喫茶プリヤ 第一章 五話~万歳三唱

本編の前にご案内です。

この小説のページの姉妹版「とまとの呟き」も毎日更新しています。

こちらは私の拙い日記、私の本音です。

下のバナーをクリックで「とまとの呟き」に飛べますよ。

よろしくお願いします。

tomatoma-tomato77.hateblo.jp

画像はイメージです。

 

花村代議士から次の選挙での出馬を要請された秀彦は、フィロス電機を退職することになった。

まずは花村代議士の秘書として、政治の世界を勉強することから始める。

話はあれよあれよという間に進み、秀彦はフィロス電機での最後の日を迎えた。

出社最終日は夕方近くに会社に行き、技術開発部の同僚らに挨拶し見送ってもらうだけだったが、秀彦は由梨子に見繕ってもらったスーツで身を固めて出かけて行った。

 

「すごいなあ、佐藤くんは。あの花村議員に見出されたのかあ」

「スカイゾーンのことなら心配するなよ。もう基盤はできあがっているから、本体の自由意思に任せておけば動き始めるさ」

 

同僚は口々に秀彦を労ってくれ、前途を祝福してくれた。

秀彦が気にしていたスカイゾーンのことは、何の心配もいらない。

スカイゾーン開発チームの同僚たちは口を揃えてそう言った。

スカイゾーンはスーパーコンピューター以上の性能を持つ、高度な思考回路を持ったコンピューター。

自身の意思を持ち、自らの力で自らを更新していくこともでき、人間並みに思考し創造力を発揮することもできるように開発されていた。

今までにはなかったようなスーパーコンピューターで、実用化されれば社会に対する影響力は計り知れないものになるはず。

スカイゾーンはそれほど期待される存在である。

同僚たちはスカイゾーンに明るい未来を託していた。

花村代議士もそんな風に似たようなことを言っていた。

それは花村代議士が大手機械メーカーのOBで元は技術系のサラリーマンであったこと、フィロス電機の二階堂会長とは旧知の仲であることにもよるものだったが、それにしても社内の機密事項とされているスカイゾーンのことも熟知しているとは、花村代議士の情報網、影響力の大きさに秀彦は内心で感心していた。

 

「佐藤さん、どうぞ。今までお疲れ様でした」

 

数少ない技術開発部の女子社員から、秀彦は大きな花束を渡された。

これは全くのサプライズで、秀彦は驚き恐縮しながら受け取った。

 

「佐藤、頑張れよ。立候補したら投票するよ」

「すごいよなあ、花村代議士の後継者かあ」

 

秀彦が渡された花束を抱えて頭を下げていると、技術開発部の同僚たちの間から拍手が起こった。

正にフィロス電機を代表して政界入りをする秀彦に向けて、皆が背中を押してくれていた。

 

「みんな、ありがとう。これから頑張るよ」

 

秀彦は花束を抱えながらフィロス電機の社屋を後にした。

さて、この大きな花束を持ったまま電車に乗れるだろうか。

夕方の帰宅ラッシュの時間帯では、花束が邪魔にならないだろうか。

秀彦はフィロス電機を出てから、駅に向かって歩きながら思案したが急に思い出した。

こうして運が回ってきたのは、プリヤスペシャブレンドのおかげ。

プリヤに寄って空子やマスターに一言お礼を言わなければならない。

秀彦は駅まで行く途中、プリヤに立ち寄った。

 

「いらっしゃませー。あら、佐藤さん」

 

秀彦がプリヤに入っていくと、空子が愛想よく迎えてくれた。

 

「よっ!空子、元気そうだな」

「まあ、佐藤さんもどうしたんですか?大きな花束ですね。それに、そのスーツも素敵ですね」

「うん、実はさ…」

 

秀彦は今まで、プリヤに来れなかった間のことを空子に話した。

 

「まあ、そうだったんですね。すごいじゃないですか」

「だろ。僕もまだ信じられないんだ。プリヤスペシャブレンドのおかげだね」

「え、でも、プリヤスペシャブレンドは魔法でも何でもないですよ。佐藤さんの誠実なお人柄や、努力の賜物です」

「そ、そうかな?」

「そうです。佐藤さんなら政治家になってもやっていけるはずです。社会のために頑張って下さいね」

「そうだね。それでさ、来週、パーティーがあるんだ」

 

来週、秀彦のお披露目も兼ねたパーティーがある。

表向きは花村代議士の誕生日を祝うパーティーということだったが、政治的な資金集めと秀彦の事実上のお披露目も兼ねていた。

 

「まあ、そうなんですね」

「うん、何て言って挨拶しようかなあ。空子も来るかい?」

「え?」

「僕の友達だって言えば入れるみたいなんだ」

「ごめんなさい、私はそういうのはちょっと…」

「そうだよね。花村さんは強面だしね…じゃあ、また来るよ」

「いつでもどうぞ」

 

空子は幸運を掴み取った秀彦をにこやかに送り出してくれた。

空子も見守ってくれている。

秀彦は気が大きくなり、プリヤを出るとそのままタクシーを拾った。

これも経費で落とせるはず。

秀彦は大きな花束を抱え、悠々とタクシーに乗った。

 

その一週間後、花村代議士の誕生日パーティーが一流ホテルの大広間で開かれた。

こういう場は初めてで不慣れな秀彦には由梨子がぴったり寄り添ってくれたが、それでも秀彦はおどおど、きょろきょろしていた。

 

「秀彦さん、そんなにキョロキョロしなくても大丈夫よ。あら、田中大臣だわ、ご挨拶に行きましょうよ」

「う、うん…」

 

パーティー会場になっているホテル内のホールには、テレビのニュース番組で見ていた大物政治家が何人も来ていた。

秀彦は由梨子の後に付いてホールの中を回り、紹介されるととにかく頭を下げて政治家たちに挨拶した。

 

「おお、君が佐藤くんか。いい青年じゃないか。聞いとるよ、フィロス電機の技術者なんだって?」

「は、はい。そうです」

「田中先生、秀彦さんはもうフィロス電機は退職しましたの」

 

緊張のあまり、何も言えなくなっている秀彦の代わりに由梨子が説明してくれた。

 

「おお、そうかそうか。権蔵ちゃんも技術者だったからねえ」

「ご、権蔵ちゃん……」

 

強面、剛腕で知られる花村代議士を”ちゃん”付けで気安く呼ぶとは。

とんでもないところに来てしまったのかも知れない。

秀彦は何と返してよいのか、言葉が出てこなかった。

その後も秀彦は由梨子に伴われてパーティー会場の中を歩き回り、来賓の政治家たちに挨拶して回った。

本当に自分は政治の世界でやっていけるのか。

どの政治家も迫力があり、総じて押しが強そうだった。

パーティー会場の雰囲気に呑まれた秀彦は、やはり政治家への道は止めておこうか。

そんな気も湧いてきていた。

 

「秀彦さん、そろそろステージに上がる時間よ」

「え?」

 

由梨子は大広間のステージに父の花村代議士が登壇したのを見て、秀彦を促した。

 

「ステージにって、僕が?」

「そうよ」

「え!そんな、ス、ステージに上がるって!」

「お父様が秀彦さんを皆さんに紹介してくれるの。ほら、恥ずかしがってないで」

 

別に恥ずかしがっている訳ではない。

錚々たる顔ぶれが集まったパーティー、しかも初めて来た政治家が集まるパーティーでステージ上がり挨拶をするなど、秀彦は心の準備が追いつかなかった。

 

「ほら、秀彦さん。頑張って」

「ええ、マジかよ」

 

秀彦は軽く背中を押され、破れかぶれでステージに上がった。

パーティーの演出なのか、秀彦がステージに上がるとホール内の照明が薄暗くなり、秀彦と花村代議士が立っているところだけが明るく照らされた。

 

「皆さん、今日はお忙しいところをお集まり頂き……」

 

花村代議士が話し始めたので、秀彦はなんとか直立不動を保っていた。

 

「…で、ありますから、今、私の隣にいる佐藤秀彦くんが、我が党の未来を、我が国の未来を引っ張っていってくれると……」

 

花村代議士はとにかく秀彦を持ち上げてくれた。

パーティー会場に集まった政治家たちに、自分はどんな風に見えているのか。

花村代議士は自分を褒めちぎり、絶賛してくれている。

自分にそんな才能も、人を引っ張っていく力もあるとは思えない。

秀彦は気恥ずかしくなり、身の置き所がないような気持ちになった。

しかし、これはプリヤスペシャブレンドの魔法の力なのだ。

このまま波に乗れば、更に大きなツキを掴むことができるに違いない。

 

「と、いう訳で、佐藤くん。君からも皆さんに一言、挨拶を」

 

花村代議士は一通り話すと、秀彦に何か言うよう促した。

秀彦は緊張のあまり、心臓が口から飛び出しそうだったが、マイクを渡され本当に一言だけこう言った。

 

「あ、あのう。佐藤秀彦です。まだまだ何もわかりませんが、国のために働きます。よろしくお願いします」

 

秀彦はそう言うと深々と頭を下げてお辞儀した。

 

「皆さん、佐藤秀彦くんは、これからの我が党の、我が国の宝です!」

 

いくら何でも言い過ぎだ。

あまりにも話が飛躍している。

秀彦はすっかり気後れしていた。

 

「それでは、皆さま、ご唱和ください!佐藤秀彦くん、バンザーイ!!」

 

パーティーを主催する花村代議士が音頭を取ると、会場内の全ての来賓たちが大きく両手を挙げ、声を揃えてバンザイを繰り返した。

 

佐藤秀彦くん、バンザーイ!!」

「バンザーイ!!バンザーイ!!」

 

秀彦はどうしてよいかわからないまま、とにかくひたすら頭を下げ続けるだけだった。