喫茶プリヤ 第五章 六話~ホームレス代表

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写真はイメージです。

 

康介がヤスに代わってグループをまとめるようになっても、ホームレスたちは皆、協力し合い細々と日々を過ごしていたが、ある日のこと、都行政センターから来たという職員と作業服を着た大勢の人間が段ボールで作った寝床が並ぶナーガリー通りに現れた。

その都行政センターの職員の後ろには警察も付いていた。

 

「なんだなんだ!何だ、お前ら!」

 

ゆっくり休んでいたホームレスたちだったが、急に現れた役所の人間を見ながら次々と起き上がった。

 

「都行政センター、環境維持局です。スーリヤ国行政法、第21条により一帯の段ボールを撤去します」

「はあああ?なんだと?!」

「執行します」

 

スーツを着た職員が号令をかけると、作業服姿の職員が段ボールでできたホームレスたちの”家”の撤去を始めた。

 

「おい!何やってんだよ!」

「やめろよ!ここは俺たちの家なんだぞ!」

 

段ボールを次々と撤去していく職員を止めようと、ホームレスたちは掴みかかったが付いてきていた警察に取り押さえられた。

 

「おい!お前ら!警察も何やってんだよ」

公務執行妨害で逮捕する」

 

怒ったホームレスに小突かれると、警察官は有無を言わさず手錠をかけた。

 

「てめえら!どういうつもりだ!」

 

一人に手錠がかけられるとホームレスたちは抗議したが、段ボールの撤去は続けられ、それを妨害しているとして次々に公務執行妨害の現行犯で逮捕されていった。

 

 

「え…?」

 

ユージュフルとの会合に出かけていた康介が戻ってくると、今まで暮らしていたナーガリー通りの様子がすっかり変わってしまっていた。

寝床にする段ボールは全てなくなり、仲間たちの姿がない。

 

「おい、コー。今日も儲かったぜ…ん?どうした?ああ?!」

 

康介が呆然としているところへ、ヤスが空き缶拾いから帰ってきた。

 

「おい、どうなってんだ?何もなくなってるじゃねえか。みんな、どこ行った?」

 

他のホームレスグループの襲撃でもあったのか?

だとしても、段ボールの”家”がきれいさっぱりなくなっているのはなぜか?

康介とヤスはユージュフルに連絡することにした。

 

 

「ええ!全員、逮捕されてるですって?!」

 

ユージュフルの事務所でみずきはもちろん、他の支援者総出で調べた結果、都行政センターの強制職務執行でホームレスたちの生活の場が撤去され、これに抗議して警察官と衝突した全員が逮捕されて留置されていることがわかった。

 

「ひどいです!生活の場なのにいきなり撤去するなんて!」

「いいえ。行政センターからは再三、文書でお伝えしていました」

「何か言いたいことがあるなら、私たちを通してください!」

「そう言われましても、ナーガリー通りでの路上占拠、居住は認められていません」

 

みずきやユージュフルのメンバーが抗議しても、都行政センターの対応は冷淡だった。

何を言っても木で鼻をくくるような返事しか返ってこない。

弁護士の田村が同席していても対応は変わらなかった。

みずきたちはひとまず引き下がり、何ができるか考え直すことにした。

 

「野村さん、どうしますか?」

「うーん、もう葉山先生にお願いするしかないかしら?」

「そうですねえ、議員の先生に間に入ってもらうしかないですね」

 

葉山議員はユージュフルの創設者で、今は国の議会で議員になっていた。

葉山議員は野党の国民平和党に所属し、党の役員も務める実力者でユージュフルの後ろ盾になってくれていた。

みずきは葉山議員に連絡を取ることにした。

 

 

「みずきちゃん、ありがとうな。葉山先生も、いつもありがとうございます」

 

葉山議員が国民平和党を通して警察に抗議すると、拘束されていたホームレスは解放され事なきを得た。

 

「だけどなあ、これからどうする?ナーガリー通りはもう出禁だしな」

「やっぱり、緑川公園の辺りしかないのかなあ」

 

とりあえずユージュフルの事務所に戻ってきたホームレスたちは、口々に不安を訴えた。

緑川公園の周りは最近ホームレスが増えつつあった。

スーリヤ国はアンドロイドヘブン構想を派手に発表していたが、それとは逆に景気は後退し、失業者が増え、国民生活は圧迫されつつあった。

アンドロイドヘブン構想の通り、アンドロイドを購入し家族の一員として迎え家事や家族の介護をさせたり、会社で社員と同じように働かせることができるのは一部の裕福な家庭か十分に資金を持つ大企業に限られていた。

 

「俺たちみたいな貧乏人は死ねってことかよ」

「葉山先生も頑張ってくれてるけどよ。憲民党とアンドロイド新党で過半数以上を占めてるから、まともな政策が通らねえんだよなあ。金持ちはますます豊かになり、貧乏人は貧しくなるんだ。あいつら、ギャフンと言わせてやりてえよ」

 

今の政治のままではお先真っ暗。

ホームレスたちはため息をついた。

それでも、今年は総選挙がある。

そこで形勢逆転して憲民党やアンドロイド新党の議席を減らさなければ、スーリヤ国の未来も危うい。

一般国民の多くが政治に無関心だったが、そんな社会からこぼれ落ちたホームレスたちは生活は政治と結びついているのだと感じていた。

しかし悪政が行われているにも拘わらず、大多数の国民が憲民党やアンドロイド新党を支持している。

社会の片隅に追いやられたホームレスの声は届いていなかった。

このままではスーリヤ国の未来はない。

ホームレスの一人が思いついたように言った。

 

「なあ、コー。お前、立候補しろよ」

「え?」

 

いきなり話を振られた康介は目を丸くした。

 

「そうだ!いいじゃねえか!」

「コーはまだ若いし頭もいいからなあ。いいんじゃないか?俺たちの代表になってくれよ」

「葉山先生にも相談したらどうだ?秋には選挙があるだろ」

 

冗談かと思った康介だったが、ホームレス仲間たちは真剣だった。

 

「ええ、俺なんかに務まるかなあ」

「コーならできるさ!俺たちで政治を、世の中を変えようぜ!」

「そうだそうだ!!」

 

ホームレスたちは輪になり、康介を囲んで拍手してくれた。

 

それから康介が本当に立候補する話はトントン拍子に進んだ。

支援団体を通じて国民平和党とも連携を進め、康介は次の総選挙で国民平和党の公認候補として出馬することが決まった。

しかし一つ不思議なことがあった。

公認候補になるため康介は自分の公的な書類を取り寄せたが、本当の名前の海堂康介ではなく、ホームレス仲間たちの間で使われている鈴木康介の名前で書類が発行された。

 

「どうなってんだ…」

 

ある日の朝、目覚めたらホームレスになっていた康介。

なぜか公的な書類まで違う自分になっているとは。

しかし、そんなことよりもホームレス仲間や、その他の社会からこぼれ落ちてしまった人のために働こうと康介は決心していた。

違う自分になる前はホームレスなど努力が足りない社会の落伍者と考えていたが、今はそうではなかった。

落伍者がいるとすれば、それを生んでしまう社会に問題があるのだ。

誰も脱落しない社会こそ健全なのだ。

ホームレス仲間は皆、気が良く助け合って生きている。

毎日を懸命に生きている。

助け合い、分かち合い、社会の矛盾の中でも明日を信じて生きている。

康介は医師だった頃、いつも競い合い、蹴落とし合い、押し退け合って生きていた自分が恥ずかしかった。

なぜ目覚めたらホームレスになっていたのかはわからないままだったが、それも今では悪くないと思えるようになっていた。

康介は大切なものが何かわかった気がしていた。

 

「皆さん!こんにちは!!国民平和党、公認候補の鈴木康介でございます!!」

 

夏が終わると選挙が公示され選挙活動が始まった。

康介は利用者が多い緑川駅の前で立候補の第一声をあげた。

ホームレスになってからいつ取り替えたのかもわからないものを着ていたが、立候補して選挙活動をするため、党が用意してくれたスーツに身を包み康介は道行く有権者に語りかけた。

 

「皆さん!今の政治のままでいいんでしょうか?!与党の憲民党、連立を組むアンドロイド新党、誰の方を向いて政治を行っているのでしょうか!」

 

ほとんどは忙しそうに緑川駅に吸い込まれていったが、それでも足を止めて康介の話に耳を傾けてくれる有権者がいた。

 

「私はホームレス出身です!私のような貧しい者が脱落してしまう社会であってはいけません!皆が幸せを分かち合い、手を取り合っていける社会を目指そうではありませんか!」

 

康介が聴衆に向かって声をあげると、選挙カーの周りに集まった聴衆からは拍手が起こった。

選挙初日の第一声でこれは手ごたえがある。

康介は必死に聴衆に語りかけた。

もう以前の自分ではない。

今は社会の矛盾を正し、貧富の差がない、誰もが幸せを掴める社会を作るために身を捧げるのだ。

康介は聴衆を前に熱く語りかけていた。