喫茶プリヤ 第一章 二話~もう派遣じゃありません

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tomatoma-tomato77.hateblo.jp

 

写真はイメージです。

 

とうとうフィロス電機に勤める派遣期間満了の日がやってきた。

最後の出社の日の朝だったが、秀彦はいつもと変わることなく出勤した。

出社した秀彦はやはりいつも通りに朝礼でその日の仕事を確認したが、それで最後の仕事かと内心、感傷的な気持ちになっていた。

 

「あ、佐藤くん、ちょっと…」

 

朝礼が終わると社員はそれぞれ自分のデスクに向かい仕事に取り掛かったが、秀彦だけが総務部長に呼ばれ総務部内の会議ブースに入った。

 

「佐藤くん、今日で派遣期間は満了だったね」

「はい、そうです。今までお世話になりました」

「あ、いや、そうじゃなくてだね」

 

総務部長は思いもよらぬことを言い出した。

 

「そうじゃなくてだね。実は佐藤くん、正社員の辞令が出てるんだ」

「ええ!!僕が正社員にですか?!」

 

秀彦は聞き間違えたかと思うほど驚いた。

昨日まで何も変わったことはなく、今日になっていきなり正社員として契約できるとは。

何か夢でも見ているのか。

それとも、何かの間違いか。

秀彦はすぐには信じられなかった。

 

「派遣会社にはうちの人事部から連絡して、必要な手続きを進めるから君は何も変わらず仕事をしてくれていいんだよ」

「ええ……」

 

やはり夢ではないのか。

話がうますぎる。

 

「そうだ、正社員になれば総務部じゃなくて技術開発部に行ってもらうことになってるんだ」

 

総務部長はまだ続けた。

 

「え!!技術開発部ですか!!」

「うむ。佐藤くんは理系、工学部の出身だったね。今の技術開発部は新しいプロジェクトを進めている最中なんだ。君のような優秀な人間を欲しがっててねえ」

 

今まで総務部では派遣社員だからというだけでいじめに近い扱いを受けてきた。

それがガラリと変わり、大学で学んだロボット工学を生かした仕事を任せてもらえる。

やっぱり夢ではないか。

秀彦は自分で頬をつねりたいような気持だった。

 

「と、言う訳だ。さっそく技術開発部の方に行こうじゃないか」

「え、い、今すぐにですか?!」

「もちろんだとも。何かあるかな?」

「いえ、あの、じゃあ、デスクは片付けた方がいいですよね」

「あ、それもそうだな。持っていくものと置いていくもの、いろいろあるだろう。じゃあ、午前中は荷物をまとめるということで、私の方から技術開発部に連絡しておこう」

「ありがとうございます!」

 

秀彦は総務部長の前で最敬礼し、自分のデスクの整理に取り掛かった。

いつも嫌みを言いながらいじめてくる小林の方をチラリと見ると、何やら電話に向かってペコペコ頭を下げていた。

どうやら取引先に謝罪をしているらしい。

ざまあ見ろ。

これから自分は花形部署の技術開発部に正社員として所属し、遺憾なく実力を発揮することができるのだ。

理系の自分は潰しがきく。

一流企業のフィロス電機で開発の仕事をするか、どこの会社に行っても同じようなことしかできない総務で燻ぶるか。

秀彦は小林を見返したような気分になっていた。

 

「佐藤くん、そろそろ昼休みだが片付けは済んだかね」

 

一通り片付けが終わると、総務部長が秀彦のデスクに近付いてきた。

 

「はい!」

「よし、今まで使ってきた備品は管理課に返しておくから、昼飯が済んだら戻ってきてくれ。技術開発部に案内しよう」

「ありがとうございます!」

 

秀彦はウキウキしながら総務部を出て社員食堂に向かった。

 

「あ、佐藤じゃん」

「お、福田か」

 

社員食堂で秀彦が昼食をとっていると、同じ派遣会社からフィロス電機に派遣されている福田が声をかけてきた。

 

「ここ、座ってもいいか?」

「ああ、いいよ」

 

福田は持っていたトレイをテーブルの上に置き、椅子に座るとため息をついた。

 

「あーあ、俺、来月いっぱいで契約打ち切りだよ。佐藤は今日で契約満了だったよな」

「いや、それがさ…」

 

秀彦は明日からは正社員として技術開発部に配属になると説明した。

 

「ええ!そんなことって、ありかよ?!」

「そう思うだろ。俺もまだ信じられないんだ」

「佐藤、理系出身だから技術の仕事したいって言ってたよな」

「まあなあ。俺にもツキが回ってきたかな。へへへへ」

 

秀彦は思わず笑い声が出た。

心の中では福田に優越感すら感じていた。

それでも、福田とはランチを一緒にとりながら当たり障りのない話をし、昼休みが終わると総務部長の案内で技術開発部に向かった。

 

「おーい、遠山くーん。佐藤くんを連れてきたぞー」

 

技術開発部につくと多くの技術者らしき社員が忙しそうに動き回っていた。

自分もこの中で実力を発揮できるのか。

秀彦は胸が躍った。

 

「あ、山岸総務部長。お疲れ様です。そちらが佐藤くんですか」

「うむ。真面目でいい青年なんだ。いろいろ面倒見てやってくれ」

 

総務部長は秀彦の肩をポンポンと叩きながら、技術開発部のプロジェクトリーダー・遠山に紹介した。

 

「佐藤くん、じゃあ、技術開発部内を案内するよ」

「よろしくお願いします」

 

秀彦は総務部とは全くレイアウトが違う技術開発部の中を遠山の後について進んだ。

 

「ここでは新しく開発する製品のプログラムを作るのが主な業務なんだ。うちの会社の目玉といえばアンドロイドだけど、その本体は地方の工場で作って、それを稼働させるプログラムは本社で開発する。それが大まかな流れかな」

「そうなんですか」

 

秀彦はすっかり感心しながら相槌を打った。

 

「佐藤くん。君には一番に力が入っているスカイゾーンプロジェクトに従事してもらおうと思ってるんだ」

「スカイゾーンプロジェクト、ですか?」

「そう、我が社の技術の全てを注ぎ込んで完成を目指しているんだ」

 

遠山は技術開発部内を案内しながら、スカイゾーンプロジェクトについて説明してくれた。

 

「スカイゾーンプロジェクトは我が社が何年も前から完成を目指しているんだ。スーパーコンピューターを凌駕するような高性能のコンピューターを開発する。しかも、人間のような高度な思考や判断力、意思や創造力も持つものを完成させるんだ。そうすることでユーザーのニーズに更に答えられるようになる。例えば、高齢者の介護や障害者の支援。ユーザーの心に寄り添い、人間対人間のような、いや、それ以上に真心のこもったサービスを提供することを目指しているんだ」

「つまり、それはAIですか?」

「うーん、ちょっと違うかな。AI以上の更に進化した思考回路を作る。それを応用してユーザーの希望に確実に応える。我々が目指すものはそういうコンピューターなんだ」

「なるほど…」

「君にはぜひ、そのプロジェクトに参加してもらいたい」

「僕がですか?!」

「そう。君は北條大学の工学部でロボット工学を勉強していたそうじゃないか。派遣にしておくのはもったいない。これからは、スカイゾーンプロジェクトを引っ張って行って欲しいね」

「わああ、僕なんかにできるんでしょうか」

「できるさ。君の可能性は技術開発部長も評価しているんだ。僕もプロジェクトリーダーとして期待しているよ」

 

何やら状況は一転した。

何から何までうまくいっているではないか。

いよいよ、自分にも運が回ってきた。

秀彦は遠山の前では恐縮しつつ、心の中ではガッツポーズをとっていた。

 

「そうだ、もう一つ勧めたいことがあるんだ。今夜、空いてるかな?」

「何でしょうか?」

「今夜、技術開発部の若手技術者と白薔薇女子大の合コンがあるんだ。来ないか?」

「え、白薔薇女子大って、あの超お嬢様大学ですよね?」

「そう、君の新歓コンパも兼ねようかと思うんだ」

「へええええ…」

 

秀彦は更に恐縮した。

白薔薇女子大といえば、秀彦の母校、北條大学の学生もサークル活動を通じて交流が盛んなお嬢様大学だった。

良家の子女が通っていることでも有名で、サークルの交流を通して親密になり結婚にまで至る学生もいるほどだった。

しかし、元来口下手で不器用な秀彦には縁がないことだった。

 

「うちの会社の技術職は忙しいからね。女性との出会いの機会なんてなかなかないんだ。女性にどう接していいかわからないような者もいる。そこで、定期的に合コンを開いて仲を取り持とうということさ。佐藤くんなら優秀だし、いいお相手が見つかると思うね」

「それは、ありがとうございます」

 

秀彦はその日の帰りはプリヤに寄ろうかと考えていたが、直属の上司になる遠山からの誘いを断る訳にはいかなかった。

 

「しかし、今日はあまり持ち合わせがないんです」

「あ、合コンの会費のことか。心配いらない。これは社員の福利厚生の一環だからね。経理部の方でも予算を組んでくれているんだ」

 

なんと、お嬢様大学との合コン費用も会社持ちとは。

秀彦はひたすらに恐縮していた。

 

「よし、決まりだな。今日は定時で上がっていいから。黄金町のエプシロンという店が会場なんだ。7時からだから遅れないようにきてくれよ」

「はい!わかりました」

 

派遣最後の日だと思っていた日に技術開発部への所属を知らされ、有名なお嬢様大学の女子学生との合コンにも加わることになった。

なんとラッキーな一日か。

自分にもツキが回ってきた。

秀彦は夕方になって帰り支度をしにロッカールームに入ると、周りに誰もいないことを確かめながら大きくガッツポーズをとった。