本編の前にご案内です。
この小説のページの姉妹版「とまとの呟き」も毎日更新しています。
こちらは私の拙い日記、私の本音です。
下のバナーをクリックで「とまとの呟き」に飛べますよ。
よろしくお願いします。
写真はイメージです。
エテリアの社長に就任した秀彦は実態を知るにつれて疑問も湧いてきたが、もう後戻りはできなかった。
花村代議士の裏の顔を知ったからにはエテリアから離れようとすれば、秘密を守ろうとするために消されるかも知れない。
黒い噂が絶えない花村代議士なら、何をしてくるかわからない。
恐ろしいという思いもあったが、秀彦自身、慣れてきてしまっていた。
緑川町の地上げのことも、他にもエテリアが関わっている数々の悪事のことも。
目を瞑ってさえいれば、秀彦の懐にもかなりの金額が入ってくる。
金に目が眩んだ秀彦は見て見ぬふりをしているうちに、何も感じなくなりつつあった。
「社長、そういえば、新入りがいるんですよ」
「新入り?」
「ええ、今週の月曜日から来てるんですけど」
毎週木曜日に出社する秀彦は、社長の席につくと大森から新入社員がいるのだと教えられた。
「新入り、どんな奴だ?」
「それがですね……」
月曜日から出社している新入社員は訳ありだった。
「元々は真面目な勤め人だったらしいんですが、わいせつ事件をやらかして懲戒免職になったんですってよ。その後は黄金町で客引きをやったりして、うちの会社のことを噂で聞いて応募してきたって野郎で」
「へえ、なるほどねえ」
そもそもエテリアにはまともな社員はいない。
訳ありか、半グレ上がりか、元風俗関係か、刑務所帰りの者もいた。
エテリアに慣れた秀彦は今さら驚いたりしなかった。
「そいつ、もうすぐ来ると思うんですよね。挨拶させますよ…お、噂をすれば何とやら…おーい!小林!こっち来い!」
「小林?」
小林。
フィロス電機にいた頃、自分をさんざん馬鹿にしていじめていた男と同じ名前ではないか。
秀彦は近づいてくる新入社員の方を見て、アッと声が出そうだった。
やはりそうだった。
フィロス電機にいた小林ではないか。
小林も秀彦に気付くと驚いた表情を見せていた。
知らぬは大森だけ。
何も知らない大森は小林を秀彦に紹介した。
「小林、何をビックリしてんだよ。うちの佐藤社長だ。佐藤社長はな、代議士の花村権蔵先生の後継者なんだ。お前もそのことは知っておくといい」
「よ、よろしくお願いします」
小林は初対面であるかのような態度を取った。
「ああ、よろしくな」
秀彦も何食わぬ顔をして答えた。
大森の話によれば、小林はわいせつ事件を起こして懲戒解雇になったという。
人のことをさんざん馬鹿にしていじめのようなこともしていた小林が、今は自分の部下。
これは面白いことになった。
秀彦はお返しをしてやろうかと考えた。
秀彦に挨拶すると、小林は自分の席につき仕事に取り掛かった。
「小林くん!」
「はい。し、社長…何かご用でしょうか?」
昼休みになると、秀彦は小林を呼びつけた。
「メシでもどうだ」
「はあ…」
「おい、嫌だとは言わせないぞ」
「え、はい、わかりました」
小林は気乗りしない様子だったが、有無を言わさず秀彦は小林を連れ出した。
「さあてと、じっくり話を聞かせてもらおうか。小林”くん”」
今や社長の秀彦は会社の近くの高級ホテルのレストランにやって来た。
「何でも好きなもの食えよ。これは社長の交際費だから」
「ええ、はい」
何とも無茶苦茶な理屈だと思いつつ、小林は秀彦の向かいに座った。
「なあ、小林。久しぶりじゃないか。元気だったか?」
「あ、はい」
フィロス電機にいた頃は正社員と派遣社員の関係だったが、今は平の新入社員と社長の関係。
形勢は逆転した。
何と言って小林をコケにしてやろうか。
秀彦は小林が一番聞かれたくないであろうことから質問を始めた。
「なあ、大森から聞いたんだけど、わいせつ事件をやらかしたんだって?詳しく教えろよ」
「ええ、と」
「ほら、言ってみろよ。何やらかしたんだよ?」
秀彦がからかうように促すと、小林はポツリポツリと口を開いた。
「あのう、女子高生のスカートを盗撮して…」
「へえ。って言うかさ、スカートを盗撮じなくて、スカートの中を盗撮したんじゃねーの?」
「ええ、まあ、そうです」
「ヒャーッハッハッハッハッ!!お前、何やってんの?!ウヒャハハハ!!傑作だな!!」
秀彦が大声で笑うと、レストラン内にいた客がじっとこちらを見た。
それにしても、超優良企業のフィロス電機に勤めていながら、盗撮で逮捕されてしまうとは。
「お前さあ、人に偉そうなこと言っておいて盗撮って…ウヒャハハハ!バッカじゃねーの?!」
「何と言われても仕方ありません。示談で済みましたが罪は罪です」
「そーだよなあ!よりによって盗撮!アハハハハ!」
「佐藤…社長。あなたもフィロス電機に勤めていたならわかるはずです」
小林は仕事の悩みから始まり、フィロス電機の問題点、改善しなければならない点を挙げた。
「まあな、フィロス電機は胡散臭いよ。自殺者も少なくないしな」
派遣社員の秀彦はそう重い責任は任されていなかったが、正社員で働く者の中には仕事に行き詰まり自殺する者、精神を病み休職する者、退職する者が絶えなかった。
フィロス電機は表向きは超一流企業で、就職したがる学生は多かったが問題も多かった。
技術系は仕事がキツイ。
最先端の技術を研究し、製品を開発する裏側で密かに軍需産業にも関わっている。
裏の顔を告発しようとして消された社員がいたという噂も絶えなかった。
「フィロス電機の実態はそんなもんです」
「で、ストレスに耐えきれず盗撮?お前、それは馬鹿だろう。馬鹿、馬鹿、バーカ」
完全に立場が逆になった秀彦はこれ以上はないくらい小林を馬鹿にしてからかった。
「ええ、何とでも言って下さい。俺はもう人生の落後者なんですよ」
「何だよ。それじゃあ、うちの会社が三流の会社だとでも言うのかよ」
「そうなんじゃないですか。そういう噂しか聞いてませんけど」
フィロス電機を懲戒免職になった小林は、食い繋ぐために盛り場で客引きをしていたが、客引きの間ではエテリアは知られた存在だった。
花村代議士の息がかかっていることでも有名だが、結局は何をしている会社なのかわからない。
背後には反社会的勢力がいて、表沙汰にはできないようなことに関わっている。
黄金町の夜の界隈では知られた話だった。
「俺も応募するかどうか迷ったんですよ。でもなあ、子供も生まれたばかりだし。稼がなきゃなりませんからね」
「へ?子供?お前、何やってんだよ。カミさん、許してくれたのかよ?」
「ええ、土下座して謝りました」
「だよなあ。ヒャーッハッハッハッ!」
秀彦は小林をまたバカにしたように笑った。
「小林、じゃあさ、お前にはいい仕事を任せてやるよ」
「何ですか?」
「緑川町の3丁目。再開発に協力しない住民を立ち退かせるんだ」
「要するに地上げですよね」
「やりたくないのかよ。出来高制だから全員を立ち退かせたら、金一封だぜ」
花村代議士の息がかかったエテリアには潤沢な資金がある。
フィロス電機を懲戒解雇になった小林は喉から手が出るほど金が欲しいに違いない。
秀彦はフィロス電機にいた頃の復讐のようなつもりで、小林に立ち退きの仕事を命じた。