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こちらは私の拙い日記、私の本音です。
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写真はイメージです。
「ヒャーッハッハッハッハッ!!お前らも好きなもの飲めよー!!」
秀彦は夜な夜な高級クラブのオモルフィに通い詰めるようになった。
「あらあん、ホントにいいの?」
「もちろんさああ。いくらでも払ってやるよ。VIPカードも作ったしな」
由梨子と婚約した秀彦は花村家の人間も同然。
特別に家族カードを作ってもらった秀彦は、限度額が設定されていないことで気が大きくなり、毎晩のように豪遊していた。
「もう、佐藤”センセイ”ったら、いいの?奥さんに叱られちゃうわよ」
「佐藤”センセイ”かあ。すみれちゃんは、わかってるね。そそそ、俺はね、花村家の跡取りだからさ。由梨子のことなら気にすんなよ。あいつ、俺にベタぼれでさあ」
秀彦はすみれの尻を撫で回しながら、高級酒の瓶をグイグイ空けていた。
「さあてと、明日から選挙戦かあ」
「頑張ってね、佐藤”センセイ”」
「あたしたちも、佐藤”センセイ”に投票するわ」
オモルフィのホステスたちは秀彦を持ち上げ、おだてた。
「ウヒャヒャヒャ。じゃあ、すみれちゃんを妾にしてやるよ」
「まあ、センセイったら。どうしましょう」
「ヒャハハハ。いいじゃん、俺、すみれちゃんはお気に入りだしさ」
明日から選挙戦が始まるというのに、女遊びに耽っていていいのだろうか。
初めてオモルフィに来た時は借りてきた猫のようだった秀彦が、今ではすっかり常連気取りで湯水のように金を使っている。
そもそも酒は飲めないと言っていたはずが、花村代議士と関わることで今では浴びるように飲むようになっていた。
人間、変われば変わるものだが、それにしても遊び方が汚い。
ホステスたちは内心では秀彦を小馬鹿にして物笑いの対象にしていた。
「さあてと、そろそろ帰ろうかな。選挙運動中は来れないだろうしな」
「センセイ、当選したらまた遊びにきて下さいね」
「ウヒャヒャヒャ。そりゃあ、もう。任せてくれよお」
秀彦が得意になっていると、迎えのタクシーが来たとボーイがメッセージを伝えにきた。
「お、そうか。じゃあな、すみれちゃん」
「センセイ、また来てね」
「へへへ。そう、俺はセンセイ。佐藤センセイなんだ」
酔っぱらってへべれけになった秀彦は、ニヤニヤ締まりのない表情で千鳥足で帰っていった。
その次の日、秀彦も立候補する上議院の選挙が公示された。
花村代議士の支援を全面的に受けた秀彦は街頭にも立ち、道行く有権者に訴えかけた。
「私は、この国の未来を開くために粉骨砕身、努めて参る所存でございます!!」
30歳とまだ若い秀彦は一般のサラリーマン出身ということで、クリーンなイメージで注目候補として扱われていた。
「あらあ、若くていい男だねえ」
秀彦が演説を終えると、沿道で秀彦の話に耳を傾けていた有権者が近づいてきた。
「握手して下さい」
握手を求められた秀彦は笑顔で応じた。
「よろしくお願いします!!」
「一緒に写真撮ってください」
「はい!」
若い女性から写真撮影を求められ、秀彦はツーショットの撮影に応じ、撮影が終わると秀彦の方から握手をしようと手を差し伸べた。
有権者の反応はなかなか良い。
これも花村代議士の後ろ盾があるからだろう。
若くてクリーンなイメージの秀彦は大いに注目されていた。
そんな秀彦の様子を通りかかった空子は見ていた。
プリヤのフードメニューに使う野菜が切れ、空子はスーパーに買い出しに向かっていた。
秀彦が多くの有権者に囲まれ、笑顔で応じる様子を空子は遠目に見ていた。
花村代議士の支援があれば当選は確実なのだろうが、政治家になって秀彦は何をしようというのか。
数日前、ふらりとプリヤに現れた時、地上げに応じて立ち退けばよいとまで言っていたことで、秀彦はもう以前のような秀彦ではないのだと空子は感じていた。
アンドロイドの自分には投票権はないが、人々の暮らしよりも為政者の利益が優先される社会の現実に空子は割り切れない思いだった。
秀彦はプリヤスペシャルブレンドを飲んでから運が回ってきたと言っていたが、秀彦の願いはこんなことだったのか。
空子は作り笑いを浮かべて有権者に支持を訴える秀彦を横目に、スーパーへと急いだ。
「皆さま、ありがとうございました!佐藤秀彦!佐藤秀彦!佐藤秀彦をよろしくお願い致します!!」
有権者との交流を終えた秀彦を乗せた選挙カーは、大音量で秀彦の名前を連呼しながら次の演説場所へ向けて走り出した。
「社長、どうぞ」
選挙運動に駆り出された小林は、選挙カーに乗り込んだ秀彦におにぎりを差し出した。
忙しい選挙期間中はほんの少しの時間でも惜しい。
秀彦は移動中に片手で食べられるようなものを摘まんで食事の代わりにしていた。
「おい、小林、お茶がこぼれてるだろう」
「あ、すみません」
「ちゃんとやれよ。お前さあ、俺が当選したら秘書にしてやってもいいんだぜ。何だよ、お茶も満足に出せねえのかよ」
「すみません」
「それから、俺はおにぎりは飽きたんだよ。サンドウィッチとか用意できねーのかよ」
「はい、事務所スタッフに言っておきます」
「次の演説の間にコンビニで買ってこいよ」
「わかりました」
「おい、わかってんだろうな。盗撮で全てを失ったお前を拾ってやったのは誰だと思ってんだ?あ、わかってんのかよ?」
「はい、拾って頂いて助かりました」
「口だけなら、誰でもできんだよ」
小林と秀彦の立場は完全に逆転していた。
フィロス電機で働いていた頃は正社員の小林が派遣社員の秀彦をいじめ、馬鹿にしていたが、駅で女子高校生のスカートの中を盗撮し逮捕され、フィロス電機を懲戒解雇になった小林は社会的に抹殺されたも同然だった。
逮捕された小林にはまともな再就職先もなく、仕方なくエテリアに流れついていた。
エテリア以外に小林はもう行くところがない。
それをいいことに、秀彦は横柄な態度で小林を顎で使い小馬鹿にしていた。
「そうだ、例の地上げの訴訟の話だけどよ」
「はい」
「緑川町の3丁目の連中、訴訟なんか起こしやがって。面倒くせえことになったな」
秀彦は次の演説場所へと急ぐ選挙カーの中で、他のスタッフには聞こえないように小林の耳元で小声で呟いた。
「ええ!始末するって!弁護士さんをですか!!」
「しー!そんなでかい声出すなよ。他の奴らに聞こえるだろ」
「す、すみません。でも、社長、それはマズいですよ」
「それが一番いいんじゃねーか。俺たちに逆らえばどうなるか、見せしめだ」
「しかし…」
「お前は直接手を出さなくてもいいよ。竜嶺会の若いのに連絡して適当に海に沈めるとか、電車のホームから突き落とすとか、どんな手を使うかは任せる」
「そうは言ってもですね」
「おい、嫌なのか?嫌ならお前を山の中に埋めるか、バラバラにして海にばら撒くぞ。魚のエサになれよ」
秀彦はまるで竜嶺会の構成員のように凄んだ。
「わかりました。竜嶺会には後で連絡します」
「わかりゃいいんだよ。最初からごちゃごちゃ言うんじゃねーよ」
秀彦はすっかりチンピラのような口ぶりだった。
いつからこんなことになってしまったのか。
フィロス電機で派遣社員をしていた頃の秀彦は何をするにも自信がなさそうで、小林の前ではいつもびくびくしてさえいた。
エテリアに流れ着き、秀彦と再会した小林は秀彦の変わりようが恐ろしくもあった。
怪しげな噂が絶えない花村代議士に丸め込まれたのか、権力に近付いたせいなのか、或いは反社会的勢力の竜嶺会と接点を持つようになったからか。
今の秀彦は変わり果てて別人のようだった。
恐ろしいのは花村代議士でもなく、竜嶺会でもない。
すっかり変わってしまった秀彦なのだ。
緑川町の地上げをめぐり、訴訟を起こした住民グループをまとめる弁護士の殺害まで命じるとは。
逆らえば自分の身も危ない。
小林は秀彦の指示に従うしかなかった。