喫茶プリヤ 第三章 二話~途切れそうな夢

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ここから本編です。

写真はイメージです。

 

和也は空子にも話した通り、レコード会社にデモテープや自作の曲の楽譜を送っては売り込みをかけていた。

しかし、待てど暮らせど返事はこない。

一度、直談判しに行ったことがあったが、全く相手にされなかった。

和也のようなミュージシャン志望の若者は掃いて捨てるほどいる。

和也はそれはわかっていたが、どうしたら自分の実力が認められるか、日々思案していた。

建設現場で働きながら新しいギターを買う金を工面したり、街角に立って歌う以外にもアパートの部屋で曲作りに勤しんでいた。

和也は勉強のために目標とするミュージシャン、三澤俊介のライブDVDを見たり、三澤が出演する歌番組も欠かさず見ることにしていた。

そんなある日、三澤が出演する歌番組を和也は見ていたが、有名シンガーソングライターの松野豊が歌う曲を聞いて耳を疑った。

 

「え?!」

 

なんと、松野は和也が以前レコード会社に楽譜を送った曲と同じ楽曲を歌っていた。

歌のタイトルこそ違っていたが、テレビの画面に映し出された作詞作曲者は松野になっていて、和也が作詞したそのままの歌詞が歌われていた。

自分が作詞作曲した曲が、松野の作品として流れている。

一体全体、どういうことか。

事情を知る必要がある。

和也はレコード会社を訪ねて行くことにした。

 

 

「はあ?何言ってんだ?」

「だから!松野さんが歌っていたのは僕の曲です!!」

 

次の日、和也は仕事を休んでレコード会社に押しかけていった。

 

「おい、言いがかりをつけようたって、そうはいかないからな!!」

「これを見て下さいよ!」

 

和也は持ってきた楽譜をテーブルの上に叩きつけるようにして広げた。

 

「僕が沢村さんに預けた楽譜のコピーです。楽譜、誰かに渡しましたよね?!勝手に松野さんの作品ってことにしたんじゃないんですか!!それにデモテープの曲も部分的に勝手に使ってますよね!!」

「おい、いい加減にしろよ。俺が盗作の片棒担ぎをしてるってのかよ!」

「そうは言っていません。僕が知りたいのは、この曲”それから先の夢”のタイトルがいつの間にか変えられて、松野さんの作品にされているのは何故なのか。それが知りたいだけなんです」

「だから!お前が昨日、ミュージックサブウェイで聞いたのは紛れもなく松野さんの曲なんだよ!」

 

和也と担当者の沢村の話し合いはどこまでも平行線のままだった。

 

担当者に渡した楽譜がどういう訳かタイトルだけが変えられ、他のシンガーソングライターの作品として発表されている。

和也は納得がいかなかった。

 

「とにかく、うちの会社は盗作なんてやってないから。お前、もう帰れ!!」

「じゃあ、然るべきところに出ます!」

「はあ?うちを訴えるってか?笑わせんなよ」

「おかしいのはそっちの方でしょう!」

「お前、つまみ出すぞ!」

 

沢村は壁にかけてあった内線電話を取り、警備員を呼んだ。

 

「ちょっと!沢村さん!話はまだ終わってませんよ!!」

 

警備員に抑えられた和也はレコード会社の玄関まで連れていかれ、外に放り出されるようにつまみ出された。

人気のシンガーソングライター、松野豊が新曲として披露していた曲は自分が作ったもの。

それをオリジナルの作品であるかのように、しゃあしゃあと歌っている松野のことも、レコード会社の対応も和也は許せなかった。

そこで和也は市役所で受け付けている無料の法律相談で相談することにした。

 

「なるほど、自作の曲を横取りされた。盗作ではないかということですね」

「はい、そうです」

 

和也の話を一通り聞いた弁護士はあくまでも一般論だがと切り出した。

 

「その、盗作されたということ、あなたがその曲の作者だと証明できますか?」

「え、証明ですか?」

「はい。問題の曲が絶対にあなたのものだという客観的な事実です」

「それは…ここにコピーも持ってますし…」

「いやあ、それだけでは弱いですね。相手を訴えるというのであれば、確実に証明できなければ」

 

有名でもない素人の和也には、それが自作の曲だと証明する手立てはなかった。

 

「それに訴訟を起こしたところで、弁護士費用に見合った賠償金は取れませんよ。はっきり言うと赤字覚悟でならお手伝いはできるかも知れませんが」

 

訴えを起こしたところで和也には勝算がない。

結局は泣き寝入りするしかないのか。

一回30分の無料相談の時間はあっという間に過ぎてしまった。

 

「ありがとうございました」

 

和也は弁護士に礼を言うと相談室を出て緑川公園に向かった。

 

『こんな寂しい夜には~君と二人で~夢を語れば~』

 

弁護士に相談しても素っ気ない返事が返ってくるだけだった。

それでも夢は諦められない。

和也は悔しさをこらえて緑川公園の入り口に立ち、ギターをかき鳴らしながら歌っていた。

通行人の中には立ち止まって聴いてくれる者もいたが、和也が歌っていると人相の悪い男の二人連れが因縁をつけてきた。

 

「よう、ニイちゃん、誰に断ってここで商売してんだ?」

「え、なんですか?」

 

和也の歌を聴いていた聴衆は何人かいたが、不穏な空気を読み取ると皆さっといなくなった。

 

「ニイちゃん、ここが竜嶺会のシマだって知っててやってんのかよ」

「落とし前つけろや」

 

因縁をつけてきたのは反社の竜嶺会の構成員だった。

 

「僕は自分の曲を歌っているだけです!」

「なんだとう!てめえ、痛い目に遭いたいのかよ!!」

「だから、僕は歌っているだけ…いて!」

 

和也がまた言い返そうとした途端、男たちは殴りかかってきた。

 

「オラー!!てめえ、竜嶺会に突っかかってきてんじゃねーぞ!!」

「ぶっ殺すぞ!!」

「やめてください!!ちょっと!!」

 

殴られ、蹴られながらも、和也は命の次に大切なギターは手放さなかったが、男たちに奪い取られてしまった。

 

「あ!!何するんですか!!」

「こんなもの、こうしてやらあ!!」

 

取られたギターは弦を切られ、本体もでこぼこになるほど踏まれて壊されてしまった。

 

「何するんだよ!!やめろー!!」

 

大切にしているギターを壊された和也は反撃しようとしたが、却ってひどく殴られて倒れると頭を踏まれて唾を吐きかけられた。

 

「おい、竜嶺会に逆らうとこの次はこんなもんじゃ済まねえからな」

「下手くそな歌、歌ってんじゃねーよ。このバーカ!」

 

竜嶺会のチンピラは和也を馬鹿にしながら立ち去って行った。

盗作されても訴えることもできず泣き寝入り、心の支えでもある路上ライブをしていればヤクザ者に絡まれる。

和也は誰もいなくなった緑川公園の前で一人、涙を流した。

 

「こんばんは…」

 

壊れてしまったギターを背負い、和也はプリヤにやってきた。

もう遅い時間だったが、プリヤの灯りに吸い込まれるように和也はドアを開けて中に入ってきた。

 

「いらっしゃいませ…あら?どうしたんですか?!」

 

和也の顔に痣ができているのを空子は見逃さなかった。

 

「怪我してるじゃないですか。どうしてこんなことに?」

 

空子は救急箱を出してきて和也を手当てしてくれた。

 

「空子、聞いてくれよ」

 

和也は昨日からのことを話した。

 

「ええ?!それはひどいですね」

「そうだよね。弁護士さんも勝ち目はないみたいなこと言うしさ。法律って誰のためにあるんだろうな」

「松野豊って、有名なシンガーソングライターですよね。他人の歌を横取りするなんて!」

「結局、僕みたいなのは泣き寝入りするしかないんだよ」

「まあ、そんなことはないです。ちょっと待ってて下さいね」

 

手当を終えた空子は、カウンターの向こうにいるマスターに小声で何かを伝えていた。

 

「加原さん、これ、どうぞ」

「え、コーヒーは頼んでないけど」

「マスターからプリヤスペシャブレンドです。これできっと元気が出ますよ」

「あ、ありがとう」

 

和也は腫れあがった唇をそっとカップに付けた。