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写真はイメージです。
「空子、キナ臭くなってきたな」
緑川町3丁目の再開発にまつわる立ち退き訴訟の住民側の弁護士が変死体で発見された。
プリヤのマスターは店に置くため配達されている新聞を広げながらそう言った。
「変死体って、不自然ですね」
マスターから新聞を受け取ると、空子も記事に目を通した。
緑川町の再開発をめぐり、3丁目の住民が団結して立ち退き要請の無効を訴え、訴訟が始まっていた。
その住民側をまとめてくれていた弁護士が変死。
山の中で首を吊っている状態で発見された。
状況から自殺と処理されたと記事には書かれていた。
「おそらく消されたんだろうな。我々に対する圧力、脅しだな」
「ひどいわ。目的のためなら手段を選ばないなんて」
「佐藤さん、こんな連中側の人間になってしまったのか。まだ若くて未来があるのになあ。佐藤さんの周りはおかしいよな。この前も選挙運動員の小林って人が電車に飛び込んだろう」
住民訴訟の弁護士が変死体で発見される直前、小林が電車に飛び込んで命を絶っていた。
遺書が発見されていたが、精神的なストレスに耐えきれず精神科に通院していたとだけ報道され、その後は全く触れられなくなっていた。
「小林さんって人も消されたんだろうなあ。佐藤さんのフィロス電機時代の元同僚だそうじゃないか。何か握ってたんだろうな。そんなことまでして選挙に勝ちたいのかねえ」
選挙戦は後半戦に入り、秀彦は優勢で当選が確実視されていた。
「元サラリーマンで若くてクリーンなイメージとか言ってるが、花村議員がバックについてるからできることだろうな。邪魔者は消せってことか」
「佐藤さん、この前来た時も変だったわよね」
「こんな人間しか当選しないのかね。世も末だな」
マスターは読み終わった新聞を畳んでラックに立てかけると、店内BGMのスイッチを入れて開店準備に取り掛かった。
それから一週間後、秀彦は当初の予想通りに選挙戦で有利に戦い上位で当選した。
「バンザーイ!!バンザーイ!!」
当確の情報が入ってくると、秀彦の選挙事務所はお祭りのような騒ぎになった。
支援者、事務所のスタッフが揃って万歳を繰り返し、若さとクリーンさで注目された秀彦はテレビの報道番組の速報でインタビューにも答えた。
「佐藤さん、おめでとうございます!」
「ありがとうございます!!」
報道機関の記者の質問に答える秀彦の横には由梨子がいて、嬉しそうに微笑んでいた。
これで自分は政治家。
花村代議士の後継者として将来も約束されたようなもの。
ゆくゆくは総理大臣か。
秀彦は有頂天になっていた。
「あなた、当選おめでとう」
その夜は真夜中近くまで選挙の開票番組のインタビューに答えたり、事務所を訪れる関係者に挨拶したりと、秀彦は明け方近くまで忙殺された。
「由梨子、まだまだこれからだ」
「うふふ、そうね」
明け方近くなってマンションの部屋に帰ってきた秀彦と由梨子はホッと一息ついていた。
「次は俺たちの結婚式だよな。来年、由梨子が卒業したらハワイで挙式だからな」
「そうね。楽しみね」
由梨子は選挙期間中、お守りのつもりで身に付けていた左手薬指の婚約指輪を撫でた。
議員になった秀彦を多忙な日々が待っている。
サラリーマンをしていた頃は政治に無関心で、投票など行ったことがなかった秀彦だったが、いざ自分が議員になってみると野望を燃え上がらせていた。
一介の派遣社員から国会議員に成り上がり、有力な議員の後ろ盾を得て出世の道をひた走る。
フィロス電機で派遣社員をしていたことも、プリヤに通い詰めていたことも、秀彦はどうでもよくなっていた。
プリヤスペシャルブレンドの魔法への感謝の気持ちも消え失せ、野心だけが湧き上がってきていた。
「由梨子、初登院の日も俺は注目の的だろうな」
「そうね。お父様が秀彦さんに注目が集まるようにマスコミにも働き掛けてくれるでしょうし」
「ウヒャヒャヒャ。やっぱ、そうだよなあ」
自分はもう昔の自分ではない。
自信がなく、何の力もなかった派遣社員をしていた頃とは違うのだ。
花村代議士の後押しを受け、政界でものし上がってやる。
秀彦は情けなかった昔の自分を既に捨てていた。
その後は当選証書を受け取ったり、改めて憲民党に挨拶に行ったり、報道番組のゲストとして出演したり。
秀彦は多忙な日々を送っていた。
そんな日々の中、秀彦は政界入りしたことをしみじみと実感し、これからの自分を待ち受けている出世の道に思いを馳せていた。
そして、迎えた初登院の日。
当選した議員たちが議会の建物の玄関前、大きな門の前に集まり、門が開けられる時間を今か今かと待っていた。
その中でも秀彦は最前列に陣取り、門が開くと一番乗りで議会の敷地に入った。
集まってきていたマスコミは事前にインタビューも取り、門が開いて新人議員たちが中に入っていく様子をカメラに収めていた。
ここでも秀彦は自分が注目されていると自信満々だった。
「佐藤さん、当選おめでとうございます」
「ん?」
どこから現れたのか、大きな真っ赤な薔薇の花束を抱えた少女が秀彦に近付いてきた。
議会の敷地は関係者以外は立ち入り禁止のはず。
当選のお祝いは事務所で受け付けているはず。
面識のない少女に花束を渡されそうになった秀彦は、一瞬戸惑いを感じた。
「どうぞ、おめでとうございます」
「え、と。悪いけど、事務所の方に送ってくれないかな」
「今、受け取ってほしいんです」
少女は半ば強引に押し付けるように秀彦に花束を掴ませた。
「おい、困るよ。何なんだよ?」
「あなたは約束を破りましたね」
「はあ?」
少女は秀彦に花束を持たせると小走りで去っていった。
「おい、君!ちょっと待てよ!!……え?」
花束の中から時計の針がカチカチと鳴るような音が聞こえる。
秀彦がよく見ると、タイマーのようなものが花束に仕込まれていた。
「え?」
次の瞬間、大音響が響き、煙がもうもうと上がった。
花束を持っていた秀彦が立っていた辺りを中心に爆発が起こり、爆風で近くにいた新人議員たちも吹き飛ばされた。
「何か爆発したぞー!!」
「大丈夫かー!!誰かー!心臓マッサージできる人はー?!」
「救急車、呼べー!!」
花束には爆弾が仕込まれていた。
危うく難を逃れた新人議員やマスコミの取材陣が怪我をした者に駆け寄ったり、救急車を呼ぶよう大声を出したりする中、悲鳴や泣き声、怒鳴り声が飛び交い、現場は大混乱になった。
花束を持っていた秀彦は吹き飛ばされ、体はばらばらに飛び散って跡形もなく消え失せていた。
爆発の規模は大きく、議会の敷地内は怪我人であふれ、意識がなく倒れている者や苦しそうに呻いている者など、あちらこちら血だまりができて凄惨な光景が広がっていた。
正に阿鼻叫喚。
花束を抱えていた少女はとっくにどこかに消え、その後も所在はわからずじまいだった。