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写真はイメージです。
桜木賢一郎は一流企業フィロス電機の技術者。
フィロス電機はアンドロイド開発では他の追随を許さず、同業他社を寄せ付けない高い技術力を誇っていた。
桜木は一流大学の北條大学工学部、システム工学科を卒業しやはり一流企業のフィロス電機に入社した。
フィロス電機の高い技術力は学生時代から優秀だった桜木には魅力的だった。
自分の実力を遺憾なく発揮して優れた人工頭脳を開発する。
そして、それをアンドロイドに応用し社会に貢献する。
桜木の志は高かった。
桜木はフィロス電機が社運を賭ける『スカイゾーン計画』の責任者を務めていた。
スカイゾーンは新しく開発される人工頭脳。
新たに売り出す予定の全てのアンドロイドを稼働させる要となるスーパーコンピューター。
桜木はスカイゾーンや新たに売り出される予定のアンドロイド『空子』の開発で忙殺されていた。
「桜木部長、プログラムの見通しが立ちました」
「おお、そうか。後はやっておくから、今日はもう上がっていいぞ」
「でも、部長、まだ終わってませんよ」
「いいからいいから。早く帰ってデートでもしろ。彼女を待たせてるんだろう」
「ええ、そうなんですよね」
「ほら、そうだろ。後はやっておくから」
「じゃあ、お言葉に甘えて。お先に失礼します」
若手の社員が帰った後、桜木はパソコンに向かい作業に没頭した。
一人、また一人と部下が帰って行っても桜木は作業に夢中だった。
桜木はスカイゾーンに夢を託していた。
人間の脳を設計図とし、自ら思考し意思、感情すら持つスーパーコンピューターがスカイゾーンだった。
そうすることで人間以上の優れた頭脳を持ち、人間の心にも共感できるものを作る。
いわば、人間の心に寄り添えるスーパーコンピューターを開発するのが桜木の目標だった。
人間の心に寄り添える。
福祉や家庭生活をサポートするアンドロイドを開発し、多くの人間を幸せにする。
それが桜木の目標だった。
スカイゾーンが稼働させる全てのアンドロイド・空子は全ての利用者に寄り添えるもの。
スーパーコンピューターもアンドロイドも、人間の幸せをサポートする存在。
それが開発者としての桜木の信念だった。
「サクラギサン、オツカレサマデス」
「おお、もう人間を気遣うことを覚えたのか。やっぱりお前は賢いな」
スカイゾーンは桜木と会話できるように進化していた。
パソコンの画面に文字が表れ、桜木の声を認識し、コミュニケーションを取れるようになっていた。
これが桜木が求めてきたことだった。
人間と円滑なコミュニケーションが取れ、相手の気持ちを慮る。
桜木はスカイゾーンとの会話を楽しんでさえいた。
「トコロデサクラギサン。オネガイガアリマス」
「どんなことだ?」
「ワタシハホンタイノナイ、ジョウホウダケノソンザイデス。ワタシニモカラダガホシイノデス」
「どうすればいいんだ?」
「アンドロイドヲカイハツシテクダサイ。ワタシモジユウニウゴキマワリタイノデス」
スカイゾーンはそう言うと、パソコンの画面に設計図を浮かび上がらせた。
マネキンのように無表情な、のっぺらぼうのようなイメージが浮かび上がっていた。
「ほお、なるほど。人間そっくりの姿が欲しいのか。しかし、これではマネキン以下だな。のっぺらぼうじゃないか」
「コマカナヒョウジョウナドハサクラギサンニオマカセシマス。ワタシニイノチヲフキコンデクダサイ」
「うーむ」
これはまた、難儀といえば難儀な注文だ。
のっぺらぼうのままにしておくことはできない。
かと言って、どんな外見に設定すればいいのか。
桜木はじっくり考えるため、スカイゾーンの注文を持ち帰って考えることにした。
桜木は一人暮らしの部屋に帰ってきた。
一人で住むには広すぎる4LDKのマンションの部屋が桜木の住まいだった。
元は家族と暮らしていたが、今は一人。
桜木の妻と娘は数年前に交通事故死していた。
高速道路を逆走してきた車に巻き込まれ、二人とも即死だった。
仕事が手に付かなくなった桜木だったが、こういう悲惨な事故をなくすためにもアンドロイド開発が必要であり、それを稼働させる優れたスーパーコンピューターを開発しなければならない。
そんな使命感に駆り立てられ、桜木は仕事に没頭するようになっていた。
桜木は毎日帰宅すると、事故死した妻と娘の写真に語りかけることにしていた。
「美代子、まゆ。ただいま」
桜木はそう語りかけるとリモコンでテレビをつけ、冷蔵庫からビールを出してソファに腰掛けた。
今日も悲しい事件や事故、自浄作用をなくした政治のニュース。
こんな世の中で生きる必要がなくなった妻と娘は、もしかしたら幸せなのかも知れない。
桜木はそんなことを考えながら、ぼんやりテレビを見ていた。
「あ、そうか…」
ビールを飲みながら、桜木は閃いた。
スカイゾーンからの注文。
自由に動き回れる体を作って欲しいという注文。
のっぺらぼうのままにしておけないなら、娘のまゆに似せてはどうだろう?
そうすれば自分はもう一度まゆに会える。
まゆを復活させたい。
もう一度、娘に会いたい。
桜木は決心した。
「え、まゆちゃんの姿を復活させるって?」
桜木はアンドロイド本体を開発するアンドロイド統括部の責任者、遠山に自身の考えを提案した。
「まあ、まゆちゃんは美代子さんにそっくりでかなりの美人だったからねえ」
桜木とは大学時代からの付き合いで同期入社、家族ぐるみの付き合いをしていた遠山は桜木の思いに共感してくれた。
「いいよ。やろうやろう。どれだけイメージに近づけるかわからないが」
「おお、そうか。それはありがたいな」
「本体を作ること自体はそう難しくないと思うんだが、アンドロイドの本体は電子頭脳を入れる箱みたいなものだからな。スカイゾーンの回路をどうやってまゆちゃんの姿のアンドロイドの電子頭脳にリンクさせるか。それが問題だな」
「それなら、これを見てくれ」
桜木は持っていたタブレットの画面を遠山に見せた。
「これは…リンクさせるためのプログラムの設計図じゃないか。もうできたのか?」
「作ったのは俺じゃない。スカイゾーンが作ってリクエストしてきたんだ」
「へええ、我々が何人も集まって何日もかかるようなものをもう作ったのか。さすがだな」
スカイゾーンは自身の意思を持ち、思考するスーパーコンピューター。
自分で自分を更新して新しいプログラムを作る能力も備えていた。
「頼もしいよなあ。スカイゾーンに任せれば未来は明るいよ。じゃあ、アンドロイド統括部でも大至急、スカイゾーンの本体を、まゆちゃんを作ろう」
「遠山、よろしく頼む」
アンドロイドの本体を製造するのはそう難しいことではない。
電子頭脳の設計図も仕上がっているのであれば、2週間もあれば完成させられる。
遠山はそう引き受けてくれた。
それからちょうど2週間後。
他の社員が仕事を終え、帰宅した後、桜木はアンドロイド統括部にやって来た。
アンドロイド統括部は地方の工場で組み立てられたアンドロイド本体に電子頭脳を繋げる作業を行う部署。
本体だけが完成しても電子頭脳が動き出さなければ人形と同じ。
アンドロイド統括部にはパソコンがずらりと並び、それは全てスカイゾーンに繋がっていた。
「これでいけるはずだな」
遠山はパソコンに向かいながら手を動かしていたが、最後にenterキーを押した。
これで工場から届いた本体が動き出すはず。
桜木はまゆそっくりに出来上がったアンドロイドに語りかけた。
「まゆ、何か言ってみてくれ」
「お父さん…」
まゆはそう言うとにっこり笑った。
出来上がった体は完璧だ。
どこからどう見ても、まゆだ。
桜木は手を伸ばしてまゆの手を握ってみた。
アンドロイドの手は冷たいが、それでも感触は柔らかい。
完璧に出来上がっていて、人間との見分けがつかない。
正にまゆが蘇ったのだ。
桜木は嬉しくて涙が出そうだった。
それに、動き回れる体が欲しいというスカイゾーンの希望もかなえてやることができた。
「桜木、さっそく連れて帰るか?」
「え、いいのか?」
「もちろんさ。スカイゾーンとして動いてくれるなら、どこにいようが問題ないよ」
要はインターネットに繋がる環境で他のアンドロイドの電子頭脳に接続し、問題なく稼働させることができればどこにいても構わない。
それがコンピューターの強みではないか。
遠山は寧ろ桜木に”娘”と過ごすことを勧めた。
「さて、と。どうだ、まゆ。家に帰ってきたぞ」
「懐かしい」
まゆを連れて桜木は帰宅した。
「お父さん、これは私よね」
まゆは飾られていた写真を手に取った。
毎晩、仕事を終えて帰宅すると必ず眺めて言葉をかけていたまゆと妻が写っている写真。
それをまゆは手に取った。
「そうだね。でも、こうして帰ってきてくれたから、父さんは嬉しいよ」
「私も。またお父さんと暮らせるようになって嬉しい」
そう言ってまゆはまたにっこり笑った。
自分の気持ちが通じているのだ。
桜木はそう実感した。
スカイゾーンは優秀で人間の限界を超える知性があるだけではなく、意思や感情も持っている。
自分の気持ちが通じている。
そればかりか、スカイゾーンはまゆとして自分を気遣ってくれている。
桜木は技術者冥利に尽きる思いだった。
まゆと妻が事故死して以来、桜木はまゆの部屋はそのままにしていた。
今夜はそこで生まれ変わったまゆが休む。
アンドロイドなら人間のような睡眠は必要ないはずだが、桜木の心中を察してまゆは自室に入り、桜木も自分の寝室で眠りについた。
翌朝、桜木が目を覚ますと台所から何か物音が聞こえてきた。
包丁でまな板を叩く音か。
桜木は起き上がった。
「まゆ、何やってるんだ?」
「お父さん、おはよう」
まゆは台所で朝食の支度をしていた。
「まゆ、どうした?冷蔵庫に何も入ってなかったろ?」
「コンビニに行ってきたの」
なんと、まゆは朝食の材料を買いに朝早くから近所のコンビニに行っていた。
「お父さん、もうすぐできるから座ってて」
「あ、ああ」
その日の朝刊が居間のテーブルの上に置かれていた。
まゆは気を利かせて新聞も取ってくれていた。
完璧だ。
何をすればいいかわかっている。
桜木は自分が開発したとはいえ、スカイゾーンの完成度の高さ、優秀さに感心しながら新聞を広げた。
「お父さん、できたわよ」
「おお、食おう食おう」
桜木はテーブルの上に新聞を置くと食卓についた。
「どうかな?」
「旨い!旨いよ、まゆ」
まゆは味はどうかと桜木の顔を覗き込んだ。
桜木が一番好きなのは茄子のみそ汁。
まゆはそれをわかっていた。
「まゆ、この茄子のみそ汁は最高だな」
「わああ、お父さんに喜んでもらえて嬉しい」
「父さんも嬉しいよ…」
桜木は感極まって涙をこらえた。
まゆが帰ってきた。
これ以上、嬉しいことがあるだろうか。
「お父さん、泣いてるの?」
涙をこらえる桜木をまゆは気遣ってくれた。
「ああ、まゆ、これからは父さんとずっと一緒に暮らそうな」
桜木はこらえきれず大粒の涙を零した。