喫茶プリヤ 第三章 十話~スマホの中の嘘

本編の前にご案内です。

この小説のページの姉妹版「とまとの呟き」も毎日更新しています。

こちらは私の拙い日記、私の本音です。

下のバナーをクリックで「とまとの呟き」に飛べますよ。

よろしくお願いします。

tomatoma-tomato77.hateblo.jp

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここから本編です。

写真はイメージです。

 

「ただいまー」

「おかえりなさい。今日も遅かったのね。ごはん、食べるでしょ。カレー作ったの」

 

深夜に帰宅した和也をあおいはいつものように穏やかに迎えてくれた。

 

「あ、わりい。メシなら済ませてきた」

「そうなの…」

 

和也はあおいとは半同棲の状態になっていた。

衣装係のスタイリストとしてだけではなく、私生活でもあおいは和也を支えていた。

 

「毎日、遅くまで仕事で大丈夫?」

「あ、うん。風呂入って寝るわ」

 

あおいには仕事で遅くなると言ってはいたが、和也には他にも懇ろな間柄の女性が何人もいた。

オモルフィのホステスのすみれ、デーバ重工で社長秘書をしている瑠美、その他にも遊び相手には事欠かなかった。

 

「あ、お風呂ね。今、沸かし直すから」

「いや、いいよ、シャワーで済ませるから。お前も早く寝ろよ」

 

和也は上着を脱いで浴室に向かった。

和也がいなくなると、あおいはテーブルの上に置きっ放しになっている和也のスマホに目が向いた。

仕事、仕事と言ってはいるが、本当なのだろうか。

ライブの打ち上げにお気に入りのファンを呼んだり、楽屋係のアルバイトの学生にちょっかいを出したり、あおいは自分の目が届く範囲でも女好きになってしまった和也に不安を感じていた。

出会ったばかりの頃は誠実で純粋だった和也が、代議士や大企業の幹部など有力者と関わるようになってから変わってしまった。

和也がシャワーを浴びている間に、まだ自分が知らない和也の秘密を確かめてみたい。

そう思ってあおいは和也のスマホに手を伸ばした。

通話の履歴、通信アプリの履歴、それらを覗き見ると女性の名前で何件も記録が残っていた。

やはりそうか。

自分以外にも和也には女性がいる。

半同棲状態で食事の支度をしたり、生活のいろいろな世話を焼いているあおいは憤りを感じた。

 

「おーい、シャンプー切れてるぞー」

 

そこへ和也がタオルで頭を拭きながらリビングに戻ってきた。

 

「あ?おい!何やってんだ、お前!!」

 

テーブルの上に置いたはずのスマホをあおいが覗くように見ているのに気づいた和也は、あおいの手からもぎ取るようにスマホを取り返した。

 

「おい!あおい、勝手に俺のスマホ見んなよ!!」

「和也、美里って誰?瑠美って誰?!…みなみって、ライブの楽屋係の学生バイトの娘じゃないの?!」

 

美里はすみれの本名だったが、それ以外にも複数の女性の名前のことであおいは問い詰めた。

 

「うっせえなあ。お前に関係ねーだろ!」

「仕事だって言ってて、他で遊んでたのね?!」

「仕事の付き合いだよ。その美里って女はクラブのホステスだしな」

「付き合いって、どんな付き合い?!」

 

和也とあおいは言い争いを始めた。

 

「だーかーらー!お前に関係ねーってんだよ!!」

「和也、変わっちゃったね。あの花村って代議士と関わるようになって変わっちゃったね」

「はあ?どーでもよくね?」

「ねえ、花村と関わるのはやめて」

 

花村代議士は次の総理大臣候補と持て囃されていたが、黒い噂も絶えなかった。

和也は花村代議士が推進するアンドロイド人権法の国民投票で、賛成票を投じるよう働きかけるキャンペーンに関わることで便宜を図ってもらっていた。

アンドロイド人権法に対して賛成票を投じるよう呼びかける運動に和也は関わることで、金銭を受け取ったりCDやライブのチケットを買い取ってもらったりしていた。

買い取られたライブのチケットはプロの転売屋に流れ、高く転売することで得られた利益が和也にも還元されていた。

とにかく、金、金、金。

和也の元には花村代議士を通じた利益の一部が流れていた。

 

「はあ?今さら、それはねーだろ」

「和也が心配なのよ。花村代議士の噂は知ってるでしょう?あんな人と関わったらロクなことにならないわ。ねえ、もうこんなことはやめて」

「うるせえなあ!!」

「きゃあ!」

 

花村代議士と手を切るよう捲し立てるあおいに和也は手を上げた。

 

「お前は俺の言う通りにしてればいいんだよ!このバカ女!お前に何がわかるってんだよ!クソが!!」

 

殴られて床に倒れたあおいを和也は何度も何度も蹴り、口汚く罵った。

 

「だいたいなあ、お前の妹が施設を出られて高校に行けてるのは誰のおかげなんだよ!!」

 

幼い頃に両親を亡くしたあおいは施設の出身で、まだ施設に残っている妹がいたが、和也の援助で施設を出て暮らし高校に通うようになっていた。

 

「おい、どうなんだ!!」

「ごめんなさい。言い過ぎました…」

「そうだろ!松野豊と俺とどっちがまともなんだよ!!」

「和也…さんです」

 

ゴーストライターを辞めれば一時期風俗の仕事をしていたことを関係者にバラすと嘗てあおいは松野豊に脅されていたことがあった。

 

「わかりゃあいいんだよ!仕事の話に口出すなよ!」

「はい、わかりました」

 

和也は頭に血が上るといつもあおいに暴力を振るっていた。

あおいは和也に強いことが言えずにいたが、それでも花村代議士との関係は疑問視していた。

 

「お前はな、俺に言われた通りにしてればいいんだよ!」

「はい…」

「おい、新曲、できたのかよ?」

「まだ、です」

「早くしろよ!覚えなきゃならねーだろ」

「はい」

 

松野豊のゴーストライターをしていたあおいには作詞と作曲の才能があった。

今、あおいの才能を利用しているのは落ちぶれた松野豊ではなく和也だった。

あおいは自分よりずっと優れた才能がある。

そこに目をつけた和也は、あおいを利用して発表する曲の売り上げを伸ばしていた。

 

「ったく、もう。口には気をつけろよ。もう寝る。明日は朝メシいらないからな」

「はい」

 

和也は翌日は早い時間からレコード会社で打ち合わせの仕事が入っていた。

 

 

「おはよーございまーす」

 

次の日の朝、和也はマネージャーの木村と共に所属するパールヴァティ―レコードにやって来た。

 

「あ~~ふ。眠いっスねえ」

 

木村とエレベーターに乗ると、和也は大きなあくびをしながら眠そうに目をこすった。

エレベーターには木村と和也しか乗っていなかったが、途中で停まるとアマチュア時代に曲を持ち込んでいた頃に対応してくれていた沢村が乗ってきた。

 

「お疲れさまです」

 

沢村の方から挨拶してくれたが和也は完全に無視、木村が代わりに応えていた。

今となってはパールヴァティ―レコードを支える売れっ子ミュージシャンになった和也の方が立場は上。

レコード会社の一社員に過ぎない沢村は恐縮したように木村に愛想笑いを振り撒いていた。

 

「あ!!」

 

沢村が声をあげたので何かと和也が視線を向けると、沢村の持っていた大きな封筒から紙が何枚もバラバラとエレベーターの中に落ちて広がった。

どうやら封筒を逆さまに持っていたらしい。

下向きになった封筒の口から紙が何枚も落ちてきていた。

 

「あーあ、何やってんだよ」

 

和也は笑いながら封筒から落ちた紙を拾ってやった。

 

「何だ、これ?」

 

拾った紙は楽譜だった。

和也はつい習慣で楽譜をじっと見た。

 

「へえ、沢村。これ、誰が書いたんだよ?」

「あ、それですか。それはアマチュアの持ち込みです」

 

沢村はいつの頃からか和也に敬語を使うようになっていた。

 

「ふーん。沢村、お前変わり映えしないな。まだアマチュアの相手なんかしてるのかよ」

 

和也は必死に楽譜を拾っている沢村を嗤った。

 

「これ、なかなかいいじゃん」

 

和也は自分が拾った楽譜をちらりと見ただけで、その完成度の高さに気づいた。

 

「沢村、その封筒の中身、俺にくれよ」

「え?駄目ですよ、そんなの。この曲を持ち込んだアマチュアミュージシャンは、うちの会社でも期待してるんですから」

「はあ?俺を誰だと思ってんだよ」

 

和也は凄んで沢村が持っている楽譜も取り上げた。

 

「ちょっと!加原さん!!」

「この曲、俺がもらうから」

「それは困りますよ!」

「おい、沢村、俺の言うことが聞けねえのかよ」

「え、し、しかし…」

 

和也のバックには花村代議士やぺリウシアの総帥、京田がついている。

和也に逆らうことは、花村代議士や京田に逆らうこと。

業界では知らない者がいない周知のことだった。

もちろん、マネージャーの木村も止めることはできない。

和也はアマチュアミュージシャンが書いた優れた曲を掠め取り、自分の楽曲として発表するつもりでいた。

 

「沢村、いいな。このことはなかったことにするんだ。これは、俺の曲なの」

「は、はい。もちろんです」

「お前も大変だよなあ。大したことないアマチュアの相手なんかさせられてよ。嫌だったら、こんな会社辞めたらどうだ?俺がいい再就職先を見つけてやるからよお。ヒャーッハッハッハッハッ!!」

 

エレベーターが停まると、沢村は和也からの嘲笑を背中に受けながらそそくさと降りていった。