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ここから本編です。
写真はイメージです。
社長の山木に乗せられて参加した憧れの三澤俊介のステージ。
本番の一ヶ月前からリハーサルに参加した和也だったが、大きなミスもなく自分に求められた役割を無事に果たすことができた。
主役の三澤を中心とし、国内指折りのギタリストが参加したライブで和也はただただ圧倒されていたが、必死で自分が持っている力と技術を発揮しステージに貢献していた。
「じゃあ、今日は皆さん、お疲れさまでしたー!!かんぱーい!!」
「カンパーイ!!」
和也のマネージャーを務めることになった木村が打ち上げで音頭を取ると、スタッフ、出演者一同、グラスを高く上げて乾杯し互いのグラスを軽くぶつけ合い労い合った。
「加原くん、すごく良かったよ」
「そうそう、とても初めてとは思えなかったね」
今まではテレビの歌番組やネット配信、音楽雑誌などでしか見たことがなかった有名ミュージシャンたちが和也に声をかけてくれた。
「あ、ありがとうございます」
和也はステージを降りてもまだ緊張が解けず、そう答えるだけで精一杯だった。
自分が一流のミュージシャンに認めてもらえる。
まるで夢のようだった。
「三澤さんも喜んでたよ」
「そ、そうですか。僕なんか、全然…」
「そんなことないよ。加原くんのこれからが楽しみだなあ。ほら、三澤さんみたいになればさ、アイドルちゃんとも付き合えるかも知れないぞ。ほら、見てみろよ」
和也が言われた方を見ると、トップアイドルの佐伯まゆが三澤俊介の隣に座り笑顔で何か話し込んでいた。
まゆはステージに出演したわけではなかったが、同じアステールの所属ということもあるのか打ち上げに顔を出していた。
「いいなあ、三澤さんは。まゆちゃんみたいな娘と付き合えて。俺もあやかりたいよ。まゆちゃんが成人したら結婚かとか言われてるしなあ……あ!総帥、こ、こんばんは!」
同じくアステール所属のギタリスト、広瀬が三澤とまゆの噂を和也に吹き込もうとしているところへ、総帥と呼ばれる誰かが近寄ってきた。
「お、お疲れさまです!」
「やあ、広瀬くん。お疲れさま…お、君が加原くんだね」
「はい、よろしくお願いします」
和也と総帥が会話を始めると、広瀬は気を遣ってか離れていった。
総帥とは、どこの誰なのか。
そう呼ばれるのであればどこかの組織のトップに違いない。
「加原くん、はじめましてだね。私はぺリウシアの総帥で京田だ」
「え、ぺリウシアの総帥なんですか?!」
ぺリウシアは世界的に有名な企業グループで、傘下には様々な業種の会社を従えていた。
アステールもその一つでぺリウシアの出資を得て、今や業界一の芸能事務所として知れ渡るようになっていた。
ぺリウシアはアステールにとって一番のスポンサー。
この日のライブの協賛としても出資し、これから和也が所属するパールヴァティ―レコードもぺリウシアグループの傘下にある会社だった。
そのぺリウシアの総帥、京田に広瀬が気を遣うのも至極尤もなことだった。
「加原くん、私もステージは見せてもらったよ。初めてのステージだったんだって?すごいじゃないか。素晴らしい才能だ」
京田は和也のギターテクニックを褒め称えてくれ、和也は初対面の京田の前で恐縮すること頻りだった。
「次はソロでのステージが楽しみだな」
「ええ、信じられません。僕なんかがソロでステージに立てるなんて」
和也はもうすぐデビューシングルが発売されることになっていて、秋からは全国を回るツアーも決まっていた。
一ヶ月前に事務所の山木社長と会って以来、全てがトントン拍子に進みシングルのCDを出すだけではなく、アッという間にツアーまで決まってしまっていた。
「いやいや、謙遜するのもいいが、自分の才能にもっと自信を持っていいんじゃないか。舞道館だって満員にできるだろう」
「僕が舞道館ですか?!」
「うん、さっそく手配を始めようか」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「ん?何か都合が悪いことでも?」
「いや、そうじゃありませんけれど」
「じゃあ、今年のクリスマスあたりどうかな?ツアーは秋から始まるだろう。チケットの売れ行きも好調だし、完売になった会場もあるんだしな」
「でも、クリスマスに舞道館はもう押さえられてるんじゃないですか?」
「ああ、キャンセルしてもらえばいいよ」
京田はぺリウシアの圧倒的な財力を以て、既にクリスマスイブとクリスマスに舞道館を押さえているアーティストに席を譲ってもらおうと言い出した。
「でも、そんなことできますか?」
「できるよ。ぺリウシアに不可能の文字はない」
「しかし…」
「ああ、角が立つんじゃないかってことかな?気にしなくていい、加原くんには迷惑がかからないようにするから。未来の大スターだからな、うちとしても全力でバックアップしていきたいんだ」
ぺリウシアの総帥、京田は自信たっぷりだった。
そういえば、ぺリウシアの総帥がいつの間にか替わったことは和也もよく知っていた。
前総帥の倉橋は謎の死を遂げ、その後を継いだ妻で元女優の宝生美沙は服役中。
それを受けて総帥の座についたのが、目の前にいる京田なのか。
働いていた建設現場では昼休みになれば、スマホのネットニュースを見て仕事仲間と笑い話のように軽く扱っていたが、その芸能界の真っ只中に足を踏み入れてしまった。
世界的な企業グループの総帥と直で言葉を交わし、しかも期待までされている。
ヤクザ者に壊されたギターがなぜか直ったことから始まり、トントン拍子にデビューもして、次はどのアーティストも憧れる会場で単独ライブを行う。
恐いくらい順調だった。
「とにかく、舞道館のことは私に任せてくれないか」
「ええ、はい。よろしくお願いします」
京田は眼鏡をかけたクールな見た目で知的な雰囲気だったが、意外と押しが強かった。
和也は舞道館で本当にライブができるのか、半信半疑だったが素直に言うことを聞いていていた方がよいような気がしていた。
「うちの会社も今までいろいろあったからねえ。加原くんのようなスターを前面に出してイメージアップに繋げたいんだ」
「はい…」
「宝生美沙、逮捕されたのは知ってるよな」
「ええ、びっくりしました」
「あの女のせいでぺリウシアのイメージに傷がついて散散だったよ。一時はどうなることかと思った。私は亡くなった倉橋元総帥の秘書をしていたんだが、総帥の職を継ぐことになってね。それに、君の事務所、アステールも前の社長の宮本はホテルで変態プレイ中に死んだろ。組織としてはガタガタだ。アステールはぺリウシアが買収しなければ潰れていたな。幸い、今の山木社長は優秀でクリーンだ。山木社長とも組んで、私が君をスターにしてあげよう」
「ありがとうございます」
ぺリウシアと今ではその中のグループ企業になったアステール。
和也はネットニュースで取り沙汰されていたことくらいでしか事情はわからなかったが、触れてはならないどす黒いものが渦巻いているであろうと想像できた。
しかし、建設現場で働き、ごくわずかな聴衆の前で路上ライブをしているだけでは芽が出るとは思えなかった。
これもチャンスなのだ。
そもそもミュージシャンになれるかなれないかは、実力と同じくらい運が大切に違いない。
京田は少し怪しい感じだが、ミュージシャンとしてやっていきたいのなら、多少のことには動じずにいなければならないのではないか。
和也は自分をそうやって納得させた。
「…という訳なんだ。加原くん、これからミュージシャンとしてやっていくのに、何か困ってることはないかな」
「え、あ、はい!」
和也はぼんやりしていて京田の話を一瞬聞いていなかった。
「何か困っていることはないかな?」
「ええ、と。そうですね…」
咄嗟に浮かんだのは松野豊に盗作され、その松野がのうのうとトップの座にいることだった。
和也が一生懸命に作った曲を横取りしてトップミュージシャンの座にいる松野を、和也は許せなかった。
「あのう、実は…」
和也は思い切って盗作されたことを打ち明けた。
「なるほど。やっぱりそうか」
「何かご存知なんですか?」
「松野豊のパクリ、盗作疑惑は今に始まってことじゃない。ゴーストライターがほとんどの楽曲を書いているという噂もある」
「僕だけじゃないってことですか」
「うん、証拠がないから押さえられないんだがな。しかし、我がぺリウシアグループが推すスターから盗作したとは捨て置く訳にはいかないな。よし、この件、私に任せてくれ」
「いいんですか?」
「うん。松野め、ぺリウシアグループの力を見せてやる」
巨大企業グループの総帥が自分のために動こうとしている。
和也はここまで自分に運が向いてきたことに内心驚いていた。