喫茶プリヤ 第三章 十四話~人身売買

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ここから本編です。

写真はイメージです。

 

あおいを殺してしまってからゴーストライターの役割をしてくれる者がいなくなり、和也は新しいゴーストライターを紹介してもらうのを待つ日々だった。

花村議員の伝手で優秀なゴーストライターを紹介してもらうことになっている和也は、日々を怠惰に過ごしていた。

 

「ヒャーッハッハッハッ!」

 

和也は深夜のバラエティー番組を見ながら酒を呷り爆笑していた。

その時、来客を知らせるインターフォンが鳴ったが、こんな時間に誰が訪ねてきたのか、和也は重い腰を上げて対応した。

 

「はい、どなた?」

「和也、あたし。開けて」

「へ?」

 

インターフォンのモニターの画面に映ったのは瑠美だった。

 

「瑠美、何だよ、こんな時間に」

「いいから、話したいことがあるの。お願い、開けて」

 

瑠美は何やら切羽詰まった様子で、和也がロックを解除してやると数分もしないうちに部屋にやってきた。

 

「おい、約束もなしにどうしたんだ?こんな時間に」

「和也、バレちゃったのよ」

「あ?何が?」

 

和也は面倒そうに酒を呷り続けていた。

 

「あたしがデーバ重工の機密を持ち出してること、バレちゃったのよ」

「ああ?なんだって?!」

「あたし、今日で会社を懲戒解雇されたの。警察にも告発されるわ!」

「え?何だって?!俺が関わってるってこともバレたのかよ?」

 

ひたすら自分だけがかわいい和也は瑠美の身の上はどうでも良かったが、思いがけない火の粉が飛んでくるとなれば穏やかではなかった。

 

「それはないと思うけど。でも、どこに機密情報が流れたのかは調べてるみたい」

「何だよ、それは。どーすんだよ!フィロス電機や俺が絡んでることがバレたら、ただじゃ済まねえだろ!」

「だから来たんじゃない!どうすればいい?」

「それはこっちのセリフだろ!おい、瑠美、とんでもないことしてくれたな!」

「そんな、あたしは和也のために働いたのよ!」

 

和也に責められ、瑠美は泣き出した。

 

「しょうがねーなあ」

 

和也はグラスに残っていた酒を一気に飲むと、どこかに電話をし始めた。

 

「伏木田さん、俺です。遅い時間にすみません、実はちょっと面倒なことになって」

 

和也はトラブル処理を任せている伏木田に電話して状況を伝えた。

 

「はい、はい、そうなんですよ。ええ、はい、わかりました。連れていけばいいんですか?」

 

何を話しているのか。

瑠美は和也がどこの誰と、何の話をしているのか、不安そうに見守っていた。

 

「よし、瑠美、話つけてやったぜ。明日、俺と行こうぜ」

「行こうぜって、どこに?」

「瑠美のこと、逃がしてくれるって人がいるんだ」

「それが、今、話してた人?」

「ああ、そうだよ」

「誰?」

「そんなの、誰だっていいだろ!捕まりたくないんじゃねえのかよ!」

「ごめんなさい…」

 

詳しいことを尋ねられて不快そうな表情になった和也を前にして、瑠美は黙った。

 

「明日の晩、迎えに来てくれるってよ。それまで、ここを一歩も出るなよ。いいな」

「はい…」

 

何がなにやらわからないが、会社の機密情報を盗み横流ししていたとなれば刑事告発は免れない。

刑務所行きは確定したようなもの。

それを免れるなら。

瑠美はそう考えて和也に言われるままだった。

 

「おーし、話は片付いたな。そろそろ寝るか。泊まってくだろ、って言うか、お前、追われてるんだもんな。ウヒャヒャヒャ」

「笑い事じゃないわよ」

「ごめんごめん」

「そういえば、和也、カーペット変えた?」

「ん?ああ、まあな」

 

瑠美は和也の部屋のリビングのカーペットが以前来た時のものと変わっていることに気づいた。

 

「なんか、向こうの部屋と色が合ってなくない?」

「そうか?いいんじゃないか、それはそれで」

 

和也は笑いながら誤魔化した。

それもそのはず、あおいを殺してしまい、あおいの血で汚れたカーペットを処分して新しいものを大急ぎで用意したのだから。

トラブル処理の伏木田が手配した業者が持ってきたものを、和也はそのまま使っていただけだった。

 

 

次の日、和也が仕事に出かけている間、瑠美は一人で過ごしていたが、早くも瑠美のことはニュースになっていた。

一流企業のデーバ重工で、アンドロイド開発にまつわる機密情報が盗まれたこと。

その情報がライバル会社に流れている可能性のあること。

容疑者の元女性社員が行方を暗ましていること。

ニュースキャスターは淡々と事実を伝えていたが、身を隠した瑠美は見つかるのではないかと思うと気が気ではなかった。

和也は自分のことを安全な場所に隠してくれると言っていたが、どこの誰が匿ってくれるというのか。

瑠美はやはり落ち着かなかった。

そのまま夜まで瑠美は一人で過ごしていたが、夜の10時近くに和也が帰宅した。

 

「おい、瑠美。そろそろ迎えが来る頃だ。支度しろよ」

 

和也に急かされたものの、着の身着のままで出てきた瑠美は特別な支度をするまでもなかった。

そうこうしているうちに、和也のスマホにどこかから着信し、短い会話を済ませた和也はまた瑠美を急かせた。

 

「瑠美、迎えがきたぞ。下に降りよう」

「和也…」

「ん?」

「本当に信じていい人なの?その、助けてくれるって言う人」

「おい、いい加減にしろよ。そんなに疑うなら帰れ!ムショに入りたいのかよ?!」

「ごめんなさい。信じるわ」

「だろ、さっさと行くぞ」

 

瑠美は和也に言われるままに部屋を出て、和也について行った。

マンションのエントランスを出ると黒い車が停まっていて、若い男が二人、車から降りて待っていた。

 

「おう、これがさっき話してた女だ。よろしくな」

 

和也は顔見知りであるかのように男たちに話しかけ、瑠美は言われるまま車に乗り込んだ。

一体、どこへ行くのか。

瑠美は不安はあったが、このままでも告発され罪を問われる。

今は和也を信じるしかない。

そう自分に言い聞かせていた。

 

「着きましたぜ」

「おう。おい、瑠美、降りろ」

 

街を通り抜け、車が着いたところは港の外れだった。

いくつも倉庫が並び、こんな夜更けに人が寄り付く場所ではない。

瑠美はそう思ったが、言われるままにするしかなかった。

 

「お嬢さん、あんたはこっちだよ」

 

和也も車を降りたので、そちらに行こうとした瑠美は車で迎えにきた男に呼び止められた。

 

「お嬢さん、あんたはそこの倉庫の中だ。ほら、こっちこっち」

 

瑠美は言われるままついて行ったが、倉庫の扉が開き中の様子が目に入るとギョッとした。

 

「何、これ?」

 

倉庫の中には同じくらいの年頃の若い女性が大勢いた。

まるで集められてきたかのように倉庫内にいる若い女性たち。

一体、これから何が始まるのか。

不安に駆られた瑠美は和也を呼んだが、瑠美が声を出すと倉庫の奥の方から中年の男が出てきて止められた。

 

「おいおい、大きな声出してんじゃねえぞ。ここまで来て、じたばたしてんじゃねえぞ!」

 

ドスの利いた声で凄まれ、瑠美は口をつぐんだ。

車で迎えに来た男たちといい、倉庫内で睨みを利かせている男といい、普通ではない。

倉庫内に集められたらしき若い女性たちは、諦めきっているような表情を浮かべていた。

 

「ねえ、あなた、騒がない方がいいわよ」

 

それでも、瑠美に話しかけてくれる同い年くらいの女性がいた。

 

「あたしたちは、朝が来る前に船に乗せられるの。聞いてるでしょ」

「え?船に乗せられるって、何のこと?」

「聞いてないの?」

 

瑠美と同い年くらいの女性はこう言った。

 

「あたしたちは売られていくのよ。奴隷や売春婦としてね。闇金の借金が返せなくなったとか、犯罪に手を染めて逃げられなくなったとか、弱みがあって日本にいられなくなった女は物と同じなの。竜嶺会、知ってるでしょう。竜嶺会がブローカー、外国の奴隷商人にあたしたちを紹介すれば手数料ぶんのお金を受け取れるから、あたしたちを逃がすふりをしてここに売りにくるの。あなたをここに連れてきた人もそうなのよ」

 

何ということか。

和也は自分を助けるかのようなことを言っておいて、反社会的勢力の人身売買の片棒を担いでいたとは。

しかし、今さら気づいても逃げようがない。

瑠美は絶望した。

 

「旦那、またいい娘、連れてきてくれましたねえ」

「まあな。元優良企業の美人秘書。このプロフィールはそそるだろ」

「そうっすねえ。使えそうっすねえ」

「ウヒャヒャヒャヒャ。だろ!」

「金の方は、いつもの口座に振り込んどきますよ。聞きましたよお、その口座は隠し口座だから税務署にも見つからないって。さすが花村先生の次期後継者っすね」

「ヒャーッハッハッハッハッ!そうなんだよなあ!もう止められねーな!!」

 

和也が高笑いしていると倉庫から女性たちが連れ出され、船に乗り込むよう急かされ始めていた。