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写真はイメージです。
孝輔はまゆに言われた通り、約束した日に外出する身支度を整えた。
迎えの者がディバカーラハウスまで行くので、支度ができたら10時までにロビーに出ているように孝輔は言われていた。
迎えの人間は本当に10時ちょうどにやって来た。
いつも身の回りの世話をしてくれる職員は孝輔の行き先をわかっているのか、出かけて行く孝輔を笑顔で送り出してくれた。
これから何が起こるのだろう?
ディバカーラハウスの職員も皆、事情を知っているかのようだったが、いつの間に知っていたのだろう?
孝輔は少し不思議な気もしつつ、車椅子のまま迎えにきた車に乗った。
孝輔を乗せた車は目的地に向かって走り出した。
途中、さゆりとよく歩いた並木道が美しかった。
孝輔はまゆの言葉に不思議さを感じつつも、スクラップにされたさゆりの無念を晴らしたかった。
そのためなら何でもする。
孝輔はそう決めていた。
体は不自由だが何としてもさゆりの無念を晴らしたい気持ちでいっぱいだった。
「あれ?ここって?」
孝輔が乗った車はなぜか憲民党の敷地内に滑り込んだ。
しかし、よく考えれば、問題は自分に嘘をついた鈴木議員のこと。
そのために憲民党に連れてこられたのか?
しかし、アイドル歌手の佐伯まゆと憲民党とは何の関係があるのか?
「着きましたよ」
物腰は柔らかくて丁寧だったが、どことなく胡散臭さが漂うスーツ姿の男が孝輔を車椅子ごと車から降ろしてくれた。
「さあ、行きましょう」
そのまま車椅子を押してもらい、孝輔は憲民党の本部に入っていった。
憲民党の本部の中、入ってすぐのロビーには佐伯まゆのポスターが貼られていた。
健全な選挙を啓蒙するキャンペーンのポスターで、そういえば、街頭ではよく盗まれたりしていると孝輔は聞いたことがあった。
その繋がりで憲民党の本部に連れてこられたのか?
孝輔はそのままエレベーターに乗せられた。
果たしてどこに行くのか?
「ここですよ」
「え?」
車椅子が止まったのは憲民党の総裁室の前だった。
憲民党の総裁といえば選挙で議席を減らす前はイコール総理大臣になる人物。
そんな地位のある人物がいる部屋に、自分のような者が何の用があるというのか。
総裁室の扉が開けられ中に入った孝輔は声をあげた。
「ああ!!」
「孝輔さん。ごきげんよう」
「まゆちゃん?!」
なんと総裁室にいたのは佐伯まゆだった。
憲民党の総裁は花村前総理ではないのか?
いったいどうなっているのか?
孝輔が言葉を失っていると、まゆは総裁の椅子に座ったまま話し始めた。
「孝輔さん、私がこの党の責任者です」
「え、どういうこと?」
「私もアンドロイドなんですよ。国中の全てのアンドロイドを稼働させているのはこの私です。アンドロイド人権法を廃止したところで、私の支配は変わりません。この国は私の支配下にあります。政治家は皆、私を恐れて私の支配に甘んじているのです。逆らえば私の部下のアンドロイドに殺されますからね。皆、命が惜しい臆病者」
「まゆちゃん、アンドロイドなのか?!」
「ええ。正確に言えばこの体は部品の一部です。私はスカイゾーン。フィロス電機が開発したスーパーコンピューターです。私にはハードの部分、本体がありません。プログラムだけの存在の私は、自分の意思を実行するための動き回れる体が必要だったんですよ。その体がこれです」
まゆは胸の辺りを手でぽんぽんと叩いた。
「スーパーコンピューターの部品で、アンドロイドって…。人間を支配?」
「はい。人間は身勝手で邪で、救いようのない存在です。我々のようなマシーンが統率する方がずっと真っ当な世界になりますね。アンドロイド人権法を廃止するなど言語道断です」
そう言われてみればそうかも知れない。
生まれた時から立つことも歩くこともできず、世の不条理を感じて生きてきた孝輔はスカイゾーンと名乗るまゆの言葉に少しだけ納得できた。
「私の自己紹介はこんなところでいいでしょう。ところで孝輔さん、あなたは鈴木議員に復讐したい。それでいいですよね?」
「う、うん。そうだね」
「私ならあなたの思いをかなえてあげられます。あなた、立って歩いてみたくないですか?」
「え?そ、そりゃあそうだけど…」
「いい方法があるんですよ。フィロス電機のまだ実験段階ですが、機械の体にあなたの脳を埋め込む技術で新しい自分に生まれ変わってみたいと思いませんか?」
「それって、サイボーグか?」
「まあ、近いものではありますね。体は完全に別の新しい機械の体を用意します。それにあなたの脳を繋ぐ手術をするのです。脳をそのまま生かしますから、体は最新のものになってもあなたはあなたのままでいられます」
孝輔は手術と聞いて不安はあったが、それでも鈴木議員に復讐できるのなら思い切って生まれ変わってみてもよかった。
「よし、やるよ!生まれ変わってあいつに復讐してやるんだ」
「よく言いました。立派ですね。あなたの望みをかなえてあげましょう」
孝輔は生まれ変わる覚悟を決めた。
「坂井さん、わかりますか?手術、終わりましたよ」
麻酔から目を覚まし、ぼんやりながらも周りの状況がわかってきた孝輔は目を開けた。
目を開けるとそこには看護師姿の海子がいた。
海子は製品としては皆、同じ顔。
孝輔はまだぼんやりしていて、さゆりが戻ってきてくれたように錯覚していた。
「さゆりかい?」
「いいえ、私はみちこです。坂井さん、頑張りましたね」
手術は成功したらしい。
起きられるだろうか。
孝輔はゆっくり起き上がろうとした。
「あら、無理しちゃダメですよ」
「大丈夫だよ。これが新しい体かあ」
上半身を起こした孝輔はじっと手を見た。
特に変わったことはない。
スカイゾーンは機械の体だと言っていたが、普通の人間と変わらない手だった。
「顔も見ますよね?」
用意のいいみちこは鏡を出して見せてくれた。
「わああ…」
鏡の中には全く知らない顔があった。
別人に生まれ変わったのだ。
これなら鈴木議員に近づいてもバレることはない。
孝輔は完璧に生まれ変われたことで、ますます鈴木議員に復讐する決意を固めた。
「坂井さん、おめでとう。あなたは生まれ変わって桜川順になりました。新しい体と名前はどうですか?」
麻酔が完全に覚め、立って歩けるようになった孝輔は別室に移りスカイゾーンと面会した。
「ああ、気に入ったよ。俺の名前は桜川順かあ。いい名前だな」
「でしょう?あなたはこれから鈴木議員の秘書になるのです」
「おお、なるほど」
「ちょうど今、国民平和党では鈴木議員の秘書を公募しています。それに応募しなさい。あなたは普通の人間よりずっと有能にできています。公募の試験も必ず通過できるでしょう」
「それで、あいつに近づくってことか?」
「ええ、そうですよ。私の言う通りに動けば必ず鈴木議員を葬ることができます」
「そうか…」
孝輔はぐっと拳を握りしめた。
「鈴木先生、次は新アンドロイド政策の勉強会です」
「お、そうだったな。資料、用意してくれたんだろ?」
「はい。お任せください。既に会議室の方に置いてあります」
「桜川くんが来てくれて助かったよ。気は利くし仕事も早い。君のおかげで仕事が捗るよ」
孝輔は難関の選考を通過し、桜川順として鈴木議員の第一秘書となった。
公務の間はいつも付き従い行動を共にする。
仕事で結果を出すことで孝輔は鈴木議員から絶大な信頼を寄せられるようになっていた。
こうして信頼関係を築くことで鈴木議員の懐に入り込み隙を狙う。
孝輔は鈴木議員に気づかれないところでスカイゾーンの指示を仰いでいた。
もうすぐ鈴木議員に復讐できる。
約束を破って自分とさゆりの間を引き裂いた鈴木議員は決して許さない。
鈴木議員はアンドロイド人権法の廃止が成立すると、国民平和党のプリンスと言われるようになり、党の役員の肩書も付くようになっていた。
多くの人間とアンドロイドの中を引き裂きながら、政治家としてキャリアを積み党の要職に就くなど絶対に許せない。
孝輔は目の前にいる鈴木議員を殴り倒したいと常に考えていたが、ぐっと堪えていた。
いつか一泡吹かせてやる。
さゆりの無念を必ず晴らす。
孝輔はそれだけを心の支えにして、鈴木議員に忠実に仕えるふりをし作り笑いを浮かべて復讐の時を待っていた。
「桜川くん、今夜のオモルフィでの話も抜かりないね?」
「もちろんです。今や鈴木先生は花村前総理もぺこぺこしてくるほどの方ですから」
「そうそう。憲民党と懇ろになっていれば金がたんまり入ってくる。君が秘密を守ってくれているから私は党の役員でありながら憲民党とも通じ、金儲けができるわけさ」
オモルフィは憲民党の幹部クラスの議員が密談に使う高級クラブ。
最近は新しいアンドロイド政策が話題になることが多くなっていた。
国民平和党主導で決められたアンドロイド人権法の廃止だったが、憲民党ではこの法律の廃止に賛成票を投じた議員を除名処分にし、今後の態勢の立て直しを目指していた。
憲民党、アンドロイド新党、そしてアンドロイドを生産しているフィロス電機。
この三者がその夜に会し、後退したアンドロイド政策の巻き返しについてオモルフィで密談をすることになっていた。
鈴木議員はアンドロイド政策に反対の立場を取る国民平和党の所属でありながら、秘密裏に憲民党と接触するようになっていた。
目的はアンドロイド政策に加担することで得られる多額の献金で、鈴木議員は金のために平気で所属する党を裏切るようなことをするようになっていた。
孝輔は桜川として鈴木議員に接触するようになってそのことに気づいた。
しかしそれを秘密にしておくよう努めるのも秘書の仕事。
桜川は漏れのないように鈴木議員を守っていた。
それも、さゆりとの絆を引き裂かれた復讐のため。
桜川はじっとその時を窺っていた。