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写真はイメージです。
「私、アステールの木村と申します」
ブティックを出てすぐのところにあるファミレスに入ると、まゆと翔に声をかけてきた男はテーブルの上に名刺を出して見せてくれた。
「へえ、こりゃあ本物だ。怪しいスカウトじゃないみたいだな。なあ、まゆ」
翔は木村の名刺を手に取りながら木村をしげしげと見た。
「で、まゆに何のご用ですか?」
「はい、さっきブティックに入って行くところをお見かけして、なんて綺麗な娘なんだと目を奪われました。実はですね、杉山昭二監督の次回作のヒロインを探していまして…」
木村は誰もが知る巨匠の名を出して説明を始めた。
「杉山監督の次回作なんですが、監督の意向で今までにはいないタイプの新人女優を探しているんです。オーディションも予定はされているんですが、杉山監督は気難しいことでも有名で…」
木村はああでもない、こうでもないと話を続けたが翔は鬱陶しくなった。
「つまり、まゆをスカウトしてお宅の事務所の仕切りで映画を成功させたい。そういうことですね?」
「そうです、そうです。杉山監督の次回作、水色のマーメード制作委員会はうちの事務所のスタッフが多く関わってますし。実質、アステールが制作するようなものですね」
「ふううん、そうなんですか。なあ、まゆ、どう思う?」
木村の方をキラキラした瞳で見つめていたまゆは、にっこり笑った。
「翔さん、いいじゃない。面白そう。やってみたい!」
「ええ?マジか?!」
「お芝居ってやってみたい!」
「まゆ、あのなあ、芸能界なんてなあ…」
翔は意外過ぎるまゆの反応に戸惑ったが、まゆは自ら木村に話しかけ始めた。
「木村さん、私、お芝居やってみたいです!」
「そっかあ、杉山監督も気に入ってくれると思うよ。すごく可愛いし、雰囲気があるね。歳はいくつかな?」
「14歳です!」
「なるほど。作品のイメージにぴったりだね。ちょうど、そのくらいの年の女の子を探してたんだ。それに、映画でデビューすると同時に歌手への道も開かれているんだ。ほら、女優の宝生美沙の事件があったじゃないか。うちの事務所の屋台骨がなくなったようなものでね。今度は女優としてだけじゃなく、歌手としても通用する看板スターを育てようという計画が進んでるんだ」
まゆは、スカイゾーンは14歳なのか?
それも名前と同じようにAIがランダムに設定したプロフィールなのか。
まゆの隣に座った翔は黙ってまゆと木村の会話を聞いていた。
「14歳かあ、じゃあ中学生なんだね?お父さんやお母さんは?」
「私には父も母もいません。今はこちらの翔さんと暮らしています」
「なるほど。それはちょっと、どうかなあ…つまり、二人は同棲してるってことだよね?」
これから清純派でデビューするからには、男の影がちらつくようでは良くない。
木村は頷きながらメモ帳のようなものを取り出し、まゆの言うことを書き留め始めた。
確かにまゆには両親はいない。
まゆはスーパーコンピューター・スカイゾーンの意思を実行する、自由に動ける体の役割を果たすための端末態という部品の一部。
しかも、アンドロイド。
このことを木村に正直に話してもよいのだろうか?
翔はまゆの隣で話を聞きながら、まゆの口からどんな話が飛び出すか、恐いもの見たさのような気持ちだった。
「まゆちゃん、こちらの二階堂さんとのことも含めて一度ゆっくり話したいな。うちの社長にも会ってもらえるかな?話がまとまれば契約も交わしたいし」
「ええ、それはいいんですけれど。私はアンドロイドなんです」
「え?????」
木村はまゆの突拍子もない言葉を聞いて、目をぱちぱち瞬きしながら尋ねてきた。
「ア、アンドロイド??まあ、最近、流行ってるよね。ほら、人間と見分けのつかない、空子だったっけ?」
「空子は電子頭脳のエラーが見つかり、全て回収しました。今は海子という新製品の開発が進められています」
「おい、まゆ!何言ってんだよ…すみません、こいつ、空想癖があるんで」
翔は笑顔を引き攣らせながら、まゆの口を手で塞いで誤魔化した。
「いやいや、面白くていいじゃないか」
木村はそう言いながらも苦笑いしていた。
「木村さん、よろしくお願いします」
「え?」
まゆは手を伸ばしてテーブルを挟んで向かい合って座り、苦笑いを浮かべている木村の手を取って、じっと目を覗き込んだ。
「あ、ああ。はい。わかりました」
翔は、まゆに手を握られた木村の様子がおかしいのに気づいた。
「木村さん、私はアステールと契約します。よろしくお願いします」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。社長にも伝えておきます」
木村はそう言うと立ち上がり、ふらふら歩きながらファミレスを出ていった。
「おい、まゆ。何だ、今のは?」
木村の様子はまるで催眠術にでもかかったかのようだった。
「暗示にかけたの。私は人間の脳と自分の思考をシンクロさせることができるのよ。私が働きかけることで、その人間の思考を支配できるの。邪心が混ざってると暗示にかからないけど、あの木村さんって人、ちゃんとした人ね。そうでないと私の暗示にかからないもの」
「で、だから何なんだよ?」
「私の正体を説明したところで、信じてもらえないか、妙な詮索をされるでしょう。だったら暗示にかけて、私の思う通りに動いてもらった方が都合がいいわよね」
「おいおい。お前、ホントにスカウトの話に乗るのかよ?」
「ええ」
「はああ?芸能界だぞ、身ぐるみ剝がされて晒しものにされるぞ」
「大丈夫よ。翔さんが思うより、私はずっと大人よ」
「いや、だけどさ」
「いいのいいの。翔さん、私は綺麗な衣装を着て、素敵な作品に恵まれて、見てくれる人を幸せにするような存在になるの」
まゆはどこまでも無邪気で屈託がなかった。
「まあ、まゆがいいなら、それでもいいけどよ。その、ほら、スカイゾーン的にはそれでいいのかよ?」
「スカイゾーン的にって?」
「だから、お前はフィロス電機の全てを注ぎ込んで開発されたスパコンなんだろ?それが勝手に歌手なんかになってもいいのかよ」
「ええ、もちろんよ。フィロス電機の仕事はそれはそれ。私なら芸能活動とスーパーコンピューターとして社会に貢献する役割を両立させることができるわ」
「ずいぶん自信たっぷりだな」
まゆは無邪気ながらも自信満々な様子だった。
「あとは、翔さん次第じゃない?」
「え、俺が?どうしろって言うんだ?」
「フィロス電機の社員、特に技術開発部の人間に、私が歌手になることを納得させる必要があるでしょう。でも翔さんは会長なんだから、逆らう者はいないはず。ねえ、翔さん、翔さんは私のことが好きなんでしょう?なら、私の幸せを願ってるはずよね?」
まゆは翔をその気にさせようと媚びるような、甘えるような声で訴えた。
「うーん、しょうがねえなあ。わかったよ、技術開発部の奴らには俺から言っておくから」
「わああ!嬉しい!翔さん、大好き!」
まゆは瞳をキラキラさせて大喜びした。
翔はまゆのそんな様子を見て満足だったが、果たしてフィロス電機の技術開発部を納得させられるか、一抹の不安も感じていた。
「え?まゆが歌手になりたがってるですって?」
翔が直々に技術開発部に顔を出し、スカイゾーンプロジェクトのリーダー、遠山にまゆがスカウトされたことを話すと遠山は困惑していた。
「いやあ、そう言われましても、スカイゾーンは主に社会福祉に貢献するために開発されたものですから」
スカイゾーンプロジェクトは社会福祉を支えるアンドロイドを稼働させるためのもの。
スカイゾーンは増え過ぎた高齢者を不足する介護職の人間の代わりに介護したり、障害者をサポートしたりするアンドロイド、海子を制御し管理しながら稼働させるために開発されたものである。
海子の前に開発された空子は失敗作で、技術開発部は海子のプロジェクトの成功を目指していた。
遠山はそう説明したが、翔はお構いなしに続けた。
「それはわかってるよ。まゆはなあ…スカイゾーンはなあ、その仕事と歌手活動は両立できるって言ってたぞ。どうなんだよ?性能的にはどうなんだよ?」
「ええ、可能だとは思いますが」
「じゃあ、いいじゃんか。スカイゾーンは人間以上に賢くて、能力も桁違いなんだろ」
「会長、仰る通りですが、やはり気になります」
「何が気になるんだよ?」
「スカイゾーンはまた一段と自我を確立させつつあるのではないでしょう?」
遠山は懸念されることを指摘した。
「スカイゾーンは自分の意思や考えも持っていますが、それが暴走してしまうと我々が意図していたこととは別の方向を向いてしまう恐れがあります」
「ん?どういうことだ?」
「本来は社会福祉に貢献するのがスカイゾーンの使命ですが、それを放り出して周りの言うことを聞かなくなり、好き勝手に暴走するのではないかと」
「そうなったら、お前らが止めればいいんじゃねえの?簡単だろ、電源を落とすとかプログラムを書き換えるとかさ」
「そうできればいいのですが、最近はこちらから働きかけると回路を遮断してアクセス不可にする。そんな知恵もつけてきているのです」
自らの思考や判断力、感情や自我もあるスカイゾーンは学習することで性能を上げていくことができ、最近は技術者たちが手を入れようとすると拒絶してアクセス不可にするなど、制御できないように先回りすることもできるようになってきていた。
「それは、お前たちが不当な扱いをするからだろうが」
「はあ、そう仰られてもですね」
「いいよ、わかった。この件は会長の直々の案件にするから。俺が責任を持つ」
翔は遠山の助言は結局聞かず、見切り発車のように話をまとめてしまった。
会長の自分に逆らう者の言い分など知ったことではない。
翔は会長権限の独断で決断した。