喫茶プリヤ 第四章 四話~役員デビュー

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写真はイメージです。

 

二階堂会長がフィロス電機の全社員に向けて発信したメッセージで、翔は初のお披露目を果たした。

 

「わああ、カッコいい!!」

「ホントよねえ、素敵ねえ」

 

翔の美男子ぶりに多くの女子社員が色めき立った。

 

「なあ、どうやって二階堂家に取り入ったんだろうな?」

「奥さんの愛人とか…だったりして。いや、元愛人かもな」

 

美男子の翔にうっとりしている若い女子社員たちとは対照的に、男子従業員やベテランの女性社員たちは二階堂会長のメッセージを適当に聞き流しながら、出自のわからない翔を品定めするように論っていた。

 

「社員の皆さん、このたび僕は二階堂会長夫妻と養子縁組し、家族になりました。これからは会長を支え会社のためにも働きます。どうぞ、よろしくお願いします」

 

翔は予め練習していたメッセージをカメラを通して全社員に向けて伝えた。

最後に翔が深々と頭を下げたところでメッセージの発信は終了した。

 

「翔、よくやった。社員たちにもお前の心意気が伝わったことだろう」

「うーん、だといいんだけどね。父さん」

 

翔は養子縁組の手続きが完了してから、二階堂夫妻を慕い本当の親以上の気持ちで接していた。

親に話しかけるなど何十年振りだろう。

自分の本当の親はもう何十年も前に死んでしまった。

何せ、本当の自分は80歳ちかい高齢。

それがどういうわけか、若くてハンサムで有能な男に変身してしまった。

翔はこの不思議さの理由を知りたいような気もしていたが、真実を知るのが恐いようにも感じていた。

それに、養子縁組の手続きの時に取り寄せた書類では自分の年齢が本当に21歳になっていた。

本当は78歳の末吉のはずなのに、どういうわけか戸籍までが変わってしまっていた。

自分に何が起こったのか。

末吉にはわからなかった。

しかし、今がよければそれでよい。

自分は天下のフィロス電機の後継者。

これで一生、安泰が保障される。

とうとう自分にもツキが回ってきたのだ。

上山末吉から二階堂翔になり、そんな自信が満ち溢れてきていた。

 

「そうだ、翔。来週は財界の食事会があるんだ。そこでも、お前のお披露目をして紹介しよう」

 

翔をすっかり気に入った二階堂会長は目を細めて微笑みながら、これからのことを翔に伝えた。

 

「翔、これからはお前の時代だ。いろんなことを勉強してフィロス電機を背負って立ってくれ」

「うん、頑張るよ。父さん」

 

父さんと呼んでやれば二階堂会長は満足してますます自分に良くしてくれる。

翔はそんな風に計算高く考えて二階堂社長を持ち上げることも多かった。

 

「私は本当にいい若者に巡り会えた。なあ、安曇」

「はい、その通りでございます」

 

会長室からのメッセージ発信の場に同席していた安曇副社長は、二階堂社長に相槌を打った。

 

「翔、安曇は二階堂家の人間ではないが有能だ。実力で今の地位に昇ってきた優秀な男だ。これからは何でも聞くといい」

「よろしくお願いします」

 

二階堂会長に促され、翔は安曇副社長に向かって深々とお辞儀をした。

 

「若旦那さま、私のような者に恐縮です」

 

安曇副社長は気後れしたようにお辞儀を返してくれた。

 

「そうだ、翔。会長直轄のプロジェクトのことも安曇に教えてもらうといい」

「え、それは何?」

「安曇、教えてやれ」

「はい」

 

二階堂会長に促され、安曇副社長は説明を始めた。

 

「若旦那さま、我が社ではスカイゾーンプロジェクトという計画が進行中でございます」

「スカイゾーンプロジェクト?」

「はい。ご存知のことと思いますが、我が社はアンドロイドやスーパーコンピューターの開発では他の追随を許さず事業を展開しております。そこで、ますます高性能で人間並みかそれ以上の性能を持ったスーパーコンピューターの開発に着手しました。それがスカイゾーンプロジェクトです」

 

スカイゾーンとは新たに開発が始まったスーパーコンピューターの名称で、人間のように思考し、判断し、創造し、尚且つ感情や意思、人格も持つものだと安曇副社長は説明してくれた。

 

「へえ、すごいですね」

「ええ、技術開発部の精鋭を揃えてプロジェクトチームを作っております。開発は既に最終段階でスカイゾーンの性能は我々と会話ができる段階まで進んでおりますし、スカイゾーンの能力を活かして新しいアンドロイドの海子の開発を始めております」

「コンピューターと会話が成り立つんですか?!それに、コンピューターがアンドロイドの開発をしてるって?」

「左様でございます。スカイゾーンは我々と会話ができますし、自ら思考しアンドロイドを開発するところまで進化しているのです。若旦那さまも如何ですか?スカイゾーンをご覧になりませんか?」

「え、いいんですか?」

「もちろんでございます。会長、よろしいですよね」

 

安曇副社長が言うと、二階堂会長は目を細めて翔を見ながら頷いた。

 

「翔、安曇に案内してもらうといい」

 

それを聞いた安曇副社長は机の上の内線電話ですぐに技術開発部に連絡を入れた。

 

「あ、安曇だが、新会長の翔さまがスカイゾーンを見学したいそうだ。今、行っても大丈夫だよな」

 

安曇副社長は二、三度頷くと内線電話の受話器を置いた。

 

「若旦那さま、技術開発部も歓迎だそうです。行きましょうか」

「わあ、ホントに見せてもらえるんだ!」

 

翔は嬉々として安曇副社長の後について会長室を出ていった。

 

「若旦那さま、こちらのリーダーにIDカードをかざして下さい」

 

技術開発部はフィロス電機の社屋内でも特にセキュリティーが厳しく、社員でも首から下げ常に携帯を義務付けられたIDカードを読み取らないと、開発ゾーンには入れないことになっていた。

 

「会長代理、お疲れさまです!」

 

安曇副社長に伴われて現れた翔を見ると、技術開発部の社員たちは深々と頭を下げて敬意を表すように迎えてくれた。

 

「よし、さっそく例のものを見せてくれ」

「はい!」

 

若手の社員が翔と安曇副社長を案内してくれた。

多くの社員がパソコンに向かって作業をしている。

本当は78歳と高齢な翔は、何が行われているのかさっぱりわからないまま、若手社員の後について技術開発部内を進んだ。

 

「こちらです」

 

技術開発部の奥の奥、やはりIDカードをかざさなければ入れないドアで仕切られたゾーンまで翔はやって来た。

 

「お連れしました!」

「おお、ご苦労さん。会長代理、ようこそいらっしゃいました。これがスカイゾーンの端末態になります」

 

そこには10代と思われる少女が座っていた。

それも、かなりの美少女で翔は二度見するほどだった。

 

「え、と。これがスカイゾーンかい?」

 

人間以上の思考を持つスーパーコンピューターと聞いていた翔は、大きなコンピューターがどんと鎮座しているイメージを描いていたが、目の前にいるのはどう見ても人間の美少女。

そんな風に翔が考えているのを見て取った責任者の遠山が説明を始めた。

 

「会長代理、これはスカイゾーンの端末態という部品の一部です」

「端末態?」

「ええ、スカイゾーンは性能は人間の思考以上ですが、本体のない情報だけの存在です。ですが、スカイゾーン自身、自由に動き回れる体を欲しがったんですよ。そこで、アンドロイドですがこの娘を作って、電子頭脳をそのままそっくりスカイゾーンの思考と繋げてあるんです」

「へえ、なるほど」

 

わかったような、わからないような話に翔は相槌を打った。

つまり、スカイゾーンはスーパーコンピューターといっても、大きな本体はなく情報だけの存在である。

しかし、自分の思考や意思も持つスカイゾーンは、それを発揮して動き回れる実体をリクエストしてきた。

そこで、技術開発部ではアンドロイドの体を作り、スカイゾーンの意思とアンドロイドの電子頭脳を繋いだ。

現代の技術は中身は78歳のままの翔には想像すらできないところまで進んでいた。

翔はしきりに驚いたような、感心したような声を小さくあげながら遠山の話に耳を傾けていた。

 

「まゆ、この方はこれから我が社を背負って立ってくださる会長代理。二階堂翔さまだ。挨拶しなさい」

 

遠山がそう促すと、座っていた美少女アンドロイドは立ち上がってまずお辞儀をした。

 

「はじめまして。佐伯まゆです」

「あ、は、はい。どうも」

 

アンドロイドだというが、外見は普通に人間にしか見えない。

フィロス電機のアンドロイド開発技術のレベルの高さは世間に知れ渡っていたが、こんなに精巧なものを作れるとは。

翔は何と言ってよいかわからず、まごまごしていた。

 

「緊張なさらず、どうぞ」

 

佐伯まゆと名乗る美少女アンドロイドは、笑顔になって翔の緊張をほぐそうと働きかけてくれた。

 

「何でも聞いてください」

 

遠山に促されて、翔は当たり障りのないことを尋ねてみた。

 

「名前、さ。どうして、佐伯まゆなのかな?」

「はい。AIがランダムに決めたものを使っています」

「へえ、そっかあ」

 

緊張と驚きで会話が続かなくなりそうになると、まゆの方から気を遣ってくれ取り留めのないやり取りを繋いでくれた。

 

「会長代理、まだ若くて素敵な方。これからのフィロス電機を引っ張って行ってくれるんですね」

「いやあ、それほどのものではないよ」

「いえいえ、会長代理は素敵です。とても美男子なんですね」

「いやいや…」

 

お世辞とわかっていても、翔は照れくさくて苦笑いした。

まゆは本物の人間以上に美しく魅力に溢れ、会話もそつがなく完璧だった。

これが今の若い者たちの日常なのだ。

発達した技術で世の中を良くしていく。

翔はその務めを任され、未来に向かって力強く踏み出すつもりだった。

もう、行き場のない惨めな老人ではない。

回ってきたツキを逃してはならない。

翔は野望に燃え始めていた。