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写真はイメージです。
「翔さん、起きて。会社に遅れちゃうでしょ」
「うーん。会社かあ、どーでもいいな」
フィロス電機の会長代理として仕事を任されるようになった翔は、スカイゾーンの端末態でアンドロイドのまゆと同棲生活を送るようになっていた。
どういうわけか、まゆに気に入られた翔。
翔を気に入ったまゆは押しかけ女房のように翔が一人暮らしを始めたマンションに入り浸るようになり、甲斐甲斐しく翔の世話を焼くようになっていて、翔も満更でもなく思っていた。
アンドロイドだとしても、まゆのような美少女と一つ屋根の下で暮らせて身の周りの世話もしてもらえる。
会長代理としてフィロス電機を治め、収入も上がり権力も握った。
二階堂会長は事実上引退したも同然で、翔の一言で会社の方針が決まる。
自分は全てを手に入れたのだ。
何もかもが上手くいくようになった。
自分にもツキが回ってきたのだ。
翔は自信に満ち溢れていた。
「翔さん、ごはんできてるわよ。食べるでしょ。翔さんが好きな茄子のお味噌汁も作ったの」
アンドロイドだけにまゆは翔の全てを知り尽くしていた。
優れた電子頭脳に翔についての情報をインプットし、翔が満足することだけをしてくれる。
人間ならこうはいくまい。
今までは、末吉として暮らしていた頃はアンドロイドが人間のように振る舞うことに懐疑的だったが、今では寧ろ好意的に考えていた。
完璧に世話を焼いてくれて、自分の好みに合わせてくれる。
翔にとって何から何までまゆは都合のいい女だった。
「お、茄子の味噌汁か!食う食う!まゆは気が利くなあ!」
翔は嬉々として飛び起きた。
「翔さん、美味しい?」
まゆは笑顔で味噌汁のお代わりをよそってくれた。
「ねえ、翔さん」
「ん?何だ?」
「今度、タイニーランドに行きましょうよ」
「タイニーランド?ああ、いいよ」
まゆは有名テーマパークに行きたいと言い出したが、翔はまゆの言うことなら何でも聞いてやりたかった。
「わああ!嬉しい!ね、お弁当作っていきましょうよ」
「それでもいいけど、旨いものくらい俺が買ってやるよ」
「そう?」
まゆと翔は他愛ない会話も楽しんでいた。
すっかり恋人気分の二人はいつも浮かれていた。
翔がまゆを連れて街に出れば、道行く者は皆、擦れ違いざまにまゆを二度見するだけではなく、振り返ってまで見る者もいた。
それほどまでに美しい恋人を持って、翔は優越感に浸っていた。
まゆの本体はスーパーコンピューターのスカイゾーン。
しかし翔はそういうことはどうでもよくなっていた。
会社では会長代理となった翔に意見を言う者もなく、翔はまゆを甘やかし放題だった。
そんな翔にまゆは常に好意的で、甘えたり、甲斐甲斐しく世話を焼いたり、どこに行くのにも着いてきたり、二人はいつも行動を共にしていた。
「まゆ、今度の日曜日に行こうか」
「わああ!ホントに?!すごく楽しみ!」
翔はまゆの美しい笑顔を見るのが何よりも嬉しかった。
もう仕事などはどうでもよく、まゆと二人で楽しく暮らせればそれで良かった。
考えれば考えるほど、自分にはツキが回ってきた。
優良大企業の会長代理の座に就き、逆らう者はなく、まゆのような美しい恋人ができ、若さと活力に満ち溢れる毎日。
これが我が世の春か。
翔は自信に満ち、前途洋々だった。
「まゆ、会社にでも行くか。今日も適当にパソコン見ながら勉強してろよ」
「はい」
翔とまゆは常に行動を共にし、会社に出勤する時ももちろん一緒だった。
まゆはスカイゾーンとしてアンドロイドの開発を始めていた。
スカイゾーンは自ら思考できる人間以上の高い能力を持つスーパーコンピューター。
今までは人間の仕事だったアンドロイド開発も手掛けるようになっていた。
新しいアンドロイド、海子の開発が始まり、スカイゾーンの号令で技術開発部の社員たちは動いていた。
そういえば、海子を開発する前、スカイゾーンは空子というアンドロイドも手掛けていた。
しかし、空子は電子頭脳のエラーが出て出荷済みだったものは全て回収されスクラップにされていた。
その後のフィロス電機は海子の開発に社運を懸けていた。
しかし、翔にはそのこともどうでもよく、スカイゾーンの失敗、空子の計画が頓挫したことも気にしていなかった。
それほどまでに翔はまゆに入れ込んでいた。
フィロス電機の社員の中には、そんな翔をこっそり揶揄する者がいることも薄々気づいていたが、今の翔はまゆしか見えていなかった。
「今日もさ、会長室で勉強してればいいよ」
「わああ、嬉しい。あたしは翔さんといられればそれでいいの」
翔が会長代理に就任して以来、二階堂会長はほとんど会社に姿を現さなくなっていた。
事実上、翔が会長として実権を握っているも同然だった。
誰も翔に指図したりはしない。
翔は会長室にまゆを同伴し、思いのままに振る舞っていた。
まゆはスーパーコンピューター、スカイゾーンの端末態。
人間以上の理解力や学習能力を持つスカイゾーンは知識の吸収に貪欲で、翔と共に出勤し会長室で学習に勤しんでいた。
持ち込んだパソコンでありとあらゆるジャンルの学問に取り組み、信じられないほどのスピードで知識を吸収し、その性能をますます高めていた。
会社の中ではスカイゾーンの高い性能を恐れ、先々を危惧する者もいたが、そんな噂話のようなものはどこ吹く風。
翔はまゆに首ったけで、何でも好きなことをさせて甘やかしていた。
社員が何を言おうと知ったことではない。
自分は生まれ変わってから何でも上手くいくようになったのだ。
自分は何も間違っていない。
翔は妙な自信に満ち溢れていた。
「お、そろそろ時間だな。行こうか」
「はい」
会社に出勤するため、迎えの車が来る時間が迫っていた。
翔は今日もまゆを着飾らせて一緒に部屋を出た。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
会長専用車で迎えに来た運転手に翔は軽く挨拶し、まゆを先に乗せてから自分も乗り込んだ。
「ねえ、翔さん。この服が欲しいんだけど」
車に乗り込むとまゆはスマホの画面を見せてきて、新しい洋服をねだった。
「お、いいじゃん。買おう買おう」
「緑川町のブティックにしか売ってないの。限定品だから、すぐになくなっちゃうわ」
「おお、そうか。店は何時からだ?」
「10時からよ」
「そっか…おい、宮川、このブティックに先に行ってくれ」
翔はまゆのスマホの画面を運転手に見せ、先に向かうよう命じた。
「かしこまりました」
会社に遅刻しようが、まゆの願いを叶えてやる方が大事。
その日は役員の会議の予定が入っていたが、そんなものは待たせておけばよい。
翔はまゆと共にまっしぐらに高級ブティックに向かった。
「わああ!かわいーい!!」
「まゆ、何でも好きなもの買えよ」
「うん!!」
高級ブティックに到着すると、まゆは嬉々として品定めを始めた。
「これもいいけど、そっちもいいなあ」
「どっちも買えばいいよ」
「ホント!?でも、高いじゃない?」
「いいよ、いいよ。カードで切るから」
翔は財布から限度額が設定されていないカードを取り出した。
「でも、それって、会社のカードでしょ?」
翔が持っているのはフィロス電機の法人カードで、購入したものは会社名義の口座から引き落とされることになっていた。
「会社のものは俺のもの。俺のものはまゆのもの。それで決まりじゃないか」
「うーん、いいのかしら?」
「いいんだよ。まゆはフィロス電機を代表する優れた”製品”じゃないか」
寧ろ翔の方がまゆに買い物を進めるよう煽った。
「わあ、こんなに買ってもらえて嬉しい!」
結局、まゆは欲しい洋服を全て購入し、ブティックの店員総出で購入した洋服を車に乗せてくれた。
「翔さん、会社、遅くなっちゃったわね」
「いいんだよ、まゆはそんなこと心配しなくて」
まゆと翔が車に乗り込もうと店を出てきたその時、急に声をかけられた。
「あのう、すみません。さっきから様子を拝見していたのですが…」
「はあ?」
翔は差し出された名刺を受け取った。
「芸能プロダクション、アステール?アステールって、あの大手のアステールですか?」
翔が受け取った名刺には大手の有名芸能プロダクションの名前が印刷されていた。
「そのアステールさんが、何のご用ですか?」
「はい、そちらの女の子。お話を伺いたいのですが」
「ん?」
「もう、どこか事務所に入ってらっしゃいますか?」
「へ?事務所?何のことですか?」
「あのですね、事務所にまだ入っていないのであれば、是非お話をさせて頂きたいと思いまして」
どうやらスカウトらしい。
まゆを一目見て、芸能プロダクションのスカウトが声をかけてきた。
「いや、うちのまゆは、そういうのはちょっと。まゆ、行くぞ」
翔はスカウトを遮って車に乗り込もうとしたが、まゆの反応は意外なものだった。
「いいじゃない。翔さん、あたし、お話だけでも聞いてみたい」
「え!マジかよ!」
翔は急なスカウトに驚いていたが、まゆの意外な反応にもっと驚いた。