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写真はイメージです。
ヤスは回復し退院の日を迎えた。
退院の日、康介はホームレスの支援団体の代表、みずきと共にヤスを迎えにきた。
みずきはホームレスの支援団体、ユージュフルの代表でヤスとも親しかった。
「おう、みずきちゃん。相変わらずきれいだねえ。コー、みずきちゃん、美人だろ」
「ヤスさん、あたしのことはどうでもいいから、ナースステーションに挨拶して出るわよ」
「あいよ」
ヤスの治療費は貧困住民支援制度を使って支払いの一部だけが患者負担だったが、その患者負担ぶんも支援団体のユージュフルが支払うことで話がまとまっていた。
「そうだわ。今晩、緑川公園で炊き出しがあるのよ。ヤスさん、コーさんも行くでしょ」
「おお、あったかいメシにありつけるのか。結構なこった」
三人を乗せたタクシーは病院を出発し、ホームレスたちが住む都行政センターの辺りを目指して走った。
「みずきちゃん、いつかは恩返しができるといいんだがなあ」
「いいのよ。ヤスさんはヤスさんらしく、やりたい仕事が見つかるようになるまで元気でいてくれれば」
「嬉しいこと言ってくれるねえ。おい、コー、みずきちゃん、いい娘だろ。付き合っちまえよ!」
「ヤスさん、そんなことはどうでもいいから、今夜の炊き出しでしっかり栄養取るのよ。退院したばかりなんだから」
「わかったよ。みずきちゃんには敵わねえな」
「じゃあ、あたしはこれで」
みずきは忙しいらしく康介とヤスを降ろすと、そのままタクシーに乗って別の場所へと走り去って行った。
「コー、緑川公園で炊き出しってことは、俺たちだけじゃなくて他のホームレスも集まってくるな」
「そうなのかい?」
「ああ、緑川公園で炊き出しがある時は、規模が大きいんだ。あちこちから集まってくるぜ」
タクシーを降りた康介とヤスは、いつも仲間がいる都行政センターに通じるナーガリー通りの路上に戻ってきた。
「おお、ヤッさん!」
「おかえり!元気そうだな」
康介とヤスが姿を見せると、段ボールで作られた寝床に横になっていた仲間も起き上がって迎えてくれた。
「よかった、よかった。ヤッさんにはまだまだ元気でいてもらわなきゃな」
「ああ、それはいいんだが。みんな、ちょっと聞いてくれ」
グループのリーダーのヤスが話し始めると、皆、じっと黙って耳を傾けてくれた。
「ここのリーダーはこれから、こいつ、コーだ。俺も心臓が悪くていつくたばるかわからないからな」
「え、そうか?でも、コーだと若すぎないか?」
「そうだなあ、ちょっと押しが弱いかな?」
ヤスの提案を聞いたホームレスたちは少し不安そうだった。
「うん、みんなが心配になるのもわかるが、俺ももう若くないしな。みんなでコーをここのリーダーに育てるつもりでどうだ?」
ヤスはそう言いながらホームレスたちをじっと一人一人見つめた。
「うーん、ヤッさんがそう言うならなあ」
「いいじゃないか!コーは若いし、頭もいい」
「そうだな。若くて活きのいい奴に任せてみるか」
ホームレスの仲間たちは揃って康介を新しいリーダーとして認めてくれた。
「今夜の炊き出しはパーティーみたいなもんだな」
「そうだそうだ!景気よくやろうぜ!」
康介はまだわからなかったが、緑川公園で開かれる炊き出しは大規模で豪勢なメニューが期待できるということだった。
「でもよ、いいのか?今日の炊き出しを仕切ってるのはフィロス電機だぜ」
輪の外側の方にいた一人がぽつりと言った。
「なに?」
ヤスは怪訝そうに聞き返した。
「フィロス電機の仕切り?」
「そうさ。見てみろよ」
ヤスは手渡されたチラシをしげしげと見た。
チラシには炊き出し場所の緑川公園を示す地図や炊き出しのメニュー以外にも、就職相談も同時開催と書かれていた。
「ヤッさん、どうした?」
ヤスの表情はチラシを見ながら苦々しいものに変わっていった。
どうやら、ヤスがかつてはフィロス電機勤務だったことは他のホームレス仲間は知らないようだった。
康介はその場の雰囲気でそう察した。
「フィロス電機の就職相談だと?」
「ヤッさん、なんか変かい?いいじゃねえか、何か仕事が見つかれば、俺たち路上生活からおさらばできるじゃねえか」
「お前ら、フィロス電機が何をやってる会社か、わかってるだろ」
「ああ、アンドロイド政策だろ。政府の政策に乗っかってさ」
「そんなことの片棒を担ぐなんざ、やめとけよ」
「そうは言ってもさ、いつまでもこのままでもいられないだろ。ヤッさんだって心臓に爆弾を抱えて今の生活を続けて大丈夫かい?」
ヤスはフィロス電機主催の炊き出し自体に不快感をあらわにしたが、ほとんどの仲間は夕方になると緑川公園に向かった。
「なるほど、技師の経験ありですか」
「はい。なんでもやります!」
ホームレスのユージは炊き出しで配られたカレーと、スペシャルメニューで添えられたビールを飲み上機嫌で炊き出し会場の脇に設けられた仮設ブースでフィロス電機の担当者と話を進めていた。
「ただ、最初は地方の工場勤務をお願いすることになりますが。アンドロイドの本体を組み立てる工場が何ヵ所かあります。ご希望の勤務地はありますか?」
「そうっすねえ、できれば街に近いところがいいっすねえ」
「では、山之森町の工場はどうですか?もちろん、どこの工場を希望されても寮がありますから住むところの心配はありません。家具付きですし、食事は一日三食、社食や寮の食堂で食べられます。食費と光熱費と寮費はお給料から天引きですが、ほとんどの方が退寮する頃には目標の金額を貯めて出ますね。家具家電は部屋に備え付けですから手ぶらでも入寮できますよ。入寮してその日のうちにお仕事を始めることもできます」
「へえ、ぜひ働きたいっす!」
「そうですか。では、こちらの書類を読んで、ご了承いただけましたら、下の署名欄にサインして下さい。私、川崎と申します」
「お、名刺までもらえるんすか!こちらこそよろしくお願いします!」
名刺を渡されたユージは提示された書類を読み始めたが、背後から声をかけてくる者がいた。
「おい、ユージ。やめとけ!」
「え?なんだ、ヤッさんかい」
ユージが振り返るとそこにはヤスが立っていた。
「ユージ、都合のいいことばかり吹き込まれるな。目を覚ませ」
「ヤッさん、どうしたんだよ?さっきから変だぜ」
「おい、お前。会社から何を言われてきたのか知らんが、どうせ俺たちを騙して安く使い倒して、役に立たなくなったらポイ捨てする魂胆だろうが」
「はあ?言いがかりはやめて下さいよ」
フィロス電機からやって来た川崎は不快そうな表情になった。
「お前らはな、こうして炊き出しして恩を売って、貧しい者を騙してこき使う。そして都合が悪くなれば消す。お前らのボスに、スカイゾーンに伝えろ。俺たちはお前らの言いなりにはならないとな」
「あんた、いい加減にしないと業務妨害で警察呼ぶよ」
「おう!上等だぜ!」
ユージはヤスと川崎の両者に挟まれおろおろしていたが、川崎の言葉にキレたヤスが仮設ブースの支柱を蹴るとブースを覆っていたテントが傾き、三人ともその下敷きになった。
「助けてくれー!暴力だー!」
テントの下敷きになった川崎が大声をあげると、他のブースにいた社員が集まってきて騒然となった。
「警察呼んでくれー!」
テントの下から同僚に引っ張り出されながら、川崎は大声で叫んだ。
誰が通報したのか、警察がすぐに到着しヤスを取り押さえた。
「またお前か!今度こそ、こってり絞ってやる!」
「放せ!お前らもグルだろ!政府の犬め!」
心配した康介が緑川公園の現場に来ると、ちょうどヤスがパトカーに乗せられ連行されるところだった。
「ヤッさん、また連れて行かれちまったな」
「大丈夫かな、今度こそブタ箱行きにならなきゃいいんだが」
ヤスを中心にしていたいつものグループはヤスを案じていたが、騒ぎが収まった公園内では他のグループのホームレスたちが気にすることなくフィロス電機の就職説明に熱心に聞き入っていた。
「ヤスさん、大変だったわね」
「みずきちゃん、また面倒かけちまったな」
ヤスは弁護士と共に迎えに来たみずきと警察署を出た。
「でも、ヤスさん。あんまり無理はしないでね」
「ああ、わかってるよ。でもなあ、フィロス電機の奴らはどうしても許せねえんだ。あいつら、良さそうなことばかり言っても俺たちみたいな底辺にいる人間をバカにしていやがる。同じ人間じゃない、虫けらか何かだと思ってるからな」
「それはわかるけど、あたしたちが敵う相手じゃないでしょう」
「なんとかならねえかなあ。奴らは政府と連んで国を支配しようとしてるんだ。止めないととんでもないことになるぞ」
「ヤスさん、今回は田村先生に助けていただけたけど、何回も繰り返すと本当に逮捕されちゃうわよ」
みずきが言うとユージュフルの顧問弁護士、田村も頷いた。
「ヤスさん、ヤスさんは完全に目をつけられてますから気をつけて下さい。警察は些細なことでも理由をつけてヤスさんを拘束したがっています。そうなると他のみんなも引っ張られるかも知れませんよ」
「だろうな。今の警察は権力の犬だ。腐りきってるよな。俺はフィロス電機の目の上のたんこぶだから捕まえたいんだろうが、みんなを道連れにするわけにはいかねえよなあ」
ヤスのホームレスグループは既に警察からマークされている。
弁護士の田村はヤスに注意を促した。