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写真はイメージです。
竜嶺会のチンピラに勧められるままに、正雄はアイと一夜を共にしたが全く役立たずのまま朝を迎えてしまった。
「あーあ、夜が明けちゃったわね。でも、気にしなくていいのよ。そういう時もあるもんね」
アイはナンバーワンの風俗嬢らしく、正雄のプライドを傷つけないよう気遣ってくれた。
「ねえ、正雄くん。あたしのお手伝いしない?」
「手伝う?どんなこと?」
「竜嶺会の組長、田口、知ってるでしょ?あいつを消すのよ」
「え!それは、つまり…」
「そ、ぶち殺してやるのよ」
なんと過激なことか。
凶暴な暴力団体に指定されている組の組長を殺すとは。
一体全体、どうすればよいのか。
正雄はアイの話に耳を傾けた。
「あたしね、最初からそのつもりで竜嶺会の息がかかった店を探して入店したの。田口のせいで、あたしたち家族は一家離散よ。お父さんとお母さんは家に火をつけて心中して、お兄ちゃんは電車に飛び込んで自殺。全部、田口のせいなの」
一家離散とは穏やかではない。
正雄はじっと黙って聞いていた。
「お父さんはね、商売をしていたのよ。ラーメンのチェーン店で何軒かお店を出してたんだけど、竜嶺会からみかじめ料を納めるよう圧力がかかって、断ったら嫌がらせされて。店を潰されて残ったのは借金ばかり。そうしたら、田口、何て言ったと思う?竜嶺会の傘下の闇金から金を借りろって言ってきたのよ。バカにしてるわよね!」
「そうだったのか。それは大変だったね」
「田口のバカ。あたしがそのラーメン屋の娘だって気がついてないの。それどころか、あたしは田口の愛人みたいになっちゃってるし。いつか、隙を見てぶち殺してやろうと思ってたのよね。ねえ、正雄くんもやらない?」
「ええ、と。俺なんかが役に立つのかな?」
「だって、正雄くんは田口が襲われた時に盾になって助けたんでしょ?それで気に入られて、こうしてここに来てるのよね?なかなかできることじゃないわ。度胸があるのよ」
「まあ、それはそうだけど…で、具体的にはどうやって田口をぶっ殺すんだい?」
「そこなのよねえ。できれば、うーんと苦しめてやりたいのよ。ね、なんかいい方法ないかな?」
「うーん」
正雄はふと、例の不思議なスマホのことが頭に浮かんだ。
殺人鬼を吸い込んだ不思議なスマホ。
山崎によれば、資料室に代々伝わる貴重なものらしい。
悪人を吸い込み、永遠に閉じ込めておけるスマホ。
田口をそこに吸い込ませればよいのではないか?
しかし、アイには何と言えば良いのか?
正雄は枕元に置いてあるスマホに手を伸ばそうとした。
「ね、そのスマホ。なんかシブいわね」
アイは先に正雄のスマホを手に取った。
「うーん。随分古いタイプだし、結構キズが付いちゃってるわね。正雄くんって物持ちいいんだ」
アイは正雄のスマホを勝手に触ったが、それが不思議なスマホだとは気づいていなかった。
「そうだ!で、ね。これ、知ってる?」
正雄の気持ちに気づかないアイは、テーブルの上に置かれていたチラシを指差した。
テーブルの上にはホテルのサービスを紹介するチラシが置かれていたが、その中に一際目を引く配色のものも混ざっていた。
「これ、萬家なんでも相談室って。知ってる?」
「い、いや、知らないよ」
アイが指差したチラシには萬家なんでも相談室の電話番号が載っていた。
こんなところにも自分の勤務先の電話番号が載っているとは。
正体を明かしてはならない正雄は知らないふりをした。
「あのね、ここに電話したら何でも願いをかなえてくれるって噂よ」
「そ、そうなんだ」
「まあ、都市伝説みたいなものなんだろうけど。そうだ!ここに電話してみよっか?!」
「ええ、やめた方がいいんじゃないの?」
「あら、どうして?」
「だって、こういうのって詐欺かなんかなんじゃないの?」
「そうかしら?とにかく、話だけでも聞いてみましょうよ」
「うーん」
正雄は自分がいない相談室がどんな対応をするか不安があった。
「もしもーし。この番号に電話すれば何でも聞いてくれるっていうから電話したんですけどー」
アイは正雄に話してくれたのと同じ話を電話の向こうの誰かに伝えていた。
自分がいなければいないで相談室は回っているのか。
正雄はアイが電話の向こうの相談員に話しているのをじっと聞いていた。
「えー、そうなんですねー。わかりましたー」
アイは自分のスマホの通話をオフにした。
「アイちゃん、どうだった?」
「うん。すっごく愛想のいいおじさんが出たわよ。田口殺しの件、受けてくれるって」
「ええ!!」
「あら、そんなに驚くことかしら。”なんでもやります”って、ここに書いてあるじゃない。担当者が隠密に任務を遂行してくれるから、ミッションが完了したら連絡がきてお金を振り込めばいいんですって。こういうのって裏稼業でしょ。一か八かよね。これで、正雄くんは手を汚さなくてよくなるんだし、いいんじゃない?そんなことよりも、正雄くん、お腹空いたわね。なんかルームサービスでも取ろっか?」
「ええ、それって高いんじゃないの?」
「いいのいいの。請求書は竜嶺会に回せばいいのよ。それに、風俗嬢とドライバーが一緒に外食なんて、誰かに見つかったら大変よ。あたしがホテルでお客さんと食事したことにしとけばいいんだから」
確かに、店の女の子とドライバーの個人的な接触は禁止されている。
アイに接触できたのは田口からのご褒美だが、それを知らない店の人間に見つかると話がややこしくなる。
正雄はアイの言う通りにした。
「ねえ、正雄くん。今度、あたしんチにおいでよ」
「え、アイちゃんの家にかい?」
「うん。正雄くんのこと、気に入ったわ。真面目で純粋で。この業界には珍しいタイプね。ね、あたしね、田口に復讐したら、この業界を引退しようと思うの。お金も貯まったし、ずっとやりたかったネイルサロンでもやろうかと思うのよね。正雄くんも一緒にやらない?」
「ネイルサロンかあ、いいね」
「でしょ?」
「でも、俺はネイルなんてできないし」
「それはいいのよ。営業してくれたり、店の裏方の仕事だってあるんだし」
「ああ、なるほど」
正雄はルームサービスで運ばれてきた料理を食べながらアイの話を聞いていた。
風俗嬢に偏見を持っていた正雄だったが、ドライバーとして潜入してみたことで、どの女の子も様々な事情を抱え目的を持っているのだと理解できるようになった。
アイも一家離散という辛い目に遭いながらも、強く生きている。
反社の組長に復讐をしようというのは穏やかではないが、自分にはこの不思議なスマホがある。
それを使って、何とかアイの力になってやれないものか。
不思議なスマホの力は強大なものなのだろうが、それをコントロールすることができない。
何かいい方法はないのだろうか。
山崎に聞いておけば良かった。
正雄がそんなことを考えていると、ルームサービスの料理を食べ終わったアイがナイフとフォークを置いた。
「あー。美味しかった。ねえ、正雄くん、これからもまた会ってくれる?」
「う、うん。いいよ」
「わあ、嬉しい!あたしがお店を辞めたら、外で自由に会えるわよね」
「そうだね」
「あたし、お仕事頑張るわ。お金を貯めて、田口に復讐したら仕事は辞めるの」
「それがいいね。っていうか、もう帰ろうか?そろそろ時間だし」
「そうね。そろそろチェックアウトの時間だし。ねえ、正雄くん、あたしんチにいらっしゃいよ。今日、これからでもいいわよ」
「うん、楽しみにしてるよ。でも、今日はこの後、他の仕事があるんだ」
「そうなの?でも、正雄くん大好き!楽しみにしてるね!」
帰り道、アイはすっかり打ち解けて車の助手席に座った。
「アイちゃん、着いたよ」
「ありがとお。じゃあ、またね」
正雄はアイがマンションの中に入って行くのを見届けると、相談室に電話してみた。
「おう、どうした?何か掴めたか?」
電話に出た山崎は相変わらず飄飄としていた。
「どうしたも何も、室長、竜嶺会の田口組長の件、請け負ったんスか?!さっき、アイっていう風俗嬢から連絡が行きましたよね?」
「ああ、それな。うちは基本的に持ち込まれた依頼は断らないからな」
「でも、それは俺が全部やるんスよね?」
「そうだよ」
「そうだよって、他人事みたいに言わないでください!」
「だから、お前には今、使ってるそのスマホを貸してやったんじゃないか」
「これで、なんとかしろってことですか?」
「そうそう」
「そうそうって、やっぱ他人事みたいッスね」
「俺さあ、これから会議なんだよ。まあ、頑張れよ。健闘を祈る」
山崎はそう言うとあっさり電話を切った。
「室長!室長ー!もしもーし!!」
正雄がいくら叫んでも、ツーツーという音が聞こえてくるだけだった。
いくら不思議なスマホがあるからといって、暴力団の組長を簡単に消したりできるものなのだろうか。
正雄が山崎との会話を終えると、すぐにまた着信が入った。
話題の中心人物、竜嶺会の組長、田口の懐刀でもある若頭の渡辺からだった。
「もしもーし」
「おい、竹山。今どこだ?」
「え、と。ちょっと、友達のところです」
「そうか。オヤジがお呼びだ。組の方に来い」
「わかりました」
渡辺の命令で正雄は竜嶺会の本部に向かった。
「おう、竹山。来たか」
「はい」
田口に何を言われるのか、正雄は心の中でビクビクしていた。
「竹山、アイはどうだった?」
「え?」
「店のナンバーワンはどうだった?」
なんと、何を言われるのか身構えていた正雄だったが、ナンバーワン風俗嬢のアイの感想を聞かれた。
「え、ええ、と。はい。良かったッス」
正雄は口から出まかせを答えた。
「ほお、なるほど。お楽しみだったようだな。結構なことだ」
「ええ、はい」
大した用事ではないではないか。
正雄が拍子抜けしていると、渡辺が呼び出した用件を話し始めた。
「ところで竹山、来週なんだが、アイとオヤジは塔屋の温泉に出かけるんだ。お前が運転手をやれ」
「はあ」
来週はアイの誕生日でそれを祝うために、田口はアイと二人で温泉宿に出かける。
その運転手を正雄は命じられた。
「竹山、お前も一緒に泊まってきてもいいんだぞ。ゆっくり休んで来い。もちろん、オヤジに何かあった時はお前が盾になるんだ。いいな」
「はい、わかりました」
運転手をやるだけで有名な温泉の一流の宿に泊まれ、もちろん温泉も堪能できる。
なかなかオイシイ話ではないか。
しかし、アイを通して相談室は田口殺しを請け負ってしまった。
アイと二人だけになる田口を狙うとなれば、絶好のチャンスではないか。
殺すというより謎のスマホに田口を吸い込ませればいいのだ。
とはいえ、どうすればスマホがその力を発揮できるのかはわからない。
とにかく田口とアイの温泉旅行の運転手は務めなければならない。
正雄は謎のスマホが上手く動いてくれることを願うだけだった。
その日はアプサラスクラブの仕事が休みだった正雄は、竜嶺会の本部を出るとプリヤに立ち寄った。
「こんちはー」
「いらっしゃいませ。あら、竹山さん」
「よお、空子」
「しばらくお見えになりませんでしたね」
「うん。ほら、竜嶺会の組長の運転手をさせられる話まではしたよな」
「ええ、そうですね」
空子は正雄が注文したアイスコーヒーをテーブルの上に置き、正雄の言葉に耳を傾けた。
「俺さあ、その組長に気に入られて用心棒やらされてるんだ」
「まあ、心配です」
「でもさ、手に入らないことで有名な三澤俊介のライブチケットもらえたりさ。オイシイこともあるんだよな」
三澤俊介のチケットは竜嶺会が買い占めている。
それを高額転売して組は利益を得ている。
正雄はぺらぺらと裏の事情をバラした。
「空子も行きたいライブがあれば言えよ。大抵のチケットは竜嶺会で押さえているからさ」
「そうなんですね」
正雄はアイスコーヒーを飲みながらスマホでネットニュースをチェックした。
プリヤに来るとなんだか落ち着く。
いつの間にか自分を取り巻く環境は変わったが、プリヤに来れば寡黙なマスターと美しい空子が迎えてくれる。
ナポリタンもいつも旨い。
「さーてと。そろそろ帰ろうかな。空子、また来るわ」
正雄はレジに立った空子にその日の代金を払うとプリヤを出ていった。
「マスター、さっきの話だけど」
「ああ、竹山くんが竜嶺会と接点を持っている話な」
「そうそう。大丈夫なのかしら」
「いやあ、ちょっとマズいんじゃないか?早く気がついてくれたらいいんだが」
「変なことを手伝わされたりしなきゃいいんだけど」
空子は言えなかったが正雄を案じていた。