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ここから本編です。
写真はイメージです。
仕事の話をする。
こう言われるとホステスたちは立ち上がり席を離れた。
自分はいてもいいのだろうか。
和也は落ち着かなかった。
「加原くん、君にもぜひ聞いておいてもらいたい話があるんだ」
「え、僕にですか?」
京田総帥にいきなり話を振られた和也は、大物政治家の花村代議士、名うての大企業・フィロス電機の二階堂会長を前にして縮み上がりそうだった。
「アンドロイド人権法のことは知っているよね?」
京田に尋ねられた和也は正直に答えた。
「はい。ニュースで見るくらいですけど」
「うん、それでいい。実はね、そのアンドロイド人権法、いよいよ国民投票に持ち込まれそうなんだが、どうも反対派の方が巻き返してきていてね。そこで、関心が薄い若者層を取り込み、賛成票を投じるようキャンペーンを張ることにしたんだ」
アンドロイド人権法はアンドロイドにも人間と同じ権利を認め、市民として社会に受け入れるための法律だったが、議会では賛成と反対が拮抗し決定のために国民投票で決着をつける決議が議会で承認されていた。
今までは単なる機械として人間が一方的にアンドロイドを使ってきたが、アンドロイド人権法が成立すれば市民の一員として人権が認められる。
納税や勤労の義務は負うが、それ以上に選挙権を持ったり職業選択の自由を得たり、人間との結婚も可能になり、人間と全く同じ権利をアンドロイドが持つことになる。
これに対して好意的な人間もいれば、抵抗を感じる人間もいた。
アンドロイドが人間と同じ権利を持てば、人間がアンドロイドに席巻されるのではないか。
反対派はそれを恐れ根強い反対運動を続けていて、賛成派の旗色は悪かった。
「反対派の偏見は根強い。しかし、何としてもアンドロイド人権法は成立させなければならない。アンドロイドは人間より優秀だ。社会に入り込めば人間を凌駕する。そこが我々の狙い目なんだ。アンドロイドに人間を支配させるが、それはつまりアンドロイドをコントロールしている我々がこの社会を支配するということなんだ。そうですよね、花村先生?」
「うむ。京田くんの言う通りだ。アンドロイドを使って我々がこの社会を支配する。わっはっはっはっ!」
花村代議士は酔っぱらっているせいか、上機嫌だった。
京田が言うのはつまりはこういうこと。
アンドロイド人権法を成立させ、社会の中の至るところにアンドロイドを送り込む。
人間を凌駕する性能を持つアンドロイドに人間社会を支配させ、その裏でアンドロイドを動かしている一部の支配層がその他大勢の人間を支配する。
和也は呆気にとられた。
「そこでだ、加原くんには国民投票に無関心な若者に働きかけて欲しいんだ」
「はい…」
「もうすぐ、政府の方からアンドロイド人権法の国民投票を呼び掛ける広報活動が始まる。テレビやラジオ、雑誌やインターネットといった媒体で大々的な若者向けのキャンペーンを展開する。アンドロイドは素晴らしい、アンドロイドとの共存はバラ色の未来だと若者に働きかけ、賛成票を投じさせるんだ。そのために、加原くんに白羽の矢が立ったという訳なんだ」
胡散臭さしか漂ってこないが、大物代議士の花村、大企業・フィロス電機の会長の二階堂、そして世話になっている京田を前にして、和也には断るという選択肢はなかった。
「加原くん、これから君にはCMに出てもらったり、いろいろやってもらうが、佐伯まゆちゃんとのコラボも企画されているんだ」
「え、僕が、まゆちゃんと共演ですか?」
「そう、まゆちゃんも若者には人気があるからね。彼女と君とでバラ色の未来を若者にアピールするんだ。それに、まゆちゃんは中高年層にも支持者が多い。コラボすることで、君も年齢が高い層からの支持が得られると思うよ。そうすれば、新しい客層を開拓できるよな」
「そんな…僕にそんな大役が務まるでしょうか?」
「なあに、そう堅苦しく考えることはない。我が憲民党からも最大限のバックアップをさせてもらうよ。わっはっはっはっは!」
京田の話を聞きながら和也がオドオドしていると、花村代議士は上機嫌で笑いながら何も心配ないと豪語した。
アンドロイドを通じた支配を主導しているのは憲民党であり、その支配を通じて憲民党が国を支配しようとしていた。
その計画に加担することで自分も支配する側につくことになる。
そんなことをして大丈夫なのだろうか。
思いがけないことに巻き込まれそうだが、逃げられるはずもなく和也は黙って話を聞くことしかできなかった。
「よし。話はまとまったな。加原くん、今後は広告代理店の方から話が行くと思うから君は何も心配しなくていい」
「はい、総帥…」
「よし!これで仕事の話は終わりだ!おーい!女の子たちを呼べ!」
上機嫌の花村代議士が手をパンパンと叩くと、ホステスたちが戻ってきた。
「加原くん、今日は仕事の話もまとまったしな…すみれちゃん、今日はたっぷりサービスしてやってくれ」
「うふふ、かしこまりました。加原さん、行きましょう」
オモルフィのナンバーワンホステス、すみれが和也の手を取るとボーイが上着を持ってきてすみれの肩にかけた。
「え?何ですか?」
「加原くん、すみれちゃんは君のことが気に入ったみたいだ。二人で仲良くな」
花村代議士に嗾けられるようにすみれは和也の手を引き、和也はそのまま立ち上がった。
どうやら二人でどこか別の場所に行けということらしい。
「あの、どこへ行こうっていうんですか?」
「うふふ、いいところよ」
すみれはオモルフィを出ると手を挙げてタクシーを停めた。
「フェニックスホテルまで行ってください」
すみれがそう言うとタクシーは走り出した。
フェニックスホテルといえば、超一流で名高いホテル。
そこに何の用があるというのか。
さっきまで聞かされていた”仕事の話”にも関わることなのか。
何にせよ、高級クラブのナンバーワンホステスとホテルに行くということは、そういうことなのだろう。
しかし、和也には断るという選択肢はなかった。
花村代議士や二階堂会長、京田の顔を潰すようなことはできる訳がなかった。
「着いたわよ」
「え、あ、はい!」
フェニックスホテルの煌びやかなエントランスにタクシーがつくと、すみれはタクシーチケットを運転手に渡しタクシーを降りていった。
和也も遅れないよう後についていくと、すみれは慣れた感じでフロントの前に立った。
「あのう、花村です」
「はい、お待ちしておりました。いつもありがとうございます」
花村代議士の名前で予約してあるらしく、フロントのベテランと思しきホテルマンはすみれに丁寧に答えていた。
「最上階のお部屋でございます。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう。和也さん、行きましょう」
アッという間に有名ミュージシャンになった自分をホテルマンが知らないはずがない。
しかし、ホテルマンはそんな感情は噯にも出さなかった。
「ね、和也さん。今日はたっぷりサービスしちゃう。楽しみましょうね」
エレベーターに乗ると、すみれは腕を組んできて体を密着させた。
やっぱり”接待”なのか。
ここまできては逃げられない。
和也はあおいのことを思い浮かべたが、どうすることもできなかった。
「花村先生、和也さんのために一番いい部屋を取ってくれたのね」
最上階につき、部屋のドアを開けて中に入るとすみれは抱きついてきた。
「うわ!!」
「あらあ、遠慮しなくていいのよ。シャワーでも浴びましょうか?」
「いや、って言うか、すみれさんはこんなことでいいの?」
「こんなことって?」
「いや、だから、僕たち、今日初めて会ったんだよね」
「そうだけど?」
「僕は、その…わかるけど、こういうことは、ちゃんとした段階を踏んで…」
「何言ってるの?」
すみれは戸惑っている和也を見ながら笑い出した。
「あなたは私たちのパートナーとして認められたのよ。これからアンドロイド市民権計画のために働いてもらうんだから、その”ご褒美”ね。私はずっと前から花村先生のお客様をこうして接待してきたの。私に恥をかかせるの?」
「いや、そうじゃないよ」
すみれは完全にプロの女性で自分より何枚も上手。
そのバックには花村代議士がいる。
逆らえる相手ではなかった。
「じゃあ、いいじゃない。それとも”彼女”に申し訳ないとか思ってるの?」
「いや、そんな人はいないよ」
「じゃあ、あたしのお客様ね。あなたは、もう引き返せないの。この国で生きるなら花村先生について行った方がいいわよ。シャワー、先に浴びるわね」
すみれは上着を脱ぎバスルームのドアを開けた。