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ここから本編です。
写真はイメージです。
花村代議士に関わったことで、和也はフェニックスホテルに頻繁に出入りするようになった。
ホテル内にはジムとプールがあり、会員制で既存の会員の紹介がなければ入会できなかったが、和也は花村代議士の紹介を受けて最高ランクの会員権を手に入れていた。
「こんにちは。よくお会いしますね」
少し前から気になっていた美女が和也に挨拶してくれた。
高級ホテル内の会員制プールは土曜日でも空いていて、ゆったりした時間が流れていた。
「加原和也さんですよね。いつもいらっしゃってるんですね」
「ええ、まあ」
今や自分を知らない人間を見つける方が難しい。
すっかり売れっ子ミュージシャンになった和也は、声をかけられるのにも慣れっこになっていた。
声をかけてきた美女も芸能関係者なのだろうか。
それでもおかしくないくらいの美貌だった。
今の和也の周りには女性の影が絶えなくなっていた。
いつも食事を作ったり和也の身の回りを世話してくれるあおい、フェニックスホテルで一夜を共にしてから親密になったすみれ、その他にもライブの打ち上げに適当に選んだファンを呼び、その女の子たちとも和也は懇ろになっていた。
自分はとにかく運が向いてきたのだ。
女性も選り取り見取り。
和也はプールの美女を食事に誘った。
「どうです?この後、食事でも」
「まあ、いいんですか?」
「ええ」
売れっ子ミュージシャンの自分に誘われても美女は落ち着いている。
やはり芸能関係者なのか。
遊び慣れている相手の方が何かと都合がいい。
和也と美女は意気投合し、プールサイドを離れてフェニックスホテル内のレストランに向かうことにした。
「すみません、予約してないんですけど」
「はい。今の時間は御予約がなくてもご利用できます。ご案内いたします。こちらへどうぞ」
レストランのボーイは和也の顔を覚えていた。
原則、予約制のホテル内の高級レストランも和也は顔パス同然で入れた。
これも花村代議士のおかげ。
アンドロイド人権法の国民投票キャンペーンで、花村代議士の意向に沿えば美味しい思いができる。
ミュージシャンとして成功できただけではなく、女性にもモテて以前では考えられなかったような贅沢な生活ができるようになった。
和也はアンドロイドが人間社会を席巻するとしても、自分だけは有力な人間の威光を笠に着ていい思いができるのだと気楽に考えるようになっていた。
「何食べます?」
「そうねえ、パスタなんかどうかしら?」
「そうですか…いや、この店のお勧めはですね」
和也は慣れた感じで美女にこのレストランの一押し料理を勧めた。
「じゃあ、私もそれで」
二人は和也が勧めた同じものを頼むことにした。
「そうだわ、まだ名前もお教えしてませんでしたね。私は堀越瑠美です。仕事はデーバ重工で社長秘書をしています」
「へえ、すごいですね」
デーバ重工といえば、フィロス電機とアンドロイド開発のシェアで1、2位を争っている大企業だった。
和也はすっかり感心した。
「デーバ重工の社長秘書ならこのホテルのジムの会員権は手に入りますよね」
「ええ、勤続5年以上の社員で所定の会費を納めた者という規定はあるんですけれど」
「それで、社長秘書を5年も?」
「いいえ、最初は総務の仕事をしていたんですけど、去年から秘書課に移動になって」
なるほど、超優良企業の社長秘書。
遊び相手にはちょうどいい。
和也は瑠美を勝手に自分のリストに加えた。
うまくいけば、デーバ重工の内側の話も聞き出せるかもしれない。
聞き出した情報をフィロス電機側に流せば、フィロス電機が一歩でも二歩でも先を行けるかもしれない。
フィロス電機に貢献すれば、ますます美味しい思いができる。
瑠美は利用価値がある。
こういう巡り合わせにも恵まれる自分はやはり運が向いてきているのだ。
和也は内心ほくそ笑んでいた。
「今日はごちそうさまでした」
「じゃあ、家まで送りますよ」
食事を終えた和也は車を停めてあるホテルの地下駐車場まで瑠美を連れてきた。
「いいんですか?送って頂いたりして」
「いいですよ。お安い御用です。家はどこですか?」
「山の手町です」
「あ、緑川町の向こう側ですね。行きましょう行きましょう」
「はい、じゃあ、お言葉に甘えて」
和也が車を出すと二人はまた取り留めのない話を始めた。
瑠美はすっかり自分を気に入ってくれたようだ。
自分に靡かない女はいない。
和也は自信満々だった。
これでデーバ重工の秘密も喋ってくれれば、なお好都合。
和也は瑠美を利用する気に満ち満ちていた。
「あ、そこを右側に曲がったところで停めてください」
「はい。あ、このマンションですか?きれいなマンションですね」
和也は築浅で瀟洒な白いマンションの前で車を停めた。
「じゃあ、またプールで」
「はい、おやすみなさい」
瑠美は小綺麗な白いマンションの中に消えていった。
瑠美を見送った和也はあおいが待っているであろう自宅へと車を走らせた。
あおいは今日の夕食は何を作って自分を待っているのだろうか。
今日は瑠美と食事をしたので帰っても食べられない。
帰りが遅くなった言い訳は適当にしておけばよい。
あおいは文句を言ったことはなかった。
そんな風に考え事をしながら車を走らせていると、一軒の喫茶店が目に入った。
喫茶プリヤ。
まだ建設作業員をしていた頃、よく行っていたが最近は足が遠のいていた。
ウェイトレスの空子と寡黙なマスターはどうしているだろうか。
和也はなんとなく気になった。
そういえば運が向いてきたのはプリヤに出入りした後のこと。
最後に尋ねた時にスペシャルブレンドのコーヒーを飲んだが、その後、自分はツキが回ってきた。
もしかしたら、絶好調の秘密はプリヤにあるのかもしれない。
和也はプリヤに寄ってみることにした。
「こんばんは」
「いらっしゃいませー。あら、加原さん」
プリヤには駐車場がないらしい。
和也はそれでもあまり気にすることなく、プリヤの正面に堂々と路駐したまま店内に入ってきた。
「よお、空子。元気そうだな」
「加原さんもご活躍で、良かったです」
和也はにっこり笑う空子にコーヒーを注文した。
「空子、例のスペシャルブレンド。プリヤスペシャルブレンド、また頼むよ」
「あら、プリヤスペシャルブレンドは一杯限りなんです。ごめんなさいね」
「え、そうなのか?いいじゃん、もう一杯くらい」
「うーん、それはできないことになっているんです」
「そっか、なら仕方ないな」
和也はやや不満そうにしつつも、アメリカンコーヒーを頼んだ。
「なあ、空子。不思議なんだけどさ」
和也は最近の自分の話を始めた。
花村代議士や二階堂会長、京田総帥など有力者と組むことになったり、女性にモテモテだったり、よく考えてみればプリヤスペシャルブレンドを飲んでから自分の運命が変わった。
しかし、空子もマスターも笑顔を見せるだけだった。
「まあ、俺はプリヤ様様だと思ってるからさ。ほら、松野豊っていたろ」
「ええ、あのシンガーソングライターの方ですよね」
「そうそう。あいつさ、今じゃすっかり落ちぶれて夜中のテレビショッピングとかに出るくらいしか仕事なくなったんだぜ」
「歌のお仕事がなくなっちゃたんですか?」
「それがさ、歌の仕事ったって地方の小さなキャバレー回り、ドサ回りやってんだよなあ」
和也は自分の歌を盗作した松野豊の凋落ぶりを嗤った。
「な、傑作だろ?ヒャーッハッハッハッハッ!!偉そうにアーティスト気取りでいやがってよ、テレビショッピングに出て大袈裟にすごいですねー!とか合いの手入れるのが今の奴の仕事なんだぜ!ざまあ見ろだよなあ」
「ええ、売れなくなっちゃったんですね」
「そそそそ!!いい気味だぜ!!さあてと、帰るか。家で女が待ってるからな」
「加原さん、お気をつけて」
「おう、また来るからな!」
アメリカンコーヒーを飲み干した和也は上機嫌で帰っていった。