喫茶プリヤ 第一章 三話~逆玉に乗る

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写真はイメージです。

 

終業後、会社を出た秀彦は技術開発部のチーフ、遠山に言われた通り、白薔薇女子大の女子学生たちとの合コンが開かれるエプシロンという店にやって来た。

 

「お、来た来た。おーい、佐藤くん、こっちだこっちだ!」

 

合コンの幹事役の社員が店の奥の方にある個室から出てきて、秀彦を呼んでくれた。

 

「遅くなりました。ちょっと迷ってしまって」

 

学生時代から合コンなど縁がなかった秀彦は、有名店だというエプシロンをなかなか見つけられず繁華街で迷っていた。

 

「よーし、みんな揃ったな」

 

合コンを予約していた個室に秀彦が入ると、そのタイミングで飲み物が運ばれてきた。

 

「じゃあ、フィロス電機と白薔薇女子大の前途を祝して、カンパーイ!!」

「カンパーイ!!」

 

その場にいた一同はグラスを高く掲げ、隣同士軽くカツンとぶつけ合って改めて挨拶し合った。

その後は料理が次々と運ばれてきて、和気あいあいと歓談が始まった。

 

「ねえねえ、こちらの方、初めて見る顔じゃない?」

「そうね。初めまして」

 

白薔薇女子大の女子学生たちは、きっちり化粧をして洒落た身なりで洗練された雰囲気を漂わせていた。

学生時代から女性と付き合ったことがなく、進んで会話もしたことがない秀彦は何と答えてよいものかわからず笑って誤魔化していた。

 

「こいつ、今日付けでうちの部に配属になったんだ。佐藤っていうんだ、よろしくな」

 

秀彦の隣に座っていた先輩社員が、秀彦を女子学生たちに紹介してくれた。

 

「へえー、そうなのね」

「なかなか素敵な人じゃない。よろしくね」

 

女子学生たちは新顔の秀彦に興味津々だった。

 

「佐藤さん、趣味は何?」

「え、と。ど、読書です」

「ふうん、どんな本を読むの?」

「何でも読みますけど、哲学書とか文学とか」

「哲学?!なあに、それ?」

「あの、カントとか…ギリシャ哲学も好きです」

「へえ…」

 

秀彦が哲学書の話を始めても、女子学生たちはあまり興味がなさそうだった。

周りの様子を見ると、そんなことよりも女子学生たちが身に付けているブランドものの話や、次はどこに海外旅行に行こうか、そんな話に花が咲いていた。

秀彦は一杯目の乾杯の酒がビールではなく、シャンパンだったことからして恐縮していたが、酒が飲めない秀彦にはかなり無理があった。

ウーロン茶を頼もうか。

しかし、そんなことをすれば白けてしまわないか。

秀彦はウーロン茶を頼むタイミングを逃してしまい、慣れない酒を飲んでいた。

 

「佐藤さんって、控えめなのね」

「いえ、僕はただの田舎者です」

「そうかしら、優しそうでいい感じよ。あたし、由梨子。花村由梨子。よろしくね」

「あ、はい、よろしくお願いします」

 

秀彦は綺麗に化粧して、ブランド物を纏った由梨子が眩しくて俯いたまま答えた。

由梨子は秀彦を気に入ったらしく、いろいろ問いかけてきたが秀彦はぶっきらぼうに答えることしかできずにいた。

 

「よお、盛り上がってるかい。お、佐藤、さてはお前、由梨子ちゃんに気に入られたな」

「そ、そんなことはないです…」

「ヒャハハハ。そう照れるなよ。由梨子ちゃんはな、あの憲民党の花村議員のお嬢さんなんだ。良かったなあ、仲良くなれて」

「違いますよ!」

「だーかーらー、照れるなって。由梨子ちゃん、こいつさ、こんな鈍くさい奴だけどヨロシクな」

「うふふ、なんだか可愛いじゃない」

「え、と…あの…」

 

秀彦は自分の意思に反して顔が真っ赤になっていくのを感じると、グラスになみなみと注がれたワインをグイッと一息に飲み干した。

酒が飲めない秀彦は目が回りそうだったが、なんとか持ち堪えていた。

綺麗に着飾った女性と酒の席で会話するなど、気恥ずかしくなった秀彦は酒のお代わりをどんどんと注文してはイッキ飲みをしていた。

 

「よーし!”一次会”はそろそろお開きだ!」

 

幹事役の社員が立ち上がってそう言うと、一瞬静かになった。

 

「じゃあ、個人的に気に入ったお相手がいたら、お持ち帰りするも良し、みんな、各自で”二次会”を楽しんでくれ」

 

女子学生たちは席を立ち始め、それぞれにフィロス電機の社員が近づき、何か小声で耳元で囁き合う者もいた。

 

「佐藤さん、大丈夫?立てる?」

「うーん、大丈夫です」

「そうかしら。お酒、あまり強くないのね」

「大丈夫っす」

 

秀彦はみっともないところは見せるまいと、ふらつかないように立ち上がった。

 

「ほんとに大丈夫?」

「はい、大丈夫っす」

 

秀彦のことを気に入った由梨子は秀彦に寄り添うようにして、立ち上がった秀彦を支えた。

エプシロンを出た後、どこをどう歩いたか、秀彦は記憶がなくなっていた。

ただ、わかっているのは由梨子に付き添われていることだけだった。

それから、どのくらい時間が経ったのか。

どうやら眠ってしまったらしい。

気が付くと秀彦はどこかで横になっていた。

 

「あれ?」

 

目を覚ました秀彦が起き上がると、知らない部屋の中にいた。

しかも全裸で。

一体、全体、どこなのか。

自分の部屋でないことは確かだった。

大きなテレビとダブルサイズ以上の大きさと思われるベッド。

自分はそのベッドの上で眠ってしまっていたらしい。

秀彦はぐるりと部屋の中を見回した。

部屋の中は薄暗く、見覚えのない調度品が並んでいた。

 

「あら、目が覚めたのね」

「え?」

 

由梨子が体にバスタオルを巻いただけの姿でバスルームから出てきた。

 

「うわあああ!!」

 

あられもない姿の由梨子から秀彦は全力で目を逸らした。

 

「今さら恥ずかしがることないじゃない」

「はあ?」

「あたしたち、もう恋人同士なんだから」

「えええ!!」

「昨夜は凄かったじゃない。あたし、大満足」

「何なんだよ!!」

 

どうやら、秀彦は由梨子と一線を越えてしまったらしかった。

今いるところはホテルのスイートルームで、秀彦は由梨子と一夜を共にしていた。

 

「ねえ、ホントに覚えてないの?」

「え、って言うか…どうなってんの?」

 

秀彦は本当に記憶がなかった。

飲めないくせにワインをがぶ飲み。

悪酔いしたのか、それで記憶が飛んでいるだけなのか。

とにかく、秀彦には身に覚えがなかった。

 

「うふふ、まあいいわ。そういうところが可愛くて好きなのよね。ここはね、父が御用達のホテルなの。秘密は守られるから安心して」

「秘密?」

「私が花村の娘だってことは、ここのホテルの人間なら知ってるわ。佐藤さんは真面目な人だから、あたしとホテルに来たって知られたくないかも知れないけど、従業員はみんな口が堅いの。父もね、いろんな女をこのホテルに連れ込んでるけど、みんな、知ってて黙ってるから」

「はあ…」

「まあ、とにかく、佐藤さんとあたしは只の関係じゃなくなったってこと」

「えええ、何てこった…」

「あら、あたしのこと、嫌いなの?」

「そうじゃないけどさ」

「じゃあ、いいじゃない。何か飲む?」

 

由梨子は冷蔵庫からスポーツドリンクを出して蓋を開けてくれた。

 

「どうぞ」

「あ、ありがとう」

 

やたら喉が渇いていて、秀彦はスポーツドリンクをグイグイ飲み干した。

 

「ねえ、今度、父に会ってくれない?」

「へ?」

 

合コンの時、由梨子は大物代議士の娘だと聞いていた。

秀彦もよく知っている、その有名代議士に会ってくれとは。

知らないうちにホテルにいたこと以上に、秀彦は驚いた。

 

「うちはね、あたしが一人娘だから父の跡を継いでくれるお婿さんが必要なの」

「お婿さん?!」

「秀彦さんなら父も気に入ると思うわ。真面目だし、優秀だし」

 

何と言うことだろう。

テレビでしか見たことのない大物代議士の娘婿になれというのか。

秀彦は総務部から技術開発部に移動した時と同じことを考えた。

夢ではないだろうか。

自分で自分の頬をつねってみたくなっていた。

 

「ちょ、ちょっとシャワー浴びてくる」

「そう。タオルは洗面台の下の篭に入ってるわよ」

「うん」

 

バスルームに入った秀彦は冷たい水のシャワーを頭からかぶった。

一体全体、自分の身に何が起こっているのか。

派遣から正社員になれたり、総務部でいじめを受けていたのが能力を発揮できる技術開発部に移動できたり。

そして、大物代議士の娘とも接点ができて娘婿にならないかとまで言われた。

いわゆる逆玉ではないか。

これはもう、ツイてるどころの騒ぎではない。

冷たいシャワーをかぶりながら秀彦はじっと考えた。

なにもかもが上手くいき始めた。

その直前にあったことといえば。

考えを巡らせた秀彦は、アッと気付いた。

プリヤだ。

プリヤに行くようになって以来、こうしてなにもかもが上手くいくようになっているのだ。

注文してもいないプリヤスペシャブレンド

ウェイトレスの空子に愚痴をこぼした時に、空子は慰めるようにプリヤスペシャブレンドを勧めてくれた。

そうだ。

プリヤスペシャブレンドを飲んで以来、自分にはツキが回ってきた。

あのコーヒーは幸運を呼ぶ何かなのか。

プリヤの店自体がレトロで他に客も来ず、不思議な空間だった。

空子はミステリアスな美少女で、マスターは寡黙で正体不明な男。

プリヤは何か不思議な空間だった。

おそらくは、あのコーヒー、プリヤスペシャブレンドを飲んだことで自分に幸いが降ってきたのだ。

プリヤ様様だ。

秀彦はシャワーで頭を冷やしながらガッツポーズをとった。