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ここから本編です。
写真はイメージです。
和也の初ライブ後の打ち上げは、和也のデビューライブということもありとにかく盛り上がった。
一次会の後も二次会、三次会と元来サービス精神旺盛な和也は、周りのスタッフにも気を遣い徹底的に盛り上げようとカラオケで歌い、〆のラーメンの後も24時間営業のゲームセンターでぬいぐるみを捕るクレーンゲームでぬいぐるみが捕れるまで何度も挑戦したり、羽目をはずしてはしゃいでさえいたが、ゲームセンターを出た後のことはよく覚えていなかった。
「うーん」
飲み過ぎた和也はいつ自宅に帰ってきたのかも覚えていなかった。
気が付くと自分のベッドの上で大の字になっていた。
二日酔いで頭が痛い。
なかなか起き上がれずにいると、キッチンの方から包丁がまな板を叩く音が聞こえてきた。
「あれ、何だ?」
二日酔いの頭痛をこらえて起き上がると、女性の後ろ姿が目に入った。
誰なのか、何をしているのか。
デビューしてから引っ越してきた小綺麗なマンションの部屋に女性がいる。
一体、どうなっているのか。
和也はふらつきながらも起き上がった。
「あら、おはよう。大丈夫?」
「へ?」
なんとキッチンにいたのは昨夜、京田総帥から紹介された八代あおいだった。
「何やってんの?」
「朝ごはん作ろうと思って。お味噌やお米があったから」
いつの間にあおいは入ってきたのか。
和也が不思議そうな顔をしているのに気付いたあおいが答えてくれた。
「あーあ、昨日のこと、覚えてないのね。クレーンゲームしたのは覚えてる?」
「うん、パンダとか象とか捕れたよね」
「そう!ほら、そこに置いてあるでしょう」
あおいが指差したソファ―の方を見ると、ぬいぐるみがいくつも置いてあった。
「男の人たちが加原くんのこと運んでくれたのよ。すごく酔っていて具合が悪そうだったから、あたしが残ったの」
「え?そうだったのか…」
「でもね、加原くんが想像しているようなことはなかったわよ。ちょっとは期待してたんだけどなあ」
「えええええ!!」
あおいの大胆な発言に和也は赤面して後退りした。
「なあんちゃってね。ほら、お味噌汁もできたし、食べるでしょ?二日酔いにはお味噌汁が効くのよ」
「そ、それは、ありがとう」
和也はあおいと向き合って食卓についた。
「旨い!!」
「あら、よかった。お口に合わなかったらどうしようかと思ってたけど。でも、冷蔵庫にいろいろ食材があったじゃない。自炊してるの?」
「うん、僕、料理が好きなんだ」
「へえ、いいわね。料理上手のアーティスト、好感度高いわよ」
それにしても、ミュージシャンになる夢を持って田舎から出てきて、女性と朝食を共にするなど初めてのことで和也は気恥ずかしかった。
よく見ると、あおいはかなりの美人で会話も気が利いている。
どういういきさつで松野豊のような人間のゴーストライターになどなったのか。
「どうして、松野なんかのゴーストライターになったのか。そう思ってるんでしょう」
「え、いや、別に…」
「うふふ、そう顔に描いてあるわよ」
あおいは味噌汁のお代わりをよそってくれながら話し始めた。
「あたしは夜の街で働いていたの」
「へえ、そうだったのか」
「お給料はいいし、高級クラブだったからお客さんはそれなりの人が来るし。オモルフィって店、知ってる?」
「ああ、いろいろ噂は聞くよ。政治家や大企業の社長の御用達なんだろ」
「そうね。何かと良からぬ話ばかりしていたりね」
「そうなのか。酒が入ると気が大きくなるのかな」
あおいは高級クラブのホステスをしていた。
そこに客としてやって来たのが松野豊で、あおいを一目見て気に入った松野が足繁く通ってくるようになり、あおいは多額の金で引き抜かれたのだった。
「あたしの前にも松野にはゴーストライターがいたの。でも、良心の呵責に耐えかねたのか、失踪しちゃったのよね。当然、松野は圧力をかけてゴーストライターがいたことは握り潰して。その人は変死体で発見されて。絶対に松野の仕業よね」
「それで、君がゴーストライターになったのか」
「そうね。その少し前から、あたしは元いたゴーストライターの相談に乗っていたの」
「なるほどなあ。しかし、良心の呵責に苛まれて辞めたがった人間を消すなんて。松野はひどい奴だ」
「ええ、悪事が明るみに出たから、松野はもう終りね」
あおいは京田総帥が言っていたことと同じようなことを口にした。
松野に自作の曲を横取りされた和也は、心の底からざまあみろと考えていた。
「朝飯、旨かったよ。ごちそうさま」
「あら、お粗末さま」
和也はお礼も兼ねて空いた食器を片付け始めたが、すぐにあおいも脇に立ち、二人で食器洗いを始めた。
「今夜は京田総帥と飯を食いに行くんだ」
「まあ、またお酒?」
「うん、高い店に連れていってもらえるみたいなんだ」
「昨日も打ち上げで大騒ぎしたのに。大丈夫なの?」
「いや、これからミュージシャンとしてやっていくなら、このくらいは軽いもんさ」
何やらあおいは古女房のように心配をしてくれる。
和也は照れくささを隠すように食器洗いを黙々と続けた。
「今日は取材だっけ?」
「うん。夕方から京田総帥と合流するんだ」
「じゃあ、あたしはこれで。一旦帰ってシャワーでも浴びたいし」
食器洗いを終えたあおいは慌しく鞄を抱え、玄関ホールに出た。
「いろいろありがとう」
「どういたしまして。大事なアーティストのためですもの、あたしも加原くんのスタッフの一員なんだし」
あおいは靴を履きながらにっこり微笑んだ。
「よかったら、また来てくれよ」
「え?」
「…あ、いや、なんでもない」
和也が照れていると、あおいは笑みを浮かべながら玄関のドアを開けて出ていった。
あおいとは馬が合いそうだ。
和也は確信のようなものを感じていた。
「わーっはっはっはっはっ!ますます気に入った!京田くん、加原くんはいい青年じゃないか!」
その日の仕事、取材を何件かこなした後、和也は京田に連れられて高級クラブのオモルフィにやって来た。
朝、あおいと話していた店にまさか自分が連れてこられるとは。
オモルフィの店内は煌びやかで、ミュージシャンになる前は建設作業員として汗と油に塗れて働いていた和也には今までは縁のなかった別世界だった。
それまでの和也の給料では縁がなかった高級クラブに連れてこられ、和也は恐縮すること頻りだった。
京田に会わせたい人物がいるからと言われ来てみると、テレビでしか見たことがないような人間ばかりで和也はますます恐縮していた。
そんな和也を見て、与党の憲民党の大物代議士、花村権蔵は上機嫌だった。
花村以外にも名うての大企業、フィロス電機の二階堂会長も同席し、京田総帥と旧知の仲のように言葉を交わしていた。
高級クラブ、各界の名士、和也は何を話して良いものかわからず、引き攣った愛想笑いを浮かべていた。
「加原くん、すみれちゃんはこの店のナンバーワンなんだぞ。もっと飲みなさい」
「はい、いただきます」
上機嫌の花村代議士に勧められて断る訳にもいかず、和也は高級酒をイッキ飲みした。
「おおお、いい飲みっぷりだねえ。なあ、すみれちゃん、さすがトップスターだよなあ」
「ええ、素敵ですわ」
「すみれちゃん、今日は私じゃなくて加原くんとアフターかな」
「まあ、花村先生ったら」
「加原くん、何を赤くなってるんだ?わーっはっはっはっはっ!大スターも美女の前では形無しだな!」
和也はナンバーワンのホステス、すみれに体を密着され恥ずかしくて仕方なかった。
「さーてと。ちょっと仕事の話をする。みんな、席をはずしてくれ」
京田がそう言うと、ホステスの女性たちは察したように席を立ちその場を離れた。