喫茶プリヤ 第二章 八話~強欲

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tomatoma-tomato77.hateblo.jp

写真はイメージです。

 

宮本は定宿にしている一流ホテルの部屋で遺体となって発見された。

チェックアウトの時間を過ぎても応答がなく、不審に思ったホテルの従業員が変わり果てた姿の宮本を見つけた。

宮本は全裸にも拘らず網タイツにガーターベルトを着け、ハイヒールを履いていた。

遺体の周りには火を点けた形跡のあるロウソクや鞭、浣腸に使う容器などが散らばり、異様な有り様だった。

 

「あーあ、見つかっちゃったわね。聞いてる方が恥ずかしいわ」

「これで、アステールのイメージに傷がついたな」

「それを助けてあげるのが、あなたなんでしょ。うふふ」

「まあな」

 

美沙と倉橋は朝から宮本の死を伝えるワイドショーを見ながらせせら笑っていた。

新進気鋭の若社長が率いる芸能界の名門事務所と言われていたアステールだったが、誰がどう考えても、状況からして死んだ宮本は変態。

アステールのイメージに傷がつくに違いなかった。

イメージが大切な芸能の世界で、社長がホテルで変態プレイのうえ死んだとなれば、アステールの損失は大きかった。

以前からアステールを傘下に収めようとしていた倉橋は、さも助け舟を出すふりをしてアステールの株式を取得、支配しようと画策していた。

 

「これで、我がぺリウシアグループも芸能の世界に進出だな」

 

既に上場している名門、アステールを傘下に収めることを足掛かりに、倉橋は芸能の世界でも大儲けを企んでいた。

 

「ねえ、あたしたちのことは、どうなるの?」

「ああ、明日の今頃は俺たちの話題で持ち切りだろうな」

「うふふ。嬉しいわ」

「俺もだよ」

 

倉橋と美沙は二人そろって出かける準備が整っていた。

その日、二人は婚姻届けを出そうと決めていた。

倉橋が看板女優の美沙と結婚し、アステールの株式を取得すれば話題性は抜群に違いない。

美沙も日本一とも称される企業グループの総帥との結婚はメリットしかなかった。

元は貧しい階層出身で母一人子一人、母親が死んだ後は天涯孤独の美沙だったが、幸せと栄光を掴み取った。

こうなれたのも、美しく生まれ変わることができたから。

美しく生まれ変われたのは、プリヤスペシャブレンドを飲んだから。

プリヤスペシャブレンドを飲んでからというもの、美沙は上昇を続けていた。

美貌も、富も、名声も、全てを手に入れることができたのだ。

美沙は幸せの絶頂にあった。

 

それからというもの、思っていた通り、倉橋と婚姻届けを出してから芸能マスコミは美沙の話題を毎日のように取り上げた。

美沙はどこへ行っても注目され、ますます持て囃されるようになっていた。

 

「そうだわ、あなた。今度のパーティー、何を着て行けばいいかしら?」

「そうだなあ。ドレスを新調するか」

「わああ!嬉しい!いいの?」

「いいとも。美沙のお披露目みたいなものだからな」

 

一週間後、倉橋が付き合いのある憲民党の大物代議士、花村権蔵の政治家生活30年を祝うパーティーが開かれることになっていた。

そこに招かれた倉橋は当然、美沙を同伴して出席することにしていた。

 

「ねえ、花村代議士ってどんな人?」

「ああ、気のいいおっちゃんって感じかな」

「そうなの?見た目、恐そうじゃない?」

「うん、見た目もあれだけど、政治的な手腕は剛腕だな」

 

倉橋は花村代議士とは懇意にしていた。

ぺリウシアグループが推し進めているカジノの開発でも、後ろ盾になってもらう代わりに多額の献金を流していた。

 

「まあ、商売のためには仲良くしたいおっさんだな」

「へえ、でも、政治家のパーティーなんて、いろんな人が来るんでしょ。それは楽しみかも」

「お前はミーハーだからな」

「もう!大輔さんったら!」

 

倉橋に伴われて大物政治家のパーティーにも参加できる。

美沙は自分も権力の中枢にいるような錯覚すら感じていた。

 

「どうも、お世話になっております」

「よお、倉橋くん。きれいな奥さんだねえ。羨ましいよ」

「美沙、こちら、竜嶺会の会長さん。西田さんだ」

「美沙です。よろしくお願いします」

 

美沙は倉橋が仕事で世話になっているという反社会的組織、竜嶺会の会長に挨拶した。

花村代議士の政治家生活30周年を祝うパーティーにやって来た美沙は、倉橋に付いて会場内を回り政治家や実業家、各界の有名人に愛想笑いを振り撒いていた。

 

「倉橋くん、相変わらず忙しそうだな」

「花村先生のおかげです」

「奥さん、お綺麗ですねえ。そうだ、紹介しますよ。娘の由梨子と許婚の中村くんだ」

 

花村代議士は上機嫌で傍らに立っている若者を美沙と倉橋に紹介した。

 

「中村です!よろしくお願いします!」

「倉橋です。こちらこそよろしくお願いします」

 

中村は外見もスマートな雰囲気で、紹介された通りの好青年だった。

 

「わあ、宝生美沙さん、僕、大ファンなんです」

 

中村はポケットからハンカチを出してサインをねだった。

 

「まあ、私なんかのサインでいいの?」

「はい、ぜひお願いします」

 

中村は心底嬉しそうだった。

 

「幸弘さん、お父様と一緒にご挨拶よ」

「あ、そっか…宝生さん、サイン、ありがとうございます。僕は花村先生と皆さんにご挨拶がありますから、ちょっと失礼します」

 

傍にいた由梨子に促された中村は、花村代議士とステージに上がり神妙な表情を浮かべていた。

 

「へえ、花村代議士の後継者?」

「ああ、良さそうな若者じゃないか」

「でも、この前もそういう人、いなかった?」

 

ステージ上に上がった中村は、花村代議士の後継者として司会者に紹介されていた。

しかし、花村代議士の後継者といえば、少し前にもマスコミを賑わせていたのではなかったか。

 

「ああ、名前、何て言ったっけなあ?」

「確か、爆弾テロに遭って死んだんじゃなかった?」

「そうそう、そうだよな」

「それで、また別の人が後継者?」

 

花村代議士の後継者といえば、つい最近、選挙に当選し初登院したものの、爆弾テロに遭って死んでしまった若者がいたはず。

倉橋と美沙は周りに聞こえないように小声で言い合った。

 

「どんな神経してるのかしら?爆弾テロだって、犯人はまだ見つかってないんでしょう」

「いやあ、その程度のことでビビッてたら政治家は務まらないんじゃないか」

「そうかも知れないけど。それに、花村代議士の娘も娘じゃない。婚約者が殺されて間もないのに、また別の人と婚約するなんて。どうかしてるわ」

「まあな。政治家の家に生まれて、そういうことは気にしないんじゃないか」

「そんなものかしら?」

「そんなものなんだろうな。それが政治家の世界なんだろうな」

「ふうん、そうなのかしらね。それなら、さっき挨拶した竜嶺会の会長さんの方がまだマシじゃない。任侠っていうか、下っ端の者を大事にしてるみたいじゃない。それに比べて、花村代議士は…」

 

美沙が半ば呆れていると、ステージ上にいた花村代議士と中村の挨拶が終わった。

会場内で万歳三唱が始まり、美沙と倉橋も形だけだったが周りに合わせて万歳を繰り返した。

 

花村代議士の政治家生活30年を祝うパーティーには各メディアも取材に訪れていた。

 

「マスター、この政治家、前も話題になってたじゃない?」

 

翌朝、花村代議士のパーティーの様子を報じる新聞の見出しを見ながら、空子はプリヤの開店準備を進めていた。

店を訪れる客のために置いておくスポーツ紙をラックに立て掛けると、空子は軽く掃除を始めた。

 

「そうだな、佐藤さんの事件、少しは考えてやれないものかね」

「全然、気にしてないみたいよね」

「政治家なんて、そんなものかね」

「うーん…でも、マスター、美沙さん、結婚したのよね」

 

空子とマスターは店に置くスポーツ紙や一般紙、週刊誌で情報を仕入れていた。

 

「美沙さんは今のところ順調だな。でも大丈夫なのかね。一晩で美しくなって、その後は運命が変わってしまって」

「ぺリウシアの総帥と結婚なんて、すごいわよね」

「ただなあ、倉橋総帥はいろんな噂があるだろう。花村代議士と繋がってるってことは、竜嶺会とも付き合いがあると見ていいだろうな」

「何を企んでいるのかしら?」

「うーん、緑川町の再開発にも一枚噛んでるだろう。ぺリウシアはカジノの開発に力を入れているそうじゃないか」

「ひどいわ、緑川町をカジノにしようとしてるなんて」

 

緑川町は大きな駅に近く、古くから栄えた町だった。

公園や緑地が多く、自然の豊かさと便利さが同居する住みよい町だったが、駅から近い一等地として再開発計画が立てられていた。

再開発を進めようとする企業グループと、立ち退きに応じない住民たちの間では訴訟が起こり、未だ係争中だった。

 

「この町のみんなは、静かに暮らしたいだけなのに」

「ああいう人種は金になれば何でもいいんだろうな」

「いい加減、諦めればいいのに。そんなにあたしたちを追い出したいのかしら」

「この辺りは駅からも近いし、便利な場所だからな」

「だからって、緑地を潰してカジノにしようなんて」

 

緑川町では既にいくつかの緑地で樹木の伐採が行われていた。

再開発のために住民みんなのための自然が破壊されていくことに、空子は憤りを感じていた。