発のために業務提携しているぺリウシアグループはフィロス電機に多額の資金を提供していた。

今はまだ業務提携だが、近いうちに株式を取得して飲み込んでしまおう。

美沙は会食の席で作り笑いを浮かべながら腹の内ではそう考えていた。

 

「ところで、海子の前の試作品はどうなりましたか?」

「ああ、空子ですね」

 

京田の質問に安曇副社長が答えた。

 

「空子は全て回収しました。海子と同じで高度な電子頭脳を持っていましたが、自分の意思で逃げ出しまして。時間はかかりましたが全て回収しましたよ」

「なるほど。全てスクラップという訳ですか」

「そうですね。自分の意思を持てる能力が逆の方向に出てしまいましたから。戦うことに疑問を持ち、拒否するようになりましたからね。それでは商品として成り立ちません。電子頭脳のエラーが原因です。まあ、単なる試作品に過ぎませんからね」

 

安曇副社長と京田の会話を美沙はじっと聞いていた。

空子というのは海子の試作品のアンドロイドの名前。

致命的な電子頭脳のエラーで、全ての個体がスクラップにされた。

茶店のプリヤにいたウェイトレスも空子だったが、流行らない喫茶店のウェイトレスが兵器な訳がない。

美沙はそう思って気にすることなく、運ばれてきた料理に舌鼓を打ち、愛想笑いを振り撒いていた。

 

「海子の販売が決まれば、莫大な利益が見込まれます。儲かって儲かって笑いが止まりませんな。それもぺリウシアさんの後ろ盾があってこそですよ。ワッハッハッハッハッ」

 

二階堂会長は上機嫌で高笑いした。

いい気になって笑っていられるのも今のうち。

美沙は調子を合わせて笑いつつも、フィロス電機など買収して飲み込んでやると野心に燃えていた。

海子の販売で得られる利益は最終的にはぺリウシアが回収する。

フィロス電機の技術力を横取りし、完全に支配下に置く。

こうして他の企業も買収し、ぺリウシアグループをますます大きなものにしていく。

その頂点に立つのは自分なのだ。

美貌だけでなく、美沙は富、名声、権力をもその手に収めようとしていた。