喫茶プリヤ 第一章 十話~心変わり

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写真はイメージです。

 

山中の道路で惨殺された竜嶺会の構成員の遺体は、次の日の朝、近くの登山道から入山しようとしてやって来た登山客によって発見された。

通報を受けて警察が急行したが、あまりの惨たらしさに凄惨な現場に慣れている捜査員たちの中にも目を背ける者がいるほどだった。

 

「係長、これって、どうなってんでしょうね?」

「さあなあ。猪か熊か、人間の仕業じゃないだろうな」

「でも、猪が首を引きちぎることなんてできますかね?それに、熊なら腹から食うと思いませんか?腹はほとんど手付かずですよ」

「まあ、解剖してみなきゃ何とも言えないだろうな」

 

鑑識係もかけつけ現場検証が進められていたが、情報を掴んだマスコミも集まってきて、現場からのリポートを生で伝えていた。

竜嶺会の構成員が惨殺体で見つかった事件は、瞬く間に世間に広がった。

この情報はネットニュースでも取り上げられ、一部のネット情報では無修正の惨殺体の画像が拡散されたりもしていて世間の注目を集めていた。

 

「空子、騒ぎになってるな」

 

プリヤではマスターがスマホを見てネットニュースに気付いていた。

 

「ええ。これで少しは地上げの嫌がらせが収まってくれたらいいんだけど。私みたいに誘拐される人が他にも出てきたりしたら大変だわ」

 

これで、空子のような危険な目に遭う関係者の女性が出てこなければよい。

空子は開店前のプリヤの中を掃除しながらマスターのスマホを覗き込んだ。

 

「まあ、それもそうだな。連中、これで強くは出られないだろう。捜査で事情も聞かれるだろうしな」

「そうだけど、ほとぼりが冷めたらまた何かやるんじゃないかしら」

「この騒ぎのバックにいる本丸を潰さなきゃ駄目ってことだな」

「ええ。竜嶺会は花村議員の用心棒だから、おそらく花村議員がバックにいるんでしょうね。何かと噂が絶えない人だし」

「そうだな。竜嶺会は花村議員のケツ持ちだからな。それにしても、このネットの情報はどうなってるんだ。動画まで拡散されて悪趣味極まりないな」

「ちょっとやり過ぎたかしら?」

「いや、それはいいんだが。問題はこういう事件が起こると面白おかしく尾ひれをつける奴がいることだな」

 

しかし、惨殺された構成員のことだけが報道され、その背後については何も伝えられなかった。

それでもニュースになったことで秀彦の耳にも情報は入った。

 

「小林!お前、何やってんだよ!!」

 

秀彦は出社日ではなかったが、ニュースを見て慌ててエテリアに出てきた。

 

「はい、申し訳ありません」

「何がどうなってんだよ?!」

「はい、熊か猪の仕業ではないかと」

「これが猪のやることか!!」

 

秀彦は動画サイトで拡散されているスマホの凄惨な画像を小林の前に突き出した。

首がなくなっている遺体、手足を引きちぎられたような遺体、人間の原型を留めていない遺体も映し出され、道路は血の池地獄のようなあり様だった。

ネットの掲示板でもこの話題のスレッドが立ち、不特定多数のユーザーによる事件についての好き勝手な応酬が始まっていた。

 

「じゃ、じゃあ、何が、誰がこんなことを?」

「それを調べるのがお前の仕事だろ!!竜嶺会にでも聞いてこい!!」

「はい、わかりました」

「もうすぐ俺の選挙事務所開きなんだ。縁起が悪いだろ!この仕事はお前に任せてあるんだぞ、ちゃんとやれ!!」

 

秀彦は小林を怒鳴りつけると、近づいてきた選挙に備え、後援会の事務所に顔を出さなければならないとエテリアを後にした。

秀彦がエテリアの入るオフィスビルを出ると、いつも送り迎えしてくれる運転手が待っていた。

運転手付きの車にも秀彦はすっかり慣れっこになっていた。

秀彦の後援会事務所は問題になっている緑川町を通り過ぎたところに置かれていた。

表面上は穏やかな風景が広がっていたが、再開発をめぐって欲望が蠢いている。

それに抵抗する地元の住民たち。

秀彦は何としても再開発を進めて成功させなければならなかった。

エテリアの社長として、花村代議士の後継者として、花村代議士の意向に沿い再開発を推し進めるよう秀彦は強く指示されていた。

それにしても竜嶺会の構成員を襲ったのは何者なのだろう。

報道では熊か猪、獣の仕業ではないかと言われていたが、動画サイトで見た遺体の様子は悲惨なもので、動物でもやらないような酷いやり方で構成員は殺されたに違いなかった。

秀彦がそんなことを考えていると、緑川町に差し掛かった車はプリヤがある道を通りかかった。

 

「おい、ちょっと待ってくれよ」

 

後援会に顔を出す約束まではまだ時間がある。

秀彦は車を停めさせプリヤにふらりと入った。

 

「いらっしゃいませ…あら、佐藤さん」

「よう、空子。元気だったか?」

「ええ、おかげさまで」

「最近、物騒だから心配していたよ」

 

すぐ戻らなければならないからと、秀彦は立ち話で済ませようとした。

緑川町近辺の地上げの話やそれに伴う住民による訴訟の話題は、ニュースでもよく取り上げられていた。

 

「そっかあ。客のふりをして嫌がらせしに来た奴がいるのか」

「そうなんです。でも、私たちはこの町が好きですから、出て行ったりはしません」

「そうかなあ。立ち退いた方が結構いい金額ももらえるだろうし、こんな店、畳んで出て行った方がいいんじゃないか?」

「え?」

 

秀彦の口から思ってもみない言葉が出て、空子は首を傾げた。

 

「俺さ、今はエテリアっていう会社を任されているんだ。エテリアは花村センセイがスポンサーになっててさ。俺、次の選挙に出るし。花村センセイの後継者にって目をかけられてるからさ。何か困ってることがあれば相談に乗るよ。俺、前よりも、もっともっと運が向いて来たんだ」

「そうなんですか」

「空子もマスターも俺に票を入れてくれよ。もちろん、憲民党もよろしくな」

「ええ…」

「じゃあ、車を待たせてあるから」

 

秀彦は是非とも自分と憲民党をよろしくと頼むと、プリヤを出て待たせておいた車に戻った。

 

「マスター、どう思います?」

 

秀彦が出て行った後、空子はマスターの方を見た。

 

「また花村議員の名前が出てたなあ。花村議員はいい噂がないだろう。それに、エテリアっていう会社だって言ってたな。エテリアは竜嶺会のフロント企業だ。佐藤さん、おかしなところに首を突っ込んだな。エテリアが本当はどんな会社か知らないのかな?それに立ち退いた方が得だみたいなことを言って、この地上げ騒ぎ、バックにいるのは花村議員か。竜嶺会といえば花村議員だからな」

「要するにお金儲けよね」

「うん、そうだな」

「そんなにお金が大事なのかしら。私たちはこの町が好きで、静かに暮らしていきたいだけなのに。佐藤さん、なんだか変わってしまったわ」

「花村議員は将来の総理候補とも言われているからな。佐藤さんも何を吹き込まれたのやら」

 

秀彦は金と権力に目が眩んでしまった。

以前のような真面目な技術者としての秀彦はどこに行ってしまったのか。

 

「私は前の佐藤さんの方が素敵だと思うわ。健気で真面目で優しくて。技術者として社会の役に立つような製品を作ろうと一生懸命だったのに」

「人間は弱いものなんだよな。金を積まれたり、権力を手に入れれば容易に変わっていく。空子、お前は人間の感情が理解できるように作られているはずだが、そこのところは難しいか」

「うーん。人間でも流されない人はいるんじゃない?お金や権力に目が眩まない意志が強い人もいると信じているけど、人間って悲しいのね」

 

人間そっくりに開発されたアンドロイドである空子。

空子の電子頭脳は人間と同じように感情や自分の意思を持ち、考えることができ、精巧に作られた外見からはアンドロイドだと気付かれることはなかったが、腕力は人間の限界をはるかに超える怪力だった。

人間の能力を超える性能を持つ空子だったが、変わってしまった秀彦を悲しく思っていた。

 

「どうなんだろうな。近頃は人間の方がアンドロイドより考えなくなっていたりするからな」

「佐藤さんにプリヤスペシャルを飲ませなかった方がよかったのかしら?」

「あの味を正しく味わえるかどうかは、佐藤さん次第だからな。気付いてくれたらいいんだが…そうだ、今日は豆の業者さんが来る日だったな」

 

マスターはコーヒー豆が入った袋を並べながら数を数え、仕入れの伝票に必要な数を書き入れていった。