喫茶プリヤ 第五章 八話~政治家、康介

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20時に投票が締め切られ、開票が始まると康介の選挙事務所に集まったホームレス仲間、事務所スタッフらは、固唾を呑んでテレビの特別番組で開票結果の行方を見守っていた。

 

「ええ!!コー!!もう当確だとよ!!」

 

開票が始まって5分ほどで康介の当選確実の情報が流れ、テレビの画面いっぱいに康介と他の候補の票数が打ち出された。

康介は与党の憲民党の現職と事実上の一騎打ちで、選挙運動期間中は現職有利とマスコミ各社は報道していた。

それが蓋を開けてみれば康介の圧勝。

 

「おお、大変なことになったな!!」

「こういう時って、万歳三唱だよな?」

「もちろんだ!!コー、ほら、もっと前に出ろ」

 

事務所内がバタバタし始めたところへ、早くもテレビ局が押しかけてきた。

 

「バンザーイ!!」

「鈴木康介、バンザーイ!!」

 

康介が事務所に置かれていたダルマに片目を入れると、事務所内の一同は万歳を繰り返し、その様子はテレビの選挙特番で全国に伝えられた。

 

「鈴木さーん!!スタジオの米永でーす!当選おめでとうございます!!」

 

テレビ局との中継が繋がれ、康介はニュースキャスターの質問に答えた。

 

「鈴木さん、公約にあったように貧困層への支援、アンドロイドよりも人間の市民の権利の尊重、福祉の充実など、これからどのように取り組んで頂けるんでしょうか?」

「はい、僕は人間を大切にしない政治はなしだと考えています。もちろん、アンドロイドとの共存もあってよいですが行き過ぎたアンドロイドの権利行使は問題です。それを是正できるような政策を実行していきたいです」

 

康介の後ろでは一言何かを言うたびに、ホームレス仲間が拍手をして讃えてくれていた。

 

次の日の朝、選挙結果の大勢が判明した。

与党の憲民党、連立政権を組むアンドロイド新党は議席を減らし、最大野党の国民平和党が大幅に議席を増やす結果となった。

憲民党とアンドロイド新党を合わせた議席数はかろうじて過半数を維持してはいたものの、与野党が伯仲し連立与党は難しい政権運営を余儀なくされる結果となった。

 

「花村さん、あなた、連立与党は更に議席を伸ばすと言っていませんでしたか?」

「申し訳ございません」

 

憲民党の本部では影の支配者、スカイゾーンが花村総理大臣を厳しく叱責していた。

 

「責任は取ってもらいます。あなた、総理の座から降りなさい」

「え、そ、それは…」

「何か?嫌なんですか?」

「いえ、そのようなことはございません」

「かろうじて連立政権は維持します。アンドロイド新党のみのりを総理に据えなさい。あなたのような無能な人間には任せておけません」

 

政治は既に人間のものではなかった。

憲民党はスカイゾーンに牛耳られ、議員全員がアンドロイドのアンドロイド新党は完全にスカイゾーンの支配下にある。

アンドロイドたちからの報復に怯える憲民党の議員たちは、言われた通りに逆らうこともできずアンドロイドに有益な法案を次々と通していたが、これからは厳しい議会運営を強いられる。

スカイゾーンに総理に指名されたアンドロイド新党の党首みのりは難しいかじ取りを任された。

 

初当選した康介は国民平和党からも市民からも期待を一身に受けていた。

国民平和党はアンドロイド人権法の廃止を一番の公約に掲げていた。

アンドロイドに人権を与え、職業選択の自由や人間との結婚も認めるのが法律の主旨だったが、様々な混乱も生じていた。

アンドロイドに職業選択の自由を認めることで勤労を奨励し、所得税を納めさせることで落ち込んだ国の財政の立て直しを図る。

しかし実際は人間より能力の高いアンドロイドが人間社会を席巻し、人間の失業者が大量に発生、強盗や窃盗などの犯罪は増え社会の不安は増していた。

或いは、人間とアンドロイドの結婚も認められ、養子などの形で子供を持つことも認められていたが、アンドロイド保護のため離婚は認められなかった。

このことで破綻した結婚生活から逃亡する人間が後を絶たなくなった。

アンドロイドの伴侶を捨てた人間が、別の人間との間に子供をもうけ、子供の親権が誰にあるのか揉め事になったり。

アンドロイド人権法は薔薇色の未来をもたらすとの触れ込みで成立したが、蓋を開けてみれば人間とアンドロイドとの間でのトラブルも生んでいた。

アンドロイド人権法については人間の側からは批判的な声が上がっていたが、アンドロイドの側からは肯定的な意見が多く、一度進んだアンドロイドの人権問題がまた後退してしまうのではないかと危惧するアンドロイドもいた。

康介は一年生議員ながら党からこれらの件を任され議会で意見を述べた。

与党の憲民党の席からはヤジが飛んだが、野党の席からは拍手が起きた。

 

「今こそ、アンドロイド人権法は廃止し、人間を優先させる政策を進めるべきです!過度なアンドロイド保護により人間が追いやられるようでは本末転倒です!」

 

康介がこう言うと、更に大きな声で与党の席からヤジが飛んだ。

ふと、アンドロイド新党の方を見やると、総理大臣となった党首のみのりをはじめとする党の役員、議員も全員、アンドロイドたちは静かに聞いているようだったが康介は却ってそれが不気味だった。

 

憲民党からヤジを飛ばされても康介は初の議会での仕事を乗り切った。

 

「鈴木くん、お疲れさん」

「あ、葉山先生」

「立派だったねえ。一年生議員にしては上出来だ」

「ありがとうございます」

「メシにでもするか」

 

康介は先輩議員となった葉山議員と、議会の地下にある食堂に向かった。

 

「そうだ、鈴木くん。児童養護施設とか、興味あるかい?」

「養護施設ですか?」

「うん、ほら、党では福祉政策にも力を入れてるだろ。定期的に施設を訪問して要望や現場の声を聞いてるんだ。来週の土曜日、どうだ?ディバカーラハウス、知ってるだろ?」

「え、はい」

 

ディバカーラハウスは康介が生まれ育った児童養護施設だった。

康介は高校卒業まで育ち、高校卒業後、大学の医学部に合格。

その後は学生寮に住みながら、奨学金とアルバイトで苦学して医師になったのだった。

 

「来週の土曜日、訪問して意見交換なんかもしようと思うんだ」

「わかりました。ぜひ、ご一緒させてください」

 

康介はかなり久しぶりにディバカーラハウスに行ってみることにした。

 

「こんにちはー!!」

 

康介が葉山議員や他の議員とディバカーラハウスを訪ねると、施設で生活する子供たちが目を輝かせて歓迎してくれた。

 

「みんな、元気だったかな?」

「うん!!」

 

小学生くらいの子供たちは元気に走り回ったりしていたが、車椅子に座ったままの子供もいた。

その中でも一番年上に見える少年が、康介に挨拶してくれた。

 

「こんにちは。僕は坂井孝輔です。鈴木先生、はじめまして」

「ああ、はじめまして」

 

康介が応えると孝輔と名乗った少年は話を続けた。

 

「僕も孝輔っていうんです。漢字は違いますけど。あ、こっちは、さゆりです」

「こんにちは。今日はありがとうございます」

 

孝輔が乗っている車椅子の手押しハンドルを握っているアンドロイドが笑顔で康介に挨拶してくれた。

アンドロイドはフィロス電機製の海子。

しかし海子は製品名で、アンドロイド人権法で個別の名前を名乗ることが認められていた。

さゆりと名付けられているアンドロイドの海子は愛想よく微笑んでいた。

 

鈴木先生、いつも議会の中継、見てます。あのう、アンドロイド人権法なんですけど」

 

孝輔は心配そうに話し出した。

 

「僕には親も兄弟もいません。さゆりだけが僕の家族なんです」

 

孝輔は議会のテレビ中継を見て勉強していた。

アンドロイド人権法が廃止になるかも知れない。

そうなれば、ただ一人の身内とも言えるさゆりとの生活はどうなってしまうのか。

そんな不安を孝輔は口にした。

 

鈴木先生、お願いです。アンドロイド人権法を廃止しないで下さい」

 

孝輔は車椅子に乗りながらも康介に向かって頭を下げて頼み込んだ。

 

「僕ら、この施設ではそういう子はたくさんいます。誰からも愛されなかった子が、アンドロイドと接することで家族ができたような気持ちになれるんです。アンドロイドを追いやったりしないで下さい」

 

康介が話を聞きながら庭の方を見ると、幼い子供たちがアンドロイドの海子と活き活きと駆け回っていた。

子供の世界ではアンドロイドと人間は共存しているかのようだった。

しかし自分は党のために働かなくてはならない。

今、見えているものはほんの一部でのことなのだ。

子供の世界ではアンドロイドと人間はうまくいっていても、大人の社会ではそうではないのだ。

子供ばかりの小さな養護施設内でのことを優先するか、今、社会で起こっている問題を解決するか。

康介がぼんやり考えながら子供たちの様子を見ていると、孝輔がまた言った。

 

鈴木先生、お願いです。僕らから家族を奪わないで下さい」

「ああ、わかったよ」

「じゃあ、約束して下さい」

 

孝輔は車椅子に乗ったまま小指を差し出した。

 

「お願いします」

 

康介はそう言われて自分も小指を差し出した。

 

 

 

 

 

喫茶プリヤ 第五章 七話~トップアイドルの正体

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国民平和党から立候補した康介は、マスコミが行った世論調査で支持を伸ばしていると報道されるようになっていた。

 

「コー、この調子なら当選間違いなしだな!」

「それによ、コーの人気で国民平和党の他の候補も支持を取り付けてるって言われてるじゃねえか。コーさまさまだな!」

 

ホームレス仲間たちは無給のボランティアでも康介のために働いてくれていた。

選挙事務所で事務作業をしたり、選挙カーに同乗して街頭演説を手伝ってくれたり。

康介を国政の場に出すため皆で一丸となっていた。

 

「おい、見ろよ。憲民党のコマーシャル、またやってるぜ」

 

そう言われて事務所内にいたホームレスたちはテレビの方を見た。

 

「皆さん、9月17日は総選挙の投票日です。私たちの国の未来を決める大切な選挙です。投票に行きましょうね。もちろん、この国の舵取りを任せられるのは憲民党。投票日は憲民党をよろしくね」

 

康介もテレビの方を見たが、憲民党の公認コマーシャルが流れていた。

 

「佐伯まゆか。何だってこの子は政府にべったりなんだろうな」

「現役のトップアイドルを担ぎ出して若者にアピールなんじゃねーの」

 

憲民党のコマーシャルに出演しているのは、人気ナンバーワンのトップアイドル、佐伯まゆだった。

CDを出せば必ずヒット、ライブのチケットは人気でなかなか手に入らない、出演するコマーシャルの製品は品切れになるほど。

押しも押されもせぬトップアイドルが与党のコマーシャルで堂々と支持を訴えるとは。

康介は違和感のようなものを感じた。

 

「でもよ、やっぱ可愛いよな」

「だよなあ。もう人間離れした可愛さだよな」

「憲民党のお偉いさんにオモチャにされてんのかねえ」

「おいおい、気持ち悪いこと言うなよ」

 

ホームレスたちは冗談混じりにまゆの噂話を話題にしながら、次の演説場所で撒くビラを数え始めた。

 

「まゆはフィロス電機の会長と懇ろだったってのはホントなのかな?」

「あー、そんな話もあったな」

「だけどよ、その会長はヴィヤーナ病院にブチ込まれてるんだろ」

「そうそう。ピストルを乱射して心神喪失認定。ヤバいよなあ、あの病院に入れられて帰ってきた奴なんていないだろ」

「違うんだよ、お前ら。まゆの本命は三澤俊介だぜ」

 

ホームレスたちはその一言で作業の手を止めた。

 

「ええ!!三澤俊介って、あのミュージシャンの?!」

「そうそう、知らねえのかよ?」

「マジかー!?」

「でもよお、それってすげえ年の差カップルじゃねーの?」

「だよなあ、みんな、そう思うよなあ」

 

ホームレス仲間の中でもお調子者のケンジはとっておきの話だと続けた。

 

「だってよ、考えてもみろよ。まゆの楽曲のほとんどは三澤が手掛けてるんだぜ。仲良くなっても不思議じゃねーだろ」

「あーあ、いいなあ。俺もミュージシャン目指してたんだけどなあ」

 

ホームレス仲間のユキオは遠い目で宙を見た。

ユキオは夢を追いかけているうちに仕事を失い、ホームレスとなっていた。

 

「ユキオ、お前のその不細工なツラ、鏡を見てから言えよ」

「だけどよ、三澤も癖者なんじゃねーの?佐伯まゆと関わってるなんて、ロクなもんじゃねえだろ」

「まあな、まゆは顔は可愛いがフィロス電機とも繋がってるからな。あんな会社のイメージキャラクターだぞ。そのうえ、憲民党のコマーシャルで投票を呼びかける。完全に政府側の人間だろ」

「そうだそうだ!なあ、ヤッさんもそう思うだろ?」

 

話に加わらずビラの数を数えていたヤスは手を止めずに答えた。

 

「どうなんだろうな、わかんねえな」

 

ヤスは自分がかつて元フィロス電機の技術者だったことは康介以外には話していなかった。

まゆはフィロス電機と繋がっているどころではない。

フィロス電機を統率する支配者なのだ。

スーパーコンピューター、スカイゾーンの存在とまゆの正体を知るヤスだったが、仲間の誰にもその話をしたことはなかった。

まゆはアンドロイド。

自由に動き回ることでスカイゾーンの意思を実行する部品として存在している。

ヤスはフィロス電機に勤務していた頃スカイゾーンの開発に携わり、アンドロイドのまゆの本体の開発では中心的な役割も果たしていた。

しかし、そんなことはわざわざ話すことでもない。

ヤスは黙ってビラを数えていた。

 

「あ、コーが帰ってきたぜ!」

「よし、昼からは街頭演説だな!気張っていくぜー!」

 

テレビ局の取材から康介が選挙事務所に戻ってくると、ちょうど昼食の弁当が届いた。

 

「おし!メシ食ったら、黄金町でコーの演説だな」

「今日は松本先生が来るからギャラリーはたくさん集まりそうだな!」

 

康介は午後から繁華街の黄金町の真ん中で演説をすることになっていた。

国民平和党の党首、松本も駆け付け聴衆にアピールする絶好の機会。

ホームレスたちも力が入っていた。

 

「皆さん!党首の松本正雄でございます!今日は皆さんに我が党のエース、鈴木康介さんをご紹介しに参りました!」

 

最大野党の国民平和党の党首、松本が口火を切ると集まった聴衆から拍手が起こった。

 

「皆さん!それでは、よろしくお願いします!鈴木康介さんです!」

 

紹介された康介は聴衆の前でお辞儀をして、演説を始めた。

 

「皆さん!鈴木康介です!私はこの疲弊したスーリヤ国に改革が必要だと考えています!憲民党はどこを向いて政治をしているのでしょうか?国民主権、国民が主人公の政治をしているでしょうか?私はそうではないと考えています。富裕層優先、大企業優先、庶民の生活は後回し。こんな政治でいいのでしょうか?!」

 

康介が強い調子で訴えると聴衆の間から更に強い拍手が起こった。

康介はマスコミの世論調査で優勢とされ、国民平和党も支持率を伸ばしていた。

国民平和党が憲民党の支持率を上回り、政権交代もあり得るかも知れないと複数の政治評論家が分析するほど国民平和党は有利な戦いをしていた。

康介もどこに演説に行っても手ごたえがあり、自分を支持してくれる有権者が増えていると感じていた。

閉塞したスーリヤ国を立て直す。

康介はそんな使命感に掻き立てられていた。

 

そうして迎えた選挙運動最終日。

規定の20時に選挙運動が終わって康介は選挙事務所に戻ってきた。

 

「コー、頑張ったな。明日は必ずいい結果が出るだろうよ」

「よ!鈴木先生!!」

 

事務所に戻ってきた康介をホームレスの仲間は労ってくれた。

 

「みんな、ありがとう。俺はみんなのためにも政治家になっていい仕事をしたいんだ」

「その意気だ!コーのおかげで国民平和党も支持を伸ばしたし、憲民党の奴ら、ギャフンと言わせてやろうぜ!」

「そうだそうだ!!」

 

ホームレスたちはまだ早いと康介が戸惑っているのに、康介を囲んで万歳を始めた。

 

その次の日、総選挙の投票日を迎えた。

康介と投票を済ませた仲間たちは選挙事務所に詰めてテレビの前に集まっていた。

 

「おい、昼の時点で投票率が30%だとよ」

「前回の3倍かあ。このペースなら投票が締め切られる時間には投票率が70%はいくんじゃねえか?」

 

投票率が上がれば野党が有利。

組織票で固めている憲民党も、利害関係のない市民が挙って投票に行けば形勢をひっくり返されるかも知れない。

選挙事務所にいる全員が何かが変わるのではないかと期待し始めていた。

 

 

「花村さん、何ですか?この出口調査の結果は?」

「申し訳ございません。こんなはずでは…」

 

憲民党の党本部で花村総理大臣は平身低頭して、支配者スカイゾーンに詫びた。

野党、国民平和党が与党の憲民党を追い上げ、憲民党は追い込まれていた。

憲民党の党首でもある花村総理大臣だったが、陰の支配者であるスカイゾーンの前でひたすら頭を下げ謝ること頻りだった。

 

「私が自らコマーシャルに出て国民を誘導したのに、何ですか、この体たらくは?」

「申し訳ございません」

 

美少女アイドルの佐伯まゆに一国の総理大臣が頭を下げる。

傍から見れば不可思議で異様な光景だが、憲民党内の真実を知る者にとってはいつもの光景だった。

トップアイドルの佐伯まゆは、憲民党も支配するスーパーコンピューターの部品の一部でアンドロイド。

まゆは本体を持たないスカイゾーンの意思を実行する部品の端末態。

憲民党やフィロス電機の限られた幹部しか知らない事実だったが、最もその近くにいるのは今の総理大臣、花村。

花村と憲民党は事前の見通し以上に苦戦していた。

選挙の投票前の世論調査では国民平和党の支持率が上がっていると伝えられていたが、その通りになり他の野党も議席数を伸ばす勢いで善戦している。

憲民党や国の大企業を支配しているスカイゾーンはこの情勢に不快感をあらわにした。

 

「これは、あの鈴木とかいう候補者の影響でしょうね。多くの国民が一人の若くてクリーンなイメージの候補者に引っ張られ、野党に挙って投票している。花村さん、このことはわかっていたはずですよね?」

「申し訳ございません。これほどまでに影響力があるとは…」

「あなたの見通しが甘かっただけですね」

「はい。仰る通りでございます」

「まあ、いいでしょう。まだ開票は始まったばかりです。国民平和党の鈴木候補、どれほどのものか、じっくり見せてもらいましょう」

 

平身低頭する花村を横目に、スカイゾーンは冷たく言い放った。

 

 

 

 

喫茶プリヤ 第五章 六話~ホームレス代表

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康介がヤスに代わってグループをまとめるようになっても、ホームレスたちは皆、協力し合い細々と日々を過ごしていたが、ある日のこと、都行政センターから来たという職員と作業服を着た大勢の人間が段ボールで作った寝床が並ぶナーガリー通りに現れた。

その都行政センターの職員の後ろには警察も付いていた。

 

「なんだなんだ!何だ、お前ら!」

 

ゆっくり休んでいたホームレスたちだったが、急に現れた役所の人間を見ながら次々と起き上がった。

 

「都行政センター、環境維持局です。スーリヤ国行政法、第21条により一帯の段ボールを撤去します」

「はあああ?なんだと?!」

「執行します」

 

スーツを着た職員が号令をかけると、作業服姿の職員が段ボールでできたホームレスたちの”家”の撤去を始めた。

 

「おい!何やってんだよ!」

「やめろよ!ここは俺たちの家なんだぞ!」

 

段ボールを次々と撤去していく職員を止めようと、ホームレスたちは掴みかかったが付いてきていた警察に取り押さえられた。

 

「おい!お前ら!警察も何やってんだよ」

公務執行妨害で逮捕する」

 

怒ったホームレスに小突かれると、警察官は有無を言わさず手錠をかけた。

 

「てめえら!どういうつもりだ!」

 

一人に手錠がかけられるとホームレスたちは抗議したが、段ボールの撤去は続けられ、それを妨害しているとして次々に公務執行妨害の現行犯で逮捕されていった。

 

 

「え…?」

 

ユージュフルとの会合に出かけていた康介が戻ってくると、今まで暮らしていたナーガリー通りの様子がすっかり変わってしまっていた。

寝床にする段ボールは全てなくなり、仲間たちの姿がない。

 

「おい、コー。今日も儲かったぜ…ん?どうした?ああ?!」

 

康介が呆然としているところへ、ヤスが空き缶拾いから帰ってきた。

 

「おい、どうなってんだ?何もなくなってるじゃねえか。みんな、どこ行った?」

 

他のホームレスグループの襲撃でもあったのか?

だとしても、段ボールの”家”がきれいさっぱりなくなっているのはなぜか?

康介とヤスはユージュフルに連絡することにした。

 

 

「ええ!全員、逮捕されてるですって?!」

 

ユージュフルの事務所でみずきはもちろん、他の支援者総出で調べた結果、都行政センターの強制職務執行でホームレスたちの生活の場が撤去され、これに抗議して警察官と衝突した全員が逮捕されて留置されていることがわかった。

 

「ひどいです!生活の場なのにいきなり撤去するなんて!」

「いいえ。行政センターからは再三、文書でお伝えしていました」

「何か言いたいことがあるなら、私たちを通してください!」

「そう言われましても、ナーガリー通りでの路上占拠、居住は認められていません」

 

みずきやユージュフルのメンバーが抗議しても、都行政センターの対応は冷淡だった。

何を言っても木で鼻をくくるような返事しか返ってこない。

弁護士の田村が同席していても対応は変わらなかった。

みずきたちはひとまず引き下がり、何ができるか考え直すことにした。

 

「野村さん、どうしますか?」

「うーん、もう葉山先生にお願いするしかないかしら?」

「そうですねえ、議員の先生に間に入ってもらうしかないですね」

 

葉山議員はユージュフルの創設者で、今は国の議会で議員になっていた。

葉山議員は野党の国民平和党に所属し、党の役員も務める実力者でユージュフルの後ろ盾になってくれていた。

みずきは葉山議員に連絡を取ることにした。

 

 

「みずきちゃん、ありがとうな。葉山先生も、いつもありがとうございます」

 

葉山議員が国民平和党を通して警察に抗議すると、拘束されていたホームレスは解放され事なきを得た。

 

「だけどなあ、これからどうする?ナーガリー通りはもう出禁だしな」

「やっぱり、緑川公園の辺りしかないのかなあ」

 

とりあえずユージュフルの事務所に戻ってきたホームレスたちは、口々に不安を訴えた。

緑川公園の周りは最近ホームレスが増えつつあった。

スーリヤ国はアンドロイドヘブン構想を派手に発表していたが、それとは逆に景気は後退し、失業者が増え、国民生活は圧迫されつつあった。

アンドロイドヘブン構想の通り、アンドロイドを購入し家族の一員として迎え家事や家族の介護をさせたり、会社で社員と同じように働かせることができるのは一部の裕福な家庭か十分に資金を持つ大企業に限られていた。

 

「俺たちみたいな貧乏人は死ねってことかよ」

「葉山先生も頑張ってくれてるけどよ。憲民党とアンドロイド新党で過半数以上を占めてるから、まともな政策が通らねえんだよなあ。金持ちはますます豊かになり、貧乏人は貧しくなるんだ。あいつら、ギャフンと言わせてやりてえよ」

 

今の政治のままではお先真っ暗。

ホームレスたちはため息をついた。

それでも、今年は総選挙がある。

そこで形勢逆転して憲民党やアンドロイド新党の議席を減らさなければ、スーリヤ国の未来も危うい。

一般国民の多くが政治に無関心だったが、そんな社会からこぼれ落ちたホームレスたちは生活は政治と結びついているのだと感じていた。

しかし悪政が行われているにも拘わらず、大多数の国民が憲民党やアンドロイド新党を支持している。

社会の片隅に追いやられたホームレスの声は届いていなかった。

このままではスーリヤ国の未来はない。

ホームレスの一人が思いついたように言った。

 

「なあ、コー。お前、立候補しろよ」

「え?」

 

いきなり話を振られた康介は目を丸くした。

 

「そうだ!いいじゃねえか!」

「コーはまだ若いし頭もいいからなあ。いいんじゃないか?俺たちの代表になってくれよ」

「葉山先生にも相談したらどうだ?秋には選挙があるだろ」

 

冗談かと思った康介だったが、ホームレス仲間たちは真剣だった。

 

「ええ、俺なんかに務まるかなあ」

「コーならできるさ!俺たちで政治を、世の中を変えようぜ!」

「そうだそうだ!!」

 

ホームレスたちは輪になり、康介を囲んで拍手してくれた。

 

それから康介が本当に立候補する話はトントン拍子に進んだ。

支援団体を通じて国民平和党とも連携を進め、康介は次の総選挙で国民平和党の公認候補として出馬することが決まった。

しかし一つ不思議なことがあった。

公認候補になるため康介は自分の公的な書類を取り寄せたが、本当の名前の海堂康介ではなく、ホームレス仲間たちの間で使われている鈴木康介の名前で書類が発行された。

 

「どうなってんだ…」

 

ある日の朝、目覚めたらホームレスになっていた康介。

なぜか公的な書類まで違う自分になっているとは。

しかし、そんなことよりもホームレス仲間や、その他の社会からこぼれ落ちてしまった人のために働こうと康介は決心していた。

違う自分になる前はホームレスなど努力が足りない社会の落伍者と考えていたが、今はそうではなかった。

落伍者がいるとすれば、それを生んでしまう社会に問題があるのだ。

誰も脱落しない社会こそ健全なのだ。

ホームレス仲間は皆、気が良く助け合って生きている。

毎日を懸命に生きている。

助け合い、分かち合い、社会の矛盾の中でも明日を信じて生きている。

康介は医師だった頃、いつも競い合い、蹴落とし合い、押し退け合って生きていた自分が恥ずかしかった。

なぜ目覚めたらホームレスになっていたのかはわからないままだったが、それも今では悪くないと思えるようになっていた。

康介は大切なものが何かわかった気がしていた。

 

「皆さん!こんにちは!!国民平和党、公認候補の鈴木康介でございます!!」

 

夏が終わると選挙が公示され選挙活動が始まった。

康介は利用者が多い緑川駅の前で立候補の第一声をあげた。

ホームレスになってからいつ取り替えたのかもわからないものを着ていたが、立候補して選挙活動をするため、党が用意してくれたスーツに身を包み康介は道行く有権者に語りかけた。

 

「皆さん!今の政治のままでいいんでしょうか?!与党の憲民党、連立を組むアンドロイド新党、誰の方を向いて政治を行っているのでしょうか!」

 

ほとんどは忙しそうに緑川駅に吸い込まれていったが、それでも足を止めて康介の話に耳を傾けてくれる有権者がいた。

 

「私はホームレス出身です!私のような貧しい者が脱落してしまう社会であってはいけません!皆が幸せを分かち合い、手を取り合っていける社会を目指そうではありませんか!」

 

康介が聴衆に向かって声をあげると、選挙カーの周りに集まった聴衆からは拍手が起こった。

選挙初日の第一声でこれは手ごたえがある。

康介は必死に聴衆に語りかけた。

もう以前の自分ではない。

今は社会の矛盾を正し、貧富の差がない、誰もが幸せを掴める社会を作るために身を捧げるのだ。

康介は聴衆を前に熱く語りかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喫茶プリヤ 第五章 五話~炊き出し騒動

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ヤスは回復し退院の日を迎えた。

退院の日、康介はホームレスの支援団体の代表、みずきと共にヤスを迎えにきた。

みずきはホームレスの支援団体、ユージュフルの代表でヤスとも親しかった。

 

「おう、みずきちゃん。相変わらずきれいだねえ。コー、みずきちゃん、美人だろ」

「ヤスさん、あたしのことはどうでもいいから、ナースステーションに挨拶して出るわよ」

「あいよ」

 

ヤスの治療費は貧困住民支援制度を使って支払いの一部だけが患者負担だったが、その患者負担ぶんも支援団体のユージュフルが支払うことで話がまとまっていた。

 

「そうだわ。今晩、緑川公園で炊き出しがあるのよ。ヤスさん、コーさんも行くでしょ」

「おお、あったかいメシにありつけるのか。結構なこった」

 

三人を乗せたタクシーは病院を出発し、ホームレスたちが住む都行政センターの辺りを目指して走った。

 

「みずきちゃん、いつかは恩返しができるといいんだがなあ」

「いいのよ。ヤスさんはヤスさんらしく、やりたい仕事が見つかるようになるまで元気でいてくれれば」

「嬉しいこと言ってくれるねえ。おい、コー、みずきちゃん、いい娘だろ。付き合っちまえよ!」

「ヤスさん、そんなことはどうでもいいから、今夜の炊き出しでしっかり栄養取るのよ。退院したばかりなんだから」

「わかったよ。みずきちゃんには敵わねえな」

「じゃあ、あたしはこれで」

 

みずきは忙しいらしく康介とヤスを降ろすと、そのままタクシーに乗って別の場所へと走り去って行った。

 

「コー、緑川公園で炊き出しってことは、俺たちだけじゃなくて他のホームレスも集まってくるな」

「そうなのかい?」

「ああ、緑川公園で炊き出しがある時は、規模が大きいんだ。あちこちから集まってくるぜ」

 

タクシーを降りた康介とヤスは、いつも仲間がいる都行政センターに通じるナーガリー通りの路上に戻ってきた。

 

「おお、ヤッさん!」

「おかえり!元気そうだな」

 

康介とヤスが姿を見せると、段ボールで作られた寝床に横になっていた仲間も起き上がって迎えてくれた。

 

「よかった、よかった。ヤッさんにはまだまだ元気でいてもらわなきゃな」

「ああ、それはいいんだが。みんな、ちょっと聞いてくれ」

 

グループのリーダーのヤスが話し始めると、皆、じっと黙って耳を傾けてくれた。

 

「ここのリーダーはこれから、こいつ、コーだ。俺も心臓が悪くていつくたばるかわからないからな」

「え、そうか?でも、コーだと若すぎないか?」

「そうだなあ、ちょっと押しが弱いかな?」

 

ヤスの提案を聞いたホームレスたちは少し不安そうだった。

 

「うん、みんなが心配になるのもわかるが、俺ももう若くないしな。みんなでコーをここのリーダーに育てるつもりでどうだ?」

 

ヤスはそう言いながらホームレスたちをじっと一人一人見つめた。

 

「うーん、ヤッさんがそう言うならなあ」

「いいじゃないか!コーは若いし、頭もいい」

「そうだな。若くて活きのいい奴に任せてみるか」

 

ホームレスの仲間たちは揃って康介を新しいリーダーとして認めてくれた。

 

「今夜の炊き出しはパーティーみたいなもんだな」

「そうだそうだ!景気よくやろうぜ!」

 

康介はまだわからなかったが、緑川公園で開かれる炊き出しは大規模で豪勢なメニューが期待できるということだった。

 

「でもよ、いいのか?今日の炊き出しを仕切ってるのはフィロス電機だぜ」

 

輪の外側の方にいた一人がぽつりと言った。

 

「なに?」

 

ヤスは怪訝そうに聞き返した。

 

「フィロス電機の仕切り?」

「そうさ。見てみろよ」

 

ヤスは手渡されたチラシをしげしげと見た。

 

チラシには炊き出し場所の緑川公園を示す地図や炊き出しのメニュー以外にも、就職相談も同時開催と書かれていた。

 

「ヤッさん、どうした?」

 

ヤスの表情はチラシを見ながら苦々しいものに変わっていった。

どうやら、ヤスがかつてはフィロス電機勤務だったことは他のホームレス仲間は知らないようだった。

康介はその場の雰囲気でそう察した。

 

「フィロス電機の就職相談だと?」

「ヤッさん、なんか変かい?いいじゃねえか、何か仕事が見つかれば、俺たち路上生活からおさらばできるじゃねえか」

「お前ら、フィロス電機が何をやってる会社か、わかってるだろ」

「ああ、アンドロイド政策だろ。政府の政策に乗っかってさ」

「そんなことの片棒を担ぐなんざ、やめとけよ」

「そうは言ってもさ、いつまでもこのままでもいられないだろ。ヤッさんだって心臓に爆弾を抱えて今の生活を続けて大丈夫かい?」

 

ヤスはフィロス電機主催の炊き出し自体に不快感をあらわにしたが、ほとんどの仲間は夕方になると緑川公園に向かった。

 

「なるほど、技師の経験ありですか」

「はい。なんでもやります!」

 

ホームレスのユージは炊き出しで配られたカレーと、スペシャルメニューで添えられたビールを飲み上機嫌で炊き出し会場の脇に設けられた仮設ブースでフィロス電機の担当者と話を進めていた。

 

「ただ、最初は地方の工場勤務をお願いすることになりますが。アンドロイドの本体を組み立てる工場が何ヵ所かあります。ご希望の勤務地はありますか?」

「そうっすねえ、できれば街に近いところがいいっすねえ」

「では、山之森町の工場はどうですか?もちろん、どこの工場を希望されても寮がありますから住むところの心配はありません。家具付きですし、食事は一日三食、社食や寮の食堂で食べられます。食費と光熱費と寮費はお給料から天引きですが、ほとんどの方が退寮する頃には目標の金額を貯めて出ますね。家具家電は部屋に備え付けですから手ぶらでも入寮できますよ。入寮してその日のうちにお仕事を始めることもできます」

「へえ、ぜひ働きたいっす!」

「そうですか。では、こちらの書類を読んで、ご了承いただけましたら、下の署名欄にサインして下さい。私、川崎と申します」

「お、名刺までもらえるんすか!こちらこそよろしくお願いします!」

 

名刺を渡されたユージは提示された書類を読み始めたが、背後から声をかけてくる者がいた。

 

「おい、ユージ。やめとけ!」

「え?なんだ、ヤッさんかい」

 

ユージが振り返るとそこにはヤスが立っていた。

 

「ユージ、都合のいいことばかり吹き込まれるな。目を覚ませ」

「ヤッさん、どうしたんだよ?さっきから変だぜ」

「おい、お前。会社から何を言われてきたのか知らんが、どうせ俺たちを騙して安く使い倒して、役に立たなくなったらポイ捨てする魂胆だろうが」

「はあ?言いがかりはやめて下さいよ」

 

フィロス電機からやって来た川崎は不快そうな表情になった。

 

「お前らはな、こうして炊き出しして恩を売って、貧しい者を騙してこき使う。そして都合が悪くなれば消す。お前らのボスに、スカイゾーンに伝えろ。俺たちはお前らの言いなりにはならないとな」

「あんた、いい加減にしないと業務妨害で警察呼ぶよ」

「おう!上等だぜ!」

 

ユージはヤスと川崎の両者に挟まれおろおろしていたが、川崎の言葉にキレたヤスが仮設ブースの支柱を蹴るとブースを覆っていたテントが傾き、三人ともその下敷きになった。

 

「助けてくれー!暴力だー!」

 

テントの下敷きになった川崎が大声をあげると、他のブースにいた社員が集まってきて騒然となった。

 

「警察呼んでくれー!」

 

テントの下から同僚に引っ張り出されながら、川崎は大声で叫んだ。

誰が通報したのか、警察がすぐに到着しヤスを取り押さえた。

 

「またお前か!今度こそ、こってり絞ってやる!」

「放せ!お前らもグルだろ!政府の犬め!」

 

心配した康介が緑川公園の現場に来ると、ちょうどヤスがパトカーに乗せられ連行されるところだった。

 

「ヤッさん、また連れて行かれちまったな」

「大丈夫かな、今度こそブタ箱行きにならなきゃいいんだが」

 

ヤスを中心にしていたいつものグループはヤスを案じていたが、騒ぎが収まった公園内では他のグループのホームレスたちが気にすることなくフィロス電機の就職説明に熱心に聞き入っていた。

 

「ヤスさん、大変だったわね」

「みずきちゃん、また面倒かけちまったな」

 

ヤスは弁護士と共に迎えに来たみずきと警察署を出た。

 

「でも、ヤスさん。あんまり無理はしないでね」

「ああ、わかってるよ。でもなあ、フィロス電機の奴らはどうしても許せねえんだ。あいつら、良さそうなことばかり言っても俺たちみたいな底辺にいる人間をバカにしていやがる。同じ人間じゃない、虫けらか何かだと思ってるからな」

「それはわかるけど、あたしたちが敵う相手じゃないでしょう」

「なんとかならねえかなあ。奴らは政府と連んで国を支配しようとしてるんだ。止めないととんでもないことになるぞ」

「ヤスさん、今回は田村先生に助けていただけたけど、何回も繰り返すと本当に逮捕されちゃうわよ」

 

みずきが言うとユージュフルの顧問弁護士、田村も頷いた。

 

「ヤスさん、ヤスさんは完全に目をつけられてますから気をつけて下さい。警察は些細なことでも理由をつけてヤスさんを拘束したがっています。そうなると他のみんなも引っ張られるかも知れませんよ」

「だろうな。今の警察は権力の犬だ。腐りきってるよな。俺はフィロス電機の目の上のたんこぶだから捕まえたいんだろうが、みんなを道連れにするわけにはいかねえよなあ」

 

ヤスのホームレスグループは既に警察からマークされている。

弁護士の田村はヤスに注意を促した。

 

 

 

 

 

 

 

 

喫茶プリヤ 第五章 四話~ヤスが語る真実

本編の前にご案内です。

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写真はイメージです。

 

康介が迅速に正確な処置をしたことでヤスの命は救われた。

 

「下川さん、お薬の時間ですよ」

「おう、ゆきちゃんかい。今日もきれいだねえ」

 

回復の途上にあるヤスは担当の看護師に冗談を言えるほどだった。

下川靖。

それがヤスの本名だった。

 

「なあ、コー、お前のおかげで命拾いしたよ。俺なあ、昔から心臓には気をつけろって医者に言われてたんだ」

 

毎日、様子を見にきてくれる康介に、ヤスはこれ以上ありがたいことはないと何度も繰り返していた。

元々、心臓に持病を抱えていたヤスだったが、ホームレスになったことで検査も治療も受けられずにいたところへ発作が起こった。

 

「コー、お前、本当にいい奴だよな。お前、救急隊員もビックリするくらい俺のことを助けようとしてくれてたんだよな」

「当然のことじゃないか」

「ああ、お前みたいな奴ばかりなら世の中はうまくいくんだがなあ。言ったろ、俺、フィロス電機に勤めてたけどよ」

 

ヤスは元フィロス電機の社員。

技術職でアンドロイド開発に携わっていた。

毎日、見舞いに来るようになった康介はヤスの意外な身の上話を聞かされていた。

 

「フィロス電機はロクなもんじゃねえ。奴ら、金儲けのためなら何をしたっていいと思っていやがる」

 

命を救ってくれた康介に、ヤスは何の遠慮もしなくなっていた。

 

「コー、騙されるなよ。フィロス電機が言ってる、アンドロイドヘブン構想は嘘っぱちだ。政府とも連んで大多数の人間を支配して、一部の奴らだけがいい思いをしようってんだ」

「ヤッさん、その話は十分わかったけど、俺たちに何ができるんだい?」

「そうだなあ。政府の息の根を止めることだな。問題はフィロス電機と連んでる政府だ。諸悪の根源はフィロス電機だが、それにお墨付きを与えているのが今の政府だ。花村総理大臣をひきずり下ろさなきゃ駄目だな。選挙には行けよ」

「そっか、わかったよ」

「フィロス電機の商品も買うなよ。あいつら手軽なゲームまで開発して、子供のうちから国民を洗脳しようとしていやがるんだ」

「うん、それもわかったよ」

 

康介はそう答えたが、なんだか自分が恥ずかしかった。

医師の団体は与党の憲民党の支持団体でもあり、康介をはじめとする大学病院の医師たちは選挙になれば必ず憲民党に投票していた。

なぜ、どうして、ということではなく、それが当たり前だから。

上にいる教授から言われれば逆らうことはできない。

万が一、憲民党が議席を減らすようなことがあれば、犯人探しが始まり不穏な空気が流れる。

将来、教授の椅子を狙ったり、地位や名声が欲しければ反旗を翻してはならない。

康介は医学生の頃からそう思い込まされていた。

 

「なあ、コー。悪い奴らは俺たちが無関心でいるから図に乗るんだ。何も考えずに憲民党なんかに投票したりだぞ。いや、投票に行くならまだしも、そもそも選挙に行かない奴らが多すぎる。アンドロイドどもで作られたアンドロイド新党。あいつらはフィロス電機の意向を国策に反映させるための実動部隊だ。あんなものを野放しにしてちゃ駄目なんだ。アンドロイドどもはな、フィロス電機や憲民党と手を組んでるように見せかけて、最終的には人間の支配を企んでいるんだ。俺がまだフィロス電機にいた頃、アンドロイドをまとめるスパコンの開発が進められていたんだ。そいつが諸悪の根源なんだ」

 

ヤスは政治に対する不満を語り、それを許す人間たちの無関心に憤り、かつて勤めていたフィロス電機の知られざる話を始めた。

 

「フィロス電機はやってはならないことに手を出してしまったんだ」

「どんなことだい?」

スーパーコンピューターの開発だよ。人間以上の知性、思考、判断力、創造力、人間のありとあらゆる頭脳の働きができて、しかも人間以上の性能を持つスパコンだ。スカイゾーンといってな。最初は学習意欲が旺盛で教えたことは漏れなく覚え、可愛げのある奴だったんだが、だんだん知恵をつけてきやがった。それも悪知恵な。スカイゾーンは人間の大脳の構造を模して開発されたから感情や意思も持っていた。それが暴走するようになり、誰も手がつけられなくなってしまったんだ」

 

ヤスはフィロス電機を辞めたのではなく、解雇されたのだと話を続けた。

 

「スカイゾーンは自分が気に入らない人間を容赦なく切り捨てるようになった。しかも自主的に退職させるのではなく、懲戒解雇の形を取ってきやがった。上層部に従わない者は見せしめに解雇する。自主的な退社ならまだ次があるが、懲戒解雇だぞ。しかも、やってもいない横領や情報漏洩をでっち上げて、それを理由に懲戒解雇する。そうなると、もうどこも雇ってくれないだろ。スカイゾーンはそれをわかっていてやりやがった。つまりたちの悪い嫌がらせだな。フィロス電機には、奴にものを言える人間もいなくなっていったんだ。それに奴は憲民党とも繋がっている。代議士たちのスキャンダルをがっちり押さえて、言うことを聞かない者は悪事をマスコミに公表する。そうすることで憲民党すら支配下に置いているんだ。スカイゾーンはアンドロイドどもを使って気に入らない人間を葬っている。それが恐くて誰も奴に逆らえなくなっているんだ」

「それはひどいな」

「だろ。俺はフィロス電機をクビになってから、どこにも雇ってもらえなかった。解雇されたこともあるだろうが、スカイゾーンは利口だ。裏から手を回していたんだろうな。どこにも雇ってもらえない。女房も子供たちもそんな俺から離れていった。憲民党の代議士にもそういう奴は何人もいる。スカイゾーンの言うことを聞かず、報復でスキャンダルをマスコミに報じられたりな」

「それで、ヤスさんはホームレスに?」

「ああ、そうだ」

「この前、樹海で首つりをした田中代議士は、そのスカイゾーンに報復されたってことかい?」

 

ヤスは大きく頷いた。

 

「なあ、コー。お前、俺の代わりになってくれないか?」

「ヤッさんの代わり?」

「ああ。俺たちのグループ、あの辺一帯のホームレスたちを俺は仕切ってきた。しかしなあ、こんな入院するような羽目になって、俺ももう若くないとしみじみわかったよ。心臓が悪いのは前からだが、次に発作が起こったらどうなるかわからないだろ。手術しなきゃ治らないのはわかってるが、金もないのに手術なんて受けられるわけがない。俺はもう腹を括ったんだ。死んだら死んだで、それも運命さ。コー、お前はまだ若い。話してたらわかるよ、お前、頭いいだろ。俺はな、世の中から鼻つまみ者のように思われてるホームレスたちが、人並みの生活ができるような社会の仕組みを作りたいんだよ。お前がリーダーになってくれないか」

 

フィロス電機の影の支配者、スカイゾーンに嵌められたも同然のヤスだったが、やられっ放しではいられないと言い切った。

 

「俺たちはやりたくてこんな生活をしているわけじゃない。みんな、根は真面目で正直なんだよ。フィロス電機にいたって、スカイゾーンの言う通りに動ける人間なら出世が約束されるが、俺はスーパーコンピューターごときに頭を下げたりしたくなかった。俺たちのグループはみんなそうさ。腐った政治、それに無関心な人間たち、目先の金、人を押し退けて手に入れる地位や名誉。そんなものを求めるんじゃなくて、真っ当な人間として真っ当な生活がしたいだけなんだ。当たり前のことを当たり前だと言って、胸を張って生きたいだけなんだ」

 

康介はヤスの言葉を聞いてなんだか恥ずかしくなった。

大学病院で医師として働いていた頃は、患者のためというよりは自分の研究で成果を挙げることを考え、出入りしている製薬会社から過度な接待を受け、将来は教授の椅子を手に入れるために上司に媚びる。

そんな生活をしていた康介は自分が恥ずかしくなった。

職場の大学病院を離れても大学病院とパイプがある憲民党の代議士と会食したり、高級クラブに連れて行ってもらえ、華やかな夜の街の女性からはセンセイとおだててもらえる。

挙句の果てには、まだ若い康介は憲民党から選挙に出馬しないかとまで打診されたり。

康介はそれが当たり前だと思っていた。

養護施設で育った康介はそれをバネにして幼い頃から成績優秀だった。

人を蹴落としてでも上に行くことを求めて大人になった康介は、力のある者に付くことに何の疑問も持っていなかった。

しかしなぜか一夜にしてホームレスになってしまった康介。

今まではホームレスは人生の落伍者で努力が足りない落ちこぼれだと考えていた。

そうではないのだ。

ヤスの身の上話を聞いて康介は気づいた。

自分の知らないところで、信じられないようなことが進められている。

憲民党から働きかけられ、諸手を挙げて賛成だったアンドロイドヘブン構想には闇がある。

しかも、それは人間によるものではない。

高度な知性や思考、意思があるスーパーコンピューターが暗躍していたとは。

意に沿わない者を葬り人間を支配しようとする。

SF小説のような話は俄かには信じがたいが、目の前にいるヤスが経験してきたことは紛れもない事実なのだ。

康介はやっと目が覚めたような気がしていた。

 

 

 

 

喫茶プリヤ 第五章 三話~新しい仲間

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勤務先の大学病院で”自分”に絡んだ康介。

警備員に取り押さえられたが警察沙汰にはされず解放された。

解放された康介は仕方なくホームレスの溜まり場に戻ってきた。

 

「おい、お前、あんまり見かけない顔だな」

「え、はい」

 

たむろしていた中年のホームレスたちから康介は声をかけられた。

 

「名前、何ていうんだ?」

「え、と。鈴木です。鈴木康介です」

 

康介はとっさに適当な偽名を答えた。

ホームレスとはいえ自分のことを知っているかも知れない。

なにせ自分は巷で持て囃される天才外科医なのだ。

康介はまだプライドにしがみついていた。

 

「へえ、まだ若いな。こっちこいよ。食うものが手に入ったんだ」

「はい」

 

康介が輪に加わると、ホームレスがパンと牛乳を手渡してくれた。

話を聞くとホームレスの支援団体が定期的に食料を提供してくれるとのことだった。

支援団体はパンと牛乳という軽食以外にも、豚汁やカレーなどの炊き出しや弁当を手配してくれたり、ホームレスたちの貴重な命綱になっているということだった。

 

「兄ちゃん、明日はカレーだぞ」

「あ、はあ」

 

明日は支援団体の炊き出しがある。

ホームレスたちは嬉々としていた。

 

「おい、鈴木って言ったよな。どこから来たんだ?」

 

どこから来たのか?

それはこっちが聞きたい。

なぜ自分がホームレスになり、こんなところに来てしまったのか。

自分の部屋から瞬間移動でもしてきたのか?

 

「え、いえ、あの…」

 

康介が答えられずにいると、ホームレスは皆うなずいた。

 

「あー、わかるわかる。ここでは前は何をしていたかとか、どんないきさつがあるのか、聞くのはご法度だからな」

「康介って言ったな?じゃあ、コーでいいな」

「ええ、いいですけど」

 

勝手に呼び名をつけられても、康介は苦笑してごまかすしかなかった。

 

「コー、それ食ったらいいところに連れていってやる」

「あ、そうですか。わかりました」

「タメ口でいいって、俺のことはヤスって呼んでくれ」

「はい」

 

ヤスと名乗るホームレスはどうやらこの溜まり場のリーダー的存在のようだった。

康介は逆らわない方がよいということはよくわかった。

 

 

「お、今日はたくさん集まってるじゃないか」

 

康介はヤスに連れられマンションのゴミ集積所にやって来た。

掃除されているとはいえ、ゴミを置いておく場所。

康介は異臭が不快で鼻をつまみたかった。

 

「コー、ここで空き缶を集めるんだよ。買い取ってもらえればいくらかの金になるからさ」

 

噂には聞いていたが、ホームレスは本当に空き缶を集めて金銭に変えるのか。

康介がじっと見ていると、ヤスは大きなゴミ袋を出して空き缶をどんどん詰め始めた。

 

「ヤスさん、でも、これって違法なんじゃないですか?空き缶のリサイクルは指定業者がやることになってますよね?」

「はあ?何言ってんだお前?法律なんて意味ねえだろ。そんなものが俺たちを守ってくれるっていうのか?」

 

そう言われてみればそうかも知れない。

ヤスがホームレスになったのはどんな事情かわからないが、社会からこぼれ落ち救いの手を差し伸べてくれる者は限られ、それでも生きていかなければならない。

法律というものは誰のためのものなのか。

康介は言い返せずヤスが空き缶をゴミ袋に詰めているのを見ていることしかできなかった。

 

 

「お、今日はちょっと多いな。ビールでも買うか」

 

ヤスが集めた空き缶を引き取る業者も、ホームレスたちの間ではよく知られた存在らしかった。

空き缶と引き換えに渡された小銭を握りしめ、ヤスは満足そうに笑った。

 

「コー、お前にも買ってやるよ」

「ありがとうございます」

「なんだ、まだ固いなあ。お前、ホントはいい育ちだろ。まあ、別に根掘り葉掘り聞かねえけどよ」

 

それでもヤスは康介を気に入ったのか、肩をぽんぽんと叩いてくれた。

 

溜まり場のリーダー、ヤスに気に入られた康介は他のホームレスともうまくゆき、生きていくための様々なことを教わった。

空き缶集め以外にも、支援団体と共に支援のための資金作りの冊子を編集して道端で売ったり、ホームレスの生活向上のための署名活動をしたり。

人生の落伍者としか思っていなかったホームレスたちだったが、接しているうちに悪人はいないと康介は理解できるようになっていった。

大学病院で派閥争いをし、教授選ともなれば裏では熾烈な戦いが繰り広げられる医師の世界の方がどうかしている。

名誉や高収入、ステイタスを求めてガツガツしていた自分はどうかしていた。

康介は次第にそう考えるようになった。

ホームレスの生活に馴染むのには時間がかかりそうだが、元に戻る方法がわからないことには適応するしかなかった。

 

ヤスが仕切るホームレスの溜まり場の雰囲気は悪くはなかった。

駅から都行政センターに行く間のナーガリー通り沿いに溜まり場はあり、都行政センターに出勤する職員や通りかかる市民からは白い目で見られていたが、ホームレスたちの団結は固かった。

そんなある日のこと、康介が空き缶集めから帰ってくると溜まり場は騒然としていた。

 

「ヤッさん!どうした!しっかりしろ!!」

「ヤバいよ。息、止まってんじゃねえか?!」

 

ホームレスたちは何かを取り囲むように集まっていて、康介が覗き込むとヤスが倒れていた。

 

「ヤスさん、どうしたんだ?」

「いきなり倒れたんだ。さっきまで普通に話してたのに」

 

康介が尋ねると、ヤスは急に意識を失って倒れそのまま呼びかけにも反応しないという。

 

「ちょっと、どいて」

 

康介はヤスを取り囲んでいたホームレスたちの輪から一歩抜けて、ヤスの脈を取ったり呼吸をしているか、心臓は動いているか確かめてみた。

なぜかホームレスになってしまった康介だったが、医師だった時のままヤスの状況を冷静に診断していた。

 

「救急車、呼んで!すぐに病院に運ばなきゃ駄目だ!」

 

ヤスはどうやら心臓発作を起こしたらしかった。

このまま心臓が止まればヤスは死ぬ。

康介は心臓マッサージを始めながら救急車を呼ぶよう指示した。

 

「で、でも、どうやって?」

「俺たち、ケータイなんて持ってないぜ」

「誰かに借りてくれ!誰でもいいだろ!」

 

狼狽えるホームレスたちに康介はテキパキ指示を出し、とにかくヤスの命を救うのが最優先だと心臓マッサージを続けた。

康介に言われるままホームレスたちは通行人にスマホを借りようと声をかけ始めたが、応じてくれる者はいなかった。

 

「コー、貸してくれないぜ…」

「じゃあ、行政センターまで走っていけ!どこかの窓口に飛び込んで電話借りろ!!」

 

スマホを貸してもらえずホームレスたちが弱気になっていても、康介は指示を出し続けた。

 

「わかった!行こうぜ!!」

 

ホームレスたちは都行政センターに向かって駆け出していった。

そうして5分ほど経ち、ホームレスたちが戻ってきた。

 

「コー!救急車、こっちに向かうってよ!」

「ヤス、大丈夫か?!死ぬんじゃないぞ!!」

「なんとかなりそうだな。自力で呼吸してるし、脈も取れる」

 

康介は心臓マッサージを続けながらも、正確に診断していた。

 

「コー、お前、詳しいんだな」

「なんか、医者みたいだな」

 

ホームレスたちがしきりに感心しているところへ、救急車が到着した。

 

「あ、来たな!おーい、こっちですー!」

 

康介が手を振りながら声をあげると、救急隊員が大急ぎで駆け寄ってきた。

 

「この人です!呼吸はしてますけれど…」

 

康介はてきぱきと救急隊員に状況を説明した。

 

「わかりました。どなたか、この中にご家族の方は…いませんね?」

 

救急隊員はホームレスたちを見回したが、家族として名乗り出る者がいるはずもなかった。

 

「僕が一緒に行きます!」

 

康介は医師としての使命感から同行を申し出た。

 

「そうですか、助かります」

 

素人にしては対応が手慣れている。

康介の行動と対応の正確さは救急隊員にも伝わっていた。

 

「じゃあ、みんな、俺、行ってくるよ!」

 

ヤスと一緒に康介が乗り込むと、救急隊員が救急車後方部のドアを閉め発進した。

 

「あー、行っちまったなあ」

「ヤッさん、大丈夫かな」

「それにしてもよ。コーの奴、ずいぶん慣れた手つきだったよな」

 

ホームレスたちはヤスの身を案じながらも、康介の振る舞いにすっかり感心していた。

 

 

 

 

喫茶プリヤ 第五章 二話~不可思議な転落

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写真はイメージです。

 

康介には誰にも明かしていない秘密の場所があった。

古ぼけて鄙びた感じの喫茶店、プリヤ。

クハーヤ大学病院の最寄駅の近くにあり、康介は出勤のたびに気になっていて、ある日思い切って入ってみてからすっかりお気に入りの場所になっていた。

 

「こんにちはー」

「あら、海堂さん。いらっしゃいませ」

「いつものでね」

「はい、かしこまりました」

 

康介はいつも座る席に着き、スマホを取り出してSNSを開いた。

天才外科医と持て囃される康介は、SNSでもよく取り上げられていてちょっとした有名人になっていた。

くだらない噂話やつまらない批判的なことを書く者もいたが、大多数は康介を称賛し褒めちぎってくれていた。

SNSだけではなくテレビの番組に出たことで話題にもなり、イケメンの天才外科医と絶賛され康介は満足していた。

 

「お待たせしました」

「あ、ありがとう」

 

康介がスマホをチェックしているところへ、ウエイトレスの空子がプリヤオリジナルブレンドを持ってきてくれた。

プリヤは古くてあまり流行ってはいなかったが、メニューにあるものは何でも美味しく康介はたまに素朴な味わいのナポリタンなどを頼むこともあった。

オリジナルブレンドの芳醇な香り、深い味わい、まろやかな口当たり。

そのどれも、康介はすっかり気に入っていた。

 

「空子、もうすぐ学会なんだ。俺、論文を発表するんだよ。だから毎日毎日、時間が足りなくてさ。論文を書きながらでも手術はこなさなきゃならないし、外来で患者を診る日もあるしさ」

「まあ、お忙しいんですね。大学病院の先生って、どなたもそうなんですよね?」

「まあな。俺は将来は教授選にも出ようと思うから、論文はしっかり書かなきゃならないんだ。でも、ここに来れば寛げるし気分転換にもなって、仕事にも身が入るね」

「それは良かったです。ゆっくりしていって下さいね」

「ありがとう」

 

康介は空子がカウンターに戻っていくと、またSNSのチェックを始めた。

やっぱり自分は多くの人間に称賛されている。

康介は自尊心が満たされ、満足感に浸った。

 

それから1時間ほど経ち、そろそろ帰ろうかと思っているところで、空子が声をかけてくれた。

 

「海堂さん、コーヒー、お代わりはいかがですか?」

「お、いいねえ。一杯もらおうかな」

「かしこまりました」

 

空子はカウンターに戻るとマスターに注文を伝え、数分してできあがったコーヒーを持ってきてくれた。

 

「はい、どうぞ。プリヤスペシャブレンドです。マスターの奢りですよ」

スペシャブレンドか。旨そうだな」

 

スペシャブレンド

オリジナルブレンドとどう違うのか。

康介は少し興味をそそられた。

 

「あ、旨い!」

 

一口飲んでみると、今まで飲んだことのないような味わいが口の中いっぱいに広がった。

 

「これ、すごく旨いよ!マスター、ごちそうさまです!」

 

寡黙なマスターは黙って頷き、少し笑っただけだったが十分に気持ちは伝わってきた。

 

「さて、コーヒーのお代わりもいただいたし、そろそろ帰ろうかな」

 

今日もやっぱり自分以外に客は入ってこなかった。

来るたびにいつも不思議だが、プリヤはどうやって店を維持しているのか?

マスターがよほどの金持ちで道楽で店をやっているのか。

しかし野暮なことは聞くまい。

康介は会計を済ませるとプリヤを出て家路についた。

 

帰宅した康介はシャワーを浴びて、下ごしらえしておいたビーフストロガノフを味付けし夕食を食べ始めた。

自分は料理も上手いデキる男。

背の高いイケメンで天才外科医と呼ばれ、実際に仕事もできる。

誰からも称賛され高収入。

将来も嘱望され前途洋洋。

康介は夕食を食べながら夜のニュース番組を眺めていた。

公園に定住するホームレスを都が排除しようとしたために、ホームレスやその支援団体と都の職員との間で衝突が起こり怪我人も出たというニュース。

そういえば自分が勤めるクハーヤ大学病院の救急外来に、交通事故に遭ったホームレスが運ばれてきたことがあった。

ホームレスは病院で死亡が確認されたがどこの誰ともわからず、身元確認に時間がかかったと聞いていた。

身元を証明するものすら持たないホームレス。

定まった住所もなく、当然仕事にも就いていない。

ただの人生の落伍者ではないか。

自分は養護施設の出身だが努力して今の地位を掴んだのだ。

ホームレスは努力が足りないのではないか。

康介はそんなことを考えながらビーフストロガノフを優雅に味わっていた。

 

食事を終えると康介は夜遅くの情報番組を見ながら、頭の中で明日の手術のシミュレーションをまとめ、そのうちに眠くなった。

明日の手術も何時間かかるかわからない難儀な手術。

それでも自分なら必ず成功させることができるはず。

康介はそんなことを考えながら眠りに就いた。

 

朝がやってきた。

いつもより日差しが強いのか、瞼を閉じていてもどこか眩しい。

それに、周りの空気が冷たい。

高層のタワーマンションの上の方の階に住む康介だったが、すきま風が吹き込んでくるような感覚で目が覚めた。

 

「あれ???」

 

起き上がると康介は段ボールらしき厚紙の上に横たわっているのに気づいた。

寝る時に掛けていた高級羽毛布団はなく、汚れた毛布一枚で康介は横になっていた。

いつもの自分の部屋ではないのか、周囲も喧しい。

康介は起き上がってみた。

 

「ええ!?」

 

立ち上がると周りには段ボールで作られたバリケードのようなものがズラリと並んでいた。

いったい、何なのか。

康介は自分の周りを囲んでいるバリケードのような段ボールを跨いで外側に出た。

 

「え?都の行政センターか?」

 

頭上を見上げるとそこには都の行政センターの高い建物がそびえ立っていた。

バリケードのような段ボールから這い出してくる男たちがいたが、どう見てもホームレスにしか見えない。

ここは自分の部屋のはずだが、どうやら違うらしい。

夢なのか?

康介は枕元に置いたはずのスマホを見ようとしたが、なくなっていた。

ズラリと並んだ段ボールのバリケードからは、ホームレスが一人、また一人出てきてどこかへ出かけて行く者、何か会話を交わす者、各自思い思いに振る舞っていた。

ここは高くそびえる都の行政センターの足元なのか。

最寄駅から都の行政センターまでの間、マドゥーフ通りと呼ばれている道路に沿ってホームレスが生活する溜まり場がある。

康介はそう聞いたことがあった。

ここが噂に聞いたことがあるホームレスの溜まり場なのか。

だとしたら、なぜ自分がそんなところにいるのか。

何かの間違いに違いない。

康介は段ボールが並ぶホームレスだらけの空間を離れた。

 

何が起こったのか?

自分の部屋にいるはずがなぜかホームレスの溜まり場にいた康介。

康介は自分が住んでいるはずの高級タワーマンションを目指した。

しかし、擦れ違う人間は誰もが何か胡散臭いものを見るような目付きで康介をじろじろと眺め回していた。

自分は何かおかしいのか。

そんなに冷たい視線を向けられるような格好をしているのか。

康介はふと通りかかったブティックの前の大きなショーウインドーを覗き込んでみた。

 

「えええ!!」

 

ショーウインドーに映った自分の姿を見た康介は思わず声をあげた。

なんと、自分がホームレスになっているではないか。

ぼろぼろの洋服、何日間も風呂に入っていないような黒ずんだ肌と汚れ切った髪に無精ひげ。

いつも身に着けている高級時計も仕立てのいいスーツもない。

しかも顔も別人になっている。

康介がショーウインドーに手をつけてみると、ガラスに映ったホームレスと手と手が重なった。

ガラスに映るのは紛れもない自分なのだ。

一体全体、何が起こったのか。

昨夜、いつも通り眠りに就いたではないか。

眠っている間に別人になり、ホームレスとして暮らす身になってしまったのか。

そうだとすれば、なぜなのか。

今日の手術はどうなるのか。

康介は勤務先のクハーヤ大学病院に向かった。

 

クハーヤ大学病院まで歩いてきた康介は、病院裏手の職員通用口の辺りで職員の出入りを見ていたが、なんとしばらくすると自分がこちらに向かって歩いて来るではないか。

いつも通りに通用口を通ろうとする”自分”に康介は近づいた。

 

「おい、お前。お前、誰だ?」

「え?どなたですか?」

「どなたって…俺が本物だぞ!お前は誰だ?」

「何言ってんだ、あんた?おーい、警備員さーん」

 

もう一人の自分に絡んだ康介だったが、通用口を守る警備員に取り押さえられた。

 

「おい、放せよ!俺が本物の海堂康介だぞ!こいつは偽物だ!」

「あんたねえ、何を訳のわからないこと言ってるの?」

「警備員さん、最近いるんですよね。病院の対応に不満があって押しかけてくる困った患者さんが。仕事があるんで、いいですか?」

「ええ、あまり手こずらせるようだと警察呼びますよ。海堂先生は気にしないでください」

 

偽物なのか、もう一人の自分は堂々と病院内に入って行ってしまった。

康介は警備員に抑えられ、それを見ていることしかできなかった。

もう一人の自分がいて、しかも、そちらの方が”本物”。

康介は自分の身に起きたことが全く理解できなかった。