皇女 イズミ 第九話~闇を欺け

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tomatoma-tomato77.hateblo.jp

写真はイメージです。

 

翔は”殺し屋本舗”にコンタクトを取ってみた。

翔のスマホにはこんな答えが返ってきた。

2週間の合宿セミナーに参加し、殺しの基礎から応用までを学ぶ。

合宿の最終日に検定試験があり、それに合格すれば殺し屋として仕事の依頼を受ける。

今どきの効率重視の”養成講座”だったが、殺しの仕事の報酬はかなりの高額だった。

銃撃するターゲットにもよるが、有名政治家や大企業の幹部を狙えば普通のサラリーマンの何年ぶんもの給料に近い金を手にすることができる。

こんなおいしい話は他にはない。

怪しさ満点だったが、それはホストの世界でも同じこと。

翔は自分の感覚が麻痺しているとわかっていたが、今さら堅気に戻れるわけでもなく闇の世界に突き進むだけだった。

殺し屋本舗はざっくりと何をすれば良いのかを翔に答えてくれた。

合宿に参加するためには5万円の受講料を振り込む必要があったが、マドゥーヤのナンバーワンホストをしている翔にははした金だった。

翔は全てのことをさくらには黙ったまま進めた。

さくらとの付き合いもステップアップの一段階でしかないのだ。

殺し屋本舗と接触するのは胡散臭さ満点だったが、破格の高報酬に翔はすっかりその気になっていた。

自分も殺し屋になれればホストでいるよりももっと稼げる。

翔を突き動かしているのは金への執着だけだった。

 

 

「え!マドゥーヤを辞めるですって?」

 

ホストの仕事が休みの日、翔は半同棲をしているさくらの部屋で今後のことを言い出した。

 

「お店、辞めてどうするの?他の店に移るの?」

「いや、そうじゃないよ。俺、前から思ってたんだけど大学に行きたくてさ」

「それで、お店を辞めて勉強に専念するってこと?」

「ああ。俺、中卒だし。将来、さくらさんを幸せにするにはきちんと大学へ行って、ちゃんとした仕事をしなきゃと思ったのさ」

 

翔は嘘八百を並べ立てた。

本当は超進学校から北條大学に進み、卒業後はフィロス電機に入社して技術者をしていた超エリートだったが、職務上知り得た機密情報を裏社会に流して利益を得ていたことで解雇されホストの世界に流れ着いていたのだ。

 

「それでさ。来月、俺、マドゥーヤで仲が良かった奴らと旅行に行くんだ。ホストの卒業旅行みたいな感じでさ」

 

翔は旅行代理店からもらってきたパンフレットを広げ、さくらを安心させた。

 

「へえ、2週間のプランなんてあるんだ。翔くんは今まで頑張ってきたからいいんじゃない。旅行から帰ってきたら受験勉強を始めるんでしょ」

「うん。俺は中卒だから、まずは高卒の資格検定に受からなきゃならないし。これから忙しくなるなあ」

 

翔は白々しい嘘にまた嘘を重ねて、さくらを完全に欺こうとしていた。

さくらもそれを全く疑っていなかった。

 

その1ヶ月後、翔は旅行に行くと言ってマンションの部屋を出ていった。

この後、自分も乗ったマイクロバスで翔が殺し屋の合宿セミナーに行くとは、さくらは全く想像すらしていなかった。

翔は内心ほくそ笑んでいた。

さくらを騙すのはチョロい。

こんなに簡単に騙され相手を疑いもしないのに、殺し屋が務まっているとは。

翔はさくらに隙があることを心の中で嗤っていた。

自分はさくら以上の殺し屋になってみせる。

さくらのスマホを覗き見した時に、さくらは実は凄腕の殺し屋として闇夜の獣から重宝され、かなり高額の報酬を得ていることを翔は知った。

チョロいさくらが殺し屋として重宝されている。

ちゃんちゃら可笑しいではないか。

自分ならもっと上手く立ち回って、闇夜の獣の幹部からの信任を勝ち取ってみせる。

翔は野望に燃えていた。

 

殺し屋になる合宿セミナーはなかなか厳しいものだった。

合宿の途中で脱落しひっそり帰って行く者も少なくなかった。

来た時に乗っていたマイクロバスに乗せられ、合宿会場を去って行く。

しかし、翔はそんな脱落者を横目に頭角を現していた。

合宿セミナーの講師からも絶賛され、名前まで聞かれた。

合宿に入った時点で参加者一人一人にコードナンバーが与えられ、その番号で呼ばれていたが、群を抜いて優秀な翔は講師役の殺し屋の先輩たちに注目されていた。

すぐにでも殺し屋として通用するだろうと絶賛され、翔はいい気になっていた。

 

 

そうして2週間が経った。

脱落者を除く合宿の参加者は食事の時に使う大広間に集められ、闇夜の獣のトップと思われる老人から合宿終了の挨拶を受けた。

見るからに胡散臭い村田という老人。

殺し屋あがりなのか。

翔はそんなことを考えながら老人の話を聞いていた。

 

「はーい、それでは、これでセミナーの全日程は終了でーす!30分後にバスが出ますから、それまでに荷物をまとめてまたここに集まってくださーい!」

 

老人の挨拶が終わると号令をかけられ、合宿の参加者たちはそれぞれの部屋に戻っていった。

 

「あ、君君。君は残ってくれ。コードナンバー8413だよね?」

「え、あ、はい」

 

大広間を出ようとしていた翔だけが残るよう声をかけられた。

 

「君ねえ、筋がいいねえ。どうかね?この仕事、受けないかね?」

 

講師役を務めていた殺し屋の一人がそう言いながらタブレットの画面を見せてきた。

翔がそれを覗き込むと、こう書いてあった。

『国民の輪、専属スタッフ募集』

 

「へ?何スか、これ?」

 

「極右政党の国民の輪、知ってるよね?次の選挙では大幅に議席を増やして、政権交代、政権を取ることを目標にしてる団体なんだ」

「へえ、よくわかんないッスけど、政権を取るとなれば、金の匂いがぷんぷんッスねえ」

「そうそうそう。それでいいんだ。君も金は欲しいだろう」

「もちろんッス!」

「じゃあ、これ以上の話はないな。専属だから固定給+成功報酬+ボーナスもありということで」

「うひょー!ごっつあんッス!」

 

翔は難しい政治の話に全く興味はなかったが、金になるならとにかくその話に乗りたかった。

合宿が終わり街に戻れば、大学受験を目指すという嘘をついたままさくらとの半同棲も解消し殺し屋稼業で稼ぐつもりだったが、思ってもみないおいしい話が目の前にぶら下がっているではないか。

翔はしてやったりと満面の笑みで国民の輪専属の殺し屋になることを受け入れた。

 

「ええ?この部屋を出て行くの?」

「ああ、受験に専念したいからさ」

 

合宿から戻った翔はさくらの部屋に置きっ放しの自分の私物をスーツケースに詰め込み始めた。

 

「俺さあ、予備校とかも通いたいし。とにかく勉強に集中したいんだ。さくらさんと別れるつもりはないよ。それはわかってくれよ」

 

翔はホストの仕事を始めてから身に着けた巧みな話術でさくらを煙に巻こうとしていた。

ホスト時代に貯めた金の全てを注ぎ込むくらいの気概で、中卒から大学受験を目指したい。

そう言う翔をさくらは疑うこともしなかった。

 

「わかったわ。じゃあ、翔くんが大学に合格したら、その時はまたよろしくね」

「おっす!!」

 

翔はさくらと指切りをすると、スーツケースを引いて部屋を出ていった。

上手くさくらを丸め込めた。

翔はさくらの部屋を出たその足で国民の輪の本部にやってきた。

全ては闇夜の獣の指示だった。

 

「信田さん、例の殺し屋、来ましたよ」

「おう、通せ」

 

岡本亡き後、国民の輪のトップに立ったのはナンバーツーの信田だった。

国民の輪の党首室に通された翔は、恭しく頭を下げて挨拶した。

実態は全くわからなかったが、とりあえず政治の世界の実力者の前では神妙に振る舞っていた方がよかろう。

翔は笑顔で顔を上げた。

 

「ふうん。あんた、元ホスト?」

「え、あ、はい」

 

党首の席に座る信田は机の上に置かれているタブレットを見ながら質問してきた。

 

「ホストねえ。給料は悪くないんだろ?なんで辞めてまでこんな商売やるの?」

 

意外と意地の悪い質問ではないか。

それでも、この政治団体の専属になればホスト時代の何倍もの報酬が得られる。

翔は作り笑いを浮かべながら答えた。

 

「ええ、と。難しいことはわかりませんが、とにかく高額の報酬が魅力的ですね」

「要するに、金目当てか」

「ええ、いやあ、何て言ったらいいのか…」

「まあ、いいさ。あんたにやってもらいたいことは、抜かりなく邪魔者を消すことだ。それさえやってもらえれば、うちとしても何も言うことはない」

「はい、よろしくお願いします」

 

意地の悪い質問だと思ったが、仕事をしてさえいればいいのか。

翔はまた内心ほくそ笑んでいた。

 

 

「ヒャーッハッハッハッ!!」

「おい、あけみ。酒、注いでくれ」

 

その夜、国民の輪の幹部は高級クラブのオモルフィに繰り出し、綺麗どころを侍らせて乱痴気騒ぎに耽っていた。

国民の輪の関係者が来る時はいつもそうだ。

オモルフィのホステスたちは皆、そう思っていた。

 

「あら、こちらの方、初めましてかしら?」

 

オモルフィのナンバーワンホステス、あけみが翔に声をかけてくれた。

 

「そうッス!あ、あざっす!」

 

翔はあけみに作ってもらった水割りを飲みながらニヤニヤ笑っていた。

 

「あけみちゃん、この若い奴は我が党の希望の星なんだ」

「まあ、そうですか。次の選挙の公認候補かしら?」

「ああ、先々そういうことがないとは言えないな。一つ、よろしく頼むよ。田中翔くんだ」

 

国民の輪専属の殺し屋などということには一切触れず、信田は翔の肩をぽんぽん叩きながらあけみに紹介した。

 

「これからは、こういう若手にどんどん前に出てもらわないとな。翔、ほら、もっと飲め」

「ゴチになりまーす!」

 

翔はホストの頃からの軽薄さを隠すでもなく、調子に乗ってつまみやフルーツも注文し始めた。

 

「翔、あけみちゃんも目をかけてくれてるんだ。どうだ、本当に選挙に出ないか?」

「俺、頭悪いッスよ」

「ああ、神輿は軽ければ軽い方がいいんだ。なかなかいい男だし、若い有権者にアピールするには打って付けだ」

 

信田は盛んに翔をおだてた。

翔はバカのふりをして惚けていたが、一応、国民の輪のHPやSNSなどで党の方針や政策など一通り目を通していた。

国民の輪の主張は古き良きエーカ帝国を取り戻すこと。

男系中心の家庭づくりだけでなく会社組織なども男性優先とし、封建的な男尊女卑によって男性優勢の社会を作る。

高齢化対策のため出生数向上を目指すが、そのために女性を家庭に押し返す政策を推し進める。

ざっくりまとめるとこのような感じか。

わかりやすい言葉でまとめられていて、翔と同世代の若者の支持を急速に伸ばしているのは翔も納得だった。

ナショナリズム復古主義は思考を停止した者に受け入れられやすい。

権威的なものに縋れば自ら考えるなくてもいい。

人間は楽な方に楽な方に流れるものだ。

翔は国民の輪のスローガンの要点を掴んでいた。

 

「…って、感じッスよね?信田さん?」

「ほお、なかなかよく勉強してるじゃないか。中卒だと言っているが地頭は良さそうだな。ますます気に入った。次の選挙では公認候補に推薦しよう」

「ウヒャヒャヒャ!参ったな!俺も政治家センセイか!また一儲けできちゃいますよ!」

「おいおい、もうそっちの心配か」

 

信田はかわいい息子を見るような目で翔を見た。

 

「そうッスよ!信田さんだって、だから政治家になったんスよね?」

「おお、なかなか痛いところを突いてくるねえ。政治家の素質があるんじゃないか?」

 

信田も冗談交じりに返した。

 

「政治家かあ。悪くないッスね。総理大臣でも目指そうかあ。ウヒャヒャヒャ!」

 

翔はあけみが作ってくれる水割りを何杯もがぶ飲みし、酔った勢いで大口を叩きすっかりいい気になっていた。