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写真はイメージです。
議会の最重要課題はアンドロイド人権法の行方だった。
国民平和党では党としてアンドロイド人権法廃止を提案し、他の野党とも合わせて廃止に追い込む準備を整えていた。
問題は与野党伯仲ながらも、かろうじて議会の過半数を占める憲民党とアンドロイド新党の連立政権の出方。
アンドロイド新党はアンドロイド人権法の廃止には全面的に反対。
連立を組む憲民党も追随すると見込まれ、そうなるとアンドロイド人権法の廃止は成立しない。
しかし不確実な情報だったが、花村総理大臣が辞職した憲民党は一枚岩ではなく、アンドロイド人権法の廃止に賛成票を入れる議員がいるのではないかという噂が流れていた。
そうなると、一気にアンドロイド人権法を廃止に持ち込むことができるかも知れない。
国民平和党は勢いづいていた。
アンドロイド人権法の件は国民平和党で康介を中心に話が進んでいた。
自分のような一年生議員を重要な案件の中心に据えてくれるとは。
康介は恐縮するような思いで議員の仕事に取り組んでいた。
この案件をまとめれば、自分は党の中でも影響力を持てるようになり、重要なポストも任されるようになるかも知れない。
天才外科医だった自分は一晩明けたらホームレスになっていた。
天才外科医と持て囃された生活からホームレスへ転落して以来、気楽さはあったが責任のある仕事をして世間に認められることからは遠ざかっていた。
党の中で重要なポストに就ければ、また、あの頃のように地位や名誉を得ることができる。
そのためにも、アンドロイド人権法は必ず廃止に持ち込まなければならない。
康介は自分自身を鼓舞した。
「それでは、これからアンドロイド人権法廃止についての採決を行います」
議会の議長はアンドロイド新党の役員でもある、アンドロイドのすみれが務めていた。
すみれが投票開始を宣言すると、議員は一人ずつ投票箱の前まで行き手に持った投票用紙を投票箱に投入した。
果たして結果は如何に?
噂レベルの情報だったが、憲民党の一部の議員がアンドロイド人権法廃止に賛成票を投じるのか?
造反者は本当に出るのか?
そんなことになれば憲民党は二つに割れる。
政治が混乱するのは目に見えていた。
しかし、それを恐れていては政治は、国は良くならない。
投票を終えた康介はそう信じて投票の行方を見守っていた。
「それでは集計します…アンドロイド人権法に反対、137票。賛成、263票」
議長のすみれが淡々と結果を発表すると議場内の議員たちはどよめき、賛成票を入れた議員の間からは拍手が起こった。
263票は野党を全て足しても達する数ではなかった。
憲民党から造反者が出て賛成票を投じた者がいる。
康介は自分が憲民党をも動かしたのだと誇らしい気持ちになった。
党が自分に任せてくれた重要法案が成立した。
自分が国を動かすのだ。
国を動かせる政治家になったのだ。
そんな自分にはこれから晴れ晴れしい未来が待っているのだ。
もう惨めなホームレスだった自分はいない。
ずっと前の天才外科医だった頃のように、持て囃される立場に戻れるのだ。
政治家としてもっと上に行ってみせる。
そういえば、少し前に気づいていたことがあった。
ホームレスになったりと不可思議ながらも、自分にはツキが回ってきた。
それは、プリヤでスペシャルブレンドを飲んだ次の日からのこと。
もし、また飲めることがあれば自分は政治家としてももっと上に行けるはず。
康介は新たな野心を燃やしていた。
アンドロイド人権法が成立したことで、既に流通しているアンドロイドの多くが回収されることとなった。
アンドロイドが増えすぎて人間の生活を圧迫している。
不要なアンドロイドは回収してスクラップになると政府のガイドラインには定められていた。
「わーーん!!ゆりこ!行かないでよー!!」
「やだやだー!!まゆみを連れていくなー!!」
ディバカーラハウスのアンドロイドたちも例外ではなかった。
政府の特別職に指定された回収業者が来て、子供たちと生活を共にしているアンドロイドを強制的に連れ出す作業を始めた。
意思を持ち、子供たちとも心を通わせてきたアンドロイドたちだったが、法の順守が電子頭脳に組み込まれていて、回収業者に言われるままにトラックの荷台に乗り込んでいった。
子供たちは施設の玄関まで出てきて、アンドロイドに付けた名前を叫びながら泣いて抗議したが、回収業者は事務的に仕事を進めるだけだった。
そして、孝輔とさゆりも逆らうことはできなかった。
「さゆり!行くなよ!!」
「孝輔さん、もう決まったことなの。私たちは法律に逆らうことはできないの。今までありがとう」
「さゆりー!!」
さゆりは回収業者に手を引かれ、トラックの荷台に乗った。
「さゆりー!!」
「孝輔さん、さようなら」
さゆりはフィロス電機が開発したアンドロイド。
アンドロイドは涙は流さないはずなのに、孝輔にはさゆりが泣いているように見えた。
「さゆりーーー!!」
孝輔は身を乗り出したはずみで車椅子から落ちてしまっても、さゆりと他のアンドロイドたちが乗せられたトラックを追いかけようと這いつくばって前に進んだが、トラックはスピードを上げて次第に見えなくなっていった。
それからというもの、孝輔は塞ぎ込んでばかりいるようになった。
いろんな考えが頭に浮かんだが、鈴木議員が言っていたのはアンドロイド人権法の廃止は行わないという話ではなかったのか?
施設を訪問した鈴木議員と指切りまでして約束したのに、それは簡単に破られ自分たちの生活が壊されてしまったではないか。
孝輔は鈴木議員が許せなかったが、体が不自由で一人で歩くことさえできない自分にはどうすることもできず、それが悔しくてまた涙が出てくる毎日を送るようになっていた。
そんなある日、アイドル歌手の佐伯まゆがディバカーラハウスを慰問で訪れた。
「わああ、かわいいい!」
「きれいだねえ」
施設の子供たちはもちろん、施設を慰問するいろいろなタレントを見慣れている職員までもがまゆに見惚れて呆気に取られるほどだった。
まゆは即席のカラオケの演奏だったが、何曲か歌を披露してくれて子供たちを笑顔にした。
孝輔は離れた後ろの方からぼんやり見ているだけだったが、まゆの人間離れした美しさに引き込まれそうだった。
「こんにちは」
「あ、はい。こ、こんにちは」
歌を披露した後のまゆは、ステージを降りて子供たち一人一人と握手をしてくれた。
孝輔のそばまで来て、まゆはいっそう微笑んでくれた。
「大丈夫ですか?」
「え?」
配られたお菓子に子供たちは夢中になっていたが、まゆは孝輔の目を見て尋ねてきた。
「さっきから、元気ないですね」
「いや、そんなことはないよ」
「そうですか?なんだか悲しそう」
「なんでもないさ」
「そうかしら?何か、つらいことがあるんじゃないですか?」
じっと目を覗き込まれて孝輔は心の中を見透かされそうな気がしてきた。
孝輔はテレビではまゆを何度も見ていたが、実物にすぐ近くまで来られると美しすぎて身も心も固まってしまいそうだった。
いや、単に美しいからだけではない。
まゆからは不思議なオーラのようなものが出ているようだった。
なぜか引き込まれてしまう。
孝輔はつい口を開いた。
「あのさ、アンドロイド人権法ってあったよね」
「ええ、ありましたね」
「あの法律が廃止されて、僕らは大事な家族を失ったんだ」
孝輔は施設に政府から委託された業者が来て、家族同然に暮らしていたアンドロイドたちと「回収」の名目で強制的に引き離されたことを嘆いているのだとまゆに打ち明けた。
「さゆりは僕の家族だったんだ。それを有無を言わせず連れ出して、スクラップ工場に送るなんてひどいと思わないかい?!」
「そうですね。つらかったですね」
「国民平和党の鈴木っていう議員は大噓つきなんだ。アンドロイド人権法は廃止しないなんて言っておいて、あいつが一番、法律の廃止の先頭に立ってるじゃないか!」
「それはひどいですね」
「そうだよ!議員なんて、みんな嘘つきなんだな!」
孝輔はいつの間にか涙を流していた。
「僕は生まれた時から歩けないんだ。さゆりはそんな僕をいろんなところに連れていってくれた。さゆりとの思い出はたくさんあったのに。あの鈴木議員が悪いんだ!許せないよ!」
「そうですか。私ならあなたの願いをかなえてあげられますよ」
まゆは孝輔の手をそっと握って言った。
「え、願いをかなえるって?どうやって?君が何かしてくれるのかい?」
「私はあなたのような人間の味方です。任せてください」
まゆはしっかり目を合わせてそう言った。
孝輔は心の底まで覗き込まれているような感覚を感じながら、まゆの言葉に頷いた。