喫茶プリヤ 第五章 八話~政治家、康介

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写真はイメージです。

 

20時に投票が締め切られ、開票が始まると康介の選挙事務所に集まったホームレス仲間、事務所スタッフらは、固唾を呑んでテレビの特別番組で開票結果の行方を見守っていた。

 

「ええ!!コー!!もう当確だとよ!!」

 

開票が始まって5分ほどで康介の当選確実の情報が流れ、テレビの画面いっぱいに康介と他の候補の票数が打ち出された。

康介は与党の憲民党の現職と事実上の一騎打ちで、選挙運動期間中は現職有利とマスコミ各社は報道していた。

それが蓋を開けてみれば康介の圧勝。

 

「おお、大変なことになったな!!」

「こういう時って、万歳三唱だよな?」

「もちろんだ!!コー、ほら、もっと前に出ろ」

 

事務所内がバタバタし始めたところへ、早くもテレビ局が押しかけてきた。

 

「バンザーイ!!」

「鈴木康介、バンザーイ!!」

 

康介が事務所に置かれていたダルマに片目を入れると、事務所内の一同は万歳を繰り返し、その様子はテレビの選挙特番で全国に伝えられた。

 

「鈴木さーん!!スタジオの米永でーす!当選おめでとうございます!!」

 

テレビ局との中継が繋がれ、康介はニュースキャスターの質問に答えた。

 

「鈴木さん、公約にあったように貧困層への支援、アンドロイドよりも人間の市民の権利の尊重、福祉の充実など、これからどのように取り組んで頂けるんでしょうか?」

「はい、僕は人間を大切にしない政治はなしだと考えています。もちろん、アンドロイドとの共存もあってよいですが行き過ぎたアンドロイドの権利行使は問題です。それを是正できるような政策を実行していきたいです」

 

康介の後ろでは一言何かを言うたびに、ホームレス仲間が拍手をして讃えてくれていた。

 

次の日の朝、選挙結果の大勢が判明した。

与党の憲民党、連立政権を組むアンドロイド新党は議席を減らし、最大野党の国民平和党が大幅に議席を増やす結果となった。

憲民党とアンドロイド新党を合わせた議席数はかろうじて過半数を維持してはいたものの、与野党が伯仲し連立与党は難しい政権運営を余儀なくされる結果となった。

 

「花村さん、あなた、連立与党は更に議席を伸ばすと言っていませんでしたか?」

「申し訳ございません」

 

憲民党の本部では影の支配者、スカイゾーンが花村総理大臣を厳しく叱責していた。

 

「責任は取ってもらいます。あなた、総理の座から降りなさい」

「え、そ、それは…」

「何か?嫌なんですか?」

「いえ、そのようなことはございません」

「かろうじて連立政権は維持します。アンドロイド新党のみのりを総理に据えなさい。あなたのような無能な人間には任せておけません」

 

政治は既に人間のものではなかった。

憲民党はスカイゾーンに牛耳られ、議員全員がアンドロイドのアンドロイド新党は完全にスカイゾーンの支配下にある。

アンドロイドたちからの報復に怯える憲民党の議員たちは、言われた通りに逆らうこともできずアンドロイドに有益な法案を次々と通していたが、これからは厳しい議会運営を強いられる。

スカイゾーンに総理に指名されたアンドロイド新党の党首みのりは難しいかじ取りを任された。

 

初当選した康介は国民平和党からも市民からも期待を一身に受けていた。

国民平和党はアンドロイド人権法の廃止を一番の公約に掲げていた。

アンドロイドに人権を与え、職業選択の自由や人間との結婚も認めるのが法律の主旨だったが、様々な混乱も生じていた。

アンドロイドに職業選択の自由を認めることで勤労を奨励し、所得税を納めさせることで落ち込んだ国の財政の立て直しを図る。

しかし実際は人間より能力の高いアンドロイドが人間社会を席巻し、人間の失業者が大量に発生、強盗や窃盗などの犯罪は増え社会の不安は増していた。

或いは、人間とアンドロイドの結婚も認められ、養子などの形で子供を持つことも認められていたが、アンドロイド保護のため離婚は認められなかった。

このことで破綻した結婚生活から逃亡する人間が後を絶たなくなった。

アンドロイドの伴侶を捨てた人間が、別の人間との間に子供をもうけ、子供の親権が誰にあるのか揉め事になったり。

アンドロイド人権法は薔薇色の未来をもたらすとの触れ込みで成立したが、蓋を開けてみれば人間とアンドロイドとの間でのトラブルも生んでいた。

アンドロイド人権法については人間の側からは批判的な声が上がっていたが、アンドロイドの側からは肯定的な意見が多く、一度進んだアンドロイドの人権問題がまた後退してしまうのではないかと危惧するアンドロイドもいた。

康介は一年生議員ながら党からこれらの件を任され議会で意見を述べた。

与党の憲民党の席からはヤジが飛んだが、野党の席からは拍手が起きた。

 

「今こそ、アンドロイド人権法は廃止し、人間を優先させる政策を進めるべきです!過度なアンドロイド保護により人間が追いやられるようでは本末転倒です!」

 

康介がこう言うと、更に大きな声で与党の席からヤジが飛んだ。

ふと、アンドロイド新党の方を見やると、総理大臣となった党首のみのりをはじめとする党の役員、議員も全員、アンドロイドたちは静かに聞いているようだったが康介は却ってそれが不気味だった。

 

憲民党からヤジを飛ばされても康介は初の議会での仕事を乗り切った。

 

「鈴木くん、お疲れさん」

「あ、葉山先生」

「立派だったねえ。一年生議員にしては上出来だ」

「ありがとうございます」

「メシにでもするか」

 

康介は先輩議員となった葉山議員と、議会の地下にある食堂に向かった。

 

「そうだ、鈴木くん。児童養護施設とか、興味あるかい?」

「養護施設ですか?」

「うん、ほら、党では福祉政策にも力を入れてるだろ。定期的に施設を訪問して要望や現場の声を聞いてるんだ。来週の土曜日、どうだ?ディバカーラハウス、知ってるだろ?」

「え、はい」

 

ディバカーラハウスは康介が生まれ育った児童養護施設だった。

康介は高校卒業まで育ち、高校卒業後、大学の医学部に合格。

その後は学生寮に住みながら、奨学金とアルバイトで苦学して医師になったのだった。

 

「来週の土曜日、訪問して意見交換なんかもしようと思うんだ」

「わかりました。ぜひ、ご一緒させてください」

 

康介はかなり久しぶりにディバカーラハウスに行ってみることにした。

 

「こんにちはー!!」

 

康介が葉山議員や他の議員とディバカーラハウスを訪ねると、施設で生活する子供たちが目を輝かせて歓迎してくれた。

 

「みんな、元気だったかな?」

「うん!!」

 

小学生くらいの子供たちは元気に走り回ったりしていたが、車椅子に座ったままの子供もいた。

その中でも一番年上に見える少年が、康介に挨拶してくれた。

 

「こんにちは。僕は坂井孝輔です。鈴木先生、はじめまして」

「ああ、はじめまして」

 

康介が応えると孝輔と名乗った少年は話を続けた。

 

「僕も孝輔っていうんです。漢字は違いますけど。あ、こっちは、さゆりです」

「こんにちは。今日はありがとうございます」

 

孝輔が乗っている車椅子の手押しハンドルを握っているアンドロイドが笑顔で康介に挨拶してくれた。

アンドロイドはフィロス電機製の海子。

しかし海子は製品名で、アンドロイド人権法で個別の名前を名乗ることが認められていた。

さゆりと名付けられているアンドロイドの海子は愛想よく微笑んでいた。

 

鈴木先生、いつも議会の中継、見てます。あのう、アンドロイド人権法なんですけど」

 

孝輔は心配そうに話し出した。

 

「僕には親も兄弟もいません。さゆりだけが僕の家族なんです」

 

孝輔は議会のテレビ中継を見て勉強していた。

アンドロイド人権法が廃止になるかも知れない。

そうなれば、ただ一人の身内とも言えるさゆりとの生活はどうなってしまうのか。

そんな不安を孝輔は口にした。

 

鈴木先生、お願いです。アンドロイド人権法を廃止しないで下さい」

 

孝輔は車椅子に乗りながらも康介に向かって頭を下げて頼み込んだ。

 

「僕ら、この施設ではそういう子はたくさんいます。誰からも愛されなかった子が、アンドロイドと接することで家族ができたような気持ちになれるんです。アンドロイドを追いやったりしないで下さい」

 

康介が話を聞きながら庭の方を見ると、幼い子供たちがアンドロイドの海子と活き活きと駆け回っていた。

子供の世界ではアンドロイドと人間は共存しているかのようだった。

しかし自分は党のために働かなくてはならない。

今、見えているものはほんの一部でのことなのだ。

子供の世界ではアンドロイドと人間はうまくいっていても、大人の社会ではそうではないのだ。

子供ばかりの小さな養護施設内でのことを優先するか、今、社会で起こっている問題を解決するか。

康介がぼんやり考えながら子供たちの様子を見ていると、孝輔がまた言った。

 

鈴木先生、お願いです。僕らから家族を奪わないで下さい」

「ああ、わかったよ」

「じゃあ、約束して下さい」

 

孝輔は車椅子に乗ったまま小指を差し出した。

 

「お願いします」

 

康介はそう言われて自分も小指を差し出した。