喫茶プリヤ 第五章 七話~トップアイドルの正体

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写真はイメージです。

 

国民平和党から立候補した康介は、マスコミが行った世論調査で支持を伸ばしていると報道されるようになっていた。

 

「コー、この調子なら当選間違いなしだな!」

「それによ、コーの人気で国民平和党の他の候補も支持を取り付けてるって言われてるじゃねえか。コーさまさまだな!」

 

ホームレス仲間たちは無給のボランティアでも康介のために働いてくれていた。

選挙事務所で事務作業をしたり、選挙カーに同乗して街頭演説を手伝ってくれたり。

康介を国政の場に出すため皆で一丸となっていた。

 

「おい、見ろよ。憲民党のコマーシャル、またやってるぜ」

 

そう言われて事務所内にいたホームレスたちはテレビの方を見た。

 

「皆さん、9月17日は総選挙の投票日です。私たちの国の未来を決める大切な選挙です。投票に行きましょうね。もちろん、この国の舵取りを任せられるのは憲民党。投票日は憲民党をよろしくね」

 

康介もテレビの方を見たが、憲民党の公認コマーシャルが流れていた。

 

「佐伯まゆか。何だってこの子は政府にべったりなんだろうな」

「現役のトップアイドルを担ぎ出して若者にアピールなんじゃねーの」

 

憲民党のコマーシャルに出演しているのは、人気ナンバーワンのトップアイドル、佐伯まゆだった。

CDを出せば必ずヒット、ライブのチケットは人気でなかなか手に入らない、出演するコマーシャルの製品は品切れになるほど。

押しも押されもせぬトップアイドルが与党のコマーシャルで堂々と支持を訴えるとは。

康介は違和感のようなものを感じた。

 

「でもよ、やっぱ可愛いよな」

「だよなあ。もう人間離れした可愛さだよな」

「憲民党のお偉いさんにオモチャにされてんのかねえ」

「おいおい、気持ち悪いこと言うなよ」

 

ホームレスたちは冗談混じりにまゆの噂話を話題にしながら、次の演説場所で撒くビラを数え始めた。

 

「まゆはフィロス電機の会長と懇ろだったってのはホントなのかな?」

「あー、そんな話もあったな」

「だけどよ、その会長はヴィヤーナ病院にブチ込まれてるんだろ」

「そうそう。ピストルを乱射して心神喪失認定。ヤバいよなあ、あの病院に入れられて帰ってきた奴なんていないだろ」

「違うんだよ、お前ら。まゆの本命は三澤俊介だぜ」

 

ホームレスたちはその一言で作業の手を止めた。

 

「ええ!!三澤俊介って、あのミュージシャンの?!」

「そうそう、知らねえのかよ?」

「マジかー!?」

「でもよお、それってすげえ年の差カップルじゃねーの?」

「だよなあ、みんな、そう思うよなあ」

 

ホームレス仲間の中でもお調子者のケンジはとっておきの話だと続けた。

 

「だってよ、考えてもみろよ。まゆの楽曲のほとんどは三澤が手掛けてるんだぜ。仲良くなっても不思議じゃねーだろ」

「あーあ、いいなあ。俺もミュージシャン目指してたんだけどなあ」

 

ホームレス仲間のユキオは遠い目で宙を見た。

ユキオは夢を追いかけているうちに仕事を失い、ホームレスとなっていた。

 

「ユキオ、お前のその不細工なツラ、鏡を見てから言えよ」

「だけどよ、三澤も癖者なんじゃねーの?佐伯まゆと関わってるなんて、ロクなもんじゃねえだろ」

「まあな、まゆは顔は可愛いがフィロス電機とも繋がってるからな。あんな会社のイメージキャラクターだぞ。そのうえ、憲民党のコマーシャルで投票を呼びかける。完全に政府側の人間だろ」

「そうだそうだ!なあ、ヤッさんもそう思うだろ?」

 

話に加わらずビラの数を数えていたヤスは手を止めずに答えた。

 

「どうなんだろうな、わかんねえな」

 

ヤスは自分がかつて元フィロス電機の技術者だったことは康介以外には話していなかった。

まゆはフィロス電機と繋がっているどころではない。

フィロス電機を統率する支配者なのだ。

スーパーコンピューター、スカイゾーンの存在とまゆの正体を知るヤスだったが、仲間の誰にもその話をしたことはなかった。

まゆはアンドロイド。

自由に動き回ることでスカイゾーンの意思を実行する部品として存在している。

ヤスはフィロス電機に勤務していた頃スカイゾーンの開発に携わり、アンドロイドのまゆの本体の開発では中心的な役割も果たしていた。

しかし、そんなことはわざわざ話すことでもない。

ヤスは黙ってビラを数えていた。

 

「あ、コーが帰ってきたぜ!」

「よし、昼からは街頭演説だな!気張っていくぜー!」

 

テレビ局の取材から康介が選挙事務所に戻ってくると、ちょうど昼食の弁当が届いた。

 

「おし!メシ食ったら、黄金町でコーの演説だな」

「今日は松本先生が来るからギャラリーはたくさん集まりそうだな!」

 

康介は午後から繁華街の黄金町の真ん中で演説をすることになっていた。

国民平和党の党首、松本も駆け付け聴衆にアピールする絶好の機会。

ホームレスたちも力が入っていた。

 

「皆さん!党首の松本正雄でございます!今日は皆さんに我が党のエース、鈴木康介さんをご紹介しに参りました!」

 

最大野党の国民平和党の党首、松本が口火を切ると集まった聴衆から拍手が起こった。

 

「皆さん!それでは、よろしくお願いします!鈴木康介さんです!」

 

紹介された康介は聴衆の前でお辞儀をして、演説を始めた。

 

「皆さん!鈴木康介です!私はこの疲弊したスーリヤ国に改革が必要だと考えています!憲民党はどこを向いて政治をしているのでしょうか?国民主権、国民が主人公の政治をしているでしょうか?私はそうではないと考えています。富裕層優先、大企業優先、庶民の生活は後回し。こんな政治でいいのでしょうか?!」

 

康介が強い調子で訴えると聴衆の間から更に強い拍手が起こった。

康介はマスコミの世論調査で優勢とされ、国民平和党も支持率を伸ばしていた。

国民平和党が憲民党の支持率を上回り、政権交代もあり得るかも知れないと複数の政治評論家が分析するほど国民平和党は有利な戦いをしていた。

康介もどこに演説に行っても手ごたえがあり、自分を支持してくれる有権者が増えていると感じていた。

閉塞したスーリヤ国を立て直す。

康介はそんな使命感に掻き立てられていた。

 

そうして迎えた選挙運動最終日。

規定の20時に選挙運動が終わって康介は選挙事務所に戻ってきた。

 

「コー、頑張ったな。明日は必ずいい結果が出るだろうよ」

「よ!鈴木先生!!」

 

事務所に戻ってきた康介をホームレスの仲間は労ってくれた。

 

「みんな、ありがとう。俺はみんなのためにも政治家になっていい仕事をしたいんだ」

「その意気だ!コーのおかげで国民平和党も支持を伸ばしたし、憲民党の奴ら、ギャフンと言わせてやろうぜ!」

「そうだそうだ!!」

 

ホームレスたちはまだ早いと康介が戸惑っているのに、康介を囲んで万歳を始めた。

 

その次の日、総選挙の投票日を迎えた。

康介と投票を済ませた仲間たちは選挙事務所に詰めてテレビの前に集まっていた。

 

「おい、昼の時点で投票率が30%だとよ」

「前回の3倍かあ。このペースなら投票が締め切られる時間には投票率が70%はいくんじゃねえか?」

 

投票率が上がれば野党が有利。

組織票で固めている憲民党も、利害関係のない市民が挙って投票に行けば形勢をひっくり返されるかも知れない。

選挙事務所にいる全員が何かが変わるのではないかと期待し始めていた。

 

 

「花村さん、何ですか?この出口調査の結果は?」

「申し訳ございません。こんなはずでは…」

 

憲民党の党本部で花村総理大臣は平身低頭して、支配者スカイゾーンに詫びた。

野党、国民平和党が与党の憲民党を追い上げ、憲民党は追い込まれていた。

憲民党の党首でもある花村総理大臣だったが、陰の支配者であるスカイゾーンの前でひたすら頭を下げ謝ること頻りだった。

 

「私が自らコマーシャルに出て国民を誘導したのに、何ですか、この体たらくは?」

「申し訳ございません」

 

美少女アイドルの佐伯まゆに一国の総理大臣が頭を下げる。

傍から見れば不可思議で異様な光景だが、憲民党内の真実を知る者にとってはいつもの光景だった。

トップアイドルの佐伯まゆは、憲民党も支配するスーパーコンピューターの部品の一部でアンドロイド。

まゆは本体を持たないスカイゾーンの意思を実行する部品の端末態。

憲民党やフィロス電機の限られた幹部しか知らない事実だったが、最もその近くにいるのは今の総理大臣、花村。

花村と憲民党は事前の見通し以上に苦戦していた。

選挙の投票前の世論調査では国民平和党の支持率が上がっていると伝えられていたが、その通りになり他の野党も議席数を伸ばす勢いで善戦している。

憲民党や国の大企業を支配しているスカイゾーンはこの情勢に不快感をあらわにした。

 

「これは、あの鈴木とかいう候補者の影響でしょうね。多くの国民が一人の若くてクリーンなイメージの候補者に引っ張られ、野党に挙って投票している。花村さん、このことはわかっていたはずですよね?」

「申し訳ございません。これほどまでに影響力があるとは…」

「あなたの見通しが甘かっただけですね」

「はい。仰る通りでございます」

「まあ、いいでしょう。まだ開票は始まったばかりです。国民平和党の鈴木候補、どれほどのものか、じっくり見せてもらいましょう」

 

平身低頭する花村を横目に、スカイゾーンは冷たく言い放った。