喫茶プリヤ 第五章 十一話~金こそ力

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写真はイメージです。

 

「はっはっはっはっ!ほら、安曇会長ももっと飲んでくださいよ!」

「では、お言葉に甘えて…」

「よおお、ママ!どうだい?鈴木センセイは若くていい男だろう!」

 

その夜、高級クラブのオモルフィに憲民党とアンドロイド新党の幹部、フィロス電機の役員が集まり密談を交わしていた。

しかし憲民党やアンドロイド新党と敵対関係にあるはずの国民平和党の鈴木議員もその酒席にいた。

 

「まあ、皆さん、今日もゆっくりしていって下さいね」

 

集まった議員が上機嫌で飲んでいるところに、オモルフィの経営者でもあるしのぶママも顔を出した。

ママがテーブルに付くのはVIPクラスの客をもてなす時で、鈴木議員はここでも自分は影響力のある存在なのだと満足していた。

 

「まったく、憲民党の河合派の奴ら、ロクでもないことをしてくれたもんだ!安曇会長、これからも遠慮しないでアンドロイド開発を進めて下さいよ」

 

政権与党の憲民党内では内紛が勃発し、アンドロイド政策と金の問題が暴露されていた。

しかし鈴木議員は国民平和党がアンドロイド人権法の廃止に賛成しても、フィロス電機からは個人として内密に多額の献金を受け取るようになった手前、裏ではアンドロイド開発を進める立場に寝返っていた。

秘密の多額の献金を受けるようになってから、公にはしていなかったが鈴木議員はアンドロイド政策の推進に加担していた。

何せ、アンドロイド開発を進める政策のこととなれば、多額の献金を受け取ることができる。

選挙で当選し国民平和党に入ったばかりの頃は、鈴木議員は政府のアンドロイド政策に反対の立場を取っていたが、フィロス電機をはじめとする関連企業、団体から献金攻めに遭う水面下でアンドロイド政策推進の側に付くようになっていた。

何といっても帳簿に載せなくてもいい裏金がたっぷり入ってくる。

そのことは党にも秘密にし、鈴木議員はすっかり私腹を肥やすようになっていた。

最初に抱いた政治への志はもうなく、鈴木議員は国民平和党や国民の利益より自分の利益が大事になっていた。

 

「安曇会長に代わってから、私としてもフィロス電機と付き合いやすくなりましたよ。前の二階堂会長は、言っちゃあ悪いがヤンキー上がりみたいなところがありましたからねえ」

「はい。鈴木先生はまだお若いのに国民平和党の政策推進本部長を務められてご立派です。先々、総理の椅子を狙えるのも間違いないですな。今回の選挙で国民平和党議席を伸ばしましたし。期待していますよ」

「いやいやあ、私のような者が恐れ多い。アッハッハッハッハッ!」

 

煽てられた鈴木議員は上機嫌で笑った。

何もかも上手くいくようになり、康介は有頂天だった。

鈴木議員、康介は気づいていた。

思いがけずホームレスになったものの、結果として何もかも上手くいくようになった。

ホームレスになってから自分の運命が激変したが、その直前に飲んだ不思議なコーヒー。

茶店のプリヤで康介はスペシャブレンドだというコーヒーを飲んだ。

あれを飲んだ直後から運命が激変した。

あのコーヒーには何かがある。

康介はそう気づいていた。

 

鈴木先生、これはつまらないものですが、お納めください」

「あ、例の”おまんじゅう”ってことで?」

「はい、左様でございます」

「桜川くん、開けてみてくれ」

「はい、かしこまりました」

 

安曇会長から差し出された鞄を桜川秘書が開けると、中にはびっしり札束が詰まっていた。

これでアンドロイド政策の推進をよろしく頼むということだろう。

桜川は鞄を閉めるとそれを守るように膝の上に置いた。

鈴木議員は今や国民平和党内での有力者。

今はアンドロイド政策に反対の立場を取っていても、鈴木議員の影響力を発揮して国民平和党が党を挙げて賛成の方針に転換することも容易い。

鈴木議員はそれほどまでの力を持つようになっていた。

そして見えないところでは憲民党やフィロス電機と繋がっていた。

 

「ほれ、あやめちゃん!もっとやろうか?ヒャハハハ!」

「まあ、鈴木先生ったら!」

「それとも、こっちかな?」

 

鈴木議員は一枚だけ抜き取った一万円札を、隣に座っていたホステスの胸元に挟んでふざけながら尻を撫で回していた。

なんと下品な。

桜川は黙って見ていたが、心の中では鈴木議員を軽蔑し馬鹿にしていた。

一度、廃止されたアンドロイド人権法を議員もフィロス電機も、自分たちの私利私欲のためだけに復活させようとしている。

アンドロイド人権法を廃止して多くのアンドロイドをスクラップにしておいて、すぐに手のひらを返し金のためにアンドロイド政策推進の方針に寝返る。

家族同然のアンドロイドたちと別れさせられた人間のことなどはどうでもいいのだ。

今さらさゆりが帰ってくるわけではないが、桜川はこのまま鈴木議員を許すことはできなかった。

実は既に鈴木議員の足を掬う手立ては講じてある。

自分を新しい自分に作り変えてくれたスカイゾーンの入れ知恵だったが、桜川はそれを実行する時をじっくり待っていた。

鈴木議員はフィロス電機をはじめとする多額の献金で私腹を肥やし、オモルフィのお気に入りのホステスに手を付け、国民平和党の金を秘密裏に使い込んでいる。

国民平和党のプリンスなどと持ち上げられ、鈴木議員は有頂天になっている。

そこから引きずり下ろし、地獄を見せてやる。

桜川はホステス相手にへらへら笑っている鈴木議員をじっと黙って見ていた。

 

 

「鈴木議員!全国アンドロイド政策協議会から、多額の献金を受け取っていたというの事実なんですか?!」

献金を帳簿に記載せず、架空名義の口座に入金していたんですよね?!」

「高級クラブのホステスに、中絶を強要したという話もありますが?!」

 

鈴木議員の事務所にマスコミが押しかけてきた。

不意打ちをくらったも同然の鈴木議員は、桜川ら秘書にガードされるように事務所の奥に逃げ込んだ。

 

「おいおいおいおい!!桜川!!どうなってんだ?!」

 

追い詰められた鈴木議員は何人かいる秘書に当たり散らしたが、第一秘書の桜川の胸ぐらを掴んで詰め寄った。

 

「あなたは、もう終わりです」

「なんだと?!」

 

桜川は胸ぐらを掴まれても鼻で笑っていた。

 

「鈴木さん、あなたの悪行にはみんな辟易しているんですよ」

 

秘書へのパワハラは当たり前で、事務所の女性スタッフに対するセクハラも日常茶飯事。

事務所のスタッフの多くが傲慢な鈴木議員に良い感情は持っていなかった。

鈴木議員は国民平和党のプリンスなどと持ち上げられ、すっかり人が変わってしまった。

 

「鈴木さん、あなたは議員になった時はまだ良かったんですよ。それが党のプリンスと持て囃され、役職が付くようになって、次の総理にも近いと煽てられてすっかり変わってしまった」

「てめえ、ふざけんなよ!!俺の金の話、マスコミに売りやがったな!!タダで済むと思うなよ!!」

「タダで済まないのはあなたの方ですよね」

 

桜川がそう言うと、事務所のドアをノックする音が聞こえた。

 

「特別捜査局です!鈴木議員の政治献金規制法違反の疑いで捜索します!開けてください!!」

 

特別捜査局は独立して権限を持ち、議員特権も通用しない。

他の秘書が事務所のドアを開けると、大勢の捜査員がどかどかと入ってきた。

 

「鈴木議員、ご同行願います」

 

捜査の責任者らしき捜査官が令状を広げて読み上げ始め、他の捜査員は事務所内の目ぼしいものを持ってきた箱に詰め込み始めた。

 

「おい!!俺を誰だと思ってんだ!!憲民党の若林を呼べ―!!」

 

鈴木議員は頭に血が上り、大声で相反する勢力であるはずの憲民党の実力者の名前を叫んだ。

 

 

「それで、この30億円の金はどこにあるんですか?」

「知るかよ!秘書の桜川が勝手にやったことだって、何回言えばわかるんだよ!」

「桜川秘書から、こんなものを預かりましたが」

 

捜査官は取調室でカセットテープを取り調べの机の上に出した。

 

「再生してみましょうか?」

「はあ?」

 

鈴木議員は変わることなく横柄な態度を取り続けていたが、カセットテープが再生され始めると表情を強張らせた。

 

鈴木先生、こちら、お納めください」

「やあ、フィロス電機さんにはいつも世話になるねえ。70億かあ、またよろしく頼むよ」

「先生、我が社のアンドロイド開発に今後ともお力添えください」

「もちろんさあ。任せなさい!」

 

短い会話を再生し終わると、捜査官はまた質問を始めた。

 

「鈴木さん、あなたは多額の裏金を受け取る見返りに、フィロス電機に便宜を図りましたね?」

「そんなの、みんなやってんだろ」

「そういう話ではありません。あなたはアンドロイド政策推進に否定的な国民平和党の所属でありながら憲民党と通じ合い、国民平和党の情報を流していた。党の重要な情報を他の政党に流すことは、情報流用罪に当たります。そのことも調べさせてもらいますよ」

 

国民平和党を裏切って見えないところでアンドロイド推進政策に加担するだけではなく、所属している国民平和党の重要な情報を憲民党に流し、その見返りにやはり多額の金を受け取っていた。

そのことにも特別捜査局は目をつけていた。

 

「勝手にしろ!俺にも権利はあるんだからな。弁護士を呼んでくれ!それに、桜川だって只じゃ済まされないんだろうが」

「いいえ。桜川さんとは捜査取引が成立しました。捜査に全面的に協力することで、自身の罪は軽減されます。書類送検は既に完了しました」

「はあ?桜川が書類送検で済むなら、俺だって権利は主張させてもらうからな!」

 

このやり取りの様子を隣の部屋でマジックミラーで見ている者がいた。

今や国を支配するスカイゾーンが見ていて、その隣には桜川が立っていた。

 

「いかがでございましょう?スカイ様」

「鈴木康介。バカな男ですね。自身の私腹を肥やすために我々を利用しようなどと言語道断です」

 

桜川が放免されたのは国の支配者であるスカイゾーンの思惑が働いたからだった。

スカイゾーンは国中のアンドロイドを統制し、制御して稼働させるスーパーコンピューター

本体はないが意思を実行するために動き回れる端末態を有する。

その端末態は美少女の姿をしたアンドロイドの佐伯まゆ。

世を忍ぶ仮の姿をアイドル歌手の佐伯まゆとして、スカイゾーンは暗躍していた。

有力な政治家も服従させ、国はスカイゾーンが支配している。

鈴木議員の逮捕もスカイゾーンが指示したことだった。

スカイゾーンの端末態、まゆはマジックミラー越しに鈴木議員の取り調べの様子を見ながら、その処分について考えをまとめようとしていた。

 

「桜川さん、あの男、もう社会には出てこれないようにしてやりましょう」

「と、仰いますと?」

「あなたも大切な家族、さゆりがスクラップにされたんです。我々、アンドロイドを蔑ろにする者がどうなるか、思い知らせてやらなければなりませんね」

 

まゆはそう言いながら冷たい笑みを浮かべた。