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写真はイメージです。
竹山正雄は大学を卒業し、アティーヴァ機械に入社した。
アティーヴァ機械は一流企業、フィロス電機の下請け会社で主にアンドロイド本体の部品を製造していた。
大学を卒業し入社後の新入社員の全体研修を終えた正雄は、総務部、資料室に配属になった。
「竹山正雄です。よろしくお願いします!」
資料室に配属になった新入社員は正雄だけ。
挨拶くらいはきちんとしておきたい。
正雄は資料室の先輩社員の前で大きな声で挨拶した。
「ああ、よろしくな。俺は資料室長の山崎だ。おい、お前らも新人に挨拶してやれ」
室長の山崎に促された先輩社員たちだったが、席についたままマニキュアを塗っている女子社員、漫画を読んでいる男子社員、パソコンでゲームに夢中の社員、居眠りどころか熟睡している社員。
誰も正雄に挨拶するでもなく好き勝手なことに没頭していた。
そんな先輩社員を見て正雄は拍子抜けした。
「ああ、しょうがねえなあ。ま、そのうちわかってくるだろうから。竹山の席は一番端の資料の棚の隣だ」
「わかりました」
正雄は山崎に指示されて自分の席に座った。
「最初は、まずは電話番からだ」
「はあ…」
「あちこちに、この電話番号で広告を出してるんだ。その広告を見た依頼人から電話がかかってくる。表向きは”萬家なんでも相談室”で広告を出してるから、電話がかかってきたらその名前で応対しろ。いいな」
「はい、わかりました」
正雄がついた席の机の上にはダイヤル式の黒電話が置かれていた。
幼い頃、祖父母の家でしか見たことがない黒電話。
そんなものが未だに現役で置かれているとは。
正雄は正直戸惑った。
それに、先輩社員たちも全くやる気がなさそうで仕事らしいことはしていない。
これからどうなるのか?
正雄は配属早々、不安になってきた。
「お、竹山!どうだ?資料室って?」
「福田かあ。それがさ、聞いてくれよ」
入社して一週間が経ち、正雄は昼休みに社員食堂で大学の同級生、福田に声をかけられた。
注文したものを受け取ると、二人は同じテーブルに着いて話をしながら昼食を取り始めた。
「ええ?なんだ、それ?」
正雄から資料室の様子を聞かされた福田は信じられないといったような表情になった。
「資料室は落ちこぼれの行くところ。そんな風には聞いてたけどな。その話以上にひどいぜ。みんな、やる気なし、仕事なしで勝手なことばかりしてるんだよ。あれは退勤まで時間を潰してるだけなんだろうなあ。なんかさ、資料室にはたくさん週刊誌があるんだよ。俺、それを読んで暇つぶししてるんだ」
「そっかあ。次の人事異動までそんなところにいなきゃならないなんてなあ」
「そもそも、俺たちは三流大学しか出てないからな。あーあ、俺も北條大学を出てフィロス電機に入社して高い給料をもらいたかったなあ」
「まあな。でも、フィロス電機は何かといい噂を聞かないだろ」
「噂ねえ。別にどうでもいいんじゃないか。一流の会社に入って高い給料をもらって、ステータスも得られて、女にもモテモテ。そんな風になりたいよなあ。でも、現実は万年下請けの会社にしか入れず、それも窓際族みたいな扱いだぞ」
正雄はため息をついた。
「そろそろ昼休みも終わりかあ。退勤時間までどうやって時間を潰そうかなあ。じゃあな、福田。仕事頑張れよ」
社員食堂を出た正雄は福田と別れるとエレベーターに乗り、一番下の地下2階まで下りた。
資料室は会社の地下2階にある。
それだけで資料室が如何にぞんざいに扱われているのか、正雄はわかるような気がした。
自分に与えられた唯一の仕事は電話番だったが、その電話すらもかかってこず、正雄は暇を持て余していた。
「おい、竹山。暇そうだな」
自分こそ暇そうにしていた先輩社員の佐川が正雄の席まできて声をかけてきた。
「そうっスね」
「まあ、この資料室はこんなもんだからさ。ところでよ、お前、推しいるか?」
「推しっスか?別に、俺、そういうのあまり興味ないんスよね」
「おお、そうか!これなんかどうだ?!」
佐川はトップアイドルの佐伯まゆの顔が印刷されたうちわを見せてきた。
「俺さあ、まゆちゃんがデビューした時からのファンなんだ。まゆちゃんはなあ、これだけ売れてもまだ握手会もやってるんだぜ」
「はあ、そうっスか」
正雄は全く興味がなかったが、先輩社員を無下にするわけにもいかず適当に話を聞くふりをしていた。
「お前もファンクラブに入らねえか?今なら新規入会で、まゆちゃんのライブチケットがもらえるんだぜ」
「いやあ、どうでしょう…」
佐伯まゆは確かに可愛い。
他のアイドルと比べても群を抜く愛らしさと歌唱力でトップアイドルの座を不動のものとしているが、正雄は全く興味がなかった。
興味がないというよりは、まゆはどこか恐い。
正雄はそう感じていた。
まゆはまだ中学生だが通っている名門の白薔薇女子中学では常にトップの成績、圧倒的な美貌、常に卒がない受け答え。
どこか人間離れしているまゆに、正雄はわずかだが恐怖のようなものを感じていた。
「おい、そう言うなよ。俺もさあ、ファンクラブの新規入会者を紹介できれば優先的にライブのチケットが取れるんだ。なあ、助けると思ってさ」
やはり先輩を無下にすることはできない。
正雄は仕方なく応じた。
「わかりました。じゃあ、名前だけ登録するってことで」
「そうかあ!それでいいよ!俺の紹介があればファンクラブの会費は一年間無料だし、二年目以降も30%オフだからよ。これからもよろしくな!」
「はい…」
正雄は佐川が忘れた頃を見計らってファンクラブを退会することしか考えていなかった。
そして入社して十日が経った。
正雄は通勤にも慣れてきていた。
今日も黒電話の前で週刊誌を読んで一日が終わるのか。
資料室にある大量の週刊スクープを読んでばかりいる正雄は、有名ミュージシャン、三澤俊介のスキャンダルにすっかり詳しくなっていた。
宗教団体、まごころの朋との関係が取り沙汰される三澤俊介。
正雄も大学生の頃に一度だけライブに行ったことがあったが、多くの若い女性ファンがライブ中に感激のあまり涙を流しているのを見て、ファンの熱量が高すぎて不気味ささえ感じたことを思い出していた。
とにかく仕事は暇で暇で仕方がない。
先輩社員のように昼寝でもしようか。
正雄が大きなあくびをしていると、突然黒電話が鳴った。
「はい!萬家なんでも相談室です!」
正雄は慌てて受話器を取った。
黒電話に触るのも初めての正雄は声が裏返りそうだった。
「もしもし…」
電話をかけてきた相手は声の感じから高齢の女性らしかった。
「ええ、はい。それもこちらで承りますよ。はい、はい。ええ、そうですね」
正雄は左手に黒電話の受話器を握り、右手で会話の内容をメモに取った。
「わかりました。では、ご希望の日程でこちらから伺います」
正雄が用件を聞き終えると高齢の女性の方から電話が切れた。
「室長、こういう話なんですが」
正雄はメモを山崎に見せて指示を仰いだ。
「ああ、このおばあちゃんか。この人、うちの常連さんだから」
「はあ」
「寂しいんだろうな。ま、話し相手になってやれ」
「わかりました」
正雄は資料室に電話をかけてくる常連だという、高齢の女性の家に行って話し相手になるようにと山崎から指示を受けた。
「で、ね。うちの孫がね。今年、北條大学に入ってね」
「わあ、北條大学ですか。すごいじゃないですか」
指定された日時にやって来た正雄に、依頼主のチヨは何度も同じ話を繰り返した。
何度、同じ話をされてもそれを否定したり、話の腰を折ったりしてはならない。
とにかく聞いてやること。
山崎から念を押された正雄はその通りにチヨの話に耳を傾けるふりをしていた。
それにしても、これが自分の仕事なのか。
アティーヴァ機械がいくら三流の下請け企業だからといって、本来の業務とは全く違った仕事ではないだろうか?
来週は犬の散歩の予約が入り、その後は子供のおつかいに付き合う依頼が入ってきていた。
それ以外には引っ越しの手伝いや、学生のレポートを代理で書いたり。
面倒なことでも、どんなことでも請け負う。
それがアティーヴァ機械の資料室に設けられた萬家なんでも相談室の方針だった。
とはいえ社内でも資料室は窓際族の扱いだった。
それはわかっていても。あまりにも本来の仕事とはかけ離れている。
これでは単なる街の便利屋ではないか。
なぜ、こんなことが行われているのか?
正雄はチヨの話を聞くふりをしながらそんなことばかり考えていた。
「さて、おやつにしようかね」
正雄と一緒に縁側に腰掛けていたチヨはゆっくり立ち上がった。
「ほれ、どら焼き食べるかい?」
「あ、いただきます」
正雄は勧められるままにどら焼きを手に取った。
「え?」
袋を破ろうと裏側を見ると、賞味期限が見えた。
なんと、賞味期限から一週間も経っているではないか。
自分の祖母もそうだが、なぜ高齢になると賞味期限を気にしなくなるのか?
気にしないのか、忘れてしまうのか。
正雄は一気に食べる気が失せた。
「どうしたんだい?どら焼きは嫌いかい?」
「いや、そんなことはないよ。っていうか、そろそろ時間だね」
雑談の相手をする契約で定めた終了時間が迫ってきていた。
「じゃあ、持ってお帰り」
「うん、そうするよ」
「おこづかいもあげようか?」
「いや、それはちょっと」
依頼人から直接に金銭を受け取ることは禁止されている。
正雄はやんわり断ってチヨの家を後にした。
「おう、おチヨ婆さん、元気にしてたか?」
「そうっすね。室長、これ、捨てていいですか?賞味期限、切れてるんですよ」
会社に戻ってきた正雄はチヨからもらったどら焼きを見せた。
「あー、はいはい。いつものことだな。でもな、意外と大丈夫なんだぞ」
「それ、俺にくれよ」
正雄と山崎の話を聞いていたのか、一日中ゲームをしている鈴木が話に割り込んできた。
「竹山、意外とな、腹も壊さないもんだぞ」
「ええ、マジっすか?」
「そうそう」
鈴木は正雄からどら焼きを受け取ると袋を破いて頬張り、またゲームを始めた。
この資料室の人間は曲者そろい。
仕事をする気は全くなし。
正雄の仕事と言えそうなものは、黒電話に連絡してくる依頼人の注文をかなえてやること。
その依頼人も常連のチヨのような高齢者でなければ、厄介事を手っ取り早く片付けたがるいい加減な者ばかりだった。
新入社員の正雄はその対応を一任されていた。
顧客対応は新人の仕事。
室長の山崎に言われれば、正雄は従うしかなかった。
「竹山、また電話がかかってくるだろうから電話番してろ」
「はい」
チヨの元から戻った正雄は黒電話が置かれている机の前に座った。
周りの先輩社員たちは本当にやる気がない。
ただ電話番をして依頼人の元に行き、日常のどうでも良さそうな雑用に応える。
それが自分の仕事だが、そんなことでいいのだろうか。
正雄はアティーヴァ機械に入社したことを後悔しそうだった。
電話が鳴らないので正雄は資料室にある週刊スクープを何時間も読んでいたが、夕方近くなって黒電話が鳴った。