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こちらは私の拙い日記、私の本音です。
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写真はイメージです。
自分が社長に就任した会社の社員が、エレベーターホールで相手を恫喝するような強い口調でまくしたてていた。
本当にこの会社の社長を務めていて大丈夫なのだろうか。
秀彦は出勤初日から不安を感じたが、歓迎会を開いてくれるというのを断る訳にもいかず、社員の有志に超高級クラブに連れてこられた。
「社長、じゃんじゃん飲んで下さい」
「う、うん」
「何飲みますか?」
「いや、あの。ウーロン茶で」
「へ?」
「僕は酒が飲めないんだ」
「おやおや、そうでしたか!それは失礼しました。じゃあ、社長にはとびきりの美人を付けますよ」
さっきまで電話で誰かを怒鳴りつけていた社員、大森はまるで何事もなかったかのようににこやかに接してくれた。
「こんばんは、すみれです」
「はじめまして、あやめです」
酒が運ばれてくるのと同時に、華やかなドレスを纏った女性が数人現れた。
「社長、すみれちゃんは、この店のナンバーワンなんですよ。すみれちゃん、社長は酒が飲めないんだけど、よろしくな」
「まあ、そうなんですか。優しそうで素敵な方ですね。すみれです。よろしくお願いします」
「あ、はい。よろしくお願いします」
秀彦は一生縁がないと思っていたような高級クラブに連れてこられ、借りてきた猫のように小さくなっていた。
「社長、何か食べますか?フルーツとかいいでしょう」
大森は秀彦が頼んでもいないものを次々と注文し始めた。
「大森君、僕はそんなにいらないよ。このお店、高いんだろう」
「いえいえ、大丈夫ですよ。社長、うちの会社のスポンサーは花村センセイなんですから。今日は社長の歓迎会じゃないですか。必要経費で落とせますよ」
「そ、そうかな」
秀彦がウーロン茶を飲みながらフルーツに手をつけた。
「ヒャーッハッハッハッ!!おい、もっと飲めよ!!」
「社長、ホントに飲まないんですか?!一口くらいどうですか?!」
酒が入ってくると、大森を中心に一緒にクラブに来たエテリアの社員は気が大きくなったのか、話に花を咲かせ始め、クラブのホステスたちも相槌を打っていた。
「ところでよー、緑川町の開発の話ってどーなってるんだっけ?」
「ああ、それな。3丁目に住んでる奴らが出ていかねーんだよ」
「いよいよ、実力行使しかねーのかなあ」
緑川町3丁目といえば、プリヤがある住所ではないか。
なぜ話題に上っているのか、気になった秀彦は尋ねてみた。
「緑川町って、何かあるのかい?」
「あれ?社長、花村センセイから聞いてないんですか?」
「再開発の話ですよ」
「再開発?」
「そうです」
大森が説明を始めた。
プリヤがある緑川町一帯では再開発の計画が進められている。
今ある建物のほとんどを取り壊し、新しく高層ビルをいくつも建設し、分譲マンションやオフィスビル、遊戯施設が入った複合施設を建てる計画が立てられていた。
つまり、プリヤも取り壊されてしまう。
「ええ!そうだったのかい?!」
「そうです。この再開発計画でかなりの金額が動くんですよ。花村センセイ、また大儲けですね。社長の懐も潤いますよ。ヒャーッハッハッハッハッ!」
「……」
秀彦は何も言い返せなかった。
再開発といえば聞こえはいいが、大森の口振りからは見境なく古くからある街並みを壊し、儲けられればよいという魂胆しか見えてこなかった。
「社長、困ったもんですよ。緑川町、特に3丁目の奴らが出ていかないってゴネてやがるんですよ。いよいよ、実力行使ですかねえ」
「実力行使って?」
「そりゃあ、もちろん…」
大森は再開発に協力しない住民に対して、どんな手を使うか得意げに話し始めた。
商売をしている住人には商売の邪魔をしたり、古くからの住人で高齢者にはそこにいられないようにする。
つまり嫌がらせや脅しで立ち退かせるのだということだった。
それでも立ち退かなければ”実力行使”に出る。
大森は自信たっぷりだった。
「でもそれって、犯罪だよね」
「いえ、違いますよ。正当な地上げの一環です」
「でも、出て行きたくない人を無理やり立ち退かせるなんて」
「社長、何を学生みたいなこと言ってるんですか。仮にも花村センセイの後継者なんでしょう。この世は金儲け、金儲けですよ」
大森は何をわかりきったことを、とでも言うように笑った。
「まあ、社長もフィロス電機を辞めてこの世界に入って間もないそうですから、後は慣れですよ、慣れ」
「僕がフィロス電機で働いてたこと、知ってたのか?」
「ええ、聞いてますよ。派遣社員でフィロス電機でこき使われていたってね。フィロス電機もいいですが、やっぱりこっちの世界の方が稼げますよ。緑川町に思い入れがあるのか知りませんけど、もう腹を括った方がいいですよ。その方が社長のためです」
金儲けのために腹を括れ。
秀彦も政治家の世界とはそういうものだとはわかっていた。
わかってはいたが、実際に自分が関わるとなると割り切れなかった。
「社長、こっちの世界にいれば、金も女も権力もその手に握ることができるんですよ。何の思い入れがあるかは知りませんが、緑川町になんて拘っていたら大きくなれませんよ。まあ、社長は自分で手を下す訳じゃないですからね。我々のやり方を見ていて下さいよ」
大森は話のついでだからと続けた。
「花村センセイから聞いていないようですね。うちの会社はフロント企業みたいなものなんですよ」
「フロント企業?」
何やら話がキナ臭くなってきた。
フロント企業であれば反社会的勢力と関わっているはず。
緑川町の地上げなどはまだまだ序の口で、他にも良からぬことに手を染めているに違いない。
「まあ、花村センセイも金の流れを隠すのに大変ですからね。うちの会社だけじゃありませんよ。花村センセイはありとあらゆるところと関わって儲けを出しては、あちこちに隠してるんですよ。社長はゆくゆくはそれをそっくり自分のものにできる。いやあ、羨ましいなあ。ヒャーッハッハッハッハッ!」
やはり胡散臭さ満点だった。
しかし、今さらこの話から降りることなど不可能に近い。
花村代議士の裏の顔を知ったからには、下手に離れようとすれば最悪消されるかも知れない。
「社長、社長はもう我々と同じなんですよ。このこと、どこかに告発しようなんて思わないで下さいよ。どうなるか、わかりますよね。さっきも言いましたが、腹を括ってこちら側の人間になればオイシイ思いができるんですよ」
大森の言う通りだった。
下手な正義感を出して離れようとしたり、況してや告発したりすればどうなることか。
それよりも流れに身を任せていればいいのだ。
自分はもう花村代議士の後継者。
緑川町の地上げにも目を瞑ればいいのだ。
そうすれば、自分の将来は約束される。
「わかりましたね、社長。もちろん、社長が選挙に出馬した暁には、我が社も全面的にバックアップします。いえ、我が社以外の花村センセイの会社も、社長を全力で応援するでしょうね」
次の選挙に出馬することになっている秀彦は、花村代議士の力で当選は間違いなかった。
もはや、花村代議士からは離れられない。
大森の言う通りなのだ。
緑川町の地上げの話、大好きだったプリヤは立ち退かされるのか。
秀彦は心配でたまらなかったが、花村代議士に逆らうことはできない。
このまま黙って目を瞑ればいい、そうすれば全てがうまくいく。
秀彦はそう自分に言い聞かせていた。